コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


心弾

「心弾、というのだそうだよ」
 と、アンティークショップ・レンの美しき店長は言った。
「なるほど……」
 ケニー・F・エヴァスは、目を細めて手にした銃を見下ろす。
 見かけはただのトカレフだ。だが、弾丸が入っていない。
 否。
「目に見えぬ弾丸。重さのない弾丸」
「その通り」
 蓮は煙管をふかす。
「お前さんなら、その銃の弾を撃ち出すことも可能だろう」
「さて……どうだろうな」
 撃ち出したらどうなる? とケニーは蓮に訊く。
 蓮は煙を吐き出し、
「心弾で撃たれた人物は……忘れていた記憶をひとつ、風船を割るように思い出すそうさ」
「そして?」
「そして……どうなるだろうね? 思い出して、その人物がどうなるか。それぞれ次第さ」
 ケニーはトカレフを持ち上げる。
「俺はそのきっかけを作ってやればいいと?」
「心弾で撃たれてみたいという、奇特な人間がいれば、ね」
 そう言って蓮は、いたずらっぽく笑った。

 ■■■ ■■■

 ひょっとしたらすでに腐れ縁なのかもしれない――
 黒冥月がアンティークショップ・レンに足を向けたのは単なる偶然で、そこにケニーがいたのも単なる偶然。
 挨拶もそこそこに、ケニーがいつもと違う銃を手にしているのを見た冥月は眉をひそめ、
「何の悪巧みだ」
「別に企んじゃいないんだがな」
 くすくすと2人の様子を見ていた店長の蓮が、『心弾』について話をする。
 冥月は、うさんくさいと言いたげに手を振った。
「私には別に思い出したい記憶はない。やらんぞ」
「まあ別にやれとは言わないが」
「いいじゃないか冥月。ちっとは興味が引かれないかい?」
「全然」
「つれないねェ」
「今のところ、撃たれてみたいという奇特な人間は現れていないな」
 ケニーが珍しく笑った。冥月はその笑みにふいに彼の高揚感を感じ取る。
 彼はガンマンとして、その銃を使ってみたいと思っているに違いなかった。無意識かもしれないが。
 ふむ、と考える。別にケニーには恩もないし、義理もない。多少の縁はあるが、それ以上のものはない。どちらかというと事なかれ主義のケニーは冥月とは相性が合わない方だ。
 彼のために何かをしてやる義務はない。
 ……だが、何となく「仕方ないな」という気になったのは、彼が本当に珍しく――素を見せたからかもしれない。
「分かった分かった。試されてやろうじゃないか」
 高くつくぞ、と言いながら。

 銃声は、しなかった。

 トリガーを引く指を、はっきりと見た。
 ケニーが眉をしかめたのが分かった。彼には何か衝撃があったのだろうか。馬鹿馬鹿しい、こちらには何も衝撃もなければ変化も――
 そう思って、数瞬。
 急に、意識が切り替わった。

 見た目は変わらない。いつもの目つき、いつもの表情。
 しかし店内に、目に見えるほどの殺意と殺気が弾けた。
「まずいな。殺意が溢れて止まらないぞ。周囲が全て敵に見えて殺したくてたまらないんだが。どうすればいいと思う?」
 淡々とそんなことを言う冥月の浮かべた表情。艶かしい微笑。
「殺す、殺して、私は……」
 人格は残っている。自分は黒冥月。その名を持った、たしかな存在。影を操る――暗殺者。
 知性も残っている。……殺すための、知性。
 口数が減っていく。
 言葉は要らないから。
 自分のやるべきことに言葉は必要ないから。
 ああ、幼い頃の自分が見える――

 小さな自分の手が血塗れになっている。
 浮浪児だった自分。
 孤独だった。
 周りすべてが黒く見えた。
 あそこは暗黒の世界。深遠の淵。深い深い闇の中。いつも薄暗い霧がかかっていて、少し手を伸ばすと手の先が見えないほどに。
 食べ物がたやすく手に入るはずもなく、
 ……おなかがすけば、
 パン一切れ
 水一口
 たったそれだけのために、人を殺した――この手で。
 幼いこの手で。いったいどこで手に入れたのか思い出せない小さなナイフを手に。
 否
 ――小さなナイフだけでは簡単に追い払われてしまうことが多かったから、その内自然と体術が身についた。
 素手
 幼い手、体、全体を使って、
 大人女子供容赦なく
 ……相手の判別など、どうやって殺すに適しているかを判断するための手段に過ぎず、
 そして自分の周りにそんな子供は大勢いて、
 殺し殺され
 それが日常
 周りは全て――敵
 そんな中で生きた。生き延びた。だんだんと大人びていく体はだんだんと殺人のすべを増やしていき

