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<東京怪談ノベル(シングル)>


寄生者
 

「宇宙人はすぐそこまで来ているんだよ!」

 そう駅前で叫んでいた、路上生活者と思われる老女の声に驚いて、みなもは帰宅途中の足を止めた。
 熱病に浮かされたような表情で誰彼構わず怒鳴り散らす老女を、道行く人達はまるで見えていないように、見てはいけないもののように避けて通っている。
 それでも老女は口角に泡を溜め、唾液を散らしながら往来を行く人々に必死に語りかけていた。
 いったいどんな人生が、彼女にこの道を選ばせてしまったのだろう?
 そんな胸の痛む思いで、みなもは老女を見た。
 視線に気がついた老女の、血走った濁ったような瞳がみなもを捉える。

「そう、近くに来てるんだ、気をつけた方が良いよ―――特にアンタは」
 
 ぐんにゃり、老女の瞳に映る、みなもの影が揺れる。
 
 白濁した瞳の奥に映り込んでいたのは、みなもではなく赤く、引きつった肉襞を顕わにした、人間ではない何かだった。

*****

「いやぁあああああ!」
 
 喉の奥から迸る、己の悲鳴で目が覚めた。
 咄嗟に現実に引き戻されて、鈍った頭が悪夢と現実の境目を濁らせる。

―――どうして私、制服のままベットに寝ていたんだろう?

 身体を起こし、皺になってしまったスカートを手で伸ばしながら思案する。
 思いだすのは恐ろしい老女の声と、その血走った瞳。
 これは夢だったのか、現実だったのか。
 それすら思いだせない。
「痛ッ……」
 思いだそうとすると、頭に鋭い痛みが走った。
「……そうだ、雷」
 激しい頭痛を堪えつつ、ぽつりと呟いて更に記憶を辿る。 
 学校の帰り道、老女に驚いて足早に家を目指していた時だ。
 すでに日も落ちた、暗い夜道で、みなもは鋭い雷鳴を聞いた。
「でも……天気は悪くなかったし……光も見えなかったんだよね」
 変な雷。
 そう口の中で呟いて、ふと、己の柔らかな唇に指を伸ばす。
「何だったんだろう……」
 雷鳴に驚いて息をのんだ瞬間、一緒に何かを飲み込んだような気がした事を思いだし、みなもは少し開いた唇を指でなぞった。
 何を飲み込んだのかはわからない。
 そしてその後がよく思いだせないのだ。
 何かに酔ったように、部屋に戻った気がするけれど、それもはっきりはしない。
「ま……いいや、それより、宿題をしちゃわないと」
 ふぅ、と一息ついてベットから腰を上げて、そこで鞄がないことに気がつく。
 慌ててリビングや玄関を捜したけれど、どこにも見あたらなかった。
「まさか……置いて来ちゃったのかな?」
 考えたくはないけれど、でもそれくらいしか思い当たらず、みなもは溜息をつきながら、鞄を探しに深夜の街へと繰り出した。

****

 まず最初に感じた違和感は足だった。
 妙に軽く、まるで浮いているような、奇妙な感覚。
 どこまでも歩いていけるような、そんな感じがして、みなもは首をひねった。
 足だけではなく、体中に力がみなぎっているような、そんな気がする。
 もしくは、水の中にいるような浮遊感、無重力感。

―――そっか、地球は重力軽いんだ。

 無意識にそう考えて納得してから、改めて「あれ?」と思い直す。
 地球以外の重力など、自分は知らないはずだ。

―――馬鹿なことを考えていないで、鞄を捜さなくちゃ。

 ほどなくして、あの雷鳴を聞いた場所へとたどり着いたが、残念ながら鞄は見あたらなかった。
「ここだと思ったんだけど……」
 そう考えた瞬間、頭部に再び激しい痛みが走った。
「ひぅっ……な、なに……?」
 思わず電信柱に寄りかかって息を吐く、するとがくんと足から力が抜けた。
 立ち上がろうとするが、上手くできない。
 ちょうど悪夢の中で歩こうと懸命にもがいているように、妙に軽すぎる身体が逆に動きの邪魔をする。
 がくんと地面に跪き、とにかく何処かで休まなければと周囲を見渡す。
 すぐ側に大きな公園がある事を思いだし、みなもは半ば這うようにして歩き出した。

