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<東京怪談・PCゲームノベル>


     闇に散る華

「ボクの名前……?」
 目の前にいる白衣を着た青年とチャイナドレスの少女をじっと眺めて、彼女はふっと笑みを浮かべた。
「パンドラだよ」
 青白い肌を彩る赤い紋章。銀色の髪に金色の瞳。そして右頬に浮かび上がる龍の鱗。
 それだけでも人目を惹くには十分だったが、彼女は更に4枚の翼が生えた背中に、大蛇の如き尻尾、6本の角を持っている。
「匂いだなんて遠まわしな言い方をしなくても、お前は悪魔だろうとハッキリ言えばいいのに」
 そんな風に人に追われるのには、慣れていた。
 彼らもきっと、その類であろうと。諦観してしまっていたのだ。
「ボクは無駄な争いを好まない。でも、君達がボクを倒すというのならば、全力で抗おう」
 表情が険しさを帯び、振った腕からは炎が現れる。
 自発的に人を殺すことはしないが、正当防衛の際には仕方がない。
 おとなしくやられるわけにはいかないのだ。
『そう急くな』
 しかし幼い少女は、怯むこともなく静かに語りかける。
『こちらとて、何も争いを好むわけではない』
「その通りだ。悪魔というだけで退治されるなら、俺も無事ではいられないからな」
 少女の言葉に賛同する男は、確かに人ではないようだった。
 むしろ、彼自身が闇の気配を漂わせている。
「……守護師といったね。君は……」
「鬼だ」
 真っ正直に答える男、司鬼に、パンドラは目を丸くした。
 日本の鬼といえば、確か人を喰らうのではなかったか。
 それが人の娘と共にいるとは……。
「おもしろいものだね。それなら君は、何の用があって僕を呼び止めたの」
 その組み合わせに警戒を緩めたものの、完全には心を許さない様子でパンドラは尋ねた。
『用というほどではないが、闇の匂いのするものは全て呼び止めることにしている。人に害を与えるものは勿論、知れず悪影響を及ぼすものも多いのでな』
「害を及ぼす? 悪影響? 実に人間中心の考え方だね。そもそも、悪魔というのは“自分の信仰する神意外は悪”という、人間の身勝手な思想の犠牲となった神の姿。悪魔を生み出した元凶は、人間にあるんだよ。何故、それが分からない?」
 少女、ミコトの言葉に、パンドラは声をあげる。
 人間を恨んでいるというわけではない。
敵意を持ち、傷つけようとするわけでも、おもしろ半分に利用しようというわけでもない。
 それなのに、悪魔というだけで敵視するのは、人間の方だ。
 争う気はないというこの少女ですら、結局は悪魔の存在を懸念しているのだから。
「パンドラ、ミコトは……」
「君にはわかるよね。鬼神というのも零落した神なのだから。随分と魔力が弱いようだが、まさか角を切り落としたのかい。人と共に生きるために?」
 歩み寄ろうとするのは、それによって苦しむはめになるのは、いつも人ならざるものばかりだ。
 自ら選んだ道ならばいい。だけどもし、人によって突きつけられたものならば……。
「ああ。俺が、そうしたかったんでな」
 しかし司鬼は、苦笑を浮かべてキッパリと答えた。
 バツが悪そうではあるが、自身はどこか満足そうだ。
それを見て、パンドラはほっとする。
 鬼としての立場にも力にも、固執することなく、『今』を選んだ。
 種族も状況も違えど、その想いには共感できるような気がした。
「邪魔をして悪かったな。どこかに行くところだったのか?」
「目的地があったわけではないんだけどね。友人の悪魔から『夜行性の珍しいドラゴンが人間界に出るらしい』という噂を耳にしたもので、逢いたくなったのさ」
「ああ、その話なら俺も情報屋から聞いたな……。だが巨体の割りに目撃例が少ないんで、ガセじゃないかと思っていたんだが」
