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<東京怪談・PCゲームノベル>


窓口〔総合受付〕


「こんにちは、若宮調査事務所ってここですか?」
 扉の開け放たれる音と共に飛び込んできた声に、若宮海斗は調査報告書から顔を上げた。返事をしながら入り口へと目を向け、思わず言葉を失う。背中に翼の生えた女が、そこにいた。他にも何だか色々とヘンだ。でも見なかったことにする。
 一瞬視線を泳がせ、けれどもすぐに営業スマイルを浮かべて立ち上がった。さりげなく魔眼封じの眼鏡をかけ直すことは忘れない。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
「調査依頼です。馬頭観音像の浮気調査をお願いします」
 ほがらかに言い放った女の言葉に、ずるりと眼鏡がずれ落ちた。――ああ、何か凄いのが来た。
 そっと視線をずらし、眼鏡を直しながら奥に追いやっていた来客用の椅子を引っ張り出す。
「どうぞこちらにおかけになってお待ちください」
 不自然なまでのにこやかさでそう言うと、海斗は脱兎の如く事務所を飛び出した。



 事務所に向かって急ぎながら、清水天音は内心首をひねっていた。なぜ自分が呼ばれなければならないのかがわからない。神社の境内を掃除していたところ、唐突に現れた海斗に「依頼人が来たからあとよろしく」と箒を引き取られ、そのまま送り出されてしまったのだ。とりあえず依頼人を待たせるわけにもいかないからそのまま来てしまったが、正直巫女装束で現れる調査員など不信感を煽るしかないのではなかろうか。それ以前に――
「依頼人の話を聞いて調査依頼書を作るくらい、珠希にだって出来るのに」
 それなのになぜ、海斗はテナント料代わりの神社の雑用をしている天音に振るのだろうか。
「なんか、凄く嫌な予感がするわ……」
 うんざりと呟き、天音は走るスピードを上げた。


 事務所の少し前でブレーキをかけ、深呼吸をして息を整える。ついでに乱れた服や髪も簡単に直しておく。自分の姿を見下ろすと、天音は小さく頷いた。大丈夫、おかしなところはない。
 よし、と気合を入れると、ゆっくりと歩き出した。
 事務所の扉を開け、足を踏み入れる。口にしていた謝罪の言葉は、依頼人を目にした瞬間途切れた。泳ぎそうになる視線を根性で繋ぎとめ、引きつりかけながらも笑みを浮かべる。――ようやく理解した。そりゃあ海斗も逃げるだろう。自分も逃げたい。
(お、覚えてなさい、バカイト――ッ!!)
 胸中で、自分に厄介事を押し付けた諸悪の根源を全力で罵り、報復を誓う。この恨み、晴らさでおくべきか。
 ぐっと拳を握り締めると、天音は依頼人へと意識を戻した。何気ない風を装い、依頼人を観察する。背に生えた白翼、のどにはエラ、指の間には水掻き。ミニスカートから伸びるスラリとした足も、膝の辺りに何かありそうだ。人間と言っていいのか悩むが、依頼人には違いない。腹を括ると、天音は依頼人の向かいの席へと回り、会釈して腰を下ろす。
「大変お待たせいたしました。わたしは調査員の清水天音と申します。それではお話を伺います」
 取り出したノートを開いてそう告げると、天音はペンを握った。



 藤田あやこと名乗った依頼人の言葉に、天音は耳を疑った。彼女は今、何と言った?
「すみません、藤田さん。何の……浮気調査とおっしゃいました?」
「馬頭観音像の浮気調査をしてほしいって言ったの。何か曰くつきのモノらしいんだけど、集客能力が凄いの! だから招き猫代わりに買ってお店に置いといたのよ。あ、このお店って言うのがね――」
 立て板に水とばかりに喋るあやこに、天音は己の失敗を悟った。口を挟む隙もない。ついでに、挟んでも聞いてもらえなさそうだ。これはもう、あやこの気が済むまで喋らせるしかあるまい。
 気づかれないように溜息をつくと、天音は一方的な会話の中から重要そうな言葉を抜き出してメモする作業に取り掛かった。


