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暴走 蒼天繚斬
不正工事で廃棄と区画となった広い土地。深夜、そのような場所に普通は人影が無いのだが今夜だけは違った。月明かりに照らされて二人の人物が立っている事が良く分った。
「本当に……ここで待つだけで……いいの?」
ゆっくりとした口調で喋る時雨に巫女装束で身を固めた桜華乱菊は時雨と目線を合わせることなく答える。
「ええ、あの蒼天繚斬は常に強き物を求めます。あなたほどの力がここに存在していると気付けば、あっちから勝手にやってくるでしょう」
「そう……なんだ。ところで……なんで……その妖刀は……盗まれたの?」
その問に桜華はため息を付くと遠い目をしながら答える。
「ただ単に管理がずさんだっただけです。だから上手く忍び込めれば誰でも蒼天繚斬を持ち出せたんです」
「そう……なんだ。でも……妖刀……だろ。何でそんな物を……盗み出したんだろ?」
再び時雨からの質問に桜華は頭を抱えたくなってきた。どうらやかなりの訳ありらしい。それでも桜華は頭を上げると時雨の問に答えた。
「蒼天繚斬は妖刀と言うより名刀に近いんです。ですから、その価値もかなりの値がつきます。ですから今回盗んだ人は蒼天繚斬の呪いについては知らなかったのだと思います。だから盗み出したんだと思いますよ」
「それで……暴走?」
「ええ、あの蒼天繚斬は呪いに取り込まれると常に自分より強い者を求めて戦いを挑みます。そしてその呪いの原因となったのは刀匠の心意気。どうやらかなりの名刀を作ろうと思い、信念と言いますか、魂といいますか、どちらにしろかなり意気込んで作り上げた刀なんです。けど意気込みすぎて妖刀になってしまったんです」
それでなんで妖刀になったのか分らないという風に時雨は首をかしげる。その反応を見て桜華はやっぱりという仕草をしてから妖刀になった経緯を話した。
「つまり強い刀を作ろうとしてやりすぎた結果、妖刀になってしまったんです。そして刀の意義は人を斬る事。そして相手が強ければ強いほど使い手も刀も士気が上がる物です」
「確かに……強い相手なら……こっちも本気を出さないと」
「ええ、戦闘道具としては自分の全力を出せる者に使ってもらいたいんでしょう。だから蒼天繚斬は常に強い者を求める、と言いますか、自分を使いこなせる者を探し続けているんです。ですが蒼天繚斬が自分を使いこなせないと判断すると」
「……暴走」
頷く桜華。そして少し悲しい目をしながら遠くを見詰める。
「自分が生まれた意義を分っているからこそ、全力でその使命をまっとうしたんでしょうね」
「……」
本来、刀は飾りではなく戦闘道具である。その本来の意義を失ったものはどうすればいいのだろう。別の道を見つけて進むのも悪くは無いが、蒼天繚斬はそれが出来なかったのだろう。
自分を扱える者を探し続けるため、蒼天繚斬は暴走しているのかもしれない。
そう思うと時雨は少しだけ悲しさがこみ上げてくる。
だが悲しんでばかりはいられない、今はその蒼天繚斬をなんとかしないといけないのだから。
時雨は遠くを見詰めるとゆっくりと口を開く。
「蒼天繚斬を……持ってる人は……どうなってるのかな?」
「もはや体も意識も蒼天繚斬に乗っ取られて元に戻ることは無いでしょう。まあ、安易に盗みという犯罪に対しては重すぎる罰ですが。もう死んでいるのと同じです。ですから、今回の依頼は蒼天繚斬に操られている人を倒してもらいたいのです。そうすれば、蒼天繚斬も自分を倒した者を認めて以後は忠実にその役目を果たすでしょうから」
「だから……倒した後は……僕が貰っていいの?」
「はい、自分を倒した者の元なら蒼天繚斬もおとなしくなり、持ち主に忠実になりますから普通に使えます」
「そう……なんだ」
