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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


一つ、それなら何も望まぬ


 知り合いの奴が、ついに撤去される事に決まってね……僕の住む店の前にある自販機さ。
 これでも随分長い付き合いなんだ。お互いの過去を話したりしてね。
 だから、せめてこいつの最後の願いを聞いてやって欲しいのさ。
 願いと言うのは、今までと違う景色を見てみたい、って言う事。
 何かいい方法を思いついたら、すぐにでも願いを叶えてやってくれ。
 そうすれば、奴も僕も、ちょっとは気持ちが軽くなるだろう。
 ……僕の居る場所はあれだ、踏み切りの近くにある喫茶店。
 名前はそのまま「踏切」。人に聞けば解るだろうさ。
 僕のためでも、奴のためでも構わない。キミの力を貸してくれ。頼むよ。



 碧摩・蓮(へきま・れん)が品物の異変に気付いたのは、ある日の午後の事である。売り物の電話、それは勿論どこにも繋がっているはずも無く、そもそも電源すら入っていない、それが一度だけベルを鳴らしたのだ。空耳であろう、と、その時は思った。だがその日から、次の日も、また次の日も、同じ時間に一度だけベルが必ず鳴るようになった。どうやら、空耳ではないらしい。この店の品物である以上、普通の電話でないことは解っていたのだが……。

「という訳で、あんたに頼みたいのが、この電話が考えている事の真意を聞き出す事」
 肩を竦め、ちょっと変な言い方だったかね、と、蓮は苦笑した。
「つまり、いつもの呼び鈴が鳴る時間に受話器を取って、その電話に出て欲しいんだよ。それだけさ」
そう言って、指でこつんと電話を叩いた。ベルが鳴る時間まで、まだ随分暇がある。電話は黙ったままだった。
「それでなるべくなら、今後この呼び鈴が鳴らないようにして欲しい。毎日同じ時間に呼び出されちゃ困るんでね」
蓮の言うには、十七時ぴったりにベルが一度だけ鳴るらしい。電話の前で構えていれば、受話器を取ることは難しくは無いだろう。問題なのは、今度からのベルを止めてもらう事なのだが……。電話は未だ黙ったままである。時計の針が十六時四十五分を指し、蓮は小さく溜息をついた。



 依頼を受けた里見・勇介(さとみ・ゆうすけ)が電話に憑依してから、数分間が経っていた。
『俺が電話に融合合体して、そのまま電話に出ればいいんです。お任せください』
勇介は真剣な顔つきでそう答え、十七時の三分前にはもう憑依(彼が言うには『融合合体』らしい)をし、黙々と十七時を待っていた。

 電話の中身は、見れこそしないまでも空っぽで虚ろであった。何しろ、ずっと使われていない電話である。留守電が入っているはずも無いし、プログラムが動く事も無い。勇介はそれでも十七時を待った。それまでに、電話の様子をチェックする。電源は入っていない、ケーブルはどこにも繋がっていない、コンセントも入っていない。ドアも窓もない部屋と言った所であろうか。
 ふと、パチンと何かが弾ける音がした。人の感覚で言うのならば――気配が現れた、とでも言うべきか。誰も居ない部屋の中に何かがするりと入り込む気配。そこに壁など無いかのように。外では電話のベルの鳴る音が。この空間では篭った音に聞こえる。
 勇介が見たのは、十歳になるかならないかと言うほどの、小柄な少年の姿であった。彼はこちらにゆっくりと歩み寄りながら、顎に手を当て、口の端を上げるようににやりと笑った。

「依頼を受けてくれるんだね、里見・勇介。ありがとう」
 光も影も無い空間で、少年はその足音だけを響かせている。勇介の名を知っている事に対して、何故だか不信感は沸かない。
「ここに来た時点で、僕の言いたいことは大体解るね? そう、頭の中に響いている、それは幻聴ではないよ」
自分のこめかみに指を当てて、目を細める。少年の銀色の瞳に瞳孔は無い。
「くれぐれも、奴によろしく。ここの店長には、もう電話は来ない、と伝えてくれ」
少年の姿にノイズが入る。直後、コンセントの抜かれたテレビの画面のように、それは消えた。

 念のため、勇介はしばらく電話に憑依したままだったが、何の気配も感じないことを確かめると、頭に残った少年からの依頼を反芻しながら電話からいつもの体へと戻っていった。
『知り合いの奴が、ついに撤去される事に決まってね……』
そんな一言から始まる依頼だ。妙な人物も居たものである。いや、そもそも電源も入っていない電話にメッセージを残そうとする所から妙なのであるが……。しかし、そんなことは勇介には関係なかった。依頼は依頼であり、果たすべきものである。この世の平和を守る為には、それもまた大切な事だ。……勇介はいたって真面目である。他の人間や幽霊とはほんの少しズレている気がしないでもないわけでもないかもしれないが。


