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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


【東京衛生博覧会 前編】



長く美しい黒髪が、真っ赤な血溜まりとなっている床に散らばり、たゆたっていた。
裸の背中をぺたりと強化硝子に預け、黄色い陰険な眼差しを虚ろに彷徨わせている姿は、哀れよりも怖気を誘う。 k
杭が打たれた胸からはトロトロトロと細い筋となって血液が流れ出る。

血の気をなくした唇を、薄く開いたまま浅い呼吸を繰り返す。
黒須誠は、下半身が大蛇という、本性を晒したまま強化硝子の檻の中で生死の縁を彷徨っていた。

心臓に、 杭が刺されている。

黒須は日没後、瀕死時に本性に変身するという一時的「不死」に目をつけられ、死の縁に縫いとめられたまま放置されつづけていた。

「蛇ちゃん、辛そうでしゅねぇ?」

ねっとりとした、鼓膜を蛞蝓が這うような口調。
強化硝子で出来たケースに閉じ込められた黒須の前に立つ男は、その出自も、経歴も、本名すら誰も知らず、ただ「Dr」とだけ周囲の人間に呼ばれていた。

キメラ開発の第一人者。
人間と動物の融合生物を生み出す禁忌の研究に手を染めた、マッドサイエンスト。

「うひっ、ほらご覧よぅ、狐ちゃん。 ほらね、あんな状態でも生きてる」
男がそう言う相手は、まさに狐。
Drの隣に立つ背の高い美女の耳は銀色の狐の耳に改造され、小さな形のいいお尻の尾てい骨からはふさふさとした狐の尻尾が揺らいでいる。

キメラ。
K麒麟が独自の技術として開発した、獣と人を無理矢理融合させた、歪な生き物。
女は身体をくねらせ、自分よりも頭二つ分ほども背の低いDrの腕に無理矢理絡まると、ちらりと黒須に嫌悪と侮蔑の入り混じった視線を寄越してくる。
「ずっとお薬で体を夜の状態のまま留めているから、夜行性の蛇ちゃんは眠れなくてお疲れでちょ? 大丈夫でしゅよぉ? 明日には、蛇ちゃんの新しいご主人様を見つけてあげましゅからねぇ?」

Drの言葉に億劫げに視線を上げれば、益々嬉しげに笑い「優しい飼い主さんに当たればきっと一思いに楽にしてくれましゅ」と事もなげな調子で言う。

「蛇ちゃんは、とっても醜い生き物でしゅから愛玩動物にするには適しましぇんが、その髪と皮だけは、上等でしゅ。 きっと、良い『材料』になりましゅよ。 鱗なんか、バッグにしても、良さそうでしゅねぇ」
うっとりとした目で眺められ、背筋に冷たい汗が浮かんだ。

ここは東京新名所、青山に新設された超高層ビル「メサイア」の倉庫内。
このビルの最上階フロア。 普段は、セレブリティがエグゼクティブな時を楽しむ為に利用する高級スカイラウンジとして名を知られた「背徳」にて、明日不届き極まりない催しが企画されていた。
まさに、背徳という名の会場で行われるに相応しい、新興の中国マフィアK麒麟主催「人身」のオークション、「K花市」。
「K花市」では、研究の産物である「キメラ」や、K麒麟が世界中から攫ってきた「人以外の知的種族」が、 年一回開催される「K花市」にてオークションに掛けられて、余り趣味の宜しくない金持ち連中に、法外な価格にて、 不埒な目的で買われていた。

「まぁ、あの一つ目の『化け物のガキ』のように何か特技でも持っていれば、使い道もありましたが、 無芸で、研究材料としても扱い難い蛇ちゃんは、組織で飼うにしても、厄介なだけでしゅからねぇ、明日、他のキメラ達と一緒に売り飛ばしてあげましゅ」
そう言いながらペタリと硝子に手を這わせ、まじまじと黒須を覗くDrの異様に大きな目玉を見返して、黒須は凶暴な眼差しでDrを睨み返した。
Drは首を傾げ、それから笑う。
にっと唇を裂き、Drは唄うように言った。
「どっかに欲しいという買い手がいたのか、何かに使うつもりだったか知らないけど、命がけでポンコツ攫って、すぐに壊れちゃった上、こんな風に自分が捕まって…本当に蛇ちゃんは、お馬鹿さんだなぁ…。 大体、あのガキは僕が散々手術による延命処置と、劇薬の投与をし続けていて、そもそも限界だったんでしゅ。 あとは、肉食キメラの餌にでも…」
「黙れよ」
ふいに黒須は口を開いた。
平静な、全くもって平らな声だったので、Drは少し驚いたように固まって、黒須を見返す。
「どうせ、薬や、後ろ盾がなきゃ、誰ともまともに口すら利けねぇような分際で、おこがましくもべらべら人の言葉を語るんじゃねぇよ。 耳が腐らぁ」
黒須はツイと唇を片端だけ上げて皮肉な笑みを見せ、下から掬い上げるように陰惨な視線でDrを睨みつけると「気持ち悪ぃよ。 あんた、吐き気がする」と言ってのけた。
異形の不気味な生き物に、「気持ち悪い」と罵倒されDrは無表情のままヒクヒクヒクッと数度痙攣する。
「狐ちゃん…」
軋む声でDrが女を呼んだ。
「…僕の…靴が…汚れてるみたいでしゅ」
そう口にした瞬間、躊躇うそぶりもなく女は跪き、Drの革靴に舌を這わせる。
舌先で、無心になったようにDrの靴を「磨く」女の姿に、黒須が眉を顰め、視線を逸らすのを凝視しながら、錆付いた声で「ね? よく、躾てあるでしょ?」とDrは囁き、その懐から禍々しく黒光りする銃を一丁取り出した。

「すぐに、蛇ちゃんも、こうなるように、躾てあげる」

Drが黒須を見つめたまま引き金を引く。
鼓膜を凶悪に揺さぶる銃声。

「っ!」
制止の声すら間に合わなかった。
女のふくらはぎが撃ち抜かれ、悲鳴をあげながら顔を上げた額に、躊躇いなく、視線も向けず、Drは2発目の弾丸で穴を穿つ。
美しい顔を強張らせたまま倒れる女に、Drは「黒須を見据えたまま」何発も弾丸を撃ち込む。

そのヒステリックな有様、そして音に黒須は知らず目を固く閉じ、耳を両手で塞いで身体を折り曲げていた。
銃声が止み、それでもカチカチカチッと狂ったように引き金を引く音が暫らく続き、それから完全な無音になった。
黒須の微かに荒い息の音のみが倉庫内に響く。
どれ位じっとしていただろう?
薄っすらと目を見開けば、無残な姿と成り果てた女の姿が目に入り「あぁ…」と吐息交じりの声を零して黒須はずるずると背中を硝子に預けた。
「あぁ…」
沈痛の面持ち。 視界からDrの姿は消えていて、黒須は「畜生…」と小さく呻く。
そのまま、後頭部を「コン」と音を立てて後ろの硝子にぶつけた瞬間だった。


ドン!!!!!


硝子が強く叩かれて揺れた。
「ひあっ!!」
黒須の全身が跳ね、喉から絞り出すような悲鳴が洩れた。

「あーあ、結構狐ちゃんはお気に入りだったのに、蛇ちゃんのせいで、お肉になっちゃいました」

ドン!!!!!

「まぁ、いいでしゅ。 これで、ゲージが一つ空きました」

ドン!!!!!

「新しく人魚ちゃんも作れるようになったご褒美に、何か一つ欲しいものあげるってボスに言って貰ってたんでしゅよ。 僕、本当は明日搬入される『薔薇姫』を一匹貰うつもりでしたが、やめました」

ドン!! ドン!!!!

「蛇ちゃん。 僕の研究室にいらっしゃい。 僕が新しいご主人様になってあげましゅ」

全身をカタカタと震わせながら、黒須はそろり、そろりと視線を横に滑らせる。
ふいに、黒須の背後から硝子に手をつきべったりと壁面に横顔をつけ、目を爛々と見開きながら此方を見ているDrと目が合う。

血走った目。

悲鳴じみた声をあげそうになり、ヒクリと一度黒須は喉を震わせる。
硝子越しにDrは爪を立て、黒須の頬の辺りをカリカリカリと引っ掻いた。
分厚い硝子一枚挟んだ向こうに、黒須はこの世の地獄の淵を見る。

「舐めた口利きやがって。 生まれてきた事を後悔させてやるよ」と優しい位の穏やかな声で囁いて、

Drはそれから、唇をニイィッと裂いた。


SideA
【シュライン・エマ編】


「…もうちょっと待っててね? あとちょっとで固まるから」
冷蔵庫を覗き込んだ後、振り返りそう告げれば、「あ、おかまいなく…」と、律儀な調子で凛とした印象の美しい少女が返事をした。
「すいません、急に寄らせて貰ったのに…」
そう言う凛々しい美少女は、女子高生陰陽術師の七城曜で、最近興信所経由で請け負って貰った退魔仕事の報告を先ほどまで聞かせてくれていた所だった。
「…依頼者も、凄く感謝してるわ。 流石ってところかしら?」
今まで、一緒に事件を解決した事こそないが、その実力は伝え聞いている曜に、賞賛の声を贈れば、余程奥ゆかしい性格なのか、静かに微笑み「いえ…」とだけ短く答える。
その今時珍しい位、遠慮深い態度を好ましく思い「麦茶、お代わりいかが?」と声を掛けた時だった。
「ただいまって…あれ? …客じゃねぇのかよ」
外出から帰宅し、そうつまらなそうに言う武彦に、「随分な言い方だな。 この暑い中、仕事の報告に来てやったというのに」と曜が片眉を上げて、抗議する。
片耳を人差し指で塞ぎつつ「へぇ、へぇ…育ちが悪ぃもんで、デリカシーがなくてすいませんねぇ…」と受け流しつつエマに「変わったことは?」と問うてくるので「別になぁんにも! あんまり暇だったから、水饅頭作っちゃった」とエマは笑った。
「へぇ…いいねぇ。 こんだけ暑いと、冷たいもんが欲しくなる」
武彦がそう言いつつ、ジャケットを脱ぐのを手伝ってやりながら、「でも、武彦さんの分は、折角来てくれた曜ちゃんをないがしろにしたので、ありません」と告げれば、途端に眉を下げて「マジで?」と、情けない顔を見せる。
「…んふふ、ごめんなさいは?」とエマが顔を覗きこんで言えば、うーんと顔を天井に向け、それから曜に向かって「悪かった」と詫びる武彦に「上出来、上出来」と頷くと「もう、そろそろ冷えたかな〜♪」と鼻歌交じりに、エマは冷蔵庫をチェックしに向かった。
「お、そろそろ良いかも!」と状態をチェックし「ねぇ、どの位食べられる?」と、問い掛けつつ応接間に顔を出せば、何だか、曜がエマを意味ありげな笑みを浮かべながら眺めてくる。
「ん? なぁに?」
首を傾げて見せれば「いや、羨ましいなと思って」と曜が言い、しみじみとした調子で「本当に、仲良いですよね」と言葉を続けた。
キョトンとした後、目を数回パチパチと瞬かせ、それから自分と武彦の事を言っているのだと思い至り、「うーむ…」と唸る。
子供の物言いに照れてみせるのもなんだしなぁ…と思いつつ振り返れば、思いっきり顔を赤くして、「大人をからかうな!」と喚く武彦が目に入り、「ぷふっ」と思わず噴出すと、「ありがと」とエマは大人の余裕で曜に礼を言っておいた。
「で? 水饅頭はどれ位食べ…られ……?」
そう再度質問をしかけたエマは、曜が座っているソファーの後ろに、忽然と現れた、信じられない者の姿を見つけて硬直した。

「…道化師…さん?」

千年王宮で一度合間見えた事がある、奇態な言動をするその男を、何故こんな場所で見るのか、そもそも、いつ、この興信所内に現れたのか想像も付かず、エマの様子に振り返った曜達も、その男の姿に目を見開いたまま息を呑んでいた。

「ハロー? ハロー? ハロー? ご機嫌はいかが?」

ひらひらと片手を挙げてそう言う道化師に、曜が跳ね起きるようにしてソファーから立ち上がり、武彦が慌てた様子でエマの傍に走りよって自分の傍に引き寄せた。
「っ! あ、ごめんなさい! ちょ、ちょっと待って、ちょっと待って!」と言いつつ、「知り合いなの!」と道化師を指差せば、「「知り合い?」」と2人異口同音で疑問符を口にする。

「千年王宮関係」と武彦に素早く囁き、「…どうしたの? 何か緊急事態?」と道化に問い掛ける。

あのお城の住人が、まさかこんな所に来るなんてと、不安に思えば、案の定「とっても、とっても、とってもね」とふざけたような声で返されて、エマは猛烈な胸騒ぎを覚えた。
「ジャバウォッキーが攫われて、ベイブは発狂寸前に。 チェシャ猫が反乱を起こし王宮の崩壊の危機! ベイブがぶっ壊れて、支配権が完全にチェシャ猫に移ったら、彼女が引き起こす混沌は、この世界にも多大な影響を与えてしまう! つまり、ちょっとした世界の危機が訪れっちまってるというわけ」と言う道化師の言葉に、エマは純粋に驚き、「それって、凄いやばいじゃない?!」と悲鳴じみた声を上げる。

「…人数がいるの?」
「それなりに」
「黒須さんは、どこに捕まってるの?」
「メサイアビル」
「どうして?! 誰が!」
「K麒麟の連中の差し金さ」

道化師が両手を広げてそう言い、それから「あんたの力が必要だ」と告げるに至って、エマは素早く、出かける準備を始めていた。

前にチーコという、異種族の子供のボディーガードの仕事をした際に、彼女を故郷の島から無理矢理日本へ連れてきた組織であるK麒麟の幹部Drが、黒須を気にしている様子だった事には引っ掛かりは覚えていたのだ。
だが、異界の住人である黒須が幾ら目を付けられようとも、そうそう、報復にあう事もあるまいなどと考えたのが甘かったのか…。
興信所にも、何の手出しもしてこないし、すっかり安心しきっていた矢先にこの知らせだ。