「それで、ですね。藤田さんはどのような結果をお望みですか?」
 一通りあやこが話し終えたと思われる頃、天音は口を挟んだ。
「当事務所では三つのコースをご用意しております。アフターケアまで万全に解決する松コース。解決はしますが、事後に起こった問題にはノータッチの竹コース。とりあえず調査だけという梅コース。コースによって料金設定も違ってきます」
 どなさいますかと問う天音に、あやこは首を傾げて考え込む仕草を見せた。
「そうね……調査だけで構わないわ。像が失踪した理由を調べてちょうだい」
「かしこまりました、梅コースですね。それでは、こちらの契約書にサインをお願いいたします。調査が完了した後にご連絡差し上げますので、お支払いはその時で結構です」
 立ち上がり、「ありがとうございました」とあやこを送り出す声に安堵が滲むのは、無理からことなのかもしれなかった。



 一時調査を終えた数日後、若宮調査事務所の面々は事務所に集っていた。調査依頼書と調査報告書の置かれた机を囲み、誰もが難しい顔をしている。
「……結局受けたのか、あれ」
 げっそりと呟く海斗の声を拾った天音の肩がぴくりと跳ね上がる。
「断ることは可能だったはずでしょう? 何せ最初に依頼人に会ったのは海斗なんだから」
 にこやかな、けれども迫力のある笑顔で言い放った天音に、海斗はごにょごにょと何か口の中で呟きながらそっと目を逸らした。少なからず罪悪感は感じているらしい。一方的な戦端が開かれそうな気配を感じ取り、慌てて各務樹が手を挙げる。
「また何かしら海斗がやらかしたのはわかったが、具体的にどうすればいいんだ? 依頼書を見てもさっぱりわからないんだが」
「そうそう、ボクも思ってた。馬頭観音って、アレだよね? 馬頭明王とも呼ばれる、馬の守護仏の……。その浮気調査ってどういうこと?」
 疑問符を山ほど浮かべた早川珠希が首を傾げる。これが夜な夜な何かやらかすから調査してくれ、というのならわかるのだ。だが、なぜ浮気調査。
「ああ、うん……そこらへんも含めて、一次調査の結果を報告するわ」
 額に手を当てながらそう言い、天音は手帳を開いた。所長の海斗ではなく、一調査員である天音が仕切るのは普段からなので誰も何も言わない。ただ、よっぽど酷い【何か】を海斗がやらかしたらしいと察し、白い目が海斗に向けられるだけである。
「件の馬頭観音象だけど、依頼人が半年ほど前にアンティークショップ・レンで購入したものよ。男性をターゲットとしたブティックを経営していた依頼人は、像に曰くがあると知りつつも招き猫代わり購入したとのこと。読みどおり集客率は上がったものの、購入から半年後に像は姿を消し、その夜依頼人の枕元には馬――雌馬の肋骨が刺さっていたそうよ」
「はい、あーさん質問」
 挙手して話に割り込んできた珠希に視線を向け、天音は頷いて発言を促した。
「なんでそれで浮気調査に繋がるの? ひょっとしたら、嫌になって出ていっちゃったのかもしれないじゃない」
「それは何と言うか……依頼人の推測なのよね。彼女……藤田さんはどうやら像の曰くについてもあまり聞いていないようだし」
 困ったように首を傾げ、天音は嘆息した。
「件の像を販売していた店に行って話を聞いてきたんだけど、この馬頭観音像は食い詰めた破戒僧が作ったものらしいの。低俗な霊か何かが憑いているらしくて……店に飾れば驚異的な集客率を見せるんだけど……」
 そこで言いよどみ、再び溜息を漏らす。言い渋る様子を訝しみ、それまで黙って聞き役に徹していた樹が口を開いた。
「何か問題でもあるのか? たとえば、所有者に幸運をもたらす代わりに命を取るだとか」
「そういうわけじゃないんです。所有者に害を与えるわけじゃなくて、ただ……」
「ただ?」
 重ねて促され、天音は重い口を開く。
「ある一定の期間が経過すると、置き土産を残して所有者のもとを去るんだそうです。――置き土産って言うのは、ちょっとした騒動の種みたいなもので……今回は雌馬の肋骨のようですが」
「去って、そのあとは?」
「店に戻って、また買われるのを待つんだそうです。アンティークショップ・レンに流れてきたのも、そういう経緯からだそうで」
「それって……詐欺っぽくない? 売っても戻ってくるんなら、いくらでもお金稼げそうじゃない」
 呆れの混じった珠希の言葉に、海斗がポンと手を打った。
「ああ、そうか。そういうことか」
「え? 何? かーくん一人でわかった顔してないで、ボクにも説明してよ」
「つまり、今珠希が言ったとおりだよ。この像の製作者は金に困って、観音像を作って売った。よっぽど困窮してたんだろうね、像には邪念が宿り、売り飛ばしてもそのうち手元に戻ってきて、また売り飛ばす。どういう理由か集客率アップの効果があるから、商人なんかが買い取るだろう。そしてまた戻ってきて……別の誰かに売り飛ばす」
 海斗の説明に、珠希は深く深く溜息をついた。ぽつりと一言呟きをもらす。
「まるっきり詐欺じゃないか、それ……」
 それに同意を示しながら、樹が天音の方に目を向ける。
「ということは、そのうち戻ってくるだろう観音像を確保して依頼人に返せばいいのか?」
「ああ、いえ、調査だけなんでその必要はないです。店に戻ってきたことの確認が取れ次第、結果を依頼人に報告しますから」
 だから、交代でアンティークショップ・レンに顔を出し、観音像が戻ってきていないかの確認を行いたいと思うの。天音がそう言うのとほぼ同時に、事務所の電話がけたたましい音を立てて鳴り出した。最近ではほとんど見かけない黒電話へと全員の視線が注がれる。一瞬の譲り合いのあと、電話の一番近くにいた樹が電話に出た。
「はい、若宮調査事務所です」
 応対していた樹の顔が不意に強張った。口早に聞き返し、頷く。それを数度繰り返した後、樹は受話器を押さえて一同へと顔を向けた。
「観音像、戻ってきたって」
 それだけを告げ、再び受話器を耳に当てる。
「確かに、その馬頭観音像なんですね? では、今日中に確認に向かいます。――ええ、わざわざご連絡ありがとうございました」
 礼の言葉を述べ、樹はゆっくりと受話器を戻した。嘆息し、呟く。
「随分あっさりと解決したな」
「ほんとだね。あとは現物を確認して、依頼人に報告するだけだね!」
 嬉しそうに笑う珠希の言葉に、天音と海斗は思わず顔を見合わせる。
「「報告、か……」」
 声を揃えて呟き、溜息をつく。
「ここは責任持って所長がするべきじゃないの?」
「いやいや、最初に依頼を受けた天音がするべきだろう?」
 またも同時に言い、視線を見交わす。互いに拳を握り、一歩足を後ろに引く。誰かの息を呑む音を合図に、二人は共に動き出した。
「「最初はグー! ジャンケンポンッ!!」」
 見事なまでのユニゾンで移行されたジャンケン一本勝負は、度重なる相子の末に海斗の勝利に終わった。
「というわけで、報告は天音がすること!」
 勝ち誇った声と共にビシリと鼻先に突きつけられた人差し指に、天音はくちびるを噛み締める。
「くっ……よもや負けるなんて……! 覚えてなさい、バカイト! この借りは絶対に返すんだからッ!」
 涙目で叫ぶ天音と、勝ち誇り笑う海斗をやや離れた場所から見守りながら、珠希がぼそりと呟いた。
「二人とも子供みたい。何やってるんだか」
 確認のために出かける準備をしていた樹がそれを聞きつけ、苦笑する。一番の年少者にそれを言われては立つ瀬もあるまい。



