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Evolution
果たして、今までどれだけの人間が悪魔になってみたいなどと考えたことがあるだろうか。
なりたいと思ったものは、きっと力が欲しいとか願いを叶えたいとかそういう理由だっただろう。
しかし少女は違う。何故なら彼女は海原みなも13歳だから。
〜あらすじ〜
魔王様に悪魔っ娘萌えって言われちゃった!
でも私悪魔っ娘って言われてもわかんない。
どうしよう? 実践してみよう!
(一部音声がおかしくなっておりますが仕様です)
そんなあらすじは兎も角、天然少女みなもの冒険は今日も今日とて続いていく。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
みなもは先日ある店へと出向いていた。
なんでも悪魔っ娘オンリーカフェとか言うところで、それはみなもの疑問に対する答えになるのではないかという期待が篭っていた。
実際に色々と教えてもらったが、肝はどうやら『背徳的』な部分であるらしい。
しかし、
「…背徳的、とは一体どういうことなのでしょうか」
みなもは全く分かっていなかった。
それこそ天然の所以か、そもそも誰だってそれじゃ分からないのか。その辺はよく分からない。
ただ、みなもの中でまた一つ疑問が増えたことは事実。増えた知識もその前には意味を成さない。
背徳的って、何?
徳に背を向ける…つまりは悪いことなのだろうか。
確かに一般的な悪魔は大体そんな感じがする。というかいい悪魔ってどうなんだ。漫画のような悪魔とか、実際はいるのかどうか。
結局のところ意味がよく分からない。分からないならどうしよう?
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
海原みなもは無駄に行動派である。
たかがへんてこな魔王が一度言っただけの悪魔っ娘という言葉に、実際に色々とやってみたりするくらいに。
きっと彼女は一度死に掛けた程度では堪えない人種なのだろう。ちょっと形が違えば命知らずの無鉄砲と言われても文句は言えまい。
まぁそんなわけで、
「はぁいみなもちゃんいらっしゃーい♪」
再びやってきましたあの店に。勿論色はどぎついピンクそのまま。
みなもの中にこんな言葉がある。
『迷ったときはあの人頼み』
本当にあるかどうかは分からない。
しかし【あの人】が紹介してくれたお店なのだ。信用できることは確か。この業界(?)の第一人者であるみたいだし。
その選択が正しいかどうかは別として。
「また来てくれて嬉しいわー今日はどんな用件かしら?」
「はい、この間のことで少し…」
相変わらず気持ちの悪いオカマがくねくねとしている。しかしみなもは既に慣れているのか堂々としたものだ。
「その、外見のことはあれでいいと思うのですが…分からないことがまだありまして。だから、御姉様に聞いたほうがいいかなと」
そうしてみなもはあれやこれやと説明し始める。背徳的の定義がよく分からないことや、それを分かるのはどうしたらいいかとか。
勉強熱心なみなもを見ながら、オカマは涙を流す。
「あぁ…悪魔っ娘についてこんなにも真剣になってくれるなんて…私のことちゃんと御姉様って呼んでくれるし。いやんもうどうしましょ、妹にしちゃいたいわ!」
「えと…それはその、実の姉妹がいますから…」
そこはどうでもいいと思う。
「まぁそれは置いといてー…んー集中的な講義が必要かしら?」
どピンクの中で腕を組むオカマは何処か殴りたいくらいに気持ち悪いが、みなもにそんな感情は起こらない。
そんなことよりも寧ろ、今は疑問に対する探究心のほうが勝っている。
「あの、言葉で説明していただくよりも実際に体験したほうが早いと思うんです」
「体験ってまた衣装チェンジ?」
「そうではなくて」
そう言いながら律儀に手で何かを置くジェスチャーをするみなも。なんだか少しずつ染まってきている気がしないでもない。
ともあれそんな彼女が鞄から取り出したのは一冊の古書。それを見た瞬間、オカマの瞳が鋭くなったがみなもは気付いただろうか。
その本は曰く付きである。そのことはみなも自身が一番知っていた。
「…それは?」
「魔導書、です。中には悪魔の召喚方法等が書かれています」
さらにオカマの視線が鋭くなる。このオカマ、普通にしてれば実は結構なイケメンなのではないだろうか。
さておきみなもはさらっととんでもないことを言った。
「これを使って、あたしの中に悪魔を憑依させてほしいんです。その、こういうことの専門職だからきっと安全な範囲で出来るんじゃないかな、って思いました」
海原みなも13歳の一大決心。あたし、悪魔になります!
