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<東京怪談・PCゲームノベル>


偽の恋人募集中

【プロローグ】
 夏のある日。
 セレスティ・カーニンガムは、都内にあるマンションに妹尾静流を訪ねていた。セラピストである静流に、セラピーを受けるためである。といっても、何か悩み事があるとか、心の病にかかりかけているとかいうわけではない。
 事の起こりは二日ほど前だ。
 静流から電話があって、祖父の誕生日のパーティーに自分の恋人のふりをして一緒に行ってくれないかというのである。
「恋人のふり……とはまた……」
 さすがにセレスティも幾分面食らって問い返す。というのは、二人は同性同士だからだ。
 そんな彼に、静流は電話の向こうで仔細を説明した。いわく、このパーティーは以前から静流が恋人を持たず結婚する気配もないことに気を揉んでいた祖父が、彼に見合いをさせるためにたくらんだものなのだという。それを教えてくれた長兄は、たとえ偽者でもいいから恋人を連れてくれば、こうした騒ぎは止むだろうと言い、なんなら同性の恋人でもいいかもしれないと、入れ知恵してくれたのだそうだ。
「――なるほど、そういう訳ですか。それはそれで、面白そうですね」
 話を聞くうち、セレスティの心にも悪戯心が湧いて来た。
 そもそもセレスティは、男性とはいえ本性が人魚のせいか、中性的な外見をしている。整った顔立ちは、けして男臭いという方ではないし、強い光が苦手なため日に当たらないので肌の色も抜けるように白い。手入れの行き届いた銀髪は長く伸ばして背に流しているし、言葉つきも丁寧で物腰もやわらかだ。
 服装をフェミニンな感じにして、話し方や仕草など多少演技すれば、初対面の相手ならば男女の区別がつかない可能性は大きい。なので、最初から「同性の恋人」と強調しないでいれば、それはそれで穏やかに話が済んでしまうかもしれないのだ。
(そうですよね。世の中には、同性同士で恋愛するなんてあり得ないと主張する人たちもいますし……静流さんのおじいさんがそういう方だった場合は、きっとこのお兄さんの考えた策も裏目に出てしまうでしょうから……)
 もちろん、そんな策を持ち出す時点でそこまでの偏見はないとの理解があるのかもしれないが、それでもたしかに自分ならば最悪の場合、女性で押し通すこともできなくはないわけだ。
(となると、あんまりかっちりした恰好はしない方がいいでしょうか。それともいっそ、静流さんの好みのようにしていただくとか? どうやって知り合ったのかと問われたら、どう答えましょうか。……静流さんはたしかセラピストでしたから、一度疲れを癒していただいたことがあって、それ以来……とか?)
 そんなことをあれこれと考えているうちに彼は、ふと一度静流のセラピーを受けてみたくなった。
 それを告げると、静流は少しだけとまどったようだったが、やがて電話の向こうで言った。
『わかりました。じゃあ、二日後なら空いていますので、午後一時に私のマンションへ来ていただけますか? なんでしたら、そのセッションの後にでも、パーティーのことをお話ししますので』
「そうですね。じゃあ、二日後に」
 うなずいて、セレスティは電話を切ったものだ。
 そして今、彼は静流のマンションにいる。
 通された一室は、セラピー用の部屋なのか落ち着いた雰囲気に整えられていた。室内には何も水源らしいものはないのに、川の流れか噴水を思わせるような低い音が流れている。どうやら、CDか何からしい。時おりふわりと香るのは、カモミールだろうか。
 セラピーといっても特別なことをするわけではなく、セレスティは用意された椅子に腰を下ろし、その少し斜め前に置かれた椅子に座した静流と、ただ三十分程度話しただけだ。内容もたわいのないことだったはず――なのだが、気づくと先日から気にかかっていた友人の言葉について、口にしていた。静流はそれについて、何か意見を言うわけではなく、むしろセレスティ自身がそれについてどう思っているか、なぜ気になっていたのかを探る方向へと水を向ける。
 おかげで、セラピーが終わった時には、セレスティはどこかすっきりした気分になっていた。
