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<東京怪談・PCゲームノベル>


追憶の扉〜縁〜


 ササキビ・クミノは、熊太郎派遣所のドアをノックする。中から「はーい」という声がしたかと思うと、勢いよくドアが開かれた。
「紹介されてきた、ササキビ・クミノだが」
「はい、どうぞ」
 森谷がにこやかに笑い、中へと案内する。小さな事務所内にあるソファに、ちょこん、と熊のぬいぐるみが座っている。それはクミノの姿を確認すると、ひょっこりと立ち上がって頭を下げた。
「来てくださって、有難うございます。僕が所長の、熊太郎です」
「ササキビ・クミノだ。宜しく」
「どうぞ、お座り下さい」
 熊太郎に言われ、クミノは熊太郎の真正面のソファに座る。
「動じないんだな」
 感心したように、野田が言う。クミノは、ちょっとだけ頷いた。全く動じていないわけではなかったが、事前に「熊のぬいぐるみが所長だ」と聞いていたのだ。
「はい、どうぞ」
 森谷がクミノの前にコーヒーカップを置く。クミノは「有難う」と礼を言い、熊太郎に向き直った。
「詳しい話を聞かせてもらえるだろうか」
 クミノがそういうと、熊太郎はコーヒーカップを持ち上げながら、野田を見る。
「この件は灯護君から話してもらいましょう。彼の友人からの依頼ですし」
 熊太郎の言葉に、野田が頷く。そして、今回の件についての説明を始めた。事前にかいつまんで聞いていたものと、特に変わりはない。
「とすると……怪しいのは『DOOR』か」
「サイトか」
「結果的に、会わせていない」
 きっぱりとクミノは言い放つ。野田が「でも」と口を開く。
「坂上は、春日を見たって言うし」
「見ただけで、会ってはいない。会うというのは、互いに顔を合わせ、一言二言でも話をする状態なのではないか?」
 クミノの言葉に、野田は「確かに」と言って頷く。
「そうよね。トーゴちゃんのお友達さんは『見た』というだけで、サイトの言う『会う』じゃないわ」
 森谷はそう言って頷いた。
「とすると、来ているのは一体何者なんだ?」
 野田の問いに、クミノはコーヒーを一口飲んでから、口を開く。
「来ているのは、春日本人かそれに準ずる者と見ているんだが」
 物事に毒されすぎたか、とクミノは小さく苦笑をもらす。自分でも分かっている。このような出来事に遭遇しすぎており、その際どういう事が起こっていたかも大体知っている。今回のようなパターンもそのうちの一つとして捕らえており、ならばパターンに乗っ取って来ているのも本人かそれに準ずる者と見るのが当然のようになっている。
「それは、霊ってことですか?」
 熊太郎の問いに、クミノは「おそらく」と頷く。
「もちろん、あくまでも予想だ。だが、執着を見せている坂上が春日を補足出来ないというのも、超常存在である事を補強しよう」
 運動能力にもよるが、とクミノは心の中で付け加える。しかし、よっぽど劣っているでもない限り、超常存在である確率は高いと思われた。野田の通う大学の友人なのだから、足腰弱い年寄りでも運動能力が発展途上中の子どもでもない。いたって普通の成人男性に近いと思われる。
「超常存在、か……。まあ、そうじゃないと、説明つかないよな」
 野田はそう言って頷いた。
「問題は、二人が会えておらず、誰にとっても不幸な事態となっている事だ」
 会いたいのに会えない坂上は勿論、春日だって不幸な事態になっている。死者たる者が現世を彷徨う事への恐れか、それともそれに伴う限定の為か。春日は現れながら、会わないという選択をしている。
 その原因は、つまりは「DOOR」だ。
「まずは、サイトについてを調べたい。坂上に、会わせて貰えるだろうか」
「分かった」
 野田は頷き、携帯電話を取り出して連絡をし始める。クミノはコーヒーカップを手に取り、一口飲もうと口を近づける。
「くみのん、とかどう?」
 ぴた。
 いきなり出た言葉に、クミノの手がぴったりと止まってしまった。
「く、くみのん?」
「そう、あだ名。可愛い感じがしない?」
 それはどうか、とクミノが突っ込むその前に、熊太郎が「いいですね」と明るい声を出した。
「では、今度からくみのんと呼びましょう」
 否定は受け付けてもらえないようだ。
 クミノがどうしたものかと思っていると、携帯電話で話し終えた野田が「いいって」と言いながらクミノの方を向いた。
「これからでもいいらしい。行きますか、ササキビさん」
 野田がそういうと、森谷が「もう、トーゴちゃんってば」と突っ込む。
「くみのん、よ。くみのん!」
「……は?」
「いやですね、灯護君。くみのん、と呼ばないと」
 熊太郎の言葉に、野田が頭を抱えた。そうして静かに「行きましょう、ササキビさん」と声をかけた。
「気にしなくて良いから」
 野田の言葉に「ああ」と頷き、クミノはぐいっとコーヒーカップの中身を飲み干す。
「気をつけてくださいね、くみのん」
「どうかお気をつけて、くみのん」
 交互に言う森谷と熊太郎の言葉を背に受け、クミノは野田と共に派遣所を後にする。
 口の中に、冷めたコーヒーの苦味が広がっていた。


