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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


海辺のあなたの横顔は

 夏本番。
 ――今年度のボクシングの大会成績も、好成績で進んでいる。
 ジムのおやっさんから、ほんの少しの休養をもらった。
 さて、何をしたらいいのか。

 鬼山真吾にとって、毎年この時期も休養をもらおうが何しようが結局トレーニングづけになるのが常だったが、今年は違う。
 今年からは違うのだ。
 ひとつの決心をした彼は――

 一つ屋根の下に住む少女、ソフィー・ブルックを自分の部屋に呼び出した。

 ソフィーは人間ではない。エキドナという妖怪の母と呼ばれる魔の末裔だ。
 だが、今の彼女はそんなことは気にしていなかった。人間界の中で、人間として生きることにためらいはない。
 なぜなら彼女には大切な人ができたから。
 鬼山真吾という、大切な許婚ができたから。

 その真吾に部屋に呼ばれて、ソフィーはドキドキしながら真吾の部屋をおとずれた。
 押しかけ女房よろしく、鬼山家にやってきたソフィーではあるが、真吾の部屋に入ることはそうそうない。
 真吾の部屋は、まるで聖域のようだ――
 ソフィーにとってはそんな感覚で、真吾の部屋に足を踏み入れるのはとても勇気のいることなのだ。
「真吾? は、入るね」
 夕飯の片付けを終えた後。ソフィーはつっかえながらもそう言って、真吾の待つ部屋に入った。
 真吾は机に向かっていたが、何をしているわけでもなかった。ソフィーの姿を認めると、
「椅子。座れよ」
 立ち上がり、自分が今まで座っていた椅子をすすめる。
 ソフィーは緊張で足が震えていたが、ぷるぷると頭を振った。彼女としては、真吾を立たせたままで自分が座っているという状況は許せなかった。
 真吾は彼女がいつもそんな風なのを知っていたので、無理にはすすめなかった。しかし二人とも立ったままでしゃべっているのも具合が悪い。
 少し考えて、
「じゃあ二人でベッドの端に座ろう」
 とすすめた。
 ソフィーはようやくうなずいた。

 真吾のベッドの端。並んで座る二人。
 距離が近い。
 ソフィーが体を硬くしている。真吾は視線をあらぬ方向にやっていた。しまった、近すぎて余計やりにくい。
 とは言えずっと無口でいるわけにもいかないので――
「……あのな」
 たっぷり数分経ってから、真吾はようやくソフィーの方を向いた。
 その気配を感じ取ったのか、肩をつっぱらせていたソフィーもそろそろとこちらを向いた。
 真吾の黒い瞳には、ソフィーのまばゆい金の瞳は、ときにまぶしすぎる。
 同時に囚われると逃れられない金の視線を受け止めながら、真吾は「明後日、暇か」と訊いた。 
 ソフィーは不思議そうに、小首をかしげた。
「明後日……?」
「ああ。友達と約束とかしてないか」
「ううん、明後日は、空いてます」
 ソフィーはこの春に転校してきたばかり、人見知りもしてしまう方だったが、それでも夏休み前までに女友達というやつが数人できていた。
 真吾はソフィーの言葉にうなずいた。
「じゃあ、海に行かないか」
「……え?」
「海。遊びに」
 ソフィーはしばらくぽかんとしていた。
 それからみるみるうちにその整った顔立ちに華が咲き――
「日本の海……! 行きたい! 行けるの!?」
「ああ」
「嬉しい……!」
 ソフィーは喜びのあまり、真吾に抱きついてきた。
 ソフィーはギリシアから来た少女だ。日本の海はまだ経験していない。
 抱きつかれ、まともに伝わってきたソフィーのぬくもりに少々頭が混乱しかけた真吾は普段の精神修行のたまもの、なんとかクレバーさをたもち、優しく抱きとめる。
 ソフィーは痩身ながら引き締まった真吾の体にぎゅうと抱きついたまま、顔を上げた。
「でも、誰と行くの?」
 どうやら彼女は、みんなで行く海水浴だと思ったらしい。
 真吾はこめかみをぽりぽりとかいた。
 引っかかる言葉。何とかしぼりだす。
「俺とお前、二人で、だ」
 ――なんでこんなに言いにくいんだかな。
 真吾は誰ともなく呪いたい気分になる。
 ソフィーは目をぱちくりさせた。
 金の瞳の束縛に、参ったなと思いながら、真吾は照れているのを必死で押し隠しながら続ける。
「いつも苦労させてるからな……ソ、ソフィーが喜ぶこと、俺もしたいし、さ」
 ああくそ、またつっかえた。誰か原因がいるなら右ストレートで一発撃沈だ。
 とりとめのないことを真吾が考えている間、ソフィーの金の瞳が、くるくると動いたかと思うと――
 次の瞬間、少女はぼんっと顔から火を噴いた。
 そしてそのままくらくらっとベッドに倒れこんでしまった。
「ソ、ソフィー!?」
 真吾は慌ててソフィーの顔をのぞきこんだ。
 ソフィーは顔を真っ赤にしたまま、目を回していた。
 ――今からこれじゃ、本番が大変だな。
 真吾は苦笑しながら、冷たいおしぼりでも持ってこようとそっと立ち上がった――……

