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<東京怪談・PCゲームノベル>


みんなで楽しいショッピング?

 その日、黒冥月は仕事帰りだった。
「あら、いらっしゃいませ」
 喫茶「エピオテレス」で出迎えたのは、ウエイトレスのクルールではなく、店長のエピオテレス。
「テレス。邪魔するぞ」
 言いながら、珍しいなと思って店内を見渡すと、理由はすぐに分かった。クルールは客席のひとつに座って夕飯を食べている最中だったのだ。
 同様に、エピオテレスの兄ケニー、この店の居候フェレも夕食に興じているようだった。冥月が入ってきたことに気づき、フェレが複雑そうな顔をする。
「……怪我、いいのか。冥月」
「とっくに治った」
 あっさり返し、冥月はぐるりと4人を見回して、
「ちょうど5人居るな。少し話を聞け」
「あ、冥月さん」
 エピオテレスがにっこり笑った。
「その前に、お夕飯いかがですか? ご馳走します」
 ――夕飯ついでに話すのもいいかと、冥月はクルールと同じテーブルの席に座った。

「ちょっと、仕事の際に呪いにかかってな」
 冷麺を食べながら、冥月は一応退魔師となるクルールとフェレを順繰りに見る。「分かるか?」と。
「なんか、ヘンなのに憑かれてるなーとは思ったけど」
 クルールが行儀悪くフォークをくわえたまま、聞き取りにくい声で言う。
「どんな呪いなんだよ」
 フェレが餃子をつまみながら仏頂面で訊いてきた。冥月は淡々と、
「宵越しに金が持てなくなった」
「……はあ?」
 不審そうな声を出すフェレ。クルールは意味が分からなかったようできょとんとし、エピオテレスは「まあ」と頬に手を当て、ケニーは何も言わず、まさに四者四様の反応を示す。
「だからだ。その日稼いだ金が問答無用で消滅する」
「…………はあああ?」
「それは難儀なことだな」
 ようやくケニーがしゃべった。だから何だというわけでもない。
 別にいいんだがな――と冥月は冷麺を食べる手を休め、
「腕をなまらせないために仕事しているだけだ。金がなくなろうが私は痛くもかゆくもないんだが……まあ、もったいないのもたしかでな」
「とてももったいないわ」
 けっこう所帯じみているらしい、エピオテレスがしみじみと言う。
「つまりだな」
 冥月は説明する。
 呪いの期間はどうやら一週間。
 そして運悪く? 毎日仕事が入っており。
「仕事のキャンセルは信用を失うから問題外だ。裏社会は信用第一だからな」
 というわけで、キャンセルはしないから毎日稼ぎが入るわけで。
 現在2日経っているが、その2日間で1億円が消失した。
「1億……」
 ぼんやりとクルールがつぶやいた。この喫茶店もとんでもない稼ぎを叩き出しているはずだが、さすがに億単位はないはずだ。
「その1億で色々試したんだが」
 午前0時で一日の稼ぎも自分の為に買った品も消失する。
 他人にやった金も消失する。
 ただし――
 他人に"あげた"品だけは、なくならない。
 つまり1日で使い切るか、他人に贈り物の形であげないとダメなわけだ。
「なにそれ」
 訳わかんない、とクルールがぼやいた。
「私にだって訳が分からん。が、そういうモノに呪われてしまったんだから仕方がない」
 残り5日間だ、と冥月は言った。
「5日間で私が稼ぐ金を、使う権利をお前らにやる。1人1日分ずつ」
「ああ?」
 フェレが顔をしかめる。それを無視して、
「何日目を選ぶか、何に使うか自分たちで決めろ」
 言うだけ言うと、もう一度夕食を再開する。
 他の4人が顔を見合わせているのが分かった。
「……まあ、せっかくの好意だからな」
 とケニーが言った――彼にしては珍しく、面白そうだ。
 ひょっとしたら、見抜いていたのかもしれない。今回の冥月の提案は、単にお金がもったいなかったからというだけではなく、
 ――ほんの少しだけ、以前の怪我の治療の礼も含めていたのだということを。

 結局、よく分からない内に適当に喫茶店のメンバーはじゃんけんをして、
 1日目:エピオテレス
 2日目:ケニー
 3日目:フェレ
 4日目:クルール
 5日目:冥月
 という結果を出した。

 冥月としては、戸惑う彼らを見て楽しむ算段もあったのだが。
 さて、彼らは何を買うだろう?

