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貴方のお伴に 舞台
うー。
……緊張してきた。
周囲を見回しながら、海原みなもは心の中で呟いた。
古典的だが、掌に人の文字を書いて飲み込んでみたり。
もうすぐ、開場だ。
そこは、港のすぐ近くにあるイベントホールだった。
いくつかの建物が同じような目的で林立する一画。その中でも最も小さいほうになる、四角いホール。広さは、学校の体育館程度だろうか。
中は低い仕切りで無数のブースに分けられている。
みなもは、そのブースの一つに立っていた。
イベントはまだ始まっていない。それでも会場内にいるということは、みなもが見る側ではなく、見せる側にいることを示していた。
その事実を改めて実感して、より緊張が高まってくる。なんだか分からないけれど、身体の内側から、こみ上げてくる。
周りは慌てて何かを探しているような人、既に準備万端なのか、床に座って一息ついている人、色んな人がいた。ただ大半は、開場直前ということで慌しく動き回っている。
一見すると、フリーマーケットのように見えなくもない。だが、大きく違うところがある。ほとんどのブースで、売る為の商品を並べてはいないということだ。
発表会。
正式な名称は別であったが、これからみなもが参加するイベントは、そんな言葉が最もしっくりくるようなものだった。少しでも名を売りたい大道芸人も居れば、趣味の発表と気楽な人間もいる。プロアマ混じり、多種多様な人たちが、思い思いの芸や作品を見せる。そんなイベントだ。
こういうものがあることを知ったのは、父親からだった。一度参加してみたらどうだ、と言われた。
ここ最近、久々津館に通って人形メイクの講習(のようなもの)を受けているのは、家族全員が知っている。もちろんみなも自身が吹聴して回っているわけではない。筒抜けなのだ。どうやら何度も久々津館の皆に助けられたりしている間に、情報が流れるルートができたようだった。なんか嫌だが、仕方ない。
最初は、出る気などなかった。とてもそんなレベルじゃないと思っていたから。それは今でも変わらない。変わらないが。
実際には、ブースに一人、こうして準備をしている。
家族に弱いのだ。では何に強いかというと、押し黙るしかないみなもだったけれど。
――いや。
首を振る。それだけじゃない。今までの自分だったら、それでもこんな、人前で何かを見せるなんて絶対にしなかったはずだ。
だから、少しずつでも、変わっていけている。そう思えるし、そう思いたかった。
――十時より開場となります。各ブース、準備を宜しくお願いいたします。
館内アナウンスが聞こえる。その声に、現実に引き戻された。いつの間にか、準備の手が止まっていた。時計を確認する。後十五分しかない。ブースのセットは終わっているけど、メイクは完全には終わっていない。仕上げが残っている。急がなければ。
みなもが見せるのは、人形メイクを中心とした、『生き人形』。
当たり前だけれど、もちろん、メイクが要だ。間に合わなければ、せっかく勇気を出して来たのに、元も子もない。
失敗しないように、できる限り急ぐ。もう最後の仕上げには入っている。
後五分。
メイク、完了。セットの確認。立ち位置オッケー。ポーズを取ってみる。
よし。
何とか、間に合った。
――まもなく、開場いたします。
そう心の中で呟いたのと同時に、開場のアナウンスが響き渡った。
ポーズを取ったままで身動ぎせず、ただずっと立っている。
体力は使うだろうと思っていた。立っている、というのは意外と辛いものだし。
しかし――
現実は、想像を遥かに超えていた。
ポーズを作り、視線に耐える。そして視線を意識しだすと、どこかおかしいのではないか、と、今度は細かいところが気になりだす。ここだろうか、あそこだろうか。かといって修正できるわけではない。動いては人形ではないのだから。
そもそも、見られることに慣れてないのだ。頬が上気していくのが分かる。冷静でいようと思えば思うほど、変に意識してしまう。
そうしていると。
いきなり視界が真っ白になった。
眩しい。
カメラの、フラッシュのようだった。