 ■■■ ■■■

 ソフィーの感覚はと言えば、まあ多少他の同世代の少女たちと違っても仕方ないだろう。
 何しろ基本的に世間を知らない。ここで言う世間というのは、つまり人間界のことだが。
「真吾、お待たせ!」
 水着に着替えて、先に浜辺に行って待っていた真吾の前に現れたソフィーは、いったいどこで何を間違えたのか。
 いや、正しかったのか。
 ――ただでさえ豊満な肉体を強調するような、上は胸の谷間もくっきりと、下はおへそよりもはるか下にある布地。
 真っ白の超ビキニ。
 それを見た瞬間、真吾は何もないのに激しくむせた。
「真吾! どうしたの、風邪?」
 ソフィーが慌てて顔をのぞきこんでくる。真吾はソフィーを手で制した。
「な、なんでもない……お前、なんでまたそんな……」
「え? なに?」
「……なんでもない……」
 さて、とごほんと咳払いをしてから、真吾は海に視線を投げやった。
「どうだ、日本の海は」
 ソフィーも海を見た。広い海岸に、今は人がたくさん集まっている。波打ち際で遊ぶ子供たちのはしゃぐ声。海で泳ぐ人々。水平線は遥か遠く。
 水面は陽光を反射して、きらきらと昼の星のきらめきをともしていた。
 東京の海では、ギリシアの海とは比べ物にならないかもしれないな、と思っていた真吾だったが、ソフィーは嬉しそうだった。
「やっぱり海はきれいね……!」
 そのまぶしい笑顔に、真吾は目を細める。
 海の水面に輝く昼の星さえも凌駕する、この金の瞳の少女。彼女は知っているだろうか?
 ――きれいだな、と真吾が思うのは何に対してなのかを。
 ふとソフィーの視線がこちらを向いて、真吾は慌てて目をそらした。
「……海に入るか?」
 ぶっきらぼうを装って言うと、ソフィーが胸の前で手を握り合わせたのが分かった。
「うん。はい。入りたいな」
「……近くまで行くか」
「待って、その前に」
 ソフィーはぽっと頬を染めて、手に隠し持っていたものを取り出した。――チューブ。
「日焼け止め……私、まだ塗ってないの。真吾もでしょう?」
「―――」
 その言葉が何を意味するのか、分からないほど真吾も馬鹿ではない。
 真吾はみるみるうちに耳まで真っ赤になり、また咳払いをした。
「いや、その……な、ソフィー。そういうのは……自分でやろう」
 瞬間、ソフィーは悲しそうな顔になった。
「……背中には、自分で塗れないわ」
「………」
「で、でも、そうよね。頑張って自分で塗るから……し、真吾には?」
「お――俺はいい」
 ソフィーの繊手で日焼け止めを塗られているところを想像して、さすがの真吾も固まった。
「そう……」
 ソフィーも赤くなりながら、それでもどこか寂しそうだ。
 真吾はせわしなく首の後ろをかいた。
 ぐるぐる回る頭の中を一生懸命整理して、
「わ、分かった」
 とがちがちの声で言う。「ソフィーの背中だけは、俺が塗ってやる」
 途端に、ソフィーは顔を輝かせた。
「真吾……!」
「だ、だから体の前面は――早く塗れよ」
 照れ隠しにそっぽを向きながら、真吾はソフィーをうながした。
「はい!」
 ソフィーの心底嬉しそうな声が聞こえる――

