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天使に捧げる白い嘘〜Cardinal Cross V〜
【とある町の教会】
美しい眺望。
教会の窓から覘く、青い海はさながらシチリアの海を思わせる。
「――ああ、そういえば…もう長い間どこにも行ってなかったっけね」
オニキスが窓を開けるとサラサラの金髪が風に靡き、心地よい潮風が頬をかすめる。
日本を離れ、遠方の地で再び神に仕えてきたけれど、どういうわけか再び日本へ出向することになってしまった。
彼の地から離れた場所である事が幸いだが、それでも、同じ土地に居る以上どこで出くわすか分からない。
「……これもまた主の思召し…なんだろうかねェ?」
自分が再びこの地に戻されたということは、恐らくIO2も把握している事だろう。
そしてそう思った矢先、タイミングを見計らったかのように一通の手紙が届いた。
「…なるほどね。そういうわけ か」
届けられた手紙には、あの事件後の展開と、幾つかの謎が記されていた。
まだ終わったわけではない。
自分はこの為に再びこの地に戻されたのだ。
離れた地に置かれたという事は、リージェスには話さなくていいという配慮。
「彼女以外の関係者に来て頂くしかありませんね」
及ばずながら協力しよう。
知っている事はすべて話そう。
「私が知りうる吸血鬼の情報の全てを」
恐らく正体不明の二つの気配に関しても、私が知っていると思うから。
【空間の狭間】
「……なんでぇ。アイツ全部覚えてやがんのかよ」
外界から隔離された空間の中に作られたレプリカスペース。
その中にニュクスは居た。
魔力で外界の様子を探りながら、知った気配を見つけ、様子を窺っていたのだ。
「…ルシアスの野郎と接触できねェ今…少しでも情報を仕入れとかなきゃなー…」
魔力球に映し出されたオニキスを見つめながら。
暫く聞き耳立ててみっか、と呟いた。
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■
「―――来た か」
波の音に混じって聞こえるエンジン音。
聖堂の戸を開けると、丘の下に一台の車が見えた。
見える人影は思ったよりも少ない。
「…どうやらあの事件の流れを知っている方は、一人だけのようだ」
それも仕方ない。
二年以上の歳月が過ぎているのだから。新たな事に目を向け、日常に戻っていくには十分過ぎる。
「…敵うかどうかは五分…彼らの行動次第」
表立って協力できない今の立場ゆえ、彼らに何とかしてもらうしか術はない。
頑張れ、など無責任過ぎる言葉であることは重々承知している。
「―――ようこそ」
目の前で帽子を取り、礼をするミハエル。
「決心していただけて何よりです」
よく言う。
教会側にもIO2にもすべての記憶があることを明かしたのはつい最近なのに。
この男は何もかも予め知っていたような目で私を見つめる。
「あら、あらあら」
その横にはシスター姿の隠岐智恵美(おき・ちえみ)があの頃と変わらぬ様子で微笑んでいる。
お久しぶりですね、そう言って握手を交わす。
その後方で周囲をキョロキョロしている樋口真帆(ひぐち・まほ)。
ニュクスの存在を気にしているのだろう。
そんな彼女の隣で、伊葉勇輔(いは・ゆうすけ)は密かにオニキスの周りに風の結界を張り巡らせる。
空間転移が可能な存在ゆえに、いつどこから仕掛けてこないとも限らないからだ。
「立ち話もなんですし…」
聖堂の入り口に固まっている一同に天薙撫子(あまなぎ・なでしこ)は苦笑気味に言った。
確かに、こんなところで話すような内容ではない上に、危険もいいところだ。
「まずはお茶にしましょうか」
智恵美がにっこりとオニキスに微笑む。
「では皆さん、こちらへ」
■
教会に隣接されたオニキスの住む別棟に一同は案内される。
オニキスが準備に向かおうとすると、いいから、と智恵美がお茶の支度をし行く。その間リビングで静かに待つ一同。
