コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


【鐘の音が聞こえる】

●未来への入り口

 生温い風が吹いていた。騒がしい街の雑踏の声は今は遠く響く。
 ふわりと彼女のスカートがたなびいて、その横をすり抜けた男が一瞬振り返った。男が見た後ろ姿に、細く長い髪が揺れている。
 いい女だったな、と男は自分の進行方向に向き直った。男が来た方向は行き止まりのホテルしかない。ホテルに呼び出された娼婦なのだろう。あの美人の相手は羨ましい限りだ、と男は思った。
 からからんとサンダルの踵が鳴る。彼女はこの先の未来への期待に穏やかに笑んでいた。

 新宿駅を歌舞伎町方面に出て一番街を抜け、ホテル街に入ると、あるのは明らかに堅気でない人間がたむろする、異様な世界。
 ここには人を惹きつける噂がある。

 “未来を予言する情報屋がいる” と。

 エリィ・ルーは普段二つに括った髪を下ろし、短いスカートに薄いキャミソールを纏い、軽やかなステップで道を進む。一見、ホテルに呼び出された娼婦に見える格好なら、賢明な男たちに声をかけられることもなかった。
 しばし噂の情報屋を探し歩き回ったエリィは、寂れたホテルを曲がった所で袋小路に立ち止まった。
 涼やかな顔をした男が立っている。エリィが引き返そうか戸惑う隙に、男は囁いた。

「未来をお探しですか?」

 エリィは一瞬面を食らい、けれどすぐ表情を緩めた。どうやら、目的な場所にたどり着けたようだと。

「あなたが、予言屋さん?」

 男は首を横に降り、どこからともなくマンホールキーを取り出して、エリィと男の間にあった窪みに引っかけた。ガタン、と重い音を立ててマンホールがずれる。

「僕は案内をするだけです。どうぞ、あなたの未来がお待ちです」

 鳥の模様が施されたマンホールの蓋の向こう側をエリィが覗き込むと、螺旋階段が姿を見せていた。


●迷宮への螺旋階段

 十時・直久と名乗った男の背を追って、反響する足音を聞きながらエリィは階段を降りる。
 螺旋階段には鈍い光を放つ白熱灯が足元を辛うじて照らしていて、闇は何処まで続くか窺い知れない。

「あ、」

 エリィが呟いた声に、十時は振り返った。

「対価……お礼を持ってきていなかった」

 情報の交換なら出来るけど、とエリィはばつが悪そうに十時にいう。十時はふっと笑い、構わないと返した。

「初回ですから構いませんよ。それに……実際は売り物になるほど予言の精度はよくない」

 彼女のサービスの一種なんですよ、と再び十時は階段を下り出り始める。
 闇の底から徐々に近づく歌声が、目的地が近いことを知らせた。


●鐘の鳴る場所

 階段を降り切り、さらにそこからほんの少し歩いた場所に重そうな鉄扉があった。

「ここです。どうぞ」

 歌声は確かにその向こうから聞こえた。分厚そうな扉をどうやって声が越えてくるかはよく分からなかったけれど、エリィはその扉に手をかけた。
 思ったより軽く扉は奥に開く。
 歌声が止んだ。

「お客さんだよ、くくる」

 エリィの背後から十時がいうと、薄暗い部屋の奥からぺたぺたと足音が近づいてきた。
 ひょいとエリィより少しだけ年下に見える少女が顔を出す。服装は今のエリィとよく似ていた。
 数秒間、彼女はエリィを眺めると、頷いた。

「入って。はじめまして。いらっしゃい。恐神・くくるだよ」

 バラバラな言葉を並べて、くくるはエリィを招き入れた。
 十時は開けっ放しの扉の前に立ったまま、二人の様子を眺めている。くくるも気にする様子はなく、どうやらそこが彼の定位置のようだった。
 くくるはぺたりとコンクリートの地べたに座り、その隣にエリィを手招いた。少し迷ってから、エリィもその場に座り込む。コンクリートはひんやりとしていたが心地よい冷たさだった。

 暗さに目が慣れると、階段にあったものより光の薄い電球が下がっている。部屋はそれほど広くないようだった。

「どうしてきたの?」

 くくるは傍らのソファに手を伸ばし、ブランケットを引っ張り出し、頭に被った。
 ブランケットの隙間から様子を伺うくくるに、エリィは笑いかける。

「あたしも情報屋なの。それで、どんな情報網なんだろうって興味があって」

 うんうんとくくるは大きく頷いて、それからほうとため息を吐いた。

「情報屋さんは十時で、あたしは唄うだけなの。あたしの唄には未来が混じるだけ。だからあたしが未来を当てるわけじゃないの」

 くるくると細い指でくくるが宙に円を描く。まるで未来の軌跡を辿るように。

「うたう?」

「うん」

 くくるの問い掛けに、エリィが頷く。

「出来たら、明るいのがいいな」

 エリィが半ば独り言のように呟くと、くくるは少し表情を曇らせた。

「未来はね、すぐ変わっちゃうの。川の流れと一緒だから」

 だから、未来は常に変質して、唄は流れと共に意味を失ってしまう、と。
 目を閉じ、くくるは小さく唄い始めた。

――血の雨は、帰らない場所に降る
――赤い鎖、指に絡みついてあなたを逃さない
――刻まれて消えないあの日の悪夢
――抱えてもあなたは歩ける きっときっと
――つるぎは胸のうちにある
――例え再びあの雨が降り注ぎ、浴びようとも

 童謡のようなメロディ。
 あるいは、呪文のような……。
 それは確かに、エリィにあり得る未来だった。望むものでは、なかったけれど。

「あたしの唄は、聞く人に手渡せる小石。それを水面に投げるか決めるのはエリィの未来そのものだよ」

 きゅ、とくくるはエリィの手を取って軽く握る。エリィの掌は冷たく汗ばんでいた。血の臭いを思い出しかけて、首を振る。
 くくるの手を両手で包み、エリィは祈るような形で握り閉めた。

「うん……」

 名乗っていないのに、くくるはエリィの名を呼んだ。だから、その言葉はきっと本当なのだろうとエリィは思った。
 変えられることも、きっと本当だと。
 人を殺し続けた過去が未来にも続いても――。

 くくるはまた来てね、と明るい未来を予感させる笑顔を見せた。





□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 5588/エリィ・ルー/女性/17歳/情報屋