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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


暗い空にさした光

 青い空、照りつける陽射し。やっぱり夏というものはいい。そして海というものは特に、この季節に相応しい場所だ。シーズンオフの海がいいって人もいるけど、夏の海の魅力に勝るとは思わない。早めの夏期休暇を取って無人島に来て良かったと思う。
 サマーベッドに寝そべり、サングラスの位置を直した。潮騒は良い子守唄。波と戯れるにも飽きてきたところで、肌でも焼きながら少々まどろむことにする。
 バカンス。良し。優雅、なお良し。少し休んだらまためいっぱい遊んでやるわ!
 瞳を閉じて、そんなことを思い口元をゆるませる。その内に、私はいつしか眠りに落ちていった。





「む〜……う?」
 ぶるっと身を震わせて、目を覚ました。ぱちくりと瞬きをして、曇天に気付く。いつの間に天気が悪くなっていたのか。
 身を起こして、垂れた涎に気付く。いけない、いけない。だらしないそれを手で拭うと、辺りを見回した。
 人の声がしなくなっていたのには気付いていた。天気が悪くなったからみんな引っ込んだんだろうと思った。けど、原因はそれよりも根本的なものだったみたいだ。
 まず、砂浜がない。少し離れたところに見える港から海は確認出来るけど、なんか黒々しい色で冷たそう。そもそも背をもたせていたサマーベッドが、何故か冷たい壁に変わっている。青い空や眩しい太陽もどこかに行ってしまって、重苦しい雲が立ち込めるばかり。こんなところでひとり黒ビキニの私ってば、かなり風景から浮いてない?
「って、私のバカンスは!?」
 休んだら海で思いっきり遊ぼうと思っていたのに、目覚めたら全部なくなってましたって、何!
 いや、本当は気付いてる。わかってる。これは、まさしくアレのせいなんだろう。
「あー、困った時計ちゃん」
 首から提げた懐中時計を手に取った。この時計はしばしばこうして私を何処へと誘う。忌まわしい過去を封じ込めた時計を睨み、小さく息を吐いた。
「時間旅行に連れて行ってくれるのはいいけど、少しくらい相談してくれたっていいんじゃない?」
 悪態を吐いてみるも、時計は無反応。やめた、虚しい。
「いいわ。ここが何処だか知らないけど、こうなったらここで思う存分バカンスを満喫してやろうじゃない!」
 拳を握り固め、立ち上がる。ぶっちゃけ海ならいつでも行けるし、不思議な場所でバカンスなんてもしかしたらちょっと得したかも。そんな風に思っていると後ろで手を叩く音がして、振り返った。
「いや、邪魔をしたかな。失礼」
 長い銀髪をなびかせた男性がいた。手を叩くだけの仕草が、妙に優雅。若そうに見えるけど、外見よりは年を食っているのかもしれない。
「こんにちは。何か拍手に値するようなことなんてしたかしら?」
 優雅さにつられて、私も髪をかきあげてみたりなんかする。男性の紅の瞳が可笑しそうに細められた。
