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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


帰ってきてくれ――幽霊の彼女

「ケンカの勢いで嫌いだなんて言ってしまったから、純粋な彼女はそれを信じて・・・・。彼女はずっと一緒に居たいと言ってくれていたのに、僕はその気持ちを裏切ってしまった・・・・」
 そう話すのは、先ほど草間探偵事務所に飛び込みでやって来た客の男。なぜか怪奇事件ばかりが持ち込まれるこの事務所で、こんな人探しなどという普通の依頼は滅多に無かった。怪奇事件を歓迎しない草間武彦にとって、この依頼は絶対に逃してはならない事件なのである。
 武彦は、すぐさま男に向かって快諾した。
「分かりました、お任せ下さい。全力を挙げて見つけ出してみせます。・・・・それで何か、手がかりとなるような物はありますか?」
 草間が訊ねるが、男は暗い顔付きで首を横に振る。
「実は、手がかりなんて名前と年齢、それと実家の大体の住所ぐらいしか・・・・。その、・・・・彼女は幽霊なもんで」
「え、はい?」
 途中までは真剣な表情で聞いていた武彦だったが、最後の言葉でつい素っ頓狂な声を上げてしまった。
「ちょ、ちょっと待って下さい。今、何て?」
「いえ、だから彼女は、幽霊なんです。ここがそういう事件を扱う探偵事務所と聞いて・・・・」
「冗談じゃない! 誰ですか、そんな事言ったヤツは! うちは怪奇の類一切禁止、お断り! ・・・・気の毒ですけど、その依頼はうちじゃ受けられません」
 憤然として席を立とうとする武彦を、男が必死に引きとめた。
「ま、待って下さい! それじゃ話が違います! 今さっき、全力を挙げて彼女を見つけると言った言葉は嘘だったんですか!」
「うっ・・・・。そりゃあ言ったが、それとこれとは・・・・」
「どう違うんですか!」
「ぐっ。・・・・ったく」
 武彦は何も反論できずに、渋々またソファに腰掛ける。
「・・しかしな、霊を探してくれなんて実際問題ムリな話だ。霊なんて目撃情報も無ければ、社会的に縛られる事も無く、あちこちフラフラ出来るんだ」
 武彦はもう敬語を使うのもやめて、素の口調で話し出す。
 しかし、男は全く気にしてないような様子で言葉を返した。
「いえ、彼女は、自分の墓を空にしているのは心苦しいと、日頃から言っていました。たぶん今はそこに居ます」
「ふーん、律儀な幽霊だ。しかし、それでも墓に行ったからって会えるのか? 相手が出てこないかもしれない」
「・・・・彼女は、この鈴の音を凄く気に入ってました。この鈴の音を聞けば、きっと誘われるように姿を見せてくれるはずです」
 そう言って、男がポケットから片手で握れるほどの鈴を取り出す。リンと涼しげな音を響かせる。
 武彦は軽く失望しながらその鈴を見つめていた。
(「結局また怪奇事件か。墓地の場所だけ調べて、後は他のヤツに丸投げするかな・・・・」)
 武彦は紫煙と一緒に、大きなため息を吐き出した。

「・・・・話は最後まで聞かないとねよね武彦さん」
 シュライン・エマが子供に言い聞かせるように、武彦の鼻をぽむぽむしながら言った。
 しかし、武彦はそれを軽く振り払うとしかめ面で反論する。
「最後までって、必要な部分はちゃんと聞いてあるだろ。失踪した幽霊を探して欲しいって依頼で、墓に居る可能性が高いって言うから墓地は突き止めてやった。そこに幽霊が居ればそれで解決だ」
「でもそれじゃ根本的な解決にならないでしょう。依頼人が何でケンカしたのかを聞かないと」
「知らん。それは当人同士の問題だ。俺の知ったこっちゃあ無い」
 武彦は気だるげにタバコの煙を吐き出しながら、シュラインの言葉を適当にあしらった。怪奇事件には極端にやる気を見せない探偵なのである。
 武彦から面倒な頼みを引き受けてしまった、とシュラインはため息を吐いた。
 作家としての取材で少し遠征すると話したら、たまたまそこが例の墓地近辺だったらしい。武彦はこれ幸いとばかりにこの事件の解決を頼んできたのだ。
 シュラインは引き受けて、詳しい話を聞こうと思ったら・・・・武彦は詳しい情報をほとんど持っていなかったのである。しかも、それ以上調査をする気も無いらしい。
「全くもう・・・・。それじゃあ、後の事は依頼人に直接聞く事にするわ」
「ああ、そうしてくれ。頑張れよ」
 ヒラヒラと手を振って、武彦はやる気の無い応援をする。
 シュラインはちょっとムッとしながら、腰に手を当てて武彦を見下ろした。
「帰ってきたら埋め合わせを何か期待してるわね、武彦さん」
 その言葉に武彦は真剣な表情で頷いた。
「俺だって乞食じゃない。タダで手伝ってもらおうなんて思って無いさ。・・・・ファミレスで飯ぐらいなら、奢れるぞ」
 それでさえも悲壮な決意を漂わせて言う武彦に、シュラインは呆れて小さくため息を吐いた。

