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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


魔法のススメ


 東京の片隅に知る人ぞ知る魔法の薬屋がある。
 店主のシリューナがおとなしげな美女ということもあり、いろんな意味で商売はうまくいっていた。時には異性を魅了し、時には同性に頼られる。正直、悪い気がしない。彼女はいつものように微笑みながら、手の届く棚に並べられた治癒薬を勧める。シリューナが得意とするのは、魔法付与の技術だ。水や装飾品に魔法の力を封じ込め、誰にでも効果を発揮させられる商品を店に並べていた。もちろんそれらの特別な商品は馴染みの客にしか売らないどころか、いっさい見せることもしない。薬と毒は表裏一体……使うもの次第でどちらにも変わることをシリューナ自身がよく知っていた。だから安易な物売りはしない。すべてをよく知った者だけに本当のものを売るのだ。彼女の商売は健全そのものである。


 ある日のこと……シリューナが妹のようにかわいがっているティレイラが店に届け物を持ってやってきた。この日は日雇いの配達アルバイトをしており、わざとこの店の荷物を最後に回したのである。彼女の仕事振りには定評があり、雇い主も全幅の信頼を置いていた。だからよほどのことがない限り、バイト代は先にもらえる。もちろんティレイラもその期待を裏切ることなく、堅実にお仕事をこなしていた。表向きはフリーターということになっているが、実のところは裏社会の仕事にまで手を出す『なんでも屋』だったりする。
 シリューナが包みを開けると、中には見るからに頑丈そうな小瓶が規則正しく並んでいた。これもまた魔法仕込みの特殊製法で作られた商品で、シリューナの作った薬はこの中に収められる。これもまた店を飾る重要なアイテムというわけだ。ティレイラは店主が小さく頷いたのを見て、仕事が終わったとばかりに外へ出ようとする。

 「じゃ、今日はこの辺で〜♪」
 「ティレ、待って。今日はお店が暇なの。今後のためにも魔法の勉強をしていかない?」
 「お姉さま……わっ、私、身を持ってお勉強するのだけはヤですからねっ!」

 シリューナの不敵な笑みは黒い気持ちそのもの。しかし今日のお姉さまは違った。ティレイラが思っていたほど悪そうな表情はしていない。逆にそれが怖いのだが、言い出したらキリがない。彼女は観念して店の椅子に腰掛けた。どうせ逃げたところで石像にされてマネキン代わりにされてしまうのがオチである。素直な妹の姿を見てシリューナは微笑む。

 「なんでも屋をやってるからか、ティレがドジなのかわからないけど、また怪我したでしょう?」
 「だから絆創膏を貼って……」
 「あなたも私と同じ種族なんだから、簡単な治癒魔法とか初歩的な解呪法はできるはずよ。だから今から練習しましょう。」
 「お姉さま、それって今からじゃないと……ダメ?」

 ティレの後ろ向きな発言に思わずうつむき加減で「うふふ……」と低い声で笑い出したシリューナ。そう、これが怖いお姉さまだ。それを見た瞬間、ティレはすごい勢いで何度も何度も頷き続ける。「やりますやります、やらせていただきます!」とばかりに前のめりになって話を聞く姿勢を見せた。あまりに素直すぎる妹を前にシリューナは思わず舌打ちをしそうになる。絶好のお仕置きタイムをふいにしてしまったからだ。しかし自分の勧めに応じたのだからと角を収め、簡単に治癒魔法の原理を説明し始める。
 作用させる元素だの、コマンドワードなどはまったく同じ。要は感覚さえつかめれば何も問題はない。だが、ティレが得意とするのは火の攻撃魔法なのだ。一般的に相反するとされる魔法の習得は非常に困難だと言われている。ティレは絆創膏を指差しながら、教わったとおりのことをするのだが……なんと効果はすぐに現れた!

  シャキーーーン♪
 「お姉さま、お姉さまっ! 成功しました! 絆創膏がキレイになりまし」
  バシャッ……ビリビリ!
 「なっ、これ、い、痛っ! いたーい! 痛いっ! えーん、この液体ピリピリする……」
 「誰が絆創膏を治癒しろと言った? そんなマヌケなことを続けるなら、ずっと電撃液でお仕置きする。ちなみにその痛みは解呪法で治せる。」
 「そ、そんなぁ……いじわるなんだから、お姉さまったら!」

 人がせっかく気まぐれで魔法を教えてやろうというのに、相手はあまりマジメに取り組む様子がない。こうなることを予測していたからこそのお仕置きなのだ。治癒魔法が使いこなせれば、次は解呪に挑むことができる。ティレイラは実戦的な魔法を体で習得しているので、シリューナのように魔導書を片手に実践するという方法には慣れていない。だから無理やりにでも治癒魔法などを実践的に覚えさせようと工夫した……と言えば聞こえはいいが、実のところは「お仕置きを目いっぱい楽しもう!」としただけなのだ。
 こうしていつもの展開に持ち込んだシリューナは電撃の小瓶を片手に妹の悪戦苦闘を見守る。効果範囲が小さい魔法を感覚的につかむのは難しいらしく、ティレイラは何度も何度も失敗を繰り返す。そのたびに電撃が腕を伝った。魔法の効果で新品同様になる絆創膏とヒリヒリがまったく治らない両腕……それでもシリューナは諦めない。というよりも、かなり状況を楽しんでいる。

 「ああーん、お姉さまー。無理ですー。」
 「おかしなことを言うな。絆創膏が治るのに、傷が治らないわけがないだろう?」
 「あ、もしかして……絆創膏はがしちゃえ! そして、えいっ!」

 ティレイラの魔法は威力を発揮し、みるみるうちに擦り傷を治してしまった。シリューナは大きく息を吐きながら胸を撫で下ろす。彼女は目に見えるものにしか効果を伝えることができなかった。だからこそ何度も何度も絆創膏を治癒していたのである。だが治すべきものが明確に見えた時、治癒魔法は正しく作用したのだ。どうやら不可視の状態にあるものをイメージするのが苦手らしい。

 「やったー! お姉さま、成功しましたっ!」

 一度の成功に喜んでいるティレイラだが、この後に待ち構えている解呪法の習得にはかなりの時間がかかるだろう。彼女はわかっていない……痛みは見えるものではないことを。
 シリューナは笑みを浮かべながら妹の成功を見つめていた。その表情はこれから始まるお仕置き地獄を楽しもうとする、あの不敵な黒い笑みである。はたしてティレイラは解呪法まで習得することができたのか。その結果はここで話すまでもないだろう。結局「完全な習得には時間がかかるであろう」という結論に達し、シリューナはティレイラに時間をかけて教えることにした。お楽しみは後に取っておくのもまた一興である。