 提示された調査資料に目を通し、あやこは問いかけた。
「それじゃ駆け落ちじゃなかったわけ?」
「そういうことになります。例の馬頭観音像はアンティークショップ・レンにて販売されていますので、再度ご購入されるかどうかは藤田さん次第となります。――ただ、購入してもまた勝手にショップに戻る恐れもありますので、その点だけはご注意ください」
 そっかーと呟きながら何度も頷き、あやこは資料を机に戻した。
「もうちょっと面白いことになるかと思ってたんだけど、わりと普通だったなぁ……。うん、でもありがとう」
 報酬の入った封筒を机に置くと、あやこは立ち上がった。見送りのため、天音も席を立つ。
「それじゃ、またね」
 ひらひらと手を振りながら言われた言葉に一瞬顔を引きつらせ、慌てて天音は深々とお辞儀をした。出来ればわたしがいる時にはこないで。そう、切に願いながら。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7061/藤田・あやこ (ふじた・あやこ)/女性/24歳/IO2オカルティックサイエンティスト】


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■         ライター通信          ■
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藤田様はじめまして、ライターの雨塚雷歌です。この度は発注ありがとうございました。
個性的なご依頼で、楽しく書くことができました。プレイングにもう少し詰め込みたいものもあったのですが、字数の関係で多少削らせていただきました。少しでも楽しんでいただけましたなら幸いです。
今回はご依頼ありがとうございました。