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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


浄魔会 ―調査編―

 ケルドニアス・ファラ・エヴァス――通称ケニーの表の顔は喫茶「エピオテレス」の副店長――
 そして裏の顔は、いわゆる何でも屋だ。――彼の愛用具が銃だということを知っていれば、どんな意味での何でも屋かは推して知るべし。
 そんな彼は、この怪奇きわまりない東京という都で主に退魔の仕事を請け負っていたが……
 たまには、その逆の仕事を受けることもある。
「お、お前なんかに――人間なんかに、依頼するのは、しゃくだけどなっ」
 とその怪魔は言った。
「でもお前は、お金さえ払えばちゃんと仕事をこなしてくれると聞いたから」
「その噂に間違いはないだろうよ」
 ケニーは、取引のときには煙草を吸わないと決めていたが、今回は怪魔が相手だったので何となくそれを解禁していた。
 ぷかっと浮かぶ紫煙が、やけにのんびりしている。目の前の怪魔の脂汗とは裏腹に。
 人間に動物霊が憑いたタイプらしい、その怪魔は、ごくりとのどを鳴らしてから、言った。

 ――浄魔会をつぶしてくれ――

 ケニーはポーカーフェイスを崩さなかった。だが内心で、厄介な仕事になるなと嘆息していた。
 依頼者といったん別れてから、彼は考える。今回は、人手がいる。
 自分の家族を巻き込むのは少し筋違いの仕事だと思われたので――
 翌朝1番に、彼はとある場所へ向かった。

 草間興信所。

 ■■■ ■■■

 その日ケニーの顔を見た草間武彦は、とてもいやそうな顔をした。
「何の用だ」
「ご挨拶だな」
 煙草を持つ手を軽く挙げて挨拶代わりにし、ケニーは草間が座っているデスクの前に行く。
「お前が来るとろくなことがない」
 草間はこちらも煙草を吸いながら、ぎしっと椅子の背もたれにもたれる。
 ケニーは草間の灰皿に煙草の灰を落としながら、
「こちとら仕事なんでな。できる限り自分で済ませるようにしてはいるが、たまには人手がいる」
「……どんな依頼だ?」
「こいつらを知っているか」
 背広の内側の胸ポケットから、5枚の写真を取り出し、草間の前にばらっと並べた。
 草間はそれを一瞥して、
「有名な過激派一派じゃないのか」
「ご名答――正式名称『浄魔東京会』、だ」
 魔を浄化し、東京を浄化する。
 それが、この会の名の意味だった。
「その、幹部5名。全員退魔師を名乗っている。会員の前で実際に退魔のデモンストレーションも行うらしい。ただし」
 その退魔行為が本物かどうかを、知るすべがない、というのが本当のところで。
「こいつらの退魔能力自体が嘘っぱちだと?」
「その疑いがあるってことだ。事前に根回しして――会に、本当に退魔の能力がある人間が入ろうとすると、難癖をつけて追い出す。そして結果、会に残るのは、何の力も持たない普通の人間だけだ」
「だから、幹部たちが退魔師だと信じるんだな」
「そういうことだな。現在会の信者数は100名強。実際に名は連ねていなくても同調している連中はもっといるだろうな」
 草間が煙草をくわえて、難しい顔でケニーを見る。
 ケニーは、「今回の依頼者は怪魔の方だ」と言った。
「まあ、そういう形もたまにはあるだろうな」
「断る理由もなかったんで引き受けた。怪魔には実際に害がある。会を解散させるのが目標なわけだが、この幹部5人のことを知っているか?」
「みんな政治家やら銀行の頭取やらの権力者だろう?」
「そう。簡単につぶせもしないってことさ」
 ケニーは白い煙を吐き出した。
「さしあたり、この会について詳しく調査をしたい。お宅の人脈でどうにかしてくれるかな」
 言って、彼は草間の灰皿に煙草を押し付けた。

 ■■■ ■■■

 草間は適当な人材に電話をかけた後、妹の零に「お茶」と言った。
 零がケニーの分を含めて慌てて冷えたお茶を持ってくる。
「シュライン、お前はどうする」
 グラスに注がれたお茶を早速飲んでから、草間は婚約者兼事務員、シュライン・エマに声をかける。
「そうねえ……」
 パソコンの前に座ったシュラインは、細い指先をあごに当てた。
「入会方法等はお任せして、外堀重点に調べてみようかしら」
「外堀か」
「各幹部の会の名が出てきた頃からの日程知りたいかな」
 幹部の家族や秘書をね――とシュラインは言う。
「攻めてみようと思うから」
「ふむ」
 と草間がケニーに視線をやる。ケニーは、
「とりあえず幹部の名を並べてみるか?」
 と、5つの名前を並べ始めた。

 後藤博文[ごとう・ひろふみ]・衆議院議員。
 加瀬東城[かせ・とうじょう]・銀行頭取
 馬渕慎二[まぶち・しんじ]・不動産会社社長
 湯平中[ゆのひら・あたる]・宝石商
 木部忠治[きべ・ちゅうじ]・参議院委員

