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<東京怪談・PCゲームノベル>


Dice Bible 2nd ―離―



 不愉快な日常は続いている。
 湯川キラは普段どおりに生活を続けているが、嘉手那蒼衣のほうはそうはいかなかった。
 どうしても湯川を目で追う。そして鞄に入れたダイス・バイブルに、見えもしないのに視線を送る。
 学校からの帰り道でさえ、憂鬱な気分は蒼衣の心を占めた。
 色んなことを考えてしまうのだ。フェイのこと。湯川のこと。ダイスの戦いのこと。自分の死のこと。
「なんかさ」
 唐突の声に蒼衣は足を止める。夕暮れの中に湯川が立っていた。
 学生服姿で、彼は居る。学校に居る時と、寸分違わぬ姿と雰囲気だ。だが彼もまた、ダイスの主人。自分の敵、だ。
「最近ず〜っと暗いよなぁ、嘉手那さんて」
「……湯川君」
「何もしてないのにそういう暗い顔されるとちょっとなぁって思うんだよ。せっかく可愛い顔してるのに台無しだ。なんつーか、根が暗いのかな」
「…………放っておいて」
「そうはいかないなぁ。観察するって言ったじゃん」
 無邪気に笑う湯川は囁く。
「そろそろ活発になる時期だ。戦いの準備をしておきなよ、嘉手那さん」
「活発って……ダイスの敵が?」
 なぜそんなことがわかる?
 不思議そうな蒼衣の視線に彼は笑った。
「キミから見ればオレはベテランだからね」
「湯川君……」
「それともオレが潰してあげようか? そうすれば戦わずに済む。そういう時のキミたちの観察もしたほうがいいかな」
 本気で思案している様子の湯川が恐ろしくなって、蒼衣は彼を足早に追い抜かした。背後からも湯川の声が追いかけてきたらどうしようと思いながら。
 けれども、そんなことはなかった。
 しばらく歩き進んでいくが湯川は何も言ってこなかった。不審に思って振り向くと、そこには誰もいなかったのだ。
「…………」
 まるで最初からいなかったかのような……。
 無言で湯川が立っていた場所を見つめ、それから蒼衣は決心して家に帰っていった。



 ベッドの上に腰かけ、ダイス・バイブルを抱きしめる。
 コレはフェイの分身だ。だからこそ……。
(一緒にいると死ぬ覚悟をしたのに……一緒にいたいから死にたくなくて割り切れない……)
 相反する気持ちに蒼衣は顔を歪める。
 その時、本が反応した。軽い震えと共にそこから弾き出されるようにフェイが蒼衣の前に姿を現した。
 長い黒髪を後頭部で全て括っている、黒い衣服の男。
 閉じた瞼を開くと青玉のような色の瞳が蒼衣を見据えた。
「敵の気配がする」
「フェイ……」
「ん? なんか変なカオしてるな」
 不思議そうにこちらを見てくるフェイは腕組みする。蒼衣は戸惑っていたが、思い切って尋ねてみた。
「あ、あのね……フェイ、主に恋をされたことは……ある?」
「恋?」
 首を傾げたフェイはちょっと考えて不快そうな表情をする。あ、やっぱり……あるんだ。
「あれが恋なのかどうかは知らないが……やたらベタベタされたことはあったな」
「べたべた……?」
「……でもまぁ、好きだと言われたことはある」
「っ」
 蒼衣は硬直してしまった。これ以上訊くのが……こわい。
「……そういうのって、フェイとかダイスにとっては重荷?」
「む?」
「ダイスに恋する主なんて、いらない?」
 あぁ、答えが怖い。聞きたくない。
 でも。
(私……フェイは戦うための存在だってわかってるけど……こうして、いま持ってるダイス・バイブルみたいに抱きしめたい存在だって考えちゃってる……)
 フェイは「うーん」と悩んでからいつものように明るく言う。
「べつにいらないってことはないと思うが、俺は。重荷っていうのもよくわからん」
「……フェイって、なんかその……」
 ちゃんと考えて答えたのだろうか……? なんだか疑いたくなるほど明るい言い方だったのだが。
「あたしは……ね」
 蒼衣は腕の中のダイス・バイブルを強く抱きしめる。
「フェイのこと、抱きしめたいって思ってる……」
「は?」
「……また弱いあたしで、迷ってごめん……。ちゃんと死ぬから……でも、でも死にたくない……」
「???」
 フェイは怪訝そうにしていたがこちらの顔を覗き込んでくる。
「意味がわからんぞ、ご主人。相手に伝えたいならきちんと言葉にしろ。独り言なのか、それとも」
「独り言なんかじゃ……。
 あたし……あたしね、死にたくないの」
「それは生き物として当然だと思うが」
「そうじゃなくて……!
 あたしの次に誰かがフェイの主になって、フェイと一緒に居るようになるのが……それが悔しくて死にたくないの」
 蒼衣の言葉にフェイは目を見開いた。
「何かしたいとかわがままを、生き残った時から思わないようにしてた。でもあたしは、あなたに出会って心が戻った気がする」
「……ご主人」
「フェイの敵を憎まなくちゃ。でも思うのってフェイのことばっかりなの。あなたのために何かしたいのに、あなたのことばかり考えて役に立てない自分が悔しい」
 自分の、抑え込んでいた気持ちを吐露する。なんて力が必要なんだろう、思っていることを口に出すということは。
「遠くない別れがみえているから、訊かないほうが楽かもしれない……。でもあたし、聞きたい。フェイ、あなたにとってあたしはただの主でしかない?」
「………………」
 まっすぐ見つめたフェイは驚いた表情で立っている。それから視線を伏せ、眉をひそめた。
「…………いきなりそんなことを言われても」
「っ!」
 蒼衣はハッとして顔を伏せる。それもそうだ。自分は今までずっと思っているだけで、何も行動してはいない。
 悩むのは心の奥底。フェイのことが気にはなっていても……こんな唐突に訊かれても驚くだけだよね。
「ただの主かと問われれば『そうだ』としか言いようがないんだが……。今まで戦ってきたたくさんの主は、みなタイプが違っている。それはご主人、あなたもだ」
「……フェイ」
「ご主人の言い方は……自分を特別視しているということだろう?」
「……うん」
「自分は、そういうことは思わなかった。今までの主に比べれば未熟で、ダイス・バイブルとシンクロもしていないが……それでも今までの主と比べて劣っているなどと思ったことはない」
 確かに彼の態度は率直で、蒼衣でさえ清々しさをおぼえる行動と口調だった。今までの主と比較している様子もなかった。それは彼なりの思い遣りだったのだ。
「ご主人」
 フェイは蒼衣の前にひざまずいた。
「ご主人はまだ何も経験していないだけだ。心が戻ったなんて、それは嘘だ」
 優しく微笑むフェイは蒼衣の頭を撫でた。優しい大きな手。
「ご主人は優しい。戻ったんじゃない。ただ、思い出しただけだ。失ったわけじゃない。もともと在ったんだ、ご主人の中に」
「フェイ……でもあたしね、本当にフェイのことばかり……」
「それは『今』がいつもと違うからだ」
 はっきりとフェイは言い切った。
「『いつも』と同じではないから、そう思ってしまうだけだ。自分は明らかに異分子なのだから」
「…………」
「でも嬉しいぞ。主人として、次の主人に嫉妬してくれるなんて。そういう主人もいなかったわけじゃないが、ダイスとして大事にされてるのはわかる」
「フェイ……」
 ちがう。そうじゃない。なんだか、ちがう。
 戸惑う蒼衣の手をフェイは強く握った。
「言ってくれてありがとう。言ってくれなければご主人の心はわからなかった」
「う、うん……」
「よし、では戦いに行こう!」
 明るく笑ったフェイが立ち上がる。蒼衣の手も掴んで、だ。
 なんか……やっぱり伝わってないかもしれない、あたしの心は。



