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<東京怪談・PCゲームノベル>


みどりの黒髪



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太陽が頭上でぎらついている。木の葉の影が整備された路上に濃く落ち、その影の中には太陽の眼から逃れるように、野良猫が横たわっていた。そんな中、紺の縦じま、夏着物を着こなす男が歩いている。涼しげな顔立ちだが、さすがに暑いのだろう。白地に蒼い千鳥が踊る扇子で首筋を一仰ぎ。

「今日も暑いな…。さてと」

ちりんと涼しげな音が聞こえ、そちらの方向へと眼を移せば『氷』と描かれたのぼりが上がっている。ひらりとのぼりが翻るたびに、ちりんと音が聞こえる。金魚鉢を逆さにしたような風鈴が飾られていた。白い麻の暖簾をくぐり、店員へと言伝をしていれば店の奥にいる影に男の眼が細められる。

「聡呼」

男が名前を呼べば、その影が振り向き眼鏡を掛けた女が軽く笑った。

「刀夜さん、こっちですよ」

片手を上げて、店員に断りを入れてから刀夜は聡呼のテーブルへ歩み寄っていく。カンカンと石畳を敷き詰めた床に、下駄の足音が鳴る。聡呼は刀夜とはまた正反対で、何の季節感もない黒いスーツと言う井出達だったが、クリアミントの細めなフレームは涼しげだ。

「暑かったですか、外」

「ああ…、すぐにでも風呂に入りたくなったよ」

そう言いながら笑って、刀夜は扇子をぱちんと音を立てて閉じ、聡呼の目の前の席へと腰を下ろした。外の日差しはまだまだ強く、太陽は未だに休む積もりもなさそうに、輝きを増させている。

「今回のお仕事はどのような?」

「この時期だろう、水子を騙る妖魔が出るらしい…場所は山奥に流れる川の上流で…」

小さな地図を取り出して刀夜の指が道筋をなぞる。そのなぞった道筋を何度も聡呼の視線が往復した。ずり落ちてきた眼鏡を掛けなおし、地図を見て立地条件などの情報を頭に入れているのだろう。
…近くに霊園がある。

「そう言えば…、聡呼」

「?なんですか」

地図から顔を上げて、刀夜の双眸へと視線を合わせた。またずれた眼鏡を直し、視線を合わせなおしたが…聡呼にとって思いのほか顔が近かったのか、顔色が赤く変わりばっと体を後ろへと引いた。そんな様子にくすりと笑ってしまう。

「いや、聡呼はさ、お盆休みに実家に帰ったりとかするのか」

未だにアワアワとしている聡呼は、刀夜の言葉に数秒立ってから我に返ったようで、少しの間ぼうっとしていた様子だったがすぐに一つ頷いて笑った。

「はい、お盆は毎年必ず帰る様にしてるんです。今回のお仕事が終わったら帰る予定に…」

その顔は安心感に満ちた笑顔で、国内といえども随分と離れた故郷が楽しみなのだろうと、手に取るように想像できた。

「じゃあ、俺もちょっと付いて行こうかな」

頬杖を吐いて、刀夜はさらりと言葉を吐いた。

「えっ……いやいやいやいやいや!!!」

相手はそうさらりとは流してくれなさそうだ。聡呼は田舎だのコンビにすら歩いて云十分だのと、故郷の悪い所を散々と言い述べているが…

「車でいけるならどこでも大丈夫だぜ、俺は」

…その一言を聞いた聡呼はかくりと首をうなだれて、一言「わかりました」と了解したと言う。




来る八月、お盆休みで高速道路の帰省ラッシュに巻き込まれながらも、無事についたは西方の山に囲まれたとある田舎。本当に何もない。川沿いに民家がぽつぽつとあるくらいで、車で走っていてもガードレールが時々途切れる。歩道と車道の境目だって危うい。

「…こんな所じゃ、デートするのも一苦労だっただろ」

「し!しっ、した事ありませんよ!」

デートなんて!!と、まくし立てる聡呼へと刀夜は口端を上げて笑った。

「俺としただろ」

その一言で、聡呼が一気に静かになったのは言うまでもない。ナビを見ながら進んでいけば、太い幹の木が何本も立つ場所へと出た。一番太く大きな木には注連縄が巻かれている。