 ■■■ ■■■

 1日目:エピオテレス

 夕飯時に喫茶店に帰ってきた冥月は、
「今日の稼ぎは2千万だ」
 とエピオテレスに告げた。
 エピオテレスは目をぱちぱちとさせた。
「どんな仕事だよ」
 クルールがため息をつく。「あんまり、危ないことするなよー冥月ー」
「お前、意外と心配性だったんだなクルール」
「こないだの怪我がひどかったんだよ」
「あれは例外だ。あんなことは滅多に起こらん――心配するな。で、テレス?」
 冥月とクルールが話している間中ずっと黙考していたエピオテレスは、
「じゃあ、そろそろ厨房の器具を全部買い換えようかしら。古くなってきたものもあるし……」
 2千万もあれば、充分足りるわよね兄様――とケニーに尋ねている。
「足りるんじゃないか。新しい器具も仕入れられるだろう」
 それを聞いたエピオテレスは無邪気に両手をぱちんと叩いて、
「それじゃあ、私は厨房器具を買います、冥月さん」
「……面白みがないな」
 冥月は肩をすくめたが、まあテレスらしいか――とほんの少し苦笑した。

 その後、喫茶店は臨時閉店。
 午前0時を回る前にと、急いでキッチン器具を取り扱っている店の店長とコンタクトを取り、大がかりな取引が行われた。
 トラックまで利用して、リフォーム並みの器具の入れ替え。
 そして真夜中、クルールが大あくびをする頃、
「まあ、厨房がとってもきれいになったわ!」
 エピオテレスがはしゃぐ声が店に響き……
 こんな時間まで付き合わされたが稼ぎが稼ぎなだけに上機嫌なキッチン器具屋の店長は手もみをして帰っていき、
 1日目は無事、終了したのだった。

 ■■■ ■■■

 2日目:ケニー

「……思ったんだが……」
 仕事を終えて店へやってきた冥月は、ケニーに向かって難しい顔をした。
「お前、わざわざ私が金をやらんでも充分稼いでいるだろう」
「否定はしないがな」
 ケニーも裏社会の人間である。
 ついでに言えば天才的な賭博魔だ。彼が賭博で負けているところは見たことがないし、想像もできない。
「まあ、金はやるという約束だからやるが……」
 何だか気にくわないことに、
「今日は5千5百5十5万だ……」
 エピオテレスのときよりも多い。
「なにそのふざけた報酬額」
 とクルールが呆れた。
 ケニーは冥月をつれて、とある人物の所へ向かった。
 工房のような場所だった。冥月はすぐに察した。――ケニーはここで、銃や弾丸を仕入れているのだ。
「銃のメンテナンスに使う、という方法はありなのかな」
「まあ、多分大丈夫だろうが……銃のメンテだけじゃ使いきれんぞ」
「あとは全部弾丸に回す」
 ケニーがメンテナンスに回した銃の数は拳銃やライフルを含めて合計10。
 それからありったけの弾丸を買う。
 普通の弾丸と――対魔戦用、銀の弾丸。
 工房に残っていた弾丸ひとつ残らず買いつくしたようだ。銀の弾丸はさすがに単価が高い。
 しかしそれでもすべての金額を使い切ることができず、
「残っているぞ。どうする」
 言った冥月を、何も言わずにケニーは別の場所へ連れて行く。
 それはよくこんな夜遅くまでやっているなというような、玩具屋だった。
「ぬいぐるみを買ってやってくれ。あなたの感覚で構わないから」
 誰に、とは言わない。言う必要がない。
 冥月は呆れて苦笑した。
「妹煩悩もここにきわまれりだな……」
 仕方ない。こんなこともありだろうと、彼女はエピオテレスに贈るためのかわいいぬいぐるみをいくつか見繕ってやった。
 エピオテレスが2日目も大喜びしたことは、言うまでもない。

