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Dice Bible 2nd ―艮―
怪訝そうな顔をしているフェイから視線を外し、嘉手那蒼衣は呆然と湯川キラを見た。
なに、これは。
何が起きた?
(フェイも、彼のダイス?)
湯川君が奪ったの? 主を殺して。
(主のいないフリをさせてた……? たまたま主になったあたしとのことを観察するために?)
彼の掌の上で踊らされてたような気分だ。
それは自分の心を操作されたようで悔しい。
「……ひどい」
蒼衣は洩らし、拳を握り締めた。
「全部遊ばれてたの……?」
「ん?」
「でも、あなたの遊びが終わったからって、あたしの心は終わらない」
「……キミは詩人だねぇ」
小馬鹿にして、湯川は鼻で笑う。
蒼衣はフェイの衣服の袖を軽く引いた。
(……思い出しただけだとしても、そのきっかけは)
まぎれもなくフェイだ。
彼がいなければ自分は……。
もしもダイスに攻撃されたら蒼衣は逃げられない。
(そうだ。あたしはフェイに殺される約束だった……)
それでも、籠の中の鳥のような終わり方は嫌だ。例え無駄でもフェイの名前を呼べば応えてくれるかもしれない。
「フェイ、あたし……悩んでるだけで言葉にしなかった。一人で満足してたかもしれない」
だからいま、呼ぶ。それしかない。
袖をもう一度引っ張った。
「フェイ、あなたをこんな人のダイスにしたくない。人の命やダイスを道具としてしかみない湯川君の自由に、あたしもあなたもさせたくない」
「ひどい言われようだ」
湯川は嘆息して苦笑する。
湯川を睨みつける蒼衣は宣言した。
「かりそめであったとしても、フェイの本を持っているあたしが主よ。絶対湯川君には本を渡さない。絶対、渡さないから……!」
「本……?」
なんの話だと言わんばかりの態度のフェイは顔をあげて湯川を見遣った。そして眉をひそめる。
「……おまえも……誰だ?」
「え?」
フェイの言葉に蒼衣は不思議そうに声を洩らす。
(知らないの?)
そんなことって……。
湯川は肩をすくめた。
「久しぶりだというのに冷たいなぁ」
「……なぜメイシンが……」
フェイは戸惑ったようにオレンジ色の髪の娘を見ている。そして湯川を睨みつけた。
「なぜ妹と居る……!?」
「久しぶりの兄妹の対面だというのにその態度はいただけない」
楽しそうに言う湯川を蒼衣は理解不能という表情で見つめる。目の前で何が起きているのかわからない。
(あのダイス……フェイの妹さん?)
ダイスにも兄弟姉妹がいるのか?
凝ったチャイナ服の少女はこちらを無表情で見ている。なんだか……空っぽの印象を受けた。
湯川は小さく笑う。
「長い年月がかかっているから忘れるのも無理ないけどね。
契約したろう?」
「契約……?」
何かを思い出すようにフェイが額に手を遣る。そして湯川の顔を凝視した。
「おまえ……薬師のあの……?」
「思い出したようだな。そう、ちょっと外見は変わったけど、そうだよ」
「…………」
「さあ、行こうかフェイ。もうこの町は終わりだ」
「? 何を言ってる……?」
「フェイは渡さない! 本の主はあたしなんだから!」
湯川は目を細めて蒼衣を見遣る。
「そうだった。フェイの本はキミが持ってたっけ。でも召喚はできないだろ? こんな風に」
彼の手にはいつの間にか本が握られている。表紙の色は違うが、フェイのダイス・バイブルとそっくりである。
「それ……」
「この本はメイシン……そこの娘のだ。キミも持ってるだろう?」
「…………」
表紙にはないが、ページの部分に茶色い染みが見えた。染み……?
(あれって……血じゃないの?)
点々と散っている染みに蒼衣は青ざめた。
無理やり奪った本。では……。
(あたしも……?)
あんな本を悪びれもせずに持っているなんて、信じられない。
「本……」
呆然と呟くフェイは自分の身体を見下ろして、それから蒼衣のほうを見た。周囲を見回して戸惑ったように眉をさげる。
「そこの女の子は今のキミの主だ。忘れちゃったら可哀想だろ?」
「あるじ……」
フェイは恐れるような目でこちらを見てくる。どうして……? 本当にあたしのこと、忘れちゃったの?
不安そうな表情の蒼衣を彼は数秒見てくると、すぐに目を逸らした。
意味がわからない蒼衣は湯川を見遣る。説明してくれるとは思わないが、彼は蒼衣の視線を受け止めるとにっこり微笑んだ。
「本がなくても構わない。キミの部屋にあるんだろ?」
「っ!」
「キミが死ねばフェイとの契約は自動的に終わるから。えっと……殺されるならどのダイスがいい?」
当たり前のように言う湯川が恐ろしい。メイシンのほうを見る蒼衣の視界から、彼女を隠すようにフェイが前に出た。
「簡単に殺すなんて言うな……!」
「心優しいお兄様は、妹が人殺しをするところは見たくないのかな? それとも、黙って一般人が殺されるのがイヤ?」
「あたしは……フェイに殺される。そう約束したの」
小さく言う蒼衣に、フェイが肩越しにこちらを見てくる。恐怖に揺らぐ瞳は、まるで彼ではないようにさえ思えた。
湯川は低く笑う。
「あぁ、そうだっけ。全ての主を殺してきたんだ。今さらか」
「俺はそんなこと……」
「してきたんだよ。ダイスになってからね」
「ダイス……?」
「そう。ほんとに思い出せない? 妹はすぐに思い出したけどね。まぁ、思い出したらみんなこうなって大人しくなるんだけど」
フェイは無言のメイシンを見た。まるで虚ろな人形のようだ。
蒼衣はフェイの背後から湯川をうかがう。彼は一体なんなのだろう?
