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<東京怪談・PCゲームノベル>


神隠し






 そこは夏の時期になると、神隠しが起こるらしい。
 場所は、昭和の終わりごろ作られた白落ダム。
 なぜ神隠しか―――……
 それは、ダムの近くの山林でも、ダムの水源にも居なくなった人の遺体が見つかったことがなかったから。
 ダムでありながら澄んでいるその水は、沈んだ村をほぼ当時そのままで見ることが出来る。そのため、この場所は一種の観光地となっていた。
 ただの神隠しという噂が立つ程度ならば、警察沙汰で終わるはずだった。
 だが、何故そうならなかったのか。
 それは神隠しから帰ってきた人が―――居たから。
 彼は失踪した…神隠しにあった10年前と、何ら変わらぬ姿でダムの近くに倒れていた。
 ただ失踪していた10年間の記憶を一切無くして。
 一時はワイドショーでも話題になるほどだったが、どれだけ取材陣や特設番組が白落ダムへ訪れても、神隠しなど一切起こらず、彼はただ若作りしているだけの人として、廃れるのも早かった。
 時は、それから3年。
「えーっと、あんたはなんで今、白落ダムに行こうなんて思ったんだ?」
 彼はそろそろ事件が忘れ去られただろうと踏んで、草間興信所に来ていた。
「10年間の記憶を取り戻したいんです」
 彼にとっては一瞬のことだったのに、気がつけば外の世界は10年の歳月が過ぎていたのだ。まるで浦島太郎。
 お土産の玉手箱もなく、その10年間を彼が取り戻すことは出来ない。
「精神鑑定でも、逆行催眠でも、その10年間は“無かった”んです」
 記憶さえも存在しない10年間。
 ただ覚えているのは、花火の音に混じる大きな雷鳴のみ。
 白落ダムで、一体何が起こったのか。
 草間は調査に向かってくれそうな面々を思い浮かべた。