 ソフィーの肌は柔らかかった。なめらかで、あでやかで、そしてどこか儚い。
 自分の力で日焼け止めなど塗りこんだら壊してしまうのではないかと――
 真吾はソフィーの体の感触に体が熱くなるのを感じながら、一方で不安に思っていた。
 ソフィーは安心しきって背中をさらけだしている。そんな無防備さがたまらず真吾の心を揺さぶる。
 ――落ち着け、試合だと思え、クールにクレバーに。
 そう言い聞かせても、ソフィーの小さな背中が対戦相手に思えるわけもなく――
 否。対戦相手だとしたら、間違いなく真吾のノックダウン負けだ……

 ようやく日焼け止めを塗り終わると、ソフィーは幸せそうな顔を真吾に向けてきた。
「ありがとう、真吾」
「うん……いや」
 真吾は手に残る日焼け止めクリームの感触に落ち着かなさを感じながら、「海に入ろう」と立ち上がった。
「うん」
 真吾が前に進むと、ソフィーも慌ててついてくる。
 身長が相当違う二人の歩幅の差は大きかった。真吾はそれを知っていたから、ゆっくりと歩いた。
 ソフィーは少し斜め後ろを、小走りに。
 長身痩躯、鋼のごとく引き締まった肉体をさらけだした少年に、豊満な体を惜しげもなく披露している美少女。
 そんな二人が一緒に歩いていては、否でも応でも人目を引いてしまう。あらゆる視線を受ける中、二人は黙々と歩いた。
 黙々と歩くしかなかった。
 お互いに、周囲の視線など気にしている場合ではなかったのだ。
 ただ、二人が考えていたことと言えば――

「………」
 真吾は体の横でぶらつかせた両腕を、手持ち無沙汰にさせていた。
 斜め後ろから、真横まで近づいてきたソフィーの気配。少し視線を下ろせば、なぜかうつむきがちになっている彼女の白い手がちらりと見える。
 ――あの手を、とろうか。
 それともこのままでいようか。
 考えているうちに、
「真吾……」
 小さく、ソフィーが呼ぶ声が真吾の思考を遮った。
 なんだ? と聞き返すまでもなかった。二人はもう波打ち際まで来てしまっていたのだ。
「……海に入るなら準備体操してからだぞ」
「うん」
 ソフィーは素直に屈伸運動をする。彼女の膝を押さえている白い手。
 なぜあの手を素直に取れなかったのだろう? 後悔が胸に下りてくるのに、やっぱり無理だとどこかで心がおろおろしている。
 真吾は少し前の出来事を思い出した。
 二人の唇が、触れ合った日のことを。
 ――キスができるからといって、手をつなげるとは限らないんだな。
 いや、あの時キスできたのも思えばすごいことだった。今やれるかと言ったら、自信などない。
 そう思った真吾は苦笑した。自信がない?
 ボクサーとして、そんなことを考えるのはタブーだというのに。
 恋はボクシングのようにはいかないのだ――

 ソフィーは気がつけば考え事をしている様子の真吾に気づいていた。
 どうしよう、つまらないのかな。私は何をすればいい?
 日本の海は美しい。でも今は、海よりずっと近くにもっと大切な人がいて。
 海に飛び込むことより何より、真吾の目を見たくて。あの、まっすぐな強い視線。ソフィーを捕えて放さない視線。
 こっちを見てほしい。
 でも恥ずかしいから、見ないでほしい。
 矛盾してる? でも本当の気持ち。
 彼の上半身の裸体。彼はボクサーだから初めてみるわけではないけれど、なぜか今日は見るのが恥ずかしい。
 真吾の力強い腕に、腕をからめてみたい。
 でもその腕は、想像以上に遠い場所にあるようで――
 なんで、いつものように抱きつけないのだろう?
 彼の腕はすぐそこにあるはずなのに。
 ああ、恋ってうまくいかないの。

