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INNOCENCE // 甘い時間
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OPENING
きっかけは、きっと、些細なこと。
どうして、そんなことで? って首を傾げられるかもしれない。
でもね、そんなもんじゃない? 恋愛なんて。
どこが好き? だとか、そういうこと聞くのも、どうかと思うんだ。
理由なんて、ないんじゃないかなって思うんだ。
逢いたいとか、声が聞きたいとか、触れたいとか。
そう思うこと。それだけで、十分なんじゃないかって思うんだ。
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「ん〜。美味い。やっぱり、お前が淹れた珈琲は格別だな」
「…………」
褒められているというのに、ボーッとしているシュライン。
心ここにあらず、というわけはないけれど。
彼女は、武彦が持つ煙草から昇る煙を見つめていた。
「おい。どうした?」
「はっ」
ペチッと頬を叩かれて我に返る。
シュラインはクスクス笑い、ちょっと考え事してたと言った。
「何だそれ。ま〜たロクでもねぇことだろ」
「ううん。大事なことよ」
「……何?」
「武彦さんの未来に関わること」
「だから何だよ、って」
「煙草……」
「ん?」
「高くなっても吸うの?」
「あ〜……。それなぁ、参るよなぁ」
「参るってことは、吸うのね」
「止めろってか。今更」
「ふふ。そうだけど。お財布に痛いわよ?」
「だよなぁ。参るよなぁ」
なぁんて。煙草のこともあるけど、考えてたのはそれじゃないの。
何だかね、この間、懐かしい夢を見てから、感慨深くなっちゃってるみたいで。
不思議よね。こうして一緒にいるのに、何だか切なくなるの。
う〜ん。ちょっと待って。違うかも。切ないっていうか、何ていうか。
幸せだなって思うからこそ、不安になってるっていうか。
こんなこと言ったら、あなたは笑うんでしょうけど。
いつまでも一緒に。仲良くありたい。そうは思うの。
でもね、何かの拍子に、それが壊れてしまったら。
そう考えると、怖くて悲しくて、不安で堪らなくなるの。
不安にさせる要素なんて、一つもないのよ。
あなたは、いつだって優しくて温かくて。
どこにも一つも、不満なんてないわ。
こうやって一人勝手に切なくなっちゃうのは、私の仕様っていうか。
未だに『失う』ことに対する恐怖心があるのかな。
俯き、目を伏せて淡く微笑むシュラインを見て、武彦は苦笑した。
何だかな。ほんと、お前はわかりやすいよなぁ。
隠し事が出来ないっていうか。丸見えっていうか。
でも、誰の前でも、そうだってことはないんだよな。
お前がそういう顔するのは、一人でいる時か、俺といる時だけだ。
それだけ、お前の中で俺が特別な存在になってるってことなんだろうけど。
正直、微妙なところだよな。もどかしいっつうか何つうか。
抱え込む、一種の妄想壁?
まぁ、それもお前を作る一つの要素なわけだから。
そこが嫌だとか、そういうことは思わないけど。
あんまり考え込まないで欲しいもんだな。
唐突に別れようとか言われるんじゃねぇか、って思ってたりするから。
とか言ったら、お前は、そんなこと絶対にないよ、って言うんだろうけど。
「あ、そうだ。デザート作ったの。持ってくるわね」
「おぅ。あ、珈琲おかわり」
「はいはい」
パタパタとキッチンへ向かい、冷蔵庫に保管していた手作りデザートを取り出すシュライン。
今日のおやつはパンナコッタ。今日も今日とて、見事な仕上がり。
みんなの分も作ってあるけど。おやつの時間は、まだ少し先だから。
一足先に、食べてしまいしょ。みんなが揃ったら、てんやわんやしちゃうからね。
賑やかで良いんだけど、こうしてゆっくりと午後を楽しむ時間も、大好きだから。
出されたパンナコッタを食べつつ、武彦は笑う。
「なぁに。美味しくない?」
「いや。美味いよ。ちょっと思い出してた」
「何を?」
「お前の料理を初めて食った日のこと」
「ふふ。どうしてまた急に?」
「さぁ?」
何でだろうな。わかんねぇけど。ふと思い出したんだ。
お前の初手料理。あれは凄かったなぁ。
冷蔵庫にあった余りもので、あんな見事な夕飯が出てくるとは。
魔法でも使ったのかと思ったよ。そのくらいビックリした。
味もまた絶品でなぁ。あの時、しみじみと思ったもんだ。
こういう女が嫁さんになってくれたら、良いのになぁって。
それは今、現実と化してるんだけど。それもまた、すごいことだよな。
色々なことが重なり、その一つ一つに意味があって。
二人の関係を、確かに築いていった。
何気ないことかもしないけれど、それは奇跡といえる。
出会いから数年。今は、こうして向かい合って話してる。
一時は、どうにもならないんじゃないかって思った距離も、
今は、これでもかってほどに縮まっていて。
でも、かといって年中ベタベタしてるわけでもなく。
互いに求め合った時だけ身を寄せて。
そうじゃないときは、心地よい距離を保ったまま。
誰にも真似できない、二人だけの関係。
不安になったり、唐突に怖くなったり。
それもまた、想い惹かれあっているからこそで。
「…………」
「…………」
シュラインと武彦の視線が、バチリと交わった。
揃ってクスクス笑う二人。
武彦はシュラインの腕を引き、躊躇うことなく耳に口付けた。
耳元で囁いた愛の言葉は、偽りなき本音。
どうしてかな。こうして、急に言いたくなるときがあるんだ。
別に言わなくても。今更言わなくてもわかってるよって言われるかもしれないけど。
口にしないと、吐き出さないと、ウズウズするっていうか。
何か、爆発してしまいそうになるっていうか。
わかんねぇよな、こんな言い方じゃ。
クックッと笑って言う武彦の頬に触れ、シュラインは優しく微笑んだ。
わかりますよ。十分に。私も、同じ気持ちだから。
*
「っくく。入り難いねぇ、これは」
「ラブラブですね……」
「羨ましいわねぇ」
「ぱんなこったー……。俺も早く食いたい〜……」
おやつの時間ということで、レストランに人が集まってきている。
けれど入れない。シュラインと武彦が放つ甘いオーラに遮られて。
藤二も千華も、海斗も梨乃も。皆、その雰囲気に負けてしまっている。
皆に見られていることに、二人は気付いて……いないようだ。
二人がハッと我に返り、揃って照れ笑いを浮かべるのは、あと五分後の御話。
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0086 / シュライン・エマ / ♀ / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
NPC / 草間・武彦 / ♂ / 30歳 / INNOCENCE:エージェント(草間興信所の所長)
シナリオ参加、ありがとうございます。
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2008.07.27 / 櫻井 くろ (Kuro Sakurai)
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