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お祭りに連れてって
喫茶「エピオテレス」副店長、ケニーは商店街に買い物に来ていた。
いつも背広の彼は、あまり買い物が似合っていないが、暇なときはこんなこともする。
ふと――
「よっ! お兄さんも参加してってくれよー!」
彼は横から景気のいい声と共にチラシを押し付けられた。
「待ってるからね〜」
景気のいい商店街の男は手をひらひらさせてケニーを見送る。
歩きながら、ケニーはそのチラシを見下ろした。
――商店街祭り。
「祭り……祭りか」
いってみれば商店街興しの行事のひとつなのだろうが――
ケニーはふと考えてみる。
自分の妹、エピオテレスは日本行事が大好きだ。
居候の1人、クルールは天使で、お祭に慣れていない。
居候その2、フェレは純粋なる日本人だが、まともな人生を送っていない。
ケニーは煙草をふかしながら、いい機会かもなと思った。
「やつらに祭りを経験させてやるのも……」
正しく言えば正月に祭りもどきを経験しているのだが、あれとはまた一味違うはずだ。
しかし、ケニー1人では3人は手に余る。
「誰か、手を貸してくれる人材を探すか……草間に人材を紹介してもらうか」
紫煙はゆっくりと揺れる――……
■■■ ■■■
鈴城亮吾[すずしろ・りょうご]は商店街の祭りにアルバイトで参加することになった。
「先輩の頼みじゃ仕方ねえよな……」
何でも先輩は今年、風邪を引いて出られないらしい。
小遣いにもなるということだし、と亮吾は渋々――いや半分楽しんで――引き受けたのだ。
「でも……なーんか嫌な予感がするのは何でだ?」
首をかしげかしげ、甚平姿に着替える。
彼の仕事は出店のウエイター。亮吾は女性客を引きそうだと話を聞いた出店責任者のおっちゃんに言われたのだった。どういう意味なのか、若干引っかかったが。
「ま、いいか。さーてやるぜっ!」
亮吾は気合を入れる。
辺りの出店からは、早くも料理の匂いがする。
さあ、お祭の始まりだ――
草間武彦は、ケニーに呼ばれて不承不承メンバーに参加していた。
「そんな嫌な顔をすることはないだろう」
「……何が嫌ってな」
草間はふっと遠い目をして、
「こんな男らしい男が隣にいるのが――っなっ!?」
がすっ!
裏拳が草間の鼻面にヒット。あわれ草間は後ろ向きに倒れた。
「お・ま・え・は・どこまで私にケンカを売ったら気が済むんだ!」
腰に手を当てて怒鳴ったのは、黒冥月[ヘイ・ミンユェ]。
彼女は、先日大怪我を負って喫茶「エピオテレス」で療養中だった。
草間から電話が入り、それを切ったところにケニーがやってきて、「祭りに行かないか」と誘ったのだが、それを聞いて冥月は苦笑した。
「草間からも聞いた。奴にも人集め……か。子煩悩な父親か、お前は」
……草間は冥月の過去をわずかにでも察した上ですすめたのではないかと、冥月は薄々感じていたが。
そんなわけで、仕方ない、と彼女は腰を上げた。
「私も行ってやろう。体力の回復にもいい」
驚異的な体力と喫茶店のメンバーの献身的だか過保護だかよく分からん介護のおかげで無事傷の回復も順調。冥月は祭りに付き合うことを決めた。
「冥月さん」
エピオテレスが後ろから心配そうに声をかける。「無理をなさらないでくださいね……?」
「だから、お前は過保護なんだテレス」
言って歩き出した冥月は、ふと顔をしかめた。
過敏なエピオテレスが、あっと冥月の腕に手をかける。それを振りほどき、
「それに……世話になったしな」
目をそらしながら、彼女はつぶやく。
「テレス。どうせ冥月は言っても聞きやしないよ」
クルールが頭の後ろで手を組んでむっつりと言う。天使は分かっている。冥月という女性の誇り高さを。
「………」
1人黙っていたのはフェレだ。彼は珍しく、ケニーの誘いを断らなかった。
そんなわけで冥月を連れて、喫茶「エピオテレス」の面々は草間と合流。
その際に草間氏は冥月の裏拳をくらい、ぶっ倒れるというアクシデントというか日常があったりもして。
少し遅れて、草間が呼んだ1人の少年がやってきた。
