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<東京怪談・PCゲームノベル>


INNOCENCE // アナザー・スパイラル

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 OPENING

 イノセンス本部から、北へ。深い深い森の中、ひっそりと聳える、古びた塔。
 リーズタワー。別名、心誘(シンユウ)の塔。
 一歩踏み入れば、そこは魔物の巣窟。
 けれど恐ろしいのは、潜む魔物ではなく。
 塔の仕掛け、来る者を試すかのような、その仕掛けである。

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「で……? 俺に、どうしろってんだ?」
「んーとね。とりあえず、中入って来て」
「……お前は?」
「俺は行かない。っつーか、凍夜が一人で行かないと駄目なんだよね」
「…………」
 何故だ? そう問おうとしたが止めた。
 どうせ、聞いても答えてはくれないんだろう。
 自室で昼寝していたところを起こされ、何事かと思いきや。
 海斗に強引に手を引かれ、怪しげな塔へと連れて来られた。
 道中は勿論のこと、到着しても尚、事の詳細は明らかになっていない。
 まったく……。自己中なのにも程があるぞ、お前は。
 まぁ、何というか。あからさまに不気味な雰囲気の塔だ。
 おそらく、中では魔物がウヨウヨしているんだろう。
 それを始末してこいだとか、そういうつもりなのかとは思うが。
 俺が一人で行かねばならない、という点が微妙なところだな。
 また、何か厄介なことに巻き込まれるんじゃないだろうか。
 とはいえ、嫌だと言っても無駄なんだろうな。
 はぁ、と大きな溜息を落とし、扉に手をかけた凍夜。
 背後から掛かる「いってらっしゃい」に、もうひとつ、おまけで溜息を。

 扉を開け、塔の中へ入った瞬間のことだ。
 ガシャンと、妙な音が聞こえた。
 錠をかける音に、よく似たそれに振り返ってみれば、どういうことか。
 扉が、ただの鉄板と化しているではないか。
 押しても引いてもビクともしない……。
 閉じ込められた、そんな状態だ。
 まさか、これが目的か? だとしたら、とんでもなく幼稚な悪戯だ。
 やれやれ、と肩をすくめ、血剣を出現させて、それで扉を斬り付けてみる。
 だが、無意味なようで。扉には、傷一つ付かない。
 ガキンガキンと金属音が響く中、扉の向こうで海斗が笑う。
「無駄だよー。先に進まないと開かないよー」
「…………」
 何とも楽しそうな声。満面の笑みを浮かべているに違いない。
 激しくイラつくが、どうしようもなさそうだ。仕方ない、付き合ってやるか……。
 先に進め、か。ふと顔を上げ、塔の上層を見上げる凍夜。
 一階は特に何の問題もなさそうだ。
 だが、二階より上は、魔物の臭いがプンプンと漂っている。
 先に進め、イコール、上へ行け。そういうことだな?
 血剣を構えたまま、階段へと向かう凍夜。
 すぐに応戦できるよう、警戒を怠らず。
 一段、階段を上った。その時。
 ガシャッ―
「…………」
 突如、目の前に出現し、視界を遮った……無数の氷。
 床から生えてきたような感じだったが、少し反応が遅れていれば串刺しになっていただろう。
 前後左右、取り囲むようにして出現した氷の柱。
 これでは、先に進むことは出来ない。
 いや、寧ろ……進ませまいとしているのか?
 タイミングが良すぎるような気がするんだよな。
 でも、そうだとしたら、どうすべきなんだ?
 氷から負の気配は感じられないが……。
 とりあえず、全部砕き割ってしまおうか。
 スッと血剣を構え、氷を纏めて薙ぎ払おうとした時。
 それまで落ち着いていた凍夜の呼吸が、瞬時に乱れた。
 彼を一瞬で戸惑わせたもの。
 それは、過去の闇、心の傷。
 自分を取り囲む氷に映し出される、最愛の妹。
 無垢で愛らしい笑顔は、いつまでも色あせることなく心の中に。
 あれから何度も夢に見る。変わらぬ笑顔が、今、目の前に。
 戸惑わないはずがない。取り乱すな、だなんて無理な話だ。
 血剣を握る手に、じわりと汗が滲んでくる。
 焦りじゃない。恐怖でもない。後悔でもなくて。
 この滲む、冷たい汗の理由は、そう……。
 妹の姿がフッと消え、次に映し出された人物。
 次々と映し出される、それは、自らが欲した闇の力。
 契約を済ませ、今や自分の一部である高位悪魔達の姿だった。
 彼等を疎ましいと思ったことは、一度もない。
 そりゃあ、そうだ。俺が、自分で欲したんだから。
 ただ純粋に、チカラが欲しかった。
 すべてを守れる、そんな強さが欲しかった。
 もう二度と、大切なものを大切な人を失わぬように。
 けれど、いつからかな。お前達が、特別な存在になったのは。
 復讐を果たして、しばらくしてからだったか。
 あいつらは言ったんだ。
「闇を纏うからといって、心まで陰気になる必要はないだろう」って。
 どうしていいか、わからなかったんだよ。
 誓いを、復讐を果たせたのに、達成感より喪失感が上回ってしまって。
 心に穴が開いた。そんな表現がピッタリだったんだ。あの時の俺には。
 けれど、あいつらのお陰で、顔を上げて前を向くことが出来るようになった。
 今となっては、絶対の信頼を抱いているし、心の支えにもなっている。
 あれこれ考える、その悪いクセを、あいつらが引っ掻き回して払ってくれる。
 大切な存在だ。失った妹と、同じくらいに。
 金縛りにあったかのように、身動きのとれぬ凍夜。
 硬直して、どのくらいの時間が経ったのだろう。
 ハッと我に返れば、それと同時に、映る『存在』が氷と共に煙となって消えた。
 二、三度瞬きした後には、またガシャンと妙な音。
 見やれば、鉄板と化していた扉が元通りになっていた。
 相も変わらず、塔の上階からは魔物の気配を感じ取れる。
 けれど、何故だろう。それ以上、上ろうとはしなかった。
 その必要がない、まだ、上るべきではない。そう、心のどこかで判断したのか。

