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VamBeat −Incipit−
暗い路地裏。
大通りからは街のネオンと、車のヘッドランプが流れ込む。
だが、その人が居る場所だけは、何の光も降り注がなかった。
腹部を押さえ、きつく瞳を閉じた顔は青白い。
汗が額から頬へと伝わり、落ちる。
腹部を押さえている手の下から、じわりと滲む赤い………
―――血だ!
思わず駆け出した。
あふれ出る血は路地に赤い血溜まりを作っていく。
「おい―――!!?」
声をかけた瞬間、首筋めがけてその人の頭が動いた。
ゴ。と、鈍い音が小さく響く。
「やべ、生きてるか?」
桜城・祐一は、噛み付いてきたような少女の動きに、脊髄反射とでも言うような速さで一撃を加え、少女を完全に沈黙させてしまった。
じわりと地面に広がる血が酷くなったような気さえする。
正直血を見て近づいたものの、本気で助けるとかそう言ったつもりはなくて、これで不細工だったらそのままその場を去るつもりだった。
が、少女は祐一がそんな判断をする前に動き、そして祐一の手によって状況を悪化させられている。
祐一は倒れてしまった彼女を担ぎ上げた。
同じ銀の髪といえど、兄妹と呼ぶには流石に無理があり、もし何も知らない人が見たならば、明らかに祐一の行動は誘拐か何かにでも見えていたかもしれない。
彼女が先に襲い掛かってきたとはいえ、今こうして沈黙させてしまったことに、罪悪感は無かったといえば嘘になるだろうか。
祐一は完全に人目など無視して、例え誘拐と言われようとも構わずに、自分のねぐらへと彼女を担いで帰った。
担いだ手や彼女に触れている服が微かに湿り気を帯びる。
風に乗って微かに漂う鉄分の臭いに祐一は顔をしかめた。
「そいや」
怪我してたんだよな。
祐一は目を細めて彼女を見遣る。
「しょうがねぇな」
ポリポリと軽く頭をかいて、応急手当くらいはしてやるかと家路を急いだ。
祐一がどっかりと座ってちょうどいいツインサイズのソファに彼女を降ろせば、その身体は簡単に収まってしまった。
血が湿った服を着替え、救急箱などという気の利いたものもなく、祐一は包帯代わりとでもいうようにタオルを細く千切る。
手で押さえていようがいまいが関係なく、腹部から滴る血は彼女の服をどんどん赤く染めていた。
祐一は千切ったタオルを上手く繋げ、傷口に巻いていく。
如何せんタオルだったからなのか、止まる気配を見せないのか、じわりじわりとタオルに赤い斑点が広がり、それは斑点から染みへと変わっていった。
「血、止まらねぇのか?」
怪訝そうに眉根を寄せて少女を見る。が、
「起きてから聞きゃいいな」
と、祐一はどこまでも楽観的だった。
「…………」
いつ起きるとも分からない少女を見ていても仕方がない。
「コーヒーでも飲むか」
目覚めてくれなければ、血が染みこんだタオルを時々変えてやる以外やることがない。
祐一は徐に立ち上がりキッチンへと向かった。
「……っ…」
青白い顔で少女は痛みに身をよじる。そして状況を確認するように辺りを見回した。
知らない場所。腹部に巻かれたタオル。癒えていない傷口。
「わたし…は……」
血を飲んだ気配はない。だが、気を失った自分を連れ出した誰かがいることは確か。
フローリングを歩く足音と、香ばしい匂いが近づいてくる。
少女はそちらへゆっくりと視線を向けた。
「眼が覚めたか?」
祐一は彼女の傍らに腰を降ろし、コーヒーカップを彼女の前に差し出す。
「まぁ飲め。変なもんじゃねぇさコーヒーだ」
少女は祐一が差し出したコーヒーカップを一瞥し、また祐一に視線を戻す。
「………誰」
警戒と困惑を含んだ声音に、祐一はん? と、きょとんと瞳を瞬かせ、ぐいっと彼女の顔を覗き込んだ。
「覚えてないのか?」
少女は困惑に瞳を揺らす。
「あんなに刺激的な出会いだったのによ」
「刺激…的……?」
ただでさえ困惑していた少女の瞳が尚も動揺して揺れる。