「単純に考えて、後藤が一番力強いわよね。木部さんはタレント議員で有名だものね?」
「そうだな」
 草間が同意してから、ぐいっとお茶を飲み干した。
 と、そこへ来客――
 零がドアを開けにいくと、
「グルル(訳:邪魔するぞ)」
 入ってきたのは灰色の狼だった。『鎌とハンマー』のマークと『CCCP』という文字が書かれた肩掛けカバンを首にかけている。
「ミグか……団長のやつ、お前をよこしたのか?」
 草間が狼を目を細めて見やる。
 ミグと呼ばれた狼は、カバンから器用に携帯電話を取り出し、これまた器用にメールを打った。
 送信先は草間の携帯電話。草間の携帯のディスプレイにはこんな文面が流れてきた。
『話は聞いた。まるで、KKKのような連中だな』
「クー・クラックス・クランか……」
 アメリカの秘密結社。白人至上主義と称される団体のことだ。正確には白人至上主義とは微妙に違うのだが、とりあえずはそれで通じる。
『奴らに襲われたことのある、怪魔から聞いてみるのもいいかもな……』
「そうだな、怪魔から話を聞くのは――まあミグでもいいんだがあと1人――」
「邪魔するぞー」
 開きっぱなしだったドアから、少年が1人ずかずかと入ってきた。
 やや小柄な彼は先客の狼を見て、「うお」と思わずのいてから、
「……なに、草間サンとこのペット?」
「違う。れっきとした調査員だ」
「グルル……(訳:小僧に名乗る名はないが……一応挨拶はしておくぞ)」
「ミグ、通じないからな」
 草間のつっこみも、ハードボイルド風味な狼には通じない。
「まあいいや、で、用は何だって? 草間サン」
 と、少年――乃木坂蒼夜[のぎさか・そうや]は草間を見た。
「まあ待て、メンバーが揃ったら話をもう一度繰り返すから」
 草間はすでに疲れたようにデスクに頬杖をついた。
 やがてやってきたのは、長い黒髪に黒尽くめの姿をした、黒冥月[ヘイ・ミンユェ]。
 さらに遅れて、小柄な体を思うと極端に長い黒髪をさらっと広げ、金の瞳を不敵に輝かせる少女――石神アリス[いしがみ・―]がやってきた。
 冥月を見て、ケニーが珍しく微妙な顔をした。つい先日、彼女が大怪我をしたことを知っていたからだ。
 そして冥月は今、ケニーの家である喫茶「エピオテレス」で療養しているはずだったのだ、が。
 そんなケニーの視線を受けて、
「お前等は……特にテレスは気を遣いすぎだ。生意気じゃないクルールや遠くから窺ってくるフェレの気配も正直鬱陶しい」
 冥月はさばさばと、きっぱりと切り捨てる。
「大体、今のままでは体が思い切り鈍る」
 ……真実鬱陶しいとまでは行かなくても、逃げてきたのは事実だったりする。
「力は出せるのか」
 ケニーが煙草に火を点けて問うと、
「客観的に見て全力の2〜3割か。だがまあ、能力は問題なく使える。大丈夫だろう」
「お前でも弱ることがあるんだなあ。いっぱしの女の子並みに」
 草間がしみじみと言って、がすっと冥月の裏拳を顔面にくらった。
「今でもお前なら殴り殺せるわ!」
「それだけ元気なら大丈夫そうだな」
 ケニーが肩をすくめた。
 シュラインが慌てて草間の看護に行く。
 もう! といらだったように声を上げたのは、アリスだ。
「わたくし、急いでるのよ。早く会をつぶしにいきましょう!」
「ん? 貴女は――」
 ケニーは煙草の煙を吐いてじっとアリスを見たが、やめておこうとばかりに頭を振って、
「とりあえず全員、今回の依頼が『浄魔東京会』についてだってことだけは知っているな」
 当たり前だ。先ほど草間が電話で説明していたのをケニーも聞いている。
 簡潔に、「浄魔東京会に関する依頼だ」とだけ。
 ミグはどうやら団長に、浄魔東京会のことを聞いたらしい。
 それ以外にアリスも、どうやら別ルートで知っているらしいが……
「わたくしのところのお得意様の怪魔が、会にひどい目に遭わされましたのよ」
 アリスは自分からそう言って、ふんといらだたしげに胸を張った。「放っておけないわ」
「俺は名前しか聞いたことないな」
 と蒼夜が言った。「どんな会なんだ?」
 ――話を聞いて、蒼夜は物凄く嫌そうな顔をした。
「今時、何でまたステレオタイプの狂信集団なんだ……虚無の境界でもあるまいに」
 ぐったりと額に手を軽く当てて、「それに、力押しでやった所で世界総ての怪魔異淵が滅ぶ訳でも無いだろ」
「会の目的が本当に怪魔を滅することなのかどうかも怪しいところだからな」
 ケニーはくわえ煙草でそう言った。
 幹部5人の写真と名前、肩書きを全員が頭に叩き込む。
「別に1人の教祖がいるわけでもないんだな。そこんとこ珍しいとは思うけど」
 蒼夜の言葉に、
「今さっき、実質的には後藤が最有力権力者じゃないかって話してたのよ」
 とシュライン。
『なるほどな。単純に権力的にはそうだ……』
 ピッピッピとミグが携帯メールを発信する。
『だが、この5人個人個人の力関係がどうなのかは、分からん』
「表向き、この5人はそれぞれ得意とする能力が違うからと並び立ってあがめられているんだが」
 とケニーが説明した。「5人の本当の力関係は分からん。そこを調べたいところだ」
「私は、さっきも言った通り、ご家族や秘書の方面から攻めたいわ」
 シュラインが言うと、『では俺は怪魔にまず聞こう』とミグ。
「ふうん、シュラインが珍しくパソコン仕事から離れるのか?」
 蒼夜があごに手を当てて、「じゃあ俺はネット入ろうか? データベースを洗いざらい引っ張り出してやろうと思うけど」
「私は直接対象の傍にもぐりこんでやろうじゃないか」
 影を扱う冥月は、隠密業にすぐれている。
「わたくしはわたくしのツテで会の裏側を調べてみるわ」
 アリスがどこまでも怒り顔で言った。
「武彦さんは管制塔ね……ケニーは?」
 シュラインがケニーを見やると、ケニーはあっという間に短くなっていく煙草を眺めながら、
「俺は、依頼人ともう一度コンタクトを取る」
 気になることがあるんでな――と言った。

