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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


涼しい1日を

「暑いな……」
 自分の家の庭のあずまやで、葛織紫鶴[くずおり・しづる]はぐてっとしていた。
「何だってこんなに暑いのだ……竜矢[りゅうし]……」
 問われて、世話役の青年如月[きさらぎ]竜矢は苦笑する。
「まあ、地球温暖化については今家庭教師で散々教え込まれているでしょう」
「それはそうなのだが」
 納得できん、と紫鶴は憤然とする。
 なんとかして、涼しくなる方法はないものか。
「お友達でも呼びますか?」
 竜矢は提案した。「お友達と一緒に、冷たい食べ物でも食べれば元気が出るのでは」
 紫鶴はばっと体を起こした。
「呼ぶ!」
 かくして。
 紫鶴邸で、「涼しい1日を過ごす」ために、人々が呼ばれる――

 ■■■ ■■■

 紫鶴邸の門戸で客を出迎えた竜矢に、
「お前は本当に紫鶴に甘いな」
 と黒冥月[ヘイ・ミンユェ]は言った。
 竜矢は苦笑する。冥月は「まあいい」とにやりと笑い、
「今日は紫鶴の"可愛い姿"を見せてやろう」
「……何を企んでいるんですか」
「企むとは人聞きの悪い」
 そして冥月はすたすたと紫鶴邸のあずまやまで歩いていく……

 その日は千客万来。
「こんにちはー」
「ニイハオ」
 なじみのサーカス団員、柴樹紗枝[しばき・さえ]と桃蓮花[トウ・レンファ]は今日は蓮花の相棒、曲芸ジャイアントパンダを連れてのご登場だ。
「バゥ(訳:よろしく)」
「うわあ、これはパンダか!? パンダなのか!?」
 紫鶴が大喜びで抱きついた。
「そうよ、私の相棒の飛東[フェイトン]言うね。よろしくね」
 そこに到着した冥月、ジャイアントパンダに抱きつきふかふかしている紫鶴の頭をなでなでし、
「久しぶりだな。元気にしていたか」
「冥月殿だー」
 紫鶴は今度は飛東から冥月に飛びついた。まるきり子供である。
 それをくすくすと見るのは天薙撫子[あまなぎ・なでしこ]だった。
「紫鶴様、あまりくっつかれるとお暑いのではありませんか?」
 清楚な着物に日傘を差した、涼しげな和装の撫子に優しく言われ、紫鶴ははっとしたように、
「そ、そうだった! 冥月殿、すまない!」
 と即座に冥月から離れた。
 そして……自分も暑さを思い出したかのように、ふらふらふらふら……ぐてー。
「暑い……」
 あずまやのテーブルに突っ伏した紫鶴を、内心「仕方のないことね」と呆れ半分、愛おしさ半分で見つめているのは、黒榊魅月姫[くろさかき・みづき]。
 そして最後に、
「私も参加させて頂くことになりました」
 と、静修院樟葉[せいしゅういん・くずは]がその場にいる全員に挨拶をする。
「今日いらっしゃるご予定の方はこれで全員ですか」
 竜矢が太陽の位置を確認する。時は昼下がり、太陽が少しだけ傾いた――一番暑い時間。