写真を撮られた。撮ってはいけない、と書いてはいないけれど。
うう。
確かに、見られるためにこうして演じてるんだけど。
我慢するしかない。私は人形なのだから。そう心の中で呟く。
でも、なんだろう。
少しずつ。人が集まってきた。顔も動かせないから、周りにどれだけいるのかは分からないけど、見える範囲だけでも、確実に増えてきている。
シャッターを切る音が、さらに数度。カメラを構える人たちも多くなってきた。
それはさながら、撮影会のようで。
「こっち向いてー!」
などとも声があがる。生き人形、だとブースにはしっかり書いてあるのに。わざとなのかもしれない。
それをきっかけにしてか、どんどん周囲に声が広がる。そのどれもが、野卑た、煽るような言葉だった。さらに、反響するかのように、それがまた複数の嬌声を呼ぶ。
輪になって、畳み掛けるように、みなもを取り囲む。声だけではなく、少しずつ、人の輪も近づいてきた。遠慮も容赦もない視線たちが集まる。
動揺が、隠し切れなくなってくる。
怖い。
身体が強張る。膝に力が入らなくなる。
そしてついに、姿勢が大きく崩れた。
慌てて直したけれど。けれど。
「おやおや、ちょっと注目浴びたくらいで駄目になっちゃうなんて、そんな程度で参加できるなんて、気楽でいいね」
その一言は、なぜか囃し立てる声たちの合間を縫うようにして、鋭く響いた。隣のブースで休憩していた、大道芸人の言葉。
やっぱり。
私なんかが居ていいところじゃないんだ。
もう、無理だ。
座り込みそうになる。
そのときだった。
周囲の人々を押し分けるようにして。
「ちょっとごめんなさいね」
そう言いながら。
正面から、現われたのは。
目を瞠るような、緩やかに波打つ金髪。意志の強い青い瞳がこちらを見据える。
久々津館の住人、レティシアだった。
助かった。
心の裡から、そんな思いが沸いてくる。
手を、伸ばす。
彼女に向けて。きっと支えてくれる。いつもそうしてくれた。期待を込めて。
でも、その手は、宙に浮いたままだった。何も掴めずに、誰も受け取ってくれずに、空を切る。
なんで。
助けてくれない? どうして。
彼女は腕を組んで、こちらを見ているだけで、ただ、小さな微笑みを浮かべていた。
どうしたの? とでも言わんばかりの、優しいけれど、それだけではない笑みだった。
いつのまにか、その隣に炬も立っている。こちらは、いつもどおりの無表情。だけれど最近は、その中からも表情を読めるようになってきていた。
――心配させているんだ。
それが分かる。
いつもそうだった。でも、だから私は頑張れてきた。
でも、いつもそんなことで、いいんだろうか。
そう思った瞬間。
理解できた。
心配、それだけじゃなくて。
見守ってくれてるんだ、と。
そう思うと、不思議と、周りの声も、カメラのフラッシュも、気にならなくなった。
姿勢を正す。落ち着いた気分だった。こういうのを、凪、というのだろうか。穏やかな、波立たぬ水面。そんなイメージが思い浮かぶ。
気づくと、炬が、ポーズを合わせるようにして隣にいた。観客がさらに増えた気がする。
目線だけで、レティシアの姿を追う。
その顔は、満面の笑みに包まれていた。
それが何よりも、嬉しかった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
【1252/海原・みなも/女性/13歳/中学生】
【NPC/炬(カガリ)/女性/23歳/人形博物館管理人】
【NPC/レティシア・リュプリケ/女性/24歳/アンティークドールショップ経営】
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■ ライター通信 ■
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ご依頼ありがとうございます。
こんな感じでまとめてみました。いかがでしたでしょうか。
いつもと変わらないパターンかもしれませんが……楽しんでいただければ幸いです。
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