「セラピーというのも、面白いものですね。私はもっと、質問したり普通の医師のように、ああしなさいこうしなさいといろいろ言われるものかと思っていましたが」
 終わった後、セレスティは言う。
「私たちは、水先案内人のようなものですから。何かに悩んで、人に相談したいと思っている人は、自分の心の中に答えも持っているものなんです。私たちの仕事は、クライアントがその心にある答えにたどりつけるよう、案内することなんです」
 静流は小さく笑って返した。
「……なるほど」
 セレスティは、少し感心してうなずく。そうして、話題を静流の祖父の誕生パーティーへと変えた。
「ところで、肝心のパーティーですけれども、私はどんな恰好で行けばいいでしょう? 外見とかキャラクターとか、静流さんのお好みがあれば、それに合わせてもいいですけれども」
「特に好みなどは……。セレスティさんはセレスティさんのままでいいです」
 静流は、少しだけ困ったように言う。
「いろいろ作ってしまうと、かえって祖父の質問に答えられなかったりして、困る場面もあるかもしれませんし」
「ああ、それはそうですね」
 うなずきつつもセレスティは、それならば男女の区別のつきにくいはかなげな感じで行こうと心に決めるのだった。

【1】
 そして、誕生パーティー当日。
 会場は、有名ホテルの最上階にある大広間だということで、二人はパーティー開始の三十分前にホテルのロビーで待ち合わせることにした。
 今夜のセレスティの装いは、普段はあまり着ないゆったりした淡い水色のオーバーブラウスに、濃紺のスラックスといったものだった。ブラウスの衿は花びらのようにゆったり大きく広がっている。更に男性の特徴である喉仏を隠すため、彼は共布のストールを首に巻いていた。まるで一昔前のアイドル歌手のようだが、セレスティの上品で清楚なたたずまいのせいで、不思議とさまになっていた。
「……なんだかいつもと雰囲気が違うんで、見違えました」
 顔を合わせた静流は、小さく目をまたたいてそんなことを言う。
 彼の方は、涼しげなベージュのスーツに身を包んでいた。
 そのまま二人はそこから、最上階にあるパーティー会場へと向かう。
 そこは、夜景が一望できるすばらしい一室で、天井には豪華なシャンデリアがきらめき、床には客の足音を吸い取ってしまうほど毛足の長いじゅうたんが敷かれていた。もちろん、室内にはほどよくエアコンが効いていて、そこそこ人は集まっているが、熱気で汗をかくということもない。むしろ、外の暑さが嘘のようだ。
 パーティーは立食形式で、部屋の一画にはさまざまな料理を並べたテーブルがいくつも置かれ、また給仕たちが飲み物を入れた籠や盆を手にして、会場内を歩き回っている。
 その奥に、今夜の主賓である静流の祖父・妹尾大(せのお まさる)のために設けられた一画があった。セレスティは、静流と共にそちらへ向かう。
「誕生日、おめでとうございます」
 最初に静流が言って、用意して来たプレゼントを渡した。
「おお、静流か。おまえの顔を見るのは久しぶりだな」
 それを受け取り破顔したのは、七十代ぐらいに見える老人だった。きっちりと整えられた髪も鼻の下の髭も白いが、背筋は真っ直ぐに伸びて、見るからにかくしゃくとしている。濃紺のスーツに身を包んでいるが、警官とか自衛官の制服の方が似合いそうな雰囲気だ。
「こんな席に呼ばねば顔も見れないとは、じじ不幸な孫だな」
 冗談半分ぼやき半分といった口調で続けられて、静流は苦笑する。
「すみません。仕事が忙しくて、つい……」
「ふん。どうだかの」
 大は小さく肩をすくめたが、それ以上その話題を続けようとはせず、静流の傍で車椅子に収まっているセレスティを見やった。
「ところで、そちらは誰かな?」
「あ……。はい、私のその……今、おつきあいしている人で、セレスティさんです」
 静流が少しだけぎこちない口調で告げる。
「ほう?」
 途端に大は、興味津々という顔でセレスティを見やった。
 それへセレスティは、ひかえめな笑みを浮かべて、会釈する。
「はじめまして。セレスティ・カーニンガムと申します」
 そして、用意して来たプレゼントを差し出した。
「おお、これはこれは。気を遣わせてすまんな」
 笑い返してそれを受け取り、大は満足げにうなずいた。
