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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


たけひこくん、おつかいにいく

□Opening
 ある晴れた穏やかな午後の話。
 草間・武彦はのんびりと煙草をくわえ、営業時間中だと言うのに休息を満喫していた。
 そこへ、ばたばたと草間・零が応接室を横切る。
「それじゃあ、兄さん行ってきますね」
 ドアに手をかけた零は、振り返り手を振った。
「ん? どこか行くのか?」
 今日の零は、かばんにいっぱい何かを詰め込んでいる。武彦は、不思議に思いそう声をかけた。
「ええと、電気とガスの支払いに、契約更新の手続き、後は、紅茶とお茶請けの買出しに……」
 すると、零は次から次に指を折る。
 その姿に心打たれたのか、のんびりするのに飽きたのか。
「そんなに全部は無理だろ。買出しは俺が行こう」
 武彦は、立ち上がった。
「ええ? 買出しですよ? 紅茶とお茶請けですよ? 任せてしまって良いんでしょうか?」
「何を言う妹よ。おつりで煙草買って良いか?」
 爽やかに両手を広げ料金前払いを要求する武彦に、一抹の不安を覚える零。
 兄は無事に紅茶を買う事ができるのだろうか。紅茶と言って、紅茶の葉を選べるのだろうか。お茶請けはどうか。お客様に出せる物をチョイスできるのか。最大の懸念は、おつりで煙草を許可してしまって本当に良いのだろうか。まさかとは思うが、つり銭の全てを煙草に変えてしまうのでは?
 不安だ。それは、自分の家事スキルが足りないからだろうか。
 しかし、武彦に買出しを頼めば、今日しなければならない事がかなり楽になる。
 零は、不安な気持ちを抱えながら、武彦におつかいを頼んだ。
 誰か兄を監視……いや、兄を適度に導いてくれる人がいないだろうか。

■01
「はっはっは、幾らあのバカでもそこまでは……」
 黒・冥月は、心配顔の零の肩をそっと叩き、笑って見せた。
「えっと、あのバカって、誰のことだ? おい?」
 そのすぐ隣で、武彦は顔をしかめる。
「そう、でしょうか?」
 そんな武彦と冥月を見比べながら、零は小首を傾げた。
「ああ、だから、安心して金を渡すと良い」
 結局、冥月の言葉に零は財布を取り出す。
 本当に大丈夫なのだろうか。胸を張る武彦と、何だか笑顔が漏れているような冥月に、零の顔にはずっと不安の色が浮かんでいた。

■02
「え? お前もついてくるのか?」
 興信所を出たところで、武彦はほくほくと財布の中身を確認しながら冥月を見た。
「……、何だその顔は。何故わざわざ私が興信所に顔を出したと思っている?」
 冥月は、武彦の言葉に気分を悪くした風でもなく、武彦の後に続く。行き先を聞きだす事もなく、武彦がどう動くのか、黙ってついて歩いた。
 外は良い天気だ。
 これだけ日差しが強いと、午後にはかなり気温が上がるだろう。けれど、時折吹く風が、肌に気持ち良い。
 そんな中、武彦が向かったのは近くにある商店街だった。
 奥様方が行き来するスーパーを通り越し、小さな和菓子屋を目指す。
 最安値を求めて量販店に直行すると思っていたのだが、冥月は少しだけ驚いた。
「……。スーパーは、アレだ、俺のような男が……入って良いのか分からん」
 すると、武彦は、言い辛そうにそんな事をもごもごと口走る。どうやら、彼なりのハードボイルド的こだわりと、少しばかりの戸惑いらしい。
 ともあれ、武彦について入った和菓子屋のショウウィンドウを眺める。
 高級和菓子、と言うわけにはいかないが、武彦が零から受け取った金額で十分購入できる上品な和菓子が並んでいる。消費期限、と言う点で少し不安が残るが、これなら合格点か? と冥月は考えた。
 が。
 その隣で、武彦は、店の隅の古びたワゴンに並んでいる商品にキラリと視線を走らせた。
 見た目から埃が積もっている。ラベルは日焼けしている。いくら値引きしたからといって、これでは誰も手を伸ばさないだろう。店のスペースが余ったから、とりあえず置いてみたけれど、店主でさえもその存在を忘れている、そんな、ビニールに包まれた煎餅だ。
 そう。
 誰も手を伸ばさない。
 余程のバカ以外は……。
「うん、良い物があったな」
 武彦は、『最安値、最終バーゲン、赤札の半額!』と赤字で書かれたチラシを見て頷き、件の煎餅を手に取った。
 ごすっ。
 店内に、鈍い音が響く。
「バカだった……」
 武彦の脳天を裂くように手刀を繰り出した冥月は、一瞬でも彼の合格点を期待した自分が悲しかった。
 心底情けないモノを見る目で武彦を見る。
「ぐぉぉぉ……何をする……。煎餅なんて、袋から出して並べたらどれも同じだろう?」
 一応、煎餅について咎められた事は分かったらしい。
 武彦は、頭を抑えてぶーぶーと口を尖らせる。
「あのなぁ。小さな所から切りつめて、釣銭を多く残してだな……」
「お前は、小学生か!」
 なおもぶつくさ言う武彦を、冥月が一括した。