今回の案件といい、これに至る前に事件といい、皆聞きたい事は沢山あるだろう。
しかしオニキスが話すと言った内容がどれほど今の事件に役に立つかは分からない。そしてその情報とやらがどれだけあるのかも。
人数分のお茶を用意してきた智恵美が席に着き、話が始ろうと一同表情が引き締まる。
「―――では、誰から…まず何を聞きたいですか?」
智恵美の淹れたお茶の香りを楽しむ姿は、少々その場の空気に沿わない。
仲介役として同行したミハエルも、オニキスのその態度には苦笑せざるを得ない。
何せ曲がりなりにも自分と同じ『神父』なのだから。
その慈悲深さ故に正当な道を外したと記録にあったが、なるほど。本性を隠す為のもう一つの顔に他ならなかったわけだ。
まるで自分を見ているようで、だからこんな気持ちになってしまうのだろう。
「では、シスター隠岐はこれまでの経緯は大体ご存知ということで、事情を把握し切れていない方から…ということでどうでしょうか?」
撫子はこの案件には関わっているが、先の事件に関しては伝手で目を通した報告書だけの知識しかない。
智恵美は先の事件の当事者でありIO2や教会関係者でもあり、今回にも一枚噛んでいる。
勇輔も所属違いとはいえIO2に属する者ゆえ、報告書には目を通している。
「…と、いうことは、私から…でいいんですよね?」
胸元できゅっと小さく拳を握りこみ、やや緊張した面持ちで真帆が顔を上げる。
夢魔、吸血事件、ルシアス、伯と呼ばれる存在、死霊使いの存在…矛盾点やどうにもまだるっこしい点など、気になる所は沢山ある。
「私は、以前のことは詳しく知らないんですけど……。あの人たちは一体何をしたいんですか?」
現状を見る限りただの愉快犯のようにも見えるが、棺の奪還を企てたり、吸血行為を頻繁に繰り返したり、人目につく事を恐れなかったり。
わざと、状況が難しくなる事を望んでいるようにもみえる。実に非効率的でまだるっこしい。
しかし、先日のニュクスはまるで想定外と言わんばかりの態度。
何のために?
何をしようとして?
自らも『人』とは言いがたい存在だが、人外の彼らの思考が全く読めない。
「一つ、ルシアスはこの次元の存在ではありません」
真帆の前に手をかざし、カウントを取るように指を立てるオニキス。
界鏡現象の狭間の出来事は『異界の外』の人間にはすべて同じ様に映る。
幾層にも折り重なる異なる世界で、同じであって同じでない我々界鏡の住人達は、己の居る次元の外に出ることは出来ない。
来訪者である能力者たちは、出るも入るもその心一つ。願うまでもなく息をするのと同じ様にやってのける。
しかし『この世界』に生まれた存在はこの世界から出る事は出来ない。
ニュクスもリージェスも、オニキスも同じ。
私達が知る『ルシアス』もこの界鏡の住人ではない。
そして伯を含む爵位持ちたちは次元に縛られる事なく、自由に移動できる。それこそこの地に生きる能力者たちと同様に。
しかし、ルシアスは迷い込んだまま、自分が居るべき次元に戻れないでいる。
彼が生きている本当の世界では、ニュクスと共ではないし、妹という存在もない。
この世界に紛れ込んだその瞬間の違和感に彼は気づいていた。
平行世界、一種のパラレルワールドと言えるこの界鏡現象の中で、彼は独り。
「先の事件もね、彼が自分の世界へ帰りたくて起こした事件なんですよ。勿論、その為に甚大な被害をこの世界に与えましたがね」
「そんな、ただ帰りたいからって……」
「誰しも譲れない『何か』がある。それは例え他人から見ればそんなことと思われるようなことでもね」
彼はこの世界に存在すると同時に、この世界に元々存在していた彼ではない事に気づいてしまった。
それはいつからだろうか。
ニュクスを知り合った時代から想定すると、もう数百年以上前から彼はこの次元に囚われていることになる。
「気づいてしまったらもう…何も知らなかった頃には戻れない。それから何十年、何百年と…この世界で『設定』されたニュクスと共に、彼は元の世界へ帰る為の方法を探し続けたんだよ」
