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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


溢れ出るメロディ



1.
 その日、草間興信所の扉を叩き入ってきた依頼人がいったい何に困って此処を訪れようと思ったのか、草間にはすぐにわかったし、草間でなくともわからないもののほうが少ないだろう。
「あー……、間違っていたら悪いんだが、あんたが困っているのはそのことだよな?」
 万が一違う場合も考えに入れながら草間がそう言って指差したのは依頼人の口元だったが、その口は明らかに普通の状態ではなかった。
 その口からはずっと音楽が流れ出している。歌っているのかといえばそうではなく、口から勝手に音が溢れ出ているというほうが正しいもののようだ。
 口を開けばそれがスピーカーの代わりとなって音楽が流れ出す。どうやら依頼人はそんな状況らしい。
 呼吸に支障はないのかと最初は草間も心配をしたが、それは問題がないらしい。
 どうやら口を開けなければ音楽は流れないようだが、ずっと口を塞いでいるわけにもいかず、何か解決の手立てはないかとこの草間興信所に訪れたということのようだ。
 しかもそれは鼻歌と呼べるようなレベルではなく周囲に響くような音量で朗々と流れているので、依頼人本人もだが周囲にも少々厄介な現象だ。
『どうにかしてこの歌を止めてください』
 絶えず口から流れ出る音楽が興信所に響き渡る中、依頼人は困り果てた様子で差し出されたメモにそう書き記した。
「口を開けると音楽が流れるなんて、まるでオルゴールみたいね」
 草間と共に依頼人の話を聞いていたシュラインの言葉に草間はかすかに唸るような声を出した。
「オルゴールか。現象としては似ているかもしれないが……でも、依頼人は人間だぞ?」
「あら、人間がオルゴールのようになるなんて現象はそんなに奇抜な考えでもないと思うけど?」
 シュラインの言葉に草間は更に唸ってみせる。確かに、この街ではその程度の怪異現象はざらにある。
「しかし、万が一そうだとしても原因を特定しなけりゃ現象が収まらないことに変わりはないだろ」
 その答えにはシュラインも異を唱えるつもりはない。
「そうね、まずは……口を使う以外の伝達手段で貴方が一番簡単なのは何か教えていただけるかしら。そのためのものを用意して、事情を聞きたいと思うの」
 何も話せないからといって会話がまったくできなくなるわけではないということは依頼をメモ書きしていることからも明らかだったし、そのまま筆談ということも構わなかったが、それ以外に依頼人が事情を説明しやすい方法があるのならそちらを用いたほうが能率も上がる。
「そうね、パソコンは得意? それとも携帯でメールを打つほうが身近かしら」
 最近の若者ならばパソコンよりも携帯のほうが文章を打つことが早い者が多いが、依頼人は僅かに考えた後メモにペンを走らせた。
『パソコンは苦手です。携帯も打つのが遅くて』
「じゃあメールも苦手?」
 そう尋ねてみれば依頼人はこくりと頷いて再びペンを走らせる。
 次の書かれた説明によれば、機会オンチとまではいかないが、パソコンなどの機器には疎いほうで、どちらかといえばいまだにメールよりも手紙のほうを好む性格だということだった。
「レトロ趣味でもあるの?」
『集める趣味はありません。見るのは好きです』
 その答えに、シュラインと草間は顔を見合わせた。
 古いものに何か曰くがあったということは、人間オルゴール以上にこの街ではざらにある出来事だ。


2.
「思い出して欲しいんだけど、最近何か古いものを見に行ったり触ったりしたことはないかしら」
 聞きながらシュラインは紅茶などを差し出しながら、依頼人が不快にならない程度に時折口を開いてもらい、その口から流れ出る旋律を聞き取っていた。
 音は一定したボリュームで流れている。流れているものにはあまり馴染みがないが、それでも音階に変化があればシュラインの耳が聞き逃すことはない。
『古いものを見ることは多いです。毎日いろいろ見て回ります』
「その中に、音楽や音にまつわるものはなかったかしら」
 そういうもので何か曰くつきのものに誤って触れてしまったため、現在の依頼人の状態が起こっているという考えはこの場合非常に自然なもののようにシュラインには思える。
「音楽が流れているという現象から考えて、何かの再生機器かもしくはそれを流すためのスピーカーなんてものの可能性があると思うんだけど」
 もしそれらが壊れていたため、代わりに音を発することができるものを探していたところへ依頼人がやってきたということにでもなればそのものを発見し、供養なりをすればこの一件は解決する。
 シュラインの言葉に依頼人は考え込みながら躊躇うようにメモに文字を書き始める。
『音楽を流すものに触った覚えはありません』
 そこまで書いた後に、尚も依頼人が書き足そうとしている気配を感じたシュラインはじっとその続きを待った。
『レコードショップには行きました。あったのはレコードだけです』
「お店の名前と住所、わかるかしら」
 それらの情報を教わると、シュラインはその店へと向かうことにした。