 ■■■ ■■■

 それぞれが草間興信所から出て行くのと同時に、蒼夜はパソコンの前に座った。
「本物の退魔師かどうかも分からないっていううさんくささとあいまいさがどうにも引っかかるんだよな……」
 彼はそうつぶやきながら、インターネットをつないだ。
「もしも怪魔すべてを覆滅したいというのなら強力な戦力ともいえる存在……ここで言えば退魔に通じるヤツが欲しい所だけど」
 検索エンジンに『浄魔東京会』と手早く入力。
 出た。トップに、浄魔東京会の公式HP。
 早速開いてみると、思ったより爽やかそうな画面に出くわした。いや、怪しげと言えば怪しげだ――『美しい日本のために』とでかでかと書かれたトップ。そのバックには森林と湖の画像を用いて。
 「特集」で怪魔の悪行についてをつらつらと並べ、「5氏の足跡」で幹部5人の退魔記録、対談特集を、「会員たちのページ」では会員たちの声を見ることができる。
 「会員たちのページ」で見られる言葉は、「○日の加瀬様の退魔術は見事で涙が出ました」とかそんな談話ばかりだ。見るだけでげんなりしてくる。
「とは言え、退魔かそれに見せかけたデモンストレーションをしてるのは本当なんだな……」
 蒼夜は「会員ページ」を流し読みしながら草間に聞かせるように話す。
「ついこの間、うちにもチラシが入っていたからな」
 と草間は新聞を広げた。「デモンストレーションを見に来いという内容の。よくあるチラシだから無視したんだが」
「ふうん」
 蒼夜は「特集」ページを開く。
 怪魔の悪行を並べ立てているわけだが、これは必ずしも嘘ばかりとは限らないところが痛いところだ。悪さをする怪魔がいるのも、事実なのだから。
 それから「5氏の足跡」を見る。
 5人の正式な肩書きの仕事については書かれていない。すべて会に関する動きのみである。5人合わせると毎日のように退魔を行っているらしいが、これは事実かどうか不明だ。
 対談特集では、5氏同士が話していたり、会員と話していたり、テレビレポーターと話していたり。
「……テレビにも出てたのかよ。知らなかった……」
「マイナーチャンネルだよ」
 草間が注釈を加えてきた。
 そこまで流し読みした蒼夜は、うーんとうなった。
「退魔に通じるやつを拒み続けるという点も気になるところだけど」
「単純に、自分らが退魔師じゃないのを見抜かれるのが嫌だという考えが一番分かりやすいんだがな」
 と草間は煙草を口から離し、
「あるいは、この5人が本当に退魔師だとして――強力な退魔師を中に入れると、立場を奪われる、という可能性を危惧している場合もある」
「立場を奪われる……ね」
 蒼夜は目を細める。
 彼の目には、『世の中の退魔師の皆さんの必死なる努力を、この会は応援したい』という後藤博文の言葉が映っていた。
「応援してると言っている以上、退魔師が会に入ってきたらバックアップをしなきゃならない……それを避けているのか、草間サンの言う通りか、さて」
 パソコン画面をめまぐるしく切り替える。
「単なる詐欺師集団なのか、それとも見られなくない何かが根底にあるのか……」
 やがて彼は、HPの『裏』を探り当てる。
 ハッキングの始まりだ。
「ともあれ、主要幹部全員が権力者だというなら後ろ盾も恐らくあるハズ」
 蒼夜はぽきぽきと指を鳴らした。
「出て行ったほかの面子の情報と照らし合わせて……その基盤とやらを洗いざらい調べ上げるとするか」

 ■■■ ■■■

 ミグは自分の人脈――狼脈?――を介して、実際に『浄魔会』の被害に遭ったことのある怪魔を探した。
 見つかるのにそれほど時間はかからなかった。むしろぽろぽろぽろぽろとこぼれてくる。
 ミグが会いに行ったのは、一番話が通じやすそうだと踏んだ、女性人狼である。
 東京のビル街の陰に隠れるようにして生きていたその人狼のところに行くと、見た目は人間の女性と変わらない彼女は、ひどい姿をしていた。
 ――体中に火傷を負っている。
「油をかけられて、火をつけられたのよ」
 奈落の底のように暗い声で、彼女は言った。
「雨の日だったからよかった。でなければ私は焼け死んでいた」
 己の体を抱きしめて、ぶるっと震える。
「グルル……(訳:随分と豪快な『退魔』だ)」
 相手が人狼だから、普通にしゃべっても通じる。ミグの言葉を聞いて、人狼は心底嫌そうに首を振った。
「浄魔会! 幹部のやつらが、普通の人間に教えているのよ。こうすればあなたたちでも魔を滅することができるって――馬鹿みたい!」
「グルル……(訳:だが事実、普通の人間にやられたのだろう)」
「……そうね」
 渋々と人狼は認めた。
 昔から魔は火に弱いと相場が決まっている。火攻めは基本だ。
 しかし……とミグはじっと目の前の人狼を見て、
「グルル……(訳:お前は見かけは人間と変わらん……どうして魔だと見抜かれた)」
 問われて、今度は人狼の方が当惑顔になった。
「そう言えば……そうね。私、東京暮らしが長いから、耳も尻尾も、もちろん気配も、完璧に隠してる自信があったのだけど」
「グルル……(訳:今のお前を見ても、その気配を見事に隠してると言っていい)」
 ミグは鼻をひくつかせてから、「グルル(訳:しかし見抜かれた。気を抜いた覚えがあるか?)」
「いいえ! 私は人間に混じって生きようと決めたのよ。一時でも気を抜いたことはないわ」
「グルル……(訳:となると、お前のそれを超えるほど強力な退魔師のような存在がいたことになる)」
「いるのじゃないの?」
 人狼は怪訝そうな顔をした。「怪魔の中では有名だわ。大量の怪魔が被害に遭っているのだもの。いてもおかしくないわ」
 この人狼は、浄魔会が「人間の間では」どういう評判なのかを知らないらしい。
 幹部5人でさえ、本当に退魔師かどうか怪しいという噂を。
 実際に被害に遭ってしまった以上、浄魔会の中には退魔師がいると思いこんでしまうのは仕方のないことだが……
 ――思いこみ、なのか?
「グルル……(訳:本当に退魔師がいる……という可能性、か)」
 草間とケニー……正しく言えばケニーの言葉を聞く限り、彼は幹部に退魔師はいないとどこか断定しているような雰囲気があった。
 それがなぜか、ミグは知らない。ケニーという人物のことは、ミグはパートナーから少し聞いたことがあるが、ケニー自身は退魔師ではない。かの青年はガンマンだ。銀の弾丸を使うことで、退魔と同じ効果を出してはいるようだが。
「ねえ、そう言えばだけど」
 考え込んでいたミグに、人狼は言った。
「被害に遭ったみんな……火攻めとか、お札とか。どこかの神社の御神刀とか……退魔能力がなくても、普通の人間が使えば退魔できる方法でばかり、攻められている……ような気がするわ」
 でも、これって当たり前かしら? と彼女は首をかしげる。
 ミグはグルルと唸ってから、携帯電話を取り出し、草間にメールを送信した。