「ここですよ、着きました」

広く開かれた場所は駐車場として使われているようで、幾つものタイヤ跡が見受けられた。そこへと車を停め、ドアを開ければむせるほどの森の匂いを感じる。羽虫が木々の間で羽音を立てながら舞っているのが見えたが、聡呼は真っ直ぐに古びた民家の方へと歩んでいった。近くには赤い小さな鳥居が見える、森の奥の方へと続いているようだ。

「ただいま帰りましたー」

がらりと鍵もかけられていない事を知っていてか、すんなり開いた家の奥の方へと呼びかけるような大声で挨拶をした…が、誰も出てくる気配が無い。

「そんな大きな声出せるのか」

「し、失礼ですね…私だって、このくらいは…」

笑って話しかけてきた刀夜の方へと顔を向けた聡呼の視線は刀夜への返事をする最中に、急に遠くへと焦点を合わせ声が止まった。

「父さん!」

刀夜も一緒に振り向いた、目の前に現れた“聡呼の父”を見て会釈をした。走りよる聡呼と違い、刀夜はその場に立って体の方向を変えたままに留めた。聡呼の父は白髪で、少し太めの感じの良さそうな笑顔を浮かべている。

「聡呼もついに男を連れてくるようになったんかね」

「ちょ、っと、父さん!」

「はは」

笑う父親に慌てふためく聡呼の様子を刀夜は笑って見守っていたが、父親は娘との再会を喜ぶ前に仕事があるからと立ち去ってしまった。意外にあっさりと済んでしまった挨拶に、ほっとしたのか拍子抜けしたのか、肩の力抜けた事を刀夜は感じていた。

「じゃあ、荷物運びましょうか。西瓜が冷やしてあるそうですよ」

「そうだな…あ、おいおい!一人でそんなに持てないだろ」

いつの間にか車のドアを開けて荷物を運び出している聡呼を見れば、女一人では無茶な数を運び出そうとしている彼女に慌てて走りよっていった。



その日の夜、聡呼、聡呼の父親、刀夜の普通ならば気まずくなりそうな三人での晩餐となった。しかし、聡呼の年齢も関係あるのか、それとも父親の人柄か、自己紹介から始まって他愛も無い会話に終わり、朝が早いからと早々に父親は今から立ち去った。

「…なあ、あんたの父さんはいつもあんな感じなのか?」

「へ?はあ、大体そうですね…まあ、あんな感じです」

聡呼はきょとんとしたまま、頷いて言った。この親子は、親子そろって無防備なのだろうか、あまりに人を信頼し過ぎているゆえのこの態度なのか。そりゃあ…、聡呼が育つだろう。この親にしてこの子あり、だ。

「明日、墓参りに行くのか?」

「はい、朝に。刀夜さんも行きますか」

敷居で横切られた部屋に、聡呼が蚊帳の中に布団を敷いている。聡呼の言葉に刀夜は一つ頷くだけで答えた。

「じゃあ、おやすみなさい、刀夜さん」

「……おやすみ」

隣の部屋には父親が寝ているから、静かにと注意を促す聡呼に、さすがにあんな父親でも、隣で共寝を提案するのは危険だろう。何も付け足さず、純粋に就寝の挨拶を口に出して笑みを作った。



神社の朝は早い。

「…聡呼、5時なんだが」

朝日が昇って、まだ山裾から顔が半分くらいしか出ていない。こぼれ出た光は暖かな橙色だ。しかし、寝起きの目には有難いどころか眩しすぎた。

「はい、5時です。」

さらりと今度は返してきたその言葉、刀夜は目頭を一度擦り何とか頭も冴えてきた。父親は既に神社の仕事に向かったと聡呼が言っている。

「じゃあ、行くか…」

「はい!…あ、お線香!」



霊園は古びた墓石が多く、彫られた苗字すら危うい物もある。日差しが弱い今だからこそいいものの、この鬱蒼とした森の中を歩いていくのは確かに昼間では億劫になりそうだ。木の葉の影は未だぼやけている。

