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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


+ 水の上、二人 +



 塩素の香りと冷えた水の感触。
 どこか懐かしい音が耳を包む。


「あっつー!」
「……確かに暑いね」
「もう季節は夏本番って言うけどよ、最近の気温はマジで異常だっつーの」
「仕方ないよ。温暖化激しいんだもん」
「あー……早く飯来ねーかなー」


 黒髪の少年、阿隈 零一(あくま れいいち)はそう言いながらプールサイドに敷かれたビーチの上に寝転がる。その様子を隣に座っていた飯屋 由聖(めしや よしあき)が苦笑を浮かべながら見下ろした。
 辺りを見ればきゃっきゃと声をあげながらはしゃぎながら駆けて行く子供の姿が見える。その向こう側にはカップルだと思われる男女が楽しそうに水を跳ねさせ遊んでいた。


 此処は大小様々なプールが並列し人々を楽しませるウォーターパーク。
 二人は共通の友人らに誘われ夏休みの思い出という名で遊びに来ていた。開場時間から先程まで思いっきり泳いだり浮き輪に乗って流水プールに流されてみたり、飛び込み台から飛んでみたりと遊戯施設を満喫していたが流石に昼を過ぎると腹が減った。
 友人らが適当に飯を買ってきてくれるというので素直にその言葉に甘えることにし、二人は今プールサイドのシートの上でだらだらと待っている。
 直接太陽の光の当たらない建物の影になる場所に陣取ってはいるものの、気温が気温だ。二人の肌から流れる汗は止まらない。


「駄目だ。俺もう一回泳いでくる」
「えー、阿隈が行っちゃったら僕一人になっちゃうじゃない」
「じゃあお前も来れば?」
「誰も居なくなったら荷物番がいなくなるでしょ。ほら、大人しく待とうよ」
「少しだけ! な? な?」


 ぱんっといい音を立てながら両手を合わせる。
 そんな阿隈の行動を呆れたように見ながら飯屋は肩を竦めた。彼は仕方なく目の前にある子供用の水深の浅いプールを指差す。阿隈もつられてそちらに視線を向けた。


「じゃあ、あそこだったら良いよ。あそこなら僕の声も届くだろうしね」
「え、あそこは泳ぐって言うもんじゃな……」
「阿隈は暑さを何とかしたいだけでしょ。水を被ることには変わりないんだからさ」
「……ちえ」
「ちえ、じゃないよ。嫌だったら大人しく一緒に待っ――」
「分かった分かった! 子供用でいい!」


 暑さに耐えられないのか阿隈が妥協し、そのまま立ち上がって駆けて行く。
 子供用のプールは水深一メートルもない。そのため入っても腿程度の深さしかないので阿隈はその場で足を折り、倒れるかのように勢い良く頭を突っ込んだ。文字通り頭を冷やすとすぐに水を飛ばしながら起き上がる。
 そんな風に一人で幸せそうに水の中に浸かる阿隈を飯屋はプールサイドから眺めながら小さく笑みを浮かべた。


「しかし今日はいつもにも増して気温が高い気がするなぁ……」


 手で影を作りながら飯屋は空を見上げる。
 青い空を少しだけ埋めるかのように白い雲が散っていた。太陽を直接見ないように気を使いながらしばらく眺め続けていると周りの音が徐々に遠のいていく。熱でやられたのだろうかと額に手を当てる。だがその掌も熱く結局良くは分からなかった。


―― ぴちょん。ぴた、……ぴた……。


 不意に背後から水が滴る音が聞こえた。


「ん?」


 誰か後ろに来たのだろうかと思い飯屋は振り返る。だが自分達が敷いているシートは金網ぎりぎりの場所だ。そんな場所に『後ろ』から水の音を鳴らして近寄るなど普通は金網を越えるくらいのことをしないと不可能だ。だがそんな音や振動は全くしていない。
 その事実に気付き飯屋はぎくりと身体を強張らせる。
 彼の目に入っているのはコンクリートと金網、そしてそこに食い込むようにして立つ薄い『誰か』の影――それが生者ではないことなど、一瞬で分かった。


―― ぴ、ちょん……ぴちょん。
 水音が響く。
 子供がプールサイドで鳴らすような軽快なものではなく、とても重々しい音を。
 影はやがて足先からゆっくりと姿を現す。両手を顔まで持ち上げまるで泣く様な格好でそれはそこに居た。年齢は幼く、五歳程度。全身水に濡れ、身体や髪から滴る水が継続的に地面に落ちて行く。だがその水は現実のものではなく、落ちてもプールサイドを濡らすことはなかった。


