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─歌い続ける日本人形─
「ここか」
地図を見ながらサフェールは場所を確認する。辺りは薄暗い森が広がっており、目の前には朽ち果てた山荘が建っていた。山荘は大きくかなりツタやそれ以外の植物が取り巻いているが、今すぐに崩れ去るような事は無いようだ。
そして場所を確認したサフェールはゆっくりとその中に入っていく。
事の次第は次のような出来事からだ。草間興信所を訪れたサフェール、それを出迎えたのはやる気の無いように脚を机の上に乗り上げている草間武彦だった。
「よお、おまえか、今日はなんのようだ?」
その問にサフェールは勝手に座ると零が出してくれた紅茶を頂いて、一息付いたところで喋り始めた。
「別に特別な用は無い。少し時間が空いたのでな、それで顔を出しただけだ」
「ああ、そうかい」
適当に返事を返す草間だが、突然何かを思い出したかのように机の上にある書類を漁ると一通の封筒を取り出した。
「お前これから暇か?」
やけににやけながら聞いてくる草間に、胡散臭さを感じながら正直に答える。
「まあ、確かにこれといって予定は無いが」
「ならこの仕事をやってみないか。嫌な客からの依頼でな、やり手がいなくて困ってたんだ。お前ならなんとかなるだろう」
そう言って手渡してくる封筒。その中には歌い続ける日本人形とその障害なるべき物が明記されていた。
一通り目を通したサフェールは書類を机に戻す。
「確かにやっかいそうな案件だな」
「だろ、だからやってみないか」
そのまま暫く考えるサフェール。
確かにやっかいな案件ではあるが、面白そうでもある。せっかく日本に来たのだから、これぐらいの怪奇現象ぐらいやっても良いかもしれない。
そう結論を出したサフェールは書類を手に取る。
「いいだろう、この依頼を受けよう」
「そうか、そりゃ助かる」
そんな経緯もあり、サフェールは都心からかなり外れた別荘地。その更に奥、まるで来る者を拒絶するかのような建物の前に居た。
「確かに不気味な建物だな」
建築方式は日本の物でかなり広いつくりになっている。それだけに頑丈に出来ているようで、外見からではすぐに崩れそうな気配は無かった。
そのうえ、辺りは深い森に囲まれており、昼過ぎだというのにかなりの暗さになっている。どうやらかなり放置していたようで、あたりの木々も伸びっぱなしで日光を遮っている。
そんな山荘へサフェールは門を開けて入ると、そのまま玄関の戸を開ける。
んっ、歌。
それは微かに聞こえる童歌のような物が一瞬だけ聞こえたような気がした。だがそれ以上はどれだけ耳を澄ましても聞こえなかった。
しかたない、進むか。
土足まま玄関を上がるサフェール。まあ、確かに放置されていた影響で床は誇りまみれで、とても素足で歩ける状態ではない。そして床を鳴らしながら探索を始めるサファール。
どうやら屋敷はかなり広いようで探索にはかなりの時間が必要なようだ。その事を実感したサフェールは少しだけ嫌気がさすが、一度受けた依頼は遂行するしかない。だからこそ、サフェールはこの広大な屋敷を歩き回っているのだ。
だが、そんな時だった。建物が古いせいか足音はしっかりと鳴り響いている。そう、ちゃんと二人分。
一人はサフェールの物なのは確かだ。だがもう一つは……考えるまでも無かった。そしてサフェールがそちらに振り向くのと同時に何かが振り下ろされる。
だがサフェールもそのまま避けたのではなく、紙一重でかわした隙に蹴りを入れて、相手を遠くへ吹き飛ばしていた。さすがに渾身の力を込められなかった所為か、相手は体勢を崩すことなくサフェールに仮面の奥底にある赤い瞳を光らせる。
どうやらこの鎧武者が報告にあったものらしい。
それを確認したサフェールは相手に背を向けて走り出す。現在いるところは狭い廊下だ。こんなところではまともに戦えない。どうにかして広い場所に誘導しなくてはいけなかった。
そして幸いにも鎧武者もサフェールを敵と見なして追いかけてきた。
更に走り続けるサフェール、そして手すりだろうか、目に前に手すりのような物があり、その向こうには広い中庭が広がっている。
あそこなら。
手すりを飛び越えるサフェール。だが鎧武者はさすがに警戒してか、手すりを乗り越えることなく、そのままサフェールの様子を窺っているようだ。
そんな状態にサフェールは竪琴を取り出すと竪琴を掻き鳴らす。その旋律は美しく聴く者を魅了する如き音色だ。
「日本には琵琶法師たる吟遊詩人が鎧武者を呼び寄せた伝説があると聞く」