他の主たちからダイスを無理やり奪い、そして今はフェイと不思議な会話をしている。
「湯川君……あなた一体……」
「彼らをダイスにしたのはこのオレなんだ」
さらりと、彼は告げた。両手を大きく広げ、自慢げにするわけでもなく当然のことのようにぽつりと言った。
「え?」
「聞こえなかった? フェイたちをダイスにしたのはオレ」
「うそ……」
「本当。死にそうだったのを助けた」
「死にそうだった……?」
「そう。感染したんだ、フェイもメイシンも。いいや、ダイス全員」
「は?」
「感染したのを助けた。ダイスが退治してるウィルスに、彼らもかかったんだ」
「え……………………」
フェイが? と蒼衣が見上げる。
彼は混乱しているように顔をしかめていた。
「助ける代わりにワクチンになれと言ったわけ。それしか方法がなかったんだ」
「あなたがダイスに……?」
「そう。オレは薬師だからね。病気の人を治すのが役目」
にっこりと微笑む湯川はフェイを指差した。
「治せない病気はあるからね。助ける代わりに人間をやめてもらった。命の恩人ってわけさ」
「嘘……嘘よ。観察して遊んでるくせに!」
「薬ができそうだからもういいんだ。ダイスの役目はもう終わり。オレだってちょっとぐらい遊んだっていいじゃない」
ひどい言いがかりだと湯川は言う。だが蒼衣は信用できない。蒼衣を殺そうとした時も、悪いなんてこの男は少しも思っていない様子だった。
それなのに……薬師? くすし、と言うからには医者のようなものだろう。
「人間をやめるって……どうしてそんなことがあなたにできるの?」
「そりゃ、オレも人間じゃないからね」
「え……」
「ダイスと同じくらい長生きできる人間なんて、『人間』じゃない」
湯川はまたもさらりと言った。蒼衣から見れば彼は人間と同じ外見をしている。どこにも自分と違うところは見当たらない。
でも……。
(そういえば…………この人ほんとにうちのクラスにいた……?)
違和感ばかりが先に立っていたのではなかったか?
そんなに長寿なら、クラスメートなんておかしいじゃないか。
(いない)
いないわ。こんな人。クラスメートに、いなかったはずだ。
変だ。辻褄が合わない。
「フェイ……こんなに健気なお嬢さんを忘れるなんてひどいじゃないか」
からかうように笑う湯川にフェイは怯えたような瞳をした。
「俺は……」
「ちっちっちっ。ダイスだったキミはそういう喋り方はしない。俺じゃなくて、自分、って言わないと」
人差し指を振る湯川はにへらと笑う。
「人間だった時の貧相な顔に戻ってる。ダイスになったキミは自信に満ちてたのに」
「俺は……」
彼はちらりとこちらを見てきた。紺碧の瞳が泣きそうな色にさえ思える。
「俺は……そんなんじゃ、ない。ちがう……」
「ちがわない。認めたくないだけ。ダイスの時の記憶を思い出すと、おまえも壊れるのか?」
腕組みしてこちらを眺める湯川は呆れたように嘆息した。
「今までのダイス全員そうだった。あぁ、一度破壊されて再生したのは別としてだけど。
少なくとも、オレが作ったダイスのままの連中は生前のことを思い出させるとみんな変な笑いを浮かべてたし。泣きそうな、怒りそうな、すごく複雑な顔だったけど……あぁ、そうか。あれは……絶望してる時の顔かな」
不思議そうに首を傾げる湯川の言動に、蒼衣は青ざめるしかない。
ダイスのフェイはいつも元気で、自信満々で、ダイスであることに誇りを持っていた。それが……。
(足元から崩される感覚……)
ダイスであることを否定されたら……!
フェイの後ろ姿をそっとうかがう。
ダイスではないダイスとは、そういう意味だったのか……。だから彼は必要以上に怯えていたのだ。
(自分もそうなりたくないから……?)
本能的に気づいていたのだろう、きっと。
「これ以上フェイを追い詰めないで!」
叫んだ蒼衣に湯川はきょとんとした目を向けてくる。
「あのまま放っておいたらフェイは自己犠牲で嘉手那さんの前から消えただろうから先回りしただけだ。感謝して欲しいね」
「どういうこと?」
「ダイスが破壊されると契約者の記憶も消える。死にたくないって言ったじゃない。フェイの性格からすればキミを助ける気になったと思うけどね」
「そんな……」
「だから先にこうしてフェイに仕掛けたってわけ。フェイを失うより、いいでしょ?」
「…………」
「キミはダイスたちを甘くみてる。ダイスは生きる人の味方だからね。ダイスの主は生きる気力のない者がなってたんだけど、たまにキミみたいな変わったのが主になる」
「変わったって……」
「そうするとダイスたちは例外なく自分の身を犠牲にする。どういう結果になったとしてもね」
目を細める湯川はくすりと笑った。
「オレはフェイも嘉手那さんも助けた。そうだ。本さえ渡してくれたら命は助けてあげよう。どう?」
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【7347/嘉手那・蒼衣(かでな・あおい)/女/17/高校2年生】
NPC
【フェイ=シュサク(ふぇい=しゅさく)/男/?/ダイス】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、嘉手那様。ライターのともやいずみです。
衝撃の真実ですが、いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
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