 ■■■ ■■■

 3日目:フェレ

「5万だ」
 店でフェレの首根っこを捕まえて、冥月は青年の目の前にびらっと5枚の万札を広げてみせた。
「少なくねっ!?」
「文句を言うな、今日の仕事は簡単だったんだ」
 どれほど簡単だったかは、今がまだ昼にもなっていない、朝とも言える時間だということを見ても分かるだろう。
 フェレはじとっと恨めしそうに冥月を見る。冥月は口笛を吹いて無視をする。
「5万……5万か……」
 頭をかいたフェレは、「おい、テレス」と保護者を呼ぶ。
「はいはい。なあに?」
「……買い物付き合え」
「?」
 はてなマークを飛ばすエピオテレスを無理やり引っ張って、フェレは出て行こうとする。
「私を置いていってどうする」
 冥月はすたすたと後を追った。
 向かった先は――小物屋。
 冥月が追いついたとき、フェレはエピオテレスに向かってこそこそと何かを話していた。
 その気になれば盗み聞きなど簡単なことだったが、特にそんな気にもならなかったので放っておくと、フェレが振り向いて、
「テレスにプレゼントする」
 ……ケニーのようなことを言い出した。
 どいつもこいつも。呆れた冥月だったが、たしかに5万じゃフェレの満足するようなものは買えまい。
「何を買うんだ?」
 エピオテレスが選んでいる。のぞきこむと、櫛が並んでいた。
 エピオテレスは髪が長い。櫛は重要だろう。フェレもその辺りはセンスがいいかもしれない。
 やがてエピオテレスは、
「これにしましょう、フェレ」
 とひとつの櫛を指差した。
 ん? と冥月は首をかしげた。「これにしましょう」?
 フェレは不安そうに、
「それで大丈夫か?」
「ええ、きっと大丈夫」
 ……何だこの会話は。
 いまひとつ納得がいかないまま、冥月は彼らとともにレジまで向かい、櫛を買った。
 なぜかしらないが、エピオテレスはわざわざラッピングを頼んだ。
 ラッピングと言えば贈り物。
 冥月は閃いた。エピオテレスへの贈り物と言っておきながら、実は――クルールへのプレゼントにする気に違いない。
 普段のフェレとクルールは、仲がいいとはお世辞にも言えない。ごまかしたのだ。
「まったく……馬鹿め」
 くくっと冥月はひそかに笑った。
 櫛で5万もするものを買うとは、気前がいい。フェレもクルールのことは大切ということか。
 素直ではない青年の一面が見られて、冥月は意味もなく満足した。

 あいにく、次の日の仕事へは早めに取りかからなくてはならなかったため、フェレがクルールに櫛を贈った場面を見ることができなかったが――
 さぞかしみものだったろうと、冥月は心底残念に思った。

 ■■■ ■■■

 4日目:クルール

「2千3百万弱だ」
 少々面倒なことが重なり、結果報酬も半端な額になった4日目。
 クルールに「買い物に行くぞ」と告げると、天使は難しい顔をした。
「……あたし、特に欲しいもんないなあ」
「なら適当に服でも買っておくか? 仕事でダメにしやすいだろう」
 クルールは一応退魔師でもある。「私が見立ててやるぞ」と冥月が提案すると、
「じゃあ、甘えよっかなー」
 やはり若い娘には違いない天使は、金の瞳をきらめかせた。
「クルールの服のお見立てならわたくしも……」
 エピオテレスが控えめに口を挟んできたので、「遠慮なく来い」と女性3人連れで行くことにした。
 見た目は麗しい天使でも、高級ブティックは性に合わない。
 だから、質より量、機能美を求めてそれ系の服屋に向かう。
 動きやすいシャツ、ブラウス、タンクトップ、パンツ、スカート。
 山のように積み上げられていく荷物に、店員が慌てて走ってきて「お荷物お預かりします」と言う。
「気にするな」
 冥月は適当にあしらった。喫茶店の女たちのきゃぴきゃぴ声に、真面目な店員の声は無粋というものだ。
 大荷物など、冥月ひとりで持つことができる。荷物持ちにぐらいは、なってやるつもりだった。実際に買ってからは、影に沈めてしまえばいいのだし。
 そんなことを色んな店で繰り返し、クルールはその日1日で、少なくとも1年間は暴れまくっても大丈夫な程度の服を手に入れた。
 天使はほくほくと嬉しそうだった。
 クルールはわりと素直なところがある。贈り甲斐のある娘だ。
 ふと思い出して、冥月はクルールをつっついた。
「おい。昨日はどうだった」
「昨日?」
「フェレだ」
 多少意地悪くにやりと言ってやると、一瞬きょとんとしたクルールは、やがてあーとぽんと手を打った。
 そして、
 こちらもなぜか――意地の悪い笑みを、見せて。
「フェレね。うん。面白い」
「……面白い?」
 冥月は首をひねった。妙な感想だ。
 ふんふんとクルールは鼻歌まじりに、
「フェレってさ、ほんと愉快なやつだよね。人間界で出会った人間で、一番愉快かもしれない」
「まあ、面白いやつなのはたしかだがな」
 未熟で、素直じゃない。そのひねくれ度は、見ている分には面白い。ときどき――というか頻繁に、いらいらさせられるが。
 冥月とクルールの会話を聞いていたエピオテレスが、うふふと頬に手を当てて笑った。
「冥月さん。フェレをあまりけなさないでくださいね?」
「けなしてはいない。未熟さを指摘しているだけだ」
 やつにはこれからも色々と指導していかねばなるまい。そのことはまあ――
 冥月としては、面倒だと言いながらも、内心楽しみでもあるのだ。
 で、結局櫛の感想はどうなったんだ?
 そう思ってクルールを見たが、クルールは上機嫌で鼻歌を歌うばかりだ。
 ――深く詮索するのも無粋か。
 ひと悶着あったのではないかと期待していた冥月にしてみれば、機嫌のよさそうなクルールの様子は意外だったのだが、まあそんなこともあるのだろうと片付けた。