 ■■■ ■■■

 シュラインは外堀を埋める作業。
 ――狙うは家族、秘書。
「後藤と木部の周辺に近づくのはさすがに難しいのよね……」
 誰から近づくのが得策か。考えたあげく、銀行頭取の加瀬東城の家族を攻めることにした。
 あらかじめ、興信所で5人全員の家はチェックしてあった。加瀬の家は電車とバスを使って1時間のところにある。
 比較的近くてよかったと思いながら、彼女は加瀬の家へたどりついた。
 もちろん真正面から入ったりはしない。ここは探偵(の事務員なのだが)の腕の見せ所、張り込み。
 ――昼間のこの時間帯、加瀬自身が家にいるとは考えにくい。家から出てくるとしたら、家族のはずだ。
 シュラインは、加瀬には子供がいないことを知っていた。
 やがて、加瀬宅が開く。
 いけない、とシュラインは眉を寄せた。あれは加瀬の奥方ではない、若すぎる年齢からしてハウスメイドだ――
 買い物の類は全部メイドが行っているか?
 シュラインは緊張して、メイドが離れた家をさらに見守り続ける。
 しかし、2時間してメイドが買い物袋を抱えて戻ってくるまでの間、奥方が姿を見せることはなかった。
(はずれだわ――)
 これは、別の人間から攻めた方がいい。シュラインはあくまで偶然の出会いを装って奥方に近づくつもりだったから。
 彼女はすぐに思考を切り替えた。買い物を自分で行っていそうな奥方を持つ幹部。
 考えてみれば全員金持ちなので、奥方がそういうことをしていそうな家はないのだが。
 ――いや。
(違うわ。食料品のようなショッピングではなくて――例えば服を買いに行くだとか)
 ブランド品を買いあさっていそうな奥方。ウインドウショッピングをしそうな妻。
 シュラインの勘がものを言う。
(宝石商――湯平)
 金遣いの荒そうな家。そこを狙ってみようか。
 シュラインは携帯電話を取り出し、タクシーを呼んだ。ここから湯平邸に行くのなら、電車バスよりこの方が早いのだ。
(必要経費だものね)
 つい金勘定をしてしまったシュラインは、やがてやってきたタクシーに乗り込みながら、一抹の不安を抱えた。
(……依頼主の怪魔に、そんなにお金あるのかしら?)

 湯平邸は、タクシーの運転手に名前を出すだけで通じる程度には大きな家だ。
「お宅も浄魔会の会員かね」
 気軽な運ちゃんの言葉に、「ええ、まあ」と言葉を濁す。
「そうだろうねえ。湯平さんとこに行く人は大抵そうだ」
「………」
「湯平さんの奥さんも、人あたりがいいからねえ。会員さんにとっては居心地がいいそうだね」
 ということは。
 湯平の奥方も、会の一員ということだ。
 シュラインは予想外にも早く得られた情報に内心驚きながら、平静を装って、
「私も湯平さんの奥様に早くご挨拶に行かなきゃと思っていたんです」
 と言った。
 タクシーの運ちゃんは軽快に笑って、
「そうするといいよ。あそこは友達を作るいい社交場になっているそうだから」
 気をつけて行ってきなさいよ――と。
「……その分、怪魔に狙われやすいと浄魔会では警戒を呼びかけているそうだ。本当は私らタクシーもあまり近づきたくないんだがねえ」

 ■■■ ■■■

 石神アリスは、表向き母親が美術館を経営している普通の学生である。
 しかし本当は、人間を石に変え競売にかけたりとあくどい金儲けをする、どちらかというと『悪』に属する人物だ。
(……お得意様の怪魔が御神刀とやらで斬られた)
 アリスは心底憤っていた。怪魔がいなくなったら商売あがったりだ。
 そんなわけで、彼女は裏のつながりを利用しての情報収集に努めていた。
(資金源は、どこかしら?)
 幹部5人が5人、全員金持ちではある。
 もしも芯から「魔を滅するために立ち上がった」気概ある集団ならば、幹部たちは自分の金を惜しみなく使っていることだろう。
 だが――、アリスはその可能性を認めなかった。というより、納得がいかないのだ。
 なぜなら、アリスは上得意が怪我をした際、怒り狂ってその御神刀を振るった人間を捜した。
 しかしその人間は、普通の人間だった。退魔師ではなかった――だからこそ、上得意は御神刀で斬られても生きていられたのだろう。
 さらに調べてみると、その御神刀は盗品だった。加えて盗まれた元の神社の宮司は、謎の死をとげている。
 誰も、御神刀の出所を疑う者がいない。
(こんな不自然な話、ない)
 デモンストレーションを行うにも金がいるはず。資金源は――……
 調査を続けたアリスは、眉をひそめた。資金源が、会員の寄付以外ない?
 寄付金簿の写しを手に入れたアリスは、それをぱらぱらとめくって、「ああ」と納得した。
 会員――つまり退魔能力のない普通の人間――の中にも、金持ちはいるのだ。
 不思議なもので、金持ちや権力者ほど宗教団体に入れ込む。浄魔会は宗教ではないが、似たようなものだ。
 怪魔を憎む金持ち。憎む理由があるのかないのかはどうでもいいが、彼らは決まって金払いがいい。寄付金簿の写しに記載されている金額は半端ではなかった。
 となると余計に怪しくなってくる。会の収入と支出が、合わない。
(幹部が懐に入れているのかしら)
 それが一番妥当なところだが、果たして――
 アリスは他にも気になる部分を調査する。
 他の組織とのつながりを。
 こちらは、呆気なく結果が出た。――浄魔会は、どこともつながっていない。完全独立組織だ。
(今時それで、保っていられるものなの?)
 いくら権力者が幹部とは言え。
 いくら会員にも権力者や金持ちがいるとは言え。
 独立組織としてやっていくのは、極めて難しい。目立てば目立つほど、他の組織に目をつけられるものだ。
 実際、浄魔会に「手を組まないか」と声をかけた組織はいくつかあった痕跡がある。
 しかし現在も独立組織として在る以上、浄魔会はすべてを蹴ってきたということだ。
(他組織と手を組むのは、組織を広げるにはいい方法。得こそすれ損になることは――いえ、儲けを奪われるのが嫌だった……?)
 自分たちだけで儲けられる絶対の自信があるのだろうか。
 だとしたら、その自信はどこから来るのか。
 アリスは、アプローチの仕方を変えてみることにした。すなわち――
 浄魔会の会員に直接、接触する方法へと。