ベイブは随分と黒須と竜子の存在に依存しているようだった。
ベイブの精神状態が不安定になれば、城の状態も不安定になる事は知っていたし、そんな状態で城の住人に反乱を起こされたら堪ったものじゃないだろう。

今まで関わってきた経緯もあるし、助けを求められている以上、見捨てておくわけには行かない。

「…私は、黒須さんを助けに行くわ。 メサイアの内部情報なら、手に入るツテに心当たりがある」
エマがそう言えば、曜が立ち上がり「K麒麟の名を聞いたからには、捨て置けない。 仔細を聞かせて貰えないか?」と、道化師に声を掛けた。
「手伝ってくれんのかい?」と聞き返され、曜は逡巡した後、慎重な声で「…いや、話を聞くまでは返答は出来ん」と答える。

確かに、いきなり現れた道化師に、千年王宮だの、なんだの、意味の分からない話をされて、それで協力するなどと、即座に言えるはずもないだろう。
それでも、こうして声を上げたのは、K麒麟に何か思うところが余程あるのか。

「…だが、K麒麟は余り良い噂を聞かない組織だ。 その上、先程までの会話から察する限りじゃ、人攫いが行われたようだし、話によっては協力は惜しまん」と曜が言えば「人攫いっつうか、蛇攫いいだけどね」と言い、「あひゃひゃ」と道化師は笑い声をあげると、じろじろ曜を眺めて「お嬢さんには、女王を助けにいって貰った方が良さそうだ」と呟く。
「女王…竜子ちゃん?! 竜子ちゃんも、こっちにいるの?」とエマが問えば、「ああ」と頷いて、それから曜に向かって「まぁ、こちらも詳しい話は女王に直接聞いてもらうとしよう。 ちょっとばかり、急いでいるもんでね。 青山のメサイアビルの周辺にピンクのジャージ姿の、弱りきった金髪の小汚い女がいる筈だ。 名前は竜子。 彼女の手助けをしてくれれば、K麒麟に自ずと辿り着くようになっている。 とりあえず、話だけでも聞いてやってくれよ」と言いウィンクをした。
「…分かった。 メサイアビルの付近だな?」
曜は頷き、興信所の出口に向かいかける。
「でも…今、お城の状態も、凄く不安定なのよね? その、大丈夫なのかしら?」とエマが問えば、道化師は溜息を一つ吐き、「確かに、王様は、限界間近。 完全に虫の息さ。 あの人が壊れちまったら、元も子もなくなっちまうしねぇ…」と彼にしては、暗めの答えた。
すると扉に手を掛けた状態で立ち止まり、「その、すまん。 話が見えないのだが…なんだ、その、千年王宮だとか言う場所の『王様』という人を元気にさせる事が出来れば、その、危機状況を先延ばしにする事が出来るのか?」と、曜が道化に聞く。
道化師は大きく頷いて「でも、あの王様を回復させるのは、中々至難の技だと思うぜ?」と答えた。

「いや…一人…心当たり…が…」

と、そこまで曜が言った所で、バン!と大きな音を立てて興信所の扉が勢い良く開けられる。
「おお! やはり、ここにおった!」
そう言いながら飛び込んできたのは、天使のように愛らしい少女。 ふわふわと裾の広がったピンク色のワンピースを着て、大きなリボンで髪をポニーテイルにした少女が「曜先輩! 今日は、燐とクレープを食べに行く約束をしておったのに、忘れたのか?!」と喚くように問い掛ける。

水無瀬燐、事務所にもちょくちょく顔を出してくれる興信所を手伝ってくれるメンバーのうちの一人だ。
どうも、燐と、曜は知り合いらしく「早う行かねば、燐の大好きなチョコバナナフレークが売り切れてしまう! あれは、是非、曜先輩にも食してもらいたい逸品なのじゃ!」と、ぐいぐいと腕を引く燐を驚いたように眺め、「これも、何かも導きか」と曜が呟いた。
燐が「導き?」と首を傾げた後、此方に視線を向け「おお! エマ! 草間! お主らもおったのか!」と明らかに、曜しか目に入ってないんだろうなぁ…というような事をのたまう。
そんな燐の肩を掴むと、曜は身を屈め視線を合わせた。
「約束を忘れていてすまなかった。 この埋め合わせは、必ずする。 だが、また、それとは別に、一つ、燐に頼みたい事があるんだ」
そう曜が言えば、大きな目をパチパチパチッと瞬かせ「頼み? 曜先輩が?」と首を傾げる。
「ああ、そうだ。 勿論嫌なら断わって欲しいし、無理強いをする気はない。 だが、燐にしか出来ない事なんだ」と曜は静かな口調で言った。
燐はその、曜の姿に魅入られるように、曜の目を凝視する。
「…と、その前に、まず、燐。 悪いんだけど、血を一滴くれないか? 酷く弱っている人がいるそうなんでね?」と言いつつ手を差し出す曜に、彼女の言う事は絶対なのか、逆らう素振りも見せず恭しく、曜の手の上に自分の掌を乗せ、彼女が細い針でチクリと指先を刺し、脱脂綿にその血液を含ませるのを、うっとりと眺める。
あの血を一体どうするつもりなのか、この時点では分からず首を傾げていると、「…ありがとう。 痛くなかった?」と、曜が問いかけ「ちっともなのじゃ」と笑い返す燐。
「いい子だ」とその頭を撫で、それから再び、燐の肩にや優しく手を置くと、「…さて、私が今からキミに頼みたい事と言うのはね? 千年王宮という場所に住んでいる王様が、チェシャ猫という敵に襲われて凄くピンチらしい。 王様は、今、体調が悪く、チェシャ猫に負けてしまいそうなんだ。 王様がやられてしまったら、その城は大変な事になってしまい、この世界にまで良くない影響を与えるんだ。 私は、王様の仲間を手助けに行こうと思う。 だから、燐は…」と、曜がそこまで言った所で、分かっているのかいないのか、なんだか夢中な様子で曜を眺めていた燐は、大きく頷き、その手を取ると、「燐は…燐は…曜先輩に、こんな風に頼られて、今、猛烈に感激しておるのじゃ! 大好きな曜先輩の頼み、燐が断わる筈なかろう! 任せておいて下され! 燐が、その千年王宮とやらに参って、邪悪なるちぇしゃ猫を討ち滅ぼして見せましょうぞ!」と、力強く宣言する。
「で! その千年王宮とやらには、如何にして向かえば良いのじゃ?」と問い掛ける燐に、道化師が近付いて、「この薬を飲んで、鏡の中に飛び込めば、たちまち千年王宮へと辿り着くよ」と言いつつ、紫色の液体が入った小瓶を見せる。
「さてはて、それでは、千年王宮に行ったことのないお嬢さんに、今の千年王宮について簡単に説明を…」と道化師が説明しかけているのに、全く気付かなかったのか。
ひったくるようにして薬を手に取り、「では、早速、千年王宮に行ってくるのじゃ!」と宣言し、あっという間に、薬を飲み干した。
そして、「曜先輩! 燐の活躍に乞うご期待なのじゃ!」と張り切った声で叫び、「アデュー!」と皆に手を振ると、事務所の玄関脇にかけてある姿見に躊躇なく飛び込む。

その瞬間燐の姿は掻き消えて、エマは呆気に取られたまま、暫く動けなかった。

一体、何だったのだろう?

突如嵐のように現れて、あっという間に消え去った、燐の様子に、エマは「え? よ、良かったの? なんか、若干、色々分かってなさそうなんだけど」と曜に問い掛けた。
「あ…いや、世界の危機だという事だし、燐の血は一滴でも摂取すれば、病や外傷、呪い等もたちどころに癒す効果があって、その王様に血を飲んで貰えれば、元気を取り戻してもらえるかと思ったんですが…」とそこまで呟き、ゆっくりと道化師に視線を向ける。
「ただ…燐と一緒に聞きたかったのだが…その…今の千年王宮の状況というのは…?」
そう曜が問えば、道化師は、真顔のまま「超ヤバイよ。 かなり危険地帯」と答え、先程までの冷静な様子は何処へやら。
曜は鏡に飛びつくと、「燐!!!! ダメだ!!!! 戻って来い!!! りぃぃぃぃん!!!」と叫んだ。
 

さて、あの後、物凄く心配そうな曜は道化師に自分の今から王宮へ燐の後を追い、連れ戻してくる!と息巻いていたが、あの鏡から王宮へと行けるようになる薬は相当貴重で、他に余裕がないらしく、散々、燐の無事を道化師に念押しした後、竜子を探しにメサイアへと向かった。

エマはエマで、鏡を持って外に出れば、白雪が黒須を救出する為に集められたメンバーが集う場所まで道案内をする等と道化師に言われ、コンパクト片手に興信所の外に出る。
武彦には一体何がどうなってるんだ?!と問われつつも、メサイアについての情報を興信所経由でも、出来るだけ集めてくれるようお願いした後、どうも、集合場所は他人様のお家らしいので曜に出す筈だった水饅頭を急遽タッパーに詰めて、風呂敷に包み抱える。
携帯で、今回のミッションに有用だと思えるものを出来るだけ用意すべく、素早く各所に連絡を入れつつ、コンパクトを眺めていると、そこにうっすらと白雪の姿が浮かび上がった。
彼女は、前に見た時よりも酷くやつれていて、エマは千年王宮の窮状をひしひしと感じつつ、彼女が血塗れの指先で指示す方向へと進む。
向こうの声は此方には届かないのか、無言のまま、指差す白雪の姿は痛ましくも、少し不気味で、なんだかホラー映画のワンシーンを見ているような気持ちになりつつ、指先を辿っていけば、四辻にて、同じように鏡を見ながら歩く男と遭遇した。

如何にも上質と言ったスーツを嫌味なく着こなし、端正な顔立ちをこちらに向けた男は、甘い微笑を浮かべ「エマさん!」と名を呼んできた。
兎月原正嗣、チーコの一件で、初めて興信所の仕事を手伝ってくれたこの男は、女心をかき乱す魅力的な声と風貌の持ち主で、今も、やけに色気のある笑みを浮かべ、エマの手の中にある鏡に目をやると、「あなたも白雪さんの案内でここまで?」と問い掛けてくる。
「ええ。 じゃあ、兎月原さんも、黒須さん救出の為に?」というエマの問い掛けに、憮然とした表情を見せると「男を助ける為に動くなんて、極めて不本意なんですけどね…」と言った後、「しかし、エマさんのように美しい人と、一緒のチームならば、俄然やる気が出てきたな」と相変わらず、嬉しいことを言ってくれて、エマは途端に表情を緩め、「私も、兎月原さんと同じチームでよかったわ」と心からの声で言った。

途中、エマが水饅頭を持ってきているのを見て、兎月原がエマお勧めの煎餅屋で煎餅を購入する等、何だか事態の割には若干呑気な寄り道等もしつつ、漸く、二人は目的地に辿り着く。

それはあるマンションの一室の前。

表札に書かれている名前を見て、エマは目を見開く。
「え? ここなの?」と鏡の中の白雪に問い掛けど、白雪は、ついと一礼をして消え果ててしまい、兎月原が「知り合いの家か?」と尋ねてくるのに、曖昧に頷いて、エマはインターフォンを押した。

ガチャとドアを開けたのは、何故か道化師。

いつの間に移動したのやら?と「道化師さん、何で此処に?!」とエマが驚きの声をあげれば「道化師?」と兎月原が首を傾げる。
そうか初対面だったなと、「あ、千年王宮に住んでる人よ。 私は、興信所で彼に言われて、ここまで来たの」と兎月原に教えた。
兎月原が多分名乗ろうとしてだろう、口を開くより早く「さぁ、まぁ、遠慮なく入って、入って」と招き入れられ、「え? ここ、あんたの家じゃないよね?」とか突っ込みたくなるような気になれど、促されるまま足を踏み入れる。
「お邪魔しまぁす」と挨拶をして玄関を上り、リビングへと道化師に案内されれば、そこには、表札に名が書いてあれども、本当かどうか疑わずにいられなかった人物がいた。
「あ」
思わずそう声に出して呟き、その人物を指差してしまう。
深い群青色した目と、ダークブロンドの髪。
端正なのに、どこか信用ならない空気を有する魔術師デリク・オーロフ。

「ネェ、道化さン? 我が家を、勝手に集合場所にするの…やめて頂けマス?」
そう告げるデリクに、「表札に書いてあるのを見ても半信半疑だったんだけど、やっぱり、ここ、デリクさんのお家なのね」と、まずエマは首を巡らせ、案外普通!な部屋の様子を見回し、それから「あ、とりあえず、これ、ごめんなさいね? 手作りなんだけど、お邪魔するからと思って…」と言いながら、水饅頭を包んだ風呂敷包みを渡す。
「今回は、夏という事で水饅頭! 保冷剤入れてきてあるから、まだ冷たいはずだし、美味しいから、是非是非」と言えば、「あ、じゃあ、俺も途中で買ってきたんですけど、これ、エマさんお勧めの煎餅屋の、醤油煎餅です」と、兎月原もデリクに手渡した。
それから、二人は数秒顔を合わせて「初めまして。 兎月原正嗣と言います」と、兎月原がなんともタイミング的には奇妙だと言わざる得ない初対面の挨拶をしている。
そうか兎月原とデリクも、今回が初対面なのかと、面白がって眺めていると、「ア、コチラこそ、初めましテ。 私、都内英語教室にて、講師をしておりマス、デリク・オーロフと申しマス。 以後、お見知りおきヲ」と、デリクも丁寧な挨拶を返した。
その後、再び数秒沈黙し、思わずといった調子で「おかしくない?」と兎月原が呟くのに、大きく頷いて「おかしいですヨネ」とデリクも答える。
確かに世間一般から鑑みても、こんな初対面は奇妙すぎる。

