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絶叫!納涼☆肝試し
------<オープニング>--------------------------------------
八束ケミカル本社ビル屋上に、真夏の日暮れ時に特有の、湿った風が吹く。
夕闇の中、何やらイベントが開催されているようだ。
屋上の片隅の、こんもりとした鎮守の森には赤い鳥居。
その周囲にはたくさんの人々が集まっていた。
鳥居の前に立ち、マイクを握っているのは稲荷ノ・椿(いなりの・つばき)。鎮守の森の奥にある小さな稲荷神社の神体である。
「お集まり頂きまして、ありがとうございます」
集まった人々に向かい、椿は深々と頭を垂れた。
「夏と言えば! ……ちゅうわけで、サバイバル肝試し大会! 開催いたします!」
ぱちぱち。あちこちから拍手が起こった。参加者の面々は、普通の服装の者も居れば、肝試しに相応しい趣向を凝らした仮装をしている者もちらほらと。
「ルールは簡単。悲鳴を上げた人の負け! 参加者の皆さんは、オバケ役とお客役と、両方を同時にやっていただくことになります!」
サバイバル肝試しとは、要するに全員オバケ!ということらしい。
「悲鳴にも、驚いてあげる悲鳴と恐怖のあまりの悲鳴とがありますが、どっちでもかまいません。驚かしても、怖がらせてもどっちでもエエです。悲鳴を上げた人は、判定員からオデコにステッカー貼られます」
黄色いバッジをつけた判定員たちが、椿の周囲に立っている。判定員たちが持っているステッカーには「怖がりさん(はぁと)」だの、「蚤の心臓」だの、色々な文字が書かれている……。
「特殊能力をお持ちの方は、直接相手に作用するような能力以外は使用可。気配が消せるとか、そういうんは使うてもろてもエエですよ〜。道具の使用は、こちらが用意したもののみ可! くじ引きで決めて配りますよってに、出発前に引いて行ってや〜」
椿はびらりと模造紙を広げた。あみだが書き込まれている。
隣に用意されていたホワイトボードに模造紙を貼り付けると、椿は鳥居が皆に見えるように少し立ち位置を変えた。
「さて。この鳥居の向こうは、とある田舎の廃校につながっとります。ゴールは屋上です。ただし、ゴールできるんは校舎のいろんなとこに貼ってあるお札を持ってきた人のみ! お札を探しながら、誰か見つけたら驚かすか怖がらすかしたらエエ、ちゅうことですね」
あのー、負けた人はどうするんですか?という質問が飛んだ。
「あ、悲鳴上げて負けてしもた人も屋上来て下さい。ゴールテープは切れませんけど」
忘れていたらしく、椿は慌てて付け足す。
これで一通りの説明を終え、椿は息をついた。
「屋上にはスイカと花火用意してますよってに、お早うおいでください。生き残りの人の特典は、仕掛け花火の点火役やで〜」
ほな、がんばってや!
お祭り好きの稲荷は、糸のように目を細めた。
------<出発直前>------------------------------
ホワイトボードの前に、あみだくじを引きに参加者たちが集まってくる。
順次、当たったアイテムの入った紙袋がスタッフたちによって参加者に手渡されるのだが、中身は火の玉、血のりと言った肝試しに定番のアイテムから、大量の鈴虫が入った虫かごという、肝試しには役に立ちそうにないアイテムまで、当たり外れが激しい。
何が当たったかは、現地で袋を開けてからのお楽しみ、だそうだ。
くじ引きを終えると、一人、また一人と鳥居の向こうに参加者たちが消えてゆく。
椿曰く、稲荷神社の鳥居同士を繋ぐ「鳥居ネットワーク」である。
「行き先は、廃校……よね?」
くじ引きの順番を待ちながら、浴衣姿の妙齢の女性――シュライン・エマが首を傾げた。
「あ。姐さん、お久しゅう。いらっしゃい」
実務作業をさせるには頼りないからとスタッフからハブにされていた椿が、シュラインをみつけて嬉しそうに近付いて来る。
「いやあ、華やかでええね」