 ■■■ ■■■

 最終日:冥月

「2百万……と」
 喫茶店にやってきた冥月は、札束をテーブルに置いて、
「さて。呪い最終日だが……どうしたものかな」
 ぐるりと喫茶店メンバーを見回した。
「もう充分だよー」
 クルールがだるっとテーブルに腹ばいになりながら面倒そうに言う。元からやる気のないウエイトレスだが、夏の暑さにバテてもいるようだ。
 そのクルールには散々買ってやったし……
 エピオテレスは今回一番ひいきされていたし……
 ケニーには、何となく贈り物なんざしたくないし……
 ………
「フェレ。何か贈ってやろうか?」
「冗談ぬかせ」
 フェレはむっとした表情でにらんできた。「お前にもらいものなんかもらう義理ねえ」
「人の好意は受け取っておけ」
「いらねえって――おいこら、いてえ!」
「いいからついてこい」
 冥月は問答無用でフェレの腕を引っ張った。
 向かった先は――アンティークショップ・レン。
「おや、いらっしゃい」
 店長の蓮が、煙管を口から離して意外な組み合わせの2人組みを見やる。
「ご用はなんだい?」
「何かいい武器は仕入れてないか? 蓮」
「武器ねえ……」
 あんなのはどうだい、と蓮は近くの壁を煙管で示した。
 壁に、古びた中世西洋風の剣が立てかけられている。鞘の装飾は美しい。古色を帯びているのがますます魅力的だった。
「かつて剣聖が使っていたと言われている、由緒正しい聖剣だよ」
 フェレがさすがに、抵抗するのをやめた。剣の元まで行き、まじまじと見つめる。
「……魔力を帯びてやがる」
「よくお分かりだね。ただの長剣ってわけじゃないのさ」
「いくらだ、蓮」
 蓮が提示した金額は、2百万をいくばくか超えていた。
 冥月は肩をすくめ、
「まあ、それぐらいの超過分は私がポケットマネーで払ってやってもいい」
「おい、冥月――」
「たまにはサービスしてやる」
 自分でも不思議な気分だった。なぜフェレなどにボーナスを与えるようなまねをしているのだろう?
 ああ――
 そうか、クルールにプレゼントをするなんていう、素直じゃないけれど少しはかわいい一面を見られたからかもしれない。
 こいつも、根は悪いやつじゃない。そんなことはとっくの昔に知っていたが、改めて知るとまた味わいがある。
 フェレは何も言えずにいる。どうやらプライドより、剣への興味が勝っているらしい。
「素直に受け取れ」
 冥月は蓮に金を払った。
 まいど、とアンティークショップの店長は言い、
「相変わらず仲がいいね」
「どこがだ……」
 冥月とフェレは揃ってがくっと肩を落とした。

 その日の夜、冥月は喫茶「エピオテレス」で、いつも通りエピオテレスの手料理をご馳走になった。
「最近ただばかりですまんな」
「何を言ってらっしゃるんですか。充分な贈り物をいただいてしまったわ」
「新しい厨房の使い勝手はどうだ」
「最高です」
 エピオテレスの素直な笑顔は、冥月の心も晴れやかにする。
「冥月が来るとさ、退屈しないね」
 とクルールが言った。
 冥月は微笑して、
「よし、食後の頭の体操だ。フェレ、ケニー。ポーカーでもやるか」
「……あなたを相手にはやりたくないんだが……」
「お前のそういうところは尊敬できんな、ケニー」
「身の程をわきまえていると言ってくれ」
 そんなことを言うケニーに、いいから付き合え、と冥月は迫った。
 フェレは買ったばかりの長剣を実践に使いたそうだったが、
「今晩で呪いが解ける。その祝いに私に付き合え」
 と冥月は無理やり青年を引っ張り込んだ。
 フェレは、抵抗しなかった。