「大体、どうして、我が家が分ったんでス? っていうか、私の事をご存じない人が、どうして我が家ニ? エマさんだって、私の家だとは、知らずに此処まで来たようデスシ」
そう問うデリクに「えーと、私達は白雪嬢に案内されたのよ」とエマは答え、ポーチからコンパクトを取り出して見せた。
「もう、映ってないんだけどね、このコンパクトに白雪嬢が映って、ここまで道案内してくれたの」
エマがそう言えば続けて、「『映し身』は、体力を使うからね、そうそう、長時間は出来ないんだよ」と道化師は言い、エマは漸く、白雪が行って見せてくれていた術は『映し身』というのかと知った。
それから「まぁ、立ち話もなんだし、座ったらどうだい?」とデリクの家にも関わらず勝手にソファーを薦めてきた。
デリクが苦笑しつつも冷やした麦茶を硝子の器に入れて出してくれる。
道化師より、興信所でなされた話よりも、この件に関する詳しい説明を受け、自分達の役割が竜子達が「K花市」というキメラのオークションが行われている会場にて、暴れ、人目を引いている内に、黒須を、彼が現在囚われていると考えられる、メサイア内の倉庫より救出する事だと理解する。
(今回の件には、私たちの他に、曜ちゃんが向かった竜子ちゃんと一緒にオークションを滅茶苦茶にするチームと、王宮でベイブさんを守るチームがいるのね…)
そう胸中で呟いて、何とか、別チームとも巧く連携が取れたり出来ないものだろうか?と考えつつ、よく冷えた水饅頭を、口の中に放り込んで咀嚼すれば、自画自賛したくなるような出来栄えで、曜ちゃんにも是非食べて欲しかったなぁ…等と思考が他所事へとズレてしまう。
危ない組織や、敵を相手にはしてきたが、人身販売に手を染めているマフィア等という、絵に描いたような裏組織と敵対する恐ろしさは、散々、色んなところから伝え聞いていたり、自分自身肌見に感じていたりして、いざ、自分がそういう立場になると考えると、何だか余りにも現実味がないような気がしていた。

然程、向こう見ずな性格ではないのだが、どうして、こういう事に首を突っ込んでしまう立場になっているのだろう…と考えて、即座に好きになった男が悪かったと諦める。
色々自分の人生にまで思考をめぐらせていると、デリクが口を開いた。


「……で、道化さんとしては、私達に、黒須サンを救出して欲しい…と、いう事ですカ?」
デリクの言葉に、「ふん!」と鼻息で答え「まぁ、借りは、きっちり返して貰うつもりだがね」と道化師が唇を捻じ曲げて言う。

あ、この人、余程、黒須の為に動いてるのが気に入らないんだなぁと理解すれば、同じ様な心境なのか「で? なんで、俺が黒須さんを助けてやんないといけないんだ?」と兎月原が道化師に問い掛けた。
四辻で出会った時も、不満を口にしていたが、そんなに嫌なのかと、視線を向ければ「いや…まぁ、面識はあるし、話を聞いてしまった以上、救出メンバーに加わる事に異論はないが…」と、麦茶の入ったグラスを片手に言葉を濁す。
何だか、はっきりしない感じだなぁと兎月原の態度にエマが疑問を抱けば、「異論はないんだろ?」とどこか含みを持った声で道化師は言った。
「じゃあ、助けてやんなよ。 ジャバウォッキーを。 大層弱ってるみたいだぜ? 檻の中に閉じ込められてキイキイ鳴いてんじゃないのかね? 可哀想じゃないか」
道化師が身を乗り出し、兎月原の端正な顔を間近で覗きこむ。
「胸が痛むだろ?」
兎月原は道化師の顔を正面から見返すと、それはそれは恐ろしい、見るものを凍りつかせるような笑みを浮かべて、何も答えずに、首を少しだけ傾げた。
デリクとエマは顔を見合わせ、二人の間に漂う剣呑な空気に首を傾げあう。
(何か、兎月原さんは、黒須さんに、他者からは指摘されたくない思うところがあるのかしら?)
そう思っていると、兎月原と道化師の間の空気を打ち破るかのように「私は、まぁ、他に選択肢もない事ですシ…自宅を、作戦会議室にされてしまいましタシ……」と、若干嫌味たらしい声でデリクが言う。
(他に選択肢がない?)と不思議に思いっていると、デリクの嫌味に、全く堪えた様子もなく「君のように志のある者なら、必ずそう答えてくれると信じていたよ」と、道化師がしゃあしゃあと答えた。
エマは水饅頭をカプカプと食みながら「私はやるわよ? どうせ、ここまで、ずっとあの王宮の人達に関わってきたんですもの。 それに……」と、水饅頭を咥えたまま、一瞬チーコに思いを馳せ、「…今回は、関わりたいわ。 見届けたいものもあるから」と告げる。

チーコを攫ってきた組織、K麒麟。

今となっては憎いというよりも、どういう行く末を辿るのか知りたいような気持ちの方が強い。
特に個人的にはDrに対して、エマは不思議な興味を抱いていた。 彼のキメラ開発という行為は、研究者に通じる所もあり、好奇心が根底の行動に理解は出来るてしまう自分がいる。 ただ、そう、実行可能有無内容等が問題なだけだ。

つるりと綺麗な形の唇の中に水饅頭を吸い込み、はぐはぐと頬を膨らませ、エマは思案を巡らせる。

一体、恐ろしい所業を躊躇いなく行うDrとは如何なる人物なのだろうか?と。

「ブラボー! お三方の協力に心から感謝するよ!」
そう言いながらパチパチと小さく拍手し、次の瞬間、思いもかけないようなスピードで立ち上がると、「じゃ、後は頼んだよ?」とだけ告げて、スタスタスタと道化師は部屋を後にした。
その、コマ送りめいたスピードに、三人、一瞬呆然と見送ったあと、ふっと同時に我に帰り(投げっぱなし!!!)と胸中で叫ぶ。
「な、なんて無責任な…」
「物凄い豪快なジャーマンープレックスって感じの、投げ具合よね」
「幾ら、黒須サンを救出する事に対しては、然程やる気が出ないんだろうナーと察してあげようとしてモ、この投げっぱなし具合は、あんまりダ!」
そう口々に、道化師の無責任具合を責め合い、改めてエマはデリクと、兎月原の顔を眺める。
(まぁ…デリクさんが策士として優れているのは確かだし、兎月原さんも、頭の回転は早いのよね…)
そう判断しつつも、エマはこれからの事を提案する。
「ま、とりあえず、然程時間の猶予はなさそうね。 私は、興信所の情報網を利用して、見取り図や、監視カメラ位置、電気配線位置や、通気孔構造等々建設面からの情報等、分る範囲で調べてみるわ」と言えば、兎月原はスーツから携帯を取り出し、「俺が懇意にしている女性が、メサイア内にある宝飾店でオーナーをしていた筈だ。 ビル内の事なら、スタッフレベル程度には詳しいだろう。 連絡を取ってみる」と言い、ボタンをプッシュし始める。
情報収集という点においても兎月原が頼りになる事に内心喜べば、デリクも「侵入と脱出に関しテハ、私もお役に立てるかと思いマス」と片手を挙てくれる。
「空間を歪めれば、経路の確保等は、かなり安全にできるノデ…」と告げるデリクに、「確かに、この面々なら道化師が、丸投げしても大丈夫と認識するのも納得かも…」と、一人胸中で頷くと、デリクと初対面の兎月原がメールを打つ手を止め首を傾げた。
どうも、デリクの述べた「空間を歪める」という能力が理解できないらしい。

まぁ、無理もない。

エマだって、よくは分からない力なのだ。
大体、興信所に集まってくる面々の能力の中には、到底理解の及ばないようなものも多々あるし、能力者自身説明しきれないようなものもある。
されど、何とか兎月原の疑問を晴らすべく、「えーと、あの、ぐいーん!ってなって、うにょーんってなるやつよね」と、物凄く曖昧な説明をし、デリクも、それに倣って「ハイ。 ぐいーん!ってヤツです」と頷き返す。
この人、絶対説明を面倒臭がってるんだわ!とエマは確信しつつも、その気持ちが分からないでもなく、二人意味無く、「うんうんうん」と頷きあう間で、一瞬途方に暮れた表情を晒す兎月原。

まぁ、「ぐいーん」「うにょーん」で、デリクの能力について理解出来たら凄いのだが、携帯を握り締めたまま、「ぐいーん…って…」と呆れたように呻く兎月原に、「大丈夫デス。 私の、ぐいーん!にお任せアレ☆ とにかく、お二人をメサイア内に、多分、出来るだけ頑張って、無理ならゴメンネ?位の姿勢デ、無事ご案内しますカラ」と微笑んでくる。

「うわぁ、信用できない。 此処近年稀に見る、信用出来なさ。 信用できないんですけどランキング、2008年、堂々のランク1位獲得!」と、兎月原が真顔でそう並べ立てるが、「ま、大丈夫、大丈夫」と、デリクが呑気を装いつつも、呆れる程に安全第一な性格をしている事を把握しているエマは、修羅場を潜り抜けてきすぎたせいか、冷静で周到な割には、最終的には楽天的という美点を発揮し、「じゃ、私は一旦、事務所に戻って、色々用意してくるわ」と立ち上がり、兎月原も、溜息を吐きつつも「俺も、色々準備があるから…」と、言いソファーを立つ。

「そうね…今から、二時間後に、メサイア前で集合って事で良いかしら?」
エマの言葉に頷いて、何かあった時、連絡を取り合えるように、お互いに携帯ナンバーの交換だけ行うと、エマ達は、メサイア前での再会を約束し、一旦解散する事にした。



さて、事務所に急いでエマが戻ると、そこには既にバイク便にて出かけに手配した、望んだものが届けられいていた。
「えーと、見取り図OK。 時限発火装置OK。 制服…OK」
一つ一つ点検し、足りないものはないかチェックを入れるエマを眺めつつ、「ん、これが監視カメラ位置と、電気配線図、あと、通気口構造図」と武彦が集めてくれた情報資料を手渡され、「ありがとう!」と礼を述べると、エマは見取り図に赤ペンにてカメラ位置やダクト位置を書き込み始める。

新しく出来たばかりの建物なので、情報が集め難いとも思ったのだが、偶々、ビルの建設に携わった設計士が、昔、興信所の依頼者だった関係もあって見取り図はすんなり手に入った。
制服は、エマが望んだ「背徳」のフロアレディ&ボーイスタッフの衣装はそこそこマニア人気の高い品だったので、制服マニア向けのショップから購入する事が出来たし、時限発火装置は、昔随分世話してやった機械工学オタクの知り合いから譲り受けることが出来た。
赤ペンを素早く動かしながら、「…こんな情報、集めるの大変だったでしょ?」と武彦に問い掛ければ、「いや、情報屋を幾つか当れば、手に入ったが…流石に、ザルって程、内部情報が駄々漏れでもなくってな、キメラが収められている倉庫位置がどうしても分からなかった」と言いつつ、エマの座っているソファの真向かいに腰を下ろす。
「…情報屋も知らないとなると、隠し倉庫があると考えるのが妥当ね。 かなり密接なメサイア関係者じゃないと、知り得ないトップシークレットという事かしら……」と呟き眉を寄せると、「まぁ、いいわ。 何とか白雪嬢辺りと連絡を取って尋ねてみる」と武彦に言う。
だが、武彦は、余り気乗りしない表情で頷くと、「…お前、行くのか?」と、問うてきた。
「ん? まぁ…ご指名受けちゃったしね」と肩を竦め、それから「あ…お金にもならない事で、手を煩わせちゃってごめんなさい。 でも、後は、こっちで何とかするから…」とエマが詫びれば、「そーいう事じゃねぇよ」と武彦は、溜息交じりに告げた。
「…お前がさぁ…そういう性格だって分かってるから、何も言わん。 何も、言わんが…」
そう言いながら、「んー」と呻いて、頭をくしゃくしゃっと掻くと、「だぁ!」と変な声をあげつつ、今度はエマの頭もくしゃくしゃっと掻き混ぜてくる。
「ちょ! 何よ! 髪の毛滅茶苦茶になっちゃう!」と武彦の行動を阻めば、突然腕を捕まれ引き寄せられると、「あんま、俺の見てないとこで、危ない目に合うな」と困ったような表情で言われた。
エマは、一瞬の間のあと、何だか言葉にしようもない、嬉しいような、わぁわぁ!叫び回りたいような尻の落ち着かない気分になって、「うぅ…」と唸ると、コクンと子供のように頷く。
「その…どうしても…助けに行かなきゃならんのか、あいつを。 他の誰かに任せちゃいけないのか?」
武彦の問いかけに、エマはもう一度頷いて、「友達なのよ。 友達が困ってる時には、助けてあげるのが当然でしょ?」と笑えば、益々複雑な表情をして再び溜息を吐くと、「…危なくなったら、すぐ逃げて来い」とだけ言うと、エマの手を離した。
身を放す武彦を、今度はエマが追うと、「えい」とその首根っこに齧り付き、「大丈夫。 武彦さんを置いてなんて、危なっかしくて、何処にも行けないわ。 絶対無事に戻ってくるから」と呟くと、参ったというような顔をして、武彦はエマの背中に手を回した。



「これが、『メサイア』の見取図。 監視カメラの位置は、赤ペンで丸を付けといてあるわ」
エマがそう言いながら地図を広げれば、「倉庫位置は、通常倉庫の他に、もう一つ、最上階の真下に隠しフロアがあるようだ。 俺が話を聞いた相手も、特別な客からオーダーされた高価な宝石等は、入荷後は、そのフロアに保管しておくらしい。 『背徳』では、年間を通じてK麒麟のイベントを行っている訳で、キメラをイベントの際、どの場所に搬入するか不思議だったんだが、客には知らされてない窓のない階層に一時運び込むと考えれば合点がいく」と、情報屋すら知り得なかった情報を、兎月原が入手してくれていた。
白雪とどうやってコンタクトを取ればいいか考えあぐねていたので、兎月原の情報は心底ありがたく、内心喝采を上げつつ、見取り図の最上階とその下の階層の間に隠し倉庫の注釈を入れる。

