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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


人魚
 「人魚ですか?」
 編集長のデスク前に呼出された三下忠雄は、碇麗香の言葉を繰り返した。
 「違う人魚のミイラ。神奈川県の地方都市の旧家 海野家から人魚のミイラが発見されたの。取材にいってくれるかしら?」
 語尾こそ「かしら?」の依頼系のニュアンスを含ませているが、美貌の編集長の言葉に三下が「否」と答える権利があるなどとは編集部の誰も思ってはいない。
 「でも、全国にある人魚のミイラと言われている物体のほとんどが江戸時代に長崎の出島経由で輸出するために作られたいわばレプリカ。猿の上半身に鯉などの大型魚を縫付けた人工物が人魚のミイラの正体じゃないですか?」
 碇と三下のためにコーヒーを運んできたアルバイトの桂が、小首をかしげながら質問する。
 「これを見て」
 麗香がデスクの上に滑らせた一葉のL判写真。
 「独自の情報ルートから手に入れた問題のミイラの写真よ。これでもまだ輸出用の人工物といえるかしら?」
 写真の中で、真珠色の髪、真珠色の肌の美しい少女が胸の上に手を組んで横たわっていた。少女の下半身は細かい真珠色の鱗で覆われている。
 「地元博物館の学芸員に協力をお願いしてあるわ。彼とコンタクトをとって取材を進めてちょうだい」
 麗香の微笑みは、いつも三下に己の不運を予感させた。

 「もう僕には万策尽きてしまって。月刊アトラスにお願いすればよい知恵を貸していただけるんじゃないかと期待しているんです」
 ひんやりとした倉の中に落着くと海野梓は三下に言った。海野家の長男で強硬に人魚のミイラの博物館への寄贈を反対している人物なのだと県立博物館の学芸員から聞いているが、そんな人物が月刊アトラスのような雑誌の取材に快く応じるのが不思議に思えて三下はあえて尋ねてみたのだ。
 「万策尽きたとは、穏やかじゃないですね」
 「どこからお話しましょうか?」
 「あ、ちょっと待ってください。機材のセッティングをします」
 三下は背中に担いでいたデイバックの中からノートPCを取出すとWEBカメラとモバイル用通信カードをPCカードスロットルにセットして電源を入れた。
 「あ、月刊アトラスの三下です。こちら準備OKですお願いします」
 携帯電話で相手に連絡を入れてから、PCのソフトを立ち上げる。液晶画面に現われたのは外国人の少女。紫に近い不思議な色合いの赤毛と小麦色の健康そうな肌をした少女の名はラクス・コスミオン。エメラルド色の瞳が印象的だ。「幻獣なら彼女が一番ですよ」と博物館の学芸員から推薦されたのだが、極端な人見知りと男性恐怖症とのことで取材には同行せずに全てネットと携帯電話でのやり取りで済ませることになったのだ。
 「ラクス・コスミオンです。よろしくお願いします」
 画面から小さな声が流れてきた。
 「こちらの様子はみえますか?音声は大丈夫ですか?」
 「はい。映像が少し暗いですが大丈夫です。音声も問題ありません」
 画面のラクスが返事をすると三下は海野梓に向って頷いてみせた。

 発端は、こちらにいる妹の綾乃が白血病になったことです。家族間でも骨髄のHLAが適合する人間が見つからずに、薬物療法に頼るのみでしたが、効果があがりませんでした。このままでは余命半年と宣告を受けた時、ぼくは倉にある「人魚のミイラ」のことを思い出したのです。大学生の頃、暇に任せて倉の古文書を読み漁っていた時期がありました。その時は「己ノ血 人魚ニ注ギタレバ コレ復活セリ ソノ肉 万病ヲ治ス薬効アリ」と人魚のミイラについて書かれた一文を世迷いごとと思っていました。けれど本当なら綾乃の命を助けることできる。藁にもすがる思いで賭けてみたんです。古文書に書いてある通りでした。僕の血を注いだ人魚の肌は茶色く干乾びた状態から瑞々しさと弾力を取戻し、その肉を食べさせた綾乃は、医者が奇跡と言ったほど劇的な回復をみせました。
 「でも、大喜びで病院の無菌室から出てきた綾乃の体には副作用ともいうべき変化が現われていました」
 梓が頷くと綾乃は長いスカートの裾を捲ってみせた。華奢な両足はびっしりと真珠色の鱗で覆われていた。
 「何がいけなかったのか。僕には見当もつきません。これから綾乃の体がどうなってしまうのかも不安でなりません」
 梓は告白を終えると、ほぅっと大きなため息をついた。兄と妹で抱えていた秘密を人に話すことで、心にかかる重圧が一時的にだが軽減されたのかもしれない。
 「三下様。人魚のミイラの鮮明な画像を送ってください」
 画面の中のラクスの指示にしたがって、三下はデジカメで様々な角度から撮影したミイラの写真をPCに取込みメールに添付して送った。
 「凄いですよね。まるでロザリア・ロンバルドみたいです」
 「ロザリア・ロンバルド…」
 交錯する思考がラクスの瞳に様々な濃淡の緑色の影を落す。
 「そう、そうなの!ロザリア・ロンバルド!三下様、海野梓様がご覧になった人魚のミイラについて書かれた古文書の画像データを送ってください。私の推理に間違いがなければ、2、3日中に綾乃様のための治療薬をお送りすることが出来ます!すべて私にお任せください!」
 興奮して早口に捲くし立てるとラクスの姿が表示されていたウィンドウはブラックアウトした。三下が何度呼びかけてもラクスの姿が再びウィンドウに現われることはなかった。

