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警笛緩和 - 二つの道の交差点 -
赤い夕日が地平線の向こうからビルの谷間をぬって朧気に浮かぶ。今にもそのまま消えるかのように。
体の色素をうまく作れない吉良原吉奈は、夕方から夜にかけて動いていた。気ままに街をぶらつくこともあれば、ある目的を持って流れ歩くこともある。
左手には幅三十メートルの川が海へと緩やかに流れていた。日に照らされて小さく波打つたび、星のように輝く。それを遠目に土手を歩いていると、連続した水音が耳に入ってくる。音を辿れば、十代の少年が黒い学生服を身に纏い、小石を川へ投げていた。
水面を小さな欠片が五回も飛び跳ねていき、そして沈む。
赤く陰るその後姿。悲哀に満ちて、瞳に映る。
おもむろに吉奈の足は少年へと引き寄せられていた。
漆黒の日傘と手袋、マフラー。季節に合わない身なりの少女が声をかける。
「何をしているんですか?」
「!」
少年はとっさに振り返った。突然の訪問者に全身が強張る。
少女のいでたちに暑苦しい錯覚を覚えたが、それ以上に。
――銀の髪と夕日のように紅い瞳。
少年は瞳を見開く。
一方、吉奈は眼前の瞳の色に驚いていた。片眉を上げて表情は変えないまま。
吉奈自身、色素を作れない病気を患っている。それを含め、銀の瞳にはあまりたじろぐことはなかった。
「珍しい瞳の色ですね。まあ、私も似たようなものですが」
少年は警戒心を剥き出し、けれど目の前の人物に目線が留まっていた。特に髪に。
獣の牙が向けられても爆弾魔の吉奈にとっては赤子のよう。張り巡らせた壁を気にせず、吉奈は話しかける。
「私の髪と瞳の色に興味がありますか?」
凝視していた銀の瞳がはっとして、視線をそらす。
「ふふっ……キミの瞳と私の髪は一緒ですしね」
笑われたことで少年はきつく少女を見据える。だが、徐々に気が抜けていってしまう。少年は柔らかな物腰で接する吉奈に困惑していた。いつも他人に対して警戒を怠らないのになぜか気が緩んでしまうのだ。同じ色をしているからなのか、それとも少女の風格からきているのか分からなかった。
「あんた……誰だ?」
不思議な少女に初めて言葉を発する。
「怪しい者ではありませんよ。偶然通りかかっただけです」
少年は改めて少女の装いを眺め、胡散臭い印象を持った。この暑い夏、肌を隠すだろうか――。
「でも……キミ、神聖都学園にいましたっけ?」
「……」
少年は無言で返す。
学園の名を知らないわけではない。けれど数ある噂が付きまとう学校だ。
「それとも中等部? 中等部であるならあまり分からないですね。私は高等部に在籍していますから」
吉奈は口数の少ない少年を上から下までつぶさに観察してみた。視線を合わせないのをいいことに。
少年の着ている服は学生服。神聖都学園のものによく似ている。だが全く同じというわけでもない。わざと聞いてみたが答えるつもりはないらしい。どこかで見たことのある学生服だった。
「なにか用か?」
苛立ちげに棘のある声。眉間にしわを寄せている。
「特に用はありません」
「じゃあなんで声をかけたんだ?」
少年、魄地祐の態度に笑って悪びれず言う。
「はは、今時川に石を投げ続ける人なんてそうそういませんからね。好奇心を刺激されました」
「好奇心?」
むっと眉尻を上げる。
「川は気持ちいいですね。マイナスイオンで溢れています」
吉奈はすっと息を深く吸った。さりげなく話題を変えて。
「私もさせてもらってもいいですか?」
「は?」
祐はまさかそう言ってくるとは思わなかった。面食らってるうちに吉奈は足元から石を拾いあげる。
軽く振ると川面へと石が引き込まれていく。定規で直線を引いたように真っ直ぐ飛び跳ねて。六回で沈んでいった。
「簡単ですね」
さらりと言う。
「……す、すごいな。オレでも五回止まりだ」
感心して警戒心が自然に和らぐ。
もう一度、吉奈は投げてみる。次は連続で。
川上と川下の方へ二対の石が五回と七回、飛んでいく。新記録だ。
「初めてにしては上々です」
満足気に呟く。
「は? 初めて?」
祐は目を丸くする。
「そうですよ」
自慢でも何でもなく、何気なく返す。
「ますます、すごいぞ。あんた……」
「そうですか?」
吉奈は薄く苦笑した。
*
「おーい! 吉奈ちゃーん!」
土手の上から誰かの声が耳に届く。
二人が振り返ってみると、中年のおじさんが笑顔で手を振っていた。
「あ……お父さん」
