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<東京怪談・PCゲームノベル>


INNOCENCE // 追憶35

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 OPENING

 イノセンス本部、与えられた自室にて。
 ソファにマッタリと腰掛け、うとうと、うとうと……。
 昨晩、翻訳の仕事を一気に片付けたのが堪えているようだ。
 ちょっと無茶しちゃったかなぁ。
 でも、働かなくちゃ食べていけないもの。
 食いっぱぐれるのだけは、嫌だもの。
 大胆な贅沢をしたいとか、そういうことは思わない。
 質素で良いの。ごく普通の生活が出来れば。
 時々、思い切って奮発して。その瞬間を楽しめれば。
 そう、質素で良いの。ごく普通の生活が出来れば。
 その気持ちは、今も変わっていないわ。
 
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 自宅のポストに入っていた、妙なチラシ。
 見やってみれば、そこには『興信所』の情報。
 草間興信所、というその場所は、シュラインの自宅から歩いて五分ほどの位置にあった。
 チラシには、とても綺麗とはいえない文字で、殴り書きのように宣伝が書かれている。
 何でも調査します、どんなことでもご相談下さい。
 たった一文。とてもシンプルな誘い文句。
 その言葉の下には、電話番号と代表者の名前。
 そのまた下に、ちいさな文字で、こうも書かれていた。
 アルバイト募集中―

 何故、赴いたのか。それは未だに理解っていない。
 チラシを見やって、その三十分後。
 シュラインは、地図を頼りに興信所へと赴いていた。
 ひっそりと佇む、質素な外観。
 看板は、少し斜めっているような気がした。
 人が住んでいるのかどうかも怪しい興信所。
 どうして、こんなところに来ちゃったのかしら。
 何か……ちょっと不気味な感じもするのよね、ここ。
 どうしよう。来てはみたものの、実際とくに用事はなかったりするのよね。
 ただ何となく。そう、何となくフラッと来ちゃったっていうか……。
 引き返そうか、どうしようかとウロウロしていたときだ。
 ガチャ―
(あっ……)
 興信所の扉が開き、ゴミ袋を両手に持った男が出てきた。
 まず一番に思ったことは、何て酷い寝癖……これだった。
 寝起きなのだろう。男は眠そうに大欠伸をしつつ、ゴミ袋を引きずるようにして持っていく。
 どこへ行くのかと思いきや。彼は、まっすぐにゴミステーションへと向かっている。
 えぇと……ゴミ捨て御苦労さまです。あの……でもですね。
「あの、すみません……」
「むぁ〜?」
 欠伸をしながら振り返った男。
 シュラインは苦笑しながら言った。
「時間が……」
「あ? 時間?」
「もう十一時なので……」
「え」
 目を丸くした男に苦笑し、シュラインは腕時計を見せた。
 確かに。現在時刻は午前十一時を五分ほど回ったところだ。
 ゴミは午前八時半までに出さねばならない。明らかなルール違反である。
「マジかよ……。時計止まってるとか、どんだけベタな……」
 ガサゴソとゴミ袋を持ち、のっそのっそと引き返していく男。
 猫背で歩く男は、クルリと振り返って尋ねた。
「で? あんたは何? うちに用か? ……って、あ」
 シュラインが持っているチラシに目を留めた男。
 寝起きでボーッとしている頭をフル回転させて、彼は一つの結論に至った。
「アルバイトか。いやぁ、助かるよ。困っててなぁ」
「え? いえ、あの」
「とりあえず中入れ。説明すっから」
「え? あの、ちょ……」
 グイグイと背中を押され、半ば強引に興信所へと押し込まれてしまった。