浴衣姿の天波慎霰[あまは・しんざん]。外見は人間と変わらないが実は天狗の少年は、ぶつぶつ言っていた。
「商店街祭ィ? ンな形骸化した祭り、祭りっていわねーよ、来てる人間の何割に神への信仰があンだよ、そもそもなぁ、祭りっつーのは……」
「そんなことを言ってもな慎霰」
復活した草間が、喫茶店の面々を示して言った。
「こちらの兄妹はイギリス生まれ……でも無宗教。こちらのお嬢さんは天使。こちらの青年は神なんか信じてる場合じゃない生き方をしてきた。日本の神様を信仰してる場合じゃない」
「あー! もう、お前ら祭りに来る資格なし!」
慎霰はびしっと指を指して言っ放った。
「まあそう言うな。ただの気晴らしだ」
と言うケニーに、ぶすっとした顔で、「ちゃんと報酬はもらうからな?」と念を押し、
「ところでよ、祭りにくり出す前に浴衣着てったらどうだ? 男のやつの着つけなら俺できるぞ」
草間とケニーとフェレはそれぞれに顔を見合わせる。
冥月が、
「似合わん……」
とくくくと笑っている。
「祭りの思い出っつったら浴衣だろーがよ。持ってないならすぐに買いだ! いい店知ってるから行こうぜ!」
「おいおい……」
草間が嘆息する。ケニーは苦笑し、
「まあ、たまにはいいか、フェレ」
「俺は嫌だっつーの……!」
冥月に笑われて、ショックを受けているフェレであった。
慎霰に導かれて行ったショップで浴衣を買い、その場で着る。草間は紺、ケニーは白、フェレは黒の浴衣だ。
3人に着つけをした慎霰は、しみじみと。
「武彦はともかく……ケニーとフェレは本当に似合わないな」
「そ、そんなことないわ!」
エピオテレスが必死に訴える。「兄様もフェレもとっても素敵よ」
「えー、ヘンだと思うー」
クルールが率直な意見を言う。
冥月が脇腹の傷口が開くのではないかというくらい必死に笑いをこらえていた。
「単に見慣れてないからだろう。まあケニーは外見が外国人だからっていうのもあるだろうが……」
草間が煙草に火をつけて、煙を吐いた。
「――まあ、身軽でいいだろう。行こうか」
「動きづれえよ……」
フェレが誰かを呪い殺しそうな声で言った。
ちなみにエピオテレスとクルールの分の浴衣は冥月が用意した。日本文化が大好きなエピオテレスがいつになくきゃぴきゃぴ喜んでいる。
「お着物とはまた違う風情がありますね」
「いいものだろう、テレス」
「はい! ありがとうございます、冥月さん」
「……ありがと、冥月」
ぼそぼそ、と恥ずかしげに礼を言ったクルールは、「冥月は着ないのか」と黒づくめの女を見る。
「私はいい。日本風の服はどうにも好かんのでな」
「冥月は中国人だっけか」
慎霰が珍しく冥月に注意を向ける。ふーむと冥月の肢体をじろじろと見回し、
「たしかに着物とか似合わない気がするな」
「ほっとけ小僧」
昔着物を着て愛する人に笑われた経験があるのを思い出して、冥月はそっぽを向いた。
さて、商店街は盛況である。
まずは何をしたらいいものか。
「人ごみってやだなー」
ぶつくさ言うのは天使のクルール。
「あー、迷子になったときはあれだ。亮吾がバイトしてっからよ。そこの店の前、集合」
慎霰はてきぱきと決める。
「亮吾? ああ鈴城君か」
来てるのか、とケニーがつぶやくと、
「学校の先輩の代わりだってよ」
「中学生がアルバイトしていいのか?」
冥月が首をかしげたが、「……まあこんなもの、まともなアルバイトと言わないか」と片付けた。
そもそも、冥月はそんな細かいことを気にするたちではない。何となく、気になっただけだ。
ふむ、と改めて腰に手を当てた冥月は、エピオテレス、クルール、フェレに向かって忠告した。
「商店街の祭はしょぼい。屋台と普通の店が混在するし近所付合い優先で活気や一般客との距離も正直微妙だ」
まあ、とエピオテレスが頬に手を当てる。
難しくてよくわかんない、とクルールが膨れる。
「態度が悪くても怒るなよ、フェレ」
「何で俺だけに言うんだよ!?」
――口論になるのも美しきかな。
冥月は商店街祭りをあまりよく思っていないようだったが――
「まあ、悪くもないだろう、たまにはこんな空気も」
「人ごみ嫌い……」
「文句言うなこのエセ天使!」
