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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


幽霊が消えている

■オープニング

「俺は霊視の類は全く駄目なので」
 ――こちらにお願いに上がりました。
 草間興信所の応接間。ソファに腰掛けて早々、頼んできたのは興信所所長の草間武彦と殆ど同年代にもなる男――真咲御言。本業は『暁闇』と言う店のバーテンダーになるのだが、仕事でない時にはよくここに来たり、何やかやと理由が付いて興信所に舞い込んだ依頼の助力をしている事もある。…言わば興信所の身内と言える常連組の中の一人にもなる。…ちなみにあまり穏便な脱け方をしていないが元IO2捜査官だったりもする。
 そんな彼がテーブルを挟んで相向かいのソファに座った武彦の前に広げていたのは、何やらびっしりと書かれたメモが数枚。曰く、真咲の勤めているバー、『暁闇』のレジスター脇に置いてあるメモ帳に『昨晩の内に書かれていた』手紙らしい。
 筆跡には武彦も見覚えがあった。そしてその手紙を一通り見ると、武彦はすぅと目を細める。
「おい、これ…」
「はい」
 …間島さんです。


『紫藤もしくは真咲へ。
 突然こんな事を記すのを許して欲しい。長くなってもどうかと思うから要点だけを書く。
 この付近での話なんだが、近頃顔見知りの地縛霊や浮遊霊がよく消えている。勿論それだけなら――成仏なり昇天したと言うならむしろまともな話で歓迎すべき事だろうが、どうも事はそう簡単じゃない。彼らが居た筈の場には周囲一帯の『気』を根こそぎ抉り取ったような乱暴な痕跡が残っている。霊能者の類が使う攻撃的な『送る』力とも違う。それもそれで、こちらの感覚では真っ当な救いの光に見えるもんだからな。違いははっきりわかる。が、最近のこれの場合は、ただ『無い』んだ。…救いの光なら相応の痕跡は残る。それとは明らかに違うんだ。
 虫の良い話と承知で頼むが、奴らが消えたその原因を探って、出来たら…どうにかしてやって欲しい。助けてやってくれと言うべきなのかな。とにかく連中の事が心配なんだ。確か真咲やら常連の草間さんは『そちら側』も頼れる人材だったろう? …俺のこの身では何の見返りも出せないが。
 ただ、事によったらこれは何かの前兆と言う可能性も無いとは言えない。俺のこの話を受けないにしろ、そんな意味でなら今書いた事は一応の警告にはなる筈だ。役立ててくれ。 間島』


 …間島――間島崇之。
 真咲の勤めるバー『暁闇』の常連でもある幽霊。そして同時に『暁闇』のオーナー、紫藤暁とは生前からの親友でもある存在。
 現在の属性としてはあくまで単なる浮遊霊、大した力を持つ訳ではないが、騒霊現象の応用でペンを取り文字を記すくらいはできるので――霊能力無しの相手とも筆談ができるくらいの力は持つ。
 つまりはそれでこの手紙を書く事くらいは出来た、と言う事になる。

「これは…他の奴を助けてくれどころか…間島さん本人も充分ヤバそうな話になるだろう…」
 あの人本人だって消えてるって言う幽霊と条件があまり変わらんだろうが。
「紫藤曰く自分の事が後回しなのは間島さんらしいそうですよ」
「…か。勿論これだけでもうちの方でこの依頼は受けるが、お前の方ではどのくらい依頼の形式を整える気がある?」
 何も無ければ助力に集まる人間は限定される。
 興信所への依頼――仕事の形を取り調査員を募る事を望むなら、それなりの報酬も考えなければならない。
「勿論、確りと。…報酬は間島さんの代わりに紫藤が出すと話していますから」
「わかった」
 じゃあその方向で、調査員を募る。



