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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


遺跡での休日



天気はこの時期には珍しいほど晴れ渡り、澄み切った青を頭上に並々と湛えている。絶好の観光日和といえるだろう。そして、その下を幾人もの観光客やツアー参加者が歩き、各々、手を引かれるように廃墟郡へと立ち寄っては離れたりを繰り返した。

歴史的にも価値ある建造物だった廃墟は、崩れ落ちたその後も美しさと崇高さは失われてはいない。細かな作りの彫像、崩れた事で露になった当時の建築方法に様式は、どれも観ていて飽きる事は無いものばかりだ。シリューナは黒い日傘を手に、観光客に入り混じって静かに建物を眺め、説明文を眺めてはそれを確かめるように廃墟を眺めている。

…が、その後ろでは、廃墟に何の意味があるのやらと言わんばかりに、爪先で小石を蹴り上げる者が一人。

「ティレ、面白く無さそうね?」

もう一個、小石を蹴り上げようとしたティレイラの足がぴたりと止まって、慌てたように素早く顔を上げた。何とも言えない彼女の表情は、きっとシリューナにずばり、心の内を言い当てられた事から来たのだろう。しかし、すぐにぶんぶんと勢いよく、首を振って否定の意を示した。

「ちっ、違いますっ、ただちょーっと、説明文が長くって、難しいな〜…って、思ってただけで…!」

何とか納得してもらおうと、ティレイラの顔は百面相のように難しいい表情をしたり、目を見開いて言い聞かせるような表情をしたりと、忙しない。その様子にシリューナはくすりと笑いを零し、赤の双眸をにこりと細めた。

「じゃあ、説明してあげましょうか」

「えっ………えー、と」

先ほどまで饒舌に、とは言っても少々子どもじみた言い訳を繰り返していたティレイラの口は、シリューナの提案にはもごもごと口ごもる。無意識だろうが、あまりにも素直なその反応にシリューナの口元は笑みを深くした。


「さあティレ、今度はこっちの方を見に行きましょう」

素敵なレリーフがあるのよ。




「どこにレリーフがあるんですか?ねえ、お姉さま」

連れて来られたのは廃墟内の少しだが屋根も残っている場所だ。
周りは太い柱で囲まれ、人の目は届き難いだろう。だが、注視すれば姿は見られる程度。
そして、そんな所にレリーフを施すはずもなく、それでもティレイラはシリューナの言葉を信じきっているのか、きょろきょろとレリーフを探し回っている。

「どこかしらね…ティレ、翼で上から見てきてくれない?」

「へっ、え、でも、人が多すぎますよ…」

柱の影から見ても、今日は観光客も多くその分スタッフも多く…一人に見られれば、それは水面に波紋が広がるようにすべての人へと広がり、混乱を招く自体に成る事は直ぐにわかった。困惑した表情でシリューナを見つめるティレイラへ、シリューナはふわりとした笑みを浮かべ、彼女の頭を軽く撫でる。

「大丈夫よ…私がいるでしょう?」

妙に自信たっぷりだが、だからと言って安心して探せる訳がない。
それでも、シリューナの言葉に中てられて、翼を細い背から生やさせたティレイラはシリューナを心から信頼しているからだろうか。立派な角を冠り、尻尾まで生えている姿は一目瞭然で、人とは言えない。シリューナの言葉を頭の中で繰り返しながらも、この姿でいるにはティレイラの心臓は小さすぎた。

「お、お姉さま、幾らなんでも、ここからは飛びたてませんけ、ど…っ?」

とん

怯えた声を出していると、肩を押された。ティレイラは訳もわからず少し後方へとよろける。そしてまた、シリューナの細く白い手がティレイラの方を後方へ押した。

「あの、お姉さま?何を…」

翼が背と壁の間に挟まってしまった。翼部分の骨が冷たい壁に当たり、少しティレイラは顔を顰め、不安げにシリューナを見つめて己の肩に触れている手に触れた。
…だが、それもまた空しくまた押される。もう1mmたりとも進むような距離もない。


はずなのに。


「え?ええっ!」

この感覚はなんだろう、冷たい感触に翼が埋まっていく。その感触に恐怖したのか、ティレイラは思い切り翼を広げた。しかし、今度は後ろへと後ずさった脚にその感覚が襲い掛かってくる。

「ほら、大きな声を出してはダメよ」

しっ

赤い唇で弧を書いて、人差し指を立てて静かに、のジェスチャー。ティレイラは必死で反論の声を上げようにも、それより先に身体を飲み込む感覚にか細い悲鳴を出してしまった。

「お姉さまッ、お願いだから…」

半身がすっぽりと壁に埋まった状態でやっと後退は止まったが、ティレイラがゆっくりと自分の身体へと視線を移す。…髪の色も、腕の色も、壁と同色になり…動かせない。そこで石化の魔法を掛けられてしまった事に気付いた。
しかし、それはあまりにも遅く、再度ティレイラが反論をしようと口を開けた時には、既に見事なレリーフが出来上がっていた。


「…やはり、翼を広げた姿は綺麗ね」

大きく広げた翼は今にも飛び立たんとするばかりの迫力で、ティレイラの表情は何かを訴えるように大きく開けた口も少し顰めた眉も愛らしい。生気の篭ったレリーフに、シリューナは簡単の溜息を零した。長い睫を伏せ、うっとりと見つめる。

「我ながら、良い瞬間を取れたわ」

満足そうに笑うシリューナに、石化を解かれるのは何時の事だろうか…。それを待ちわびるティレイラをよそに、シリューナは長く見つめるつもりなのか、昇り始めた月も気にせずじっと佇み、ティレイラのレリーフを見つめている。