「エセじゃない!」
慎霰とクルールのケンカがあったりして。
草間とケニーは人とぶつかったら危ないということで煙草を消した。代わりに屋台でコーヒーを買う。
他のメンバーには、お祭に欠かせないコーラを。
普通の店の前に、金魚すくいや輪投げ、スーパーボールすくいや射的、スタンダードな出店が並んでいる。
まだ遊ぶ気にはなれない。何となく彼らは人間観察に終始していた。
「なああれカップル?」
「……男同士だ」
「腕組んでるよ!?」
「世の中そんなこともある」
「イギリスってソドミィ厳禁だったよなあ、昔」
「旧約聖書上今でも厳禁だ」
「ソドミィって何だ?」
「男色」
「男爵?」
「貴族になってどうすんだよ」
行くあてもなく歩き回った彼らは、やがてひとつの出店にたどりついた。
店内に飲食スペースがあり、鉄板焼き系の料理、ビールやその他飲み物を売っている店で――
「きゃー! かわいー!」
女性客が固まって黄色い声を上げている。
「んあ? この店はたしか……」
慎霰がどけどけどけーいとばかりに女性客をかきわける。
そこには、
「どーぞ! おいしいお好み焼きだよ、やきそばだよ!」
にこにこ営業スマイルを浮かべる亮吾の姿。
「よお、亮吾」
「………」
「おいこら無視すんなっ」
事前に来るって連絡したろうが、と慎霰が指をつきつけて文句を言うと、
「本当に来るとは思わなかったってぇの。慎霰、こういうの嫌いじゃんか」
「うるせ。場合によらあ」
ほら、と慎霰は離れて見ている喫茶店メンバー+αを指差す。
「客、連れてきてやったぞ」
「うあ!? あの喫茶店の人たち……!?」
「おーいお前ら、こっちこいよー。亮吾がただにしてくれるってよー!」
「誰がそんなこと言った!?」
亮吾の悲鳴をよそに、喫茶店4人組、草間と冥月は亮吾の店へ歩み寄ってきた。
「鈴城君、お久しぶりね」
エピオテレスがにっこりと微笑む。「その格好、とてもよく似合っているわ」
「これもニホンブンカ?」
クルールが亮吾の甚平姿を指差して誰にともなく問う。
「まあそうだな」
と冥月が答え、「少しは祭りらしい格好をしてるじゃないか」
おかしそうに亮吾を見る。
「亮吾ー。やきそばくれ」
他の客をしっしっと追い払ってしまった、営業妨害全開の慎霰は、遠慮なくずいと手を差し出す。
亮吾は真っ赤になって、わなわなと震えた。
「ふざけんな……! 売り上げによって小遣い変わるんだぞ!」
「いいからよこせ。腹減った」
慎霰はふんぞり返った。
「金払えよ?」
「やだ」
「慎霰〜」
「お、落ち着いて鈴城君」
エピオテレスがにこやかに間に割って入った。
「天波君にもとてもお世話になっているから……私が払うわ。やきそば、あげて?」
「テレス、甘いぞ」
冥月が呆れて腕を組んだ。
エピオテレスは微笑んで財布を出す。
「冥月さんも草間さんも、おごりますわ。……皆は何を食べる?」
と顔を向けたのは自分の家族。
草間とケニーは、特に要らないといった。コーヒーがちょうどなくなったので、代わりに酒を買う。
クルールとフェレはお好み焼き、と注文。
冥月とエピオテレスは焼きそば。青のり抜き。
「歯につくからな」
「いっそ歯につけて歩いたらどうだ冥月」
「貴様は黙っとけ草間」
ごっと冥月の拳が草間氏のあごにぶち当たる。草間氏ノックダウン。
慌ててエピオテレスが介抱しようとしゃがみこむ。ざわざわと人が集まってきた。人々は倒れている草間を見下ろしていたが、ふと顔を上げて、
「……小学生が働いてる……」
ひそひそと話し始めた。
……亮吾の姿を見て。
慎霰がうんうんとうなずいて、
「チビはつらいな」
「チビ言うな!」
「ねーお好み焼きまだー」
クルールが欠伸をする。どこまでも自由な客だった。
やがて草間がようやく起き上がったとき、そうだ、と慎霰が手を打った。
「お前らさ、こういう出店の手伝いはやったことないんだろ? やってみろよ」
えー! とクルールが心底嫌そうな顔をした。
「せっかくウエイトレスの仕事から逃れてきたのに、ここでもウエイトレスやるのか!?」
「テレスは接客できるだろうが……」
冥月はケニーとフェレをじっと見つめる。
かたやポーカーフェイス。かたや無愛想。
