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<東京怪談・PCゲームノベル>


【妖撃社・日本支部 ―桜―】



「ぶっちょー!」
 ばーんと事務所のドアを開けた霧島花鈴はそのまま一直線に支部長室に向かう。
 ちら、と社員のいる仕事場を見ると、長イスで眠っているシンの姿が見えた。いつも居るアンヌが今は居ない。いや、もしかしたら給湯室のほうに居るのかもしれない。
 ノックをしてみると、返事があった。
「はいりまーす!」
 元気よく中に入った花鈴が見たのは、室内で一番存在感のある大きな机の向こうに座っている、日本支部の支部長である双羽だ。
 彼女は眼鏡を軽く押し上げて花鈴を見てくる。
「さすが!」
 驚く花鈴を怪訝そうにうかがう双羽に、花鈴は説明した。
「だって今日って日曜で、今は朝の10時なのに、もう部長ってここで仕事してるから。やっぱすごいなーって思って」
「……当たり前じゃないの」
 呆れたように言う彼女は嘆息する。ファイルに目を通している双羽に興味津々な花鈴は小走りに近寄った。
「なになに? なに読んでるんですか、ぶちょーってば」
「ん? 依頼概要書」
「あ。えっと、お仕事掲示板に貼るやつ?」
「その前の段階のものね。本社からくるものもあるから、それに目を通してるの」
「???」
 首を傾げる花鈴に双羽は苦笑した。
「妖撃社って、まぁ日本支部っていうくらいだから本社があるのはわかると思うけど、有名なのは本社のほうなの」
「ふ〜ん。でもあたし、全然知らなかったけどなぁ」
「日本ではほぼ無名ね。アジアのほうに徐々に広げていった感じの会社なの。うちみたいな弱小の支部は本社からお仕事が回されてるのよ」
「え? でもフツーに依頼とかきますよね?」
「それでも微々たるものね。だからうちも頑張って宣伝とかしてるんだけど、なかなかね」
「へぇ〜……。なんかコンビニの店長みたいですね、ぶちょー」
「似てるわねぇ」
 ふふっと笑う双羽はノック音に気づいて「はい、どうぞ」と返事をする。
「失礼します」
 入ってきた黒髪の女性は丁寧にお辞儀をし、それから顔をあげて「あ」と呟いた。それは花鈴もだ。
「お、お姉ちゃん!? なんでここに!」
「……花鈴? どうしてここに?」
 不思議そうな姉・霧島夢月の姿に花鈴は苦りきった表情を浮かべる。
 少し考えれば姉がここに来ることなど、想像がついたはずなのに。姉の性格なら、きっと……!
 複雑な気持ちがこみ上げてきた。姉に追いつきたくてここに来た。色んな経験を学んで少しでも姉に近づきたかったのに。
 それに……。
(それに)
 ココは……『あたし』が『あたし』でいられる場所なのに。姉と比較されない場所の一つだったのに……!
 そんなたくさんの感情が溢れ出てきて、花鈴は硬直してしまった。
 姉である夢月は花鈴と双羽を見比べる。
「支部長とお友達だったのね」
「…………」
 呆然と突っ立っている花鈴と夢月を見遣り、双羽は夢月に尋ねた。
「どうしたの、霧島さん」
「いえ。新しいお仕事を探しに来たんですけど……シンさんが眠っていらっしゃるので誰も居ない状態に近くて……」
「お姉ちゃんも!?」
 仰天する花鈴はハッとして口を手で塞いだ。今の発言で気づかれた、だろうか……?
 きょとんとする夢月は「も?」と首を傾げる。
「妹さんはここにバイトとして在籍してるの」
 双羽の言葉に夢月は目を見開き、花鈴を凝視した。
「花鈴が……? 妖撃社に?」
「あたし!」
 花鈴は焦ったように声を張り上げた。ここで自分の邪魔をされてはたまらない。居場所を奪われては……!
「ここのバイトを知って、面接受けたの! 色んな経験したくて!
 ほらお姉ちゃんも言ってたじゃない? 経験に勝るものはないって!」
「花鈴、でも」
「お願い! ここで仕事したいの! 部長とも同い年だし、危ない仕事だったら逃げてもいいって言われてるし!」
 必死に言う花鈴をしばらく眺めていた夢月は頬に手を添えて「そうねぇ」と呟く。
「そこまで花鈴が言うなら……。でもあんまり無茶とか無理はしないって約束できる?」
「できるできる!」
「ならいいわ。
 支部長、妹ともども、よろしくお願いします」
 深々と頭をさげる夢月に双羽は薄く微笑む。
「こちらこそ。二人とも優秀なバイトでうちとしては大助かりだもの」
 双羽の支部長態度に花鈴は苦笑するしかない。慣れていればこれが明らかに外面用だとわかるからだ。
(でもよかった……。反対されたらもうここに来れなくなってたかもしれないし……)
 姉と比較されない場所のひとつだったのに……。でもまぁ、双羽たちと別れることもないし、給料もきちんと働いたぶんだけもらえるから、できるなら辞めたくない。
 先に支部長室から出て行った姉を見送り、花鈴は双羽を見遣る。
「……ぶちょー、知ってたんですか? お姉ちゃんがバイトに来てるって」
「つい最近面接に来たけど?」
「もー。教えてくれてもいいのに」
 唇を尖らせる花鈴を叱るように双羽がみる。
「そういうプライベートなことにうちは関与しないわ。
 それに、あなたのほうが先に来たんだから、お姉さんよりあなたのほうが先輩よ?」
「えっ。そうなの?」
「そうよ」
 小さく笑われてしまう。優越感を持ったことに、きっと気づかれたのだろう。
(……だってお姉ちゃんに『勝つ』っていうか……そういうのって初めてっていうか)
 なんでもできてしまう憧れの姉。自分よりいつも『先』を行っている姉。どうしたって劣等感を持ってしまう。たとえ、自分とは別の人間だとわかっていても、だ。