少女は声に応えて手を振る。おじさんのそばへ駆けていく。
楽しそうに談笑して腕を絡めた。笑い声が祐のところまで聞こえてきそうだ。
数分後、見送った吉奈は少年の元へ帰ってくる。心からの喜びが全身に滲んでいた。
「父親か?」
先ほどの独り言を聞き取っていた祐。
「いえ、実の父ではありませんよ」
「……じゃあ」
何だ、と問おうとする前に口を開く。
「お友達です」
祐は笑顔で答える吉奈に違和感を感じた。たぶん嘘なのだろう。祐自身、人からの裏切りと陰口の間で過ごしてきたため、嘘を見抜くことは若干長けている。だが、吉奈の嘘を責めなかった。誰しも秘密の一つや二つ、持っているもの。祐は無理やり突付くような軽薄な真似はしない。
吉奈は少年が納得していないことを肌で感じていたが、追及されないことでどこか安堵していた。不必要なことは知らなくてもいい。ましてや初対面だ。疑問を挟まれても心の中にずかずか土足で入り込まれるのは嫌だった。
破滅的なサガを背負っている自分。いつか先ほどの”父”を殺してしまうかもしれない。入り乱れる心情は他人に咎められたくはない。
目立たず、人の波の中で平穏な人生を送りたいのだから――。
*
「オレよりも珍しいな、その髪。赤い瞳は見たことがあるが」
すでに警戒心を解き、気になっていた点を聞く。ただ確かめたかった。
「……そうですね。日本人の髪ではないですから」
何とも思ってない素振りで答え、続けた。
「ふふ、色々と苦労しますよ。奇特な方も指をさす方もいますし」
面白そうに話す吉奈を物珍しいように見つめる祐。少年自身、言葉にすることすらはばかれるのに吉奈は違う。髪の色にコンプレックスを持っていないのか、そう疑うほど。けれど、祐がそうでも他人が同じとは限らない。少女はそれほど色に重きを置いてないのかもしれなかった。
ただただ、目の前の少女を強いと思う。
「キミは……」と数分前のことを思い出し。
「瞳の色で色々とあったようですね」
はっとする少年に。
「分かりますよ、色を指摘した時の表情を見れば」
鋭く尖った視線の兆しが現れて、ふっと微笑む。
「他の人とは色が違う、それだけのことです」
そんなに思い悩む必要はないですよ、と言ったところで吉奈の携帯が短く鳴り始め、すぐに途切れた。
ポケットから取り出して開けると、一通のメール。
短い内容を素早く読んで。
呼び出しがあったので今日はこの辺で、と背を向けた。だが。
何かを急に思い出して立ち止まり踵を返す。祐と視線を絡めた。
「私は吉良原吉奈といいます。キミは……?」
一瞬躊躇して、少年は名乗る。
「魄地、……祐だ」
「魄地くんですか」
そして二人は別れた。
祐はあのまま少女がとどまっていたら何を話し出すのか分からなかった。何もかも口から溢れてしまいそうだった。そんな衝動と一線を引きたい理性、吉奈の柔らかさに反発してしまう二つが拮抗しあう。
そんな少年を置いて、吉奈は一歩ずつ踏み出していく。
少年の何かがぶつかり合う葛藤が見えるようだ。何の理由から人を寄せつけないのかは知らないが瞳の色と関係あるらしい。祐との出会いは何か知りえなかったものを生みそうな予感がした。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 // PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
3704 // 吉良原・吉奈 / 女 / 15 / 学生(高校生)
NPC // 魄地・祐 / 男 / 15 / 公立中三年
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■ ライター通信 ■
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吉良原吉奈様、はじめまして。発注ありがとうございます。
この度は当異界のゲーノベ「警笛緩和」にご参加くださり、ありがとうございました!
視点がころころ変わってすみません;
吉奈さまの視点で書いた部分、間違いでなかったらいいのですが。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
リテイクなどありましたら、ご遠慮なくどうぞ。
また、どこかでお逢いできることを祈って。
水綺浬 拝
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