その扉を先の事件で開きかけた。すべての次元に存在すると同時に、存在しない、天使・悪魔という名を持つ高次エネルギー体。
魔術師は下級天使を捕らえ、尋問にかける術を知っていた。
下級とはいえそのエネルギーは常人に操れるようなものではない。
膨大なエネルギーは使いようによっては審判の日を早めることも可能だ。
「帰る為に必要な力を手中に収めた…筈だった。しかし彼らはそれの扱いを誤った。ゆえに次元の扉は再び閉ざされてしまった」
「守護天使を捕らえた理由は…それだったのね」
自分が聞こうと思っていた事が話の流れで明らかになったことに、智恵美はあらあら、と表情を変える事無く呟く。
一度こじ開け、天地の理によって閉ざされた空間を再び開くにはそれまでかけた労力をはるかに超えるものでなければ再び同じ道を開く事は出来ない。
それゆえに、彼らは半永久的にその術を失ってしまったと言えよう。
「…だったら、何故今頃…?」
「そこに、伯が絡んでいる。伯とその従者であるライカン…死霊使いについては…恐らくこの場の皆が知りたがっていることだと思うから、それはまず後回しにしよう。お嬢さんの疑問はそれだけじゃないだろう?」
真帆の表情から他にも訊きたい事柄があると、オニキスは読んでいた。
「…あります。ルシアスさんを縛りつけていた夢魔。あれは「伯」と関係あるんでしょうか?ただの夢魔が不死者に手を出すのは不自然。しかもただ捕らえるだけ。まるで時間稼ぎをするように。誰かの使い魔の可能性も…」
真帆の疑問にオニキスは微笑む。
いい所に気づいたね、彼はそう呟いた。
「あの四人の中に、ナイトメアを趣味で飼っている輩が一人いる。伯…伯爵が死霊使いを飼っているように、他の三人もそれぞれ何かを飼っている。例えば、『子爵』がナイトメアを飼っているように」
「…何だって?」
勇輔の表情が変わる。
「じゃあ、じゃあっ…ルシアスさんを捕らえていた夢魔は、その子爵の使い魔なんですか?!」
「その可能性は高い、ね」
訳が分からない。
仲間ではないのか。
伯爵の願いによって死霊使いは彼の為に動いているような事を言っていたのに。
四人のうちの別の者が彼を拘束し、何らかの時間稼ぎをしているような行動をとったとなると、果たして四人は結束しているのだろうか。
ルシアスと死霊使いをとり逃した際、勇輔が四つの気配がこちらを観察していたと言っていた。
それは果たして同じ目的の為に集まった四人なのだろうか。
「…ちょっと、混乱してきました……」
「話の筋から、そろそろ我々が参加しても良さそうなので、口を挟ませてもらうが」
勇輔が軽く手を挙げる。
「俺が感じた気配は四つ。これは間違いない。同等の…若しくはすべてがそれに近い力を持つ存在…力量を見誤るような事はない」
そのどれも、自分ひとりの手には余る存在である事もわかっている。
「四人のうち、伯…要は伯爵ってことか。その伯爵が子飼いの死霊使いのライカンに命じてルシアスという吸血鬼の復活を手伝わせている。それは何故だ?」
その四人がルシアスと行動を共にしている様子はない。
少なくとも、ライカンに代理をさせているように見受けられる。
『まだ』会うべきではないと考えているのか…はたまた、失敗した時の為に接点を持たないようにしているのか。
「…伯爵…彼女は公爵と呼ばれた頃のルシアスを懸想しているのですよ。その頃の絶大な力を取り戻させようと躍起になっている」
その場の全員が呆気に取られたような表情をする。
無理もない。
それぞれの心中は共通して『そんなことの為に』だろうから。
「……けど、伯爵にとっては『そんなこと』…じゃないんでしょうね…」
先ほどのオニキスの話から、真帆がポツリと呟く。
「確かに、そのルシアス自身に懸想しているというよりも、力の方に興味がおありのようですわね。そしてその力は他者が手に入れることは出来ないのでしょう。だからこそ…」
絶大な力を持った存在の復活を、自分が焦がれた存在を望んでいる。
乾いた喉を潤し、撫子がため息をつく。