■集合は午後

 と、決まった時点で、真咲は少し態度を改めた。
 霊視は出来ないにしろ、何らかの形で真咲当人も手伝う気でいる――紫藤の方には既にそう言って来てあるのだろう。…ついでに言うなら武彦の方もその事を暗黙の内に了解している。
「…で、手紙に気付いた時点で紫藤と連絡を取って、間島さんが店に居ない事を確認した上でここに真っ直ぐ来た訳なんですが――『暁闇』からここに来るまでの道程をざっと見たところでは――俺でわかる範疇では、『気』が根こそぎ消されているらしい場所から感じられる微かな違和感以外は…特に普段と違った感じはありませんでした」
 何者かが意図を持って近隣を動いていそうな気配だとか、そういう感触は。
 あくまで道々ざっと見た程度の話ですが。
「…となると、やっぱり霊能力が無いと難しいな」
 他ならない真咲の勘でそうだとなると。
「まぁ、現役の捜査官を離れて七年以上も経っているような奴の言う事なんですがね」
「…。…むしろ現役時代より今の方が研ぎ澄ましてないとやってられないんじゃないかお前の場合。うちで頼むような怪奇絡みの仕事然り、『暁闇』の霊的環境の不安定さ然り、IO2からの追っ手の可能性然りだ。基本的にバックアップが期待出来ない個人で居る分、気を抜いてる事の方が少ないだろ」
「…どうでしょう。あまり俺の感覚を頼られても困るんですが」
「少なくとも煙草飲みの俺よりは頼れるだろ単純に。…霊能抜きの感覚だけで言うなら、経験面も含め今ここに居る面子では一番確度が高い」
 で。霊能込みでの面で言うなら、まず零だが。
 武彦にそう振られ、同席している零はこくりと頷く。
「はい。お手紙拝見してみれば…言われてみれば、あまり気に留めてはいなかったんですけど私も買い物の時とかに変だな、と思った事は何度かありました」
 …今度は確り霊査してみます。
「有難う御座います。…ですが、零さん一人だけに頼るのは」
「わかってる。いつもの誰かに連絡を付ける」
 答えながら武彦は黒電話を手許に引き寄せ――受話器を取り上げる前に考え込む。誰にするか。…選べと言われると逆に困るくらいその筋の伝手はある。
 ふと思い付いた。
「…霊視が出来る奴に頼む以外にも、関係しそうな噂や裏の情報を洗うって手もあるな」
 念の為。
 と、ぽつりと呟きつつ武彦は受話器を取り、じーころころとダイヤルを回す。
 そのまま少し待つと、相手は出たようだった。
「――…草間だ。Dに仕事を頼みたい――…。…。…そう言うな。電話の方が早いだろ。………。…今からわざわざメール打ち直せって言うのか? 出来ればってな…俺は出来ればメールは打ちたくない方でな…頼む。…。……ああ、わかった。じゃあ宜しく」
 受話器を置く。
 切れたのを確かめてからすぐまた取り上げた。
 …じーころころ。
「――…草間だ。今休み時間だろ。後で――放課後でいいんだが頼みたい事があってな――ああ。仕事だ。…。…そうだ。………そうか。いやそこまで急がせるつもりは無い。学生は学業が本分だろ…って。おい。いいのか? わかった。ならこれ以上は何も言わん。それで頼む」
 切。
 それからまた受話器を取り上げ、じーころころ。他にも何人かに連絡を取る。
 何度か同じ事を繰り返して、武彦は漸く受話器を取り上げるのを止めた。
 受話器の上に手を置いたそのままで、応接間で同席している零と真咲の二人を見る。
「…取り敢えず法条と不動の二人がつかまった。となると結構あっさり何とかなるかもしれない」
 二人とも、今日の午後一には来れるらしい。