「それにしても、こんな美しいお嬢さんと静流がおつきあいしていたとはのう」
 言って彼は、静流をふり返る。
「静流、こんな人がいるなら、なぜもっと早くわしに紹介してくれなかったのだ?」
「え……それは……」
 静流は軽く目をしばたたき、返答に困っている。
 大の傍には、静流の両親らも共にいたが、こちらもセレスティを女性だと思い込んでしまっているようだ。静流が答えに困っているのは、そのせいだろう。
 だが、セレスティもあえてその勘違いを正そうとはしなかった。大にとって、静流の相手はごく一般的に誰もが考えるように異性の方がいいのか、それとも同性でも問題ないのか、そこのところが気になったからだ。最初にこの話を聞いた時にも思ったように、もしも「そんなことはあり得ない」と考える人物だったり、同性愛者に強い嫌悪感を持っていたりするなら、むやみに自分が男だと明かしても、険悪な雰囲気になりかねないとも思う。
「それは、セレスティさんが――」
 一方、静流は意を決したように、そう口を開きかける。きっと、「セレスティは自分と同性だ」と告げるつもりだったのだろう。
 しかし彼は、それを最後まで口にできなかった。
 部屋の隅に控えた生バンドによる演奏が、ダンスのためのものに変わり、静流と旧知らしい女性が彼を見つけて駆け寄って来るなり、半ば強引にフロアに連れ出してしまったのだ。
 セレスティも大も、ただ呆れてそれを見送るしかない。
 もっとも、立ち直るのは大の方が早かった。彼は闊達に声を上げて笑うと、セレスティに今の女性が静流の次兄の妻――つまり、兄嫁なのだと教える。
「女ばかりの兄弟の中で育ったせいで、あれは静流を実の弟のように可愛がっていてな。それで、昔からあんなふうなのだよ」
「はあ……」
 付け加えられた言葉に、セレスティは曖昧にうなずいた。どちらにせよ、車椅子の彼はダンスに加わることはできない。静流が戻るまで、他に知り合いもいないことだし、ここで大の話し相手をしている以外ないだろう。
 そんな彼に、大はふいに言った。
「それにしても――あなたのような人が、静流の恋人だなどとは、どういう酔狂ですかな? リンスター財閥総帥セレスティ・カーニンガム殿」
 自分の、最も一般的な肩書きで呼ばれて、セレスティは思わず小さく息を飲み、そちらをふり返った。
「……私のことを、ご存知でしたか」
「わしはこれでも、あちこちの企業の顧問を頼まれる身でしてな。リンスター財閥傘下の企業の重役の方々とお会いしたこともあれば、社屋に足を運んだこともある。その際に、写真や肖像画を目にし、名前を耳にしたこともありますでな」
 大は穏やかな声で言って、続けた。
「おおかた、静流に頼まれてのこととは思いますが――それとも、よもや本気であれとそうしたつきあいをしていると?」
 言葉つきは穏やかだったが、その目には返答をはぐらかすことを許さない、鋭い光が宿っていた。
 それを感じてセレスティは、少し迷った後、かぶりをふる。
「いえ……。静流さんとは、ただの友人です。お察しのとおり、彼に恋人役をと頼まれて、一緒に来ました。おじいさんと顔を合わせると、結婚をとせっつかれるので、それを回避するためにと」
 言って、ぶしつけかとも思ったが、続けて訊いた。
「その……どうしてそんなに結婚を急がせるのですか? おかしな話ですが、たとえば私が本当に彼の恋人で、彼は同性しか愛せない、あるいは今は同性の方がいいと思っているのであれば、どうされますか?」
「静流が本気で愛し、共にありたいと思っている相手であれば……その時には許すしかあるまいな。わしとしては、できれば普通に女性と結婚して、孫の顔を見せてもらいたいがの」
 大は怒りもせず、少し考えた後、答えた。その顔には、穏やかだがどこか寂しげな笑みが浮かんでいた。
 セレスティは、声音からそれを感じて、彼の言葉に嘘はないと考える。
「それならなぜ……」
「静流が、人ではないものに心奪われているからじゃよ」
 思わず問うたセレスティに、大は固い声で応じた。