メサイアビルの一階。

アメリカから初進出してきたという、ボリュームたっぷりなハンバーガーが売りのファーストフード店の机の上に地図を広げ、三人顔を突き合わせる。
エマは、小首を傾げて地図を覗き込み、デリクに侵入の為の「穴」を空けて貰って入り込むなら、どの場所がいいのかをまず考える。
確実に彼の身柄を確保し、出来るだけ攻撃を受けず、安全に脱出を果たす為には、組織の人間に気付かれぬよう、隠密行動を心がけるのが常套と言えよう。
「その、多分、この、従業員専用エレベーターから、そのフロアに行けるでしょうけど…」
「ああ、監視カメラがエレベーター内に仕掛けられているんデスネ」
「と、すると…」
そう言いながら、エマの細い指先が見取り図上を彷徨い、それからある一点を指差す。
「ここ。 この、最上階と、隠しフロアの間を通っているダクト。 ここを通れば…」
そう言いながら、ツツツと指先がダクトをなぞり、トンと、隠しフロアのある筈の箇所を指先で叩いた。
「この階に出れる。 ただ、見取り図では、この隠しフロアに何が仕掛けられているかまでは分からないし…」
「俺の知り合いに聞いても、監視カメラの位置までは把握していない…」
二人の言葉にデリクは頷いて、「つまり、この隠し倉庫フロアの情報に関しては、何もナシって訳ですカ…。 フロアに直接異空間の穴を空けて飛び込むというのは、フロアの状態を把握できない以上、論外ですし…」と顎に手を当てて思案を巡らせれば、兎月原も同じように眉を寄せ「…この通気孔への侵入口がある通路や、フロアには、軒並み監視カメラが仕掛けてあるな…」と言いながら地図を睨む。
エマは、「あああ…嫌だけど…嫌だけど、ああ、嫌だけど…」と一頻り唸り、それから「最後の手段!」と言いながら、「はい」と言いつつ、二人それぞれに紙袋を渡した。

実はエマ、この制服を広げて確かめた際に、どうしても、どうしても、どうしても許容したくないデザインである事が判明し、なんとかこれを着ずにはいられないか、必死に思考をめぐらせてもいたのである。

「ん?」
「制服! 今夜、背徳で催されるオークションの、ボーイのね」
そう言うエマに、デリクは一瞬兎月原と顔を見合わせ、「オオ!」と、頷きながら手を叩く。

「確かに、この制服を着ていれバ、侵入後は目立たずに済みマス」
「ビル内をうろついていても、不審がられないだろうしな」
兎月原とそう言い合い、「よく、こんなものヲ手に入れられましたネ」とデリクが言えば、エマは顔を顰め「役に立つかと思って、興信所の仕事で知った、マニア向けの制服専門店から手に入れたの。 一応、興信所の事務員だと、こういうツテは幾らでも出来るから…」」と沈んだ声で言う。
何故か、落ち込んでる様子のエマに兎月原が「どうしたんだ?」と問い掛けられ、エマは渋々、制服に対して自分が厭うている点を告白した。

「…スカートが…凄く短いの」と呻いて、それから項垂れる。

男性陣二人、咄嗟に何と言えば良いのか見失ったのか、瞬きを数度繰り返して、エマを凝視してきた。
「…太ももの、…半分、…までしかないの」
そう途切れ途切れに呻くエマ。
エマは普段パンツルックを好み、今も細身のタイトなジーンズを形良く穿きこなしている。
ずーんと効果音が付きそうなほど落ち込むエマに、「大丈夫デスヨ。 エマさん、スタイル良いシ、何でも似合うカラ」とデリクがフォローを入れれてくれるも、「…女は…25を越えるとね…一度ドレッサーの中を総点検するの…。 それぞれの服が、自分がまだ、着ても世間に許される服かどうかを、判断する為にね? 四捨五入して30のミニスカは、超…デッドライン…っていうか、ギリギリアウト。 アウト…ゲームセット…コールド負け…。 勿論、世の中には、セーフなミニスカのデザインも確かにあるんだけど、この制服は間違いなくアウトライン」と呻いて返事する。
「ほウ。 女性には、そういう常識があるんデスネー」なんて、デリクがそう呑気に言い、兎月原はにこりと彼女に笑いかけ、「楽しみだな。 エマさんのミニスカ姿」と、端正な顔立ちに色気のある笑みを刷いた。
「…絶対笑うわ」
恨めしげにエマが言えば、「まさか。 エマさんを、俺が?」と目を見開き、兎月原は「有り得ない。 そんな愚かな感性を持って生まれた覚えは、俺にはないです」と真顔で言い放ってくる。

一撃必殺。

流石、色 男!という台詞を、平気で言える兎月原に、その瞬間、エマはぐりん!と勢い良くデリクに顔を向け、「もうさぁ! 兎月原さんとか! 翼さんみたいな人ってさぁ! どこに行けば売ってるの?!」と結構真剣に訴える。
「必要だと思うの! 女子には! 女子には今の時代、一家に一台、兎月原さんか翼さんが必要だと思うの!! 心が折れそうな時とかに!! 貯金、全額はたく覚悟あるわよ?」
「イヤ…知りませんヨ」
「じゃあ、異次元の穴で、私をそういう世界へ連れてってよ!」
「無理ですヨ。 ていうか、私の能力を、なんだと思ってるんですカ」
「分かった! そういう異界とかないの? 兎月原さん&翼さんを売ってます!な異界! 参加するぞ? 何をおいても参加するぞ?」
「分かったって、何も分かってないじゃないデスカ。 見たことないデスヨ。 そんなピンポイントな異界、間違いなく、持て余しますヨ」
即答で、エマの望みを一刀両断!し続けられども、諦めきれず、更に言葉を重ねようとした所、突然エマの携帯が鳴った。
会話が会話だったからか、びくっと大げさな反応をしてしまった後、ちょっと恥かしく思いつつ、エマはいそいそと手を伸ばし、携帯電話を手にする。

「もしもし…」
そう応答すれば『姐さん! あたいです! 竜子です!』と反応が返され、エマは思わずその場で立ち上がった。
「…って…え? 竜子ちゃん?!」
エマの言葉に、デリクと兎月原が、体を揺らしてこちらに視線を送ってくる。
「え? 今、どこにいるの?」と聞けば『メサイアビル内のホテルです』と答えを返してくる。
「嘘? ここの、上の階にあるホテル? な、何してるの?」
目を剥くエマに、『あたい達は、今から薔薇姫になって、K花市に潜入しようとしてるとこなんです』と、竜子は返答した。
つまり、商品として潜入して、K花市を潰そうとしているのか。
どうやってオークション会場に忍び込むつもりなのかまでは知らなかったので、その意外な作戦にエマは驚き、それから不安になった。
道化師の話では、随分弱っていると聞いている。
「…分かった…けど、大丈夫なの? 怪我は? 体調は? 誰と一緒なの?」
そう矢継ぎ早に問えば、『大丈夫! 曜が、燐って奴の血を飲ませてくれたんだ。 姐さん知ってっか? 一発で、あたい復活できたんだぜ?』と問われ、そういえば、曜が燐に頼んで、脱脂綿に血液を含ませていた事を思い出す。
確か、曜は燐の血液は、どんな怪我や病気にも激的な効果を持っていると言っていた。
竜子の為にだったのか…と思いながら「うん」と一度相槌を打つ。
『んで、一緒にいるメンツは、曜と、嵐と、それから蘇鼓!』と教えてくれて、そのメンツが信頼に値するものである事を瞬時に判断すると、内心安堵の溜息をつきつつ、もう一度、「うん」と頷いた。
『んで、姐さん、ちょっと折り入って頼みがあるんですけど…』と、竜子に言われ、エマは「なぁに?」と問い掛ける。
『姐さん知ってっかな? 蘇鼓ってさぁ、歌で聞いてる奴を催眠状態に陥らせることが出来るもんで、出来ればオークションの時に、蘇鼓が人前で歌えるようにしたいんです…』
竜子の言葉に、つまり、何とか、出品されている商品の立場にある蘇鼓に、歌を歌う機会を与えてやれないだろうか?と相談してきているわけか…。
一応、内部スタッフとして会場に潜伏する以上、K麒麟側と接触する機会は大いにある。
なんとかやってやれない事はないだろうと考え「OK。 出来るだけの事はやってみる。 一応、今の蘇鼓さんの外見的特長とか教えてくれる?」とエマが請け負えば『サンキュウ! すっげぇ助かります! 蘇鼓は今、ド派手な中国服を着て、背中にこれまたド派手な色の羽を生やしてます』と答えられ、一体、どんな姿になっているのか、想像もつかずに目を白黒させる。
それから『姐さん達も、蘇鼓の歌は、耳塞いでいても、脳に直接響いちまうそうなんで、気をつけて下さい』と告げられた。
「うん、私達は、メンバー内にデリクさんがいるから、空間をゆがめてもらって、音を完全に遮断するとかが可能だと思うんだけど、そっちはどうするの?」とエマが問えば『あたいらは、その間、一時千年王宮にでも避難してようかと思ってます』となんとも大胆な事を言っている。
確かに異世界にまで逃げれば、蘇鼓の歌も届くまいとエマは考え、頷くと、「…じゃあ、その歌が始まる前でも良いわ。 事を起こす直前になったら、私の携帯に合図をくれない? あと、その、蘇鼓さんの歌が終わった後も」と竜子に乞うた。
『了解です』
竜子の返事を得ると、「…じゃあ、気をつけてね? 無理しないように」と告げ、一旦エマは電話を切る。
向こうは向こうで、ちゃんとしたメンバーが揃っている。
陰陽師としても優れた力を持つ曜に加え、チーコの件でも一緒だった責任感の強い向坂嵐や、癖は強いが能力には絶対の信頼をおける舜蘇鼓と一緒なら、こちらとしても心強い。
ただ、自分達とて、他人の事は言えぬが、かなり行き当りばったりな、危うい印象を受ける竜子の口振りに、不安を覚え、一つ溜息を吐き出すエマに「向こうの状況ハ?」とデリクが問い掛けてくる。
「…うーん…道化師さんの口振りから薄々察してたけど、今回、本当に大ピンチなのね。 何だか危うい感じがするわ。 ただ、メンバーは聞く限りじゃ、心強いメンツが揃ってるし、とにかく私達は私達の出来る事をしましょう…。 黒須さん助けださないと、竜子ちゃん達も、メサイアから脱出できないしね。 こちらのサポートとして、向こうで陽動作戦を展開してくれるらしいから、K麒麟の人達の目を引きつけてくれると思うわ」
エマの言葉に、兎月原は頷いて「じゃあ、こちらの計画を詰めてしまおう」と言い、エマは、全ての目から死角となるような、最適な侵入口を探すべく、地図を睨み付けた。



「…写メを!」
「是非、写メを草間さんニ!!」

そう口々に兎月原とデリクが言い合うのを、エマは眩暈がしそうな気分で聞きつつ「送ったらコロス!」と若干本気の声で言うっていうか、兎月原の携帯を取り上げようと躍起になる。
だが、エマは、余りにも短いスカートの裾を片手で引っ張りつつ、背の高く、体格の良い兎月原の手から携帯を奪還しようとしているせいで、少し身を屈めたままピョン、ピョンと跳ねるような、不恰好な体勢になってしまい、兎月原は、難なく携帯のボタンを押し続けていた。
タイトな光沢のある黒スカートにはサスペンダーがついていて、エマの美しい形の胸を強調していた。
白いシンプルな形のシャツは、ボタンの両サイドに縦フリルがあしらわれており、髪を纏め上げたエマのスッキリした美貌によく似合っている。
スカート丈は確かに凄く短かいが、体に張り付くエマのスタイルの良さが如実に分るようなデザインは、男からすれば「ありがとうございます」と無条件で礼を述べたくなるような光景を生み出している。
とはいえ、エマにしてみれば「切腹!」ものの恥かしさに、何故か、こんな時だけ、男の友情めいたものを発動し、「これは駄目だ! 俺達の間だけで終わらせてはいけない! 勿体無い! せめて、恋人には! 恋人には、見せてあげないと!」と言いつつ、エマが油断した隙に撮った写メを、武彦に送信すべく奮闘する兎月原に、「ばっかじゃないの! やめなさい! ほら、その写真を消しなさい!」と本気で喚く。

エマを無視して、「頑張っテ! めっちゃ頑張っテ、兎月原サン!!」と、懸命に応援しているデリク。
この、バカ男達がぁぁぁ!!と、地団駄踏みたい気持ちになれば、「っ! 送信…出来た!」と兎月原が勝利宣言した瞬間、全身を言いようもない脱力感が貫き、「終わった」とエマは壁に手を突いた。
デリクが「わァ! でかしまシタ!」と両手をあげて喜んでいる。
女から見れば、「男って…バカだなぁ…」と呆れ顔で笑うしかない光景ではあるが、男の身にすれば、「お前ら、心の友と書いて、心友!」と呼びたくなるような心遣いであり、実際、武彦は、受信したメールを見て「心の友よ!」と天を仰いだらしいが、まぁ、そんな話はどうでもいい。(ほんとにね!)
「…とにかく、とっとと行くわよ……!」
そう半眼になって呻くエマにデリクは、「わァ! どうしたんですカ? 敵地突入前に、そんなに焦燥シテ。 本番はこれからですヨ! 頑張ッテ☆」と、嘘くさい笑みを浮かべてエマを応援してくる。
エマは、結構長い付き合いである事もあり、「お…おおお…おお…何か…、何か言ってやりたいけど、この人には何言ったって、無駄って事が分ってるから、もう何も言いたくない…」と呟いて肩を落とせば、デリクは、ニコニコと笑いながら、両手の痣を行使して異空間の穴をこじ開けた。
「…じゃ、行きますカ」とデリクが言えば、「かってない程に、緊張感のない敵地侵入前の心境だわ…」とエマが呻き、兎月原は「作戦的には良いんじゃないですか?」と呑気な声で呟く。
「私もそれを狙ッテ、雰囲気作りに努めさせて頂きマシタ」と、お前、それ絶対嘘やろ?な、好い加減な事をいうデリクに、盛大な溜息を、兎月原と二人揃って吐き出した。


