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<東京怪談・PCゲームノベル>


【妖撃社・日本支部 ―桜―】



 15時が過ぎた頃、昼からの眠りから目覚めたシンが仕事着に着替えて出て行った。それに続くように、トランクを一つ抱えてクゥも出て行く。
 事務所内に残ったのはアンヌと未星。未星は昼から来て報告書を書いており、支部長室には双羽がいる。
(そうだ。珍しく未星さんが居るんだし、訊いてみましょう)
 柳宗真はまだ家に帰るつもりはない。
「あの、未星さん」
 声をかけると彼女は手を止め、頬杖をついてこちらを見た。
「シンのことなんですけど、一緒に仕事に行った時……仕事が終わった後に抑えがきかなくなったんですけど……」
「抑えが?」
 怪訝そうにする未星に宗真は頷く。
「少しなんですけどね。こう、興奮する〜って言って抱きつかれたので」
「…………」
 宗真の言葉に女性陣二人が顔を見合わせて嘆息し合う。
「ヤナギさんて意外にニブいんですのねぇ」
「シンて男を見る目ないのね」
 未星は無表情のままずけずけと言う。
「? あの……?」
 怪訝そうにする宗真を未星が冷たく見た。
「べつに蓬莱剣を抑え込められなくなったわけじゃないから安心するのね」
「……でも今まで抱きつくとか、そういうことは一度もなかったですし」
 信頼は、されているのだろうが……いつもと違っていたのは確かだ。
「……よかったわね、シンの中であんたの順位はあがってるわよ」
「?」
 よくわからない。
 アンヌはにっこりと微笑む。
「ものすご〜く欲情してる時に、少なからず想ってらっしゃっる殿方がいたらついつい抱きつきたくなりません?」
 そう言われて宗真はカッと顔を赤らめる。そして視線を少し逸らした。
「じゃあ……抑えがきかなくなってるわけじゃない、ってことですか?」
「ええ」
 はっきりと未星が言い放つ。安堵してしまうが、なんだか複雑だ。
(シン……僕とシたいってこと……なんですかね)
 ……そんなバカな。あんなに無邪気な態度なのにそれはありえないだろう。もしかして無意識???
「あの……シンの蓬莱剣って、なんなんですか?」
「そんなの訊いてどうするの」
 冷たく言う未星。アンヌは長引きそうだと判断して、お茶を淹れに姿を消した。
「解く方法とか……少しでも負担を軽くできる方法はあるかなと思ったので」
「教えてあげてもいいけど……あんた、シンと寝る覚悟はあるの?」
「なっ、なんでそうなるんですか!」
 思わず眉をひそめる宗真だったが、未星は表情を崩さない。
「色々と気になってるんですよ。無理をして蓬莱剣を使うと眠る時間が延びるんでしょう? それに親から受け継いだって……支部長は教えてくれませんし」
「……シンから蓬莱剣を祓ってあげてもいいわよ」
「できるんですか!?」
「やってもいいけど、そうするとシンは精神崩壊を起こすわね。精神病院行きよ。それでいいならやってあげるわ」
「そんな……」
「蓬莱剣はシンの血脈に寄生してるのよ。運が悪かっただけよ、あの子がね。
 血を媒体に次に移るから子孫が必要なの。シンに子供がいないなら、別の親戚に移動するだけよ」
「…………」
 そんな……。それじゃ、どうやっても……。
「今までだってシンは蓬莱剣の力を自分で操れるぶんだけ使ってたのよ。そのバランスを崩したのはアンリの件ね。
 勝てないと思ったシンは制御を外したのよ。30%の力を50%に引き上げたと考えればわかる? でも一度引き上げたものを元の状態に落とすことはできないわ。
 シンは抑えるために睡眠時間と脳と思考の一部を蓬莱剣に支配されてるのよ」
「そんな風には見えないじゃないですか……!」
「本人はそれが理解できないようになってるからね」
 はっきりと未星が言い放つ。
「あの子がバカに見えるのは蓬莱剣のせいなのよ。お酒を大量に飲むのも神経を麻痺させるため。それでも足りないから眠ってるのよ。寝てても蓬莱剣と精神的に競り合ってるから疲れてるとは思うけどね」
「…………」
 なんでそこまで……。
 呆然とする宗真の前にことんとコーヒーが置かれる。
「どうぞ。ブラックですけど」
「あ、ありがとうございます」
「柳、あんたから見てシンはどう?」
「ど、どうって……明るくて元気な子だと思いますけど」
「でもあんたより腕力もないし、どこにでもいる女の子よ。やってみなさい、押し倒せば絶対に抵抗できないから」
 シンが特別なのは、蓬莱剣があるせいなのだ。蓬莱剣がなければただの女の子……。
「あんたはわからないかもしれないけどね、普通の人間がとんでもない力を手に入れた時、負担は相当なものよ。それに耐えてるシンを私は正直愚かだと思ってる。
 頑張り屋なのは嫌いじゃないけどね、あのままじゃ壊れるのははっきりしてるもの」
「そこまでしてどうしてシンは……」
「自分が負けた時点で別の誰かが同じようになるからよ」
 ばかな、と宗真は不快になる。
 他人なんてどうでもいいじゃないか。自分さえ楽になれば。
「シンの負担を軽くするには、誰かとセックスするしかないわ」
「……それしかないんですか」
「ないわね。催淫体質があんなにひどくなってるのは、一度も男と触れ合ってないからよ」
 いいじゃないか、一回くらい。と思ってしまうのは僕が男だからだろうか?
 好きな女の子じゃないとイヤだというヤツもいれば、誰でもヤらせてくれたらいいという者もいる。成り行きというのもある。
「子供ができなくてもいいのよ。定期的にそういう行為をすればね。最終的に子供ができないとまずいとは思うけど」
「……べつの誰かに移動すればいいのに……」
「蓬莱剣には意思はない。アレはそういうものなだけなの。人間みたいに感情があるなんて考えちゃダメよ。
 柳、シンの負担を軽くしたいなら、あの子を抱くのね」