「碧摩・蓮さん、只今戻りました」
「おう。どうだったんだい、電話の方は?」
「今後、この電話のベルが鳴ることは無いそうです。一つ依頼を頂きましたので、俺がそれを果たせば問題無いでしょう」
 蓮はそれを聞き満足そうな表情を浮かべた。これで毎日十七時を気にする事も無い、と。
「では、俺は依頼の方へ向かいます。また何かありましたら力をお貸ししますので」
勇介が一礼をし、上着の襟を正しながらアンティークショップを後にする。それを見送った後、蓮は電話をもっと奥の棚へと移動させる為それを持ち上げた。不意に受話器が外れ、床の数センチ上へと滑り落ちる。溜息をつき、一度電話を机に戻して受話器を取る。受話器からは、風の音のようなノイズと電子音が溢れ出すように流れていた。無論、電源は入っていない。ふと、脳裏で誰かがにやりと笑った気がする。瞳孔のない目。
 しかし、幻聴なのか幻覚なのか、受話器を元に戻せばそれは消えた。電話が暗い棚へと移動されていく。

 人に道を聞き、その通りに道をなぞっていけば、目の前に現れる喫茶店『踏切』。その名のとおり、踏み切りのすぐ傍に建てられた店だ。勇介は店の看板を確認し再三場所の間違いが無いか確かめると、ぐるりと辺りを見回した。辺りには木や草が鬱蒼と生い茂っており、昼だと言うのに薄暗い。自販機が中々見つけられなかったのは、その所為もあるだろう。夜ならばライトが付きある程度見つけやすくなるだろうが、背の低い木の下にぽつんと置いてあるそれを夕方に見つけるのは難しい。随分と昔から置いてあるものらしく、所々に小さな傷や染みがあった。それでも細々とジュースやらお茶やらを売りつづけてきたのだろう、ボタンに『売り切れ』と言う文字は無く、酷い汚れが目立つことも無いことから、手入れもそれなりにされてきたと見える。
 このような物でも、他人の思い出に残る事が出来るのだ。勇介は、自販機のガラスをそっと撫でた。

『電話と、話された、方、です?』
 耳の奥に直接響くような声。勇介は顔を上げ、自販機を眺めた。
「ええ、依頼を受けてきました」
そう答えれば、おそらく自販機のものであろう声は、たどたどしい喋り方で言葉を続けた。
『電話、は、長い間、この世に居た、ので、自由に生き、れます。私は、言葉、覚えたら、すぐにおしまいが来た、です。電話、羨ましい。景色、見れます?』
「全力を尽くしましょう。きっと俺がいい景色を見せてあげます」
自販機は無言だったが、触れる手に優しい感触が伝わってきた。電話と言うのは、あの少年の事なのだろうか。姿を持つ事は出来なくても、心が無い訳ではないだろう。もしも彼もしくは彼女に幻でも姿があったのなら、きっと感謝を込めて勇介の手を握っているのだ。それがただ見えないだけで。

 普段憑依しているダミー人形を草と木の中に隠し、勇介は自販機に憑依した。先ほどの空っぽの電話と比べ、どこか落ち着いた雰囲気のある場所だ。自由に動けないからこそ芽生えた見守る者の意思。機械に魂が馴染むのを確認すると、自販機の夢を叶えるべく叫んだ。

「ブレイブセット!」

 その声に、自販機が驚いた感覚が伝わってきたのは言うまでも無い。おそらく呆然としているのであろう彼もしくは彼女は、勇介の言葉と共に変形を始めた。機械が外れる音と組み合わさる音が響き、自販機はだんだんと人型に変形していく。人よりも大きな堆積を持つそれは、普通の人間よりも背の高い人型へと納まった。
 自販機のギョっとした空気が消えないまま、勇介は満足げに深呼吸をする。我を持っている自販機が元になった所為か、機械らしさは失われ、人間により近い姿のロボットが出来上がった。

「これは、平和を保つべく宇宙が与えてくださった神秘の力なのです」
 勇介の言葉に、自販機は呆然としながらも納得した……気がする。
「さあ、行くべき場所へと向かいましょう! 何も恐れる事はないです、どこへ行きたいか仰ってください」
『では、ええと……人通りの、少ない、所で、構わない、ので、街が見たい、です』
 自販機が控えめに提案し、勇介は「了解しました」と答えた。この周辺は元から人通りが少なく、辿り着くまでにいくつかの商店街も通ってきた。来た道を少し戻れば、街に着くだろう。腕を動かし、足の調子を確かめた後、勇介は歩き出した。