「……子供の幽霊か。その様子から言って溺死、かな?」


 飯屋はそう呟き、今まで捻っていた身体を今度はきちんと後方に向けた。端から見れば少し奇妙な光景かもしれない。誰も居ない空間に向かって話しかける人物など不審以外の何者でもないだろう。
 だが見えてしまっているものは仕方がない。
 目を細めながら飯屋は恐る恐る子供の方に手を伸ばす。子供は語りかけられたことに気付くと今まで目で覆っていた手を下ろし飯屋を見る。
 伸ばされた手が自分に向けられたものだと分かったのか子供もまた幼い手を前に伸ばした。


 大きな手と小さな手。
 彼らが触れ合おうとしたその瞬間。


「そんなもんに近付くんじゃねえよ、この馬鹿っ……!」


 力強く飯屋の手が後ろに引き下がり、接触は絶たれた。
 いつの間に戻ってきたのか、阿隈が飯屋の腕を掴み身体を下げさせたのだ。阿隈は不用意に幽霊に接触しようとした相手の頭を掌で叩くと正面に佇む子供の幽霊を睨んだ。その眼光は鋭く子供の霊は脅える。


「お前も消えろ。人の姿をしたものを滅したくない。……二度とこいつに近付くんじゃねえ」


 脅しているのか若干普段よりも低音で彼は言う。
 立った阿隈が作る影に覆われながら飯屋は視線を子供に戻し首を一回だけ左右に振った。


「ごめんね。今の僕じゃ助けてあげられないんだ」


 子供が再び両手をあげ目を覆う。
 悲しくて、辛くて、でももう近付くことも出来なくて。
 子供が足を翻し金網を通り抜けそのまま消えるのを二人で見つめていた。完全に消えた後飯屋はそっと阿隈の方に顔を傾ける。どんな表情をしているのか見てやろうと向いたその先に居たのは普段友人らに見せないような艱苦な表情を浮かべた阿隈だった。


 飯屋の視線に気付いた阿隈は息を吐き出し、そのまま左隣に腰を下ろす。
 右足を立てた状態でどこかを遠くを見る阿隈の顔を飯屋は横から覗く。だがすぐ正面を向き、そして両足を抱えた。


「『人の姿をしたものを』……か」
「……自分の立場分かってるなら、あんな風に変なもんに自分から寄ってんじゃねえよ」
「あ、そういえばさっき馬鹿って言われた」
「馬鹿だろ。大馬鹿者」
「酷いな。ちょっと子供に触れようとしただけなのに」
「その子供がそこら辺で遊びまわってる普通の子供なら俺も何も言わねぇんだけど。……ったく、同情すんな。あれはお前の力に惹かれてふらふら寄って来ただけの他愛もない霊。逝くべき場所がちゃんとあるんだから変な手助けしなくても平気だろ」
「分かってるよ。ちゃんと分かってるってば」
「ホントかよ」


 膝の上に頭を乗せるように阿隈の方に顔を向ける。
 何となく落ち着かなくて足の指先をばらばらに動かしてみるが、何かが変わるわけではない。飯屋は今一度空を見上げる。そこにあるのは子供と出会う前から変わらない晴れやかな青い空だけ。
 陽が燦々と降り注いでいても闇は消えやしない。それと同じでどれだけ明るく過ごしていても飯屋が今も命狙われていることに変わりはないのだ。
 飯屋は阿隈が立てている膝に手を伸ばし水に濡れた肌に触れる。
 冷やされた温度が心地良いと彼は素直に思った。


「ねえ、阿隈。――心配してくれた?」
「うっせぇ」


 口を尖らし言い捨てるように返答する阿隈。
 その言葉が否定形じゃないことが嬉しくて、飯屋はぷっと吹いて笑うことにした。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7588 / 阿隈・零一 (あくま・れいいち) / 男 / 17歳 / 高校生】
【7587 / 飯屋・由聖 (めしや・よしあき) / 男 / 17歳 / 高校生】


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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、お久しぶりですv
 今回はほぼお任せということでこのような形に仕上げてみましたが如何でしょう?前回の戦闘とは違い若干しんみりした感じではありますが、「滅しない」選択も有りかなと個人的に書かせて頂きました。
 また前回阿隈様⇒飯屋様描写が多かったので今回は飯屋様⇒阿隈様という感じで(笑)
 気に入っていただけることを祈ります。