そんな宣言はなかった。当然である。
みなも曰く、ずっとは怖いから体験版のようにあくまで一時的に、それでいて外見がしっかりと変わることが条件らしい。それはそうだ、彼女は悪魔になるということがどういうことか体で理解している。その恐怖はそうそう消えてくれるものではない。
しかしさらっとそういうことを言ってしまう辺り、やはりみなもは天然だろう。大体にして、この店はあくまで悪魔っ娘のコスプレ専門であってそういう儀式の専門とは限らない。というよりそんなことは知らない、というほうが普通だろう。
オカマは何か考える。今日は珍しくシリアス分が多いようだ。
「いいわよ♪」
と思ったら何時も通りだった。
「しかしまぁえらく本格的な魔導書を持ってきたわねぇみなもちゃん。これ相当なやつだって呼び出せるわよ?」
何か色々と用意しながら、オカマはさらっととんでもないことを言い放つ。相当なやつってどんなやつだ。というかそんなことが分かるオカマも一体何者だ。大体猿でも分かる入門書じゃなかったのか。
「色々と詳しい人が贈ってくれて…」
みなもは気にせず、そして誰が、とは敢えて言わない。本能的に名前を出すのはまずいと思ったのだろうか。
「そうなんだ…一度会ってみたいわねーその人」
みなもは心の中で呟く。きっと会ってます、と。
大体この店は【あの人】が紹介してくれたところなのだから。
「はぁい準備できたわよー☆」
儀式の準備はあれよあれよという間に終わっていた。
あの日みなもがやったような魔方陣が、また彼女の前に描かれている。しかし、その雰囲気は何処か違う。何が違うと言われれば、彼女には一見して違いも見つけられないのだが。
実際には羊皮紙に何かの血を使って魔方陣が描かれている。その他にも用意されたリングはただのシルバーでないことは確かであったし、それ以外にも何かが用意されている。みなもが行った儀式と同じでも、明らかに違っていた。
「いいみなもちゃん、気はしっかりもつのよ。悪魔なんていうのはちょっとでも隙を見せればすぐにとり憑き支配しようとするんだから」
顔は笑っていたが、声はいたって真剣だった。当然みなももそれは承知している。小さくこくりと頷くと、
「まぁ私がいるから大丈夫だけどねー♪」
オカマの調子はすぐに戻る。一体この人の本気は何処にあるのだろうか、そんなことをみなもは考えた。
「それじゃいくわよー♪」
声はいたって軽い。それがみなもの余計な緊張を解してくれる様な気がした。
オカマが小さく魔方陣の上に手をかざす。
その大きな口から紡がれるのはこの世ならざる言葉。何かに似ていてどれとも違う、人の口では到底発音することすら叶わぬ消されし言の葉。
元来言葉には一つ一つ全てに力が宿っていたという。言霊とかつては言われたものを、男は紡ぐ。
つっと、かざした手から血が魔方陣へと滴り落ちる。長く伸ばした爪を握りこみ、掌の中を軽く切ったのだろう。
血とは肉体の中を流れる力であり、魂を乗せる媒介でもある。儀式などでよくある何かの血を使うというのは何も雰囲気などからではない。力を宿し、与えるためにあるのだ。
この世に存在するにはあまりに不安定なものを、血を依り代ととして安定させる。そうして人は様々なものをこの世に呼び出してきた。
「みなもちゃん、魔方陣の中へ」
笑ってはいたが、既にその雰囲気は何か違うものに思えた。
言われるままにみなもは魔方陣の中に立つ。
「大丈夫、気をしっかり持てばすぐに終わるわよ」
オカマの言葉が耳に入ったと同時に、他の『何か』がみなもの中で弾けた――。
その感覚はあのときに似て。
だが今回は不思議と痛みも何もなく、ただ自分が変化していくということがわかる。
まるで客観的に自分を見ているような感覚。まるで他人事のようだった。
あやふやで、しかしはっきりと何かが起こっているという矛盾。それがみなもの精神を酷く弱らせていく。
しかし、みなもは気を引き締める。オカマは言ったではないか、気をしっかり持てと。
何せ今自分の中に呼び出そうとしているのは間違いなく悪魔なのだ。少しでも油断すればどうなるか。
ともすれば自分が何かも忘れてしまいそうな感覚の中、必死にみなもは耐える。
そして、みなもの中で何かが輝き――。
(……)
多分、今自分は意識を失ったと理解する。
意識がないのにある。酷く矛盾しているが、それも何故か許容できた。
瞳…いや思考だろうか。その中に、あのオカマと何かが映し出される。
何かを喋り、そして笑っている。
まるで映画を見るような感覚。その中で、みなもは今自分が完全に変化したのだと理解した。
「グッモーニンみなもちゃん♪」
一番に映ってきたのは、どぎつい化粧のオカマ顔だった。多分普通の人間なら泡を噴いて失神しそうだ。
しかしみなもは驚かない。こういうときの彼女の胆力は驚くべきばかりである。というよりはなんとも思っていないだけだろうか。御姉様って呼んでたし。
それは兎も角、みなもは軽く起き上がって自分の体を確かめる。
何かが頭についている。
どこか瞳の中に入ってくる色が違って見える。