 無事に退治をした後に家まで戻ってくると、家の前に誰かが立っていた。黒いシャツに黒のジーンズ。湯川キラだ。
 暗い夜道の真ん中に立つ彼は、まるで闇そのもののようだった。
「やあ、おかえり嘉手那さん」
「湯川君……こんなところで何してるの」
「そんな怖い目で見ないで欲しいな。なんか面白いことになってるから来てみただけだってば」
 笑顔の湯川は目を細める。
「でもさ、嘉手那さんてなんていうか遠回りな言い回しばっかりするからちょっとウザったいよね。まぁそれは性格だから仕方ないんだけど。
 フェイみたいな鈍感なタイプにははっきり言ってやんなきゃわかんないよ。察しろなんてこと、無理だからね」
 フェイが湯川の言葉に不機嫌になったのはすぐにわかった。彼はムスっとしてしまったのである。
 だが蒼衣は青ざめた。
「……聞いてたの?」
 あたしと、フェイのやり取りを?
 含めた言葉に気づいたらしい湯川は「ははっ」と軽く笑った。
「観察してるって言ったろ?
 ……でも、フェイがこの後どういう行動に出るかはわかったから、もういいんだ。観察はやめ、だ」
「え?」
「キミには期待していたんだけどなぁ。独占欲も、臆病さも悪くないけど……キミが今まで培ってきた人間関係が裏目に出たね。控えめさがあだになったなんて、笑える」
 湯川はゆっくりと手を伸ばした。フェイに向けて。
「戻っておいで、フェイ」
「――――え?」
 彼の言葉に驚いたのは蒼衣だけではない、フェイもだ。蒼衣を庇うように立つ彼もまた、湯川の言葉に戸惑っていた。
 闇の中から湯川のダイスが出てくる。シスター姿の少女だ。だがもう一人。
 オレンジ色の髪のアジア系の少女も出てくる。黒いミニのチャイナ服は変わったデザインのものだったが……。
 蒼衣は彼女たちを見て、わかってしまう。どちらも『ダイス』だ。
「な……!? なんでダイスが二人も?」
「そりゃ、どっちもオレのだからさ」
 当然だろうと湯川は言う。蒼衣はフェイの袖を掴んだ。何が起こっているのかよくわからない。
「もっといるんだけどね。ほら、主人を殺して奪えば簡単なんだこれが」
「そんなことしてたの!?」
 蒼衣の悲痛な声に湯川は表情を崩さない。
「たくさん居たほうが戦うのは楽になるしね。しょせんは道具だから」
「道具なんかじゃない! ダイスは……」
「道具だよ。それを証明してみせよう。
 さぁフェイ、『遊びは終わり』だ」
 湯川の言葉にフェイがびくっと強く反応した。
「フェイ……?」
 恐る恐る尋ねる蒼衣は見た。フェイが頭痛を堪えるように額に手を遣り、困惑していたのを。
「あ……?」
「フェイ、しっかり!」
 だが蒼衣を見た彼は不思議そうにした。
 そして……。
「? 誰、だ?」
「え……?」
「誰だ、あんた」
 フェイは蒼衣を見たままそう言ったのだ、確かに。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【7347/嘉手那・蒼衣(かでな・あおい)/女/17/高校2年生】

NPC
【フェイ=シュサク(ふぇい=しゅさく)/男/?/ダイス】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、嘉手那様。ライターのともやいずみです。
 最後の最後でとんでもないことに……。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。