「たとえ相手が同性であろうと、普通の生きた人間と共に人生を歩みたいと望んでおるなら、何も言わん。たとえ孫の顔を見せてくれることはできなくとも、二人は共に年を取り、この世界で地に足をつけて生きて行くだろう。……だが、人でないものは始末に悪い。年も取らず、何も変わらず、ただいたずらに幻のように美しい世界だけを見せる。そんなものと共にいたいと望んで、どうなるというのだ?」
 言い募る大の口調は、やはり静かだったが、そこには深い怒りと悲しみが込められており、セレスティにはそれが痛いほど強く伝わって来た。同時に彼は、大がいったい誰のことを言っているのかに気づく。
 たしかに、それがセレスティが思い浮かべた人物と同じならば、その人は老いることも変わることもなく、幻のように美しい世界に在り続けるだけの存在だ。
 ただ、セレスティの知るその人と静流との関係は、老人の思っているのとは少し違うように思う。
 静流は、その人とその世界に魅せられてはいるかもしれないが、心を奪われているようには、セレスティには見えなかった。
(そうですね。もっと静かで穏やかな関係のように見えましたが……)
 胸に呟き、セレスティはなんとかそれを目の前の怒りと悲しみに捕らわれている老人に、教えてやりたいと思う。だが、どんなふうに話せばいいのか、うまく言葉がみつからない。それほどに、大から伝わって来る怒りと悲しみは強く、大きかった。

【2】
 しばらく後。セレスティは会場になっている広間のバルコニーに近い一画で、一息ついていた。
 静流は兄嫁に引っ張りまわされているのか、それとも大が意図したとおり、彼の友人・知人の娘や孫娘らと引き合わせられているのか、なかなかセレスティが大と共にいた一画には戻って来ず、さすがに大と話しているのが気詰まりになって、適当に理由を作ってここに逃れて来たのである。
(それにしても……静流さんのおじいさんが彼に結婚をせっつくのに、あんな理由があったとは思いませんでしたね……)
 大から聞かされた思いがけない言葉を胸に反芻し、セレスティは呟く。
 その時だった。
「こんばんわ。良い夜ですね」
 ふいに声がかけられ、目の前にカクテルのグラスがさしつけられる。
「あの……?」
 思わず怪訝な声になったのは、グラスを手にしている青年がまったく知らない相手だったからだ。黒い短い髪と黒い目をした長身の青年は、二十代後半といったところだろうか。薄いブルーグレーのスーツに身を包んでいる。その面差しには、わずかに静流を思わせる部分があって、セレスティはふと、彼の血縁の誰かだろうかと考える。
 その彼に、相手は差し出したグラスを取るよう促した。しかたなく彼が礼を言ってそれを手にすると、青年はちょうどそこにあったベンチに腰を下ろす。そうすると、車椅子のセレスティと目の高さがほとんど一緒になった。それをいいことに青年は、彼の顔を覗き込むようにして話しかけて来る。
「あなた、静流の恋人ですよね? ええっと……セレスティさんでしたっけ」
「ええ」
 静流を呼び捨てにするところをみると、やはり彼の勘は当たっていたらしい。セレスティは幾分、警戒気味にうなずいた。
「静流とつきあうのをやめて、俺とつきあいませんか?」
「は?」
 あまりに唐突な言葉に、さすがのセレスティも頓狂な声を上げてしまう。
「ですから、俺の恋人になってくれないかと言っているんです」
 重ねて言う相手に、セレスティは小さく目をしばたたき、手にしていたグラスの中身を気持ちをおちつけるために一口飲んだ。そして、ようやく返す。
「あの……私はキミとはここで会うのが初めてで、名前も知らないのですが?」
「ああ……。それは失礼。俺は、川原玲次。白王総合病院で薬剤師をやっています」
 ひるむことなく名乗ると、青年はやわらかく微笑んだ。
「あなたを一目見て、好きになってしまったんです。それに、静流よりも俺の方が絶対いい男です。かならずあなたを幸せにします。だから、俺とつきあってくれませんか」
 いかにも真剣な口調だが、とても本気とは思えずセレスティは笑い出してしまった。
「笑わないで下さい。俺は真剣なんです。本当に、本当に幸せにします。だから、俺とつきあって下さい」
 だが、懲りずに玲次は彼を口説き続ける。
 最初は笑っていたセレスティも、彼の奇妙な真剣さに根負けし、かといって承知するわけにもいかないので、告げた。
