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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


MISSING


『K高における神隠しの調査記録  報告者:清水天音

 神隠しに遭ったと思われる者の大半は生徒だが、一部教師も被害に遭っている模様。
 被害者の大多数が行方不明になる直前に旧校舎に立ち寄っていることから、神隠しと旧校舎には何らかの関連性があると推測、旧校舎も調査対象に含めることとする。

 数人から話を聞いたところ、旧校舎にはいくつか伝承があるとのこと。いずれもよくある学校の怪談の類ではあるが、数点気になる話があった。【階段】と【鏡】、これらの噂は特に多く聞かれた。どちらも要約すると別の場所に繋がるという話だ』


 そこまで目を通し、若宮海斗はファイルを閉じた。机を挟んで向かいに立つ清水天音を見やる。その眼差しから、記録以外の情報と自身の考察を求められていると天音は悟る。
「恐らく、階段か鏡のどちらかが神隠しの原因だと思うわ。それらを鍵として、一時的に異界と繋がってしまったんじゃないかしら。
 そう考えた理由は二つ。一つは階段と鏡に関する噂は、多少の違いはあれども異界に繋がるという類の話であったこと。もう一つは、旧校舎に向かって外から魔力走査を行ってみた結果、微弱ではあるけれども歪みが検知されたこと」
 そこで一度言葉を切り、天音は海斗の反応を待った。だが黙り込んだまま口を開こうとしない海斗を見て、再び口を開く。
「とりあえず、わたしで調べられることは以上ね。二次調査を行うのなら、海斗か樹さんが向かった方がもう少し詳しいことがわかるんじゃないかしら」
「……いや」
 長い間考え込んだ後、海斗はゆっくりと頭を振った。
「二次調査は行わない。以降、この件に関してはうちでは取り扱わない。ゴーストネットOFFに調査依頼として出しておけ」
 依頼人や被害者を見捨てたも同然の発言に、天音の眼差しが険を孕む。責めるような視線に気づいたのか、海斗が言葉を付け足す。
「うちでは手に負えないから、そっちの方面に詳しい人間に頼むだけだ。見捨てるとは言っていないよ」
「……わかった。今日中に依頼は上げておくわ。だけど、調査にはわたしも同行するから。一度調査員として関わった以上、見届けるのは義務であり、権利でもある。違う?」
 射抜くような強い眼差しに、海斗は頭痛を堪えるようにこめかみを指で押さえた。
「認めよう。ただし、危険だと思ったら即座に撤退するように。……いいね?」
 それが最大限の譲歩だと告げる海斗に、天音は了解と頷いた。



 問題の旧校舎に踏み込んですぐ、鳥塚は足を止めて周囲へと視線を投げた。
「階段と鏡、でしたね?」
「ええ、そうです」
 振り返らぬままの鳥塚の問いかけに頷き、天音は手帳を取り出した。
「東階段――ここから右に進んだ突き当たりにあるのが階段の方で、左手に進んだ突き当たりの西階段が鏡となります。どちらから調べますか?」
 天音の問いに鳥塚は首を傾げ、考え込む仕草を見せた。階段と鏡、両方に魔力が込められているのかを確認したかったが、二人では手分けしてあたるというわけにもいかないだろう。ならば、ひとつずつ片付けていくよりほかにあるまい。
 小さく頷き、鳥塚は顔を上げる。
「階段から調べましょう」
 そう言うと、鳥塚は右手の奥へと向かって歩き始めた。そう広くもないためか、すぐに階段へと辿り着く。階段の正面で足を止めると、鳥塚は天音の方へと振り返った。
「清水さんは、ここで待っていていただけますか? まずは私が上ります。ある程度まで上ったら幻影を飛ばし、清水さんのところに届くかどうかを確認します」
「わかりました。ひとつお聞きしたいのですが、鳥塚さんは携帯電話はお持ちですか?」
「……? いいえ、持っていませんが」
「では、こちらを渡しておきますね。履歴の一番上がわたしの携帯電話の番号です。もしかしたら声が届かない恐れもありますから、これで連絡を取りましょう」
 差し出された携帯電話を受け取り、じっと画面を見つめる。表示されているアンテナのは三本、電波状況は良好だ。だがしかし――
「声が届かない場所で、電話は通じるのでしょうか?」
 それが疑問だった。空間の歪みか何かで声が遮断される場所に、果たして電波は届くものなのだろうか?
 尤もなツッコミに、天音は苦笑を浮かべる。
「ああ、ええと……通じるみたいです、電波なので」
 含みのある呟きに首を傾げつつ、鳥塚は携帯電話を懐へとしまった。