3.
 入った中で見たものは、いったいどれだけの枚数があるのかわからないほどのレコードが積まれた店だった。
 ひどく乱雑な扱いをされているものもあり、仮に酔狂なものが購入しようと思ったとき無事に再生できるのか怪しいと思えるような品も見える。
「こんなところで埃をかぶったままじゃ、不満も抱えるわね」
 店主に詳しい話を聞こうとしたところ、生憎先代が亡くなってからしかたなく跡を継いだらしい男性はこれらのものに対して愛着も興味もさしてないらしく、シュラインが聞いたことにも億劫そうに答えていた。
 それなりに有名で高値で売れそうなものに関しては管理はそれなりに行っているようだが、それ以外のものの扱いとなれば杜撰という言葉が非常に相応しいような状態らしい。
(中古だったら意外なものが売れるっていうことも知らないのかしら)
 商売のノウハウを教えるために来たわけではないからそのような疑問は無用のものだが、それでも雑に扱われているレコード盤の多さにそのものたちへの同情の念を覚えてしまう。
「奥のほうは随分と散らかってるようですけど」
「そこら辺は名前もわからないようなやつがほとんどだ。覗く奴も滅多にいないよ」
 ぶっきら棒にそう答えた店主の言葉の裏を返せば、その滅多にいない者が最近いたとも取れる。
「この辺りのレコードは、おいくらくらいで購入できるのかしら」
 どれが主体かわからない以上、触れた可能性のあるレコード一帯を可能ならば回収したいところではあったが、そこは流石に店主もタダとは言わなかった。
 しかし、必要以上に値を吊り上げようとする店主の口車に乗るシュラインではなく、ほとんどのものが再生不可能の状態であることなどを理由に最低限の経費で打ち捨てられていたも同然のレコードをすべて買い取った。


4.
「……で、この中のどれが原因なんだ?」
 事前に連絡を受けていたとはいえ予想以上の枚数だったらしいレコードの山を見ながら草間はそうシュラインに尋ねた。
「それが問題なのよね。なにせこのレコード、ほとんど演奏者も不明だし再生も不可能のものなんだもの」
「けど、そいつを見つけなけりゃ怪異は収まらないだろ?」
 手持ち無沙汰のためか好奇心のためか積まれたレコードの山に手を伸ばしかけた草間だが、依頼人の状況を思い出したのか慌ててその手を引っ込めた。
「いっそのこと全部祓っちまうか?」
「でも、彼らに害意があったわけじゃないんだからお祓いっていうのも可哀想な気もするのよね」
「だからってこのままってわけにはいかんだろ」
 草間としては依頼人を助けることが何より優先されるべきことであり、シュラインにしてもそれに異論はない。
「こいつら、まったく再生はできない状態なのか?」
「専門家に頼めば可能かもしれないわね。それで武彦さん、ひとつ提案なんだけど……」
 と、シュラインの言葉を制して草間がわかっていると言いたげな様子で口を開いた。
「こいつら、全部再生しようっていうんだろ? 流れることができれば依頼者も助かるしこいつらも満足できるし万々歳ってところだしな」
「その通り、武彦さん付き合ってくれる?」
 にこりと微笑みながらそう尋ねたシュラインに、草間が否と答えるはずもなかった。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)       ■
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0086 / シュライン・エマ / 26歳 / 女性 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
NPC / 草間・武彦

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■         ライター通信                    ■
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シュライン・エマ様

いつもありがとうございます。
この度は、当依頼にご参加いただき誠にありがとうございます。
スピーカー代わりとして音を出すことができなくなっていたものたちが依頼人を通して音を流していたという流れにさせていただきましたがお気に召しいただければ幸いです。
またご縁がありましたときはよろしくお願いいたします。

蒼井敬 拝