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+ 琥珀色の奇跡 +
偶然の産物という言葉。
そこから更に連鎖する『偶然の産物』。
それはもはや、奇跡、か。
「しまったな……自分でもまさかこんなものが出来上がってしまうとは思わなかった。――しかし処分していいものか迷うな。もしかしたら何か面白い使い道があるかもしれんし」
ある一つの樹木を見上げながらシリューナはその細く伸びた美しい指先を自身の顎に添えて小さく首を傾げた。
彼女が営む魔法薬屋の一室で青々と葉を茂らせたそれは空間いっぱいに枝を伸ばす。目の前にひらりと落ちてきた葉を一枚指先で摘み、それから戯れるようにふっと息を吹きかけて飛ばせば木が応えるかのように葉を鳴らしてざわめいた。
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―――― 数日後。
「ふんふん〜、この部屋は何かしら?」
鼻歌を歌いながら前髪の一部だけ紫色に染まっている黒髪の少女が扉を開く。
彼女の名はファルス・ティレイラ。今は人間の少女のような姿を取っているが、その正体は竜族だ。
彼女は今、自分が慕う同じ竜族の女性――シリューナ・リュクテイアが経営する魔法薬屋の手伝いをしていたのだが、店も無事閉店し片付けも済ませたので店に多くある部屋を探索していた。
部屋にはシリューナが繋いだ魔法の異空間があり、扉を開くだけで様々な異世界が楽しめる。
もちろん薬屋を営んでいるのだからその繋ぎ先は薬草や魔法に関するものが多いのだが、部屋の一部は持ち主の趣味が反映されていたりもするので時に雪山、時に呪いが掛かった洞窟と見事にバラエティに富んでいた。
「此処は……木? それもでっかい木ね」
ティレイラは特に何も考えることなく部屋の中央に根を張るその樹木の幹に手を添える。
そっと顔を寄せて耳をくっつければ水を吸い上げる音が聞こえた。どうやらしっかりとこの空間で根付いているらしい。ティレイラは感心したように腕を組んで何度か頷く。他に何か面白いものはないかと辺りを見てみるが、残念ながらこの部屋にはもう他に目ぼしいものはなかった。
「これは何か美味しいものを実らせるような木、かしら。それとも樹液が薬の材料にでもなるのかな?」
自分なりに推測を立てて考えるが目の前の大木は葉を鳴らすだけで答えを教えてくれるわけがない。
これ以上部屋にいても仕方ないと判断したティレイラは木に背を向けて扉へと足を進めたのだが。
「え、ッ、ぇえ!? ちょ、うそ、嘘でしょ!?」
――ヒュッ……!
突然彼女の足、そして腰に絡みつくように木の枝が伸びてきた。
それは大きく輪を描くように何重にも巻きついてくる。幸いにも細い枝だったのでティレイラは咄嗟に枝を折って逃げ出そうと枝に手を引っ掛け力を込めた。
パキン、と枝が折れる音がして圧迫が無くなっていく。
何度も同じように枝を折るが後から後から木は枝を伸ばすので中々その場から逃げられない。
「いやぁーん、こいつしつこいっ……!!」
いい加減頭にきたティレイラはどうしてやろうか思案する。そしてまた一本枝を折ろうとすれば不意にとろりとした感触に気付く。
「え……、な、何これぇええ!!!」
一瞬にして血の気が引いたティレイラは改めて自分の状態を眺め、そして背後で悠々と枝をしならせている大木を睨むように見つめた。
今まで折った枝からは琥珀色の樹液が零れ、彼女の服を汚していく。しかも非常に粘着性があるものだから堪ったものじゃない。枝から溢れ出した樹液は次第に足も手も包み込み、やがてティレイラは身動きが取れない状態へと陥った。
加えてべたべたと肌に纏わり付くものだから気持ち悪くて仕方がない。
抵抗出来ずにいると顔にまで樹液を浴びせられ始めたのでティレイラは再び頭に血を登らせる。
「ん、っぷ、苦っ……こ、こんなの……も、燃やしてやるっ! 燃やしてやるんだからぁ!」
持ち前の魔法で樹液を燃やし脱出を試みようと彼女は魔力を集め始める。
だがそれを待ち望んでいたかのように琥珀色の樹液が一瞬不気味に光ったかと思うと、彼女は自身が収集したばかりの魔力を全て奪われてしまった。
樹液はまるでそれ自体に意思があるかのように丁寧にティレイラの身体をコーティングし、やがては沈黙するように鉱物の様に硬質化し始める。それが魔力を吸収した結果だというのは容易に推測出来た。
(……ま、また……またなの……!?)
気付いた時には遅すぎる。
不気味に輝いていた樹液が光を収める頃には琥珀色の可愛らしい像が出来上がっていた。
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「ん? 何か聞こえたな……。なんだ、何かトラブルでも起こったのか?」
丁度隣の部屋で一人寛いでいたシリューナは手に持っていたカップをソーサーの上に置き、イスから立ち上がる。
女性らしい曲線美を描く脚を動かして音が聞こえた方向――扉が開かれたままの隣の部屋を覗く。するとそこにあったのは怪しげに動きながら今も尚樹液をぽたぽたと零して蠢く大木の姿だった。
その手前には逃げ出そうと足掻いたまま固まってしまったティレイラの姿がある。
一目見て大体何がこの部屋で起こったのか想像がついたシリューナは額に手を当て、ふぅ……と呆れた息を吐く。彼女はかつかつとヒールを鳴らしながら中央に聳え立つ大木へと近付き、ティレイラ同様幹に手を添えた。
「悪いが、大人しく処分されてくれ」
次の瞬間、木の幹が勢いよく膨張し破裂する。
弾け飛んだ木の枝達がシリューナと固まってしまったティレイラの上に降り注ぐが、素早く張り巡らされた障壁がそれを弾いた。轟音が収まり、後に残ったのは株と散った枝、それから樹液だけ。それも丁寧に焼き払うと、シリューナは衝撃の際転げてしまったティレイラを優しく起こした。
「ふふ、お前は本当に私を楽しませてくれるな。退屈しなくていいぞ」
樹液に纏わりつかれたことによる嫌悪からか、激しく眉間に皺を寄せて嫌そうな顔つきをしているティレイラの頬を指先で撫でる。
爪とぶつかってカツ、と鳴ったその肌の固さに思わず唇を持ち上げた。
今回の元凶である大木は本当に偶然の産物で出来たものだ。それゆえに、硬化してしまったティレイラを元に戻すには多少手間が必要である。魔力を吸収してしまうなら尚更の事だ。
偶然の産物が連鎖して思いも寄らない『偶然の産物』を産む。
シリューナはティレイラの像を眺めながら、思いがけず降って来た奇跡に心から楽しみを見出すことにした。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【3785 / シリューナ・リュクテイア / 女 / 212歳 / 魔法薬屋】
【3733 / ファルス・ティレイラ / 女 / 15歳 / フリーター(なんでも屋)】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、お久しぶりです!
今回は樹液ということでこんな感じに仕上げてみました。樹液+女の子でしたので琥珀の化石を思い出しながらほのぼの書かせて頂きました、いかがでしょうか?
少しでもティレイラ様の慌てぶりとシリューナ様の幸せが伝わることを祈りますv
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