 ■■■ ■■■

 冥月は影を扱う術者である。隠密行動は得意中の得意だ。
「私は直接、幹部どもの行動を見張ってやるさ」
 メンバーと別れる際にそう宣言した冥月は、その言葉通りに影を伝って、5人の幹部の影内に忍び込んだ。
 現在万全の状態ではないとは言え、この程度のことなら楽勝。5人まとめての観察だって可能だ。
 まず最有力者と見られている後藤。
 近く、衆議院議員解散の話が出ているため、忙しく走り回っている。会のことには、触れていない。
(最有力者なら1日のスケジュールに、会関連の仕事が組み込まれていてもおかしくないと思うがな……)
 加瀬。
 銀行頭取の彼は、後藤に比べればのんびりした1日を過ごしている。忙しいことに違いはないが。
 馬渕と湯平も自分の事業に忙しい。
 しかし昼になった頃――
 加瀬と、馬渕、湯平が集まって、昼食をともにした。
 忙しい中。わざわざ3人集まっての食事だ。豪華レストランの個室を取って、3人はゆったりとくつろいだ姿になる。
「後藤さんはやはり来られませんでしたか――」
 これは馬渕の声。大手不動産会社社長は、丸顔をにこにこさせながら運ばれてくる昼食を見ている。
「木部さんは今日はテレビの収録だそうですよ」
 と淡々と言ったのは加瀬。
 冥月は事前にシュラインに聞いていた、5人の年齢を思い出す。
 後藤、58。加瀬、55。馬渕、48。湯平、36。木部、45。
(加瀬が、木部をさんづけか……)
 10歳も歳下。それでも丁寧語を使うのは、立場の違いか、加瀬の性格か。
 配膳が終わって、会食。彼らは談笑しながら悠々と食事を勧める。
 湯平は一番若くエネルギッシュに見えたが、発言自体は少なかった。これは若さと立場ゆえなのだろうか。
 この3人の会話ではいまいち立ち位置がつかめない。
 辛抱強く待つと、食事が半分済んだところで、「ところで――」と馬渕がにこにこしながら言い出した。
「この間は面白かったですね。カラスを使った――。ああもうまくいくとは思いませんでしたよ」
「言っただろう、うまく行くと」
「はい、信用していましたけどね」
 何の話だ――?
 冥月はそう言えば、彼らの行うデモンストレーションとやらがどんなものかを聞いてこなかったことを思い出す。
 影を1体草間興信所に向かわせて草間に聞くという手があるが、それは置いておくとして、
 馬渕は加瀬にやはり丁寧語を使う。加瀬は馬渕には尊大な態度だ。
(そして湯平は――宝石商だったはず。口は達者だろうに、ここではしゃべらない。ということはやはり立場が弱いのか)
 しかし、加瀬がふいに湯平に顔を向けた。
「湯平。ちゃんとコンタクトをまめに取ることを忘れていないな?」
 湯平は膝をそろえて、「はい」と神妙に応えている。
「ならいい。お前しかいないのだからな。もし裏切ったら――分かっているな?」
「はい」
「よし」
 そこから話題はまた世間話と仕事の話に戻ってしまった。
 冥月はふんと鼻を鳴らした。
 鍵は湯平。それだけ分かれば充分だ。後は――

 ■■■ ■■■

 携帯電話を開いた草間は、「ミグからか」とつぶやいた。
「『被害に遭った怪魔はたくさんいる。その中に、怪魔の気配を隠していたのに見つかった者もいる。よほどの退魔師でも味方につけていない限り、やつらに怪魔と人間の見分けはつかないのではないか』……」
「そーいや、そうじゃんな」
 蒼夜はパソコンのキーボードを打つ手を休めずに軽く言った。「怪魔を怪魔として認知できるやつがいなきゃ、怪魔いじめなんてできねえじゃん」
「たしかにな。……ん、今度は冥月からか。『鍵は湯平』」
 自分の影を見下ろして影から伝わってくるような声を拾った草間は、それから蒼夜を見た。
「最近やつらがカラスを使って何か行動を起こしてないか、だとさ」
「カラス?」
 蒼夜は、ああ、と思い出したように顔をしかめた。
「HPに載ってる5人の退魔記録にあった。空を飛んでいるカラスを、何の道具も使わずに落としてみせたとかなんとか」
「……遠当て、か?」
 蒼夜が、はあ? と不審そうに声を上げた。
「合気道の、アレ?」
「合気道の、アレだ」
 退魔師でないならそれぐらいしかないだろう――と草間は頬杖をつく。
 合気道遠当ては、気の力で遠くにいる人間を吹っ飛ばすという技だ。その「気」というものの存在の証拠自体が怪しいものだが、実際にそういう技を使える――らしい――者は普通の合気道達人にいる。
 蒼夜は嘆息して、
「まあこの世の中、どんな力を持ってるやつがいてもおかしくないけどさ……なんだ? 幹部はその力を退魔能力だと言ってるわけか」
「そういうことになるんじゃないか」
「あながちハズレでもないかもしれないけどさあ……納得いかねえな。おっと」
 ビンゴだ、と蒼夜は嫌そうに言った。
「湯平中。合気道5段、だってさ」
「鍵は湯平、か。そういう意味だったのか、冥月?」
 影に向かって語りかけた草間は、しかし冥月の影からの返事に怪訝そうな顔をする。
「そういう意味じゃない?」
 じゃあどういう意味だ――

