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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


花火大会へ行こう!

 ある夏の日の夕方のこと。
 草間零は、めずらしく草間武彦と二人で、あやかし町商店街を歩いていた。
 別に一緒に買い物に来たわけではなく、食材を買いに来た彼女と仕事帰りの草間が、この商店街でたまたま顔を合わせたのだ。草間は成り行きで、彼女の買ったものを持たされるはめになっている。
 零の方は、ちょうどいい荷物持ちが出来たとばかりに、本当は寄る予定のなかった店にも足を伸ばすつもりでいる。
 そんな零が、ふと足を止めた。
「お兄さん、あれ」
 彼女が示す先には、夜空に美しく咲く花火を描いた立て看板があった。
「ああ、そういやそろそろ花火大会か」
 それを見やって、草間も呟くように言った。
 このあたりでは、毎年、商店街と町内が主催して鬼灯川の河川敷を中心に、花火大会が催されることになっている。ただ、草間も零もこの何年かは、それを見に行ったことがなかった。毎年、どういうわけかこの時期になると仕事が立て込んだり、あるいは急に旅行の予定が入ったりして、機会を逃してばかりだったのだ。
「久しぶりに、今年は行ってみるってのも悪くないな」
「本当ですか? お兄さん」
 呟くように言う草間に、零は思わず顔を輝かせる。
「ああ。……なんだったら、他の奴らも誘って、賑やかに繰り出そう」
「はい! 私、帰ったらさっそくみなさんに連絡してみます」
 うなずく草間に、零は大きくうなずき返して答えるのだった。

+ + +

 その日の夕方。
 シュライン・エマは草間たちとの待ち合わせの場所へと出向いた。
 花火大会のメイン会場は、あやかし町商店街の少し先にある鬼灯川の河口付近である。堤防沿いの道は広く、もともと遊歩道などもある場所だが、夕方からこのあたり一帯は歩行者天国へと切り替わる。それと同時に沿道にはさまざまな屋台が並ぶことになるのだ。
 シュラインが草間たちと待ち合わせしたのは、あやかし町商店街のはずれに位置する交差点の前だった。
 ちなみに今日のシュラインは、夏らしく朝顔をあしらった藍染の浴衣姿である。髪もそれに合わせて結い上げ、珊瑚玉のかんざしを飾っている。手には浴衣とそろいの布で作った巾着ともう一つ、凍らせたティーソーダを詰めた水筒が揺れていた。
「シュラインさん」
 その彼女を呼びながら手を振っているのは、草間零だ。
 一緒に浴衣を着ないかとシュラインが誘ったので、こちらも着物姿だった。白地に紫や薄紅の蓮をあしらったもので、髪は後ろで一つに束ねて帯と同じ薄紅色のリボンを止めている。
 一方、その傍らでタバコをふかしている草間もまた、今夜は浴衣だった。が、その恰好は妙に時代劇に登場するチンピラを連想させて、思わずシュラインは口元をほころばせた。
「零ちゃん、武彦さん。お待たせ」
 だが、そのことはおくびにも出さず、シュラインはそちらに駆け寄る。
「ふうん、そういうのも悪くないじゃないか」
 そんな彼女を見やって、珍しく草間が感想らしきものを口にした。
「それはどうも。武彦さんも、悪くないわよ」
 笑って返し、シュラインはそちらへ持参して来た携帯灰皿を差し出す。草間は小さく肩をすくめてそれを受け取り、今まで吸っていたタバコを消して携帯灰皿に落とし込んだ。そのままそれを袂に入れて、「それじゃあ行くか」と歩き出した。
 シュラインと零もその後に続く。
 花火大会の開始は七時ごろからで、まだ少し時間は早い。だが、ここからならば、屋台を見ながらぶらぶら散策するにはちょうどいいだろうということで、この時間この場所での待ち合わせとなったのだった。実際あたりには、彼女たちと同じく花火目当てだろう家族連れや学生、恋人同士らしい男女の二人連れなど、人があふれている。
 シュラインが調べたところでは、歩行者天国になっている一帯で特に禁煙の区域というのはないようだ。とはいえ、こんな雑踏でタバコを吸いながら歩くのが非常識なことは、ちょっと考えればわかる。煙りはまだしも、火はその場で即座に他人に害を及ぼす危険なものだ。だから携帯灰皿を差し出したのだが、草間はちゃんとその意味を理解してくれた。
 ともあれ、三人は雑踏の中を歩き出す。

 川沿いの道に並ぶ屋台を見ながらそぞろ歩くうち、花火大会の開始時刻となった。
 途中で出会った顔なじみのパン屋の主に教えられ、シュラインたちは鬼灯川の堤防の一画に足を運んでいた。パン屋の主いわく、そこが一番花火がよく見える穴場なのだそうだ。その上、地元の人間でも知る人ぞ知るな場所のため、それほど人も多くないという。
 たしかにそのとおりで、そこに陣取っているのはシュラインたちの他は、何組かのカップルと親子連れらしい者たちだけだった。
「途中で、パン屋さんに出会ってラッキーだったわね」
 シュラインが言うと、草間もうなずく。
「そうだな。おかげで、ゆっくり花火を堪能できる」
 とはいえ、最初のうちは打ち上げられる花火も比較的大人しい。それでも、夜空に開く光の花は、彼らを夢見心地に誘ってくれた。
 シュラインは、なんとなく草間の浴衣の袂をつかんだまま、夜空を見上げた。考えてみれば、ここまでそぞろ歩く間も、雑踏の中、人が多くなって来た間はこうして彼の着物の袂をつまんで歩いていたのだ。まるで、幼い子供のようだと少しおかしくなって、彼女はそっと袂を離す。そして、花火の空に広がる光と一瞬ズレて聞こえるぽん、ぽんという音に、ふと蓮の花が開く時の音もこんな感じなのだろうかと、脈絡のないことを考えてみたりするのだった。

 花火は時間が経つに連れてより色鮮やかで大きなものが、連続して打ち上げられた。
 また、川の上では仕掛け花火なども行われ、まさに「真夏の夜の夢」というにふさわしい祭典だった。
 シュラインたちは、それらを堪能しながらも、途中で空腹を覚えたので屋台で買って来たお好み焼きを夕食がわりに食べたり、シュライン持参の凍らせたティーソーダを口にしたりと、目以外の部分でも堪能することを忘れなかった。
 ティーソーダは、水筒に入れていたにも関わらず、暑さでいくぶんか溶けてしまっていたのだが、それがかえって美味しかった。
「この半分溶けかかったところが、しゃりしゃりして美味しいです」
 零がそれを口にして言う。
「そうね。それに、完全に凍っているのよりは食べやすいわね」
 シュラインも笑って言った。
 空にはまだまだいくつもの光の花が咲き続けている。シュラインはそれを眺めながら、大切な人たちとこうしてのんびりと平和な時を過ごせる幸せを一人、噛みしめるのだった――。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】


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■         ライター通信          ■
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シュライン・エマ様

ライターの織人文です。
いつも参加していただき、ありがとうございます。
さて、今回はいかがだったでしょうか。
少しでも楽しんでいただければ、幸いです。
それでは、またの機会がありましたら、よろしくお願いいたします。