時雨がそう答えると一陣の風が吹き、桜華と時雨はその場から飛び離れる。
そして着地した時雨が風の吹いてきた方向へ目を向けると、遠くに人影が見えるが、それ以上に手に持っている物が良く分る。
「あれが……蒼天繚斬?」
「ええ、そうです」
遠くからでも分るほど蒼いオーラを出しているその刀、どう見ても普通の刀ではない事は確かだ。しからもかなりの力があるようで鞘からも蒼いオーラが出ている。
「どうやら上手く釣られてくれたみたいですね。では、お願いします」
そう言って下がる桜華。その代わりに時雨は大きく前に踏み出す。そして近づいてきた蒼天繚斬に駆け出そうとした時だった。
突如、蒼天繚斬が振るわれる。
それを確認した時雨はとっさに前方から横に飛び退いた。どうやら長年培ってきた危機感が時雨にそうさせたのだろう。
その証拠に時雨が居た場所は一陣の風が吹くと共に地面すら切り裂いていた。どうやら先程の攻撃と同じらしい。
あんな遠くからの……斬激で……この威力。
そう、蒼天繚斬をただ一振りしただけで、空気を切り裂き斬激をここまで飛ばすことが出来るようだ。しかも切り裂かれた地面は綺麗に磨かれたように滑らかだ。それだけで、蒼天繚斬の切れ味が並みでない事が良く分かった。
時雨も七尺もある妖長刀と炎を発する妖刀、血桜を抜くと、高速の無音移動術で一気に蒼天繚斬の元に突き進む。
だが蒼天繚斬は呪いで取り込んだ人間をはるかに強化しているようで、高速で向かってくる時雨に向かって蒼天繚斬を何度も振るい、幾つもの斬激を飛ばしてきた。
それでも時雨は斬激をかわしながら距離を詰めていく。そしてついに妖長刀の間合いに蒼天繚斬が入った。
妖長刀を振るう時雨、妖長刀の切れ味は金剛石すらも切り裂けるほどだ。切れ味は蒼天繚斬に負けていない。
剣戟音が鳴り響き、二つの刀がせめぎ合う中で時雨はもう一本の妖刀、血桜に炎を灯して突き出そうとしたときだった。
突如、時雨の肩から血しぶきが上がる。そしてそこには二本の爪で切り裂かれたような後が残ってる。
あまりにも予想外の出来事に時雨は血桜の炎を地面に叩きつけると、その反動で炎が壁となり、時雨は一旦蒼天繚斬から距離を取った。
これが……蒼天繚斬。
そう、これこそが蒼天繚斬の力、最強の切れ味を持つ刀なのだ。その最大の特徴である切れ味は少し振るうだけで空気を切り裂き斬激を飛ばすことが出来る。
先程のように少しでも刀が振るわれれば斬激が生じる。だが、先程は妖長刀があったために斬激が二つに分かれたのだろう。
それでも時雨にダメージを与えることが出来るほどだから、直撃を食らえば一瞬にして真っ二つだろう。
それを理解した時雨は受けた傷を気にすることなく、再び構えなおすとゆっくりと呟く。
「血化粧」
その途端、時雨に掛かっていたリミッターは外れて本来の力を放出する。
そして先程とは段違いのスピードで駆け出す時雨。一気に距離を詰めて間合いに入るが、こちらが攻撃をする瞬間はどうしても刹那の隙が出来る。
その隙をつき、蒼天繚斬が振るわれる。だが時雨はそれを待っていたかのように妖長刀で放たれた斬激を逸らすのと同時に相手の前面すらもがら空きにさせた。
「魔人舞」
前面が開いた蒼天繚斬に血桜の燃えた炎で数十回の炎をまとった斬激が衝撃波となって蒼天繚斬に襲い掛かる。
普通の相手だったらこれで終わりだろう。だが相手は脅威の能力を持つ蒼天繚斬である。蒼天繚斬は逸らされた刀身の刃を返すと、力づくで蒼天繚斬を時雨の魔人舞に向かって振るう。
無理な体勢とはいっても渾身の力を込めて振るった蒼天繚斬である。繰り出された斬激は空気を切り裂き、そして魔人舞までも真っ二つに切り裂いてしまった。
よって魔人舞は蒼天繚斬に当たることなく、二つに分かれて蒼天繚斬の後ろで爆発をし、切り裂かれて真空となった空間には一気に空気が戻り、風が舞い踊る。
まさか……魔人舞まで