 -すべての鍵は「ロザリア・ロンバルド」にありました。
 ラクスから送られてきたメールの最初はこう始まっていた。
 -イタリアのパレルモにあるカプチン・フランシスコ修道会に安置されている世界一美しいミイラの少女。このミイラを作ったのは一介の街医者サラフィアであると言われています。サラフィアは謎の多い人物で、錬金術の実験をしていたとも言われているのです。多数の文献で“サラフィア”に似た名前の錬金術師が登場します。私はサラフィアはサンジェルマン伯爵のような“時の旅人”だったのではないかと考えていたのです。海野梓様がお読みになった海野家の古文書を調べてみたところ人魚のミイラの入手経路として“さらうふあん”とう異人から買取ったとありました。海野家の人魚のミイラは本物の人魚ではなくサラフィアが錬金術で合成した擬似人魚だったと私は考えます。綾乃様のご病気が快癒した後、副作用として体に異変が起きたのも擬似人魚の肉が完成されたものではなく実験段階にあったと考えれば説明がつくのです。
 綾乃様のために人魚族の協力を得て血液を採取し、血清を作ってお送りしました。その血清を水で希釈して人魚に振り掛ければ人魚はもとの乾燥した状態に戻ることもお手紙でお伝えしました。
 今回、皆様のお役に立てたことは私の喜びです。またお力になることができるよう日々努力してまいりたいと思います。
    西方の守護者 ラクス・コスミオン

 「変わった子だったよなぁ」
 ラクスからのメールを読みおえた三下は、そう呟くと大きく伸びをした。
 「リフレッシュとはいい習慣だわ。けれど原稿の方は進んでるの?」
 いつの間にか三下の後をとっていた編集長 碇麗香が丸めたバックナンバーで三下の後頭部を叩いた。
 「いえ、あの学芸員さんが紹介してくれた子が変わった子で、とんでもない仮説を組み立ててくれたんですよ。それをどーしようーかなーと」
 三下はラクスのメールをプリントアウトして麗香に渡した。一読すると麗香は探るような視線を三下に向ける。
 「あんた、この仮説をとんでもないですませるわけ?」
 「え?は?」
 「西方の守護者はスフィンクスの別名よ」
 「ええ?まさか、そんな…」
 あの不思議な色合いの赤毛。WEBカメラ越しでも決して肩から下のショットは見せなかったラクス。
 三下は慌てて海野梓に電話を入れた。
 「三下さん!聞いてください!ラクスさんが送ってくれた薬で…」
 梓の弾んだ声でみなまで聞かなくても綾乃の体が元に戻ったことが判った。
 では、あの人魚のミイラは…

 翌月号の月刊アトラスには、神奈川県の地方都市の旧家で発見された人魚のミイラは、寄贈された博物館で鑑定したところ猿の上半身と魚の尾を縫い合わせたものであることが判ったという内容の記事がページの片隅に小さく掲載された。


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■   登場人物                  ■
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【整理番号1963/ ラクス・コスミオン / 女性 / 240歳 / スフィンクス】
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■         ライター通信          ■
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 はじめまして、momo1969と申します
 東京怪談に参加して初めてのノベルとなります。楽しんでいただけたでしょうか?
 まだまだ文章修行中の身です、日々精進していきたいと思います
 よろしくお願い致します