「ここか?」

「あ、そうです!父さんがもう献花してくれてますね…」

多く持ってき過ぎちゃったかな…と、考えながらも何とか花台に分けて生けている。その後姿を見ながら、黒御影の墓石を刀夜はじっと目を細めてみていた。風がびゅうと一陣、霊園をめぐってくる。生ぬるいそれに、無意識に刀夜の手は己のうなじを撫で擦った。

「…」

「ちょっと水を汲んできます」

そう言って、生ぬるい風の存在にも気付かなかったのか、笑って聡呼は少し離れた水場へと駆け出していく。留める理由も別段無く、刀夜はその後姿を少しぼうっとした表情で眺めていた。…また、生ぬるい風が刀夜の頬をなでる。

「…初めまして」

視線をゆっくりと黒の墓石へと移した。そこに生物の気配は無い…はずなのだが、妙に体温を含んだような、生ぬるい風は返事をするように、もう一度ゆったりと霊園をめぐった。

「貴方の娘さんとは、よく仕事を一緒にさせてもらってる」

弓は貴方が教えたのかな

ぽつりと呟いた言葉にまでも、風は敏感に反応を返してくれた。ざあざあと、森の傍にある竹林の葉がすれる音が聞こえる。

「助かってるよ、腕が良いから……」

他、何か言うことはないだろうか。思案するように留めた言葉は出る事無く



「すみませーん!遅くなっちゃった…」

後ろから聞こえる声に、口内でとどまったままの言葉はそのまま飲み込んでしまった。振り返ってみてみれば、バケツから盛大に水をこぼしている聡呼の姿がある。それに思わず噴出して、歩み寄った。

「半分以上無いぜ、水」

「あれっ!おかしいな…」

ここまで運んでくるのに苦労したのだろう、額には玉のような汗が浮かんでいる。ハンカチを取り出してそれを拭ってやれば、聡呼は照れたような嬉しそうな、幾つも感情がない交ぜになったような複雑な表情で笑った。

「じゃ、お水をお供えしたら帰りますか」

「ああ」

掃除はとっくに済まされ、雑草だってきちんと整備されている。もうやるのは、水を供えて挨拶をすることだけとなっていた。

「気持ちいいですかねー」

等といいながら墓石に水をかけている。所々で水がはじけた。

「マイナスイオンで涼しいんじゃないか?」

軽く笑って答える。水を供え終わり、後は挨拶だけ。墓石の前に聡呼は膝を折り、手を合わせ目を閉じた。それは数分間くらいだったろうが、刀夜にはやけに風が騒がしくて、とても短く感じられた。聡呼は気付いていないのだろうか?平然とした顔で、立ち上がり、帰りましょうかと告げる彼女に刀夜は一つ頷いてあっさりとした返事を返した。


『     』


どこからだろう。
判別がつかないほどかすかな声が、刀夜の耳へと届いた。首を捻って微かに振り向いてみる。…見えるのは揺れる森と静かに佇む墓石たちだけで、やっぱり生物の姿など無く。それでも、誰かの微笑が一瞬か今見えたのは気のせいだったのだろうか。また顔を前へと向けて、前進あるのみと真っ直ぐ進む髪の長い彼女を見た。その妙に自信を持った背に少し笑って、歩幅を大きく、すぐに彼女の横へと並び歩く。

「今日も暑くなりそうだ」

「アイスでも買いに行きますか?」

笑って、二人は遊ぶように木漏れ日を渡り歩いていく。今日の太陽もぎらついて、視界が白くかすむほどに世界を照らしている。

また風が吹く。

今度は冷たく心地良い風が勢いよく、二人の間を駆け抜けていった。






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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【6465 / 静修院・刀夜 / 男性 / 25歳 / 元退魔師。現在何でも屋】

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■         ライター通信          ■
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■静修院・刀夜 様
毎度、発注有難う御座います!ライターのひだりのです。
今回はお盆のお話、と言うことで、書きたい所を入れていったら
思ったより長くなったのですがいかがでしょう。
また一歩、聡呼と刀夜さんの距離が縮まった所を感じてもらえると嬉しいです。

此れからもまだまだ精進して行きますので
是非、また機会がありましたら何卒宜しくお願いいたします!

ひだりの