「流石に日差しが強いわね」
 山間のダムと言えど、夏ともなれば地上よりも太陽に近いせいか日差しが強い。ただ、都会よりも涼しいと感じるのは、近場の水の気配と、照り返しが無いという事実だからだろうか。
 シュライン・エマはつば広の帽子に手をかけて、辺りを見回す。
「こんな日に出歩くことはあまりないのですが……」
 仕方ありませんね。とビーチパラソル級のパラソルを持った側近が、セレスティ・カーニンガムの上に影が出来るように苦心している。
「綺麗……」
 観光地と化しているダムの手すりに手をかけて、初瀬・日和はその水の底を覗き込む。
 確かにガイドブックにも乗っているとおり、水の底が濁ることなく透き通り、当時のままの村の姿が底にはあった。
「あんまり乗り出すと危ないぞ」
 羽角・悠宇は、すっと手を出して日和の身を庇うように横から手を伸ばす。
「大丈夫よ」
 水はこんなにも穏やかで、何かが起こるようには思えなし、ましてや人を引きずりこむような悪意も感じられない。
「確かにな」
 神隠しという噂はたったが、ここはいい景勝地であり避暑地だ。
 日和の言葉に納得するように、悠宇もダムの先を見る。
「今まで帰ってきた行方不明者は、草間さんのところへ依頼に来た彼一人……これで、事件の解決になればいいんですが」
 一人ビシッとスーツを着込んでいる葉月・政人は、草間の調査員ではなく、解決のために同行した警察関係者だ。
 恥ずかしいことに、この白落ダム失踪事件は未解決のままもう何十年も経ってしまっている。
 草間が警察の捜査状況を聞きにきたときに、これ幸いにと同行したのだった。
 シュラインは鞄からファイルを取り出し、この辺り――と言ってもだいぶ離れているのだが――で仕入れることが出来た情報を伝える。
「調べたのだけど、このダムに沈んだ白落村では、この時期に夏祭りが行われていたらしいの」
 それが何に関係してくるかは分からないけれど、ダムに沈まず残っている近隣の村に聞いたところ、年配の住人が大きくて楽しいお祭りだったと楽しそうに語っていたのがとても印象的だったのだ。
 祭りの名は『霹靂祭り』。
 白落村の記憶を聞けば、必ずといっていいほどその祭りの名が出た。
「それほど印象的なお祭りだったのですね」
 村が沈む前に来てみたかったものですとセレスティはしみじみと頷く。地元で有名なだけのお祭りなのだから、知らなかったとしても仕方はないのだが。
「祭りと神隠し…無関係でしょうか」
 日和はダムを見つめ呟く。
 祭りが神を慰める儀式だというのなら、それがなくなってしまった神様は、悲しんだだろうか。
 それは、分からない。分からないけれど、これだけは分かる。
「本当に綺麗なところ……」
 まさに神の息吹が込められているかのように。
 神隠しという噂が立っていなければ、もっと観光客でいっぱいになっていてもいいはずだ。
 しかし、その神隠しがスパイスになって訪れている観光客もいるようだが。
「もう! どういうことよー!!」
 静寂を楽しむはずの場所で、叫び声が響く。
 一同はこの罰当たりな声に何事かと視線を向けた。
「あら、草間ご一行様じゃない」
 偶然ね。としれっとした顔で長い髪をかきあげて歩み寄ってきたのは藤田・あやこだ。
「もう聞いてよ!」
 だれもどうしたと聞いていないのに、あやこはここへ来た経緯を豪語し始める。
 正直どうでもいいので右から左に聞き流しつつ、本題は依頼人が神隠しにあった10年間の記憶の切れ端を探すこと。
 本当ならばこのダムの周りの山々も国有林として立ち入り禁止なのだが、政人とセレスティの計らいで林の中へも調査へ入れるようになっていた。
 一人心優しくも律儀な日和があやこに捕まり、自分のことが書かれている三面記事を見せられながら、普通の人が聞いたら妄想炸裂と言われても仕方がない生い立ちを聞くも涙、語るも涙という口調で言い聞かされていた。
「それにしても、帰ってきたのは彼一人、彼も余り覚えていないとなりますと、神隠しが起こる切欠等も分かりませんね」
 一人涼しい顔でセレスティは辺りを見回す。
 空は突き抜けるまでの快晴だ。
「当時の調書にも記録が残っていますが、やはり現場100回ですからね」
 現場ではなくキャリアの人間が自らの足で調査を行うことを見るなんて、某大人気港刑事ドラマ並のレア度だ。
 まずはダムとその周辺の調査。洗い出し。
 それぞれが何か妖しいものはないかと調査を始める。
 ぐにゃり。
 ぐにゃり。
「汗、かいてないのに……」
 日和の目の前に広がる陽炎。
「熱射病に体感温度は関係ないわ。何か飲む?」
 乾きを感じたタイミングでの水分補給は遅すぎるのだ。
 シュラインは大き目のウェストポーチから保冷ケースに包んだペットボトルを取り出した。
「ありがとうございます」
 日和は素直にペットボトルを受け取り、喉を潤した。
 ぐにゃり。
 ぐにゃり。
 暑いわけでもないのに、悠宇はつい視覚情報という名の暑さから額をぬぐう。
 特定の誰かだけに起きている現象ではないのか。
「凄い陽炎だな」
 つい感嘆してしまうほどに景色はゆらゆらと揺れている。
 そんな中で、セレスティは一人、軽く瞳を閉じた。ダムの水に働きかけてみる。
 霧でも作れば多少暑さも和らぐだろう。ビバマナスイオン。
 しかし返ってくるのは静寂。
 操れる…ような水ではない。
 もう誰かの支配下に置かれた水。
 幻覚と現実の狭間にたゆたう―――水。
 ぐにゃり。
 ぐにゃり。
「皆何してるの?」
 遊びや酔狂で観光地に着てまで仕事着な人などいやしない。
 あやこは眼をぱちくりとさせてその様を見ていた。

