■調査員、草間興信所集合

 その日当日中、午後。
 草間武彦が言った通り、前後して草間興信所に二人の人物が現れた。…片方は軽めなカットにしてある長い黒髪をそのまま背に流し、黒のデザインシャツに細身のパンツと言った組み合わせをラフに着こなしている女性。年の頃は二十代半ば、緑の瞳に、両耳にはピアスと思しき耳飾り。彼女が携えているのは――小脇に抱えたバッグに入っているのは、サイズからしてどうやらノートパソコン。…片方は明らかに学生――高校生。黒髪黒瞳、学ラン姿。ボタンを留めず色付きのTシャツ一枚の上に無造作に羽織っている。ぺったんこに潰してある学生鞄を右手に持ち、そのまま右肩に背負うように掛けている。見るからに学校帰りと言ったところ。興信所の応接間に到着するなり、その学生鞄をソファに放り出し、自分も腰掛けた。
 …前者が法条風槻と言う名の情報請負人――要は情報屋で、後者が不動修羅と言う名の学生にして――ちょっとした由緒ある家柄の霊媒師であるらしい。…どちらもこの草間興信所とは少なからず縁がある常連組になる。…但しお互いや依頼代理人――真咲の方とは面識が無かったりするが。…しみじみ草間興信所は不特定多数の出入りが激しい場所である。
 ともあれ、連絡の付いた彼ら二人が応接間に揃い、ソファに落ち着いたところで探偵と依頼代理人は改めて依頼の内容を説明する。…霊が不自然な消え方をしている旨。何かの前兆と言う可能性。できれば何事なのか確かめて何とかして欲しいと言う間島からの依頼の手紙。話を聞いているその最中、風槻の方はノートパソコン――メーカーものでは無く自作らしい――を取り出し、気にしないで話を続けてと言いつつ起動させている。そしてそのまま、当然のように何やら操作を始めた。
 言われる通りに風槻の行動を気にもしないで探偵は話を続ける。…そのやり取りからして、いつもの事でもあるらしい。依頼代理人の方もそれに倣った。
 で、一通り依頼の説明が終わると、今度は修羅の方が軽く頷き、ほれとばかりに武彦たちに向かって手を出している。…何か差し出せとでも言うような仕草。
 言葉の方が後になった。
「その間島って霊も危険だろ。…その手紙貸してみな。保護してやるぜ」
 言われてすぐ、武彦は間島からの手紙を修羅に手渡す。受け取った修羅はそのまま瞑想するように目を閉じる。…書かれた文字。そこから『書いた者』の霊気の波長を読み取る。
 不意に修羅の雰囲気が変わった。…やや大人びた余裕が生まれたような、そんな雰囲気を醸している。修羅当人は本来高二――十七歳である上に、性格はと言うと若干粗野な傾向にある筈なのだが、何故か今の彼は物腰が柔らかそうであり――同席している草間武彦や真咲御言よりもやや年嵩そうな、本来の彼とは全然違う雰囲気になっている。
 そんな風に雰囲気が変化した時点で、修羅はぽつり。
「…こんなもんだな」
 と。
 呟いたすぐ後。
 呟いた修羅の同じ口から、全然別の声が聞こえて来た。
「有難う。なかなか便利な事が出来るね? …って言うか勝手に話してもいいのかな?」
 そこまで言った時点で、また声が元に戻る。
「…気にすんな。これで筆談よりも詳しく状況説明し易くなっただろ」
 かと思うと、また変化した方の声になる。
「じゃ、御厚意に甘える事にして」
 そう告げると、雰囲気の変わった修羅が普段では有り得ないような貌でにこりと笑う。
「改めまして、依頼の手紙を書いた間島です。どうぞ宜しく」
 …元々の修羅とは違う声で話していたのは、修羅が自分に降霊させた間島崇之。