シュラインの浴衣姿に、椿は上機嫌だ。藍地に、青の濃淡で杜若(かきつばた)と流水の模様が染め抜かれた浴衣で、抑えられたストイックな色味が大人の女性であるシュラインによく似合っている。アップスタイルに髪を纏め、いつもは隠れているうなじが白く眩しい。
「お久しぶり。ちょっと不思議なんだけど、学校に鳥居があるのかしら?」
「それは、着いてのお楽しみ。ちょっと、おもろいことにしてみてん」
シュラインの問いにふふふと含み笑った椿は、シュラインの背後に既知の顔をもう一つ見つけて、また顔を輝かせた。
「お! 兄ちゃん、いらっしゃい! 来てくれて嬉しわ〜」
ぶんぶんと手を振る椿に、よう、と片手を上げたのは羽角・悠宇(はすみ・ゆう)。モノトーンのモッズ系ファッションに、銀のアクセサリーが映えている。その隣にいつもいるはずの少女の姿を探して、椿はきょろきょろと周囲を見回した。
「あれ? いつも一緒の可愛い嬢ちゃんは?」
「え? ああ、日和なら、あっち」
悠宇は鳥居の奥、社のほうを指さした。賽銭箱の前に、白い影――白いワンピース姿の、初瀬・日和(はつせ・ひより)の姿が見える。
「途中で動けなくなったりしませんように……」
稲荷寿司を供え、拍手を打ち、日和は何やら小さな声で呟いていた。
「嬢ちゃん、脚でも痛ぅしたんかいな?」
「いや。日和、すげえ怖がりなんだよ。それこそ怖さで腰でも抜かすかもしれねえくらい。……ていうかさ、」
首を傾げる椿の襟を、悠宇はぐいと引いた。
「肝試しって、やっぱり好きな子と一緒に回るのがお約束なんじゃねえの?」
周囲に聞こえないよう声を低め、悠宇は椿の耳に囁く。
「え!? そうなん!?」
椿はというと、本気で意表を突かれた顔で目を瞬いた。人間社会に溶け込んで長いとはいえ、やはりなんだかんだ言って人外。世間知らずな部分もあるようである。
「そうかあ。肝試しって、ほんまはカップルさんが仲よう一緒に回るもんやったか! 悪いことしてしもたなあ!」
「ちょ、声が大きい!!」
今度は悠宇が慌てた。好きな子との仲を、隠したいわけではない。さりとて、あまりあからさまにもしたくない、そんな微妙なお年頃なのである。
「べっ、別に、一人で回るのもちょっとつまんねってだけで……っ!」
「おまたせ。……悠宇くん、どうしたの?」
頬を染めている悠宇の隣に、日和が戻ってきた。
「な、なんでもねえよ!」
悠宇がそっぽを向いて誤魔化した時、日和の隣にすぅっと黒い影が現れた。文字通り、黒い影――それは、黒子装束を身に纏った人、だった。
「そうだよねー、やっぱさ、若い二人はキャッキャウフフしたいよね。肝試しは」
頭巾の向こうから発せられたのは、明るい調子の若い男性の声だ。
「……!!」
振り向いた日和が、黒ずくめの姿に驚いて上げそうになった悲鳴を懸命に飲み込んだ。今はまだ肝試しではないのだが、気分の問題だろう。
「あ。ごめんごめん、びっくりした? やっぱ衣装もそれっぽいのがいいかなって」
「確かに、その格好で暗闇に潜んでいられるとびっくりするでしょうね。私も闇に紛れる色の浴衣にしてみたけど、そこまでの発想はなかったわ」
正体不明の黒子と、シュラインは普通に会話をしている。どうやら、顔は見えずとも声で知人だとわかったらしい。
「ふっふっふ。暗闇と同化しそうなやつ、っていったらコレでしょう! ただ一つの難点は、頭巾が邪魔でプリンが食べにくいってことだね!」
黒子氏は、何故か胸を張って威張っている。プリン、の発言で日和や悠宇もその正体を悟った。
先日、草間興信所での事件で一緒に捜査をした、清水・コータ(しみず・こーた)だ。
参加者たちの服装を見ると、コータやシュラインのように闇に潜むことを目的としたものを纏ったグループと、出会い頭の驚きと恐怖を演出することを目的としたものを纏ったグループと、大体のところ二手に分かれるようだった。
白い着物に赤い袴という正統派の巫女衣装を身につけた少女が、椿に歩み寄ってきた。
「こんばんは。お招きありがとうございます」