「そうだな。実に良い気合いの入りようだった。差し支えなければ、名を伺っても構わないだろうか」
「藤田・あやこです」
「なるほど。私はルラー=ヴィスガル」
 ルラーという男性は、そう言って恭しくお辞儀をしてみせた。
「フジタ・アヤコ。随分とこの国に不釣り合いな格好をしているものだな」
「ビーチでバカンスでも満喫しようと思ったんですよ。少しくらい天気が悪くたって問題ありません」
「ほう。水をさすようだが、この国にビーチなどというものはない」
「え……」
 海は見えている。でも、ビーチがない? 別にビーチとしてあつらえたものじゃなくて、自然の波打ち際とかで構わないんだけど。
「この国の面する海で海水浴を楽しむような者はいまい。何せ砂浜も存在せず、海に入るには飛び込むより他ないからな」
 そういうことか。ぐるりと視界を巡らせてみると、港からある程度離れた辺りから、海と陸地との境を仕切る壁が出来ている。私がさっき寄りかかっていた壁もそうだ。
「事情はわかりました。泳げないっていうなら、何処かで新しい服でも買おうかしら」
「残念だが、ここには服屋というものもないぞ」
「どういうことです?」
 眉をひそめる。私が問うと、彼が少し目を細めて微笑んだ。
「君はこの国の名を知っているか?」
「いいえ。来たばかりですから、知りません」
 正直に答える。嘘を吐いても仕方がない、きっと彼ももうわかっているのだから。ルラーさんは勿体つけるような間を置いてから、口を開いた。
「ここは、マゼイツ。『機械の町』と呼ぶ者もいるくらい、機械技術に秀でた小さな国だ」
「機械に……ふむ」
 確かに、周りの風景を見ても頷ける気がする。ここには、小説とかでいう近未来的な雰囲気があった。それに、工場らしきところがあるにも関わらずとても静か。何を作っているか知らないけど、騒音を抑える工夫が出来ているのだろう。それは、現在の日本でもまだ難しいことだ。
「ああ。今後の課題は、機械と魔法の融合といったところだな」
 ぴくり、と無意識に眉を跳ねさせた。彼の言葉を頭の中で反芻させて、口を開く。
「興味深いですね」
「ほう?」
「実は、こう見えて私は科学者でしてね」
 数多ある私の職業のうちのひとつ。
「加えて、風を操る術を持ちます」
 一応エルフである私は、魔法を使うことも出来る。
「如何でしょう。その研究に、少しばかりお力添えしたいのですが?」
 ならばそんな結論に結び付くことは、全くもって自然な流れではないか。
「望みは何だ?」
「話が早くて有り難いです」
 にやり、と笑みを交わす。
「虹を生み出す機械を作りたいです。この暗い空に、明るい虹をかけてみたい」
 ふむ、と彼が頷いた。試すような視線を私に投げる。
「して、設計図は頭の中に描けているのかな」
「勿論です」
 なめてもらっては困る。絵空事にかかずらうほど暇ではない。私が提案するのは、現実的な計画。
「では、お手並み拝見といこうか」
 彼が踵を返す。ラボか何かにでも連れていってくれるということか。期待から内心で舌なめずりをしつつ、私も彼について行った。