 ありがたい客というのは多いもので。
 まず撫子が、
「冷房が効いた場所はお体に悪いですもの。日陰で風通しのよい場所をおすすめしますわ、紫鶴様」
「日陰で風通しがいい……」
 考えこむ紫鶴に、「ではあちらでしょう」と竜矢が別のあずまやを指差す。メンバーは全員でそちらへ移った。
「はーい、早速マジックショー!」
 あずまやにたどりつくなり、キャミソールにショートデニムパンツというとても涼しげな格好でやってきた紗枝が、懐から風呂敷を取り出した。
 巨大な風呂敷だ。それを広げてしばらく置くと、むくむくと風呂敷が膨れ上がり、やがて紗枝がぱっと風呂敷をどけると2頭の巨大な象が現れた。
 象は元気にパオーンと鳴き、鼻を使って打ち水を始める。いったいどういう構造になっているのか、誰にも分からない。
「まあ、打ち水はわたくしもさせて頂こうと思っていたのですけれど……」
 撫子が微笑んだ。「これでは必要ありませんわね」
「豪快な『涼しさの演出』だこと」
 魅月姫が紫鶴の隣に座りながら言った。
 象が打ち水をしている間、ピンクのチャイナミニ姿だった蓮花と飛東は、竜矢に言って厨房を借りに屋敷へ入っていった。
 冥月は魅月姫と反対側の紫鶴の隣に座る。
「手製で恐縮ですけれど、水饅頭などいかがですか?」
 撫子が持っていた風呂敷包みを開く。中からは丁寧にくるんだ水饅頭と、お茶葉。
「冷たいお茶にいい茶葉を持ってきましたわ」
「ありがとうございます天薙さん」
 竜矢が受け取ろうとすると、撫子はころころと笑って、
「わたくしが淹れますから。申し訳ございませんが、茶器だけ貸して頂けますか?」
「それはありがたい」
 竜矢は邸内に戻っていく。
「私も手土産を持ってきたわ、紫鶴」
 魅月姫が手にしていた袋をテーブルの上に置いた。
 彼女は黒基調の西洋アンティーク風の服装をしていて、見ている方は暑苦しいことこの上なかったが、本人はいたって平気そうだ。
 なんだろうなんだろう、とはしゃぐ紫鶴の隣で袋の中身を出す。
 冷たい果物の詰め合わせだった。
「マンゴーとパパイヤと桃よ」
「おいしそうだ!」
「いいお手土産ですね」
 樟葉がにこにこと笑った。
 冥月は、
「ほら、ナイフ」
 影から果物ナイフを取り出した。
 あら、と撫子が目をぱちぱちさせ、
「ひょっとして茶器を竜矢様に貸して頂かなくてもよかったのかしら……」
「いいんだ。あいつは働かせておけ」
 冥月は涼しい顔。
 そして彼女はさらに小皿を人数分出し、魅月姫の出したフルーツをさくさくと手早く切り分け、小皿に分けた。
「みんなで頂こう!」
 紫鶴はとても嬉しそうに頬を紅潮させている。それは周りの人間をほんのり優しい気持ちにさせる笑顔。
「蓮花と飛東の分は置いといてー。先に私も食べちゃおう!」
 紗枝も自分の席に座る。
 楽しい果物による会食。
 しかし紫鶴は気づいていなかった。
 茶器を手に、走って戻ってきた竜矢が、
「おや、いつの間に……」
「……あ」
 竜矢の分がない。紫鶴が青くなる。
 魅月姫がちらりと冥月に、「意図的にやったわね」と言いたげな視線を送る。冥月は素知らぬ顔で、
「すまないな、お前のことをすっかり忘れていた」
「はあ……」
 苦笑う竜矢に、慌てたように撫子がテーブルの上を整理する。
「水饅頭は、竜矢様の分まであると思いますので……」
 何人参加者がいるのかを知らなかったので、足らない可能性もあったのだが、そこはぎりぎりセーフだった。
 ついでに、
「今さらですが私も水羊羹を持っておりますので」
 樟葉がちゃっと包みを差し出した。
 撫子が冷茶を人数分淹れていく。
 あずまやの近くでは、2頭の象が謎の打ち水をしている。
 フルーツは甘く爽やかで。
 水饅頭はひんやりぷるるん、甘さ控えめ。
 水羊羹は解けるような舌ざわりだ。
「おいしい! ミズマンジュウとはこういうものなのだな!」
 行儀悪く足をばたばたさせる紫鶴の向かい側では、
「いいお茶ですね」
 樟葉がのんびり冷茶を手にくつろいでいる。和装の彼女には和菓子がよく似合う。
「蓮花殿と……パンダさんは、何をしていらっしゃるのだろうか?」
 紫鶴がはむはむ桃を食べながら紗枝に尋ねると、
「多分中華料理作ってるんじゃないかなあ」
 紗枝はマンゴーをつつきながら答えた。「蓮花、中華料理得意だから」
「中華! 冥月殿の故郷の味か?」
「さて。中国は広いからな」
 冥月は笑って紫鶴の頭を撫でた。
 やがて、邸内から飛東が先に戻ってきた。手に銀のトレイを持っている。上に載っているのは――点心だ。
 杏仁豆腐に……
「芒果布丁(マンゴープリン)、蛋撻(エッグタルト)、か」
 冥月が器用にそれらを運んできた飛東から、皿を受け取る。
 それを見た紗枝が立ち上がり、
「さーて、マジックショーの続きをしましょうかー」
 その薄い服の懐から――何かを圧縮したような丸いものを取り出す。
「はーい、飛東、任せた!」
 パンダは黙して話さず? ただその物体を受け止めて口をつける。
 ぷっ