どこか考え込むように俯いてしまった彼女は、祐一の存在よりも自分がしでかしてしまったかもしれない何かを思い出そうと必死になっているようにも見えた。
祐一はまずったことを言ったかもしれないと、取り繕うように言葉を紡ぐ。
「あー嘘だ嘘。そんな難しい顔すんな」
少女の眼が瞬かれた。祐一は気にせず続ける。
「で、あんたの血止まらないんだが、そういうもんなのか?」
展開についていけずに彼女はきょとんとしている。
沈黙している彼女をどう取ったのか、祐一は自分のコーヒーに口をつけながら、
「まぁ訳有りで聞いて欲しくなきゃ別に構わねぇさ」
と、もう一度カップを差し出した。
躊躇いながらも少女はカップに手を伸ばす。
あと少しで、カップが彼女の手に納まろうとしたその時だった。
バァン―――!!
飛び散るコーヒー。砕け散るカップ。
窓枠から自由になったガラスが粉々となって床に降る。
「手元が狂ったようです」
部屋を照らしていた蛍光灯にまで余波がいったのか、パラパラと欠片が頭に降り注ぎ、全てが闇に包まれた。
祐一は怒りに顔を歪ませ、声のした方向へ振り返る。
「てめぇっ…俺が折角淹れたコーヒーに何しやがる!」
視線の先、淡い月明かりを背負って立つ一人の男性。彼はゆっくりとした動作で割れた窓から室内へ入ってきた。
人好きするような笑顔の仮面の下、鋭利な刃物のような瞳が祐一を通り越し、少女に向けられている。
「ティータイムの邪魔をする上に人の家の窓ぶち破って入って来るたぁ……」
男性が纏っている服装を見て、祐一は自然と笑いがこみ上げてきた。手近な椅子に自然と手が伸びる。
「最近の聖職者はハリウッドデビューでもするのかこの野郎!」
叫ぶが早いか、椅子が宙を舞うのが早いか。
舞うなどという優雅な動きではなく、椅子の剛速球が神父へと向かう。
が、掲げられた手から放たれた銃弾が椅子を粉々に粉砕した。振る瓦礫の向こう、神父の不機嫌そうな瞳が祐一を捉えた。
「まるで野生児ですね…」
少女を守るとかそういった感情よりも、部屋の窓を壊されたうえに不法侵入してきたことに対して怒っているような祐一に、神父はただただ溜め息をついた。
「Escapo……」
すっと銃口を降ろし、興味を無くしたとばかりに祐一に背を向け、入ってきた窓から外へ出る。
「てめっ逃げるのか!」
色々邪魔をしてくれたのだ、窓の弁償代は当たり前として、慰謝料として今月の家賃分くらい巻き上げなければ気がすまない。割れた散らばるガラスを物ともせず祐一は神父を追いかける。だが、神父の姿はもうその場からなくなっていた。
祐一は悔しそうに目を細め振り返る。
彼女の姿は忽然とソファから消えうせていた。
ふと視線を向けた机の上には一枚の紙。
―――Gracias. Y lo siento mucho
「なんて書いてあるんだ…?」
彼女が書いたであろう感謝と謝罪の言葉。
祐一はその紙を手に、窓から見える月に振り返った。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【4946/桜城・祐一(さくらぎ・ゆういち)/男性/20歳/なんでも屋】
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■ ライター通信 ■
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VamBeat −Incipit−にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
祐一様の行動に対して結果を返すのはWRの役目となりますので、NPCがどういった反応を示すかという指定をプレイングで行うのはご遠慮ください。
それではまた、祐一様に出会えることを祈って……
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