 小さな腕を組み、悠宇はうぅむと眉間に皺を寄せて、その場に立ち尽くしていた。
『霹靂祭り』
 この祭りの名前が書かれたのぼりの文字は難しくて悠宇には読めない。
 心の中の議題はこれからどの露店を楽しむか。
 食べ物の露店だけではなく、ゲームの露店も数多い。
 そのためか、目移りしてしまって決められずにいたのだ。
 藍色地の浴衣は夜の空を映したようで、少し露店通りの提灯の明かりが届かない場所に足を踏み入れると、直ぐに景色に溶け込んでしまう。時折光の加減で尚暗く見えるのかと思ったが、どうやらそれは蝙蝠の柄らしく、浴衣だけは本当に涼しい夜のようだ。けれど、悠宇の髪の色は銀。そのためか下手に暗いと頭だけが暗闇に浮かんでいるようにも見えなくも無かった。
「うわぁ!」
「ん?」
 どうやら一人、そんな悠宇に驚いた人が声を上げる。
「あ…あぁ。浴衣の柄かぁ。坊ちゃん、あんまり暗いところ歩かないほうがいいよ」
 ほっと胸をなでおろしつつそう言って悠宇の頭を撫でたのは、犬頭の男の人だった。
 Tシャツに前掛けをつけているところをみると、何処かの露店の店員なのだろう。
 悠宇は自分の浴衣を見直し、他人から見ればそうなのかもしれないと、うんと頷く。
「そっか、分かった。気をつける」
「うんうん。偉いぞ坊ちゃん」
 犬頭の何かの店員さんはまた悠宇の頭をなで、うーんと少し考えるような仕草をすると、
「坊ちゃん。迷ってるなら、うちの露店見てくかい?」
 見ていくということは、食べ物系の露店ではないのだろう。
「何の露店なんだ?」
「ソレは着いてのお楽しみだ」
 悠宇の疑問はもっともだが、犬頭の店員はわははと笑って誤魔化すと、悠宇の手を引いて自分の露店まで連れて行った。
「………普通じゃん」
 露店の前にぽつんと立たされ、悠宇はぼそっと呟く。
 そこは何の変哲も無いくじ引きの露店。
「うわ! 坊ちゃん、酷いねぇ」
 中心を隠してあって、好きな紐を引っ張ると品物が連れるというタイプのゲーム。
 紐の絡み具合や進み具合を隠す箱の向こう、当たるかもしれない品物を見定めるように眺め、悠宇は大きく1回頷く。
「んーよし。これで俺の運試しだ!」
「そうこなくっちゃねぇ」
「1回幾らだ? あ、ちょっと待って」
 お小遣い幾ら持ってたっけ? と、悠宇はぺたぺたと浴衣の上からお財布や小銭の気配を確かめる。
「あ、ごめん……」
 お金ない。
 急に切なくなった。
 お金が無ければ、ゲームだけではなく食べ物も食べられない。
「ん? お代はいらないよ」
「え?」
 悠宇は驚いて顔を上げる。
「このお祭りの露店はみんなタダなんだ。だから気にしなくていいよ」
 祭りに出店している露店全てが無料なんて、どれだけ大盤振る舞いのお祭りなんだ。
 半分信じられずに悠宇は怪訝そうな瞳で、犬頭の店員を見上げ問う。
「本当?」
「本当だよ」
 間髪いれずに笑顔で帰ってきた応えに、悠宇はぱぁっと顔を輝かせた。

