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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


たけひこくん、おつかいにいく

□Opening
 ある晴れた穏やかな午後の話。
 草間・武彦はのんびりと煙草をくわえ、営業時間中だと言うのに休息を満喫していた。
 そこへ、ばたばたと草間・零が応接室を横切る。
「それじゃあ、兄さん行ってきますね」
 ドアに手をかけた零は、振り返り手を振った。
「ん? どこか行くのか?」
 今日の零は、かばんにいっぱい何かを詰め込んでいる。武彦は、不思議に思いそう声をかけた。
「ええと、電気とガスの支払いに、契約更新の手続き、後は、紅茶とお茶請けの買出しに……」
 すると、零は次から次に指を折る。
 その姿に心打たれたのか、のんびりするのに飽きたのか。
「そんなに全部は無理だろ。買出しは俺が行こう」
 武彦は、立ち上がった。
「ええ? 買出しですよ? 紅茶とお茶請けですよ? 任せてしまって良いんでしょうか?」
「何を言う妹よ。おつりで煙草買って良いか?」
 爽やかに両手を広げ料金前払いを要求する武彦に、一抹の不安を覚える零。
 兄は無事に紅茶を買う事ができるのだろうか。紅茶と言って、紅茶の葉を選べるのだろうか。お茶請けはどうか。お客様に出せる物をチョイスできるのか。最大の懸念は、おつりで煙草を許可してしまって本当に良いのだろうか。まさかとは思うが、つり銭の全てを煙草に変えてしまうのでは?
 不安だ。それは、自分の家事スキルが足りないからだろうか。
 しかし、武彦に買出しを頼めば、今日しなければならない事がかなり楽になる。
 零は、不安な気持ちを抱えながら、武彦におつかいを頼んだ。
 誰か兄を監視……いや、兄を適度に導いてくれる人がいないだろうか。

□05
「兄さんっ、うちを破産させる気ですか?! 冥月さんも冥月さんですっ! もっと! 庶民の! 慎ましやかな金銭感覚を兄さんに学んで欲しかったのにっ」
 珍しい零の叫び声に、シュライン・エマの耳がピクリと反応した。
 そっと応接室の様子を伺うと、妹の様子に、武彦がおろおろと狼狽する。
 その時、今にも泣き出しそうな零の頭を、黒・冥月が優しく撫でた。
「冗談だ。全部私が払うし、今日買う予定だった品は私が買っておいてやるから」
「おおっ。何て良い奴だ」
 冥月の言葉に、武彦はぱっと顔を輝かせる。
 けれど、零は、力無く首を横に振った。
「兄さん……情けない……」
 さて、そろそろ落とし所か。シュラインは手元の伝票を揃えて机の端に置き、立ち上がる。
「あらあら、どうしたの?」
 控え目に声をかけると、武彦はこっそり顔を上げてシュラインを凝視した。心底、困っているようだ。
「冥月さん、あの、これは有難うございます。けれど、今日買う予定の物は、絶対に兄さんに買ってもらいますっ。兄さん、おつかいくらい、こなせますよね?」
「う……はい……おつかい、行ってきます」
 いつの間に、零はこんな重たいプレッシャーをかける技を磨いたのだろう。武彦は、ちらちらとシュラインを見た。
 助けて、くれるかな? かな?
 シュラインは、武彦と、零とを見比べてにっこりと微笑んだ。どうやら、武彦の現状は、武彦自身の責任が大きいようだ。
「そうね。自分から受け持った仕事だもの。頑張りましょうね」
「はい……」
 と、言うわけで、武彦のお使いは続く。
「シュライン、すまん、遊んだ。フォローを頼む」
 冥月が最後にシュラインに目配せすると、シュラインはおかしそうに肩をすくめた。