 野田が坂上と待ち合わせをしたのは、公園だった。もしその際に春日がやってきたとしても、すぐ対処できるようにするためだ。
 公園につくと、ベンチに座っていた男性が立ち上がった。坂上だ。
「悪いな、いきなり」
 野田が声をかけると、坂上は「いや」と答えて首を振った。
「早速だが、携帯電話に届いたというメールを見せてはもらえないだろうか」
「メール?」
 クミノの問いに、坂上は一瞬小首をかしげた後「ああ」と頷きながら携帯電話を取り出す。
「『DOOR』からの、だな」
 坂上はそう言いながら、画面を確認した後にクミノに手渡す。クミノが画面を確認すると、そこには絵文字も何も使われていない簡素なメール文が並んでいた。
「あなたの会いたい人に、会わせます。やり方は簡単、このメールに返信するだけ。本文に、あなたが会いたい人の名前を書いて、送信してください。――DOOR」
 クミノは文章を確認し、送信元にある「DOOR」のアドレスを確認しようとする。だが、メールアドレスがない。真っ白な状態なのだ。
「……これは、本当にメールとして来たのか?」
「そう、だけど」
「返信も、したんだったな」
「したから、春日が来ているんじゃないか」
 怪訝そうな坂上に、クミノは「そうか」と言い、携帯電話を坂上に見せながら、送信元の部分を指差す。
「ならば、ここが空白なのにどうして受け取れたり送信できたりできた?」
 クミノの指摘に、坂上は「あ」と言いながら、じっと食い入るように画面を見つめた。
「本当だ……どうして、普通に受け取ったり、返信したりできたんだろう」
「お前、気付かなかったのか?」
 野田が尋ねると、坂上は苦笑交じりに頷く。送信メールを確認すると、送信先の名前は「DOOR」と書いてあるのに、アドレス部分が空白になっていた。
(超常存在の類である線が、さらに濃くなった)
 クミノは考え込む。
 サイト「DOOR」を調べる足がかりとして、まず自分が依頼をしようと思っていた。メールとして坂上の下に届いているのならば、そのアドレスを聞き、方法に乗っ取って依頼をしよう、と。
 クミノは、ちらりと坂上を見る。坂上はじっと携帯電話の画面を見つめたまま「どうして、俺は」と呟いている。
(責めようとは、思わない)
 心内で、クミノは呟く。
 死者の蘇りなど、自分に対処も受容も出来ない事を願ってしまう行為は、愚かだ。しかし、届かぬ思いにこそ焦がれてしまうのは誰しも同じ。縋りたくなる気持ちが、分からないでもない。
「手詰まり、か」
 クミノは呟き、ため息をつく。
 サイト「DOOR」を、電子的霊気的なレギュラー調査をしても、浮遊霊の如きサイトの実態が浮き上がるだけだろう、と踏んでいた。だからこそ春日に会い、蘇りの条件を聞き、膠着を解こうとしていたのだ。
 どうしたものかと思っていると、野田の携帯が鳴り出した。野田はクミノと坂上に断りをいれ、携帯電話を確認する。暫く見つめた後、肩をすくめながらクミノに手渡してきた。
「何だ?」
「ササキビさん宛て」
 どうしていいのか分からないような野田の表情を見、クミノは不思議に思いつつも携帯電話を受け取る。
 画面に出ているのは、メールの受信画面だった。そこに書かれている文章は、絵文字も何もない、簡素な文字。
「ササキビ・クミノさん。私に、会いたいですか?」
「……これは」
 クミノは大きく目を見開き、じっとメール画面を見つめる。送信元のメールアドレスは、ない。
「名指しだから、ササキビさん宛てで間違いないと思う。だけど、どうして俺の携帯に」
 考え込む野田に、クミノは「それは分からないが」と呟く。
「だが、会いたいかと聞いてくるという事は、春日か『DOOR』の運営者なのだろうな」
「その可能性は、高いと思う。だけど……」
 野田は言葉を濁す。いろいろな事が、釈然としないのだ。
 クミノはしばし考えた後、メールに返信をする。会いたい、と。すると、送信した次の瞬間に地図が送られてきた。本文には短く「一人でどうぞ」とある。
 場所は、今いる公園から少し離れたネットカフェだった。クミノは小さく「仕方ないか」と呟き、地図を頭に叩き込む。
「それじゃあ、行ってくる。ネットカフェなのだから、妙な事も起こりにくいだろう」
 クミノがそう言いながら携帯電話を野田に返そうとすると、野田は「持っていっていい」と言いながら、手で携帯電話を押し返す。
「何かあれば、その携帯電話に連絡する。その携帯電話にメールが入ってきたという事は、また入ってくるかもしれないだろ?」
「なるほど。ならば、借りていこう」
 クミノは頷き、携帯電話をポケットの中に押し込む。
「もし、春日だったら……会わせてもらえますか?」
 おずおずと尋ねる坂上に、クミノは「考えておく」と答える。
 春日がやって来るのだとしたら、この場でいいはずだ。それなのにわざわざ公園から離れたネットカフェを指示したという事は、相手にとってこの公園では都合が悪いのだ。それに、相手はクミノ一人を指名している。春日が指定したのだとすれば、春日はクミノにしか会いたくない、と言う意思を持っているのだ。
「ともかく、行ってくる」
「なら、俺たちはこの公園で待ってる。気をつけて」
 野田の言葉に、クミノは頷く。そして、ネットカフェへと向かうのだった。