 結局、ただだからと言って何度もやっても仕方が無いわけで、運試しなんて1回やれば充分で、悠宇はため息をつくしかなかった。
 10回ほどやったのに、欲しいと思ったプラモデルの箱は当たらなかったのだ。
 やればやるほど減ると思うのに、全く持ってかすりもしなかった。
 外れで何個か当てた飴を舐めながら、悠宇は次の露店を見定める。
 何時までも落ち込んでいたって仕方が無い。行ったことがない露店もまだたくさんあるし、時間だってまだまだあるのだから。
 ぐぅうう〜……
「う、腹減ったか」
 たこ焼き、焼きそば、お好み焼き。
 どれも代表的な食べ物だ。
 悠宇は腕を組んで何を食べようか考える。が、
「全部食べりゃいいんじゃん!」
 そう結論付けると、意気揚々と駆け出した。
 どこのたこ焼きが一番美味しいかとかは、食べ比べたい人がすればいい。
 作れない自分からすれば、どれだって美味しいのだから。
「ありがとー!」
 行く先々の食べ物系の露店で悠宇はこの言葉を笑顔で店員に告げならが、ドンドン両手は荷物でいっぱいになっていく。
「おいおい、坊ちゃん大丈夫かい?」
 途中心配されたりもしたが、食べ歩きでありながら、悠宇の手からは一つとして落としたりこぼしたりということが起きていない。なんと言うバランス感覚。いや、食べ物への情念?
 最後の一口を堪能するように、大きな口を開けてぱくりとほおばる。
「あはは。やっぱ悠宇って凄いね〜」
 自分と同じ10歳くらいの女の子の声。
 悠宇は眼をぱちくりとさせて、声が下方向へ顔を向ける。
「あ、ついてる」
 女の子は悠宇の口元についたソースをハンカチでふき取って、にっこりを微笑んだ。
「えっと……」
 誰だっけ?
 女の子は自分の名前を呼んだ。なら、多分知り合いなのだと思う。けれど、自分はどうしてもこの子の名前を思い出せない。
 おかっぱ頭の女の子は、淡い色の浴衣を着込み、何処までも穏やかな瞳で悠宇を見ている。
 どうして?
「どしたの?」
 女の子もそんな悠宇の眼差しに気がついたのか、眼を瞬かせて首を傾げる。
 素直に言ってしまっていいものか迷う。
 悠宇がじっと女の子を見ていると、彼女はにっこりと満面の笑顔を返した。
「白…楽……」
「なあに? 悠宇」
 にこにこにこ。
 白楽の笑顔は何処までも明るい。
「あ…いや、何でも……うーん」
 どうして忘れていたのだろう。
 今ならば不思議なくらい分かるのに、さっきまで何かもやでもかかってしまったかのように思い出せなかった。
 そんな自分に首を傾げてみても答えは出てこない。
「白楽はどうだ? 何か食べたのか?」
 悠宇の質問に白楽はん〜と指を一本顎に当てて虚空を見上げる。
「うん。結構ね!」
 欲しければくれるから、つい食べすぎちゃうよね〜と、にこにこと白楽は答える。
「定番のものって食べたけど、お勧めとかあったりする?」
「お勧め…うーん」
 白楽は記憶の糸を辿り、自分が食べて美味しかった露店を思い出そうと眉間に皺を寄せる。
 瞬間、ぱっと顔を輝かせ辺りを確認するように見回した。
「あ、悠宇。あそこ!」
 白楽は柳のように悠宇のそばからすり抜けて、目当てを見つけたらしい露店へと駆け出していく。
「え! おい、白楽!」
 悠宇はそんな気まぐれな白楽にたじたじで、名前を呼ぶが白楽は止まらない。
「待てよ、白楽!」
 たったと駆けていく白楽を追いかけ、悠宇も小走りに走り出すが、突然増えた人ごみに白楽の背中はどんどん遠ざかっていく。
「待てって……!」
 手を伸ばすがもう届かない。空回りの指先が空を切る。
「うわ!」
 履きなれない下駄に躓き、悠宇は前のめりになって前を向いていたはずの視線が地面を見ている。
 しまった! と、思ったときにはもう遅かった。倒れる衝撃を予感して、自然と眼を閉じる。
 が―――
「おっと」
 大きな手が横から伸びて、すっと悠宇の身体を支える。
 来るはずの衝撃が来なかったことに悠宇はそっと眼を開き、顔を上げる。
 そこに居たのは、自分よりも5歳ほど大きい少年。
「あ…ありがと」
「よそ見していたら危ないですよ」
 少年は悠宇がどこか怪我をしていないか確かめるように腰をかがめる。
「…………………」
 悠宇はただ呆然と少年を見つめた。
 視線に気がついた少年は心配そうに悠宇を見返す。
「やっぱり、どこか痛かったのかい?」
「いや、ん…違う……」
 目の前の少年と比べて、今の自分の手はなんて小さいのだろう。
「俺……」
 自分が転ぶのではなく、転びそうになった誰かをこうして助けたことが無かっただろうか。
 背だってもっと高くて、力だって自分を助けてくれた少年のように強くなかっただろうか。
 違和感。
 自分の今の手は10歳ほどの小さな子供の手だ。
 おかしい。いや、おかしくない?
 自分は今10歳なのだから。
(違う!)
 悠宇は自分の手をぐっと握り締める。
「なあ、えっと…葉月さん?」
「え?」
 少年は怪訝そうな面持ちで悠宇を見つめ、合点が言ったとでもいうように
「あ…あぁ、悠宇くんか!」
 違うと気付いた瞬間に、若くはなっているが面影が残る顔立ちのおかげで少年が政人だと直ぐに気がつくことが出来たのはよかった。
「なぁ俺たちだけかな?」
 きっとこれが神隠しの正体。
「いや、僕は神時という少年に出会いましたし、他にも人がいるんだと思いますよ」
「そっか、俺も白楽追いかけて葉月さんに助けられたわけだし、そうだよな」
「探してみましょう」
「ああ」
 政人の提案に悠宇は大きく頷き、その後を付いて祭りの喧騒へとまた舞い戻った。

