「…どうぞ」

にこやかに微笑みながら、しれっと客に飲み物を出す。
立ったまま、別の客と談笑していた男が、エマのその笑顔に見惚れたように口を開けた。
間抜け面を尻目にその場を立ち去り、銀色の盆を小脇に抱え、「K花市」のオークション会場を歩けば、デリクや、兎月原が同じように、ボーイに徹している姿が映る。
人混みでごった返す会場内では、新たに増えた、三人のスタッフの姿など、誰の気にも止まらないらしく、極々自然に、会場内に留まり続けていられた。
エマ達の狙いは、この会場の奥、スタッフルームに設置されている通気口の入り口だった。
ビル内の死角に、デリクが穴を空け、侵入を果たした後、エマが予め見取り図でチェックを入れた死角や、デリクが空間を歪める事によって作り出した、抜け穴等を使い、この会場にもぐりこむ事に成功した。 が、スタッフルームには、組織の人間らしい黒服の物騒な男連中がたむろしており、通気口内に人目につかずに侵入するのは、竜子達陽動班が騒ぎを起こし、会場内に皆の目を向けるように計らってくれるまでは不可能と言える。
竜子達が騒ぎを起こすまで、この会場内にて時を見計らい、騒ぎに乗じて通気口への侵入を果たそうと計画を立てていた三人ではあるが、それに加えて、もう一点、エマにとっては意外な人間が、現在会場中の視線を掻っ攫っている事に、驚きを禁じえなかった。

「1千万」

ひょいと、札を上げ、テーブルに設置されたマイクにそう告げる整った横顔を横目で眺める。
不自然なまでに真っ白な肌をした金髪の羽の生えた少女が、檻の中で両手を組み合わせ、祈るような眼差しで男を眺めていた。

魏幇禍。

千年王宮関係の出来事でも、何度か顔を合わせている男が、何故か、客人としてこの場におり、しかも、キメラ達を次々と落札していっている。
その美貌も相まって、周囲の視線が否応なしに惹き付けられていた。

一体何の目的で?と思えど、彼の実力を重々承知しているエマは、何とか、今回の案件に、彼を引っ張り込めないかと算段する。

楽しげに長い足を組みながら、ポンポンポンと大きな買い物をしている幇禍に、エマは、ワインを注いだグラスを盆に載せて近付くと、身を屈め、幇禍の机にワイングラスを置いた。
表情を変えぬまま、一緒に「助力乞う。 詳細は後で」と書いたメモを素早く手渡す。
自分達が、今、この会場に潜り込んでいる事、そして、あるミッションに従事している事を知らせたかったのである。
他の人間なら、エマを見た瞬間表情を変えてしまう危険性があるので、おいそれとこんな大胆な行動を取れやしないが、流石というべきか、幇禍はエマに、チラリと視線を送っただけで、あとは表情を変えないままグラスを手に取る。
クルリと踵を返すエマは、続いて、会場内を見渡し、そして、砂丘で目にした、派手な色の髪をした、精悍な男、K麒麟の首領、呉虎杰の姿を認めると、ゆっくりと近付いて言った。
傍にいる側近の男が、エマの接近に気付き、険しい顔をしながら「何用だ?」と問い掛けてくる。
エマは、ついと頭を下げると、「今回、出品されます薔薇姫に関しまして、呉様もご存じないと思われる有用な情報を有しておりますので、是非お知らせしたいと願い、伺わせていただきました」とエマは澱みなく述べた。
呉が少し興味を持ったように、側近に対して顎で、先を促すように示せば、「それで?」と側近が問い掛けてきて、エマは(食いついた!)と内心喜びつつ、話を続けた。
「先ほど、搬入された薔薇姫を拝見する機会に恵まれたのですが、その中に、世にも珍しい生き物を見かけまして。 背中に、極彩色の羽を生やした、中国服を着せられた薔薇姫なのですが、アレは『天界鳥』と呼ばれる、珍種の異種族にございます。 カナリアよりも美しい声で歌い、鳴く歌声は、聞くものの心を虜にすると言われており、私も、もし叶う事ならば、一度その歌声を耳にしてみたいと願っていたものでございました。 もし、呉様に、その心がございますれば、是非、その薔薇姫に、この会場で歌を歌わせてくれますれば、私の夢も叶いますし、あの薔薇姫の値段を釣り上げる役にも立つかと思いまして…」
そう告げるエマを呉が眺め、それから首を傾げつつ「…お前、どこかで会った事はなかったか?」と問い掛けてくる。
あの砂丘にて、チーコをキメラ達から守るべく奮闘していたエマの姿を覚えているのかとヒヤリとすれど、「いえ? 初めて御目文字する筈に御座います」と恭しく答えれば、「…ふん、まぁ、いい」と視線をそらし、側近に「そのような薔薇姫、手には言ったという報告は受けておらぬが?」と問い掛ける。
側近が、慌てて、携帯を取り出し、何者かと連絡を取ると、「…今、倉庫にいるスタッフに確認を取らせたのですが、確かに、この女が言っているような薔薇姫が搬入されているようです」と呉に報告した。
「…まぁ…K花市前に、良い品が手に入り、出品物が増える事は、ままある事だしな」と言いつつ、ひらりとエマに手を振る。
「…一応、考えておこう」と虎杰は告げた。
エマは一礼し、その場から立ち去りつつ、胸中にて(竜子ちゃん、私はやるだけやったわよ!)と語りかける。

その後は、大人しくフロアレディの仕事に徹していたエマの耳に、どよどよとしたざわめきが届いた。


それは、この「K花市」の目玉商品お出ましの合図だった。


色とりどりの美しい花が足元に敷き詰められた鳥篭の形をした檻の中に閉じ込められた美しい男女が会場内に運び込まれる。
それぞれ、華美な衣装で着飾り、美しく装飾されて入るが、皆目は虚ろで、意識が現実にない事を如実に悟らせる。
エマは視線を彷徨わせ、金色の髪を結われ、花をたくさん飾られ、赤いドレスを着せられた竜子の姿に軽く目を見開いた。
じっと他の「薔薇姫」達と同じく、微動だにせず佇んでいるが、血色の良い頬や、滑らかな肌、そして何より表情が、虚ろな表情を晒す者達よりも、躍動感に満ち、健康的で、華麗な色香を漂わせている。
(いつも、ああいう化粧をしてれば良いのに…)と、普段のけばけばしい姿を思い浮かべて、内心溜息。
他にも、彼女と一緒に潜入しているメンバーを探せば、黒い透かし模様の精緻なレースが施された大き目な白い立て襟のドレスシャツの上に銀色の十字架モチーフがあしらわれ、いたるところにメタルボタンが付けられているインパクトのあるデザインの、裾の長いジャケットコートを羽織り、着る人を極めて選ぶゴシックファッションを身に纏う無性めいたスレンダーな美青年に変身した嵐や、黒薔薇のモチーフを濃い黒糸で刺繍で施された和洋折衷の打ち掛けを、豪奢に重ね、美しい絹糸の如き黒髪を背中に流して、十二単を身に纏い、銀色のティアラを頭に飾っている気品ある姫君の如き姿をした曜、それに、背中が大きく開いた金糸にて龍の刺繍が大胆に施された光沢のある中国服を身に纏い、その白い背中から色鮮やかな極彩色の大きな羽が生やしている、蘇鼓の姿が目に入った。

彼らは、他の薔薇姫と比べても際立った容貌をしており、エマは、思わず見惚れてしまう。

しかし、驚くべきは蘇鼓で、人間形態とはまた別の姿を持つものも、興信所関係者には多くいる為、殊更不思議と思いはしないが、蘇鼓の黄金色の、波打つ目に眩しい程の光を放つ髪や目は、エマが知る極めて気軽で、気安い普段の姿とは全く違った迫力を有していた。

異形の生き物。
故に美しい。

金色の角が、頭部より二本生えている。
首筋や、肘より先の腕が金色の鱗で覆われていた。

金の燐粉を振りまいているかの如く、その身の周囲がほんのりと黄金色に輝いて見える。

白い肌。
赤い唇。

完璧なまでに整った顔を眺め、ふと、エマは既視感に襲われた。

この顔、ついさっき、どこかで見たような?

首を傾げていると、「皆様、お待ちかねの目玉商品『薔薇姫』にございます。 どうぞ、お近くで、『花』の状態を御覧になって下さい」という司会者の言葉を合図に、客たちが一斉に立ち上がり、薔薇姫達に近寄っていく。
エマは、人が分散した隙に、そろそろ幇禍に事態の説明を計ろうと、首を巡らせ、薔薇姫達の周りに集っている人混みへと歩み寄っている幇禍に近付き、「…ちょっと」と言いつつその腕を取る。
「エマさん、黒須さんを助けに来たのですか?」
そう問い掛けられ、事態を分かっているらしいと説明の手間が省けた事を喜んで「…あら、知ってるのなら話が早いわ」とエマは頷くと、「お願い、手伝って」と両手を合わせた。
「俺としては…愉しくなってきたとこだし、ここでオークションに参加し続けていたら、こっちに注目がきて、エマさん達にも楽させてあげられると思ってるんだけど?」と提案してくるので、そんな! ブランドショップでストレス発散するOLじゃあるまいしと呆れつつ、エマは即座に首を振り「注目なら、これから十分皆の目を引いてくれる騒動がここで起こるわ」と含みを持った声で告げる。
「竜子さん達が?」と言えば笑って頷いて「薔薇姫なんて、大人しいもんじゃないわ。 あの子達は」とエマは言った。
「達」と言ったことに引っ掛かったのか、「他にやっぱり、いるんですね? あの薔薇姫の中に、竜子さん達とチームを組んでるメンツが」と幇禍が問うてくる。
エマは頷いて、「向坂嵐君に、七城曜ちゃん。 それから…」とそこまで言って口を噤み、マジマジとエマは幇禍の顔を見る。

蘇鼓。

既視感。
先ほど感じた奇妙な感覚の正体がここにあった。


幇禍と、蘇鼓。
全く同じ顔をしてやしないか?


「どうしました? 何か付いてます?」と幇禍が口元をごしごしと擦る姿に、ハッと我に帰り、エマは青ざめながらも首を振り、「…あと舜蘇鼓さんって人も、薔薇姫メンバーよ」と掠れた声で言う。

ドッペルゲンガー…。
世の中には同じ顔を人間が三人いるというが、それにしたって、これは同一人物と言って良いほどに、同じ顔をしている。
どちらの知り合いでもあるエマが今まで気付かなかったのは身に纏う囲気が、余りに違ったからだろう。
だが、連続して顔を合わせれば流石に気付く。
されど、幇禍は、蘇鼓の事を知らないらしく、「うううん、みんな知らないなぁ。 とはいえ、頼りになるメンバーなんでしょ?」と、無邪気な程の声で聞いてきた。
エマは言葉を失いこくんと頷く。

ただの他人の空似だろうか?

知らない幇禍に、わざわざ、貴方にそっくりな薔薇姫がいるのよ?と伝える意味も見出せず、事態も、それどころじゃない状態なのも手伝って、「で、その蘇鼓さんは、歌で人心を操る能力を持っていて、もうじき、ここで歌を歌い、会場の人間を催眠状態に陥らせる手筈になってるの」とエマは話を続ける。
「え? でも、それじゃあ、竜子さん達も…」
「彼女たちは、蘇鼓さんが歌ってる間は、『千年王宮』に一時避難する。 私達は、デリクさんが作ってくれる次元の歪の中で、蘇鼓さんの歌を聴かないようにするつもりなの。 だから、幇禍さんは、私達に合流して、黒須さん助けるの手伝って頂戴。 あの人、オークションには出されずに、どうもDrの研究所行きが決定しちゃってるみたいで、時間の余裕がもうないの」
そうエマが説明すれば、幇禍は少し残念そうに頷いた。
「分かりました。 お手伝いさせていただきます」との答を得て、RPGで、強力な仲間が加入した時のような喜びを覚える。
「ありがとう。 助かる」と礼を述べれば、「いえ、礼は黒須さんから聞くんで、エマさんはいいですよ」と幇禍は嘯いて、エマは倉庫フロアに続いていると通気口があるスタッフルームの扉前まで移動した。

エマが携帯に送った合図に従い、スタッフルーム扉前に集まった面々は、小声で自己紹介を交し合う。
「えーと、魏幇禍さんって、デリクさんはお会いした事あったかしら?」
そう幇禍を指し示しながらエマが問えば「お顔は千年王宮で一度拝見した事がございマスが、お名前は今、初めて知りましタ」とデリクは答え、「デリク・オーロフと申しまス」と片手を差し出した。
幇禍は、にっこりと笑い返し「どうも! あの時は楽しかったですよねぇ」なんて呑気に返答し、「全くでス!」とデリクが笑顔で返答する。
だが、あの時の騒ぎを知っているエマからすれば「冗談じゃない!」という会話であり、「どうして、トラブルを喜ぶ人が、興信所に集まる面々には多いのかしら」と、ツキツキと頭が痛むような心地がした。
兎月原も、幇禍とは完全に初対面らしく、「初めまして、幇禍さん。 俺は、兎月原正嗣と言います。 えっと、興信所の関係の方で良かったのかな?」と問い掛けていた。
「あ…はい、初めまして。 興信所の関係っていうか、時々手伝わせて貰ったりする位なんですけど…えーと、兎月原さんも?」
「あ、はい、先日、ちょっと、興信所に依頼のあった仕事に関わらせて貰って…」
そう、会話を交わす風景は美形二人という事もあって、大変眼福な光景ではあるが、現状呑気な会話をしている状況ではない。
「…はい、えーと、簡潔に結論から述べると、今から幇禍さんは、半強制的に私達に協力してもらいます」
エマの宣言に、デリクが、動揺を一切見せず、即座に「よろしくお願いしマス」と幇禍に告げ、幇禍も「至らない点が、多々あるかもしれませんが精一杯頑張ります!」等と、多分事態を若干分ってない感じの返事をする。
兎月原が、エマに「えーと、話が早いんだか、通じてないんだか、突然メンバーが増えるっていうのは、結構重大な出来事だと思うのだが、こういう感じでいいのか?」と戸惑ったように問い掛けてくるので「まぁ、こういうメンバーだと、大体こんな感じになるから、兎月原さんも『ああ、話が早いなぁ』とだけ思ってくれてればいいわ」と、物凄く曖昧な説明をして、何だか釈然としないように首を傾げつつも、兎月原も納得してくれた。

