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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


納涼プール・ジャ・ブン【設営編】

□Opening
「覚悟していたとは言え、夏は、暑い」
 草間武彦は、そう言って顔をしかめた。
 仕事の途中、偶然アンティークショップを見かけたので、顔見せに来たのだ。
 店主である碧摩蓮は、涼やかな顔で汗だくの武彦を見る。適切な温度で、適切に管理しなければならない品物も多数取り扱っているのだ。この店はいつも快適な、いや、少し肌寒いくらいの温度を保っている。
「何を言うんだい? 暑ければ、冷たい物がある所へ行けば良いじゃないか」
 所詮他人事なので、蓮は涼やかな表情を保ったまま、そう助言した。
「とは言うがなぁ」
 しかし、武彦は渋い表情のまま手をひらひらと振る。
「海でもプールでも、結局外は暑い。行くまでが辛い。そして、室内プールは、人が多すぎてしかも割高」
 心底つまらなさそうな武彦を見て、蓮の瞳が怪しく光った。
「ふぅん。つまり、水だけじゃなく、辺りも涼やかなところが良い、と? そして、そこは、混んでいなければ尚更良いんだね?」
「ははは。そんな都合の良い所が、あれば良いがな」
 涼やかで、人ゴミがなく、気兼ねなく泳げる施設。
 そんな夢のような施設が? あるわけないか、と、武彦は苦笑いを浮かべた。
「丁度良かったよ。実は、そういう施設の販売を請け負っていたんだ。あたしが直接体験しても良かったんだが……。どうだい? あたしのプロデュースする”プール・ジャ・ブン”の一日体験員をやってみないかい?」
「いや、話が見えないんだが、施設を販売?」
 プール・ジャ・ブン、と言うからには、プールなのだろうけれど……。
 武彦の疑問に、蓮はすらすらと事情を述べる。
「そう、施設そのものを総合的にプロデュース、建築して、出来上がったプールそのものを売るのさ。世の中には、金をもてあました変わり者が山ほどいるからね」
 なるほど。
 そう言う事なら……。と、二つ返事でオーケーする。
 ただでプールを体験できると知り、武彦は嬉しそうに興信所に帰って行った。
 その後で。
 蓮は、あらゆる手段を尽くして、知り合いにコンタクトを取った。
「そう、プールを設営する手伝いを探していてね。ウォータースライダー? 流れるプール? 違う違う。納涼プールだよ。心理的に恐怖を味わい、ひんやりとした中で泳ぐんだよ。え? そんなプールが必要か、だって? それを、これから確かめるのさ。被験者は確保した。後は、どんな風に恐怖の体験を提供するのか。アイデアと、実際の設営スタッフが必要なのさ。うん、そうだ。くれぐれも、草間興信所の所長には内密にね」
 くすくすと。アンティークショップにひんやりとした笑い声が響いた。

■01
「なるほど、了解した」
 夏の暑い日。
 草間興信所の受話器をチンと元に戻し、黒・冥月は口の端を持ち上げた。
 電話の向こう側の蓮は、非常に機嫌が良さそうだった。内容を吟味し、冥月も笑い出しそうになる。いやいや、今はまだ笑う時ではない。
 偶然、興信所に立ち寄って本当に良かった。
 おりしもその時、興信所のドアが開く。
 何も知らない興信所の主、草間武彦がドアの向こうから笑顔を見せた。
「零〜、今帰ったぞ」
 普段よりも二割増しで、声が明るい。
 武彦は、ようやく、ソファの隣に佇む冥月に気がついたようだ。
 短い挨拶を交わした後、冥月はさりげなく、武彦に切り出した。
「どうした、やけに嬉しそうじゃないか?」
 ハードボイルドを気取る武彦が、これほどまでに、幸せ感を前面に押し出しているのは珍しい。既に蓮から話を聞いているので、答は分かっていたのだが、冥月は武彦の言葉を不思議そうに待った。
「それが、だな」
 武彦は、一瞬、表情を引き締め、こほんと咳払いをする。
 しかし、その表情も長く続かず、また元の嬉しさがあふれる表情で、ソファに座った。
「アンティークショップの店主から、プールに招待してもらった。うん。アレだな、日頃の行いが物を言った結果だな」
 そう言って、ふんぞり返る。
 武彦は、ふむ、と、頷き冥月を見上げた。
「お前も一緒にどうだ? 俺が頼んでやれば、きっと招待してくれるだろ」
 俺が、頼めば、と念を押す姿が、またおかしい。
 冥月は、笑い出したい気持ちを心に隠し、にやりと笑った。
「この抜群のプロポーションを拝みたいのか?」
 ぐんと胸を突き出すポーズを取ると、武彦は力ない笑いを口から漏らす。
「ああ、お約束、お約束」
 ちょっと甘い顔をすると、すぐにこれだ。
 冥月の惜しげもない右ストレートは、武彦の横っ面をしっかりと捉え、一呼吸置く間に武彦の身体はソファごと部屋の端まではじけ飛んだ。
「まぁ、暑いしな。付き合ってもいいぞ。どうせならお前の好きな水着を着てやろう。どんなタイプが好きだ?」
 しくしくと滝のような涙を流しながらソファを片付ける武彦に、冥月は優しく笑いかける。
 プールになど、全く興味無かったが、そこはそれ、別の目的のためにも話に乗ってやるのが良かろう。
「ふぅ。水着か、俺は水着なんてな、そんな軟派な物に心を動かされることなんて無い。まぁ、そうだな、あくまで一般論として、……競泳用?」
 ようやくソファを元の位置に戻し、武彦は、非常に控え目にそんな事を主張した。
「……、競泳用……」
 しかし、競泳用の水着を好むのは、はたして一般男性の一般論なのだろうか。冥月は、頬を引きつらせ、必死に顔がゆがむのをこらえる。
「アンティークショップの店主、と言ったな、蓮か?」
 そして、何でもない風に、そう、切り出した。武彦は、ああそうだと、頷く。
「蓮……奴の施設か」
 碧摩蓮の名前を聞き、急に神妙な顔つきで、冥月は呟いた。
「? 何? 何か、あるのか」
 急にトーンダウンした冥月の態度に、流石に不安を覚えたのか武彦が身を乗り出す。
「実はな、その土地は……いや何でもない。恐らく勘違いだ、気にするな」
 確実に影を落としながら、冥月は無理に笑顔を取繕ったように振舞った。
 そのまま、すいすいと後退し、ドアに手をかける。
「当日は存分に涼もうじゃないか……無事に済むさ」
 ”無事に済む”その言葉が出る時点で、既に普通じゃない。
 おい、ちょっと待て。
 そんな武彦の言葉を丸まま、聞こえない振りをしてそそくさと興信所を後にする。武彦の胸に、少しだけ不安を植え付ければそれで良い。
 冥月は軽い足取りで、蓮の元へと向かった。