「キミの気持ちはうれしいですが、それに応えることはできません。……みなさん、誤解していらっしゃるようですが、私は男ですので」
 少しは驚くかと思ったが、玲次は平然と笑っている。
「そんなこと、とっくに承知していますよ。俺はこれでも、人を見る目はありますから。ましてや、好きになった相手の性別ぐらい、ちゃんと見分けられます」
 これには、セレスティの方が驚いてしまった。
 そこへ、なんとなく疲れた様子で静流が姿を現す。
「すみません、セレスティさん。なんだか、放りっぱなしになってしまって……」
 言いかけて、玲次に気づいたのか目を見張る。
「玲次……。何してるんですか、こんなところで」
「何って、セレスティさんを口説いているのさ。おまえとつきあうのなんかやめて、俺とつきあって下さいってね」
 平然と返す玲次に、静流は嫌な顔になった。
「また、私への嫌がらせですか? なんだって、そんなことばかりするんですか」
「嫌がらせってなんだよ。俺はただ、一目惚れした相手を口説いてただけだ」
 言われて玲次は、軽く肩をそびやかして返す。
「それが本当なら、何をするも勝手ですが、そうではないでしょう?」
「なんだよ、それ。俺がこの人に一目惚れしたのが、嘘だって言うつもりかよ」
 どこか諭す口調で告げる静流に、玲次は軽く顔をしかめた。だが、すぐに小さく肩をすくめると、踵を返す。
「ったく……。わかっちゃいないんだから……。ま、いいや。こんな堅物とは話すだけ無駄だ」
 半ば呟くように言って、彼はセレスティに小さく手をふった。
「セレスティさん、またね。俺は本気だから、俺の言ったことも考えておいてよね」
 そのまま彼は、静流にそっぽを向くようにして、そこを立ち去って行く。
 それを見送り、静流が小さく溜息をついた。そして、セレスティに謝る。
「不快な思いをさせてしまって、すみません」
「いえ……。ちょっと驚きましたけど、不快というほどでは……。彼も親戚の方ですよね?」
 かぶりをふって返すと、セレスティは確認のつもりで尋ねた。
「はい。私の、父方の従兄弟です」
 言って静流は続ける。
「同い年で、幼馴染でもあるのですが……昔から何かと私に張り合いたがって、時にはそれで周りに迷惑をかけることもあるので、困っているんです。今回も、一目惚れなんて嘘だと思います。なので、できれば彼の言ったことは忘れていただければ、うれしいです」
「それはかまいませんが……」
 うなずいてセレスティは、小さく首をかしげる。彼の話を聞いていると、玲次の行動はまるで静流の気を引きたくてしているかのようだ。
 セレスティがそれを告げると、静流は更に嫌な顔になった。だが、ややあって溜息をついて言う。
「たぶん、セレスティさんの言うとおりだと思います。……本当を言うと、私がこういう親族の集まりにあまり顔を出したくないのは、彼のせいもあるんです。私には、あんなふうにされてもどうしていいのかよくわからなくて」
「ならばいっそ、本当に恋人を作るとか結婚するとかして、その相手を紹介すればどうですか? まさか、正式に妻になった相手にまで、さっきのようなことはしないでしょうし」
 セレスティは少し考え、言った。
「それは……」
 静流は少し困った顔になったが、ややあって返す。
「私には今、一緒にいて心地よくて、しかも大切な人がいます。だから、誰かとつきあうとか結婚とか、そんな気になれないんです」
 その言葉にセレスティはそれが自分も知っている人物で、まさに大が心配していた人でもあるのだろうと察する。だがやはり彼には、その人と静流の関係が、それほど心配するようなものとは思えない。
(それとも私がそう思うのは、自分もまた長い時を生きる人魚で――本当の意味での人間ではないからでしょうか)
 ふと胸に呟いて、彼は口を開いた。
「そうなのですか。……さっき、あちらで話した時、おじいさんも静流さんにはそういう相手がいるのではないかと、心配そうにしていましたよ」
「心配……」
 言われて静流は、小さく目を見張る。そうして、少しだけ途方にくれた顔をして、祖父たちのいる一画をふり返った。それを見やりながら、セレスティは内心に小さく溜息をつく。その人のことを話し、実際にあの場所につれて行けば、大の誤解は解けるのにと、彼としては思わずにはいられなかった。だが、それを今口にすることはなんとなくはばかられ、彼はただ黙って静流を見やっていた。