デリクが空間を歪め、四人の周りに「空間」のカーテンを構築する。
あっという間に四人は歪の壁に囲まれて、外部からの音が一切遮断され、外の風景がぐにゃぐにゃと歪んで目に映るようになった。
この状態になれば、外からは、こちらの様子は一切見えず、ただ、何もない壁が見えているだけになるらしい。
蘇鼓の歌に備え、何もかも外界を遮断した空間をデリクは作ってくれたのが幇禍には物珍しかったのだろう。
「うわ! 面白い!」と、はしゃいだ声をあげる。
「こっちの声も、向こうには聞こえなくなるんですよね?」
デリクに問いかけ、笑顔で頷き返された幇禍は子供のような表情を見せながら、顔を四方に巡らせた。
エマの携帯がバイブ音を奏でた。
竜子がくれる、歌が終わった合図だ。
「…行くわよ」
エマの言葉に皆が頷く。
デリクが、歪めた空間を正常な状態に戻した。

その瞬間目に入った光景は、まぁ、壮絶なものだった。

「だぁああああああらあぁぁああああ!!!」

テーブルの上に仁王立ち、竜子が深紅のドレスを翻して、意味の分からない喚き声をあげながら、派手な火花を散らす武器を両手に抱えて、そこらかしこに撃ちまくってる姿が、まず目に入った。
剣戟の音や、人だかり、何処かからぶっ飛ばされている男達の姿も見える。
そこらかしこで暴動の悲鳴や、怒号が聞こえ、「派手に暴れてくれてるわねぇ」と呆れ半分、感心半分の気持ちを抱きつつ、エマは、スタッフルームに滑り込む。
外での騒ぎに、内部にいた人間全員飛び出して行ったのだろう。
目論見どおり、誰もいないスタッフルームの監視カメラを、部屋に入った瞬間、サイレンサーを掛けてあるらしい銃を両手に構え、視線さえ送らずに幇禍が撃ち抜いた。
「プシュッ」と、消音装置独特の気の抜けた音を奏でた銃を不満げに見下ろし、「この音、気合抜けて嫌いなんですよ」と言う幇禍の腕前に内心舌を巻いていると、「ぶらぼー」とデリクが拍手を送る。
「あの外の騒ぎじゃ、銃声ぐらい、誰も気にしないかもな」と兎月原が言うので「いやよ、銃声って、近くで聞くと、暫く耳使い物にならなくなっちゃうんだもの」とエマが不満を口にする。
至極冷静になってみれば、「銃」とか実物を目にする事自体、結構、一般人からすれば、稀な体験になるのだろうが、この四人が、一々、発砲とかに驚くタマな訳もなく、皆、動揺など一切見せずに、速攻で、次の作業に取り掛かった。

まず、兎月原が、椅子の上に立ち、通気口の蓋を押し上げると、腕の力で軽々と、その内部に潜り込む。
続いてデリク、幇禍と続き、最後に幇禍に手を伸ばし、引き上げるのを手伝って貰いながら、エマが通気口に潜り込むと、ずるずるずると、狭く暗い通気口内を、先頭にいる兎月原が予め用意していた細身の懐中電灯の光を頼りに、先に進み始めた。

途中、二箇所、メサイアのブレーカーと、予備電源が設置してある部屋の通気口から、内部に侵入し、自動発火装置を仕掛けておく。
いざという時、エマが持っているスイッチを入れれば、タイムラグは若干あろうが、配線を焼き切り、メサイア中の電気を落としてくれる。
脱出の際に、何かの役に立つかもしれない。

仕掛けた後、通気口に戻り先を行く面々の後を追う。
スカート姿という事もあって請け負った最後尾だが、取り残されたりすると、やはり心細いような気持ちになった。
然程、肉体派なわけでもなく、這い進み続ける事に体力的にも、気持ち的にも辟易し始めた頃、漸く、本来の目的地である、隠し倉庫の階層の通気口に辿り着いた。
順繰りに床に降り立ち、長い間狭い通路内を固まった姿勢で移動し続けてきた体をぐきぐきと伸ばした後、ふと皆の姿を眺めて思わず噴出す。
埃や、蜘蛛の巣のようなものがみなそこらかしこに引っ掛かり、まぁ、酷い有り様だとしか言いようがない。
自分も勿論同じような状態なのだろう。
四人とも、お互いの姿を眺め、くくくっと体を折り曲げ声を殺して笑いあった後、エマが「竜子ちゃん達とか、薔薇姫とかって、凄い綺麗な姿だったのに、私たちは、こんな状態なんて、割に合わないわ」とおどけた声で言う。
「確かに…あーあ、これなんて、俺、お嬢さんに見立てて貰ったスーツなのに、しこたま怒られます」と、泥遊びを母親に見つかる前の子供のような顔を幇禍はし、デリクも、「ウラが見たら、怒るでしょうネ。 みっともないっテ」と笑った。
「まぁ、いいじゃないですか。 大人になると、中々、こんなに盛大に自分を汚す機会も少ないですから」としれっとした顔で兎月原は言うのを聞いて、本当にお転婆娘にでもなった気分になり、また小さく笑うと、それから周囲を見回す。

無機質な真っ白なリノウム張りの廊下。

「黒須さんがいた倉庫は、こっちです」と先に立って歩き出す幇禍に皆が目を見開けば、「俺、今日ここに案内して貰ってるんですよ。 一応、招待客だから」と言いつつ自分で自分を指示す。
「…監視カメラの位置とか、分る?」
エマが問えば、幇禍は「おぼろげにですが…」と言いつつ、まるで日常動作を行うが如くの滑らかな動きで、廊下に設置されているカメラを、恐ろしいほどの正確さで、連続して撃ち抜き始めた。
「こっちに…三台と…向こう側に、二台。 倉庫内にも、幾つかありましたから、俺が先頭で入って、全部壊しちゃいます」
気軽に告げる幇禍にエマは快哉をあげたいような気持ちになる。 やはり多少強引にでも、彼を誘ってよかったと、自分で自分を褒めたい気持ちになった。
デリクも気軽な調子で頷いて「会場のあの騒ぎっぷりなラ、監視カメラの前に呑気に座ってる人間もいないでしょうガ、此方の様子を知られるのは厄介でス。 念には念を入れた方がいいですシネ」と言う。
「頼りにしてるわよ」とエマが幇禍の肩を叩き、兎月原も「凄い腕前だな」と感嘆するものだから、幇禍は何だか嬉しげに笑うと「あんまりおだてると、調子に乗っちゃいますよー?」なんて言いつつ、言葉通り張り切った様子で、どんどんカメラを撃ち壊し始めた。

倉庫の入り口前、本来なら指紋や角膜によるID認証を行わなければ入れないらしい内部には、デリクが空間を歪める事によって出来た穴から侵入する。
真っ暗な倉庫内に、暫く、「プシュッ、プシュッ」と例の「気が抜ける」という音が連続して聞こえる。
音が止み、続いて告げられた「あ、その壁の脇に電灯のスイッチがあったと思います」という幇禍の言葉に反応して、エマが倉庫内に灯りを灯した。

一度明滅し、照らし出された広大な倉庫の様子に息を呑む。

倉庫内には、おびたたしい数の硝子ケースや檻が存在していた。
中には漏れなくキメラや、異形の生き物が閉じ込められている。
突然付いた灯りに怯えたように檻の隅に身を寄せるキメラ達に、エマは眉を顰めた。
幾つかの檻には、プラスティック製のカードが提げられ「売却済み」の赤文字と、売却先の名前が書いてある。

「…あ…幇禍さん!」

檻の中の一人のキメラが、幇禍の姿を見止めて声を上げた。
確か、彼に落札されていた、羽の生えた少女だ。

「あの…ありがとう…ございました。 助けていただいて…!」

そう檻を掴み礼を述べる少女に微笑みかけ、「いえいえ」と答える幇禍。
皆が首を傾げれば幇禍は「いえね、事前にここに案内して貰った時に、話が通じて自由になりたそうなキメラ達に約束したんです。 競り落として、鬼丸精神病院の清掃員なり介護介助職員見りとして引き取るって。 とはいえ…」と苦笑を浮かべ、檻を見回し、「中には、生きる気力ごと失っていて、こっちの話を聞けないキメラも多かったですけどね」と言う。
蛍光灯の真っ白な光の下、兎月原が一つ一つの檻を覗き込みながら、痛ましげな表情を見せた。
幇禍の言葉通り、無気力に身を伏せたまま、こちらの存在も無視し、身じろぐ事もないキメラの姿も目立った。
「…確かに…突然攫われ、理不尽に人の身とは違う姿にされてしまえば、絶望するのも無理はない。 だけど…」
エマも頷き「…でも、このままだと、もっと辛い現実が待ってるのに」と、暗い声で言う。

顔も上げない生き物達。
不条理な現実に、全ての気力を失った残骸。

ここで、無理矢理、彼らを解放し、彼らが今、望んでない自由を与えたとて、それはただの独善に過ぎない。
生きたくない生き物は、淘汰されていくのも、また自然の摂理。
それは、エマも重々承知の事実だった

だが…。


それは、余りにも、「厳しい理屈」じゃないだろうか?
自分ならばと考える。

確かに、特技は多い。
そこそこ、役に立つ特殊な能力もある。
だが、その全て「人間」の範疇で、他の者程、強大な力を持たないエマは、キメラの側に立って、物を考えた。

つまり、自分ならば、姿形を滅茶苦茶に変えられて、武彦ですら気付かないようにされて、それでも、生きる気力を持ち続けることが出来るだろうか…?と。

まるで、エマの疑問に答えるかのように曲者の魔術師殿が、行動を開始した。

デリクの唇が笑みの形を作る。

「…ここ、防音利いてますよネ?」

デリクの言葉に、意味が分からないと言う風な表情を見せつつも、エマと幇禍が同時に頷く。


デリクは二人の仕草に満足げに頷いて、タッタッと、軽やかに歩き、倉庫の真ん中で進むと、まるで大舞台の真ん中に立つ主演俳優の如く堂々と、滑らかに動く舌先に言葉を乗せる。
圧倒的な程に、聞き入らずにいられない、稀代の名演説を。

「サテ!! さて、さてサテ! 世にモ不幸! 余りニモ悲劇! これ以上ない程ノ、理不尽に見舞われておりマス、皆々様! 大変、ご愁傷様にございまス」

両手を広げ、大音声。
まるで拡声器を通したように、倉庫内にデリクの声が響き渡る。

「人に歴史アリと申しますようニ、人の人生は千差万別。 きっト、皆々様には、それぞれが、それぞれなりの、このような事態に見舞われる経緯がおアリになる事でしょウ! ヤミ組織相手の事ですカラ、突如攫われて来た人ヤ、借金の片になんてお人。 もしかしたラ、何か弱みを握らレテ、已む無くなんてお人もいるかも知れませン。 しかし、一つ共通してイル事は、そウ、貴方方は被害者であるといウ、その事実! 人にハ、尊厳があリ、貴方方の尊厳は、現在、大いに傷付けられている、状況にあル! 大変、ご同情申し上げまス! 本当に、胸が痛いばかりダ!」

芝居がかった仕草で大げさに顔を顰め、倉庫の真ん中で大演説。
檻の中の生き物が、その声、その独特のリズム、耳元で喚きたてるようなその声に、皆一斉に、デリクを凝視する。

まるで、魔法のように。
ザッと音が聞こえる程に、同じタイミングで。

「貴方方ハ、今、虐げられていル! 物語ならバ、正義の味方ガ、あなた方を助けにきてくれるでしょウ! 罪なキ人々を救う、ヒーロー。 ただ力なく項垂れ、祈りの形に、両手を組み合わせていれバ、訪れるメシア!」

そして、デリクは、大声で笑う。
腹の底からの声で。
高らかに。

「誰が為の救世主? 救世主は誰が為ニ。 ああ、残念ながら、貴方方の救世主は、訪れはシナイ! だって、…見たコト ありますカ? そんな都合の良い 存在ヲ?」


空気が揺れた。
ゆらゆらと、温度を上げて。

「私? 違いマス。 そんなに心がけの良い存在ではナイ。 じゃあ、彼らハ? 違いまス。 彼らの主目的は、あなた方を救うコトでは、ナイ。 良いですカ? 蹲っている、方々。 私は、貴方を救いませン。 どうぞ、絶望し続けてくだサイ。 立ち上がらず、踏みしだかレ、牙を剥かズ、人間の尊厳を踏みにじられ果テ、辱めラレ、生き続けて下さイ。 貴方方を愛シテいただろう存在モ、育ててくレタ家族モ、恋人モ、友モ、何もかも、忘れ果てて下さイ! きっと、貴方方を待ち受けるのは、そういう地獄ダ! 生き地獄ダ!」

デリクが笑う。
それは、人を唆す微笑み。
騙す者の言葉。

ペテン師。
彼にぴったりな言葉がエマの頭に思い浮かんだ。
だが、ただのペテン師ではない。
騙されぬ者がおらぬ程の、大ペテン師だ、


胡散臭いのに惹き付けられる。
少なくとも、彼の言葉の力は、真実よりも力強く、今、キメラ立ちにとっては、どんな光よりも、眩い。


「…ど…うすれば……」

デリクの傍らにある、狭い檻の中に閉じ込められた、手足に鉤爪を生やされ、額に大きな角を生やされた男が震える声で呻くように問うた。

「どう…すれば良い? こんな…姿で、娘だって…妻だって、受け入れられないだろう?」

「そうよ…彼氏だって…きっと…私だって分んない。 お父さんも…お…お母さんも…こんな、化け物みたいな…姿で帰ってきたら…悲しむよ…」

透き通るような水色の肌と、鮮やかな黄緑の髪をした、水かきのある少女が両手で顔を覆って涙声で呟いた。

「誰にも、見られたくないの、こんな姿。 特に…大切な人には…。 イヤよ…、無理…。 どうしたって、生きてけない…」

赤い瞳に、白い肌、銀色の髪をして、兎の耳を生やした女が、か細い声で言う。

「皆さんモ、同じお気持ちなのですカ?」

デリクは倉庫を見回す。

「皆さん、同じ絶望の中にイル?」

デリクの顔に、ぞっとするような笑みが刻まれた。
エマの耳にデリクの幻の声が聞こえる。


It's show time!