 袖をたくし上げると、右手に持った小刀を腕にあてがい、勢いよく引いた。赤い筋が浮かび、血の珠が盛り上がる。やがて形を保てなくなった雫が腕を伝い、床へと滴り落ちる。ぱたりぱたりと一定の間隔で血が落ちるのを確認すると、鳥塚はゆっくりと階段を上りだした。
 踊り場を経過し、三階に辿り着いたところで立ち止まる。周囲を注意深く見回してみるが、さして不自然な点は見当たらない。右手で壁や床に触れてみるが、こちらもまた異常は感じられなかった。
 こちらではなく、鏡の方が原因だったのだろうか。そう思いながらも羽を一枚抜き取ると、口元へと近づける。ふっと息を吹きかけると、舞い上がった羽は一羽の鳥へと姿を変えた。
 くるりと旋回し、鳥が一階へと向かって飛んでいくのを見送ると、鳥塚は携帯電話を取り出しボタンを押した。電話を耳にあてがうや否や、天音の声がスピーカーから流れた。



 血で跡をつけながら階段を上っていく鳥塚の後ろ姿が見えなくなると、天音は携帯電話を取り出した。祈るように両手で握り締め、画面と階段とを交互に見やる。ただ待つだけの時間はひどく長く感じられた。
 不意に、場違いな明るいメロディーが流れ出した。慌てて通話ボタンを押し、耳元へと持っていく。
「もしもし!?」
『……清水さん、今そちらに幻影……鳥を送りました。清水さんのところに届いたかどうか教えてください』
「鳥、ですね?」
 聞き返して確認し、天音はじっと階段を見つめる。
 ややあって、階段の上に黒い影が現れた。空を切るようにして降りてきた鳥は、天音の目の前で半円を描き、床へと吸い込まれて消えていった。
「へ……?」
 間抜けな呟きを漏らし、天音はぱちぱちと瞬きする。鳥が辿った軌跡を視線で追い、首を傾げる。――これ、どういうことだろう?
「あの、鳥なんですが……床に突っ込んでいきました」
 言ってすぐ、それでは要領を得ないと気づいた天音はすぐに言い直す。
「えっと、そのですね。わたしには見えない階段を降りていったような感じの動きをしました」



 戸惑ったような天音の言葉に、鳥塚は口元に握った拳を寄せて考え込む。異変は感知出来なかったが、どうやら階段から出られないというのは噂通りのようだ。鳥塚自身で確認してみれば早いし、確かだろう。その旨を天音に向かって伝えると、指示された通り電話は切らないまま鳥塚は階段を降り始めた。


 感覚としては天音の待つ一階まで降りたはずだった。だが手摺りを握る鳥塚の右手の先には更に下へと続く階段があった。下りの階段に視線を向けたまま、鳥塚は左手の携帯電話を耳にあてる。
「清水さん、一階まで来ました。……たぶん」
『……たぶんってことは、鳥塚さんからはわたしは見えてないということでしょうか? 目の前にいるんですが』
 電話の向こうからの問いかけに、視線を正面へと向ける。だが、鳥塚には壁にしか見えない。右手を伸ばして触れてみるが、やはりそこには壁があった。
「こちらからは壁があるようにしか見えませんし、その壁に触れることも可能です」
 鳥塚の言葉に天音はしばし沈黙し、やがて一人問答する声が電話から漏れ聞こえてきた。
 その問答はしばらく続き、途絶えたと思ったら唐突に女の腕が鳥塚の眼前の壁からにょっきりと生えた。ぱちりとまばたきし、鳥塚はその腕を凝視する。これも旧校舎の噂のひとつなのだろうか?
『どうでしょう、そちら側に手を伸ばしたんですが、見えますか?』
 電話から聞こえた声に是と返し、天音の手に自分の手を重ねる。
『そちら側だと見えるし触れられるようですね……合流して、そちら側から調査しましょう』
「……そう、しましょうか」
 頷いて、繋いだ手を引いて後ろに下がる。それに導かれるようにして、壁をすり抜けて天音が鳥塚の側へと現れた。きょろきょろと周囲を見回していた天音が階段へと近づき、下りの階段へと視線を落とす。
「なるほど、さっきの鳥はここを降りていったわけですね。最初からこれはありましたか?」
 問いかけに、否と短く答える。それに頷き、天音は口を開く。
「では一度上って、降りてきたら現れるということでしょうね。わたしの場合は、電話を通して鳥塚さんと同じ場所に来たから最初から下り階段が見えるのでしょう」
 そういうと身を翻し、今度は上り階段へと向かった。腰をかがめ、床に付着した血の雫を指でなぞる。鳥塚がつけた傷は途中で塞がったのか、血痕は行きの分しか見当たらなかった。
「とりあえず、上に向かいましょう」
 頷きあい、二人は階段を上り始めた。