■06
「散歩日和よね、武彦さん」
 興信所の外に出ると、もう太陽が頭の上まで昇っていた。からりと晴れた空には、雲ひとつない。
「ああ、そうかもなぁ」
 それなのに、シュラインの少し前を歩く武彦は、まだ暗い想いを引きずっているようだ。一体何が有ったのだろうか。
「商店街の和菓子屋、あるだろ? あそこで、ワゴンの煎餅を取った」
 すると、冥月に怒られたのだろう。
 なるほど、ぼんやりと思い浮かぶ和菓子屋。店の端で年中催されている『最安値、最終バーゲン、赤札の半額!』に手を出してしまったのか。あのワゴンセールは、本当に埃のかぶった商品しか並んでいない。消費期限を確かめるのが怖い。それは、怒られて、さもありなんと言った所だ。
「でも、どうして和菓子屋に? 武彦さん、和菓子、好きだったかしら?」
 商店街に向かう武彦に、純粋に質問する。
「……いつだったかな。こう、分厚いクッキーが三つ重なったような茶請けが出たのを、覚えていないか?」
 すると、武彦は、首をひねりながらぽつりぽつりと呟いた。
 手元では、両手の人差し指と親指を使って手のひらよりも少し小さい四角を作っている。
「三層のクッキーって事?」
「そう……かな。白いのに黒い……チョコレートか? が挟まってたぞ」
 どうやら、武彦の心に残る菓子だったらしい。
 話の感じからは、市販のパッケージ菓子ではないのだろう。一つの菓子としては、随分大きいようだ。それらに加え、分厚いクッキー生地と言う情報から、商店街の中でも細い道を抜ける洋菓子店を思い出した。
 店の奥で手作りしているため、派手な洋菓子も意外と安い。……とは言え、デパ地下のケーキ屋さんのケーキに比べれば、の話で、お茶請けにいくつも買うとなると少し辛いかな、と言う感じ。ただ、武彦が語ったクッキーよりも小さい、一口サイズのクッキーが販売されているはずだ。一つ一つ個別包装なので、食べやすい。
 気に入らなければ、のんびり次を探せば良いし。
 シュラインは、武彦に洋菓子屋の場所を伝えた。

■07
 さて。
 商店街に到着した武彦は、まず真っ直ぐ煙草屋を目指した。
 しかし、寸での所で、シュラインがむにっと武彦の頬をつねる。
「武彦さん?」
「ひたひ……ひたひ……」
 にっこりと、シュラインの笑顔が怖い。武彦は、しくしくと滝のような涙を流しながら、されるがままに片頬を持ち上げられる。
 分かったと言う武彦のジェスチャーに手を緩めた。
「いや。良いか、俺は考えたんだが、今買おうが後から買おうが、煙草の値段は変わらないぞ? そうすると、一番近い煙草屋で目に付いたときに買うのが、効率が……ひ、ひたひ……」
 しかし、やっぱり分かっていなかったようなので、再び手に力を込める。
「あくまで、お釣りで、なんだもの、ね?」
 もう一度、分かったのかどうか武彦に念を押すと、今度はぶんぶんと力強い肯定が返ってきた。
「ふう……。妹の使いと言うのも、なかなかハードな仕事だな」
「そうね。零ちゃんの笑顔を見るためには、どんな冒険も越えていかなきゃ、駄目よね」
 大げさに額をぬぐう仕草の武彦を見て、シュラインはおかしそうに笑った。