■03
 とは言っても、ここで武彦にそれなりの茶菓子を指南し紅茶を購入させたとして何になる。
 冥月は、しぶしぶ煎餅をワゴンに戻した武彦の肩をがっしりと抱いた。
「おい、草間。もっと良い店があるぞ」
「ん? どう言う事だ?」
 そして、首をひねる武彦ににっこりと笑いかける。
「こっちだ。お前が請け負う仕事と勝手が違うんだろう? だから、失敗する」
「む」
 言葉巧みに武彦を誘い出し、ひとまず店を出た。
 通りに出ると、冥月は有無を言わせぬ勢いで歩く。
「おいおい、商店街を抜けるぞ? それに、この先は……」
 最初は黙って冥月の後を追っていた武彦だが、徐々にスローペースになりやがて足を止めた。それもそのはずで、これ以上歩けば都内でも有名な高級住宅街へと突入してしまう。
 庭にバスケットゴールが備えられ、駐車場は五台分など当たり前。興信所の入るビルが言葉通り犬小屋に見えるような立派な住宅が並ぶ、そんな住宅街なのだ。
「しかしだな、この道を通らなければ目的地まで辿りつかん」
 さぁ、行くぞと言うそぶりを見せ、冥月は再び歩き出す。
 不安そうに高級住宅街を見つめる武彦だったが、結局、冥月の背中を追って進んだ。

■04
 冥月が迷わず足を踏み入れた店は、驚くほど広かった。まず、天井が高い。そして、陳列棚が小さい。小さい陳列棚に、ちょこなんと小さい箱が置いてある。
 その箱こそが商品だと気付くのに、武彦は随分と時間がかかった。
 特売店のように、商品が山盛りひしめきあっているディスプレイとはまったく異なる。
 店員が笑顔で陳列棚の隣に立っていたので近づきづらい。しかし、モノは試しにとその値段を確認してみる。武彦は、言葉もなく冥月の背中の後ろに隠れた。
「おい。おいおいおい。数字三つでコンマ区切りを入れるよな? 見た事もないコンマの数だぞ? ここは、何を売っている場所なんだ?」
 よぉく見てみたら、大きな鏡の一角がドアになっており、そこから店の裏側に店員が出入りする様子。きっと、店の裏側に在庫が積んであり、必要になったら取りに行くのだろう。客がレジに好きな商品を持って行くのではない、店員が必要な商品を恭しく準備するのだ。
「何って、お前は紅茶と茶請けを買いに来たんだろう」
 冥月は当然のように微笑み、武彦の反応を楽しんだ。
「待て待て待て。仮に、だ。あの小さな箱に紅茶が入っていたとしてだ。何故、紅茶に万単位の値段がついている? おかしくないか?」
「草間……」
 すでに、武彦は後ろを向いて店の入口を目指し始めている。
 それを、冥月が呼びとめた。
 もっともらしい、真剣な表情を作り、腰に手をあてる。
「安物を出すから客が来ないんだ。粗茶を出されて常連ができると思うか? 所謂先行投資だ」
「限度があるだろう、限度が。興信所と俺を破産させる気か」
 それでも、首を縦に振らない武彦に、冥月は更に甘言を投げかけた。
「興信所の未来の為だ、ここは私が立替えておいてやろう」
「む……」
 まるで親切心からそう切り出しているような冥月の態度に、ついに武彦の表情が揺らぎはじめる。もう、後一押しだろうか。
 冥月は、くすくすと笑いながら、武彦に耳打ちした。
「そうすればその金で煙草買い放題だ」
 そうだな。
 そう言えば、俺は、煙草を買いに来たんだった。
 そうだそうだ。
 何かしら、自分に言い訳をはじめる武彦は、だんだんと思考が袋小路に入った様で、ふらふらとショウケースを覗く冥月につき従うようになった。
「紅茶は、そうだな、これからはアイスティーも必要になるから、アールグレイか……、いや、私はダージリンのアイスティーも良いと思うが……」
 ぐるぐると思考が回る武彦は置いておいて、冥月は、意外と真剣に商品を吟味する。
 その姿を見て、武彦がポツリと呟いた。
「どうしたんだ? まるで、女みたいだぞ……?」
 店内に、ひゅっと一陣の風が吹く。
 バターンと派手な音を立てて、武彦は真っ直ぐ棒のように倒れた。冥月の光速を越えた拳が、武彦の身体にクリーンヒットしたのだ。しかし、その場にいた冥月以外の人間は、冥月が拳を繰り出した事にも気がつかなかった。

