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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


+ 本日、禁煙デー +



 それはある晴れた夏の日のこと。


「あ、煙草が切れた」


 草間 武彦(くさま たけひこ)は最後の煙草を灰皿に押し付けながらそう呟く。仕方なく新しい煙草はないか辺りを探すが興信所内にはない様子。
 重い腰を持ち上げて外に設置してある煙草の自販機まで行けば、何故か全商品「売り切れ」の文字が光っている。


「なんなんだ、今日に限って……。はぁ、面倒だがコンビニまで行くか」


 落胆の息を吐きながら草間は近くのコンビニに方向を変える。
 店員の「有難う御座いましたー!」という声を聞きながら店の外に設置されている自販機を覗けば何故かそこの自販機も「売り切れ」の文字が。
 そろそろ文句の一つも言いたくなってきたもののそこはあえて抑えながら自動ドアを潜りコンビニの中に入りレジに並ぶ。自分の番になって好きな銘柄を言えば店員は爽やかな笑顔を浮かべてこう言った。


「大変申し訳御座いませんが本日はお売りできません」
「なっ、なんでだ?」
「本日は全国で「禁煙デー」と定められておりまして、煙草を販売することは禁止されているんです。テレビとかでも割とCMが流されてましたし、店の外にも禁煙を促すポスターが貼ってますよ。見ましたか?」
「……き、禁煙デーっ……!?」


 草間は店員の言葉に反応し、店の外へと早足で出る。
 自販機の隣には最近人気上昇中のアイドルが笑顔で「皆で禁煙しよう!」と爽やかな笑顔を向けながらこちらを向いているポスターが確かに貼られていた。



■■■■



「あら、草間さん。ごきげんよう」
「……あ、ああ。お前か」

 アレーヌ・ルシフェルはコンビニの前で佇む草間に声を掛ける。
 だが気の抜けた微妙な返答に頭の上に疑問符を浮かべた。


「どうしましたの? そんな腑抜けた顔をして。いつものあなたらしくありませんわよ?」
「……これだ、これ」
「これって……あら、『禁煙デー』ですわね」


 草間が指をさした先には禁煙デーのポスターがある。そのポスターを見て全てを察したアレーヌは自身の細長い指先を顎に当て、ほんの少し首を傾げた。確かにヘビースモーカーの草間には例え一日であったとしても煙草が吸えないのはきついだろう。
 だがそれはそれ、本日は喫煙デーに変わりない。


「確か、禁煙デーで煙草を購入すると5千円以下の罰金。また店側が煙草を販売した場合、10万円以下の罰金だとか……関西では罰金が5万円以下だとか……」
「っ!? なんだそれは! たかが一日の話だろ!?」
「でもテレビのCMはそう言ってましたの」
「……嘘だろ」
「煙草が買えない場合、どうなさるおつもりですの? その様子じゃストックも持っていらっしゃらないんでしょう?」
「…………だ、誰か喫煙者に分けてもらう」
「あら、その方まで同罪に追い込む気ですの? 今日は誰も吸ってはいけない日ですのよ。見つかったら即罰金ですから、恐らく誰も分けては下さらないと思いますの」
「……」


 アレーヌの言葉に絶望を感じた草間はがっくりと肩を落とす。
 そのままポスターの貼ってあるコンビニの壁に寄りかかり本格的に落ち込み始めた。


 まだ時間は昼を少し回った時――――一日は長い。



■■■■



「つくづく思うが……この国もよく禁煙デーなどとふざけた日を決定したな。煙草は確かに有害だが商売的には有益な部分もあるだろうに」
「ああ、俺もそう思う」
「そしてつくづく思うのだが、たかが禁煙程度で喚くお前の馬鹿さ加減も凄いな」
「どういう意味だ、おい!」


 黒 冥月(ヘイ ミンユェ)の言葉に草間は眉間に眉を寄せる。
 確かに彼女の言葉にも一理あるのだがそこを認められるほど草間は素直には出来ていなかった。煙草を吸えない苛立ちが足先の貧乏揺すりから伝わってくる。


 アレーヌと話をした後、二人は取りあえず何か煙草の代わりになるものを探すということに結論に達した。
 再度コンビニ内に入ってみるものの煙草の代わりになるものが思い当たらず、仕方なく店外に出て辺りを歩いていたところをこちらもまた偶然外に出ていた冥月に出逢ったのだ。
 他愛ない挨拶を交わすが、やはり草間は彼女にも覇気のない返事をしてしまい、理由を話すことになってしまう。


「吸おうか吸うまいがどうでも良いが……煙草位常備しとけ。そうすれば隠れて吸えたろうに」
「今日が禁煙デーなどと誰が思うか」
「テレビやラジオでのCM活動に加え、街でもわりとポスターが貼られていたぞ。流石にあれを無視する方が難しいのでは?」
「……さ、最近は仕事が忙しくてだな。それでうっかり、だな」
「まぁ喫煙は周囲が一番体に悪いと聞く。“可愛い妹”の健康を思えば“ 兄 な ら ”一日位我慢してみせろ」