 完全とは言い難くとも、それなりに記憶を取り戻した悠宇と政人は、あの時一緒にいた他の3人がいるかもしれないと祭りの中を駆け抜けていた。
「悠宇!」
 聞き知った声が、悠宇の名を呼ぶ。
 少し高い声音だったが、それが誰のものなのか直ぐに分かった。
「日和! やっぱり居たのか」
 元々同年代の悠宇と日和は、この場所でも仲良く同じ年齢の見た目になっていた。
「他に誰か見ませんでしたか?」
 一人高位置にある視線を降ろして、政人は日和に問いかける。
 だが、日和は首をふるふると振って、ごめんなさいと瞳を伏せた。
「後は……」
「シュラインさんとセレスティさんです」
 自分たちが思い出せたのなら、二人が例え思い出していなくても、本当のことを伝えることができる。
「探しましょう」
 政人は身長を活かして辺りを見回す。ほどほどに広い祭りで、特定の誰かを探すのは困難を極める上に、手分けして探しては合流できない可能性も出てくるし、また忘れてしまうかもしれない。
 できるだけ3人一緒に行動したほうがいいだろう。
 二人のうちどちらが探しやすいかといえば、銀の髪のセレスティだ。
 悠宇とは色の質が少々違っているが、同じ銀髪の――現象を思うに――少年を見なかったかと聞けばいい。
 そうと決まれば実行だ。店員さんや、行き交う人を捕まえて、セレスティのような子供を見なかったかと尋ねる。
 すると、
「そんなような子が、歩いてったような気がするなぁ」
 と、それなりに有用そうな情報を手に入れて、教えてくれた方向へと駆け出した。
 道すがら、政人は難しい顔で口を開く。
「ここはダムで沈んだ村の記憶みたいな世界、と考えるべきなのでしょうか」
「どうして沈んだ村って思うんだ?」
 このお祭りがどこで行われていたお祭りかだって分からないのに、政人が確認するように言った言葉に、悠宇は首を傾げる。
「あれですよ」
 そして政人が指を刺したのは、『霹靂祭り』とプリントされたのぼり。
「シュラインさんが言ってましたね。ダムで沈んだ白落村では毎年『霹靂祭り』が行われていたって」
「そうです」
 思い出すように情報を捕捉した日和に、政人は頷いた。
 考えるように口元に手を当てて、
「村人なら他の土地で新しい人生を送れる。だけど、この村自体は同じ時間を繰り返さなければ存在が終わる。だからこの世界を作った。そして我々はそこに迷い込んだ。そういうことなのかもしれません」
「この現象を引き起こしてる本人に聞かなきゃそれは分からないけど、お祭りである必要性ってあるか?」
「それに、神隠しが起こる理由も説明が付きません……」
 政人の予想に正誤を示してくれる声がないため、確かなことは悠宇や日和にも言えないが、それを正解としてしまうにはかみ合わないことがある。
「迷い込むだけにしては、人が多すぎるというのは確かですね…」
 政人は、迷いこんだ人が戻るためには、未来へ生きる決意を固める必要があると思っていた。だが、それには少しずれがありそうにも思う。
「あ、あれ!」
 人の波の隙間。銀色のおかっぱ頭が見える。
「セレスティさん!」
 悠宇が叫んだ。
 銀髪の少年は振り返る。
 息を切らしている3人を見るなり、少年はきょとんと小首をかしげた。
 やはり、忘れたままなのかもしれない。
「帰らないと、いけないのです」
 少年はずっと感じていた気持ちを口にする。それは、3人が自分を知っていると感じたから。
「そうですよ。僕たちは帰らないといけません。セレスティさん」
 政人はセレスティの言葉を肯定するように強く言い放つ。
「あ……」
 何か、声のようなものが邪魔をする。
 帰りたいと思い出せたのに、その続きを別の何かが邪魔をしているのだ。
「とりあえず、シュラインさんも居るはずだ。探そう」
 このままここに固まっていても埒が明かないと踏んだのか、悠宇は険しい顔つきで同意を求める。
 政人は頷き、二人は日和を見た。
「はい」
 勿論日和に他意はない。けれど、
「歩けますか?」
 現実のセレスティは車椅子なため、日和は頭を抱えているセレスティに手を添えて心配そうに覗き込んで尋ねる。
「……大丈夫、です」
 早くは走ったりできないけれど、歩くことに問題はない。
 セレスティは日和に手を引かれ、シュラインを探すため歩きだした。