手を、腕を見れば明らかに普段の肌と色が違う。
「んーいいわぁみなもちゃん…私萌えちゃう☆」
オカマくねくね。あまり精神衛生上よろしくない動きだった。
「…成功、ですか?」
「えぇバッチリ。正真正銘の悪魔っ娘誕生よ♪」
何か違和感があるな、と思ったら小さな尻尾まで生えている。
立ち上がると、そんなみなもにオカマが何かを手渡した。
「この間の衣装よ、後は頑張ってね♪」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
その後着替えたみなもはカフェを後にし、一路魔王様の待つ城(らしい)へ向かっていた。
オカマ曰く降臨させた悪魔の意識は封印されているので暫くは安心であるとのこと。ただし夜になったら帰ってくること。
プロがそう言うのだ、みなもは安心して店を出た。
しかしここは始まりまくった地秋葉原。外国人に日本人は未来を生きていると言わしめる地である。白ロリ悪魔っ娘(勿論絶対領域あり)である今のみなもが注目を集めないわけがない。
みなもの姿を見た瞬間、脂ぎった男たちが駆け寄ってくる。手にはカメラ、背中にはリュックと聖剣(ただのポスターともいう)といういでたちは流石に厳しい。
「し、写真一枚いいですか」
フヒーフヒーと息が荒い。みなもたん13歳は、悪魔であっても流石に身の危険を感じた。というよりは酷く煩わしく感じる。
みなも自身は気づいていないが、封印されているという悪魔の意識に少し影響されている。だからこそ、普通の人間など相手にする気がなくなるのだろう。
「近づかないでください…」
普段とは違うきつい口調で、言うが早いか駆け出した。肉体が変化しているからだろうか、足取りは普段よりも軽く感じられる。
実際には軽いどころかまさに風の如く駆け抜けていったのだが、傍目から見ていないみなもには分からない事実だった。
そのまま電車へ駆け込み、みなもは秋葉原を後にする。勿論その間もずっと好奇の目に晒されていたが。
一見清楚であるのに、まるで見せ付けるかのようなその外見は大いに他人を刺激する。遠慮のない視線が注ぐたび、頬を赤らめるみなもは酷く扇情的だった。
恥じるのは普段通りのみなもであるが、内心では煩わしさに苛立ちを募らせる。
「そのギャップがいいんじゃない♪」
あれ、なんか聞こえた。
そんなこんなでライブハウス…じゃなかった魔王様の城へたどり着く。もうどれくらい人に見られたか分からないが。
そして、その奥に鎮座した魔王様は、
「…み、みなもたーーーーん!!」
そんな彼女を見た瞬間思わず飛びついてきた。
ピキっと。何か我慢していたものに皹が入る。
「何するんですかーー!!」
メキャ。まるで漫画の如き何かがめり込む音が鈍く響く。
同時に、顔に拳を受けた魔王様は派手に吹き飛び魔王の台座(という名のパイプイス)に頭を突っ込んでいた。
「ひ、酷いわみなもたん、ちょっとあまりにツボで萌えたから抱きつこうとしただけなのに!」
よよよっと魔王様が崩れ落ちる。ちょっとじゃないだろ、というツッコミはこの際無視らしい。
「萌えるとか抱きつこうとか最低です気持ち悪いです幾ら魔王様でも限度があります」
対するみなもは一切容赦がない。ズバズバっと斬って捨てる辺り実に口は冴えている。
そして、みなもは自分の中に少し違う感情が芽生えていることに気付く。
ありとあらゆる罵詈雑言が口から出て行っては魔王様を打ちのめす。
普段こんなこと考えたこともないのに。
(…なんだか、気持ちいいですねこれ)
何処か、酷いことばかり口にしている自分に酔いしれそう。
明らかに悪魔に毒されています本当に有難うございました。
そして罵詈雑言を浴びる魔王様は、
「…清楚なみなもたんの口から出るありえない罵詈雑言…いい。というかドSな悪魔っ娘みなもたん萌え」
背徳感云々よりもただのドMだったのかもしれない。
そんなどっちが魔王か分からないような時間は、夜に終わりを告げた。
約束通り帰り、あの店で元の姿に戻ったみなもは一人自己嫌悪に陥った。
「魔王様に今度どういう顔をして会えばいいのでしょう…」
記憶が残っているだけに、あの時あんなことを言った自分が未だに信じられない。背徳的な意味も結局よく分かっていないし。
「大丈夫よ、きっとその人またこっぴどく怒ってあげると喜ぶから☆」
「そういうもの、なんですか…」
まだまだ世の中と悪魔っ娘には謎が一杯だ。みなもはそう結論付けて、店を後にした。
結局、背徳的という言葉の意味は理解できなかったが。
帰り道。またあのときのことを思い出す。
「……」
言葉にならない、何かうずうずとくる感覚。
「…もう一度、あの姿で魔王様と会ってみましょうか」
みなもたん、少し癖になっているのかもしれなかった。
その頃魔王様は一人もじもじ。
「あぁもうみなもたんに蔑まれるのたまらないにゃー…あの背徳的な感じ、背筋がビビっとくるぜよ」
魔王様は真性の変態かもしれない。
<END>
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