 電車で向かう長い距離の途中。
 依頼人と駅で合流し、向かい合わせに座りながら、シュラインは本人達についての詳しい話を聞き出していた。
 それによると依頼人の男は大学生の二十二才。幽霊とは半年ほど前に知り合ったらしく、それから交際が続いている。人と話すのは若干苦手らしいが、シュラインの受けた印象では誠実そうな男だった。
 対して幽霊は凄く純粋で優しい性格をした女の子。人の話を冗談でも信じてしまうほどであり、そこが短所でもあり長所でもある。
幽霊とのケンカは依頼人の、「もし君が料理を作って僕の帰りを待っていてくれたらなぁ」という一言が発端らしい。依頼人にとっては軽い気持ちだったらしいが、幽霊は普段から何もして上げられない事を重く考えていたようだ。幽霊は泣きながら怒り出して、大ゲンカになってしまう。その果てにカッとなった依頼人の「もう君なんて嫌いだ!」という言葉で、幽霊は消えるように居なくなってしまった。
 と、まとめると大体このような話を、依頼人は脱線しながらも延々と話し続けた。
 曰く、幽霊には雨の日に悲しげに佇んでいるのを見て一目惚れだった、とか、彼女ほど素晴らしい女性は他に居ない、とか、自分はなんてヒドイ事をしてしまったんだろうだとか。
 シュラインはその熱い口調に半ば呆れつつも、感心しながら話を聞いていた。
「・・・・でも、その幽霊とはいつまで一緒に居るつもりなの?」
 ふと気になって、シュラインはそんな事を質問する。依頼人は生きた人間、幽霊は死んだ人間。その事実は二人の間に違和感となって表面化してくるはず。今回もそんなモノの一つなんじゃないかしら。もしかすると、幽霊もそれを悟って彼の為に側を離れた可能性も・・・・。
「・・・・僕は、彼女を心から愛しています。一緒に居られるなら、一生でも一緒に居たい」
 そんな依頼人の声で、シュラインは我に返った。そしてその男の言葉にフッと微笑みを浮かべる。
「そうなの。うん、それじゃあ彼女に会ったら真っ先に謝らないとね。今回はどう考えてもあなたが悪いもの」
「はい・・・・、分かってます。土下座してでも彼女には帰って来てもらうつもりです」
 いつも冷静なシュラインにもその男の固い決意が感染したのか、解決してあげたい気持ちが強くなるのを感じた。