「……ますます店に客が来なくなるぞ」
「男共は作る方に専念すりゃいいだろ」
「ケニーは作るのは得意だろうが……」
冥月はしみじみとフェレを見て、
「お前、料理できるのか?」
「バカにするな」
フェレはむっとした様子で腰に手を当てる。「俺はテレスに拾われるまで独り暮らしだったんだ。これくらいちょろい」
「ふうん」
冥月は慎霰を見て「いいらしいぞ」
「よっしゃ、じゃ男共作る方なー」
慎霰はケニーとフェレを店内に押しやった。
「女共は接客なー」
「えー」
「いいじゃないクルール。こんな雰囲気で接客も」
「テレスー。あたしこんなところに来てまで疲れたくないー」
ぶつぶつ言っているクルールと、それをなだめるエピオテレスを見ながら、
「あのー……」
亮吾はおそるおそる声をかけた。
「できれば早く決めてもらわないと……客、まったく近づいてこなくなっちまってるんで」
「あ、ごめんなさいね鈴城君」
エピオテレスはクルールの手を引いて、店内へと回った。
草間は1人、ビールを片手に傍観の体勢でいる。
冥月も、
「私は断る」
慎霰と亮吾も、何となく冥月にさからう気にはならなかった。
そんなわけで。
亮吾は出店のおやっさんに許可をもらい休憩に入り、代わりに喫茶店メンバーによる出店が始まる。
「いらっしゃいませー!」
覚悟を決めた、というよりやけになったクルールのかわいい裏声が響く。
「いらっしゃいませ、美味しいやきそば、お好み焼きはいかがですか?」
エピオテレスの声は優しく、行き交う人の耳に心地よく響くようだ。
女性陣の隣では黙々と鉄板の上の食材を調理するケニーとフェレ。
「フェレ。お前は雑すぎる」
「いいじゃねえかこれくらいで」
「客に出すものだぞ。自分で食べる感覚で言うな」
「ちぇっ。分かったよ」
元からシェフのケニーの言葉に、フェレも不承不承従った。
横から見ていた慎霰が、「へえ〜」と感心した。
「本当に作れるじゃん。ちょっと見直した」
「なめるな、天狗」
「その呼び方やめやがれ、この外見不良」
慎霰とフェレの間にバチバチと火花が散った。
「いい加減にしろ」
ケニーが淡々とその火花を断ち切った。
男たちが作るやきそばとお好み焼きを、女性陣が引き戻した客たちが買っていく。
飲食スペースに座っていた亮吾は埋まっていくスペースを見て、何となく複雑な気分になった。
「俺が売り子やってたときより客多い……」
「見栄えはいいからな。ウエイトレス」
慎霰は亮吾の座っている席の前にどっかと座り、奪ってきた焼きそばをばくばくと食べ始めた。
「あ、慎霰! 金払えってば!」
「知らねえよ。今はお前売ってねえだろ」
「まあまあ。どうせあとでテレスが払うと言うさ」
ビールを持ったまま、草間がやってきて亮吾の隣に座る。
ごくごくとビールを豪快に飲み干す草間の酒の匂いに、
「あ、やべ」
亮吾はくらくらっとめまいがしてくるのを感じた。
彼は極端に酒に弱かった。がくんと首を落としたかと思ったら、
「……あ〜。天狗ー。いっつも、俺の、ことー……おもちゃにしてー」
顔を上げる。目が据わっている。
「酔うの早ぇよ亮吾」
慎霰は呆れて亮吾の額にでこピンをくらわせる。
「おもちゃに〜、するら〜」
「そんなだからおもちゃになるんだっつの」
でこピン、でこピン。弾くたびにぐらっぐらっと亮吾の体が揺れる。面白い。
幸い草間はそれ以上ビールを飲まなかったので、亮吾の酔いはそれ以上悪化しなかった。
しかしその間に、亮吾はぐてっとテーブルに突っ伏してしまっていたが。
「まあ鈴城君……濡れタオルいるかしら?」
そんな亮吾に母性本能がくすぐられるのか、かいがいしくエピオテレスが世話をする。
「大丈夫? お水飲む? あら、顔が熱いわ、やっぱり冷やした方がいいわね」
「ふああ……エピオテレスさぁん……」
前後不覚な亮吾が甘えるような声を出す。
「うわ、亮吾お子ちゃま」
「黙れ天狗〜」
「鈴城君。そんな言葉を使っちゃ駄目よ?」
エピオテレスが優しく亮吾の額を撫でる。亮吾は心地よさそうに目を閉じた。
その間、クルールが1人でウエイトレスとして立ち回ることとなり、
「何であたしが……」