■08
 お茶請けの前に、紅茶の葉を買おうと、大手チェーン店のスーパーに入った。
 本当は、紅茶の専門店がある専門店街に足を伸ばせば良かったのだが、どう言うわけか武彦が専門店を嫌がったのだ。あんな店に行くくらいだったら、素直にスーパーに入ると、こう言う。
 一体何が有ったのだろうか。
 そのうち、話を聞こう。
 シュラインは、そんな事を考えながら、紅茶コーナーで唸る武彦の背中を見ていた。
「紅茶ってのは、一体何種類あるんだ? メーカーの違い……ってわけじゃないんだな。何だよ、紅茶は紅茶じゃないのか?」
 先ほどから、武彦は一人唸っている。
 専門店のようなわけには行かないけれど、ここにもそれなりに銘柄が揃っているし銘柄毎の茶葉の種類も豊富だ。
「ココで日頃の探偵観察力が発揮されるのね」
 くすり、と笑ってみると、武彦は一旦目を瞑り、考えをまとめはじめた。
「まずは、詰め替え用を買って、銘柄の違う缶に詰めているって言うのは、無しな」
「そうね。それは、フェアじゃないわね」
 気分はすっかり名探偵の推理ショウ気分だ。夕食の買出しにはまだ早いこの時間、幸い、紅茶コーナーに二人以外の客はいない。
「それから、ティーバッグも除外、だよな」
 慎重に紅茶缶を見比べる。
「ええ。昔の買出しの品名で、聞きなれなかった名前を、思い出してみたら、どう?」
 少しずつヒントを出しながら、武彦の様子を眺めた。どうやら、一つ、四角い箱で統一されている銘柄が気になる様子だ。それもそのはずで、その缶は興信所に並んでいるのだから。マニアや専門家はともかく、普通に使用すれば、アイスでもホットでもミルクティーでも、きちんと味を出す安心のブランドだ。
 ダージリン、アールグレイ、今日は珍しくニルギリも並んでいる。
 その三つの缶の間を、武彦の手が行ったり来たりしていた。
「分かった! このメーカーのだーじりんっ。これで決まりだッ」
 最終的に、武彦は最も無難なダージリンを選んだ。その缶を両手で抱え、宝物を見つけた少年のようなきらきらした瞳でシュラインを見る。
「うん。なかなかの選択です。良く、ダージリンを選んだわね」
「いや、実は、さっきな。専門店でそう言う会話を聞いたばっかりなんだ」
 最後は、武彦の自己申告によるネタばらし。確かに、冥月が零に高級銘柄のダージリンラベルを手渡していた。
 しかし、それなら、興信所にはすでにダージリンの葉がある。
 シュラインは、正しい選択のご褒美に武彦の頭を撫でてから、ダージリンの隣にあるニルギリを見た。
「だったら、いっそ、季節の物でも美味しいかも」
「季節の?」
「そう。武彦さんは、好きな紅茶って、ある?」
 ダージリンの缶を棚に戻した武彦は、言われてしばらく考える。
「正直、分からん。が、アレはどうなんだろうな。葉っぱくさい……」
「それって、フレッシュハーブティの事? もう」
 よりにもよって、葉っぱくさいとは何事か。けれど、馴染みがなければ、香りのきついものは美味しくいただけないのかも。
 そのかわり、と、シュラインは提案する。
「今からの季節なら、果物の欠片を沈めた紅茶って、さっぱりして美味しいかも」
「ふぅん」
 見た目にも爽やかだし、ほのかな甘みが良い。
 武彦は、それを聞いて、ニルギリの缶を持ち上げた。この缶、眺めていたよな? と言う、無言の問いかけに、シュラインは小さく頷いた。
「あ、好き、と言うか」
 レジに向かう途中、日本茶のコーナーを横切る。
 並んでいる商品を見て、武彦が不意に呟いた。
「昔、麦茶じゃない麦茶が冷蔵庫に入ってただろ? アレは飲みやすかったな」
「……、麦茶じゃない、麦茶ねぇ」
 ふぅむ。冷蔵庫に入っていた、と言う事はきっと煮出した飲み物。麦茶と同じように飲む、飲みやすいお茶? ああ、もしかしたら。
「ルイボスティーかしら?」
「すまん。名前は、分からん」
 市販の麦茶に比べたら、割高なんだけれど、そのうち用意してみましょう、と。
 心の中にメモを残した。

■Ending
 お茶請けには、話に出た洋菓子屋で一口サイズのクッキーを買った。紅茶缶も手にいれ、しかも武彦は釣銭で煙草も購入。
 興信所に戻ると、零は驚いたように手を叩いた。
「凄いですっ。兄さん、やりましたねっ」
「うーん。何だろうか、あまり派手に喜ばれると、複雑な心境だ」
 はじめてのお使いを過度に褒め称えられた子供のようなぶすっとした表情で、武彦は購入したクッキーを胸に抱え込む。
「ふふふ。お疲れ様でした。」
 その肩を、ぽんと叩いた。
「お茶にしましょう。武彦さんも、今日は紅茶にしない?」
 いつもは珈琲党の武彦は、ああそうだなと、頷く。
 シュラインは、にこにこと笑顔を見せる零と共にキッチンへ向かった。
<End>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2778 / 黒・冥月 / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

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■         ライター通信          
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 この度は、ノベルへのご参加有難うございます。
 武彦氏のおつかいのお手伝い、ご苦労様でした。思った通りの道中になりましたでしょうか.
 □部分は集合描写、■部分が個別描写になります。ただし、今回は集合描写もまったく同じではありません。

■シュライン・エマ様
 こんにちは、いつもご参加有難うございます。
 今回は、冗談を言う武彦氏とか冗談の延長上にある日常とかは、こんな感じかなーと思いながら書かせていただきました。いかがでしたでしょうか。
 それでは、また機会がありましたらよろしくお願いしま。