【エピローグ】
 パーティーが始まって二時間後。
 あの後は、隣のフロアに用意されたビリヤードやカードを楽しんだり、料理や飲み物に舌鼓を打ったりしてパーティーを楽しんだセレスティだったが、そろそろ辞去しようと静流と二人、会場を出てホテルのロビーへと下りて来ていた。
 大には恋人ではないことがバレてしまったセレスティだが、静流の両親や兄たち、その他の親族は気づいていないのか、彼はパーティーの出席者たちからは皆、好意的な応対をされた。もっとも、男女どちらなのかは誰もなかなか区別がつけられないのか、大の言葉をそのまま受け取り女性だと思っている者もいれば、「もしかして男性?」と半信半疑の目を向けて来る者もいたけれども。
 それについてはセレスティも、せいぜいはかなげにふるまって、更に相手の困惑を深めて一人楽しむという人の悪いことをしていた。
 そんなわけで、ロビーに下りて来た時の彼はわずかに頬を上気させ、充分にパーティーを堪能したことがわかる風情だった。
「今日は、つきあって下さって、ありがとうございました」
 礼を言う静流に、彼は小さくかぶりをふる。
「いえ。私の方こそ、楽しかったです」
 返してから、セレスティは会場では言えなかったことを、思い切って告げた。
「……ところで、一度キミの大切な人のことを、おじいさんに話してみてはいかがですか? 可能ならば、その人に会わせてみてもいいと思うのですけれど」
「はあ……」
 歯切れ悪くうなずく静流に、セレスティは思わず付け加える。
「それとも、これはよけいなおせっかいでしょうか」
「あ……いえ。そういうわけでは。ただ、どう言って話していいのか、よくわからなくて」
 慌ててかぶりをふると静流は言って、苦笑した。
「その人のことに限らず、昔から祖父にこういう話をするのは、苦手なんです。頭ごなしに反対するような人ではないと、わかってはいるんですけれど……」
 そして、一つ吐息をつくと、改めてセレスティを見やる。
「でも、そうですよね。いずれちゃんと祖父にも両親にも、あの人のことは話さないといけなかったんだ。……セレスティさん、ありがとうございます」
「いいえ。……それじゃ、今夜はこれで」
 小さくかぶりをふって微笑むと、セレスティはそのまま車椅子の方向を変えようとする。
「あ……。お宅までお送りします」
「いえ、大丈夫です。下りて来る時に自宅に連絡しましたから、そろそろ迎えが来るころですから」
 慌てて言う静流に返して、セレスティは車椅子を回した。人で賑わうロビーを抜けて、外に出る。たちまち、ムッとするほどの熱気が押し寄せて来たが、それに辟易している間もなく、タイミングよく迎えの車がホテルの玄関前にすべり込んで来て止まった。
 運転手の介添えで車の後部座席に納まり、彼は小さく吐息をつく。ほんの悪戯心で承知した偽の恋人役だったが、普段は見られない静流の内面に触れられて、興味深かったと思う。
(それに、パーティーそのものも悪くなかったですしね)
 彼が胸に満足の呟きを漏らした時、車はゆっくりとすべるように動き出した――。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1883 /セレスティ・カーニンガム /男性 /725歳 /財閥総帥・占い師・水霊使い】

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■         ライター通信          ■
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●セレスティ・カーニンガム様
いつも参加いただき、ありがとうございます。
考えてみれば、時空図書館でご一緒することはあっても、
セレスティ様と静流がこんなふうに二人だけで話すことは
あんまりなかったかもしれないなあと思いつつ、
楽しく書かせていただきました。
その結果はこのとおりですが、いかがだったでしょうか。
セレスティ様にも、楽しんでいただければ、幸いです。

それでは、またの機会がありましたら、よろしくお願いいたします。