正しくその伝説を再現するかのように、サフェールの竪琴に反応したかのように鎧武者は刀を振るい、手すりを破壊するとゆっくりとサフェールに近づいていく。どうやらサフェールの旋律に導かれているようだ。
そして鎧武者が完全に中庭に下りるとサフェールは竪琴の音色を止める。そのことで本来の目的を取り戻した鎧武者はサフェールに向かって刀を構える。
だがサフェールも竪琴に力を注ぎこみ、その形を変えていく。
「剣には剣、鎧には鎧」
そう言ってサフェールの竪琴。弦鎧アルカンスィエルは光り輝くと、その光はサフェールの手に集まると一振りの剣へと形を変えていく。これこそがサフェールの能力、光実体化能力である。
そしてサフェールは剣先を地面に少し擦ると、そのまま鎧武者に向かって構えた。
そのまま時が止まったように動かなくなる両者、だが一陣の風が吹くのと同時に両者は一斉に動き出す。
まずは鎧武者が上段から勢い良く切り下げてくるが、これは簡単にかわすことが出来た。そして反撃とばかりに光の剣を横に薙ぐ。さすがに攻撃に直後だからかわすことは不可能だろう。だからこそ、鎧武者の刀と光の剣がぶつかり合い剣戟音が木霊する。
だが鎧武者は無茶な体勢からの防御だったため、ふんばりが効かずにそのままサフェールが押しに掛かる。だが鎧武者もなれたもの、これ以上防ぎきれないと判断すと後方へと飛び退いた。
すぐに追撃に行くと思われたサフェールだが、剣先を地面に刺してゆっくりと動かしながら鎧武者の様子を見ている。
そして鎧武者の方もサフェールを警戒しているのか、少しずつ移動しなが相手の隙を窺っている。
このまま根競べとなると思いきや、あえて突っ込む事で隙を作ろうとした鎧武者がサフェールに襲い掛かってきた。
そして振りかざされる刀。サフェールはそれを受けることなく避けることだけに専念した。そして少しずつ動きながら特定の位置に達すると笑みを浮かべる。
「琵琶法師は全身の呪紋で姿を隠したそうだが、私ならこうする」
一気に力を解き放つサフェール、その後ろには突如として魔法陣が展開された。そして相手の一瞬の隙を付き魔法陣の中に入るサフェール。どうやら先程まで剣先を地面につけていたのは、この魔法陣のためらしい。
そしてこの魔法陣は魔の者から姿を隠すためのものだ。どうやら西洋魔術では、悪魔から姿を隠すために使われる魔法陣らしい。そしてその効果は鎧武者にもしっかりと効いていた。
サフェールが傍にいるのに辺りを探る鎧武者。どうやら魔法陣の効果は効いているようでサフェールが見えていないようだ。そんな中でサフェールは力を光へと変えて、それを鎧武者に向かって一気に解き放つ。
強烈な閃光が鎧武者の視覚を封じて、動きすらも一瞬にして固まる。
そこに魔法陣から一気に飛び出すサフェール。そして軸足に思いっきり力を入れると前方に思いっきり踏み出し、渾身の力で鎧武者を袈裟懸けに切り下げる。
この一瞬の行動にどうする事も出来ない鎧武者は斬激を喰らう。そして暫くの間、刀を振るうような形で固まっていたのだが、やがて崩れ落ちて鎧だけを残して中身の呪いだけが塵となって風になびいていく。
こうしてなんとか鎧武者を倒したサフェールは探索を続行する。そして屋敷の奥には更に広大な庭があり、その奥には大きな母屋がある。
お〜いでや、おいで、こ〜こは童子様のと〜り道。
再び聞こえてくる童歌。先程までとは違い、今度ははっきりと聞こえ続けている。それは確かに一番奥にある母屋から聞こえてくるのは確かなようだ。
母屋に入り込むサフェール。ここも相変わらず埃まみれで、すこし歩いただけで埃が飛び散るぐらい積もっている。
そんな中を歌が聞こえる方へ向かうサフェール。もちろん、警戒は怠っていない。いつどんな敵が出ても対処できるようにしている。そして幾つかの部屋を開け放ち、奥へ進んでいったときだった。
突然後ろから感じる殺気。サフェールは地面を転がるように一回転すると、そのまま膝を付いたまま、殺気を感じた方へ振り返る。
そこには幽霊画だろうか、おどろおどろしい絵が飛び出しており、その長い指をくねくねと動かしている。
どうやら後ろから絞め殺そうとしたらしい。そしてこれが報告にあった幽霊画だというのも確かなようだ。
その後も幽霊画は隙を与えずにサフェールに襲い掛かる。その度になんとか攻撃を避けるサフェールだが、未だに体勢を立てなしていない。いや、相手の攻撃頻度が多くて立て直す隙を与えてくれないのだ。
それほど幽霊画の攻撃はうねうねしており、かなりよけずらい。だからだろう、今までサフェールが体勢を立て直せないのは。