「伯は…今のルシアスには興味がない。栄華を極めた頃の彼を望んでいる。そして…その為に、彼に力を取り戻させる為にこれまでの事件を起こさせている」
「そういうことだね」
力を取り戻し、元いた場所に帰りたいだけなら協力してあげた方が被害がなくていいのではないか。思わずそう口に出してしまいそうになる。
だが真帆は口をつぐんだ。
自分には彼がそこまで邪悪な者には見えないのだが、彼を知る者にとってはとても厄介な存在なのだろう事は推して知れるからだ。
「―――ふむ。まぁ大体何をしたいのか外郭は見えてきましたね。では、別の質問をしたいのだけれど宜しいかしら?」
三人の意見、質問それぞれを静かに聞いていた智恵美が手を挙げる。
「オニキス神父。貴方は…守護天使が貴方の中に入った後、リージェスさんと知り合った」
「はい」
「リージェスさんと一緒にいた間の記憶は」
「―――…すべて、あります。教会にもIO2にも公式な記録上はその間のすべての記憶がないことになっていますが」
その為に働きかけた存在がいる。
それは智恵美も知っていた。IO2には自分が、教会にはそのお方が。
すべてはリージェスに『彼』の影を追わせない為に。
「彼女を想ってのことですから、このことはミハエル神父。貴方も口を噤んでくださいますよね?」
智恵美が振り向き、視線を向ける。
仕方がないですね、と苦笑するミハエル。
「ありがとう。それから、私が聞きたい事は…ニュクス達の前回の目的、そしてニュクスは何の研究をしているのか」
「吸血鬼にとって棺とは己の最後の縄張り。そこで生まれ、そこで死ぬ為に場所。そして、復活の場所。己の生まれた土地の土が再び活力を与えてくれるもの…教会にあった棺はルシアスのものなのですよ」
教会に隠された、この『世界』のルシアスの棺。
それを奪還すべく、ニュクスはライカンと共に教会を襲撃した。
それは何故か?
何故あの時でなければならなかったのか?
何故、こうもタイミングよく、よりにもよって『ルシアスの棺』が安置されていたのか。
「勿論、マスタークラスである彼はこの何百年の間に棺を奪われた状態で生き続けてきた訳ですから? 大事なものではあるけれど、なくても生きるに困らない物…だった」
しかし弱体化した状態では、どんな些細な手段でもいい、回復する為の素材が必要になってくる。
「その為の棺…というわけね?」
「その通り」
だが、棺の奪還は失敗に終わった。
ライカンがニュクスを謀り、彼を囮にしてまで取り戻そうとした棺は、事件との繋がりを重く見た教会によって処分され、今となっては灰も残っていない。
「じゃあ…ルシアスが回復する為の手段の一つとして最も有効な棺に眠るということが出来なくなったわけだから…今後はまた別の手段で完全復活を図るというわけね?」
「そうなりますね」
「後、ここまでの話で一つハッキリしたこともありますね」
撫子が呟く。
「ニュクスが伯爵側と決裂したこと」
「あ…」
「…だな」
「考えてもみてくださいませ。前回の教会での出来事、ニュクスは謀られたと。謀った相手と次も手を組むでしょうか?」
少なくとも伯爵側とは前回の失敗を機に決裂したことだろう。
「じゃあ…今後彼は何のために動くんでしょう?」
読めない。真帆の声色が不安に彩られる。
「そう…そればかりは私にも分かりません。ですが舐められたままで終わる彼ではない筈。今後も警戒が必要な事は確かですね」
一同は静まり返り、ふいに周囲に気を配る。
予感が。
これから何か起こる様な予感がする。
皆の予想通り、それは訪れた。
『―――なるほどね。そういう経緯だったわけだ。だが…それを知る『お前』は何者だ?』
「!!」
別棟の一室に聞き覚えのある声が響く。
「来たか!」
勇輔が身構え、オニキスの前に立つ。
動じる事無く、智恵美は部屋に予め張って置いた侵入を防ぐ為の結界の確認をする。
そして撫子も妖斬鋼糸を構え、周囲を龍晶眼で見据える。
何処から?
何処から来る?
何処に穴がある?