 妖撃社からの帰り道、戻ってきたシンの姿が夕闇の中見えた。
 ビルとビルの間の細い道。妖撃社の真正面の道だ。
「あれ? まだいたんだ。ただいまー。ソーマは帰りだよね? いい仕事あった?」
 満面の笑顔のシンは黒いコートをひるがえして歩いてくる。
 ……うそだ。
 だって、どこも苦しそうにみえない。
 でも。
 前にビールを物凄い速度で飲んで辛そうにしているのを見ている。あっちが本当だ。じゃあ今のシンはうそ?
「……シンは、いつも元気ですね」
「ん? そりゃ、元気じゃないとね! 暗く沈んだっていいことないよ!」
「……ねぇシン」
「なに? なんか暗いよソーマ」
「……僕と、寝ませんか? あ、『エッチする』って意味ですよ」
 沈んだ表情でそう囁くと、シンは目を見開いた。
「どこでもいいんですけど、近くのラブホテルでもいいですし、シンの部屋でも……。僕の家でも」
 言葉の途中でシンの平手が飛んだ。
 左頬がじん、と痛みを訴える。
「ダメだよ!」
 必死な顔で詰め寄るシンが、宗真の襟を強く掴んだ。
「そういう気持ちでそういうこと言っちゃダメだよソーマ! そういうことは、好きな人に言ってあげなきゃ!
 辛くて、誰かにぬくもりを求めちゃうことってあるよ! でもね、でもね、そういうのって悲しいよ!」
「…………」
 あれぇ……? なんか、その、なんか意味が通じてないっていうか……勘違いされてる……?
 うーんと悩んでいる宗真に気づかず、シンは涙を滲ませて言う。
「体を重ねたら誰でもいいっていう人もいるけど、やっぱりあたしはそういうの、よくないって思うの!
 もしもだけどね、赤ちゃんができたらね、その子が可哀想だよ! 大好きな人との子供のほうが、幸せだよ!」
「……でも、それでも家庭が壊れることはありますよ?」
 ちょっと皮肉で言うとシンはぐっと言葉に詰まるがそれでも言う。
「でもあたしは、やだ!」
「………………シンは、好きな人じゃないと嫌なんですね」
「そ、そりゃそうだよ」
「でも、その人がシンのことを好きじゃなかったら?」
 しまった。
 シンがはっきりと傷ついた顔をした。
 彼女は襟から手を離して、俯く。
「悲しいけど……両思いじゃないなら、絶対しないよあたしは。一方通行には慣れてるし」
「シン」
 声をかけてからぎょっとする。地面にぽたぽたと水滴が落ちている。彼女が泣いているのだ。
(っ!)
 思わず建物を振り向くが確かアンヌは支部長と話していたし、未星は長イスに転がっていたはずだ。
「ねぇソーマ」
「は、はい?」
 弱い声になったのは仕方がない。
「両思いになるって、幸せなこと? すごく嬉しい?」
「…………」
 頬が熱くなる。なんでここで、そんなことを訊くんだ? 恥ずかしいじゃないか。
 せ、青春?
「いつかね、あたしのことも好きになってくれる人、現れるかなあ?
 蓬莱剣の誘惑なんて関係なくて、あたしだけを見てくれる人が!」
「ど、どうでしょう……? いつか、現れるかもしれませんけど」
「ソーマは? ソーマにもそういう人いる?」
「……さ、さぁ……?」
 誤魔化すけれどもシンは涙を拳で拭いながら笑った。
「できたら紹介してね! 仲良くしたいもん!」
「……シンも、ぜひ……教えてくださいね」
 どこか声に力が入らない。相手に合わせて言ったセリフに彼女は……いつもと違って凛々しい笑みを浮かべた。
「どうだろうな……。あたしはきっと一生独身だよ。
 あたしが死んでも次がいるけど、それでもあたしが生きているうちは蓬莱剣は責任をもって抑えるよ」
「…………シンはどうしてそんなに責任感が強いんですか?」
「責任? そんなんじゃないよ。ただ……他の人がこんな目に遭うのやだなって思っただけだし」
「……シンって、」
 呆れてしまう。
 単純、なんだろうなぁきっと。
(物事がよい、わるい、っていうそういう単純さで地球がまわってる……というか。いや、本当はもっと複雑なんでしょうけど……根底にあるのはそれなのかな)
 ちょっと考えて宗真はシンにずいっと近づいた。彼女は慌てたようにのけぞる。
「シンって、よく見ると可愛いんですよね」
「っ!?」
 カッとシンの顔が赤く染まった。
「な、なに言うのソーマ!」
「僕、彼女ができたら教えますよ絶対に」
「うんうん。楽しみにしてるね」
 素直に頷くシンの額を人差し指で小突いた。その意味がわからなくてシンはきょとんとしている。
「きっとシンにも、両思いの気分、味わえますよ」
 そう、いつか――――きっと。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7416/柳・宗真(やなぎ・そうま)/男/20/退魔師・ドールマスター・人形師】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、柳様。ライターのともやいずみです。
 後編となりますがいかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。