「そんなに大きな墓地じゃないわね」
 シュラインは深夜の墓地を見回しながら、そんな感想を呟く。それに墓地は綺麗に整備されている。これなら悪霊の類も居ないだろう。
「お墓の場所は分からない?」
「えぇ、すみません。東京からここまで遠いものですから、お金も時間も無くて。来たのは今日が初めてなんです・・・・」
「そう、まぁ仕方無いわね」
 シュラインは自力で探す事にした。幸い名字は分かっているので、家名を当たっていけば見つける事が出来る。持ってきていた懐中電灯を点けると、それで一つ一つ確認しながら進んで行った。
「確か彼女の名字は柏木よね? ここかしら?」
 その家名の墓を見つけて、シュラインは足を止める。
 依頼人の男も墓に刻まれた字を見て頷くと、ポケットから鈴を取り出した。
「鳴らしてみます」
 鈴を持った手を振ると、りりんっと涼しげな音が暗闇に包まれた墓地に響き渡った。それに少し遅れるようにして、ボウッと白い影が姿を現す。――しかも、周りの墓全てから。
 大勢の白い影はそれぞれが人の形を取っており、どうやら幽霊らしかった。
「え、あれ、何でしょうか、これ」
「分からない、けれど」
 これはちょっとマズイんじゃ無いかとシュラインは周りを見渡した。どうやら鈴の音で墓に眠る周りの幽霊を起こしてしまったらしい。取り囲むようにして白い影は集まってくる。危険を感じたシュラインは、持参してきた聖水を握った。
 ふと、依頼人の目の前に居た子供の幽霊が、ツツッと近寄って鈴を覗き込む。
「凄く良い音色だね、お兄ちゃん」
「うむうむ、気持ちが安らぐのぅ」
「もう一回鳴らしてくれないかしら」
 と、周りの幽霊が口々に騒ぐ。
「・・・・どうやら、その鈴が幽霊に心地良い音を出すみたいね」
 シュラインは状況を把握して依頼人に話してみた。
 依頼人はポカンとしながら、周りの幽霊に促されるまま鈴を鳴らしている。
「んで、こんな夜中に何しに来たんだ、兄さん達」
 と、男の幽霊が二人に問いかける。唖然として答えられない依頼人に代わって、すっかり平静を取り戻したシュラインがその問いに答えた。
「あ、ここに最近お墓に帰ってきた女性の幽霊は居ないでしょうか? 柏木というお家に入っていると思うんですが」
 一応、幽霊の気持ちを逆撫でしないように敬語を使う。男の幽霊は「あぁ、それなら」とさも心当たりがある風に頷いて、墓地の隅の方を指差した。
「あの家に違いねぇ。最近帰ってきた女で、ずっと墓の中で泣いてやがる」
「え! そうなんですか!?」
 突然依頼人が声を上げて、男の幽霊が指差した方の墓へと駆け寄っていった。そして、何度も幽霊の名前らしきものを呼びながら鈴を鳴らし始める。
「美香、僕だよ! 太郎だ!」
 狂おしい声で言いながら、依頼人は必死に鈴を鳴らす。
 それから何度めかの呼びかけの後、ふいにその墓の中から白い人影が姿を現した。
「・・・・た、太郎さん、どうしてここに?」
「美香! ああ、美香! 君を探しに来たんだよ! 悪かった、僕がバカだった! どうか戻って来て欲しい!」
 依頼人は地面に手を付いて頭を下げた。
 しかし美香と呼ばれた幽霊は、そんな依頼人を見下ろしながら悲しげに首を横に振る。
「・・・・いいえ。やっぱり、ダメですよ。しょせん私は幽霊です。私と一緒に居ても、いずれ物足りなくなってしまう・・・・」
「そんな事無い! 僕は君を、どんな生きた人間よりも愛してる! 愛し続ける自信もある!」
「でも、この前は嫌いだって言ったじゃないですかっ・・・・」
「あれは、つい勢いで・・・・。本心じゃないんだ! 本当は君の事を愛しているんだ!」
「そんな事言われても、もう私分からないです・・・・」
 そう言うと、幽霊は両手を覆って泣き出した。
「だって私なんかと居ても何にもならないじゃないですか。太郎さんにとっても、死んだ私なんかと居るより・・・・。何で幽霊の私なんかと居てくれるのか、分からないんです。不安で怖くて・・・・。それが理解できないから、太郎さんの言葉も信じて良いのか分からなくて・・・・」
 幽霊は悲しげに首を横に振る。
 そんな時、ふいに凛とした女性の声が響いた。
「信じて良いんじゃないかしら?」
 全く知らない第三者の声に、幽霊は驚いて顔を上げる。
 そこには二人の様子を見守るように立つ、シュラインの姿があった。
「あなたは・・・・?」
「こういう者です」
 スッと差し出される名刺。その名刺は事務所用の名刺で、『草間興信所所員 シュライン・エマ』と記されていた。
「探偵の方、なんですか?」
「えぇ、まぁ本業じゃ無くてお手伝いだけれど。そこの彼からあなたを探して欲しいって依頼があってね。こうして一緒にあなたを探しに来たの」
「そう、なんですか。太郎さんが探偵に・・・・」
 幽霊は土下座して頭を下げている依頼人をジッと見下ろしながら、ぼんやりと呟いた。
 シュラインはそんな二人の様子を見ながらポツポツと口を開く。
「・・・・私は全然事情を知らない部外者だけれど。その彼は、信じてあげても良いんじゃないかしら。軽薄そうな人には見えないし。だってなかなか居ないわよ、出て行った幽霊を探しに行く人なんて」
「それはそうですけど・・・・。でも、やっぱり無理ですよ。太郎さんは生きてるんだから。ずっと幽霊と付き合っているわけにもいかないじゃないですか・・・・」
「・・そうかしら? 電車で少し話したけど、・・・・彼はそう考えて無いみたいよ」
「え?」
 幽霊は反射的に依頼人の方を振り返る。
 依頼人は顔を上げて、真剣な表情で幽霊を見ていた。
「僕は君と一緒に居たい。居られるなら、一生でも一緒に居たいんだ」
 熱い気持ちをぶつけるように、依頼人はそんな言葉を口にする。
 幽霊は驚いた表情で依頼人を見ていた。
「ほ、本気なんですか?」
「僕は本気だ。心から君を愛してる」
 その言葉に、幽霊の目からぽろぽろと透明な涙が溢れ出した。
 そして幽霊はニッコリと依頼人に向け、――笑った。
 ・・・・全く、熱いわね、と苦笑めいた事を考えながら、シュラインは胸の奥が痺れるような感覚を受ける。
 その二人の様子を見ながら、たぶん気のせいだけれど、視界が少し滲んでいた。