心無い言葉を、偽りの真実を、甘やかな幻想を。


されど。

彼らの未来の為に。


「…待ってますヨ。 それでも、貴方方の帰りヲ」

デリクは言った。

「誰かガ、待っていマス。 貴方方を愛していル、人たちガ。 貴方方、だって、一人で生きてきたワケじゃないでしょウ? どんな姿になってモ、待ってくれている人がいマス。 こんな場所デ、訳も分からズ、踏みにじらレテ、これから、誰かの所有物になっテ、人並になんて、扱われない人生ヲ、貴方方が送るコトを、命を賭けてでも、止めたいと思う人がいまス」


エマはその言葉を疑う。

それは、真実ではない。

彼らを待ち受けるのは、酷い偏見の嵐かもしれない。
孤独な人生かもしれない。
誰にも受け入れられない絶望かもしれない。

甘くない現実がある。

魔術師とてそれを知って尚、彼らを唆そうとしているのだろう。

狙いは何だ?
善意からではあるまい。
そんな清らかな性格をしているようには到底見えない。
裏がある。
先の利益を見越した裏が。

だが、同時に、どうしてだろう。
エマは、デリクが大層腹を立てているようにも見えた。

キメラ達が、絶望に立ち向かわない、その姿に。


突然の不幸は、誰にでも起こりうる。
自分だってそうだ。

明日の命を、誰も保証してくれはしないだろう。
いつ、事故に会い、手足を失うかだって分からない。
人と違う姿になる事だって、これ程異常な状況でなくても起こり得る。
不幸の運命は、誰にでも降りかかる可能性があるのだ。

平等に。

それは、辛いコトだろう。
ただ、ただ、嘆き、立ち竦みたくなる気持ちも分る。
幾らでも、泣いて蹲って、喚いて、怒れば良い。
エマだってそうだ。

自分がキメラの立場になったなら、やはり一度は膝を折るのだ。
その、絶望の重さに。

でも、今はその時じゃない。

エマは興信所を通じて、たくさんの人を見てきた。
幸福な人も、不幸な人も、取り返しようのつかない悲劇だって、何度でも、何度でも。

興信所に集まる者だってそうだ。

人とは違う何かを持っている。
苦しんだ者もいるかもしれない。
受け入れ、如才なくその能力を享受し生きる者もいるだろう。
他者との差異に頓着せずに生活している者もいるかもしれない。

それでも、生きている。
皆、俯かずに。

強かで、狡猾で、エゴイスティックで、能天気で、単純で、だから、人は。

人は、多分、然程弱くないのだ。


「甘ったれてんじゃナイ!」

デリクが、震え上がるような声で怒鳴る。

「立ち上がらなけれバ! 闘わなけれバ! 誰も、貴方方を救わナイ! 貴方を救うノハ! 貴方自身でしかないのデス! 祈ったっテ、どうしようもないでショウ! 両手を組んだッテ、自由を失くす、だけでショウ! それでも、立ち上がれないと言うのナラ、私は、貴方方を見捨てマス。 サヨウナラ。 ゴキゲンヨウ。 ドウゾ、奴隷の幸せが、見つかるコトを、お祈り申し上げマス」

そう述べ、デリクが演説を終える。
自信の笑みが唇を彩っていた。
キメラ達の空気が変わっていた。

はじめは一人のキメラが、檻を揺すった。

ガチャガチャと金属質の音が倉庫に響き渡る。
そのうち、一人、二人と、檻を揺する者が増え、吼えるような怒号が入り混じり始めた。
硝子ケースの中に入っている者は、その壁を引っ掻き、獣の声で吼える者の声達が、倉庫内を揺らす。

デリクが笑う。
大声で。

エマは拍手を送りたいような気持ちになった。

嬉しかった。
訳もなく。

キメラ達が奮起した姿が、心底、嬉しかった。

言葉一つで、人は、何度でも、立ち上がれる。
惨めで、みっともなくって、どうしようもない現実にも、人は、何度だって立ち上がり、闘い続ける。

生まれてしまったのだもの。
生きていかねばしょうがない。
命がまだあるのなら、どんな状況だって、人は生きるべきだ。

生きるべきなのだ。

「行きましょウ。 自由の為ニ」

デリクの両手にある痣が光った。
デリクが目を見開けば、倉庫中の檻や、硝子ケースに、人一人が通れる程の大きさの穴が空いた。

空間を歪め作った通り穴を、キメラ達は驚きの声を上げながらも潜り抜ける。

エマから見ても大技と分かるような事をやってのけたデリクの額に汗が浮かんでいた。
そこでやっとエマは気付いた。

あれ、今回、デリクさんってば、結構本気?って。

黒須の為ではないだろう。
もっと他の誰かの為に、飄々としたこの魔術師が、見た目以上に真剣になっている姿を興味深く眺め、エマは、ふと、考える。
黒須の為に、デリクがこれ程、努力する筈がない事を。

(と…すると、ウラちゃんが関わってると見て、間違いないわね…)とエマは思案する。

(竜子ちゃん達のチームの中に、ウラちゃんの名前はなかった。 と…すると、千年王宮にウラちゃんが行っている? だから、デリクさんも、こんなに頑張ってくれてるのかしら?)
エマが思案している間に、「…お見事」と、惜しみない賞賛を幇禍がデリクに贈る。
「いえいエ、ご協力感謝いたしマス」
そんな幇禍にこりと笑いかけ、デリクが何故か幇禍に礼を述べた。
幇禍が意味が分からないと言う風に、「へ?」と首を傾げる。

「えート、皆さんに朗報でス! コチラにいる方は、幇禍さんと仰いまして、皆様の就職先を斡旋してくださるそうでス! ここを逃げ出した後の、社会復帰は中々難しいでしょうシ、是非、お世話になってみては如何でショウ!」

デリクの言葉に、歓声のようなものがあがる。
「いやぁ、彼らにも生活がありマスからネ」
シれっとそう告げるデリクと、「あ、いや、そりゃ、世話はするつもりでしたけど…」と目を瞬かせ、それから、「うーん…」と唸って「何だか、デリクさんに、うまーく、使われてる気がしないでもないですけど、そんな事ないですよね?」と、幇禍がデリクに問い掛ける。
デリクは、わざとらしく瞳をきらめかせ「何言ってるんですカ! 心外ナ! 私ハ! 心から、このキメラ達の窮状を救いたいと思ってですネ!」と訴えた。
兎月原が、「出会ったばかりなのに、どうしてだろう。 その言葉が信頼できないのは…」と言い、エマは、そろそろ真意を明かしてもらおうと、「…で、本当の狙いは何?」と至極冷静に問い掛けた。
「アハハハハ、酷いなァ、皆さン」と、デリクは軽い調子で言った後、即座に「という訳で、えーと、スイマセーン、はい、こっちから、コッチ側の人はデスね、はい、私の前に、ハイ、一列に並んで下さーイ!」とキメラ達に声を掛ける。

「ハイ! これからの就職先とかもですネ! 保証させては貰いましたガ! 勿論、美味しい話ばかりが続くと思ったら、大間違いダー!」
キメラ達を整列させ、そう拳を振り上げるデリクに、「え? 何、何? そのテンション。 無闇矢鱈に不安なんだけど?」と兎月原がデリクの腕を掴みつつ訴える。
「大丈夫デース! 任せて下さイ」と、大絶賛、信用ならない口調で言いつつ、「じゃあ、こちら側のキメラの方々は、えーと、今から、ちょっとパンキッシュで、リリカルで、ビビットな世界に行って貰いたいと思いまス!」と、宣言する。
その言葉で、エマは、デリクが何を目論んでいたのか思い至り、戦慄く声で「え? 千年王宮行かせる気なの?!」と問い掛けた。
「ハイ。 向こうの状況は限りなく逼迫した状況のようでスシ、キメラ化するコトで、戦闘能力が増大している方も大勢いらっしゃるように見受けられまス」と言われ、裏があろうとは思っていたが、こんな事を考えていたなんてエマは呆れる。
「…やっぱり、何か、企んでたんじゃない」と言いながら、ふと先ほどの推測が正解かどうか確かめたいと思い、「千年王宮にウラちゃんが行ってるから?」とカマを掛けてみれば、「アれ? ご存知なんですカ?」と笑顔で答えた。
曲者のデリクにかけたカマが、あっさり成功した頃を内心喜びつつ、「…デリクさんが、こんなに解決の為に頑張ってくれてるのって珍しいし、相手が黒須さんで、やる気なんて出さないでしょ?」と言えば、「流石、エマさン」と褒めて貰える。
エマは「はふっ…」と、わざとらしくも大きく息を吐き出して「どんだけ…一筋縄ではいかない人なのよ…」と呆れて見せた。
「でも…私も向こうの様子、心配だし、これは、凄く良い案だと思うわ」
そうエマは言いつつ、「それに、真意がどこにあったにせよ、さっきの演説、私は好きよ」と言って笑い掛ける。

キメラ達を絶望の淵から救ったのは、間違いなく魔術師の言葉だ。

「何か、私が言いたかった、もやもやっとしてた事を言葉にしてくれた気がする。 ありがとう。 すっきりしたわ。 デリクさん…結構本気だったでしょ?」
上目遣いに、悪戯っぽくエマが問い掛えば、デリクははぐらかすように笑って「サテ、どうでショウ?」と返答する。

あの言葉の熱は、確かに、一片とはいえ本心の入り混じった熱さだったとエマは確信しつつ、「でも、やっぱり、そう簡単にはキメラさん達も切り替えが巧くいかないみたいね」と、不安そうな表情を見せるキメラ達を見回す。

まぁ、無理もない。
今から、別の世界に行って欲しい等と告げられて、不安にならない者の方が少ないだろう。
兎月原が、その様子を見かねてだろう。
大声を張り上げた。

「頼む! これが、最後だ! もう、多分、今までに見たことのない状況とか、辛い目にとかあって、色々信用できなかったり、気持ちが追いついてかないかもしれないけど、とりあえず俺達を信じて欲しい!」
そう兎月原が深く、甘い、色気のある声で真摯に訴えれば、まず、女性のキメラ達が、ほわんと顔を赤らめ、小さく頷く。
エマも、「引き換え条件にするわけじゃないけど、戻ってきてからの、貴方達の生活は、貴方達がやる気さえあれば、保証されているわ!」と、そこまで言って「ってことで良いのよね?」と幇禍に確認を取る。
まぁ、言ったもん勝ちって事で、キメラ達に宣言した後に、確認を取るのも卑怯なのだろうが、彼が苦笑を浮かべつつも頷けば、「なので、就職活動と思って、ちょっとばかり、変な世界に行って貰うけど、絶対に帰ってこれるのは約束するし、どうか向こうにいる三人の女の子達…まぁ、一人は男の子みたいなんだけど…とにかく、彼女達を助けて下さい!」と言い、ぺこんと頭を下げた。

デリクの事前の扇動の効果もあり、エマと兎月原の、デリクとはまた逆方向からの、真摯なアプローチに、キメラ達の気持ちが高まったのが空気で分かる。
デリクは、そんな状況を察してだろう、懐から硝子玉を取り出した。

球体の中には、黒色の渦が浮かんでいる。

その硝子玉を地面に落とし叩き割って渦を現出させると、「はい、では、一列になって、この渦の中にお入り下さイ」と遊園地のアトラクションスタッフの如き口調でデリクは言った。

つまり、あれは千年王宮への入り口か…。
デリクは、あの城へも自分自身の力で入り口を繋ぐ事が出来るのだろう。
あのガラス玉は、渦を保存し、携帯する為のものなのだろうか?
「向こうでハ既に戦闘が始まっている事ガ予想されまスガ、とりあえず、なんか、見た目的に悪い奴だなーッテ方を、思う存分ぶっ飛ばしてきて下サイ」
そう大雑把な説明をするデリクに呆れたような視線を向け、それから「えーっと…あの、この渦…みたいなのの向こう側が、『千年王宮』なのか?」と、兎月原が問い掛ける。
「ハイ。 あ、兎月原さんは、まだ行った事がないんですヨネ? また、今の状況が落ち着いてからでモ、是非、遊びに行ってみて下サイ。 中々楽しい所ですかラ」と気楽に言うデリクに、心の中で(や、そんな愉しい場所でもないよ)と、何度もうんざりさせられているエマは答え、先頭のキメラが渦の中に飛び込むのを躊躇しているのを見て、エマは腕時計を確かめた。
倉庫内に侵入してからかなりの時間が経過している。
これ以上、ここで手間取るわけには行かない。
「うーんと…」と一度唸り「あんまり、よくないんだろうけど、緊急事態だし」と自分に言い聞かせるように呟くと、Drの姿を思い浮かべる。

声こそ一度も聞いた事はないが、特徴的な形の喉仏をしていた。
口の大きさや、予想される舌の形を思い浮かべ、慎重に喉で声を作る。

「さぁ、キメラちゃん達! 早く行かないと、僕がまた、檻の中に閉じ込めてしまいましゅよ?」

自分の喉から出た、粘ついた、酷く胸糞の悪い声に自分自身で驚いた。
キメラ達の形態等から判断される彼自身の彼自身の嗜好性が、限りなく幼児的であり、口調が退行現象を起こしている事を予想しての喋り調子だったが、それにしたって、何て気味の悪い!と身震いする。
殆ど賭けめいた感覚で出した声ではあったが、どんぴしゃだったのだろう。
キメラ達は、驚いたのと、反射的な恐怖心の為に悲鳴めいた声をあげながら、皆が雪崩をうつように異空間へと身を投じ始める。

「あ、あなた達はいいの! あなた達は!」と残す側に分けたキメラ達も、まるで逃げるかのように渦へと身を投じようとするのを見て、エマは慌てた様子でそう言い、それから再びDrの声で「待て!」と命令した。
よっぽどきつく躾られたのか、その瞬間ぴたっと動作を止めるキメラ達。
今度は渦に向かうキメラ達までも動作を止めようとするのを、「いいから、行って、行って」と促しつつ、「ふいー」と額を拭う。
「Drの声なんて、いつの間にマスターしたんです?」
幇禍の問い掛けに、「いや、役に立つかと思って、前にDrを見た時に、喉の形を観察しておいたのよ。 まさか、こんな風に役立つとは思わなかったけどね」と肩を竦める。
実際、エマの模写を切っ掛けスムーズに向こうにキメラ達は、向こうの世界へと向かってくれた。
(キメラさん達には悪かったけれど、これで、時間が大分短縮できたかしら?)と胸中で考える。
デリクが。「まぁ、数が多いだけでも、充分に戦力になりますシ、えーと、こちら側の人達ハ、今から、ちょっと、オークションが行われていた会場にでも突入して貰っテ、竜子さん達を手伝ってきて貰いましょウ」と提案した。
その言葉に、皆が頷いてからふっと、妙に不安な気持ちにさせる沈黙が落ちる。


「あれ…あの、そういえば…黒須さん…は?」


兎月原の呟きに、その瞬間、皆の間に衝撃が走った。


わ す れ て た !