 一人の少女が人ごみの真中で、不安そうに眼を見開き、頭を抱えて立っていた。
「シュラインさん?」
 声に、少女は顔を上げる。
 綺麗な青色の瞳が微かに濡れていた。
「帰ろうぜ。草間さんも待ってるだろうし」
「くさ…ま……」
 諭すように尋ねた悠宇の声に、少女は小さく繰り返す。
「草間さんですよ? 本当に思い出せませんか」
「分かるわ。ううん、分からない!」
 政人の言葉に、一瞬本来のシュラインらしさのようなものを垣間見たが、すぐさま頭を抱えて首を振る。
「金魚……」
 シュラインの眼が、日和の腕にかかっている金魚に向けられる。
「そうよ……」
 金魚すくいで出目金をすくいたと思ったが、金魚蜂にヤニが付いてしまったり、温度調節が満足に出来なさそうだと諦めたのだ。
 諦めたのだけれど、どうしてヤニが付いてしまうのかが思い出せなくて、どうして金魚がこの祭りでは死なないのかが疑問で。
「ダメ。分からない、分からない!」
 シュラインは頭を抱えて首を振る。
 日和と悠宇は顔を見合わせた。
 本当は分かっている。だが、分かってしまったことを何かに邪魔をされて、混乱ばかりが募る。
 セレスティと同じようにシュラインも頭を抱えてしまった。
 どうして、悠宇・政人・日和の三人と、セレスティ・シュラインの二人ではこんなにも差が出ているのか。
 他に何か原因があるのではないだろうか。
「集まって、何してるの?」
 少年の声音。
 今ならばよく知っているけれど、本当は知らないはずの声音。
「神時くん……」
 神社で政人に声をかけてきた少年。
 何故彼がここに居るのか。いや、彼だってお祭りを楽しんでいるのだから、自分たちを見つけて話しかけてきたとしても不思議ではないのに。
「あなたとの記憶は僕の中で不確定が多すぎます」
 なぜですか?
 元々は警察だという記憶と、神時という友が居る記憶が同等に存在している。
 けれど、友達のはずなのに、彼が何処の誰で、何時知り合ってという、存在しているはずの記憶がないのだ。
 ただ、行き成り神時という名の友達が居たという記憶だけで。
 神時は政人の問いかけににっこりと微笑んだ。
「やっぱり思い出したんだね」
 まだ何かの影響なのか、はっきりとしていないセレスティとシュラインに向けて神時が薄く微笑んで問いかける。
「捨ててしまえば、その頭痛は止むよ」
 びくっと二人の肩が震えた気がした。
「二人をこんなにしたのは、お前か!」
 悠宇は奥歯を噛み締める。
 だが、そんな悠宇の剣幕などしれっと受け流して、神時は微笑んだ。
「だって、二度目なんだよ?」
 きっと、心の奥底でここに来たいと――ここに居たいと、思っていたから、もう一度来たはずだ。
 穏やかな口調ながらも有無を言わせぬ声音で続ける。
「もっと強く埋め込むべきだったね」
 この世界の記憶を。もう二度と元の世界のことを掘り起こせないほどに。
 神時の表情は微笑みのまま崩れない。
 頭の横につけていた狐のお面を正面につける。神時の表情が全く分からない。
「神時!」
 たったと神時の姿を見つけかけてきた女の子。
「…白楽ちゃん」
 日和の口から出た女の子の名前。
「あれ? 皆何してるの?」
 白楽はきょとんと小首をかしげ、何故こんなところに集まっているのか分からずに皆の顔を順に見る。
 困惑している瞳を返されて、白楽は微笑もうとして失敗したような表情で微かに俯く。
「……あ…そっか……」
 白楽はぎゅっと両手で浴衣のはしを握り締める。
「…さよなら、なんだね……」
「いいのかい? 白楽」
「うん。居てほしいけど、苦しいのはダメだもん。だって、お祭りなんだだから」
 白楽の視線が頭を抱えるセレスティとシュラインに向けられる。
 じわりと目じりが潤み、ぐずっと鼻水の音がたてて、白楽はポロポロと大粒の涙を零して泣き出した。
「だから、いいよ……ごめんね、神時。ありがとう」
 彼女と彼が覚えていなくても、神時と白楽は覚えている。
 彼らがこの祭りに来たという記憶を。
 だからこそ、誰よりも強い記憶を植えつけたはずなのに。
 神時はそっと白楽を包み込んで、寂しそうに眉根を寄せると、小さくささやいた。
「……君がそう、望むなら」

 ドン!