 支部長室を出た夢月は軽く息を吐き出した。仕事を探しに来たのは本当だ。シンが寝ていて誰も居ないのだろうかと思って支部長室に入ったら。
(花鈴がここに所属していたなんて……)
 驚くなというほうが無理だろう。今までそんな素振り、家でも見せていなかった。不審な動きはいくつかあったが、部活の助っ人を頼まれたとか……友達の手伝いだとか、遊びに行くとかそんなことを言っていた気がする。
 ちょっとしたバイトを時々しているというのは小耳に挟んだ。妹を信用していたから、あえてどんなバイトかと訊いたりしなかった。変なところで働いたりはしないだろうし、むしろ快活な妹なら接客業のバイトをしているかもと想像していたくらいだ。
 自分は退魔師としてここに来ている。実家もそういうものだし……やはり慣れている仕事をバイトにしたいと思うのは人間として当然のことだ。苦手なことや新たなものにチャレンジするにはとてもパワーが必要だから。
 最初は、同い年くらいの支部長と友達でここに来ているのかと思った。本気でそう思ったのだ。
 妹はその性格から友達も多いし、他校の生徒である双羽とどこかで出会って友達になっていてもおかしくない。充分にありえると判断したのだ。
(色んな経験、か)
 自分ももっとたくさんのことを経験したほうがいいのかもしれない。でも……それって、とってもむずかしいことだ。
 なんでもできるなんて、嘘。
「ムツキがむずかしー顔してる」
 目の前にぬっと顔が現れて夢月は思わず身を強張らせてのけぞった。
 いつの間にか起きていたシンが目の前に立っていたのだ。
「し、シンさん……起きたんですか」
「さっきアンヌがお菓子買って帰ってきた時に起きたよ」
 にこーっと子供みたいに無邪気に笑うシンを夢月は見つめる。
「な、なぁに? あたしの顔になんかついてる?」
「いえ……。シンさんて、妖撃社の社員になっていなかったら何をしてました? まだ高校生くらいだし」
「えー? む、むずかしー質問だなぁ。それって今のあたしじゃないってことだよね? うーんとね、すっごく小さい頃になりたいなあって思ってたのは看護師さんだよ」
「看護師?」
「よく来てくれてたお医者さんのお兄さんのお手伝いがしたいなあって思ってただけなんだけどね」
「そうなんですか……」
 そういえば自分はどうだっただろう? 小さい頃……小学生の頃には確かに『将来の夢』というタイトルで短い作文を書かされた記憶はある。そこに私はなんて書いた?
(でも確か、家業を継ぎたいとかそういう無難なことを書いたような……)
 家業のことだって表立って言えないので、お父さんとお母さんのしているお仕事ができるようになりたいとかなんとか……。
「そんなところに突っ立ってないで、お座りになったら?」
 盆にケーキや紅茶を乗せてアンヌが現れた。シンはすぐさま顔を輝かせて自分の席に座る。
「うわー! どこかのなんとかってとこの限定ケーキなんでしょ? たのしみ〜っ!」
「なんとかって……」
 明らかに憶えていない場所らしいことがわかる。夢月は他の空いている席に腰かけた。
 ティーセットを机の上に置いていくアンヌは「ふむ」と小さく呟く。
「ここにもソファとテーブルが欲しいですわねぇ。人数が集まるとちょっと不便ですし、こんな簡素な仕事机ではせっかくのケーキとお茶が可哀想になってしまいます」
「ムリムリ。だって狭いもんここ」
 並べられるケーキを目で追いながらシンがすぐに否定する。夢月はその向かい側に腰かけているのだが、なんとも美味しそうなケーキに胸がどきどきしてしまう。綺麗で美味しそうなケーキを見るとこうなってしまうのは仕方ないことだ。
「そういえばフタバ様のところにはカリンさんがいらしてるんですよね?」
「そーなの?」
「シンに言ったんじゃありません。ムツキさんに言ったんです」
 めっ、と怒られてシンが「ごめん」と肩をすくめた。
 夢月は頷く。
「まさか妹もここで働いているとは思いませんでした。驚きです」
「あら。姉妹仲はよろしいと妹さんにはおうかがいしておりましたが」
「え……?」
 そんなことを花鈴が?
 ちょっと照れてしまう夢月にアンヌは微笑む。
「素敵なお姉さまがいらっしゃるのだなあと思うような口ぶりで話していらっしゃいましたよ?」
「……アンヌさんも、ここに私の妹がいたのはご存知だったんですか?」
「フタバ様から聞いておりましたので。お二人とも、履歴書の住所が同じでしたし」
 苗字が同じということから導き出されたわけではなく、住所からだったのか!
 苦笑する夢月の前でアンヌがカップに紅茶を注いでいく。
 支部長室から花鈴と双羽が出てきた。アンヌが笑顔で二人に声をかける。
「ささ、お二人とも座ってくださいませ。男性陣がいないうちに、食べてしまいましょう」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7511/霧島・花鈴(きりしま・かりん)/女/16/高校生,魔術師・退魔師】
【7510/霧島・夢月(きりしま・むつき)/女/20/大学生,魔術師・退魔師】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、霧島夢月様。ライターのともやいずみです。
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 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。