 息を吹き込むと、ぼんっと圧縮されていた物体が弾けるように膨れ上がった。
 それは直径10m以上にもなる――
 超巨大ビニールプール――
 2頭の象が鼻から水を噴き出し、プールを満たす。
「おやおや、即席プールですね」
 樟葉がのんびりと眺めている。呆れ半分なのは魅月姫だ。撫子は驚いてきょとんとしている。
「ちょうどいい」
 冥月がにやりと笑った。呆気にとられている紫鶴の方を向き、
「太陽の下で泳ぐのも気持ちいいぞ」
「泳ぐ? 泳ぐ……」
「泳がなくてもいいよー。ビーチボールあるからー」
 紗枝がどこからかビーチボールの圧縮版を取り出し、また飛東が膨らませて形にする。
「私ちょっとお屋敷借りて、着替えてくるね」
 紗枝は行ってしまった。
 冥月は影の中からピンク色のフリルつき水着を取り出し、
「これを着るといい」
 紫鶴に差し出した。
「え? え? え?」
 目を白黒させる紫鶴に、「私にお任せください」と樟葉が立ち上がる。
 そして、
「行きますっ!」
 しゅばっ
 その時間、わずか0.1秒。
 紫鶴はピンク色の水着姿へと変わっていた。しかもなぜかサイズはぴったりだ。
 樟葉の特技のひとつ、早着せ替えの術。樟葉は紫鶴が元着ていたドレスを丁寧に折りたたんで手に持っている。
 紫鶴が、着たこともない服装にわたわたしていると、冥月は己の影に沈んで、そして数分後戻ってきた。
 着替えている。黒のきわどいハイレグのホルターネック型ワンピース。豊満な胸が強調されている。
 魅月姫が完全に呆れ、撫子はぽっと頬を染めて、樟葉はやっぱりのんきに見ている。
 竜矢が、
「冥月さん……」
 片手で顔を覆った。
 冥月はにやにやして、紫鶴に「竜矢が見ているぞ」と耳打ち。
 そのときになってようやく、紫鶴に「恥ずかしい」という気持ちが生まれたらしい。
 そう、この格好は恥ずかしい。
「み、見るなー! 竜矢!」
 叫んでばたばた暴れる紫鶴を、冥月はビニールプールに引き入れた。本当は冥月自身がプールを作るつもりだったが、他の人間が作ってくれるならそれはそれでいい。
 冷たい水の中に突然入れられ、紫鶴は「わっ!」と飛び上がった。
「ああ、いかんな。準備体操が必要だったか」
 水の中でもいいだろう。幸いこのプールは冥月の腰までしかないほど浅い。紫鶴も年齢の割りに背が高いので、水の中でも準備体操が出来た。
 飛東が遅れて水の中にじゃぶんと入り込んでくる。そしてビーチボールを投げてきた。
 受け止める冥月。紫鶴にボールを渡し、
「ほら、紫鶴。あのパンダとこのボールで遊べ。……そこで見ているお前たちは、どうする? 水着なら貸すぞ」
 冥月はプールの中から、あずまやで見ている3人娘を見る。
「お断りするわ」
「あの、ご遠慮させて頂きますね……」
「私は、着せ替えを見る方が好きですので」
 3人娘はそれぞれの返答をした。そうか、と冥月はあっさりと引き下がった。
 紫鶴はおそるおそる飛東とビーチボール遊びを始めたが、すぐに慣れてはしゃぎ始めた。
 その頃には、
「お待たせー! って、わ、紫鶴! 着替えちゃってたの!」
 紗枝が白のビキニという、これまたきわどい水着で紫鶴邸から戻ってきた。
 飛東と冥月と紫鶴がビーチボール遊びに興じているのを見て、
「私も混−ぜてっ」
 プールに飛び込んでくる。
「呆れた……」
 魅月姫はふうとため息をついた。
 そろそろ慣れてきた撫子は、
「たしかに、涼しく過ごすには一番ですわ」
 と微苦笑気味に微笑む。
「それに紫鶴さん、泳いだことがないようですしね」
 樟葉はまったく動じずに、プールで遊ぶ面々を見ている。
「まあ敷地内から出たことがありませんからね」
 竜矢が目をそらしながら言った。「お風呂は広いんですが……お風呂で泳げなどという教育はしておりません」
「していたらそれはそれで面白いですね」
 樟葉はのほほんと笑いながら言った。
 やがて紫鶴が泳げないという話から、ビーチボール遊びはひとまず置いて、プールの中の紗枝と冥月は紫鶴の泳ぎ特訓に入った。
 その頃になってようやく、紫鶴邸でまだ料理をしていた蓮花が銀のトレイを手に戻ってきた。
「炸醤麺(ジャージャン麺)、出来たよ」
 何気なく蓮花の方を見た撫子がびくっと着物の袖で口元を覆う。
 蓮花はピンクのビキニ姿の上に、フリルつきエプロンをして現れたのだ。
 魅月姫は呆れ果ててもう声も出ない。特に何とも気にしていない蓮花は、
「この時期に食べるとおいしいよ」
 とにっこり笑いながらジャージャン麺をあずまやのテーブルに置いた。
「冷たい麺だから、先に遊んでくるね」
 エプロンを脱ぎ捨て、ビキニ姿になるとプールに飛び込む。
 樟葉が難しい顔で考え込んでいた。
「ビキニの上にエプロン……メイド服ではありませんが……これはこれでメイドの定番……むう」
「そんなことは考えなくていいです静修院さん……」
 竜矢が嘆くような声で言った。
 かくして。1日の一番暑い時間帯は、一部の人間を除いてとても涼しく過ごすことが出来たのだった。