 急に暗くなった空に、大輪の花が咲く。
 弾かれるように顔を上げる。
 花火の音と同時に、セレスティとシュラインは頭痛から解放された。
「あ……」
 シュラインは白楽と神時の姿を見て、泣きそうに口元を押さえた。
「白楽ちゃん!」
 自分は一度その手を振り払ったのだ。
 二度も、そんな事をしなければならないなんて。
 また、泣かせてしまうなんて――――
「ごめんなさい。ごめんなさい! それでも私は、あなたと一緒には居られない……」
 白楽はたったとシュラインに駆け寄って、精一杯笑う。
「大丈夫。寂しいけど、お友達はいっぱいいるから」
「それは現実を思い出さなかった人たちですか?」
 どこか引き締まった声音で政人が問いかける。
「違うよ。このお祭りが大好きな人たちだよ」
 白楽は小首を傾げ、きょとんとしたような瞳で答えた。
「あなたは―――」
 尚言い募ろうとした政人を、セレスティが浴衣を引っ張って止める。
「ですが……」
 困惑した瞳で見下ろしたセレスティは、ゆっくりと左右に首を振った。
「前回以上に少し強引でしたね」
 神時はお面をずらし、肩をすくめるようにして微笑んだ。
「君は…ううん。いいや」
 そのまま瞳を伏せ、言いかけた言葉を止める。
「あの……」
 口を開いたのは日和だ。
 神時は首を傾げる。
 神隠しなんてなってしまったけれど、お祭りは確かに楽しくて、元の世界に戻った時覚えていたって構わないような気がして。
「どうしてお祭りなんですか?」
 本当はどうして神隠しなんて起こしているんですかと問いたい。
 この場に訪れたときの神時の言葉は、それを故意に起こしていると読み取れた。
「それが、一番楽しかった記憶だから」
 それに…と、微笑んだ顔が切ない。
「誰だって楽しいほうがいいでしょ?」
 牙をむいたのは悠宇だ。
「だからって、こんなこと許されないだろ。ここへ来た人は、現実じゃ行方不明ってことになってるんだぞ!」
 どんな理由があったとしても、その人が持っているはずの未来を奪うようなことをしてはいけない。
「僕は引き止めなかった。君と、君と…君を」
 示されたのは、悠宇と日和と政人。
 それは思い出したから。
 “本当の自分”を思い出したのならば、これ以上ここには居られない。
「だから僕は…僕たちは、これ以上君たちを引き止めない」
 神時の言葉の中には、思い出したのなら現実に帰ればいいという色が込められている。
 ただ、シュラインとセレスティは二度目だったために、少し強く細工をしてしまったけれど。
 おずおずと日和は尋ねる。
「他の人たちは、帰れないんですか?」
 思い出していない子供たちは。
「帰れるよ。思い出せば」
 全ての答えと道は自分の中にある。
 現実を思い出していない人に帰ろうといったって、帰る場所は“ここ”なのだから意味が通じない。
 それに、現実に何か強い思いがあれば思い出すことは容易なのだ。
 それが起こらないということは、現実にそこまでの思い入れがないということ。
「長話をしちゃったね。白楽」
 名を呼ばれ、白楽は頷く。
「さよなら」
 またね。という言葉はもう言わない。
 背後では大きな花火が夜空を彩っている。

ドーン! ドドーン!