 ――湯平は誰かとコンタクトを取っている

 影から返ってきた言葉に草間が眉をひそめると、
「おし。見つけた」
 と蒼夜がタン、とキーボードをリズムよく打ってにやりと笑った。
「何だ?」
 草間が影から顔を上げる。蒼夜はぎしっと椅子の背もたれにもたれ、
「怪魔の集団。怪魔擁護団――通称セッション・エム。そこの総統の右腕、滋賀さとむ[しが・―]。こいつは半妖怪」
「……なんでいきなりそんな団体のことを調べているんだ?」
「湯平の家のパソコン回線が頻繁に、こっちの団体のサイトに接触しているからさ。普通に考えたら、敵である怪魔のことを探るためだとも言えるけど、そうじゃないな」
「そのこころは?」
「滋賀は別荘を持ってる」
 蒼夜はパソコンディスプレイを、ぴんと弾いた。
「――湯平邸の、隣にな」

 ■■■ ■■■

 ミグは一番の権力者と目されている、後藤博文の家の前へ来ていた。
 ミグは見かけは灰色狼だが、実際には軍事産業メーカーが生み出した動物型の霊鬼兵だ。能力として、霊を操ることが出来る。
 今回は泥棒を装うため、泥棒の霊を操って後藤の豪邸内へと入り込んだ。
 中に、誰かいるかどうか――
 後藤はいなかった。時間的に当然だろう。奥方や子供も在宅している気配もない。ハウスメイドはつい先程、買い物に出ていった。
 ミグは組織に関するものがないかと遠慮なく物色を始める。
 一応居間なども調べるが、あるとしたら後藤本人の部屋だろうと当たりをつけていた。
 泥棒の霊はミグの思い通りに動く。次々と部屋をピッキング――する必要もなく、扉をすり抜けて中を覗いていくと、やがて後藤の書斎らしき場所に行き当たった。
 物色。物色。机の中を開け、書類をあさり、手紙類もしっかりと中身をたしかめる。
 ――ない。
 痕跡がまったくない。
 これはおかしい、とミグは思った。後藤は間違いなく幹部なのだ。不利になる書類こそなかったとしても、会に関係するものがまったくないなんてことは、ありえないではないか。
「グルル……(訳:いや……)」
 ひとつだけ。
 ミグが発見したものがある。
 それは、ミグの操る泥棒の霊が見つけたものではなかった。
 ミグは改めて後藤の豪邸の門の前に行き、くんくんと鼻をすり寄せる。
「グルル……(訳:間違いなさそうだ……)」
 いったん泥棒霊ごと後藤邸から離れ、カバンから携帯を取り出し、草間にメール送信。
 するとメールが返ってくる。
『湯平邸、及びその隣の滋賀邸を調べてくれ』
 ――心得た、と返信。
 そしてミグは走り出す。狼の足の速度は時速55キロ前後。さらにミグは兵器のため、それより速く走ることができる。
 後藤の家と湯平の家は同じ白金台だ。走って30分もかかりはしない。
 湯平邸にたどりついたミグは、すぐに鼻をひくつかせて予想通りであることを確認。
 ついでに言うとシュラインの匂いがした。どうやら先に湯平邸近くまで来たらしい。そのままどこかへ行ってしまったようだが、彼女には彼女の調査方法があるだろう。
 ミグは湯平邸の隣の家へと向かった。
 湯平邸より幾分か質の落ちる家。だが、立派な別荘だ。
 鼻をひくつかせると、ここは明らかな気配……

 ミグは草間宛にメールを送る。

『後藤邸、湯平邸、滋賀邸。すべてに怪魔の匂いがする』

 それが意味するところ。ひとつきり。

 ■■■ ■■■

 シュラインはウインドウショッピングに興じていた湯平みどりと話していた。
「お忙しいんでしょう、湯平さんのお宅って。ご主人、有名な宝石デザイナーですものね」
「そうねえ、主人はほとんど家に帰ってこないけれど」
 みどりは30代半ばながら、色香のある艶っぽい女性だった。
 その彼女の鼓動と呼吸音をもらさず耳に残す。あまりつっこんだことを聞くつもりはない。みどりが緊張するような話題になったら、即座に話題転換するつもりだ。
「ご主人、お休みの日は何をしているのかしら? とても興味が湧くのですけど」
 にっこり笑ってそう言ってみると、みどりは繊手を頬に当て、
「あの人、休みらしい休みがないのよ。そうでしょう? だって会のまとめ役を務めなければ」
 ――自分から会のことを口にした。
 隠すつもりさえないのか。シュラインは内心驚きながら、
「会というと、例の……」
「ええ、浄魔東京会。素晴らしい会でしょう? 私も応援しているのよ」
 みどりは邪気のない笑顔で言った。「この東京からすべての魔をなくすの。素敵だわ。人間の平和な生活をおびやかされずに済むようになる」
 ――この人は随分かたよった思想の持ち主だ、とシュラインは思った。
 そもそも仕種からして育ちのよさがにじみ出ている。箱入り娘に違いない。怪魔と共生するということを忌避したがるような家庭で育ったのだろう。
 そして、夫も。
 彼女にそう吹き込んでいるに違いないだろう。
 事実、彼女には魔をなくすと言ったときに嘘をついているような反応を見せなかった。心から、魔をなくしたがっているのだ。
「ご主人は、とても素晴らしい力の持ち主なんですってね」
 シュラインはわざとあいまいな言い方をした。
 ええ! とみどりは嬉しそうに微笑んだ。
「あの人は怪魔を滅することができるのよ……! 貴女は見にいらしたことがないかしら? 毎月満月の日に、集会があるのだけれど」
「残念ながら機会がなくて。ぜひ観にいきたいのですけど」
「主人も、後藤さんや加瀬さん、馬渕さん、木部さん。みんな立派な退魔師なのよ。満月の日に何も道具を使わずに火を起こす、あれはいつ見ても綺麗だわ。火は怪魔を倒すには必要不可欠ですものね」
「道具を使わず……まあ、それはすごいわ」
 ――どうやってそんなマジックを行っているか知らないが、うさんくささはこれ以上ない。
 その時、シュラインのバッグの中で携帯のバイブが震えた。
 そろそろ話を切り上げるときか。そう思い、シュラインは「あまり買い物をお邪魔してもいけませんね」と笑いながら、みどりと別れを告げた。
 湯平の妻から大分離れたところで、携帯電話を取り出す。メール、草間武彦。
『湯平が怪魔と接触している。後藤もらしい。家から怪魔の匂いがするとミグが』
 怪魔と接触している?
 怪魔を退治しようとしている集団だから当然と言えば当然だが、「家から」怪魔の匂いがする?
 ――それは、怪魔が家に近づいた証拠だ。
 タクシーの運転手は言っていた。浄魔会の幹部は怪魔から恨まれているから、怪魔に狙われているという噂。だから、家に怪魔が近づいたとしてもおかしくはない。おかしくはない――が、今まで幹部たちには被害がないのだ。
 幹部たちに言わせると、「退魔能力で返り討ちにした」というところなのだろう。しかし家をほとんど留守にしているのだから、家族を狙われたらひとたまりもない。それとも家族も退魔師と言い張るつもりだろうか。
「……事務所に戻って、データを叩き出したいところね」
 シュラインはつぶやいた。空を仰ぐと、太陽はまだ中天をやや下がったところ。
「馬渕の奥様を見てからにしようかしら」
 馬渕の家はここからタクシーで15分――