ぶつぶつと天使は文句を垂れていた。
その後、亮吾は「面白そうだから」という理由で出店のアルバイトをいったん休止して、彼ら一行についてくることになった。
「おっちゃんからもらっちゃタダ券あるからさ〜」
そのタダ券で大判焼きや焼きトウモロコシ、わたあめやクレープを買うと、不機嫌だったクルールやフェレの機嫌が直った。
「単純だなお前ら」
冥月が呆れる。草間が「子供だからな」と笑った。誰が子供だ、と冥月と同い年のフェレが怒鳴った。
出店を見回っていた慎霰は、
「何事も手本が必要だろ。おい、金魚すくいとかやってみろよ」
とケニーの背中を押す。
ケニーは冥月の方を見て、
「たしか金魚すくいは貴女の方が得意だったような……」
「私にできなことはないぞ」
冥月が胸を張ると、フェレが急に、
「そうだった!」
と声を張り上げた。「冥月! お前、この間の勝負のやり直しだ!」
正月のときに金魚すくい勝負で負けたことを思い出したらしい。フェレはいわゆるリベンジに燃えている。
「何度やっても同じだと思うがな」
そんなわけで、冥月とフェレが再び金魚すくい勝負をすることになった。
エピオテレスがお金を払い、ポイを買う。慎霰や亮吾、草間やクルール、ケニーが見守る中で、勝負は始まる。
冥月の腕は相変わらず素晴らしかった。数匹をまとめてすくってはお碗に滑り込ませる。
……フェレは相変わらず成長なしで、すくうのは速いのだが一度に1匹しかすくえない。
それで追いつけるはずがない。
さらに途中――
「……ちっ」
冥月がふと顔をしかめて、フェレは動揺した。傷が痛み出したのかと心配したのだ。
それが演技だったのかどうかは分からない。だがその隙に冥月は次々と金魚をすくい、あっという間に勝敗は決まった。
悔しがるフェレに、
「不利な条件を有利に……戦場の極意だ。心配したか? 愛い奴め」
冥月は少し笑って、青年の鼻をちょんとつついた。
「ちくしょー!」
フェレは顔を真っ赤にしてわめいた。
「……バカじゃねえの」
慎霰が顔を片手で覆って、「見てられん」というような仕種をした。
「なあなあ、お祭ってやっぱ楽しいよなっ!」
亮吾はいつになくはしゃいでいた。
「だから、祭りというものはだな」
「かたいこと言うなよ慎霰」
と天狗に珍しく明るい笑顔を見せた亮吾は、「輪投げ〜、射的〜、スーパーボールすくい〜」
次々と遊び系の屋台を見つけ、
「な、な、やって見せてくれよ!」
と喫茶店メンバーにせがむ。
輪投げはフェレの得意分野だ。フェレがほいほいと輪を投げて、亮吾の欲しがるものをゲットしてみせた。
射的はもちろんガンマンのケニーの領分である。パンパンパンとあっという間に目的の物を撃ち落とした。
スーパーボールすくいにはクルールが挑戦してみたが、
「下手くそ〜」
「うるさいぞ、天狗!」
これはうまくいかず、クルールは慎霰に散々失敗をなじられた。
ヨーヨーすくいはエピオテレスが挑戦してみた。
「あら……難しいわ」
「……あーん。だから、これはこうしてだな」
何となくエピオテレスのことはなじることができず、慎霰は親切に教える側に回る。
ヨーヨーをひとつ引っかけたときのエピオテレスの嬉しそうな顔は、一行に幸福感を与えた。
「鈴城、タダ券まだ残ってるか?」
草間が横を見て言った。
「あるよ?」
「焼き鳥が食べたくなった」
「うわ、おじさんくさっ」
「ほっとけ」
三十路男の哀愁がここに……
とある屋台まで来て、一行は再び飲み物を買った。
冥月はケニーに冷酒をすすめ、他のメンバーに聞かれない程度の声で、
「先日の件、フェレは気にしてたか?……ま、機会があれば追々な」
「気にすることはない。フェレもあれで、無理に聞くほど阿呆ではないさ」
「ふふ。だがフェレがあそこまで私の心配をするとは思わなかったな」
「貴女は今のフェレの一番の影響力だからな」
「………」
冥月は自分も軽く冷酒を飲みながら、
「……最初はただの阿呆だと思っていたが、さすがにこれだけの付き合いとなると少しは情が入るものだな」
とつぶやいた。
「花火、やるってさー」
亮吾が仕入れた情報を披露した。
「ほう、商店街の祭りにしては豪勢だな」
