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<東京怪談・PCゲームノベル>


エキストラ募集!

『田舎郡山中村の養鶏場から不審な男が、鶏五羽をひっつかんで逃走』
 諏訪・海月(すわ・かげつ)がネットサーフィンの途中、某ポータルサイトで目にした一行ニュースだ。養鶏場で乱れ散る羽毛にまみれて鶏を追う姿が目に浮かぶ。しかも五羽だ。両手に二羽ずつ、口に一羽くわえても五羽。そんな姿しか想像できない。
「……ファンキーすぎる」
 写真でも載っていないものかと、詳細情報をクリックする。
 ところがモニターに映し出されたのはニワトリ男ではなく、求人情報だった。手がすべって関係ない箇所をクリックしてしまったらしい。
 ブラウザの戻るボタンを押そうとしたとき、一件の求人情報が目にとまった。
『エキストラ募集』
 しかも内容を見れば……
「不思議体験? こいつは当たりかも知れないな」
 ここは万屋にして陰陽師たる自分の出番だと、海月の勘が告げていた。しかも、遠く懐かしい風景に近づけるオマケつきだ。即断即決。五分後には、応募のメールを送信し終えていた。
 そして返信メールを見れば。
 海月の勘どころは正鵠を射ていた。
 実際に求められているのは、役者ではなく霊現象に対応できる者、だったのである。

「なんかオマエ、初めてにしちゃ様になってるな」
 それがお代官もとい桐生白水(きりゅう・はくすい)が一言目に発した海月評だった。
 ここは東京大江戸テレビランド。江戸時代を模した町並みが作られた撮影所兼テーマパークだ。
 その江戸の街なみに、海月の姿はすっかり溶け込んでいた。濃紺の小袖・袴に漆黒の袖無し羽織。腰には大小二本落とし差して、時代劇でよくある浪人の『先生』といった風体。
――初めてじゃないからな
 心中に呟いて、あたりの町並みを見回せば、言い知れぬ既視感がある。衣装を着付けてもらう必要もなかった。ごく自然に体が動いて着物を身に着けていた。
 唯一違和感があるとすれば、カツラのせいで頭が締め付けられていることぐらいだろうか。
「うわっ」
 しげしげと海月の様子を眺めていた白水が、飛び下がった。
「ああ、こいつも見えてるのか」
 みゃあ、と純白の子猫が鳴いた。
 海月のあしもとにすり寄り、金色の目を細めている。
「えっ、とだ。やっぱ、これ本来見えねえモノ?」
「これは俺の式神だ。常態なら見えるが、今は見えないようにしている。カメラに映っちゃ撮影にならないだろう? しかし使い手の俺はともかく、姿を消した式を見れるなんて、お前見る力だけは相当だな」
「嬉しくねえよ。そいでだ、見る力だけしかねえオレは、今日これからどうすりゃいいんだ?」
「どうもしなくていい」
 海月の答は、簡単明瞭だった。
「するのは俺だ。俺はこの道のプロだからな。周りのことは一切気にしなくていいから、お前もプロの仕事をしろ」