 クミノはネットカフェに辿り付くと、携帯電話に着信がないかを確認する。が、まだ何も無い。
(ネットカフェ、か。見たところ、普通のネットカフェのようだ)
 クミノ自身、ネットカフェを経営している。だからこそ、今いるネットカフェが至極普通の所である、と分かる。
「値段もサービスも、特に目立ったものもないか」
 店に貼られている料金表等を見ながら呟いていると、携帯電話に着信が入る。メール受信だ。
 野田宛ではないように、とクミノは思いつつ確認する。
 発信者は「DOOR」だ。
 メールには、店内に入って個室に行くように、とある。
「やれやれ……」
 クミノは肩をすくめ、仕方なく店内に入る。個室を希望し、与えられた一室へと足を踏み入れる。
 入るや否や、パソコンの電源がついた。
(超常存在、か)
 ふん、と鼻で笑う。
 サイト自体が、こういう超常現象を引き起こす事は容易に予想がついていた。そうなるのが分かっていたからこそ、あえて春日に会いたいと思っていたというのに。
 立ち上がったパソコン画面に、メッセンジャーが立ち上がっていた。それは点滅し、クミノを誘っている。
(乗ってみるか)
 少し考えたが、それしかない。
 クミノは諦めて、メッセンジャーに入室する。それと同時にチャット画面が開く。チャットの相手の名を確認すると「カナエ」とある。
「カナエ……?」
 訝しげに呟き、クミノはキーボードを叩く。

クミノ:春日に会いたいと、希望したのですが。
カナエ:存じております。ですが、彼女に心から会いたいと願う気持ちが強いのは、坂上様でございます。

「同時に二人の希望は通らないと?」
 クミノは呟き、小さく笑う。

クミノ:どうやって、私の名を知ったのですか?
カナエ:私のサイトを調べていると伺いましたので、少々調べさせていただきました。失礼をお詫びします。
クミノ:調べる? どうやってですか?
カナエ:お答えする事ができませんので、ご想像にお任せいたします。

 クミノは、小さく舌を打つ。
 丁寧な口調で話しているものの、どうも気に食わない。何を投げてもすらりとかわされるような、飄々とした印象を受ける。

 クミノ:春日は、亡くなっていると伺っています。
 カナエ:はい。
 クミノ:何か、甦りの条件等があるんですか?
 カナエ:条件、ですか?

 クミノの問いに対し、カナエは逆に問い返してきた。
(こちらでも、膠着してきたか)
 恍ける気なのかもしれない。クミノはさらに、言葉を続ける。

 クミノ:「DOOR」は、会いたい人に会わせる、というサイトですね?
 カナエ:はい。
 クミノ:ですが、坂上と春日は、結果的に会っていないのではありませんか?