正しく切れない物などは存在しないような、切れ味と斬激を繰り出す蒼天繚斬。これこそが名刀であり妖刀でもある蒼天繚斬だ。
だが時雨もこれで終わりにするつもりは無い。蒼天繚斬は未だに体勢を立て直せてないのだから隙はある。
「魔神剣」
今度は二刀を使い同時に別方向から攻撃を入れるが、そのスピードはとてもではないが目に映るほどのもではない。しかも一瞬のうちに四〇〇回もの斬激を入れるのである。避ける事は到底不可能だ。
その事は蒼天繚斬も理解したのだろう。時雨の攻撃にあわせて蒼天繚斬も己を振るい出来るだけの斬激を繰り出すが、とても時雨のスピードにはついてはいけない。
一瞬のうちに数回の剣戟音が鳴り響き、時雨は攻撃を終えると距離を取るために下がる。
どうやら魔神剣はかなりのダメージを与えたようで、蒼天繚斬を手にしている体はかなり切り刻まれているのだが、それでも血を流しながら立っている。
そうか……あの体は操られてるから……完全に倒さないとダメなんだ。
そう、現在時雨が相手にしている人物は意識も体も蒼天繚斬に取り込まれて支配されている。いわば死人と同じでその死体を蒼天繚斬が操っている状態だ。だからだろう、蒼天繚斬が体にかなりのダメージを負いながらも時雨に向かって斬激を繰り出したのは。
地面をえぐりながら飛んでくる斬激を最小限の高速移動で避けると一気に血桜の力を解放する。
そして血桜から生み出された炎は一気に増大する。
もう……やるしかない。
そう、蒼天繚斬を止めるには操られている者を完全に殺さないといけない。そのためにはあの蒼天繚斬を避けながら戦っていたのではキリが無い。
そう判断した時雨はこの戦いに終幕を引くために炎を更に増大させ、辺りはもの凄い熱風が吹きすさみ、血桜を中心に炎が天を翔ける龍の如く炎を増大させる。
そして時雨は音も無く地面から跳び上がると血桜の炎を一点に集中させる。それを黙ってみている蒼天繚斬でもなく、斬激を飛ばすが、それよりも早く時雨が呟いた。
「血桜終炎」
その直後、一点に集中していた炎が怒涛の如く地面へと降り注ぐ。炎はすでに数億度にも達しており空気すらも複雑に歪めてしまうほどの熱を持っている。だから先程、蒼天繚斬が放った斬激は熱と炎で歪めて消し去ってしまった。
血桜を暴走させて放つ最終奥義、その威力は炎が地面に到達した瞬間に一気に燃え広がり、そこにある物を全て焼き尽くしてしまうほどの炎が渦巻いている。
そして広範囲に放たれた炎は当然、蒼天繚斬をも巻き込み、焼き尽くしていく。さすがにこの炎に耐えられる人間など居ない。よって炎の中で蒼天繚斬に取り込まれた人物は炎に飲み込まれて、その体は何一つ残すことなくこの世から消え去ってしまった。
だがここで忘れてはいけないことが一つある。地球には重力があり、常に地球の中心点に向かって引っ張られる力が働いている。つまり、現在空中に居る時雨は落下を開始していた。しかも未だに炎が渦巻く地面に向かってである。
更に忘れてはいけない事が……この血桜終炎は血桜を暴走させて数億度の炎を広範囲に放つ技だ。ここで忘れてはいけないのが『血桜の暴走』つまり、現在時雨の下で渦巻いている炎は時雨には制御できないのだ。
結果、時雨は下で渦巻く炎にその身を投じる事になった。
数分後、全ての力を出し終えて血桜の暴走が収まるのと同時に地面を渦巻いていた炎も一気に鎮火した。
そして未だに焼けた地面に立つ人物が一人。それは時雨だが、かなりのダメージを負っているのか少しふらついている。どうやらこの最終奥義は術者自身にもかなりのダメージを与えるらしい。
それでも未だに焼けた地面に立っている。伊達に妖刀血桜を持っているワケではないということだろう。いくら時雨でも自分の妖刀でやられるような事はしない。かなりのダメージは負っても倒れる事は無いのだろう。
それでも……やっぱり……熱いかな。