 人の心に似たものを持てば、人の文化も知りたくなるものだ。辿り着いた商店街は、客足もまばらで、店を出て客引きをする店員も居ないような静かな場所であった。しかし、今の姿を考慮すれば丁度いいだろう。街灯に灯りが灯され、足元にはタイルの道が続いている。様々な店を見渡しながら、勇介はその商店街を歩いた。時折自販機があれはなんでしょうと呟けば、望んだ以上の量の言葉で商品や店の説明をする。自販機も好奇心旺盛であったから、言葉が紡がれるたびにそれに対して新たな質問を被せた。正義感が人一倍強い勇介も、困った(と言うわけでもないのだが)人は放っておけないと、しっかり解答を返した。それにしては、すれ違う人々や店員のリアクションに対する気遣いは全く無かったが……。

『あれは、なんです?』
「あれは人間達の為に作られた飲み物で、その中でもとりわけ水分補給に適したものや人々に認められ愛されたものをこうして入れ物に詰めて売っている訳です」
『私の、売っている、飲み物よりも、大きいですね』
「道端で買って飲むものは持ち運びに便利な大きさになっていますが、家に持ち帰って飲む場合には量が多い方が役立つのだそうですよ」
 大き目のペットボトルに入ったお茶やジュースは、缶や小さいペットボトルしか持たない自販機にとって、珍しいものだった様である。
『大きい入れ物、の方が、便利、でしょうか』
「必ずしもそうとは限りません。ふと喉が渇いたときに欲しくなるのは、やはり自販機で売っている小さな入れ物のものでしょう」

 また、道端に置かれた心の無い自販機にも興味を惹かれたようで、自販機自らがおそらくテレパシーの類で意思疎通を図ってみることもあった。売り物がそれぞれ違う事や、飲み物を買うときのボタンが光るものなどがあったりして、伝わってくる感情からははしゃいでいる子供のようなそれがひしひしと感じられた。
『これだけ、沢山の、光、あれば、寂しくなさそう、ですね』
 街灯、店の光、空の星――そう、この自販機の置いてある場所には木々が生い茂り、空もろくに見上げる事が出来なかったのである――それらを眺めて目を輝かせてでもいるのだろうか。今まで居た場所では、目の前の道路を照らすのは自分の明かりだけであったのだろう。
『出会い、感謝、です』
 無感情に聞こえる淡々とした声に、ふと何かが灯ったような。

「お客様との出会いも、嬉しいですか」
『はい。とても』
 腕組みをして空を見つめていた勇介が、呟くように言葉を掛ける。それに答える自販機の声に、彼は大きく頷いた。
「でしたら。俺も、出来る限りのことをしましょう。この宇宙ある限り、希望を捨ててはなりません」
 組んだ腕を解き、来た道を戻る。電話から話を聞いた時、浮かんできた提案が一つあるのだ。自販機が多くの出会いを望んでいるのなら、撤去は避けたい所である。もしも撤去される事を望み、もしくは受け入れているのならば諦めるべきだと思っていたのだが……ここは、宇宙からの使命を受けた身として、願いを叶えなければ。がしゃがしゃと足音を立てて商店街を横切る。
「少しの間、俺に営業を任せてください。案があるのです」
 しっかりとした足取りに勇気付けられているのか、自販機は声に出さずとも肯定した。そして、翌日からのことである。


 喫茶店の前、ぽつんと置かれた自販機。夏の昼の太陽の下、一人のサラリーマンがやってくる。営業の途中なのであろうか、ハンカチで汗を拭きながら道を横切る最中であった。視界の外れ――目に付いたのは、何の変哲も無い自販機。もう既に壊れたものであろうかと近づいて確認してみれば、しっかりと動いているようである。喉も渇いたし、値段も安めで悪くない。財布を取り出し料金を入れ、冷たいお茶を一本買う。ひんやりとしたペットボトルに、疲れが少し和らいだ。さて蓋を取って一口飲もうとすると、自販機に取り付けられているルーレット――つまり、この自販機はいわゆる『アタリ付き』のものなのである――が動いているのが目に留まった。ピピピピピと言う電子音と共にルーレットが廻る。こう言うのは大抵当たりはしない。しかし、ごく稀に当たる事もある。表情からは見えないが、期待していないわけでもないのだろう、男性はお茶を一口口に含み、冷たいそれを喉へと流し込もうとした。