 クミノの言葉に、カナエは暫く言葉を発さなかった。クミノの言葉に、どう返して良いのか困っているのか、それとも単に何もいいたくないだけか。

 クミノ:会わせていないのだから、春日に会わせるというあなたのサイトは、おかしくありませんか?
 カナエ:いいえ。

 きっぱりとした否定に、クミノは息を呑む。
 今まで何も言わなかったのに、いきなり言葉を発した。しかも、否定の言葉を。

 カナエ:会う、というのはどういった事をご想像ですか?

 カナエの問いに、クミノは「何を」と呟く。

 クミノ:顔と顔を見合わせ、互いが互いを認識する事だと。
 カナエ:なるほど、そういった意味では確かにお二人はまだ会われておりませんね。

「馬鹿にされている気分だ」
 クミノは呟く。

 カナエ:ですが、私は約束を違えたりはしません。坂上様は、もうすぐ春日様にお会いできるでしょう。
 クミノ:それは、春日が彷徨っているから?
 カナエ:春日様は、亡くなっておいでです。彷徨っているとは、一体どういう事でしょう。

「まさか」
 ぽつり、とクミノは呟く。
(こんな馬鹿な話があってたまるか)
 ぐっと拳を握り締める。
「春日は、現世を彷徨っているのではないのか。坂上によって、サイト『DOOR』によって甦ったのではないのか」
 今一度、クミノは「馬鹿な」と呟く。頭の中が混乱をしていた。
 浮遊霊の如きサイトの実態が浮き上がるだけと思っていた。だからこそ、春日に会いたいと思った。サイトを通し、春日に会えば何かが分かるはずだと。
 しかし、結局春日は坂上に呼ばれているといわれて会えず、実際に話をしたのはカナエという存在だけだ。それも、相手は野田の携帯の情報をいつの間にか得、クミノの名を調べ、ネットカフェにたまたま通された個室のパソコンを操っている。
(何者だ)
 クミノは、何度か深呼吸をしてから、キーを叩く。

 クミノ:あなたは、何者、ですか?
 カナエ:ご存知でしょう。私は、会いたい人に会わせるサイト「DOOR」の管理人です。
 クミノ:それだけじゃない。だから、何者だと

 そこまでキーを打った時、携帯電話が震えた。野田の携帯だ。送信者は「坂上」になっている。
「ササキビだが」
 電話に出ると、向こうから野田が「やられた」と言ってきた。
「春日が、来たんだ。今回は逃げなくて、俺も見て。それで」
 野田は大分動揺していた。クミノは「落ち着け」と野田に問いかける。
「今、何処にいる?」
 クミノの言葉に、野田は今いる場所から近い病院名を告げた。クミノは「すぐ行く」と伝え、電話を切る。
「一体、どういうことだ?」
 はあ、と息を吐きながらパソコン画面を見ると、そこにはチャット画面はおろか、電源すらついていなかった。
「くそ……!」
 小さく呟き、クミノはネットカフェの精算を済ませ、病院へと急いだ。
 耳の奥で、ふふふ、と女の声が聞こえた気がした。