 所内に入り、思わずシュラインは「うっ」と顔をしかめる。
 何だこれは。何だここは。まるでゴミ屋敷ではないか。
 所内は、足の踏み場もない程に散らかっていた。
 書類や紙くず、インスタント食品の空箱……。
 いったいどうすれば、ここまで散らかすことが出来るのか。
 シュラインは、あまりの汚さに呆然と立ち竦した。
 そんな彼女の背中を押し、男はリビングへと案内する。
 とはいえ、リビングなのかどうなのか、かなり微妙なところだ。
 ストンとソファに腰を下ろし、躊躇いがちに目を泳がせるシュライン。
 男は、煙草に火を点けながら、隣に腰を下ろした。
(!)
 ビクリと肩を揺らすと同時に、サササッとカニのように横移動し、距離を取るシュライン。
 男性に対する警戒心というか恐怖心というか。それが成した行動だった。
 そんな彼女の行動に首を傾げたものの、何か理由があるのだろうと判断した男は、
 それ以上近寄ることなく、距離を保ったまま話す。
 興信所でのアルバイト。雑用に近いけれど、手伝ってもらえると助かる。
 主に書類整理と電話番、掃除やら洗濯やらがメインの業務。
 家事手伝いっていうか。あれに近い感じだな。
 給料は……申し訳ないけど、この現状だ。
 あまり期待しないほうが良い。っていうか期待しないでくれ。
 サクサクと簡潔に説明していく男。
 えぇと……私、そういうつもりで来たんじゃないんですけども。
 でも、だからといって何て断ろう。
 ちょっと興味があって来ただけなんです……とか?
 これじゃあ、ひやかしそのものよね。
 いや、でも確かに、ひやかしに来たような感じなんだけれど。
 何て言葉を返そうか。そう悩んでいるうちに、妙な感覚を覚えた。
 呆れから同情、やがて使命感のようなものへと変わっていく、その感覚。
 このまま放っておいたら、この興信所はどうなってしまうのか。
 ゴミだらけのまま潰れてしまったりしたら……不憫だわ。
「で。どうする? 雇われてみるかい?」
 男は確認した。その言葉に少し考え、シュラインは返す。
「少しでも、お役に立てるのなら……」
 そうは言ってみたものの、実際は少し違った。
 ただ単に、この現状を黙って見過ごすことが出来ない。
 出来うることなら、今すぐにでも掃除したいくらいだ。
 シュラインの良い返事に、男は素直に喜んだ。
 よろしくな、と手を差し出し握手を求めた男。
 その手を取り、握手には応じるものの。
 二人の距離は、そのまま。三十五センチの隙間。
 この日から、シュラインは草間興信所の手伝いをするようになった。
 誰もが(といっても、この時は一人しかいなかったが)目を見張る働きっぷり。
 男は心から満足した。優秀なのを雇えたものだ、と。
 毎日決まった時間に興信所へ赴き、家事や掃除をこなす。
 それが終われば、すぐさま自宅へと戻り。その繰り返し。
 何度も何度も、毎日顔を合わせる中、二人はゆっくりと打ち解けていった。
 けれど、三十五センチの隙間が埋まるのは、まだまだ先の話で……。

 *

「おい。こら、起きろ」
「……んぅ」
「んぅ、じゃねぇよ。ほら、起きろって」
「ん〜…………」
 ぼやーっと目を開くシュライン。
 すると目の前に、武彦の顔がズズーンとドアップで。
「ふぁっ!」
 驚きガバッと身体を起こして、ぱちくりと瞬きするシュライン。
 キョロキョロと辺りを窺えば、そこは……イノセンス本部にある自室。
 いつの間にか眠ってしまったようで。
 武彦は、そんな彼女を起こして、興信所へと持ち帰ろうとしていた。
「変な夢見てただろ、お前」
「えっ。な、何か言ってた? 私……」
「ニヤニヤしてた」
「えぇぇぇ……」
 寝顔を観察するなんて、なかなか良い趣味してるじゃない。
 って、こんなこというのも今更だけど。
 ははっと笑い「さ、帰るぞ」と言って歩いていく武彦。
 その背中に少しボーッと呆け、シュラインはパタパタと後を追った。
 ニヤニヤしてたのか、私。うん、まぁ……確かに。
 懐かしい夢を見たよ。それも、すごく鮮明に。
 どうして、あんな夢を見たのかしら。わからないけど。
 何だか変な気持ち。ちょっぴり切ないっていうか。
 思い出に浸ってしまってるっていうか。
 夢って、時々こうして心を掻き乱すから、厄介よね。
 クスクス笑い、武彦の手をキュッと掴んだシュライン。
 あれから何年経っただろう。今は、あなたとこうして、手を繋いで歩いてる。
 ねぇ、覚えてる? 三十五センチが、ゼロセンチになった日のこと。
 尋ねてみたいけど……聞いたら、きっと照れちゃうね。二人揃って。

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 0086 / シュライン・エマ / ♀ / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
 NPC / 草間・武彦 / ♂ / 30歳 / INNOCENCE:エージェント(草間興信所の所長)

 シナリオ参加、ありがとうございます。
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 2008.07.27 / 櫻井 くろ (Kuro Sakurai)
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