うっかり、すっきり、さっぱり、何の為に此処に潜入したのかを忘れ果てていた、エマ達。
「あ、すいません! あの、ほら、倉庫に、物凄く気持ちの悪い、不気味の具現者、周囲湿度100%強の中年下半身蛇男がいた筈なんですが、どこへ行ったか知りませんか?」
そう、幇禍がかなり酷い言い様だが、物凄い的確な表現で羽の生えた少女に問えば、「え? その人なら、確か、Drにもう、連れて行かれたような…」と答える。

遅 か っ た !

思わず皆の目が泳ぐ。
潜入したけど、ダメでしたー!という結果の場合どうすればいいのか、全然考えていなかったものだから、咄嗟にエマは、竜子をどうやって慰めようかと考え始めるって言うか、黒須、諦められるの早!!

「…えー…残念ながら、黒須さんは、もう、私達の知っている黒須さんじゃない姿にされている可能性が大です。 ああ、黒須さんよ永遠にって事で、黙祷あたりをね、皆さんで捧げられたらと思うのですが…」
そう幇禍が提案し、思わず、皆、両手を合わせかけて「駄目だろ!!」と渾身の声で、兎月原が突っ込む。
「いやいやいやいや! 後を追おうよ! なんか、もうちょっと、頑張ろうよ!」
そう兎月原が言えば、デリクと幇禍が期せずして声を揃え、同じタイミングで「「えー、なんか…めんどい…」」と答えた。
エマは、二人の言動に、色々ありとあらゆる感情を堪えるような気持ちになりつつ、うんうんと唸った後、「その気持ちは良く分かるわ。 よく分かるけど、ほら、他にもね? 黒須さん救出の為に動いてくれてたり、一応あの人がいないと拙い事になっちゃう人達もいる訳だしね?」と、子供を諌めるような口調で言うった。
本丸とも言うべきこの班が、黒須攫われちゃいました!では洒落にならない。
黒須の行方を追うべく、また作戦を立て直そうとした時だった。

微かに鼓膜を引っ掻いた不穏な音に、ハッとエマは天井を見据えると「来る!」と叫んだ。
その瞬間、兎月原が無造作なくらいの手つきで右腕を振り上げ、何かを掴み、地面に叩き付ける。


「っ!」

その瞬間、兎月原の掴んだ形の手の先に突如、失神状態に陥っている男が現われた。
目が極端に離れ、こめかみの辺りに大きく飛び出してついている。
鮮やかな黄緑色の肌をして、ダラリと垂れた細長い舌を見て、デリクが呟いた。
「…カメレオンのキメラ」
つまり、擬態能力を身につけているというわけか…。

周囲に不穏な空気が満ちる。
「あーあ、ばれちゃったみたいですねぇ…」

幇禍が、何でもない事のように言った。

エマはじっと目を閉じ、意識を耳に集中させると、再び敵の動く音を感知して、手を跳ね上げ「向こうに、二人! あっちの壁には、三人! それから、また、天井から一人!」と素早く指差す。
幇禍が、その指先の軌跡を追うように続け様に銃を撃ち放し、兎月原もエマの指差す先に向かって足を高く上げ蹴り上げると、まるで相手が見えているかのように敵を叩き落した。
キメラ達の中でも、気配に聡い者達が、牙を剥き、爪を立てて見えない敵に踊りかかっていっている。

キーと耳障りな鳴き声が聞こえ、尋常でない速さで蝙蝠の羽根を生やしたキメラが鋭い牙を剥き、壁を蹴って幇禍達に向かって急降下してきたが、
デリクが「…いただきます」と呟けば、彼の影が突如巨大化し、化け物めいた姿になると一呑みに蝙蝠型のキメラを飲み込んだ。

跳躍力の高いキメラや、翼のあるキメラ達も応戦し、異形VS異形の俄には現実とは思えないような戦闘風景が繰り広げられる。


「っ! キリがない!」

聴力で判断するに、敵の数は帯びたたしく、擬態する敵の位置を把握し、その位置をナビしていたエマは、悲鳴じみた声で喚く。
こちらもキメラの増援があるとはいえ、実戦経験は然程ない存在が多く、戦闘用ではなく、愛玩用のキメラも多く含まれる為、連携が取れずに、思うように攻撃が出来ない。
(敵の数が、多すぎる)と、そう苛立ちを感じた瞬間、パン!と一回手を打ち鳴らす音が響き渡り、敵の攻撃がピタリと止まった。
ゾワリと不穏な空気が自分の周囲を押し包んでいるのを感じながら、音のした方へ視線を向ける。

パン、パン、パンと、間の開いた拍手。

「いやぁ、しゅごい、しゅごい! 面白いものを、見せて貰いました! ねぇ、蛇ちゃん、あの子達、蛇ちゃんのお友達?」

漸く、お出まし。

白衣を着た、異様に身長の低い男が緩慢な仕草で手を叩く。

Dr。 このキメラ達の創造主。
足元には、ここまで引きづられて来たのか、べったりの血の痕を床に残してきている黒須が下半身が蛇のままの姿を晒し、ずるりと倒れ伏している。
長い髪が床に散らばっていた。
緩慢な仕草で顔を上げるも、もう声も出ないのか、唇を微かに動かしただけで、再び地に伏す。


「キメラちゃん達には、みーんな肩甲骨の下にGPS発信機を埋め込んであるんでしゅ。 何だか不穏な動きを見せているので、慌てて様子を見にくれば…よくも…やってくれましたねぇ…という所でしゅか? オークションは滅茶苦茶、その上、この悪い子ちゃん達も、逃がしちゃうつもりでしゅか?」

Drが笑う。

「あれぇ? キメラちゃんの数が、大分少ないようでしゅが、どこにやりました?」

キロリと音を立てそうな動きを見せて、Drがこちらを見た。
ざわりとキメラ達が怯え、空気が揺れる。

「檻の中の窮屈さに耐えカね、自由を求めて飛び立ちましタ。 行方は追うのも野暮というモノ。 新たな旅立ちを祝ってあげようじゃありませんカ」

デリクがそう悠然と告げれば、Drは益々首を傾げる。

「…王宮にやったのでしゅか?」

低い声。
愉悦を含んでいるかのような。

「そうでしょう? 君達の誰かが、王宮の鍵を持ってるんでしゅか? 向こうは、今、猫ちゃんが掌握しようとしている筈。 赤ちゃんの子守のお手伝いに行かせたのでしゅか?」

何を言っているの?
エマは、言葉の意味を掴みかねて混乱する。

何故、Drが千年王宮の存在を知っているのか?

「…チェシャ猫」

デリクの呟きにDrが笑う。

エマはそこで、一つの事実に漸く気付いた。


マフィアとマッドサイエンスト。
全く分野の違う者同士が、協力者としてではなく、構成員として、ここまで深く組織内部に食い込み、No2なんて地位を与えられる程に、のし上がれた理由。

まるで、時が期するのを待ちかねていたかのように、反乱を起こした千年王宮の住人達。



Q.誰が、マフィアと、サイエンストを繋いだか?


ああ…チェシャ猫…。



「君が探偵役?」

Drがデリクに笑いかける。

「だったら、そちらの美しい女性がヒロインで、素敵な二人はWヒーローってとこかな? 蛇ちゃんは、哀れな怪物でしゅか? 可哀想にねぇ…」

エマは、冷静な声でDrに告げた。

「観念した方が良いわ。 この方々の反乱に加え、オークションでの騒動。 貴方の業界じゃあ、評判が何よりモノを言う筈よ? この失点は、そうそう取り返せはしない」
エマの言葉に続いて、幇禍はひらひらと手を振って満面の笑みを浮かべると「ていうか、取り返させません。 俺、鬼丸組の者なんで、揉み消そうとしても、日本ではシノギ出来ない位、同業者の間に話広めさせて頂きます」と言い、ツイと唇を釣り上げた。
「貴方達、ちょっと調子に乗りすぎましたね」
低めの凄みのある声でそう言い、ヒタリとDr狙って銃を構える。
兎月原が、Drを睨み据え、最後通告を口にした。
「黒須さんを、解放するんだ。 命までは、この場では取らない。 誰かを裁こうなんて分際でもないんでね。 この国の法律に委ねてやるよ。 大人しく、投降した方が…」
その言葉を手を振って遮り、Drは溜息を吐く。

「御託はいいでしゅ。 つまんないんだもん。 王宮やら、オークション会場やらで暴れているのは、君達のお仲間でしゅよね? 僕の邪魔をしないで下しゃいよぉ。 別にこんな、小さな国での評判も、組織の行く末も何もかも、あの王宮さえ手に入れば、どうでも良いんでしゅ。 僕の役目は、呉虎杰のあの王宮の王様にしてあげる事。 君達は、キメラちゃんにしてあげましゅ。 みんな綺麗でしゅから、とっても良い材料になりましゅ。 この子と違ってね」
蹲ったままの黒須の頭を転がすように蹴り付け、そして、ふと、キメラ達を見回した。

「お祝い…って 言ったよね?」

デリクを見る。

「この子達の門出をお祝いしてって?」

ポケットからひょいと取り出したのは、小さなスティック上のスイッチ。

顔も上げられずにいた黒須が悲鳴めいた声をあげ、Drに取り縋った。

「っ! …やめろ!」

カチッと軽い音を立てて、スイッチは押された。


「じゃあ お花を贈ってあげましゅ」

クラッカーみたいな音だった、

パンって 弾ける音が 連続して 鼓膜を揺らす。


赤い花が

たくさん 咲いた


べたりと幇禍の頬に、熱い何かが張り付いた。
エマは、Drを見据えたまま自分の頬に指先を伸ばした。

摘み上げたのは、血塗れの肉片。

一瞬遅れて、幇禍にも降り注ぐ生温い深紅の雨と共に、ボトボトと音を立てて、空中戦を繰り広げていたキメラ達が落ちてきた。


みんな、頭が爆ぜていた。


「紅い花でしゅ。 綺麗でしゅねぇ…」

Drが朗らかに笑う。

ずるりと何者かがエマに凭れかかった。
震えながら視線を送る。

鮮やかな黄緑色の髪をした女性が、頭部を半分失い柄ら、ぶれた視線でどこかを見ながら、エマに手を伸ばしてきた。

「か…え…りたい…よ…。 おか…さ…ん…おと…さ……ん…。 な…んで? いやだ…こ…んな所で…死にた…くない…」

空中を、二、三度掻き毟り、それから、女は倒れ伏す。

エマは、女の血飛沫を浴び、呆然と立ち竦んだ。
「安全装置。 キメラちゃんが、悪い子ちゃんで、反抗してきた時に、すぐに『処分』できるようお客様にお渡ししてるんでしゅよ。 後頭部に埋め込んである爆弾のスイッチをね? これは、今回納入予定の全キメラ達の爆破スイッチ。 K麒麟の商品は、アフターケアもばっちりの、良品ばかりでしゅ。 折角たくさんお買い上げいただいてたのに、楽しんでもらえなくて、とっても残念でしゅ」

そう言いながら幇禍に笑いかけ、そして、血の雨に打たれたエマ達を眺めて、Drは大声で笑った。

チーコに、発信機を埋めた男だもの。
このくらいの所業、しでかしていても不思議はない。

そう思いながら、Drの神経構造を、研究者としてまでは理解できても、とてもこんなところまでは、エマには到達できないと、その狂気の所業に別次元の人間を見るような心地にさえなる。

「蛇ちゃんのせいでしゅ」

転がったまま動かない黒須の体に、もう一発蹴りを入れる。

「蛇ちゃんをお友達が助けに来たから こんな事になったんでしゅ」

仰向けに転がる黒須の胸を、Drは踏み躙り、優しい位の声で言った。

「お前 そんなに醜くて こんなにたくさんの命を犠牲にして 全部 お前のせいだよ こんな事になるのなら いっそ 生まれてこなきゃ よかったのにね」

再び、気が狂ったような声で笑い、キトキトと不安定に揺れる目が、再びエマ達に向けられた。

「さて…これから、どうしましゅ?」


〜to be continued〜


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3432/ デリク・オーロフ  / 男性 / 31歳 / 魔術師】
【3343/ 魏・幇禍 (ぎ・ふうか) / 男性 / 27歳 / 家庭教師・殺し屋】
【0086/ シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【7521/ 兎月原・正嗣 / 男性 / 33歳 / 出張ホスト兼経営者 】
【3678/ 舜・蘇鼓 (しゅん・すぅこ) / 男性 / 999歳 / 道端の弾き語り/中国妖怪 】
【4582/ 七城・曜 (ななしろ・ひかり)/ 女性 / 17歳 / 女子高生(極道陰陽師)】
【2380/ 向坂・嵐/ 男性 / 19歳 / バイク便ライダー】
【2863/ 蒼王・翼  / 女性 / 16歳 / F1レーサー 闇の皇女】
【3427/ ウラ・フレンツヒェン  / 女性 / 14歳 / 魔術師見習にして助手】
【4236/ 水無瀬・燐 (みなせ・りん)  / 女性 / 13歳 / 中学生】

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■         ライター通信          ■
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お届けが遅くなってしまい大変申し訳御座いませんでした。
今回は前編のお届けに御座います。
是非続けて後編も参加くださいますようお願い申し上げます。

それでは少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

momiziでした。