「それはおかしいね。ボクが聞いたのは成体のはずだし」
 二人は顔を見合わせ、首を捻る。
『――ドラゴンを見つけて、どうするつもりなのだ』
 そこへミコトが無表情に尋ねかける。
 詰問するような口調に、パンドラは不愉快を覚えた。
「どうって……」
 そのとき、何か強大な魔力を秘めたものが、近づいてくるのを感じた。
 その気配というのは、ドラゴンに相違なかった。
 三者、いっせいに周囲の様子を窺う。
 しかしその姿は見られなかった。
 近くに巨体が潜むような場所があるわけでもなく、空に姿を隠せるものが浮いているわけでもない。
 これは一体どうしたことだろうと、それぞれ不思議を隠しきれないようだった。
 だが他のものよりも一瞬早く、パンドラがそれに気がついた。
「あそこだ!」
 指さした場所には、一見するとやはり、何もいないように見えた。
 大小の建物が並ぶ中、切り取られたように見える漆黒の空。
 そこに瞬く無数の星。
 しかしその星が、奇妙に明滅しているのだった。
「ミコト、お前は結界に!」
 それと知るなり、司鬼は自らの腕を切りつけ、その血で地面に円を描いた。
 魔力を持つ血を利用しての簡易の結界である。
 その間に、ドラゴンは近くの街灯に降り立ったようだった。
 漆黒の身体に、細かな光を放つ鱗。
 遠目に見れば星空と一体化するような、珍しい品種のドラゴンだった。
 青白い双眸が彼らを見据える。
 それは闇に浮かぶ対の鬼火のようにも見えた。
「やぁ、君が噂のドラゴンかい。美しい姿をしているね」
 大きな両翼は黒く、コウモリの皮膜のように薄っぺらだった。
 足は2本きりしかなく、街灯に腰を据える様子からして、歩くよりは木にとどまることを得意とした、鳥のようなものらしい。
 前足がないことからしても、フォルムはワイバーンという種によく似ていた。
 ドラゴンは警戒心をあらわにしているようだった。
 そこに集まるものたちの異質さを、肌身に感じているのだろう。
 空気を震わす、甲高い鳴き声が響いた。
それとほぼ同時に、巨体は宙に舞い上がり、彼らをめがけて滑空してくる。
「力比べだね。おもしろい」
 パンドラはそういって、真紅の刃を持つ大鎌、ジュラケドを手にした。
 さっと振るだけで、炎が弧を描く。
『駄目だ、やめろ!』
 結界の中に押し込められた少女が、悲痛の叫びをあげる。
 うるさい子供だと、パンドラは思った。
 何もドラゴンを殺そうとしているわけではない。
 興奮しきったものをなだめるには、これが最善だというのに。
 ドラゴンは獲物を狙う鷹のように、巨大な鉤爪でつかみかかろうとする。
 それをパンドラは鎌で一閃、振り払う。
 ドラゴンは炎に怯み、滑空を中断するため巨大な翼を広げた。
 体勢を立て直した途端、その大きな口からキラキラと輝く霧のようなものを吐き出す。
 ダイヤモンド・ダストだ。
 微細な氷の結晶。そんなものは勿論、パンドラの炎の前にしては一瞬で溶ける。
 だが空気中に霧散する氷のことなので、溶かせば雨のように周囲を濡らすのだ。
 全てを溶かす高温の炎といえど、水にはさして強くはない。
 炎の勢いが弱められ、その瞬間にドラゴンがまた襲い掛かってくる。
 大鎌を手に身を護ろうとするパンドラの前に、司鬼が立ちはだかった。
 彼女を邪魔するためでは、護るために。
 ドラゴンの牙を身に受け、振り払うようにその巨体を投げ飛ばす。
「な……何をするんだ。誰が助けてくれといった? 真剣勝負だぞ。手出しをしないでくれないか」
 パンドラは怒りを覚えて、司鬼に文句を言う。
 かばわれるなんて屈辱だし、何より一対一の勝負で他人の力を借りるというのが卑怯に思えたのだ。
「悪いな。だが……どちらが怪我をしても、アイツが嫌がるもんで」