 上へ上へと、ひたすらに階段を上り続ける。鳥塚がつけた血痕が途絶えたあとも階段は続く。それを言葉もなく、ただ上る。時折ある窓から見える空は、旧校舎に踏み込む前と同じ黄昏のままだった。空間だけではなく、時間からも切り離された場所にいるということだろうか。そんなことを考えていた天音は、前を行く鳥塚の背中にぶつかって我に返った。いつの間にか鳥塚が立ち止まっていたのに気づかなかったようだ。
「鳥塚さん?」
 声をかけるも、鳥塚は微動だにしない。もう一度呼びかけると、鳥塚はわずかに振り向いた。
「……鏡は、東階段にも設置されていますか?」
「え? いえ、西側だけですが……?」
 首を傾げて聞き返した天音には答えず、鳥塚は道を開けるように半歩横に移動し、すっと手を伸ばした。その指先を追った天音の目が大きく見開かれる。
「うそ……! どうしてここに鏡が!?」
 そこには、西階段にしかないはずの鏡があった。鏡の中から、他人のような顔をした自分たちが見つめ返す。
「……おそらくは」
 ゆっくりと、平坦な声音で鳥塚が呟く。
「階段と鏡は、同じモノだったのでしょう。それらだけではなく、他の噂も、きっと」
 階段で異変を感知できるはずがなかったのだ。階段や鏡はパーツにすぎない。旧校舎そのものが、怪異の源。自分たちは最初から、異なる空間に踏み込んでいた。それと知らずに。

 鳥塚は未だ驚愕の中にいる天音をかばうように立ち位置をずらし、注意深く周囲に目をやる。
 きっと、神隠しを起こしていた主が現れる。鳥塚たちを取り込むために、あるいは秘密を知った鳥塚たちを消すために。
 不意に水滴の落ちる音が響いた。踊り場の鏡が水面のように揺れる。

 ――さみしいの。

 くぐもった少女の声が空気を震わせた。鏡の表面が大きく波打つ。
 やがて鏡の中から一人の少女が現れた。セーラー服に身を包んだ少女が、鳥塚の方へとまなざしを向ける。
「……さみしいのですか?」
 少女を見つめ、鳥塚が問う。

 ――さみしい……ひとりは、いや……わたしのそばにいて……

 うつろに呟く少女に歩み寄ると、鳥塚はその頬を伝う涙をぬぐうように手を伸ばした。
「ここに留まる限り、どれだけの人を取り込んでもきっとあなたはさみしいままでしょう」
 そっと両腕で少女を抱きしめ、耳元で囁く。
「いきなさい、あなたが在るべき場所に。そうすれば、もうさみしくはないでしょう」
 戸惑うように瞳を揺らした少女は、やがて小さく頷いた。

 ――ありがとう。

 かすかな囁きを残し、空気にとけるようにその姿が消えていく。その姿が完全に消えた頃、入れ替わりに行方不明になっていた人々が床に倒れていた。



 とっぷりと暮れた空を見上げ、天音は小さく嘆息する。あぁ、今から帰るとしたら、事務所につくのは何時ぐらいだろう。
 神隠しの被害者たちはただ気絶していただけで、怪我も衰弱もしてはいなかった。目覚めた彼らの名前を一人一人確認し、被害者名簿と照らし合わせ、事情を軽く説明する。それらの事後処理で結構な時間が経ってしまっていた。事務所に帰ってから報告書を作成するとしたら……考えたくない。もう一度嘆息し、顔を上げる。視線の先にはギターを背負った鳥塚がいる。墨染めの衣を身にまとった彼女はほとんど闇と同化している。鳥塚の正面に立つと、天音は大きく頭を下げた。
「鳥塚さん、今日はありがとうございました。鳥塚さんがいなかったら、この件は解決出来なかったと思います。本当に助かりました」
 微笑を浮かべ、鳥塚は小さくどういたしましてと返す。その言葉にようやく体を起こすと、天音はにっこりと笑った。
「もし、鳥塚さんにお困りのことが出来ましたら、若宮調査事務所に声をかけてくださいね! 必ず力になりますから。今日は本当にありがとうございました」
 かすかに頷いて返答とすると、鳥塚は別れを告げ、ゆっくりと夜の道を歩き出した。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7566/鳥塚・きらら(とりづか・きらら)/女性/28歳/鴉天狗・吟遊詩人】


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■         ライター通信          ■
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鳥塚様はじめまして、ライターの雨塚雷歌です。この度はMISSINGにご参加くださいましてありがとうございます。
プレイング内に「影響が出ないよう」「除霊する」とありましたので、このような形で進めさせていただきましたが、いかがでしたでしょうか? 少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。
もし、またの機会がございましたらよろしくお願いします。今回はご参加いただきありがとうございました。