 ■■■ ■■■

 海にもぐると、二人の緊張も幾分か和らいだ。
 今日の波は穏やかだ。体を包み込んで、いたずらにさらっていく。
 ソフィーは海面から顔を出し、上向きに寝てぷっかりと浮いてみた。
 天高くある太陽とご挨拶。まぶしさに目を細めると、「ソフィー」と真吾の声がした。
「ソフィー。……波に気をつけろ」
「大丈夫よ、真吾」
 近くを彼が泳いでいる気配がする。心配してくれる声が嬉しくて、ソフィーはくすっと笑った。
 太陽の光がさんさんと降り注ぐ中で。
 ソフィーは思う。このまま真吾と優しい波に揺られていたいな……

 真吾は、無防備に波に身を任せているソフィーを見ては気が気ではなかった。
 いつ大きな波が来るかもしれない。そのときには自分は助けなくては。
 ……助けられるか?
 しっかりと彼女の体を抱いて、波から逃げて。
 そんなことを考えた真吾は、かっと頭の中が熱くなったのを感じて、慌てて海中へ沈み込んだ。
 海の中はこんなにも熱いものだったか? いや自分が熱いのか。もうわけが分からない。
 それでも、ひとつだけ心に決めていたことがあった。
 ソフィーを護るのは、この俺だ――

 海でひと泳ぎした後、浜辺にあがった二人は、からっとした天気の下で体を乾かした。
「……暑いね」
「ああ」
「でも、泳いだ後だと気持ちいいのね」
「そうだな」
「……真吾、泳ぐの気持ちよかった?」
「ソフィーはどうだったんだ」
「私は最高の気分だったよ」
「そうか。……俺もだ」
 どことなくぎこちない会話が交わされる。どちらともなく、視線はそらしたまま。
 波打ち際に並んで座った。
 気配はすぐ横にあるのに、二人の肌が触れ合うことはない。もどかしい。けれど恥ずかしい。
「あ、あの、私ね、ビーチボール用意してきたんだけど」
 ソフィーは身じろぎした。
「……そうなのか?」
「うん。海の家に置いてきちゃったの。持ってきていい?」
「ああ」
 ソフィーがほっとしたように微笑んで、立ち上がり「行ってくるね!」と海の家へと走る。
 真吾はその後姿が海の家へと吸い込まれるまで見送って、深々とため息をついた。
 こんなとき、会話上手ではない自分が悔やまれる。
 ――ソフィーは自分のことを、冷たいやつだと思っていないだろうか?
 彼女の愛情を一身に受けている自覚はあるものの、不安は常につきまとう。
 こんな自分を、ソフィーには理解してほしいと思っているけれど、それは身勝手ではないのか。押し付けではないのか。
 ボクシングにばかり打ち込んでいないで、少しは社交性を身につけるべきなのか……
 悶々と悩んでいる真吾の視界に、
「真吾!」
 ビーチボールを高々と頭の上に掲げながら、砂浜をかけてくるソフィーの明るい笑顔が飛び込んでくる――

 二人きりではビーチバレーと呼べるような競技はできなかったので、ボールの投げあいになった。
 真吾が手加減して、ソフィーが受け止められるようにうまく調節する。
 ソフィーが動くたびに、彼女の豊満な胸が揺れる。白い水着は今にもほどけそうで、ますます周囲の視線を浴びる。
 当然ながら、ソフィーにそんな自覚はない。体を目一杯使って、ビーチボールに飛びついていた。
 真吾が目のやり場に困っていることにも気づかずに。
 逆に、目をそらされていることだけは気がついて、
(私の何が悪いのかしら)
 と内心不安を抱えていた。
 それでも真吾は優しくボールを投げてくれるから、彼女は真吾を信じて楽しもうと自分に言い聞かせる。
 悪いところがあったら、きっと真吾は言ってくれる。言われたら直せばいい。
 自分は精一杯、彼に応えるべきなのだから――