 司鬼の言葉に顔を向ければ、結界の中で泣きそうな顔をしている少女がいた。
『馬鹿者! だからといってお前が怪我をしてどうするのだ!』
 口調こそ尊大ではあるが、必死だった。今にも泣き崩れてしまいそうだ。
 どちらが怪我をしても……。
 国によれば神獣ともいわれるドラゴンの心配だけではない。
 彼女の身も案じていたのだ。だからこそ、闘うなと……。
「力比べをするのは構わない。だけどできれば、互いに怪我のないやり方にしておいてくれ」
「お節介なヤツだね」
 パンドラは微笑んで見せ、前にいる司鬼を押しのけた。
「怪我人はひっこんでいてもらえるかな」
 そう告げて、自分がドラゴンの前に出る。
 ドラゴンが警戒しているのがわかる。
 不安と困惑、そして恐怖。
 そして再度、襲い掛かってくる。
 パンドラは鎌の柄を使ってそれをなぎ払うと、体勢を崩したドラゴンの頭に一撃を放つ。
 怪我一つないように勝つというのは、加減が必要なため、よほどの実力が必要となる。
 普通に考えれば無茶な注文ではあるが、パンドラはそれを見事に実行してみせた。
 ドラゴンは地面に転がるが、何とかまた起き上がり、パンドラに目をやる。
 しかしその目が合うなり、本能として悟ったのか、微かに頭を垂れた。
 そのうなだれた様子は、まるで親に怒られた子供ような姿だった。
「――ボクと一緒に来ないかい?」
 パンドラが尋ねると、ドラゴンは顔をあげる。
 高等な知能を持つドラゴンには、人語を解する能力があるのだ。
 だからこそ、戸惑いを見せていたのだろう。
「怖がらなくてもいい。ボクは、君の仲間を沢山知っている」
 仲間とはぐれ、人に追われて。
 どれほど恐ろしかっただろう。どれほど、孤独だっただろう。
 パンドラが手を差し伸べると、ドラゴンは警戒を見せながらも、おずおずと歩みよってきた。
 それを見て、少女ミコトも駆け寄ってくる。
 今度は、パンドラに対して何も言わなかった。
 ただ微笑んで見せただけだった。
 そしてドラゴンを見あげて。
『よかったな』
 と、一言だけ告げた。
 その寂しさも、恐怖も、全て理解しているかのように。
「……君が彼女と共に生きる理由が、少しだけわかったような気がするよ」
 パンドラは司鬼に目を向け、そう告げた。
 人は、人ではないものを排除しようとするけれど。
 そんな中、自分を受け入れてくれるものがいるから。
 周囲の反応が厳しければ厳しいほど、その輝きは尊いものだったのだろう。
 だからこそ、人間というのは憎むことができない。
 苦難の中、人と共に生きるものを蔑むことはできないのだ。
 ――ボクだって、彼と同じなのかもしれない。
 過去の栄光よりも、今の自分が満足できる道を選んだという点では……。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号:7374 / PC名:魔帝龍・パンドラ / 性別:女性 / 年齢:999歳 / 職業:悪魔】

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■         ライター通信          ■
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 魔帝龍 パンドラ様

はじめまして、ライターの青谷 圭です。ゲームノベル「闇に散る華」へのご参加、誠にありがとうございました。

今回はドラゴン探しに加えまして、人と人でないものとの確執をメインにさせていただきましたが、いかがでしたでしょうか。
ドラゴンは言葉をしゃべるか聞くだけか迷ったのですが、結局頭がいい動物的な感じで描かせていただきました。

ご意見、ご感想などございましたら遠慮なくお申し出下さい。