□05
 結局、店員へは冥月が支払いをした。
 ので、武彦は、その買い物が総額いくらくらいだったのか見当もつかない。ただ、一つ分かったのは、紅茶のラベルを見た零が、怒りに肩を震わせている事だけだ。
「なに、草間は持ち合わせがないと言うことだったから、立て替えておいたぞ」
 その場の冷たい空気を意に介さぬように、爽やかな笑顔で冥月が零に告げる。
「兄さんっ、うちを破産させる気ですか?! 冥月さんも冥月さんですっ! もっと! 庶民の! 慎ましやかな金銭感覚を兄さんに学んで欲しかったのにっ」
 零は、珍しく叫んだ。
 妹の様子に、武彦はおろおろと狼狽する。
 今にも泣き出しそうな零の頭を、ついに、冥月は優しく撫でた。
「冗談だ。全部私が払うし、今日買う予定だった品は私が買っておいてやるから」
「おおっ。何て良い奴だ」
 冥月の言葉に、武彦はぱっと顔を輝かせる。
 けれど、零は、力無く首を横に振った。
「兄さん……情けない……」
「あらあら、どうしたの?」
 その時、ひょいとシュライン・エマが顔を覗かせる。
「冥月さん、あの、これは有難うございます。けれど、今日買う予定の物は、絶対に兄さんに買ってもらいますっ。兄さん、おつかいくらい、こなせますよね?」
「う……はい……おつかい、行ってきます」
 いつの間に、零はこんな重たいプレッシャーをかける技を磨いたのだろう。武彦は、ちらちらとシュラインを見た。
 助けて、くれるかな? かな?
 シュラインは、武彦と、零とを見比べてにっこりと微笑んだ。
「そうね。自分から受け持った仕事だもの。頑張りましょうね」
「はい……」
 と、言うわけで、武彦のお使いは続く。
「シュライン、すまん、遊んだ。フォローを頼む」
 冥月が最後にシュラインに目配せすると、シュラインはおかしそうに肩をすくめた。
<End>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2778 / 黒・冥月 / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

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■         ライター通信          
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 この度は、ノベルへのご参加有難うございます。
 武彦氏のおつかいのお手伝い、ご苦労様でした。思った通りの道中になりましたでしょうか.
 □部分は集合描写、■部分が個別描写になります。ただし、今回は集合描写もまったく同じではありません。

■黒・冥月様
 こんにちは、いつもご参加有難うございます。
 今回も、容赦ない武彦氏への鉄拳が冴え渡っていましたね! 書いていて、楽しかったです。いつも有難うございます。
 それでは、また機会がありましたらよろしくお願いしま。