だがこのままではいつまでたっても事態は進展しないどころか、追い込まれて不利になっていく。
だからこそ、まずはこの攻撃をどうにしかし無くてはいけない。それを把握したサフェールは再び弦鎧アルカンスィエルを取り出して、再び力を込めると今度はサフェールの背中から光の翼が生える。
その金色の翼は羽を舞い散らせながら、辺りを明るく照らして光明の如く輝いている。
光の翼が照らす光に一瞬だけ動じて動きが止まる幽霊画、その一瞬の隙を見逃すことなくサフェールは一気に決めに掛かる。
大きく広げた光の翼から無数の羽が舞い踊り、それは羽吹雪となって幽霊画を縛り上げていく。
そして再び取り出す弦鎧アルカンスィエル。サフェールはそのままアルカンスィエルを構えると演奏を始めると共に歌を歌い始めた。
その途端に苦しみだす幽霊画。どうやらサフェールの歌と演奏には浄化能力があるらしく、幽霊画は光の羽に縛られながらも足掻き続ける。
だが動きも封じられているため、抵抗する事も出来ずに幽霊画はそのままもがき苦しむと、実体化した幽霊画は塵の如く消え去り、元の絵へと戻っていった。
「我が祖国に伝わりしドルイドの呪歌で天に召されるが良い」
こうしてなんとか幽霊画の呪いは解かれて元の絵へと戻って行った。
そして屋敷の最深部。そこには子供部屋だろうか、様々なおもちゃが転がっているが、そんな中でも一番目立つのは、やはり未だに歌い続ける日本人形だろう。
おいでや、お〜いで、こ〜こは童子様の〜と〜りみち〜
未だに歌い続ける日本人形。どうやら怨念の一種が取り付いているようだが、それは専門外であり、サフェールには良く分からなかった。
だがこれを持って帰れば依頼達成。その他に問題は無かった。そう、その人形を残しては。
未だに歌い続ける日本人形を手に取るサフェール、その瞬間、サフェールはまるで別の世界に飛ばされるような感覚を覚えると、そこには明らかに場所は同じだが、どう見ても生活観があり、それに一番違う事は色が無くなってると言うより、古ぼけた映画のような茶色い風景が広がっている。
おいでや、おいで〜、こ〜こは童子様〜のと〜りみち〜
再び聞こえる童歌。サフェールが振り返ると、そこにはまだ小さい女の子が例の歌い続ける人形と遊んでいる光景があった。
「これは……いったい」
状況を把握できないサフェールは混乱するばかりだが、周りの光景は一気にその姿を変える。それは洞窟の奥深くだろうか、ごつごつとした岩と上からは尖った岩が伸びている。
そんな中で洞窟の中央に描かれた魔法陣。西洋のものではなく東洋の術式のようだ。そしてその中心点には先程の少女がいる。例の日本人形を手に周りの様子に怯えているようだ。
それもそうだろう魔法陣の周りには何人もの祈祷師がいる。そして祈祷師達が呪文を唱え始めると少女はまるで全身を引き裂かれるような痛みにもがき苦しむ。
いや、実際に術式でそうしているのだろう。
そんな中で少女は悲鳴すら上げられないほどもがき苦しみ、周りの祈祷師に助けを求めるが、祈祷師達は一向にやめる気配は無い。
「やめろ―――!」
思わず祈祷師に光の羽を放つサフェール、だが光の羽は祈祷師を通り抜けてそのまま壁へと直撃する。
なっ、一体何が?
ワケが分からず混乱するサフェール。
そして全ては終わりを告げる。
再び元の世界に戻ってきたサフェール。辺りを見回すが、先程の不思議な体験前とまったく変わらない風景が広がっている。
そして手には未だに歌い続けている日本人形がある。その人形を見詰めるサフェール。
「そうか、お前が見せたのか」
どうやら先程の光景はあの少女の記録らしい。それが怨念と術式によって、この人形に宿っているのだろう。
「……だから、お前は歌い続けているのだな」
それは少女の思いを残すため、生贄とされてもなお、その生きた証をこの世にとどめるために少女は大切にしてきた人形に全てを残した。
そしてその残した証拠として人形は歌い続けているのである。
その思いを受け止めるかのように人形をそっと抱きしめるサフェール。どうやらサフェールには少女の想いが伝わったようだ。それにこの人形を持ち帰ればそれなりの浄化をしえくれるだろう。
サフェールは人形を近くにあった箱に入れると大事そうに抱えてその場を後にするのだった。
こうして無事に人形は回収されが。
これは後日談になるが、その人形は無事に浄化されて少女の想いも天に召したらしい。
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