 しどろもどろと返答する草間が可笑しいらしく冥月は更に言葉を続ける。そして草間の背中を力強く叩くと爽やかな笑顔を向けた。


「よし。もし今日一日、一度も煙草の事を口にしなければ、明日煙草でも葉巻でも何でも好きなだけ買ってやろう」


 押されてやや前屈みに身体を傾けた草間がその言葉に意外そうに目を丸める。
 だが彼女が昔暗殺者時代に稼いだ金のことを思い出し、苦笑を浮かべた。煙草の代わりになるものを探してくれているアレーヌの姿を見ながら体勢を戻し、それから冥月の方に視線を向ける。


「お前今日は随分気前がいいな、男より男らし――」
「よし、一発殴らせてもらおうか」


 草間のからかい言葉に意味深な笑みを浮かべると彼女は素早く拳を作った。


 時間はやっと午後二時――――日が落ちるにはまだ遠いその時間に草間の悲鳴が街の一角で響いた。



■■■■



「あ、武彦さん。やっと見つけた!」
「……あ、ああ、シュラインか」
「今日禁煙デーでしょう? 武彦さん最近興信所にこもりっきりだったからそのこと知らないんじゃないかしら」
「…………知らなかった。知らなかったとも」
「煙草を買いに行って来るって行って出て行ったきり戻ってこないなーって思ってたら、やっぱりふらついてたのね。はい、これ」


 草間は冥月に殴られた頬を軽く手で押さえながらやってきたシュライン・エマの姿を見とめる。
 彼女がポケットから差し出してきたものを目で追えばそれは包装袋に包まれた一つの飴だった。草間は首を捻りながら相手に意図を尋ねる。シュラインはふふっと小さく笑うとその包装紙を破って中から白い飴を取り出す。


「ハッカ飴よ。これで少しは気が紛れると思うの」
「薄荷か……そんなもんで煙草が吸えないこの気分を晴らせるものか?」
「まあまあ、何もしないより良いと思うの。えい!」
「ん、むぅ!?」


 シュラインは草間の鼻先を摘み、油断して開いた口の中に飴を放り込む。
 驚いて飲み込まないよう気をつけて観察していると草間はやがて諦めたかのようにその飴を舌の上で転がし始めた。すぅとした薄荷の刺激が確かに煙草でむずついていた舌先を落ち着けてくれるような気がする。
 草間は両手を顔の隣まで大人しく持ち上げる。
 シュラインはその様子を見てほっと息を吐くと摘んでいた指を外した。


「何も口にしないで煙草ばっかり考えてちゃニコチンのことが頭から離れなくなっちゃうからこれで少しは治まるといいわね」
「確かに、な」
「ああ、調査時閉じ込められた時に煙草我慢する練習だと思えば?」
「その時にはストックを切らさないよう気をつけることにする」
「もう、ああ言えばこう言うんだから」


 シュラインは草間の言葉にほんのちょっぴりだけ頬を膨らませ、それから呆れた息を吐く。だが草間の苛立ちが緩和された様子を見てとれたので、自分も何となく嬉しくなり別の薄荷飴を口に含むことにした。


 時間は午後三時――――それはそろそろ日差しも和らいできた午後の薄荷味のひとときのこと。



■■■■



 大通りの店は禁煙デーのため全く煙草を販売していないことに気付いた面々は少し道を変え路地裏の方へと行く。
 昭和時代を思い出せるようなどこか懐かしい光景に一同興味を示した。特にアレーヌは小さな駄菓子屋に心惹かれたようでぱたぱたと子供のように駆けていく。
 そんな彼女を残りの三人も追い掛け、店内を覗いた。


 スーパーボールを当てるためのくじ。
 十円単位のお菓子達。
 竹で作られた水鉄砲、紙風船、ノルタルジーを感じさせる木製の店。
 そしてまるで漫画のように店の奥で猫を膝の上に乗せながら四人に笑顔を浮かべる皺が刻み込まれた老齢のおばあちゃんがいる。


「あら、これなんですの?」
「ん? ……これは煙草の形をした菓子、か?」
「これはココアシガレットにシガレットチョコね。最近じゃあまりコンビニとかじゃ見かけなくなったけど、やっぱり駄菓子屋さんとかには残ってるのね」


 アレーヌが見つけた菓子に冥月が覗く。
 シュラインが嬉しそうにそれを手に取りながらシャカっと軽く振った。草間も三人に並んでシガレットチョコを手に取る。子供の頃駄菓子屋でよく見かけたそれを静かに手の中に収めながら口の中の飴を転がした。
 他に煙草の代わりになるような面白いものはないか店内を見やるがやはり煙草の形をしたそれに行き着いてしまう。
 草間は頭をがしっと掻きながらシガレットチョコを掴み奥にいるおばあちゃんの方へ歩んだ。