■04
 設営と聞いていたのだが、殆どの施設は既に出来上がっているようだ。
 実際のプールへ案内された冥月は、巨大なウォータースライダーや波の押し寄せるプールを見て、そう判断した。
「実際の所、どうなんだい?」
 何か、アイデアはあるのかと、隣で見取り図を手にした蓮が訊ねる。
「すでに、仕込みは上々だ。設備、と言うよりも、当日の加減、だな」
 冥月は、そう言うと、すっと”影を出し”透き通った水を泳がせた。一瞬の出来事だったが、あるはずの無い人間の、影だけが水を泳いだのだ。
 くっくっく、と。
 蓮はそれを見て満足げに笑う。
 こんな、まるで幽霊のようなものを不意に見せられたら? しかも、冥月の演技により、疑心暗鬼になった武彦が、だ。
「なるほど、よろしく頼むよ。他に、機材は必要かい?」
「そうだな。テレビがあれば……ああ、アレを使わせてもらおうか」
 ぐるりと施設内を見渡した冥月が指差したのは、施設内の情報を案内するためのテレビだった。
「ほぅ。分かった、当日の電源オンオフ管理も、対応できるようにしておくよ」
 その時、施設の入口にトラックが横付けされる。
 どうやら、機材の搬入を行うようだ。
「急にスライダーをもう一本増設する事になってね」
「アイデアが、他からも出たんだな?」
 武彦の操作はすでに終わっている。無料ご招待、水着と上機嫌になっているはずだ。けれど、どこか不安を覚えたはず。
 後は、ここで叩き落とすのみ。
 冥月と蓮は、にやりと笑いあった。

□Ending
 後日、設営のアイデアを出した二人に、蓮からメールが届いた。間違っても武彦にばれないように、極秘裏の連絡だ。
 添付ファイルには、プールの見取り図と仕掛けの説明。
 二人が以前見た見取り図と大きく変わっていたのは、ウォータースライダーが一本増えている所だ。
 増えたスライダーは、頂上からぐるりと回り、一旦施設の外へ出る。施設の外で何度かうねり、最後には施設内のプールへゴールする事になっている。
 一旦外へ出る箇所には”無意味な計算音(草間武彦)、エンドレス”と、説明が書いてあった。施設の中に入ってくる箇所には”呻き声”とある。さぞや不気味なウォータースライダーだろう。今から(武彦が)滑るのが楽しみだ。
 また、複数あるプールの至る所に”影注意・ランダム(照明機材)”もしくは”影注意(影)”と言う説明書き。水の中に、あるはずのない人間の影が泳ぐ。不気味な影が横切る。ゆっくりと水に浮かんで楽しんでいるところに影。普通に泳いでいると影。楽しみだ。
 休憩所と記されたコーナーにも、大きくチェックが入っていた。”夕焼けゾーン・血痕浮き出し(照明切り替え)”と注意書きがされている。赤い色の照明では、赤い色の血痕が見えない。それ以外の照明で、浮き上がる血痕。不気味だ。血痕を見つけた武彦の反応はどう言うものだろうか。……楽しみだ。
 見取り図を更に眺めると、案内用のテレビにも”画面動作確認・画面から何かが?”などと書かれている。
 メールの最後には、蓮からの丁寧なお礼の文章が添えられていた。

『二人とも、先日は世話になったね。
 おかげ様で、想定していたものよりも遥かに”イイ”ものが完成したよ。
 アイデアを貰ってからすぐに工事をはじめて、すでに施設は完成済。
 信頼の置ける業者に依頼したから、決して手抜き工事はない。短い期間で、頑丈な施設ができた。
 だから、多少暴れても、きっとびくともしないさ。
 後は、草間氏に招待状を発送するだけ。
 正直、自分でも、胸の高鳴りを感じている。
 良かったら、草間氏と一緒に遊びにおいで。
 ああ、施設の内容を知っている二人が、草間氏に何を誘導しようと、当方では一切口出しはしないがね。
 
 納涼プール・ジャ・ブン
 碧摩蓮』
<End>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2778 / 黒・冥月 / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

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■         ライター通信          
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 この度は、ノベルへのご参加有難うございます。
 プール設営に、様々なアイデアを有難うございました。くっくっく。
 すぐに、体験編も募集したいと思いますので、そちらの方も是非よろしくお願いします。
 □部分は集合描写、■部分が個別描写になります。

■黒・冥月様
 こんにちは、いつもご参加有難うございます。
 持ち上げて叩き落とす!
 今から、武彦氏がどうなるのか楽しみで仕方がありません。
 それでは、また次回も是非よろしくお願いします。