『ばぁか。だーれが実体でそこに行くかってーの。チェストの上見てみろ』
声が促す場所に真帆が目を向ける。
「何…?」
チェストの上には花瓶と敷物、そして写真立てが二つほど。
何らおかしい所のない、よく棚の上に置かれるものばかりだ。
「ちょっと、待って。それは知らないよ」
「どれですか!?」
オニキスが指差す先にあるのは写真立て。
しかし中にある写真には何も術の気配はしない。気配は…
「――――…写真立てについてる飾り…?」
木で出来た写真立てと同じ様な色合いの、小さな木彫りの人形。
よくよく意識を集中させると、異様な気配がそこから漂っている。
「まさか――いつの間に部屋の中に!?」
『ヒトの話聞けば? 誰が 実体で 危険を冒してまで そんなところに 行くんだよ?』
「これ…形代!」
正解と軽快な笑い声。
『ちょいと考えればわかるこった。いつ人が来るかも分からない礼拝堂で、声の響く場所でどれほど時間をくうかも分からない内容を話すわけがない。だがぁ?だからと言って別の場所と言っても限りがある。可能性が一番大きいのは隣接する建物の中。それもその野郎の私室あたり…集まる前に誰かに暗示をかけて媒体を運ばせるぐらいわけない』
勿論、覗き見用の駒でしかないので、見聞き以外何も出来ないのが難点だがな。と付け加える。
「…なるほど……必要最低限の力の媒介ならば、この場に集まる能力者の力に紛れて分からなくなるという寸法ですわね」
『そゆこと。まぁ、俺もね?今お前らと一戦交えるほど馬鹿でもないわけよ。情報は必要だが、お前らに混じって普通に聞けるか? できねーだろうし、させねーだろう』
いちいち尤もらしいのが癇に障る。
『ルシアスの状況やライカンの野郎についてはこちらも把握した。状況が分かれば俺も動きようがある。だがな――…』
「何なんですか…」
ごくりと、つばを飲み込む真帆。
何を仕掛けてくる気だ。
『その状況をすべて知るソイツは…その神父崩れの男はいったい何者なんだ?』
今まで他の誰も分からなかった事実を。
話すの一言で関係者にベラベラと話せるオニキス・ロンダールという人物はそもそも何者なのだ。
ニュクスは一同に問いかける。
一瞬、それぞれの脳裏に疑念が浮かんだように思えた。しかし、それをミハエルが鼻で笑う。
「愚か者の発想ですね。我々に疑念を抱かせ、結束を崩そうという腹積もりでしょうか? 全てが彼の…本当のオニキス神父の記憶でない事ぐらい想像できるでしょうに」
守護天使と記憶を共有していた事実。
「天使…という存在を目の当たりにした者がいない訳ではありません。勿論、公式にその記録がある訳ではありません。ですがその力の一部を体現した者…神託と共に地上に遣わされた者…その数は数多です」
現に聖女、聖人と認められた者がいる事は確かな事実。
「私の立場上、おいそれとそれを認めるわけにもいきませんが……」
「事実……では、ありますね」
ミハエルの言葉にオニキスが続く。
「―――と、言うわけのようですから。まずは貴方を排斥することから始めればよろしいですわね?」
妖斬鋼糸がキシリと軋む。
『ケッ 面白くないね』
そんな捨て台詞を吐いたかと思うと、形代がパキンと割れる。
「隠岐様!九時の方向!!」
「ええ!」
「見つけた!」
撫子は龍晶眼で薄れ行く術の気配の先を辿り、傍目には見えない空間の歪みの痕跡を見つける。
そこに智恵美と勇輔が窓を突き破り、術を繰り出す。
『なっ!?』
「逃がしません!」
妖斬鋼糸と勇輔の風が合わさり、ニュクスの体を捕縛し、締め上げた。
『ぐぁあああああっ!!?』
■
ついにニュクス本体の捕縛に成功した。
これまでに散々苦汁を舐めさせられた相手ゆえ、特に捕縛した三人の表情は硬い。
「ニュクスさん……」
一方、真帆はその状況に聊か困惑していた。
彼はリージェスの実の父親だと聞いている。
そして、先の事件でルシアスと共に甚大な被害を齎した存在でもある。
その彼を捕縛してこれからどうしようと言うのか、真帆にはわからない。
他の面々には悪いが、どう見てもただの愉快犯としか思えないからだ。