「天気オッケーです」
「はい、天気オッケー、照明板もうちょっと右向けて」
 銀色のアルミ板を両手で掲げたスタッフが、微調整を加える。
 いよいよ撮影開始である。
 荒れ寺とおぼしき屋外セット。今回の悪の頭目山城屋と、山城屋の雇った用心棒たちを演じる役者が、それぞれの持ち場でスタンバイしている。その周りには監督はじめ大勢のスタッフが居並び、カメラも集音機も準備済みだ。
 海月は他の用心棒役と一緒に、荒れ寺の陰にかくれて時を待っていた。
「はい、本番スタート!」
 声がかかると同時に、馬蹄の響き。
 少し離れたところから、荒れ寺の敷地内へと黒馬に騎乗した代官姿の白水が、颯爽とかけこんでくる。
「悪党どもの巣窟ってなァ、ここかい!」
 威勢のよい台詞。まだ件の霊たちは現れていない。海月は袖の中で、印を結んだ。姿を消したままの白猫が、白水の馬の足元へと走り寄って、ガードする。
 うろたえる演技の山城屋役、おろおろと庭へとまろび出て、
「お前たち、頼みましたよ!」
 ばらばらと、用心棒役たちが山城屋役を守るように走り出る。海月は全体を見渡せる位置、一番後ろ、荒れ寺の縁側の上をキープする。
「今から地獄に行く奴らに名乗るも勿体無ぇが、聞かれる前に教えてやらぁ! 公儀御意代官・浅間秦之輔、こいつが将軍家より頂いた勝手成敗御免状だ、とっくと見やがれ!」
 白水がキメ台詞を歯切れよくキメた、そのとき。
 気温が、下がったかの感覚。
――来る!
 海月は感じた。霊気が周囲に満ちてゆく。そして、強い強い感情が。これは……。
――怒り、か。
 白い透き通った影が、一つ、二つと現れた。刀を抜きつれた武士。影はどんどん数を増し、やがて二十体ほどにもなる。
 そんなこととは知らない山城屋役が、用心棒役たちに命じる。
「ええい、なんだかわかりませんが、公儀の犬など、やってしまいなさい!」
 次々と刀を抜く用心棒役たち。
『うおおおおおおおお……!!』
 山城屋の声に、常人には聞こえぬ声たちも応えていた。
『徳川の犬、誅すべし!』
『誅すべし!』
 その言葉で海月は、悟った。
――こいつら、幕末の倒幕派か……!
 幕末期、打倒徳川幕府を志したものの、抗争によりこの地に散った者達のなれの果て。この場に縛られつつも、眠りについてはいたのだろう。しかし、よりによってその場所で徳川将軍家の威光を背負った代官に見得をきられては、眠ってなどいられまい。
 ただ、それだけでは説明のつかぬこともある。この霊ども、カメラが止まると消えるということだ。
 しかし、考えている暇はなかった。
 二重の乱戦が、はじまった。
 白水VS山城屋+用心棒たち。
 海月操る白猫VS幽霊武士たち。
 海月も形ばかり竹光を抜いた。両手は竹光の柄を握りこみながらも、しっかり印を結んでいる。
 白水にむかって襲いかかろうとした幽霊武士が、白猫に飛びかられて、消滅した。
 フウ……!と毛を逆立てる白猫。
 白水の様子を確認する。馬からおりると、落ち着きはらって、踏み込みの深い豪快な殺陣を見せている。演技に集中しているようだ。案外図太いところもあるのかもしれない。
 海月も自分の仕事に集中する。
 仲間の一体を消されて、白猫を敵と認識したものか、幽霊武士たちは標的を白猫に変更した。
 透明な刃をニ連続で飛びかわし、股の間から一体の背後へまわって背中へと飛びつき引き裂く。二体目消滅。
 霊の持つ実体の無い刃とはいえ、斬りつけられては式神もダメージを受ける。流石に数が多く、このまま戦い続けるのは厳しい。
 何か、早々にケリをつける手は無いものか。
 幽霊武士の肩へと飛び乗った白猫が頭にかじりつく。三体目消滅。
 カメラさえ止まれば、消えるのはわかっているのだが、このシリーズの大立ち回りにコマ切れの撮影はふさわしくないとの監督の強い意向もあって、約五分にわたる長丁場である。
――それに、俺も斬られなきゃいけないのか
 早めに処理してしまわねば、演技の余裕などない。
 三方向さらに高さまでご丁寧に上段・中段・下段と分かれて三本の刀が白猫を狙う。
 みぎゃっ。
 小さく鳴いて、地に伏せかわすと、四足のバネをきかせて、後向きに空中三回転で距離を取る。
 かわし続けるのも限界がある。
 そのとき。海月の目の隅に、気になるものが映った。
 回っているカメラの下の地面から、何か石板のようなものが露出している。
――霊気が周囲に発散されすぎて、わからなかったが、あれが大元かもな。
 映像を写しとるカメラに、霊気が石版から流れ込むことで、事象が逆流し、投影機の役割を果たしているといったところか。ただし、霊気の投影した姿はただの幻ではなく、かつて現実に生きて死した者たちだ。とすれば、あの石版は彼らの墓碑ででもあるのかもしれない。
――とりあえず、やってみるか。
 海月の袖の下、印による指令で、白猫が走り出した。幽霊武士たちの間をすり抜けすり抜け、カメラへと猛ダッシュする。後を追う幽霊武士たち。子猫は敏捷だが、いかんせん歩幅が違うために、大きく引き離すところまでいかない。
 それでも先にカメラに到達したのは子猫だった。金色の目を大きく見開き、カメラ下の石版に向かってスライディング。危うくすべって行き過ぎそうになる。
 みゃっ!
 精一杯足を伸ばして爪を立て、どうにか石版にとりついた。
 その瞬間、すべての幽霊武士たちが、静止画像のように動きを止めた。
――正解、だな。
 海月は、ほっと息をついた。
 のも、束の間。
「先生、お願いしますよ」
「ん?」
 気付けば、山城屋を守る用心棒たちは、海月を除いて全滅していた。
「貴公できるな!」
 白水が、勝手なアドリブで斬りかかってくる。
 つば競り合いの形に持ち込み、ぐっと海月に顔を近づけると囁いた。
「オマエ、できんだろ? 折角だから少し映ってけよ。あ、一応最後は斬られてくれな。オレ斬られたら最終回になっちまうから」
「了解。ファンに恨まれたくないからな」