 ああ 昔に戻っていく

「―――!」
 冥月の体が動いた。一切の躊躇ない、全力、神速の拳
 ケニーが危険察知能力に長けた男でなければ、一撃で死んでいただろう。今までの冥月はよほど手を抜いていたに違いないと分かる拳。
 避けられなかったが急所は避けた。
 拳が打ち込まれた腹。ケニーの左手が、冥月の手首をつかんで止めている。
 しかし冥月の逆の拳が、彼の横面に向かって飛ぶ。
 トカレフがそれを阻んだ。
 ケニーは全力で冥月の左拳を殴り飛ばした後、トカレフを捨てて自分の銃を抜いた。
「ケニー!」
 蓮が叫ぶ。しかしケニーはためらいなくリヴォルヴァーの先端を冥月の腹に当てる。
 冥月は半身をそらしてそれから逃れた。ケニーの右手はすぐ横に動いただけで、トリガーを引いた。

 ――……

 その弾は、“危険じゃなかった”。だから、鍛えぬかれた冥月の体も避けることをしなかったのだ。
 衝撃だけが、冥月の脇腹を打つ。
 空砲――
 冥月の動きが止まる。彼女の紅唇から、小さな声がもれた。
「殺し……殺し……てきた。私は、殺して……」
「もういい。あなたは過去から解放されてもいい時期だ」
「―――」
「さよなら、過去の黒冥月」
 落ちる撃鉄。引かれたトリガー。
 弾き出されるのは、空砲。

 意識が暗転する。

 ■■■ ■■■

 ――自分は何をやったのだったか――
 しばらくして思い出し、ああ、と冥月は肩をすくめた。
 悪びれることなく、
「悪かった」
 そして彼女は今自分がとった行動の意味を、ところどころ省いて説明した。
「確かに忘れていた。“あの人”に拾われてからの私は自分が思う以上に幸せだったんだな……ま、忘れてくれ」
 儚い微笑が、冥月の美しい顔にこぼれた。
 そのまま冥月は店を後にする。しん、と店内が静まりかえった。
 ケニーはリヴォルヴァーから空弾を取り出す。
「なぜ空砲なんて入れていたんだい」
 蓮がほっとため息をついてから、不思議そうに尋ねてきた。
「さて……たまたまだ」
 しかし、とケニーは自分の腹を撫でて、
「俺もよく生きていたものだな。さっきの彼女は完璧な殺人兵器だった……急所は避けたとは言え、よく意識を保っていられたことだ」
「他人事のように言うねェ。はらはらしたよ」
「――心弾、の本当の意味かもしれないな」
 ケニーは捨てられていたトカレフを手に取った。
「心の弾。撃たれたら過去を思い出すが……本当の意味はそうじゃないのかもしれない」
「どういうことだい?」
「そのまま、撃たれた本人の本心を引き出すのさ。……彼女は、俺を殺したくなかったんだろう」
 過去に戻りながら
 過去には戻りたくなかった
 殺人兵器に戻りながら
 殺人兵器に戻りたくなかった
 だから
 だから――必殺だったはずの一撃が、人を殺すことはなかった。
「誰が彼女を救ったのかは知らないが……」
 ケニーは穏やかな目で、冥月の出ていった扉を見る。
「彼女は……幸福な記憶だけを覚えていればいい。それでいい……」
 儚い微笑を残していった女。その姿を覚えているから願う。
 彼女がこの先、決して過去の暗い闇に取り付かれないように……


 ―FIN―


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【2778/黒・冥月/女/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
黒冥月様
いつもありがとうございます、笠城夢斗です。
またもやお届けが遅くなり申し訳ございません。
そして今回は、端的に、極めて短いノベルとなりました……
それでも冥月さんの過去に触れるノベルを書かせて頂けることは滅多にないので、大切に書かせて頂きました。機会を頂けて本当に嬉しいです。
よろしければ、またのご来店お待ちしております。