 ■■■ ■■■

 アリスは浄魔会の会員に、催眠の魔眼をかけた。
「まず聞くわ。次の集会はいつ?」
 ――満月、と会員は言う。
 毎月、満月の日に、と。
 アリスは目を細めて、
「集会では何をしているの?」
 ――退魔師様たちが――
 魔を、私たちの前で滅してくださって――
 そして、私たち普通の人間に、魔を倒すための力をお与えくださる。
(御神刀のことね)
 他にも色々と、普通の人間に退魔用の道具を与えているのかもしれない。
 アリスは顔をしかめる。満月。困ったことに、今は三日月だ。集会まで、遠い。
「他に、浄魔会でやる集会はないの?」
 食い下がると、信者は「湯平様の――」と口にした。
 湯平様のお宅で、奥様が会食パーティを行う、と。
 信者たちはそこに集まって、親交を深めると。
(おそらくそこは信者を増やすための窓口なのね。新しい信者獲得のためにも、そうやって開けた場所を作っておくのだわ)
「あなたたちも行ったの? パーティへ」
 行きます、と返事。
 今日もある、と。夕方から、湯平邸の庭で立食パーティ。
「そこに潜入しようかしら」
 アリスはちろりと舌なめずりする。
 潜りこむのは自分ではなく、催眠にかけた信者を2人ほど。
「いい情報を拾ってきなさいね」
 そう言って、夕方、湯平邸へと送り出した。
 待つこと3時間――
 携帯電話で草間とやりとりし、他のメンバーが集めた情報と自分の情報を照らし合わせていたアリスの元に2人の信者が帰ってきた。
「お帰りなさい。どうだったかしら?」
 ――穢れ者が1人入り込んできたので追い出した――
 信者の言葉に、アリスは眉をひそめる。穢れ者とは何だろう?
 ――怪魔に通じる者
 と信者は言った。
 アリスはとっさに閃いた。穢れ者、それはひょっとして退魔師なのではないだろうか。
 ――湯平の奥様がその者を穢れ者と断定なさったから、私たち全員で追い出した――
「湯平の妻に、それを判断する目があるの?」
 ――奥様は、湯平様と電話で話していた――
 ということは。
 やはり事前に、幹部たちにはそういう情報が流れるということだ。
(怪魔と通じているのは……幹部たちの方)
 それが、他のメンバーが集めた情報で察することのできる事実だ。
(怪魔なら、人間の退魔師を判断することができるはず)
 正しく言えば、退魔師を見抜く目を持つ怪魔なら。
 あるいは、退魔師の情報を手に入れるすべを持っている怪魔なら。

 ■■■ ■■■

 ずっと幹部たちの足取りを追っていた冥月は、夕刻、石神アリスの連絡を受け、自分も湯平みどりの開くパーティに出席することにした。
 影のひとつを使い、湯平邸の門戸を叩く。
 出てきたのは執事か使用人かという男性で、
「パーティにご出席ですか? お名前をこちらに」
 と台帳を差し出してきた。
 冥月は迷ったあげく、偽名を書いた。そして、使用人に促されるままに庭へと向かった。
 パーティは盛況だった。立食パーティ。料理を作っているのはコックで、テーブルの上の空になった皿と新しい皿を交換していくメイドのせわしない動き。
「あなたは新入りさん?」
 ときやすく話しかけてきた女性がいた。その女性に強引に飲み物を渡され、冥月は仕方なくグラスを手にする。
「新入りさんは、みどり様にご挨拶しなくてはダメよ」
 とその女性は片目をつぶって言った。
 みどり――湯平みどり。湯平の奥方……
 シュラインの情報では、純粋に魔を滅することを望んでいるかたよった思想の持ち主ということだったが。
 みどりはひときわ目立つ女性だった。名前の通り、緑色のイブニングドレスを着ている。こんなパーティでドレスだなど、物好きだなと思いながら冥月はみどりの元へ行く。
 しかし――
 冥月は近づく前に。みどりは執事に携帯電話を差し出され、電話をしにいってしまった。
(電話――? 湯平からか?)
 冥月は緊張した。
 そして戻ってきたみどりの表情はと言えば。
 青ざめてルージュののった唇を噛み、ぶるぶると震え、
「とんでもないことだわ……今日は2人目よ」
 とつぶやいた。
 冥月はとっさに身構えた。瞬間、みどりの指先が、冥月を指差した。
「あなたは穢れ者ね! 今すぐ出ていきなさい!」
 周囲がざわりとざわついた。
 殺気にも似た空気が肌を刺す。穢れ者、穢れ者、穢れ者、その単語が次々とパーティに出席していた人々の口から漏れた。
「みんな、追い出すのよ!」
 みどりのかけ声で、一斉に人々が――
「ちっ」
 冥月は身を翻した。相手は普通の人間だ、下手に怪我をさせるわけにはいかない。
 今までの退魔師たちも、そういう理由できっと変に暴れることができなかったに違いない。何しろこのパーティに来るような退魔師ならば、純粋に魔を滅することに熱心な退魔師だったのだろうから。
(しかし私の能力は)
 冥月は追ってくる人々の手をすりぬけ、門まで走る。
(物理的なものだ)
 門は開いていた。まるですぐにでも出ていけと言いたげに。
(私は、退魔師と呼べるかどうか微妙なラインの存在じゃないか?)
 門の外まで出ると、石を投げつけられたので早々に退散する。
 曲がり角まで来て一息つき、冥月は思った。
「しかし私も退魔の仕事を請け負ったことがある。つまるところ……」
 目を細めて。
「怪魔にとって脅威となる存在はすべて、退けているということか……」
 そのとき冥月の目の前に、ふっと何者かが現れた。