ふわりと夜風に靡いた青い髪。海原・みなも(うなばら・みなも)は、椿の前で折り目正しく会釈をした。その頭にはひょっこりと狐耳、袴の腰からは尻尾。飼っている管狐のみこ(巫狐)ちゃんを憑依させたことによる、狐っ娘モードの姿である。
椿は目を丸くして、どうやら絶句しているようだ。
「あの。オバケ屋敷の本職さんには劣ると思うのですが、やはり参加するからにはと思いまして。狐巫女になってみたのですが……」
何か変だったかと自分の身なりを確かめるみなもに、椿はぶるぶると頭を振った。
「や。うん、これが萌え……ちゅうもんなんやな……!」
常に酔っ払っているのが基本の椿だが、なにやら益々ほわーんとしている。最近やっと学習した「萌え」という言葉の意味を、噛み締めている様子である。
憑依状態のみなもの姿を見て、シュラインが何か思い出したようだ。
「そういえば、直接相手に作用するような能力以外は使用可、って言っていたけど、それはどの程度のことになるのかしら」
「あ。それ、私も少し気になります」
シュラインの問いに、日和も挙手した。椿はうむむと唸った。
「絶対悲鳴上げてまうような……例えば、脅すとか殴るとか蹴るとか斬るとかそういうんは……」
「いやいやいやいや、そんなこと誰もしねえよ!」
悠宇が苦笑しながら突っ込みを入れる。
とりあえず、怪我人が出ないレベルの使用なら可能と言うことのようだ。
「天井にはりついたり、壁を登ったりもOK!?」
「おもろかったらなんでもOK!」
コータの問いに、椿はびしりと親指を立てた。
「天井……壁……。あたしも、皆様に楽しんでいただけるよう、がんばります!」
真面目なみなもは、コータの発言に刺激を受けて拳を握っている――。
------<いざ! 恐怖の舞台へ>------------------------------
鳥居を潜ると、そこはコの字型の校舎に囲まれた中庭だった。
あちこちには和紙の行灯(あんどん)が置かれていて、足元に不自由ない程度には明るい。
もっとも、狐ッ娘モードのみなもには、周囲を見回すのにも充分な明りだった。
振り返るってみると、背後の松の木の幹に、小さな――掌に乗るほどのサイズの鳥居が括りつけられている。よく、ビルの壁などに見かけるものだ。参道をふさぐ形で建てられた建物に、神の通り道を作るために設えられるもの。
「これと、神社の鳥居が繋がっていたのですね」
小さな鳥居に指先で触れてみながら、みなもは呟いた。
恐らく、同じ小さな鳥居が校舎のあちこちに仕掛けられていて、八束稲荷神社の鳥居を潜った参加者たちを、一人ずつランダムな場所に送るようになっているのだ。
きゃー! ぎゃあー!
もうサバイバル肝試しは始まっているようで、校舎の中から微かに、悲鳴が聞こえてくる。
あたしも行かなければ!
サービス精神と楽しむ時はとことん楽しむという主義を併せ持つみなもは、頬を紅潮させて拳を握った。
狐耳が、ピンと立ち上がってやる気を示している。
「……と、その前に」
呟いて、みなもはくじで当てた紙袋に手をかけた。まずはこの中身を確認しておいた方がよいだろう。
開けてみれば、ダイナマイトを極小化したかのような形状の、中華のお祭りには欠かせないものが、ずらずらと繋がって出てきた。
「……爆竹」
うーん、とみなもは唸った。確かに、驚かせる道具としては非常に有効だろう。しかし、一度使ってしまうと広範囲にわたって居場所を知られてしまう危険性のあるアイテムだ。
「これは、ここぞという時に使いましょう」
爆竹と、一緒に入っていたライターを巫女服の袂に仕舞うと、みなもは出発した。
赤い袴からにゅっと生えた尻尾が、楽しそうに揺れている。
------<バトル・イン・音楽室>------------------------------
廊下は、切れかけの蛍光灯だけを灯して薄暗く演出されていた。蛍光灯は薄暗い上に、点滅しては数秒完全に消灯したりするので、校舎の古さも相俟って、それだけでも恐怖を誘う。
「こら何してる!」
「ひえっっ」