「・・それであの依頼人は、結局幽霊とよりを戻したわけか」
 シュラインから事件の顛末を聞き終えて、武彦はしかめ面で呟いた。
「そうよ。ま、無事にハッピーエンドで良かったでしょう?」
「・・・・ハッピーエンドで幽霊と付き合うのか? 何だか間違っている気がするが」
「本人達にとってはそれで良いのよ。・・・・ところで武彦さん、今日は暇かしら?」
 シュラインがそんな風に言うので、武彦は「ん?」と言いながら怪訝そうに顔を上げた。
「暇だが、何だ?」
 シュラインはその答えを聞いてニッコリと微笑む。
「いえ、それなら私も報酬を貰おうかと思って。忘れて無いわよね、ご飯を奢ってくれるって話。依頼人から成功報酬も出たんでしょう?」
 しかし、武彦はポロッと口からタバコを取り落とす。
「・・武彦さん?」
 シュラインは何だか嫌な予感がして、名前を呼ぶ。
 武彦は明らかに動揺したように口を開いた。
「いや、あー、その何だな。実は昨日ウチのボロ椅子にとうとうお迎えが来たらしいんだ。で、丁度良く依頼人から振込みがあった」
 そう言われて見ると、そういえば武彦の座る椅子はピカピカの新品である。シュラインは笑顔のままで、話をジッと聞いている。
 しかしそこに言い知れぬ気迫を感じながらも、おずおずと武彦は言う。
「・・・・コンビニのおにぎりでも良いか?」
 ツカツカと武彦の机に歩み寄るシュライン。
「ダメですッ!!」
 バンッ! と小気味良い音を机に響かせて叫ぶ。
 武彦は声にならない悲鳴を上げた。

 ・・・・結局、武彦はなけなしのタバコ代を削って、近くのファミレスへ向かったのだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 年齢 / 職業】

0086/シュライン・エマ/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

NPC/草間武彦/30/草間興信所所長、探偵
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■         ライター通信          ■
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初めまして、ライターの倉葉倉と申します。
この度は依頼のご参加ありがとうございました。
シュラインさんのお陰で、無事太郎さんと美香さんはハッピーエンドを迎える事が出来ました。ありがとうございました。
この物語がシュラインさんにとっても良い思い出になってくれれば、嬉しい限りです。

それではまた、機会があれば。
新しい物語でお待ちしております。