 病院に着き、野田に言われた病室へと向かうと、ベッドに横たわる坂上の姿があった。
「命に、別状はないんだけど……」
 野田はぎゅっと手を握り締めながら言った。ベッド上の坂上を確認すると、左肩にぐるぐると包帯が巻かれていた。
 クミノと分かれた後、野田と坂上が雑談をしていると、春日が現れた。いつものように逃げるのかと思いきや、彼女はゆっくりと坂上に向かってきた。坂上は喜んだが、野田はその様子のおかしさに気付いた。
 まず、目に生気がない。次に、歩き方がふらふらとしていた。
 そして何より、にやり、と笑ったのだ。薄気味悪い笑みだったという。
 春日に近づこうとする坂上を止めようと右腕を引っ張った瞬間、春日の体はぐにゃりと曲がり、刃のようになって坂上の左肩を切り裂いた。野田は慌ててそれを撃退しようとしたが、気付いた時には既に春日だった刃はいなかったという。
「絶対、おかしかった。何が何だか、分からなかった」
 ぽつりぽつりという野田に、クミノは「そういうことか」と小さく呟く。
「私は、ネットカフェで『DOOR』の管理人だというカナエという存在と、チャットで話をした」
「カナエ……?」
「坂上と春日が会っていないのではないかと言うと、もうすぐ会えるといった。春日が彷徨っているのではないかといえば、春日は亡くなっているのだろうといった」
 クミノの言葉に、野田は「ちょっと待ってくれ」と言う。頭の中が、ぐるぐると回っているのだ。
「どういう、事だ?」
「もし、止めなかったらどうなっていた? 坂上はもっと酷い怪我を負い、命を落としていたのではないか。つまり、亡くなっている春日に会えるようになっていた」
「相手が死んでいるから、殺すって?」
 そんな馬鹿な、と野田は言う。クミノも全く以って同感だ。そんな馬鹿な話があっては、たまらない。
「結局、カナエという存在が何者かは分からない。だが、春日の形をしていたものが坂上に会った瞬間に刃に姿を変え、命を奪おうとした。春日に会わせると言って」
「何者なんだよ、そいつ。絶対、おかしい」
「ああ、おかしい。どう考えても、異常だ」
 クミノはそう言い、ベッドの上の坂上を見る。何処となく、坂上は微笑んでいるように見える。
「そいつ、さ。抱きしめようとしていたんだ」
 微笑んでいる坂上を不思議そうに見つめるクミノに、ぽつり、と野田が口を開く。
「もしあのままだったら、春日を抱きしめた途端に、やられてた」
「そうか」
 クミノは頷き、じっと坂上を見る。
 再び耳の奥に、あの女の笑い声が聞こえた気がした。


 再び熊太郎派遣所に戻り、クミノは今回の件を報告する。熊太郎は「ふむ」と頷く。
「そのカナエという人物が気になりますね。一体、何者なんでしょうか」
「カナエさんって人が、全ての元凶な感じがしますよね。くみのんがたまたま通された個室のパソコンを操ったのも、何だか変だし」
 うーん、と森谷も呟く。
「だけど、これでもう春日は現れないだろう。今まで逃げていたものが近づき、抱きしめようとした瞬間に刃に変貌し、命を奪おうとした。結果としては失敗しているが、成功する確率は高いのだから、一度限りなのだと思う」
 クミノがそういうと、野田は「そうだよな」と言って笑う。
「坂上も命に別状はないし、あの変なサイトの管理人とかいうのを知ることが出来たし。ちょこっとだけど……坂上は春日に会えたし」
「正しくは、春日のようなもの、だが」
「うん、それ」
 野田は笑う。すると便乗するように、熊太郎も「そうですよ」といいながら頷く。
「次に何か起こったとしても、次はすぐにそのカナエという存在を疑えばいいんですから」
「そう、だな」
 クミノは頷く。今回で終わりとは考えにくい。また、似たようなことが起こる可能性がある。とすれば、またその背後にはカナエがいる。
 全く敵の事を知らずにいるよりも、背後が分かっているというのは随分有利だ。
「そうそう。所員証ができたのよ。はい、くみのん」
 森谷はそう言って、クミノに所員証を手渡す。クミノはそれを受け取りつつ、森谷に向かって「ええと」と口を開く。
「そのあだ名は、決定なのか?」
「あら、他のがいい? じゃあ、さっさんとかにする?」
 それも、どうか。
 クミノは思わず考え込む。熊太郎は「それじゃあ」と言って、ぽむ、とクミノの肩を軽く叩く。
「宿題にしましょう。どういうあだ名がいいか」
 妙な宿題を与えられ、クミノは思わず苦笑をもらす。
 また次にカナエと対峙することを思えば、随分とかわいらしい宿題を得てしまった、と。


<宿題を頭の中で回し・終>

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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【 1166 / ササキビ・クミノ / 女 / 13 / 殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない。 】

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          ライター通信          
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 お待たせしました、こんにちは。ライターの霜月玲守です。この度は「追憶の扉〜縁〜」にご参加いただきまして、有難うございます。
 ササキビ・クミノ様、再びの発注を有難うございます。会っていない、の突っ込みはびくびくしました。見抜かれてしまいました。あと、あだ名は気に入らない場合はさくっと言ってやってください。別バージョンを森谷が考えますし、自分でこう呼んでほしいというものがあれば、そう呼ばせます。
 このゲーノベ「追憶の扉〜縁〜」は全二回です。次回は9月くらいを考えております。一話完結にはなっておりますが、次回同じPCさんで発注された場合、今回の結果を反映したものとなります。
 ご意見・ご感想等、心よりお待ちしております。それでは、またお会いできるその時迄。