「すみません、これをひと――」
「すみませんー! これ十箱ずつ下さいですわー!」


 草間の言葉を途中で遮る形でアレーヌが両手いっぱい抱えたそれをおばあちゃんに差し出す。
 おやおやと嬉しそうにおばあちゃんは笑顔を顔中に浮かべながら会計を済ました。シガレットチョコとココアシガレットが詰まった袋を嬉しそうに持ちながらアレーヌは草間を見上げた。


「草間さんもお一ついかがかしら?」


 彼女はココアシガレットを一つ手にして薦める。草間はそれをしばし無言で見つめた。
 おばあちゃんは笑顔を崩さぬまま草間とアレーヌを交互に見やりながら膝の上の猫を撫でる。猫がにゃぁあと退屈そうに小さな鳴き声をあげた。


「草間」
「ん?」
「ほら」


 冥月が何かを草間の方に放り投げる。
 弧を描くそれがやがて草間の手の中に納まり、何が投げられたのか視線を下げた。そこにあったのはココアシガレット。店の外の方に顔を向ければシュラインと冥月がどこか楽しそうな笑みを浮かべていた。


 時間は午後四時――――どこか懐かしい香りと懐かしい味。草間の口には煙の出ない煙草のお菓子が銜えられていた。



■■■■



「ようは一日耐えれば吸える訳だ。あと数時間で終わりだ。あと数時間、あと数時間……」
「そうそう、その調子。あ、今の時間なら夕飯手の込んだ物にして、下拵えの単純作業気分転換にやってみる?」
「それも良いかもしれないな。よしやってみるか」
「後はそうね……長期連載の漫画を読むとかどう? 集中してたら日付なんてあっという間に超えちゃうから」
「よし。それは夕食後試してみよう」


 草間はシュラインを会話しながら興信所に戻り、その扉に手を掛ける。
 中から妹の草間 零がおかえりなさいと声を掛けてくれた。草間達の後ろからはアレーヌと冥月がひょいっと身体を覗かせる。


「草間さんやっと禁煙を決意いたしましたのね」
「当然だな。たかが一日なのだから我慢した方が楽に決まってる」


 四人は興信所内のソファに腰を下ろし、零が持ってきた麦茶に口を付ける。
 冷えたそれがじんわりと体内の熱を冷やしていくのを感じながら今日一日のことを思い返した。アレーヌの手には大量のお菓子があり、楽しそうに封を開けていた。


「一日我慢したら元通りの生活だ。また明日から吸える」
「そうそう」
「冥月、お前も約束を忘れるなよ」
「ああ、もちろんだ。忘れなどしない」


 草間がぴっと指を突きつける。
 その瞬間、冥月はニヤリと笑い、今までどこに持っていたのか大きな紙袋を取り出した。そしてそれを逆さまにし中に入っていたもの――カートンのままの本物の煙草を次々とテーブルの上に山のように積んでいった。
 どさり。
 最後の一つが山の上に横たわる。
 草間はその山を見つめながらなにやらぱくぱくと口を動かしていた。反応が楽しくて冥月はソファの上に踏ん反り返り、意味深な笑みを浮かべながらそっと手を差し出す。


「ほら、私は忘れていない」
「な、な、何でお前、煙草をっ……!?」
「それは秘密に決まってるだろうが。……ああ、最低限日付が変わるまでは我慢しろよ? 罰金を取られるぞ」
「ッ! 〜っ……!」
「ほら、あと数時間我慢すればこれは全てお前の物だぞ」


 ふるふると草間の手が煙草の山に伸びそうになる。
 だがその度に隣に座っているシュラインがぺしっと手を叩いた。アレーヌも開けたばかりのココアシガレットを一つ取り、草間の口の中に放り込む。


「まだ駄目よ、武彦さん」
「そうですわ、此処まできて手を出しては駄目ですわ!」
「んぐ、んむ!」
「日付が変わるまでは我慢我慢。それまでは飴とシガレットチョコとココアシガレットで我慢しましょう」
「もう一つ食べます? まだ大量にありますから、大丈夫ですわよ!」


 ぐっと拳を作りながらアレーヌも何故か楽しそうに応援する。
 草間は目の前の煙草に対して苦悩の表情を浮かべながら悶えた。そんな草間の反応に満足した冥月は足を組み換え、心から幸せそうに目を細めた。
 それは時間は夕食前、禁じられた煙草の山と甘いお菓子の味に囲まれたある日のこと。


 ―――― 本日、禁煙デー。





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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/26歳/女性/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2778/黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)/20歳/女性/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【6813/アレーヌ・ルシフェル/17歳/女性/サーカスの団員・退魔剣士(?)】

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          ライター通信          
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 こんにちは、今回は参加有難う御座いましたv
 草間氏にとっては煙草は避けられない問題ですのでこんな形で収めてみましたがいかがでしょう? 個別部分も含めましたので少しでも楽しんで頂けたら嬉しいなと思います(笑)