自分の興味を惹く事に夢中になって、位階の高みへ上がる事を目的とする『魔術師』でもある彼。子供のようにその欲求に忠実な彼。
夢魔の血を引く夢見の魔女である自分には、魔術師のサガがよく分かっている。高みを目指すかどうかは本人次第ではあるが、その本質は似通っている。
「…彼はこれからどうなるんでしょうか…」
「一先ず、教会かIO2か…どちらが彼の身柄を管理するか…これから審議が始る…といったところでしょうか」
左手の道。自分もミハエルたちから見れば異端の存在だ。
ニュクス移送の手続きをとるため、丘を下るミハエルの背中にただ一言、そうですか…としか答えられなかった。
「――ただ、ニュクスもルシアス同様復活したてだから本調子ではないですからねぇ。あれでも元は人間です。その強かさで…どちらの組織からもいずれは逃れるでしょう」
真帆の背後でオニキスが呟く。
「それは…『先の記憶』ですか?」
真帆の問いに、オニキスは苦笑する。
オニキスの中に残されたのは、変えられぬ未来を知ってしまう力。
天使の残した、絶望の欠片。
「これが絶望の欠片となるか、希望の欠片となるかは…貴女方次第ですよ、お嬢さん」
事実ではある。あの状況で言葉を濁したのが気になっていた。
彼は全てを悟られまいとしたのだ。
変えられない事象全てがその目に見えている事を。
「…悲しいですね……」
「そうでもありませんよ?意識しなければ。…苦難を乗り越えよ。人の子であるならば…というところです」
神の与えた試練と思えば、神職につく身としてはなんという事はない。
オニキスは快活に言った。
「最後に…リージェスさんに伝える事はありますか?」
事件の関係者としてではなく、見守ってきたひとりとして。言葉でなくとも、伝えたいことを。
「いいえ、何も。彼女の中に在るのは私ではありませんから」
彼女が見ているのは自分の中の残像。
「だから―――」
そうではなくて…と真帆が言いかけると、オニキスは静かに自分の口元に指を当てる。
「捧げるのは白い嘘だけ…」
「え…?」
オニキスの呟きに、その真意を尋ねようとしたところで丘の下から呼ばれる。
「ほら、皆さんがお呼びですよ?」
「ぇ、あ…でも…」
行きなさい。優しく、強く促され、真帆は言われるままに丘を下る。
時折振り返って丘の上を見上げる。
オニキスは笑顔で佇んでいる。
「…白い嘘………?」
何かで聞いた事があるような。
そうだ。
確か…
人の為を思わずつく嘘は 真っ赤な嘘
人の為を思ってつく嘘は 白い嘘
「オニキス…さん…」
「―――リージェス…例え、君と彼の思い出であっても、共に生きた時間は私だって同じだった。愛してる、神に裁かれようとも、この想いは真に偽る事は出来ない」
けれど、誰にも伝えられない想い。
知られてはならない想い。
誰にも。
「君と彼らの道行きに 幸多からん事を」
最後ぐらい、神父らしい言葉を。
この先の苦難を乗り越えられるように。
もう、この行く末を覘く事はない。
―了―
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0328 / 天薙・撫子 / 女性 / 18歳 / 大学生(巫女):天位覚醒者】
【2390 / 隠岐・智恵美 / 女性 / 46歳 / 教会のシスター】
【6458 / 樋口・真帆 / 女性 / 17歳 / 高校生/見習い魔女】
【6589 / 伊葉・勇輔 / 男性 / 36歳 / 東京都知事・IO2最高戦力通称≪白トラ≫】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、鴉です。
ゲームノベル【天使に捧げる白い嘘〜Cardinal Cross V〜】に参加頂き、有難う御座います。
ノベルに関して何かご意見等ありましたら遠慮なくお報せ下さい。
この度は当方に発注して頂きました事、重ねてお礼申し上げます。
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