 ビーチボールで一通り遊び、汗もかいたかというところで、軽食にしようと真吾が言い出した。
 真吾の体力は底なしだったが、ソフィーはそうもいかない。ソフィーが疲れているのを見てとっての、心遣い。
 ソフィーはそれに気づいた。だから嬉しくなって微笑んだ。
「飲みもんと食いもん買ってくる。ゆっくり休んでろ」
 真吾に言われ、ソフィーは大人しく砂浜に座った。
 真吾が行ってしまう。ひとり残されると海の広さは少しだけ寂しい。
 ソフィーがぼんやりと、揺れる水面や海ではしゃぐ人々を眺めていた、そのとき。
「よっ! そこのきれいなお嬢さん!」
 いやに陽気な声が、ソフィーの肩に降りかかった。
 それが自分にかけられた声だと思わずにそのまま無視しかけたソフィーは、
「おいおい、無視しなさんな。な?」
 とぐいっと肩を引っ張られ、ようやく振り向いた。
 そこに、5人ほどの青年がいた。ソフィーが振り向くと同時、ゆっくりと歩いて彼女を囲むようにする。
 ソフィーは何が起こったのか分からず、目をぱちぱちさせていた。
 彼女の肩に触れたままの、髪を金髪に染めた青年が、にやにやしながらソフィーの体を眺め回した。
「なあきれいなお嬢さん。これから俺たちと一緒に遊ばない?」
 何を言われているのか分からなかった。
 ただ、自分を囲んでいる青年たちの視線が不気味で、気持ち悪くて。
「わ、私は人と一緒に来ていますから……」
「そんなこと言わずにさ。な、退屈させないぜ?」
「退屈なんか、してな――」
「はいはい怯えなくていいから。お兄さんたちと遊べば楽しいから。保証するぜ。な」
 無理やりソフィーを引っ張り上げ、立ち上がらせて、青年はソフィーの腰を抱く。
 ソフィーは反射的に青年の体を押しのけた。
「触らないでください!」
 毅然とした態度で青年をねめつける。全身に鳥肌が立ったような気がしていた。触られるのがこれほど気持ちの悪いことだなんて。
 押しのけられた金髪の青年が、
「まったく……言うこときかねえやつだな」
 と険悪な声で言った。
 ソフィーは青くなった。自分を囲っていた他の青年たちがにじりよってくる。だめだ、逃げ場がない――
 青年の手が迫り来る。
 その手がソフィーの肩に再度かかりかけた――そのとき。
「おい」
 割り込んだ声に、一瞬にして場の空気が凍った。
 凄まじいまでの気配。肌をぴりぴりと刺すような何かが空気の中を飛び交う。
 青年たちが、真っ青になって、そろそろと振り向いた。
 そこに、軽食と飲み物を入れた袋を手にした真吾が立っていた。その目つき――鋭い黒曜石の瞳が、矢となって青年たちを射抜く。
 ソフィーは唾を飲み込んだ。
 こんな真吾は、ボクシングの試合の最中、もっとも気合が高まったときぐらいにしか見られない――
 真吾は、静かに言葉を紡いだ。
「……俺の連れに、手を出すな」
 金髪の青年が、ソフィーに向けていた手をぱっと引っ込める。
 真吾の気迫が、青年たちに一言の反論も許さなかった。
 金髪の青年が他の4人に目配せすると、彼らはそそくさとその場を立ち去った。
 青年たちが完全にその場を離れるまで仁王立ちになっていた真吾は、やがてふっと気をぬくと、あまり表情を作るのがうまくない顔にそれでも心配そうな色をのせて、ソフィーを見た。
「……大丈夫か?」
「真吾……」
「ごめん……怖かった、か?」
 気まずそうに尋ねてくる。
 ソフィーは首を振った。
 そして、花のような笑顔を開かせた。
「ううん、怖かったけど、嬉しかった」
 真吾がほっとしたように表情を和らげる。
「昼飯買ってきた。なるべく陰になっている場所で食べよう」
「うん」
 うなずいたソフィーの手を、ごく自然に真吾の手がつかむ――

 やわらかくつながった二人の手。

 陰のある場所をさがしてゆっくりと歩く浜辺で。
 ソフィーは背の高い婚約者の横顔を見上げる。
 精悍で、凛々しい顔立ちの彼は、ときにとても優しくて。強くて。頼りがいがあって。
 ああ、自分は何て幸せなんだろう――
 太陽に照らされた彼はどんな存在よりも大きくて。
 ――自分は彼を、幸せにできる?
 ううん、幸せにしてみせる。
 彼の横顔に誓った。胸からにじみでる愛しさをかみしめながら。
「ほらソフィー。あそこがよさそうだ」
 真吾が指を指す。
 ソフィーは笑顔でうなずいた。

 さんさんと降り注ぐ太陽は若い恋人たちの心を熱くして。

 砂浜の上。二人の足跡。
 仲良く並んで、前へと進む――……


<了>