学校の管理者らしき男性の声に、びくびくと廊下を歩いていた参加者が悲鳴を上げた。
男性の声がした方向から現れたのは、しかし声に似合った作業服の男性ではなく、カラフルな水鉄砲を肩から下げた、紺の浴衣姿――シュラインである。
昇降口からスタートしたシュラインは、順当に校舎を回りながら音で人の位置を探り、得意の声帯模写で男性の声を演じる作戦で、あちこちで他参加者たちに悲鳴を上げさせていた。
怪しいところを探りながら歩いているが、お札はまだ見つけていない。
「……やっぱり、イベントの主旨からして、怪談に定番の場所に隠してあるかしらね」
呟くシュラインの表情は冷静だった。場数を踏んでいるだけあって、怪奇猟奇系はどうしても仕事脳になってしまうのだ。
定番の場所。
ちょうど、演習室の集まるゾーンにさしかかっていた。
開きっぱなしの扉から、そっと教室の中を覗くと、音楽室のようだ。
足音を殺して、シュラインは中に入った。
誰かが入ってきた気配を感じて、悠宇はグランドピアノの下に潜り込んだ。
(ちくしょ、もうちょっとだったのに……)
ピアノの下から、悠宇は恨めしげに上を見上げた。黒板の上には、音楽室につきものの、音楽家たちの肖像画がずらりと貼られている。そのうちの一つ、恐らく髪型からしてモーツァルトの顔の上に、白く四角い紙が貼られているのが見えた。お札だ。
ピアノの椅子を使って取ろうとしていたところに、誰かが入ってきたのだった。
悠宇は入り口の方向に目を凝らした。音楽室に光源はなにもなく、廊下から入ってくる明りだけが頼りなので、廊下よりも更に薄暗い。
入ってきた人影に向って、悠宇は重力操作の能力を発動させた。といっても、靴が少し重くなるという程度の操作だ。
それでも、足が重くなれば雰囲気も手伝って驚くものだ。プールからここに来るまで、悠宇は何人かにそうやって悲鳴を上げさせていた。
が。
対象の人物の足取りは、全く変わらない。怖がる様子も驚く様子も皆無。
(ど、動じてないな……誰だ、あれ)
悲鳴を上げさせるどころか、誰か居ると気付かせてしまっただけのようだ。人影は、きょろきょろと周囲を見回している。
作戦変更することにして、悠宇はそっとグランドピアノの下から出た。
誰かがいる。シュラインは周囲を見回した。
廊下の蛍光灯が点滅する。
グランドピアノの下で、何か金属がキラリと光るのが見えた。アクセサリーか何かだろう。
相手に悟られないように、シュラインは気付いていないふりで視線を動かした。
かすかな衣擦れの音が聞こえて、グランドピアノの下に隠れていた相手が移動を始めたのがわかる。
さてどうするか。向こうは既にこちらに気付いているのだから、不意をついて驚かせるのは無理だろう。
では、思いも寄らない行動で意表を突けば良い。
廊下の蛍光灯がまた点滅し、消えた。
真っ暗になったが、微かな足音は聞こえる。
「そこ!」
暗闇の中、シュラインはおもむろに振り向き、水鉄砲を構えて引き金を引こうとしたのだが、それよりも先に――
「きゃっ!」
首筋を、冷たく弾力のあるものにぺろりと撫でられて、シュラインは驚きのあまり悲鳴を上げてしまった。
蛍光灯が点いた。
「俺の勝ち……かな」
振り向くと、悠宇が立っている。その片手には、コンニャクが一枚。
「……いつものヘアスタイルにしておけばよかったわ」
濡れてしまった項を撫でるシュラインの額には、スタッフから「うなじにご注意☆」と書かれたステッカーが贈られた。
------<バトル? イン・理科室>------------------------------
薄暗い廊下を、白い影が横切る。
それは、白いワンピースを着た、長い髪の少女だ。
その白くたおやかな手には……血塗れの斧が……。
「ヒィイイー!」
廊下の向こうでその姿を目撃してしまった参加者が、悲鳴を上げて腰を抜かした。
「あ……また」
ゴム製のオモチャながらリアルに作られた血塗れの斧を持った少女、すなわち日和は、複雑な表情になった。