 *

「おかえりー」
「…………」
 塔から出てきた凍夜を、笑顔で迎えた海斗。
 海斗は凍夜の肩をポン、と叩いて尋ねた。
 ただ一言「見えた?」とだけ。
 何が見えたか、それを追求してくる様子はない。
 見えたか見えなかったか。その返答だけを求めているようだ。
 無言のまま頷けば、海斗は満足そうにウンウンと頷き、
「じゃ、帰ろっか」
 そう言って、テクテクと歩き出した。
 結局、何が目的だったのか理解らない。
 けれど、そこを問い詰める気にはならなかった。
 大切な存在が映し出され、自分の目が、それを捉えた。
 それが、答えのような気がしたんだ。
 大切な存在。後にも先にも、それは、いつまでも変わらない。
 恥じることなく、胸を張って誇れるもの。
 自分が自分である為に、かけがえのない存在。
 心に開いた穴を塞ぐ、偉大な存在。
 けれど、まだ。隙間は残ってるんだ。
 数え切れないほど、小さな隙間は存在してる。
 少しずつ、少しずつ。一つずつ、一つずつ。
 それを埋めていけたら良いなと思う。
 出来うることなら、いつかは、全ての隙間を埋められればと思う。
 その為ならば、どんなことも。何だって受け入れようと思うんだ。
 こう思うことが出来るようになったのも。
 すべて、かけがえのない存在があってこそ。
 妙に急く鼓動に若干の戸惑いを覚えつつも、あらためて実感した、その想い。
 不思議と、心が落ち着くような。そんな気がした。
 安らぎを覚えているかのような凍夜の横顔を見やり、海斗は笑う。
 その笑みが、どこか憂いを帯びていたこと。
 そして、海斗が小さく呟いた一言。
「もーちょい……かな」
 満ち足りつつも興奮を覚えているような、
 そんな感覚に占められている凍夜は、それらに気付くことはなかった。
 
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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7403 / 黒城・凍夜 (こくじょう・とうや) / ♂ / 23歳 / 何でも屋・契約者・暗黒魔術師
 NPC / 黒崎・海斗 (くろさき・かいと) / ♂ / 19歳 / INNOCENCE:エージェント

 シナリオ参加、ありがとうございます^^
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 2008.07.20 / 櫻井 くろ (Kuro Sakurai)
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