『よっしゃあ!』
 自販機から発せられた声に、男性はあやうく噴出しそうになるところだった。ルーレットが回転をゆっくりと止め、アタリの部分に止まったのだ。突然の出来事に咽ている男性を見て、自販機に憑依している勇介は、変形せずともガッツポーズを取る。これならインパクト大間違いなし。自販機はわくわくしている様で、形ある幻があれば、お客である男性の反応を見ようと前のめりになっていることであろう。
 咳が治まり、事態を把握する男性。アタリならば、もう一本好きな飲み物を買って損は無い。今度はもう一つ別のお茶を買うと、ああ吃驚したとでも言わんばかりに溜息を付き、そしてあまりの突然さに噴出しかけた自分に苦笑して、ふふっと笑った。お茶を鞄に仕舞うと携帯電話を取り出し、来た道の続きを歩み始める。

「聞いてくれよ。さっき、面白い自販機を見つけてさ――」
 遠ざかりながらも聞こえて来る楽しそうな声を聞き、自販機に宿る二つの魂は両手を上げてバンザイをした。


 次の日から、一人、また一人と客が増えていく。
『これが勝利の鍵だ!』
『宇宙のパワー、しかと受け取りたまえ!』
『エネルギー充電だ!』
 『レア声』を聞こうと何回もルーレットを回す子供達、面白半分で立ち寄ったのだろう客がアタリを当てて小さく噴出す姿、二人連れの客が二人ともアタリを当ててお互いに笑顔を作る、夏休みの遊び帰りに寄った子供が声を聞いてそれを真似する。たまに、以前見た顔の客が訪れる事もあった。自販機はアタリの確率を上げ、勇介がその度に新しい台詞を言う。売上も勿論伸びた。また、置いてある場所が木陰だからであろう、涼しみながらお茶を飲む客も増えた。そして、客から、思わぬ吉報を聞くことになる。

「やっぱりこの自販機、残しておくべきだよな」
「そうそう。撤去反対。今度の日曜に事業主に署名送るらしいぜ」
 一人目のルーレットはハズレ。二人目のルーレットが廻り、アタリに止まる。
『お買い上げに感謝だ!』
 その声に、客は二人とも笑う。
「ここんとこハズレばっかりだったけど、久しぶりにアタリ引いたらやっぱり面白いな」
「な。つい帰りに寄っちゃうんだよな」
 木陰でペットボトルの蓋を開けながら喋る二人。無論、その後にこの自販機が撤去される提案は却下された。



『声、沢山。みんな喜ぶ、嬉しいです。出会い、一杯、ありました』
 電話からの依頼もこなし、自販機も残る事になった。勇介の使命は大成功を収めたのだ。
『ありがとう、ございます。お礼、お金、払えなくて、すみません』
「いいえ、お礼なら結構です。それより俺はこちらの方が嬉しいですから」
 勇介は財布を取り出し、ジュース代を自販機に入れた。ボタンを押し、落ちてきたペットボトルに手を伸ばす。
「依頼達成、そしてこれからのあなたの出会いに、乾杯!」
 その言葉の後、ルーレットが止まる。
『ブレイブセット!』
 勇介の声ではない声が、自販機から発せられた。勇介はそれに答えるようにペットボトルを掲げ、自販機のガラスにこつんとぶつけた。

『言葉、沢山、覚えます。きっとまた、お会いしましょう』
「お役に立てたのでしたら何よりです。こちらこそ、お会いできたら宜しくお願いします」
 蓋を開け、ジュースを飲む。日が沈み、自販機のライトがついた。多くの出会いを望む機械の心。彼もしくは彼女の思い出は、これからも増えつづける事であろう。


おしまい

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登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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PC/里見・勇介(さとみ・ゆうすけ)/男性/20歳/幽者

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ライター通信
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はじめましてこんにちは、北嶋哲也と申します!
里見・勇介さん、この度は当ノベルにご参加下さり、ありがとうございました。

プレイングを拝見して、「これは楽しいノベルになりそう!」と、私自身嬉しくなりました。
勇介さんにしか出来ないことが、自販機の望みにそのまま繋がっていて。
出会うべくして出会ったのではないだろうか、と言うほどぴったりでした。
自販機もこれから沢山の言葉を覚える事でしょう。
勿論、勇介さんへの感謝を忘れずに。

楽しく書かせていただいたのですが、いかがでしたでしょうか。
またご縁がありましたら、どこかでお会いしましょう。
では、どうもありがとうございました!北嶋でございました。