体育館からスタートして、恐る恐る校舎内を回っているのだが、別に日和が何をしたわけでもないのに他参加者たちは悲鳴を上げる。
もともと、ぼんやりと白く見えたら怖がってもらえるかも、と選んだ服装だった。それに加えて、血塗れの斧。その組み合わせが、効を奏して(?)しまっているのだ。
おかげで誰かに怖がらせられたり驚かされたりすることもなく、ここまで来てしまった。
ほっとしてもいるが、ある意味つまらなくもある。水や氷を使おうかな、と計画を立てていたのに、全く使う必要がなかったのだから。
(やっぱり、悠宇くんと一緒に回りたかったな)
早くお札を見つけて、屋上に、明るい場所に行きたい。
斧を片手に、日和は溜息を吐いた。
札を求めてふらふらと向う先は、理科室。
標本など怖いものが沢山置いてある場所だが、日和はまだ気がついていない。
人体標本の前で、狐耳の人影が首をかしげていた。
(うーん……ありませんね)
狐巫女コスプレのみなもである。
彼女は中庭からのスタート以来、そのサービス精神で数々の戦果を上げていた。
狐耳で気配を探っては、唐突に姿を現して驚かせたり、お札を探すのに必死の人の脚をふかふかの尻尾でそうっと撫でてみたり。
しかしそのサービス精神があだとなり、いまだにお札を見つけられていない。
トイレの奥から二番目の扉、階段の踊り場など定番の場所は勿論探しているのだが、定番の場所だけに、既に他の参加者に取られた後だった。
理科室でも、定番の場所として骨格標本や人体模型にでも貼り付いていないかと一通り探してみたのだが、見つからない。
他を探そうかな、と立ち去りかけて、ふと、みなもは人体模型のおなか部分が気になった。
おなかが開いて、中に入っている内臓の模型が見られる構造になっているわけなのだが、よく見るとおなか部分が少し、開いているのだ。
(椿さんの性格からして、意外なところに、っていうのも、ありそうです)
みなもは模型のおなかを開いてみた。
予想は当たった。
人体模型の心臓の上に、ぴらりとお札が一枚。
理科室の天井に張り付いていたコータは、思わず声を上げそうになった。
(お札、そんなとこにあったのかぁあああ!)
隠れるのに有利な黒子姿で、ある時はロッカーの影から、ある時は教壇の下から現れては、神出鬼没に他参加者たちを屠ってきたコータである。
今も、入ってきた人影を驚かせようとスタンバイしている最中だった。
探したがなかったので、ここには札はないと思っていたのだが、人体模型の中に貼ってあったとは。
(いやいや、今はお札より、あの子をびっくりさせるべきだよ、うん)
懐から、コータは紙袋を出した。中はまだ見ていないが、四角くてひんやりしているので、恐らくコンニャクだろうと見当をつけていた。
今こそ、これを使う時。
そっと袋を開き、中身を取り出す。
出てきたのは、四角くてひんやりした、コンニャク――ではなく、ぐったりとドロンドロンに溶けた、棒つきアイスキャンデー。だった。
「えぇえ!!!」
コータは落ちた。
木の幹を揺すられたクワガタかカブトムシのようにボトリと、天井から落ちた。
何かが落ちてきた。
ピン!と狐耳を立て、みなもは実験台の影に飛び退いた。
「いたたた」
天井から床の上に落ちてきた誰かが、ぶつけたのであろう腰を撫でながらむくりと起き上がるのが見えた。
きっとあちらは、みなもの存在自体にはずっと気付いていたであろうから、不意をついて驚かせるのは少し難しいかもしれない。
みなもは、巫女服の袂に手を入れる。そこには、出発前に貰ったものが入っていた。
これを使えば、きっと確実に驚いてもらえる。
ずらりと連なった爆竹の導火線に、みなもはライターの火を近づけた。
「すごい音がしましたが、大丈夫ですか!?」
日和が、音楽室に飛び込んできた。何か非常事態が起こったのかと思ったのだ。怖がりなのに、誰かが困っているかもしれないと思ったらそれだけで勇気が出せるあたりが彼女らしい。
そんな日和の程近くの床で。
バチバチと火花が散り、強烈な破裂音が鳴り響いた。
スパラパタパタパパパパパパパパパーン!!!!