 かくて。
 アドリブで急遽ラスボスとなった謎の先生との対決で大立ちまわりのシーンは収録を無事に終えることができた。
 カメラが止まると同時に、静止していた幽霊武士たちはすうっと消えていった。カメラの位置をずらして、石版の文字を読んでみる。
 かすれた文字ははっきりしないが、武士の名前らしいものが並んでいた。やはりこの地での抗争で戦い死んだ者たちの墓碑のようだった。もともとここにあったものだろうが、上から造成され、東京大江戸テレビランドが建設されてしまった。それがふたたび、こんな形で日の目を見た……そんなところだろう。
 スタッフが引き上げてから、海月は墓碑に幽霊武士たちの霊を祭った。今後は彼らがこの地を守ってくれるだろう。

 尚、この話にはいくつかの後日談がある。
 まず、海月の口座にバイト料として10万円が振り込まれた。提示の倍の金額である。仕事ぶりには満足されたようだ。
 そして、海月演じた謎の先生は、『暴れん坊代官』史上、代官をギリギリまで追い詰めた最強の敵として、その謎っぷりとあいまって、後々まで語り継がれた。
 最後に、海月がある日、テレビをつけると、ちょうど生放送のバラエティ番組で白水が霊体験について語っているところだった。時代劇のメイクをしていないと、二枚目ではあるものの茶髪でナンパな優男である。見るともなく見ていると、テレビごしに、目があったような気がした。
 その瞬間。
 白水がウインクしてよこした。
 明らかに、こちらが見えている顔だった。
――こいつ、見えすぎだ……。
 苦笑して、テレビのスイッチを切った海月である。
――ウインクするのは町娘だけにしとけよ、お代官。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3604/諏訪・海月(すわ・かげつ)/男/20/万屋と陰陽術士】
【NPC/桐生・白水(きりゅう・はくすい)/男/26/俳優】

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■         ライター通信          ■
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 発注ありがとうございます、法印堂です。
 実はOMCのお仕事では、こちらが第一作です。海のものとも山のものともつかない謎ライターにご依頼頂きましたこと、感謝の一言でございます。大変楽しく書かせて頂きました。
 バトルでは海月君操る式神の子猫が予想外の大奮闘ぶりを見せ……ご主人様の影を薄くしていなければよいのですが(汗)。
 
               気に入って頂けますよう祈りつつ 法印堂沙亜羅