 案内されたのは、使われていない工場のようなところだった。流石に機械の稼働している施設を見学させてくれるつもりはないらしい。それでも材料や工具は揃っていたし、足りないものはルラーさんが何処からか調達して来た。
 服も貸してもらった。いつまでもビキニのままでは寒いし、肌も工具で傷付きかねない。管理者の制服というそれは、スーツのようでありながらつなぎのようでもあった。ルラーさんのものだという黒いそれを着て、存分に汚しながら組み立てていく。プログラムを組み込んだコアを、包み固めるように。
「かんっせーい!」
 からん、とドライバーを投げる。小さな箱のような機械を両の手の平に乗せて、掲げた。
 虹を作る機械。正確に言えば、飛沫を生み出す呪文を呟き、光を照射する機械。呪文をプログラムしたコアを魔力炉と繋ぎ、箱に閉じ込めた。ディティールにも凝って、呪文を呟く部分は唇の形にしてみた。その上には二つの目を模したものもあって、そこから光が出る仕組みになっている。
 観客みたいなものはいないけど、やり遂げたことに自分で拍手したい。そう思っていると、後ろで手を叩く音が響く。
「いやはや、人の手で機械を組み立てるところは久し振りに見た」
「嫌味?」
 まあいい。この達成感は、自分で最初から最後までやったからこそでもある。こういうのもたまにはいいだろう。
 それに、魔力炉を作る段階では彼も随分力になった。理論は教えてもらえなかったけれど、私の放出する魔力を炉に閉じ込める様を見ているだけでも勉強にはなる。
「早速ですが、試してみても構いませんか?」
「気が早いな」
「当然のことです。実験が成功して初めて、本当の完成と言えるんですから」
「なるほど。それなら、港でやってみるといい。広い場所の方がいいだろう」
「ありがとうございます!」
 願ってもない。それに港なら人も多いだろう。観客、大いに結構だ。
 私たちは港へ向かい、機械をセッティングした。思った通り、通り過ぎる人が何事かとこちらを振り向く。中には立ち止まる者さえいた。私は思わせ振りに咳払いして、声を張り上げる。
「えー、お集まりの皆様方。これから私藤田・あやこと、ルラー・ヴィスガルにより製作した機械の実験を始めたいと思います!」
 いよいよ人がこっちを見た。我関せずを決め込むように少し離れて立っていたルラーさんが苦笑している。私はにんまり笑うと、スイッチに指をかけた。
「いきます!」
 ぽちっ、と押す。押した。
「―――」
 呪文が紡がれる。録音した私の声だ。固唾を飲み、成り行きを見守る。
 まず、機械から飛沫が放出された。それが放物線を描くと、次いで光が放たれる。虹は空気中の水に光が当たることで発生する現象。やり方は、間違っていないはずだ。
 成功してほしい。自分で組んだ理論が正しいことを証明したい、というのもある。だけど、それだけじゃなくて。もしこれが上手くいったら――エルフの癖に魔法が苦手な私にも、活路が見出だせる気がするんだ。
 じっと、機械を見つめる。祈るように。その願いが天にも届いたのだろうか?
「虹だ!」
 誰かが叫んだ。私も空を仰ぐ。そして思わず、口をぽかんと開けてしまった。
 七色の橋。虹。あはは、本当に虹だ。
 虹がかかった。暗い曇天の空に、明るい虹の彩りが加わった。
 その光も、やがて消える。ぼんやり霧散していくそれのように、人々もばらばらと自分のことに戻って行った。それでもなお立ち尽くしてしまった私の肩に、手が置かれる。
「よくやったものだな」
 ルラーさんだ。当然! ……と言いたいところだけど、初めての試みに不安がなくはなかった。うん、嬉しい。素直に、嬉しく思う。
「ええ、我ながら大成功。もう一回やってみます? ……って、あれ?」
 機械が何やら唸っている。私が何気なく覗き込んだ、その時、その唇から水が勢いよく放たれた。反応する間もなく、私は直撃を受ける。
 悲鳴を上げながら、水流に押されて空に舞い上がった。魔法が苦手な私が呪文を吹き込んだのがいけないのか、魔力を注いだのがいけないのか。でも一度は成功したんだから、機械の耐久度に問題があったのかも。
 つい分析する私に、光が当たる。下からは七色に見えているのだろうか。そうして私は虹になった――なんて冗談あってたまるか!
 ふと、世界がぼやけてきた。ああ、この時計の仕業か。どうやら帰る時が来たらしい。
 この世界の人たちには、私は虹となって消えたという認識をされてしまうだろうか。――何とも不甲斐ない終わりだが、この際それも一興か。そんな風に思いながら、最後に地上を見た。こっちを見上げているルラーさんと、そんなはずもないのに目が合ったように思う。
「類い稀な力を持つ者もいるものだな……『異界』には」
 そんな声が、聞こえた気がした。





《了》



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■   登場人物
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PC
【7061 / 藤田・あやこ / 女性 / 24歳 / IO2オカルティックサイエンティスト】

クリエーターNPC
【 ルラー・ヴィスガル / 男性 / 36歳 / 管理者】


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■         ライター通信
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藤田・あやこ様

はじめまして、緋川鈴と申します。
この度は『機械の町』へお越し頂きまして、ありがとうございました。
「エルフなのに魔法が下手」という設定に惹かれてあのような展開にさせて頂いてみましたが、如何でしたでしょうか。少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
ご依頼くださり本当にありがとうございました!