「きゃぁあっ!?」
「うわ!」
爆竹の音に、日和とコータ、二人の悲鳴が混じる。
日和は思わず耳を塞いだ。
手に持っていた斧を、放り投げて。
ぐるんぐるん。
斧は回転しながら、人体模型の隣に立っている骨格標本の方へと飛んだ。
日和の斧はゴム製である。とは言え、それなりに重みがある。
斧の刃に、骨格標本の頭蓋骨が吹っ飛ばされた。
派手な音を立てて、しゃれこうべは床に落ち、がくがくと顎を開閉しながら、ごろごろと転がっった。
そして、みなもの背後で止まり。
「……?」
振り向いたみなもは見た。
狐尻尾の先に、食いついた白いしゃれこうべを。
「きゃー」
乙女らしい、絹を裂くような悲鳴が響き渡った。
みなもの手に払い落とされたしゃれこうべは、再びごろごろと転がり、コータの目の前に。
「わー頭蓋骨だギャー!」
男らしい、ノリノリの悲鳴が響き渡った。
やがて悲鳴の余韻と爆竹の煙が消え、理科室がしんと静まり返る。
「あの大丈夫ですか?」
床に座り込んでしまった日和を、みなもが助け起こした。
「今の……全員、悲鳴上ちゃった……ね……」
黒頭巾の中から、コータが呟く。
スタッフによって、日和の額には「怖さに耐え、よくがんばった! 感動した!」、みなもの額には「オバケ屋敷のバイトができるで賞!」、コータの額(というか頭巾)には「アイスは早く食べましょう」、と書かれたステッカーが、それぞれ贈られた。
------<屋上でフィナーレ>------------------------------
札を持ち、なおかつステッカーを貼られずに屋上まで来れた勇者が、ゴールテープを切った。
「……え? あれ? 俺だけかよ」
拍手で迎えられた悠宇。周囲を見回せば、誰も彼もが額にステッカーを貼られている。
「いやあ、思うとったよりハードなサバイバルになってしもたみたいやわ」
そう言う椿の額にも、敗北を示すステッカーが輝いていた。
やがて参加者全員が屋上に集まり終わり、スイカやら手持ち花火やらが全員に提供される。
小学校の屋上には、行灯と手持ち花火点火用のロウソクが灯った。
スイカの前に、と黒子姿のコータはいそいそと懐からプリンを取り出した。ドロドロに溶けたアイスを勿体無いから食べたらやっぱり美味しくなくて、まずは口直しのプリンを食べるべきだと判断したからである。
いざ食べようと、コータが頭巾の面紗(めんしゃ)を上げた時。
「ギャー! ない! 俺のプリンどこだー!」
コータは悲鳴を上げた。
消えたプリンは、椿の手の中にあった。気付いたコータの制止空しく、カップをひっくり返して一口で口の中に入れてしまう。もぐもぐごくん、と咀嚼してから、椿は目を輝かせた。
「兄ちゃん、これ美味いな」
「あああ! 俺のプリン!!」
悪びれない顔で言われて、コータが泣き崩れる。
「あの、スイカ取ってきましたから。どうぞ」
見かねて、みなもがスイカを差し出した。みなもは管狐憑依を解いて、今は普通の巫女さん姿になっている。
「あ! 嬢ちゃん、わしもわしも! スイカ!」
「だめ! 俺が貰うの!!」
涙目のコータは、プリンの仇!とばかりに椿を睨みつける。げに根深きは、食べ物の恨みである。
「ええもーん。わし、姐さんに貰うもーん」
スイカの並ぶテーブルの前にシュラインが居るのを発見して、椿はふらふらとそちらに近付いていった。
大皿に、食べやすいサイズに切り分けられた黄色と赤のスイカが山のように並んでいる。
「エエ匂い〜!」
「そうね。スイカって、夏の匂い」
目を輝かせる椿に、シュラインは笑ってスイカを手渡した。
「結局、生き残りは羽角くん一人だったのかしら?」
「そう。皆、がんばりすぎやわ」
シュラインは椿の額に目を止めた。ステッカーに書かれた文字はというと、
「『主催がノコノコ参加しないこと』……って、椿さんも参加していたのかしら?」
「いや。わしも行こうとしたとこで、スタッフからぺたっと」
シュラインに、椿は心底残念そうに唇を尖らせて見せる。祭り好きらしい行動だが、札を隠したりの準備をしたのが彼である以上、スタッフが参加を止めるのは当たり前であろう。
やがて、あちらこちらで花火の火が灯り始めた。
「あ! みこちゃん!」
人の間を駆けて行く小さな青い狐を、みなもが追いかけている。みこちゃんの向う先には、同じ霊獣である銀色の狐。
「ほら、末葉(うらは)。綺麗でしょう? あ、こら、火花に触れちゃだめ」
小さな可愛らしい狐が近付き過ぎないようにしながら花火をしているのは、日和だ。その隣に悠宇も居る。
「あ」
こん!とみこちゃんが鳴き、末葉に挨拶をしたので、日和も気付いて顔を上げた。
「あの、大丈夫でしたか?」
「もう大丈夫。心配かけてごめんなさい。それに、ありがとう」
爆竹で派手に驚かせてしまったことを、みなもは少し気にしているらしい。しかし日和としては、あの後屋上まで、みなもやコータと一緒に来ることができたので、むしろ良かったくらいだったりした。