*****

 木々に囲まれた公園は、夜の闇も手伝って静かだった。

―――お水が欲しい。

 酷く喉が渇く。
 人魚の血が騒ぐのか、それともこの頭痛か何かが身体を蝕んでいるのか、ぼんやりと考えながらみなもは水飲み場が何処にあったか記憶を辿った。

―――そうだ、確か噴水の近く。

 冷たい水でも飲めば、少しは頭痛もマシになるかも知れないし、身体も自由が利くようになるかもしれない。
 せめてそこまで頑張って、それでも駄目なら誰かに助けを求めよう。
 そう考えながら必死に足を動かす。
 そう遠くない距離なのに、歩いても歩いても先が進まないような感覚に囚われながら、それでもなんとか歩みを進めると、やがて視界に噴水が目に入った。
 噴水と言っても、夜間なので水は止められているらしい。
 さらにその奥に水飲み場が見えて、みなもはほっとした。
 刹那。
 ぐわぁわあああんと、今までで一番激しい頭痛が襲ってきた。
「ううっ!」
 あまりの痛みに膝を着くと、ぱぁん!と破裂するような大きな音をたてて噴水が水を噴き上げた。
 水の力の暴走。
 さらに続いて水飲み場の蛇口が弾け、ざぁざぁと辺りに土砂降りのように水をまき散らす。
 ばしゃばしゃと、みなもの上にも水は激しく降り注いだ。
 とはいえ、水に属するみなもにとって、水は不快には感じない。
 冷たい滴りが、つかの間みなもの苦痛を取り除いてくれるようで、みなもはほっと息を吐いた。
 先ほどまで抱えていた頭部の痛みが去った気がして、するりと手を下ろす。
「……え?」
 その指に、みなもの豊かな青い髪がごっそりと絡んでいた。
 尋常では無い量に恐怖が走り、慌てて己の頭部に触れる。
 ぬるぬる、でこぼことした、肉襞の感触。
「ひっ」
 悲鳴を上げて、無意識に己の身体を抱きしめると、その勢いで二の腕の皮膚が剥がれ落ち、中から生々しい赤い肉が捲れ上がるようにして現れた。
 しかもそれは、己の物とは思えないほど太く、まだごつごつと吸盤のように盛り上がり、あらぬ方向に曲がろうとしている。
 痛みはない、けれど胃袋がひっくり返るくらい気持ちが悪い。
「助けて……っ!」
 みなもは地面で身を捩り、叫び、喘いだ。
 砂利が更に皮膚を剥ぎ、身体の内側の別の何かを剥きだしていく。
 それでも濡れた地面を這い、必死に助けを乞う。
 だがいつもみなもを救ってくれるはずの水に、みなもが触れる度にの身体が歪んでいく。
 愛おしい水によって、己の中の『何か』まで活性化されているのだと気がついた時にはもう遅かった。
「いやああああ!」
 たまらず叫び声を上げるみなもの頭の奥で、老婆の血走った瞳に映った異形の姿が蘇る。
『気をつけた方が良いよ―――特にアンタは』

―――宇宙人?
 
 あの時飲み込んだのは何だったのか、あの不気味な雷鳴の正体は?
「……あたしの中に、宇宙人がいるの?」
 そう呟いた途端、みなもの意識はプツン、と途絶えた。

***

 目が覚めた時はベットの上だった。
 何か夢を見た気がするが思い出せない。
 制服がぐっしょり濡れていたけれど、きっと力が暴走したか何かだろう。
 幸い今日は休日なのであまり気にはせず軽い足取りで階段を下りてリビングに向かうと、丁度朝のニュースが流れていた。
 公園で寝泊まりしていた路上生活者の女性の怪死を告げるニュース。
 女性は酷い譫妄症状があった為に近隣住民から数回にわたり通報されており、怨恨等による事件として捜査が進められているそうだ。

―――怨恨、ね。

「……ふ、うふふ」
 体中を何かに吸われた痕が残るという老婆の遺体の状況を遠く聞きながら、みなもは不意にこみ上げてきた笑いに喉を鳴らした。



 fin
 
***
ありがとうございました、Siddalです。
イメージ通りに仕上っているでしょうか?
リテイクやご意見、ご希望が御座いましたら遠慮なく仰ってくださいませ。
また機会がありましたら、どうぞ宜しくお願いいたします。