 ひとしきりプールで泳いだ後、プールからあがってきた彼女たちは水着のまま、ジャージャン麺を食べるためあずまやの席に座った。
 冷たい麺に味付けはピリ辛。泳ぎ疲れた紫鶴は食欲旺盛で、次々おかわりして大盛りだったジャージャン麺をあっという間にたいらげた。
「まだ、夕涼みには早い時間ですわね」
 撫子が太陽を見上げる。細い手は考えるように頬に当てられていた。
「なら私が何か話をしてあげましょうか、紫鶴」
 魅月姫が、おなかいっぱい満足そうな姫に顔を向ける。紫鶴は目を輝かせて、「うん!」とうなずいた。
 涼しくなる話の定番と言えば百物語だが、紫鶴邸でそんな話をすると厄介なものを呼び寄せそうなので、夏に関する話や寒さに関する話――魅月姫の豊富な知識を紫鶴に渡すような話を披露する。
「グリーンランドという土地を知っている? グリーンなんて名がついているけれど、実際には寒くて緑などほとんどない土地なのよ。その昔、この土地の元の所有国がこの土地を売り払う際に、いい印象をつけるためにわざわざグリーンと名づけたの」
「白夜を知っているかしら? 1日中、太陽が沈まないことよ。それがある国々では大体夏が極端に短いの。そうね、フィンランドなんかでは夏はサウナが流行るわ。暑い時期にますます自分を暑くする。健康にいいとか、魔よけの効果があると思われている。ちなみにサウナは決まって湖の傍にあって、サウナから出たらすぐ湖に飛び込むのね」
「トナカイも食べられるのよ。ふふ、夢が壊れる? 短い夏の間に数を数えておき、冬にとらえて保存食にするのね」
「南国では夏はほとんどの水源が干上がってしまうから、動物たちが大移動を始めることが多いわ。命をかけた何千頭、何万頭の大移動。オアシスを望んで……」
 ――夕方の涼しい風が吹く頃、
「そろそろ、お話を切り上げましょうかしらね」
 魅月姫は物語りをやめた。
「え……もっと聞きた――はっくしょん!」
 よく考えたら一部の人間はまだ水着なのだ。
「紫鶴様」
 撫子が微笑んだ。「お浴衣はいかがですか? お持ちしましたわ」
「ゆかた……」
「初めてでいらっしゃるのですね」
 ではお着付けいたしましょう、と立ち上がった撫子に、樟葉が揃って立ち上がった。
「浴衣、ここにいる人数分ご用意してあります。どうぞ皆さんで着ませんか」
 ――なぜ全員分ある、という疑問は企業秘密。樟葉はいつも持っているトランクから、本当に色とりどりの浴衣を取り出した。
 紗枝や蓮花が、「たまにはこんなのもいいね!」と喜ぶ。冥月が、「私は今まで避けてきたんだが……」と苦笑する。
 魅月姫だけは断固として断った。謎の魔女は決して着替えたりしない。
 全員で竜矢をその場から追い出し、冥月が影で壁を作ってみんなで着替えができるような空間を作り出した。
 そして撫子と樟葉が、全員に着つけを教える。浴衣も着物ほどではないが、着るのにそれなりのコツがいる。
「涼しい……」
 紫鶴はピンク地に金の蝶をあしらった柄の浴衣を着て、こちらも撫子がセットでくれた蝶柄の扇子を手に、感激してその場でくるんと回る。
 紗枝は真っ白に金粉の枝の柄の浴衣。蓮花は赤に白抜きの大輪の花の柄。
 冥月は黒地に、金の小さな花が散っている柄だ。
「冥月殿、きれいだ」
 素直な紫鶴の賛美に、冥月はくしゃくしゃと紫鶴の髪をかきまぜるように撫でた。
 撫子は楚々とした白とねずみ色の組み合わせの浴衣。樟葉は白と薄水色である。
 全員の着つけが終わると、冥月は壁を影にしまった。
 外で待っていた魅月姫が、
「紫鶴、似合うわね」
 とかすかに微笑んだ。
「魅月姫殿もきっとお似合いなのに……」
「ありがとう」
 しかしやっぱり、魅月姫は断固として着ない。冥月でさえ折れたというのに。
 竜矢は拍手をして、
「皆さんお似合いですよ」
 と言った。
「バゥ(訳:似合う……)」