末葉とみこちゃんがじゃれあっているところに、末葉とよく似た、しかし少し精悍な印象の狐が加わる。悠宇のイヅナ白露(しらつゆ)だ。
三人でしばらく花火を楽しんでいたのだが、そこに椿がやって来た。
「あ! 兄ちゃん、おったおった! はよ、こっち」
悠宇の腕を引いて連れ去った先には、導火線があった。
「はいっ、皆さん注目ー! 仕掛花火点火しまーす!! ……はい、まずは勝者のコメント!」
椿の大きな声に、視線が集まる。肘でつつかれて、悠宇は椿の無茶振りに驚きつつ、どうにか口を開いた。
「えー……と、たまにはこういうのも、夏の思い出、かな。肝試しなのに一人で回るの必須ってのは残念だったけど」
本音を漏らすと、拍手と一緒に「憎いねこのー!」などと野次が飛ぶ。
渡されたライターで、悠宇は導火線に火をつけた。
導火線は火花を散らしながら燃え、その小さな赤い炎は真っ直ぐに、屋上から校庭へと下って行く。
校庭に着いたところで、ふ、と一瞬火花が消え。
グラウンド一杯に、金色の滝が花開いた。
歓声と拍手で、校舎が震える。この校舎も、かつては毎日子供たちの声でこれくらい賑やかだったろう。
滝は金色から緑、青、紫と次々色を変え、惜しまれながら赤で終った。
吹く夜風に、火薬の匂いが混じる。
「これも、夏の匂いね」
拍手しながら、シュラインは目を細めた。
「そうなん? スイカはともかく、花火はいつでもできると思うんやけど」
椿が不思議そうに首を傾げる。
「夏ほど終わりの惜しい季節はないでしょう? だから、きっと花火は夏に一番似合うんだと思うの。勿体無いけどすぐに終っちゃうところが、似ているから」
そう言って、シュラインは笑った。
夏はまだまだ続くが、もう8月。
夜風は少し、ひやりと心地よかった。
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登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【3524/初瀬・日和(はつせ・ひより)/16歳/女性/高校生】
怖6(補正後9)・驚耐7・怖耐2■アイテム:血塗られた斧(驚+3/怖+4)
【3525/羽角・悠宇(はすみ・ゆう)/16歳/男性/高校生】
驚4(補正後7)・驚耐6・怖耐5■アイテム:こんにゃく(驚+3/怖+2)
【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/26歳/女性/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
驚3(補正後6)・驚耐3・怖耐9■アイテム:水鉄砲(驚+3/怖+0)
【1252/海原・みなも(うなばら・みなも)/13歳/女性/中学生】
驚9(補正後9)・驚耐3・怖耐3■アイテム:爆竹(驚+5/怖+0)
【4778/清水・コータ(しみず・こーた)/20歳/男性/便利屋】
驚2(補正後0)・驚耐6・怖耐7■アイテム:アイスクリーム(驚−2/怖−3)
★対戦は申し込み順ですが、同PL様のPCさん同士が当たらないよう、少し調整させていただきました。
★対戦で、行動力(怖、及び驚)と驚耐、怖耐の数値が同じだった場合は、耐えられたものとして勝敗判定しております。
★行動力(怖、及び驚)の最大値は9となっており、アイテムによる補正により9以上になる場合でも、行動力は9となっております。
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ライター通信
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肝試しへのご参加ありがとうございました!
サバイバル肝試し、如何でしたでしょうか。
奇数名様のご参加でしたので、三人のバトルロイヤルが発生しております。
廃校をまるごと使った大掛かりなお遊びの雰囲気を出せていたらよいのですが……。
そして、肝試しは通常カップルさんに嬉しいイベントだっということを、素で失念しておりました! すみません!! 自分でもびっくりです!
今回、<いざ! 恐怖の舞台へ>の章のみが各PCさま個別の文章となっております。
皆様色々な場所からスタートしておりますので、お時間ございましたら他の方のスタートもご覧になってみてくださいませ。
では。
8月に入り、夏ももうすぐ終わりの色合いを帯び始めるかと思うと、早く涼しくなって欲しい反面、はやり寂しいです。
猛暑もお盆まで!(であって欲しいものです)
皆様、暑さに負けずご自愛くださいませ。
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