 ■■■ ■■■

 草間興信所に戻ると、シュラインは蒼夜に替わってパソコンの前に座った。
「幹部たちの会社、実家、その子会社のリストアップ……」
 手早くハッキングを済ませると、
「会の発足時期……1年と3ヶ月前から、これらの場所からの人の出入や出入荷等動きが妙なところがないか……」
 蒼夜がソファに座って、
「会が……少なくとも湯平が、怪魔とオツキアイしてるのはたしかだな」
「そしてそれを、他の幹部が知らないとも思えん」
 草間が煙草の煙を吐き出す。コーヒーをぐいっと飲み、
「シュライン、どうだ?」
「んん。会内情報把握者だけの隠れ蓑の可能性を考えてみたんだけど」
 シュラインは出てくる情報に、柳眉を寄せた。
「んー。あえて言うなら、会の信者となった中小企業の社長とかが素直に幹部たちの子会社におさまるようになった、程度の動きしかないかしら……」
「気になるのは」
 突然ドアが開いて、ずかずかとアリスが入ってきた。
「寄付金がどこに消えているかです」
 その後ろからミグが入ってきて、携帯メールを草間に送信する。
『追い出された退魔師からの苦情が来ていないのも気になる』
「ああ……それはどうなんだ、冥月」
 影に向かって話かけると、
「根回しがいいようだな」
 声はドアから聞こえた。
 草間が顔を上げると、冥月本人が、ドアから事務所内に入ってきたところだった。
「私が湯平邸から追い出された後、わざわざ執事が私の前に現れたよ。『退魔師は怪魔と触れたことがあるということになる。この会はそういう方も遠慮させて頂いている』ととても説明的にな」
「その執事、退魔師の理解者に見せかけた一番の曲者間違いなーし」
 蒼夜が茶化す。しかし異論はない。
「湯平みどりは本当に純粋に、混じりけなしの憎悪の目で私を見た」
 冥月は淡々とそんな事実を口にする。「だからこそ、信者たちも彼女の言葉を疑うことがないんだ。みどりという女は、あの場面でとても役立つ女だ」
「そうね……馬渕さんの奥さんなんかは、とても利害を気にする人だったから」
 馬渕の妻にも会いにいったシュラインがつぶやいた。
 草間は時計を見た。午後6時。
「ケニーの帰りが遅いな……」
「噂をすれば影だ」
 即座に返事があった。冥月が開け放していたドアから、ケニーが姿を現した。
「お前、どこへ何しに行っていたんだ」
 冥月が眉をひそめる。ケニーは煙草に火をつけ、
「依頼人を探していたんだが……ちょうどその依頼人が、会の信者に襲われているところでな。何しろ信者は普通の人間だ、怪我をさせるわけにもいかんから、依頼人を助けるのに手間取った」
「情けない話だな。……で、お前の言っていた気になることとやらははっきりしたのか?」
 冥月は辛らつな言葉を吐いてから、問う。
 ああ、とケニーは言って、煙草をふかした。
 煙をひとつ吐き出してから。
「――怪魔同士の間で、今、仲間割れが起きてないかとたしかめにいった」
「それは――」
「案の定、セッション・エムを中心に怪魔の間でもめごとが起こっていたよ」
 ケニーは肩をすくめて、
「……セッション・エムの総統が、要らない怪魔は排除すると言い出しているらしい」
 一瞬、事務所内に冷たい風が吹きぬける。
「ってことは」
 蒼夜が口火を切った。
『これこそKKKだな……』
 と草間の携帯のディスプレイにミグの文面。
 要らない怪魔は排除する。
 そして浄魔会とつながって。
 浄魔会に、退魔師の情報を流す。
 浄魔会は、寄付金を手にする。
 怪魔は浄魔会を通して、自分たちの手を汚さず『要らない怪魔』を削除していく。
「セッション・エムの方が歴史は古いよな」
「ということは、滋賀が湯平を通して、後藤たちに話を持ちかけたのかしら」
『うまくやればセッション・エムにも金は流れる……』
「ついでに幹部たちの会社も大きくなる」
「怪魔は順調に減っていきますね。退魔師は放っておいても退魔をするのですし」
 浄魔会の仕組みはあらかた分かった。
 問題は――
「どうやって、会をつぶすか……だ」
 当初の目的に、ようやく戻る。
 しかし簡単には終わらないだろうと、その場にいる誰もが――思っていた。


 ―調査編/終―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2778/黒・冥月/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【5902/乃木坂・蒼夜/男性/17歳/高校生/ランク07】
【7274/ミグ/男性/5歳/元動物型霊鬼兵】
【7348/石神・アリス/女性/15歳/学生(裏社会の商人)】

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■         ライター通信          ■
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シュライン・エマ様
お久しぶりです、笠城夢斗です。
今回も調査にご参加いただき、ありがとうございました!
長い文章となってしまいましたが、少しでも楽しんで頂けましたら光栄です。
次回は解決編です。もしご都合がよろしければご参加くださいね。