それは未だに焼けた大地の上に立っているのである。地上から発せられる熱はかなりのものだが、突如空を暗雲が覆うと急に雨が降り出してきた。
なんで……雨が……でも……丁度いい。
降り注ぐ雨は地面の熱を冷まし、消し去っていく。今まで熱せられてた所為か、地面は音を立てながら温度を下げていき、地面が常温に戻ると雨も急にやんだ。
「お疲れ様でした」
突如後ろから聞こえる声。時雨が振り向くと、そこには今までどこに居たか分らないが、桜華が時雨の後ろに立っていた。
桜華の姿を確認すると時雨は天を仰ぎ、すっかり満開の星空となった空を見詰めてから桜華に尋ねる。
「さっきの雨……キミが?」
「ええ、さすがにあの場に近づく事が出来ませんでしたので、少し雨を降らさせてもらいました。とはいえ、あなたも濡れてしまったようで、すいませんでした」
頭を下げる桜華に時雨は桜華から視線を外す。
「いや……それは……いい」
「そう言って頂けると助かります」
まあ、確かにあの炎の中にいた時雨にとっても丁度良かったのだろう。それよりも時雨は別な方向へ視線を向けていた。
「蒼天繚斬は……どうなったのかな?」
「それならあそこに」
時雨とは逆の方向を指し示す桜華。時雨も桜華が指差したところに目を向けると、そこには蒼く光る物が二つあった。どうやら蒼天繚斬に間違いないようだ。しかもさすがにかなりの力を持った妖刀。時雨の最終奥義でも溶け出す事は無く、その形状はそのままだ。
蒼天繚斬の元へ行く時雨。そこにはもう蒼天繚斬とその鞘しか残っていない。どうやら操られていた人物は確実に焼き尽くしたようだ。
「もう……暴走は……止まったのかな?」
「ええ、蒼天繚斬は確かにあなたに負けました。これから蒼天繚斬はあなたの物です」
だが時雨はなにか納得が行かないような顔をしていた。
「でも……蒼天繚斬は……価値がある物……なんでしょう。そんなのを……ボクが貰って……いいのかな?」
「構いません。元々管理がずさんでしたから、それならあなたに貰ってくださり管理してもらえれば、こちらとしても手間が省けます。なにしろウチの管理人はずさんでいけませんから」
要するに時雨に蒼天繚斬を押し付けたかったのだろう。だからこそ、こんな依頼を出してきた。つまり他力本願のようだ。
その事を理解しても表情を変えない時雨はゆっくりと蒼天繚斬の元へ近づき、膝を付くと蒼天繚斬を手に取る。
蒼く光るその刀はまるで時雨のために作られたように手に馴染んだ。それと同時に時雨と同調するように力を発して、完全に時雨の制御下に入った。
そして時雨は鞘も手に取ると蒼天繚斬を鞘に収める。だがよほど力が強いのか鞘に納まっている状態でも蒼いオーラを発している。
「蒼い……光」
鞘に納まっている蒼天繚斬を見て時雨はそんな事を呟き、桜華は蒼天繚斬について話し始めた。
「蒼く光るその刀は天すら綺麗に斬れるほどの力をゆうしているから、蒼天繚斬という名が付いたようです。その力は先程の戦闘で分かったと思いますが、蒼天繚斬の特徴はその異様な切れ味。少し振るうだけで空気を切り裂き斬激を飛ばすことが出来ます。ですが刀身の切れ味は普通の名刀以上、つまり鉄ぐらいなら切れる程度です」
その説明を聞くと時雨は蒼天繚斬を見詰める。
「つまり……飛び道具?」
「そうですね、そう思ってもらえるのが一番理解しやすいですね。まあ、どちらにしろ、これでこの一件は終わりです。お疲れ様でした」
頭を下げる桜華、だが時雨は蒼天繚斬を見詰めている。この蒼天繚斬を今後、どうするかは全て時雨れ次第。
だが今は先程のダメージを癒すために休むことの方が重要だ。一応桜華に簡単な挨拶だけをして時雨は蒼天繚斬を手にその場を後にするのだった。
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