冥月が腕組みをして感心する。
「おっちゃんから花火の穴場スポット聞いてあるんだ。時間もそろそろだし、行こうぜ!」
亮吾が駆け出す。負けるかとばかりに慎霰も走り出す。
「こら、はぐれるだろうが!」
草間が声を上げ、喫茶店メンバーと冥月は人ごみの中をゆっくりと歩き出す。
幸い亮吾も慎霰も人間ではないため、気配がつかみやすい。追いついたとき、そこはたしかに人波が切れた開けた場所だった。
「ここからだと、人もいない上に花火よく見えるらしいからさ」
無邪気に亮吾は言う。
「花火……素敵ね」
エピオテレスがうっとりと言う。「花火?」とクルールは首をかしげ、
「まあ、花火の質は日本が最高というしな」
冥月が淡い微笑を見せた。
なんだかんだで女性陣には楽しみなものらしい。クルールは花火に縁がないのだが。
「花火か。久しぶりに見るな」
「婚約者がいなくて残念だったな草間」
冥月が茶化した。草間はそっぽを向いた。
やがて時計の針が7時を指し、辺りの空気が変わる。
まず一発目が、号令のように空に開いた。
明るい真っ赤の大輪だった。
「綺麗……」
エピオテレスが目を細めて空を見上げる。
「おー、迫力まんてん」
慎霰もまんざらではないようだ。
「へえ、花火ってあんなの?」
クルールは興味深そうに見入っている。
花火はせきを切ったように次々と上がり始めた。色鮮やかな華が空に散りばめられていく。
時には丸ではなく文字であったり。時には鳥の形をしていたり。
「すごーい」
クルールが我知らずぱちぱちと拍手をしていた。
「お前案外素直なんだな」
「なんだよ天狗。いちいちからむなよ」
「からんじゃいねえよ」
慎霰にしてみれば天使のクルールが物珍しいだけだ。クルールから見ると、「天狗ってなんだ?」な感覚だったりするが。
「見てクルール、今のしゅわーって噴水見たい」
「あ、見逃した。天狗ー!」
「俺のせいかよ!」
どぉん、と地響きのように花火は地面から強く衝撃を与えてくる。
「すごい、重い……ような感じ」
「花火ってのは近くから見るとこう、迫力が増すんだよなっ」
亮吾が満足そうに、エピオテレスやクルールが楽しんでいるのを見ていた。
慎霰は頭の後ろで手を組み、
「まあ、信仰も何もねぇけど、人間が楽しんでるの見れれば神様も満足なんじゃないか?」
「神様にこだわるんだな、お前は」
冥月がつっこむと、当然だと慎霰は言った。
「俺は天狗だぞ?」
花火は遠く空に上がるようでいて、足下から存在を誇示してくる。
まるで光の芸術に包まれているようで、彼らはしばしその感覚に身をゆだねた。
日常では味わえないこの時間……
家族を連れてきてよかったと、ケニーはポーカーフェイスの裏で思う。
エピオテレスもクルールも、フェレも花火を見上げていつもと違う顔をしている。若者らしい、楽しそうな顔。
「ケニー」
冥月に耳を引っ張られた。
「珍しいじゃないか。何を笑っているんだ?」
「……さあな」
どぉん 花火が上がる。
彼らはまっすぐに、それを見上げている……
―FIN―
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1928/天波・慎霰/男性/15歳/天狗・高校生】
【2778/黒・冥月/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【7266/鈴城・亮吾/男性/14歳/半分人間半分精霊の中学生】
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■ ライター通信 ■
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黒冥月様
こんにちは、笠城夢斗です。
今回も依頼にご参加くださりありがとうございました。
お届けが大幅に遅くなり、申し訳ありませんでした!
フェレ、リベンジならず!彼は冥月さんには勝てそうにありませんw
喫茶「エピオテレス」へまたのご来店、お待ちしております。
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