 無口な飛東でさえ、賛美の声(?)を上げた。
 そして夕涼みの時間が始まる。
 遠目に見える山あいを、夕焼けが染め上げる。
「紫鶴様、家庭教師の方はいかがですか?」
 少し心配そうに撫子は尋ねてくる。
「ん? うん。女神殿は厳しくてついていくのが大変だが、その分たくさん教えてくれるから」
「そうですか……紫鶴様がお元気ならよいのですが」
「私はとても元気だ」
 紫鶴はにこりと笑った。「だってみんなの顔が見られた」
 それから紫鶴はぱらりと扇子を開き、ぱたぱたと友人たちに向かって風を送る。
「どうだ? 風、行くかな」
「まあ、紫鶴様。それは自分を仰ぐものですよ」
「私は充分涼しい。でもみんなが暑かったら意味がない」
「紫鶴らしい理屈ね」
 魅月姫が肩をすくめる。そんな魅月姫を見た紫鶴は、急に魅月姫だけを一生懸命仰ぎ始めた。
「……なにかしら、紫鶴」
「魅月姫殿、その格好じゃ暑いのじゃないかと」
 大真面目に少女が言った言葉に、周りの人間がぷっと噴き出した。
「私はいいのよ」
 魅月姫は困ったように、せわしなく動く紫鶴の扇子を押し止める。
 紫鶴はふにゅ、と悲しそうな声を出し、一瞬魔女の心をぐらつかせたが、やはり魅月姫は永遠の謎の魔女。
「いいから。何ならあの夕焼けでも仰ぎなさい。一番暑いわ」
 魅月姫に言われ、
「なるほど、そうか」
 紫鶴は真剣に夕焼けに向かって扇子を振り始めた。
「紫鶴様ったら」
 撫子が袖で口元を隠して微笑み、冥月がくっくと笑い、樟葉はのほほんと笑みを見せ、紗枝と蓮花は「かわいー!」と騒ぎ、魅月姫は苦笑し、飛東はきょとんとその首を横へ動かし、そして竜矢がそっと主たる姫の肩を抱いた。
「……姫。明日もいい天気ですね」
「そうだな」
 こくんとうなずいた紫鶴は、数秒間の後――
 ばっと世話役を振り返った。
「それは明日も暑いという意味か!?」
「え? え……ああ、まあ、まだ暑いかもしれませんね」
「ああああああ」
 紫鶴はがっくりと肩を落とす。そしてすごい形相で客人たちの方を振り返ると、
「明日も来て頂けないだろうか!?」
「それは無理ですよ、姫……」
 竜矢が顔を片手で覆った。
 周囲が笑いで包まれた。

 涼しい1日は、涼しい笑顔で終わる。
 かわいい姫の周囲はいつだって優しい笑顔があふれている。
 それこそが一番の「涼やかさ」。
 少女はそれを、絶対に忘れない――


 ―FIN―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0328/天薙・撫子/女/18歳/大学生(巫女):天位覚醒者】
【2778/黒・冥月/女/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【4682/黒榊・魅月姫/女/999歳/吸血鬼(真祖)/深淵の魔女】
【6040/静修院・樟葉/女/19歳/妖魔(上級妖魔合身)】
【6788/柴樹・紗枝/女/17歳/猛獣使い&奇術師【?】】
【7317/桃・蓮花/女/17歳/サーカスの団員/元最新型霊鬼兵】
【7318/―・飛東/男/5歳/曲芸パンダ】

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■         ライター通信          ■
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黒冥月様
いつもありがとうございます、笠城夢斗です。
今回は涼しい?依頼にご参加くださり、ありがとうございました。
お届けが遅れまして申し訳ございません。
今回はプレイングがかぶる方が大勢いらっしゃったので、このような形になりました;思うようになっていなかったら申し訳ございません。
よろしければ、また紫鶴邸にいらしてくださいね。