 足元が揺らいだ気がした。
















 なぜか頭が朦朧として、その場に倒れそうになる。
 膝を崩した日和を、同じように崩れそうになりながらも踏ん張って支える悠宇。
 車椅子のままダムを見つめるセレスティや、必要以上にどこか切ない表情のシュライン。
 そして、しばし呆然とした政人が立っていた。
「お前たち何時からそこに!」
 草間の声に全員がはっとして視線を向ける。
 一気に5つの視線を受けた草間は、うっとたたらを踏む。
「何言ってんだよ、最初からここにいただろ」
 余りの草間の対応に悠宇は笑って答える。
「そういえば、陽炎が見えなくなりましたね」
 あんなにも景色が揺らいでいたのに、今はその兆候がまったくない。
「草間さんのほうは進展ありましたか?」
 政人は何気なく問いかける。
「あ…あぁ、さっぱりだ」
 あまりにナチュラルな問われ方だったため、逆に草間がたじろいで、言葉がどもる。
 誰も自分が神隠しにあいましたなんて言うはずがない。
 なぜならば、依頼に来た彼でさえも10年という歳月が過ぎていなければ、神隠しにあったと分からなかったのだ。
「やはり、そうですか」
 その会話を背後で聞きながら、セレスティはダムの水に働きかける。
 ピシャン。
 微かに跳ねる水音。
「……………」
 さっきもここの水は操れただろうか。
 それに、この水はもっと澄んでいたように思える。
「そういえばお前たち昼はどうした?」
 草間の問いかけにシュラインは自分の腕時計を急いで見る。
「いけない! もうこんな時間」
 ダムの周りは店がなにもないため、お弁当を作ってきていたのだ。
 もう殆どおやつ過ぎという時間になりかけているが、まだお弁当は大丈夫だろうか。
「皆、食べる?」
 おずおずと問いかける。
 夏の日の下、放って置かれた弁当を食べるというのは勇気が……
「依頼人は申し訳ないが、帰るぞ」
 現地へ来ては見たものの、何の収穫も手に入れられなかった。
「待ってください草間さん」
「何だ葉月。まだ警察は隠してる情報でも持ってるのか?」
「い…いえ……」
 政人自身もなぜ引き止めてしまったのか分からない。
 けれど、何かあったのだ。
「もしかして、俺たちも神隠しにあってたとか?」
 悠宇は冗談のつもりで口にしたのだが、日和の真剣な眼差しに、あれ? と冷や汗を流す。
「そうかもしれません」
 すっと車椅子を動かしてセレスティは近付き、同意する。
 それは、操れなかったはずの水が操れるようになっていたから。
「でも、その状況を覚えていないのですから、同じですね」
 何も情報が得られていないということと。
「それだったのなら、覚えていたかったわ。とても」
 この切なさの理由が分からなくてシュラインは小さく微笑む。
 すっぽり抜けている数時間の記憶。
 草間は一同の反応にどうしたものかと頭をかく。
「悠宇はけろっとしてるんだな」
 行き成り矢面に立たされ、悠宇はポリポリと頬をかいた。
「だって、一瞬のことっぽいじゃん」
 余りにも一瞬の感覚過ぎて実感が湧かないのだ。
 しんみりとしてしまった空気を感じ、草間は少しだけ声を大きくして宣言する。
「よし、帰るぞ! お前たちが仮に神隠しにあっていたとしても、収穫はゼロだったわけだからな」
 ダムに背を向けて歩き出す。
 陽炎は、見えない場所で揺らめき、澄んだダムの水は1つのさえも波紋も描いていなかった。






























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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ/女性/26歳(13歳)/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725歳(12歳)/財閥総帥・占い師・水霊使い】
【7061/藤田・あやこ(ふじた・−)/女性/24歳(11歳)/IO2オカルティックサイエンティスト】
【3524/初瀬・日和(はつせ・ひより)/女性/16歳(10歳)/高校生】
【3525/羽角・悠宇(はすみ・ゆう)/男性/16歳(10歳)/高校生】
【1855/葉月・政人(はづき・まさと)/男性/25歳(15歳)/警視庁超常現象対策本部 対超常現象一課】

※()内は『霹靂祭り』参加年齢です。


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■         ライター通信          ■
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 神隠しにご参加くださりありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 夏祭り部分よりも多少考察系の部分が多くなってしまったような気がしますが、楽しんでいただれれば嬉しいです。
 初めまして。悠宇様は何かと日和様を気にかけているといった印象を受けましたので、そういった描写をさせていただいたつもりでいます。
 ちょっと熱血系気味に書いてしまいましたが、イメージと違うようでしたら申し訳ないです。
 不都合あるようでしたら、ご一報ください。

 一週間後あたりに胡間絵師の異界ピンの受注が行われます。あわせてよろしくお願いします。

 それではまた、悠宇様に出会えることを祈って……