 ■■■ ■■■

 呪い解除後――

 その朝は快晴だった。
 喫茶「エピオテレス」で一晩ポーカーに興じていた冥月は、
「ふむ」
 店の外で機嫌よく朝陽を迎えた。
「体が軽くなった気がするな。無事解けたか」
「ちゃんとなくなってるよ」
 とクルールが大あくびをしながら言った。ポーカーを傍で見ていて寝ていないのである。
「今回は巻き込んで悪かった――と、詫びる必要もないか」
 少なくとも喫茶店メンバーに迷惑はかけていないはずだ。「買ったもの、なくなっていないだろう?」と念のため尋ねると、エピオテレスやクルールはうなずいた。
「よし。とりあえず今回は世話になったな。私はこれで――」
「あ、待ってください冥月さん」
 エピオテレスに呼び止められ、店から離れようとした冥月は足を止めて振り返った。
「フェレ! ほら、今の内よ!」
 エピオテレスはとても嬉しそうな声で居候を呼んでいる。
 フェレは――
 2階から、気まずそうに降りて、外へ出てきた。
 冥月は軽く目を見張った。あれは。
 あの、フェレが手に持っている包みは。
 ――クルールに贈ったはずの――
 フェレは冥月の前まで来ると、視線をせわしなく泳がせた。ぽりぽりと包みを持つ手とは反対の手で首の後ろをかき、
「……消えなかった、から、な……」
 ほら、とずいと包みを冥月に向かって差し出してくる。
「……は?」
 思わず、気の抜けた声がこぼれてしまった。
「だから、ほら」
 フェレはぶっきらぼうに言いながら、包みをさらに突きつけてくる。
 冥月が呆気にとられていると、もう、とエピオテレスが苦笑した。
「ダメでしょうフェレ。もっと優しく言いなさいな?」
「う、うるせ……」
「フェレ」
「………」
 観念したかのように、フェレはうつむいた。
 ――顔を隠すように――
「この、櫛、お前に、やるから」
 つっかえつっかえ告げられた言葉は、
 とても、冥月には信じられない言葉で――
 クルールがにやにやと笑っている。エピオテレスが微笑んで、
「フェレが言い出したんですよ。この方法なら、消えずにあなたにプレゼントできるかもしれないって」
 もっとも、冥月さんのお金で買ったものですけれどね――と。
「そ、そうだ。お前の金で買ったんだ。だから受け取れ」
 しどろもどろにフェレは言う。
「―――」
 冥月は信じられない思いで、うつむいたまま顔を隠している青年と、目の前に差し出されている包みを見比べた。
 フェレが?
 自分に贈ろうと、この櫛を?
 まさか――まさか?
「お――お前、無駄に髪長いしよ。櫛とか、あっても別に邪魔にはならないだろ」
 そうフェレが言った瞬間、いたずらに夏の風が吹いて、冥月の長い艶やかな髪をなびかせた。
「………」
 ――これにしましょう
 ――それで大丈夫か?
 あの妙な会話の意味がようやく分かって――
 冥月は。
「……らしくないな」
 つぶやいた。
 フェレがむっと顔をあげる。仏頂面。
 その顔がやけにかわいく見えて。
「らしくない。――ああ、私もらしくない」
 微笑がこぼれた。
「ありがとう、フェレ」

 こんな日もあるのだろう。太陽の輝きがいつもより意地悪に思える日。
 櫛の入った包みを受け取って、冥月はそれを見下ろした。
 ――この櫛で髪を梳くことがあれば、そのたびに自分はフェレを思い出すのだろう。
 胸に住む愛する人は1人きり。それでも大切な人は日々増えていく。
「礼は、そうだな。やっぱりお前を特訓することかな」
 冥月はいたずらっぽく片目をつぶってやった。
 いらねえよ、と目を吊り上げる青年がおかしくておかしくて――

 呪いがもたらした、思いがけない絆は。
 腐れ縁ともなりながら、これからも冥月に様々な色をもたらしてくれるだろう。
 楽しみ、と言う名の色を――


 ―FIN―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2778/黒・冥月/女/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】

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■         ライター通信          ■
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黒冥月様
こんにちは、笠城夢斗です。
喫茶「エピオテレス」へご来店、ありがとうございます。
とても面白いプレイングをありがとうございました!ラストにこんな出来事を起こしてみましたが、いかがでしたでしょう?
楽しんでいただけたら光栄です。
では、またのご来店をスタッフ一同心待ちにしております。