■それから

 間島曰く、霊や気の消滅が始まったのに気付いたのは一週間程前からの事だと言う。
 それ以前からあった可能性も無いとは言えないが、少なくとも間島にはわからなかったとか。霊や気が消されている場所と、元々間島の知り合いであって消されている霊についての知る限りの詳細も伝えてくる。同時進行で風槻の指先がノートパソコンのキーボード上で軽やかに動いている――どうやら間島が話している情報を言った側から打ち込んで取り纏めているらしい。
 儀式も何も無く、本当に無造作に修羅が間島を降霊した時は風槻もさすがに少々驚いたが、草間兄妹や依頼代理人である真咲御言の方で何も疑問を挟まない事からして、雰囲気に態度と声の変わった修羅が本当の依頼人に当たる間島崇之であるのだろう事はすぐに受け入れられた。
 …と言うか、それで受け入れてしまって依頼する側として不都合が無いのなら、依頼を受ける側である風槻としてはどうこう文句を言う事でも無い。…むしろここに来る前の一番初めの時点、草間の呼び付け方にこそ余程文句が言いたいくらいである。…依頼ならばメールで送れと何度も言っているのに電話で携帯に直に来る。学習能力が無いのか人の言う事を聞きたくないのか単にアナログ人間でメールが面倒なのかは知らないが。…まぁそれは今はさて置き。実際あたしもそれで折れて仕事を引き受けてしまっている事だし。時々自分は甘過ぎるのかもなぁと思ったりもする。
 そんな余計な事を考えつつも、風槻の手指は澱む事無くキーボードとタッチパッドの上を動いている――間島に伝えられた範囲内での情報にヒットするような噂が無いかどうか、確りネット内を流し見て探している。アングラ系も含めて探す事をした。…どうやら改めて調べてみればこれが起きている場所――この近辺は人間どころか人外や能力者も含め胡散臭い連中が良く流れて来ている吹き溜まり的な場所でもあるらしい。…草間興信所のような場所があるからだろうか本末転倒な話だが。
 そして同時にこれも草間興信所があるからかも知れないが、少なくとも組織レベルでの目立った動きはこの近辺では見出せそうにない。反面、個人レベルでは一歩間違うと今回の件絡みで引っ掛かりそうな奴はやたらと居るように見受けられる――草間興信所に出入りする関係者も含め。そんな連中と確定出来るような情報はまだ出てこないが、可能なだけの能力所持+重なる行動半径の人物なら数知れず。
 人物以外に原因がある可能性も調べてみる。該当するような現象がこの近辺で起きていると言う噂や情報は今のところ流れていない。過去に遡ってこの近所で似たような噂が無いか探してもみる。…無い訳では無いが、それらは大抵原因もはっきりしており解決もしている。同じ原因で今回の事が起きている可能性がないかどうか、今回の件とそれらの情報を重ねてみる。…重ならない。なら違う。
 そこまで一通り調べてから風槻は次の情報を待つ。…修羅の方が間島の記憶を頼りに消された幽霊を一人一人降霊する事を試みている――順次、成功もしているのでそれを待っている。…よくよく考えればその時点で間島からと言うその依頼の半分は終わってなかろうかとも思う。根本の原因についてはまだ辿り切れないにしろ、間島が気にして心配していたと言う相手についてはすぐに助け出せている事になるのだから。
 同じ事を何度か続け、そろそろ間島の心当たりも終わる。
 降霊した霊は合計で九体。
 修羅は降霊したその時々で、彼らが『消えた』と言うその時の状況を聞き出し、原因を探ろうとしている。そのやりとりも漏らさず風槻が打ち込んで情報に加えている。…消された時の動揺が余程強かったのか霊ともなれば元々そうなのか要領を得ない話が続く中、三体目の霊に聞いて漸く、彼らはどうやら何者かに襲われ食われ――取り込まれていたらしいと見えてきた。と、今度はすかさず風槻が口を出す。…その何者かの人相風体印象その他何でもいいからどう見えたか感じたかそこんとこ詳しく。言われて修羅は――修羅に降りている霊は考え込む。じっくり考えつつ風槻の問いに返答。…返答出来るような要素は確りあるらしい。風槻はまたその返答内容をキーボードで打ち込む。
 そしてまた、同じ事を何度か続ける。他にも何か引っ掛かるところが出来ると風槻が情報を絞る為指示を出し、また一体目の霊に戻ってそこから再び情報聴取。
 これだけでも結構時間が掛かった。
 暫しの後、漸く最後の九体目から話を聞き終えて、修羅は一息。
「これでサルベージ完了、ってとこか」
「お疲れ少年。おかげで大まかだけど犯人の容姿と最近の足取りは掴めたわ。…どんな力と背景を持ってる何者かまではまだだけど。もうちょっと時間頂戴」
「…そんな事まで今の話だけでわかるのかよ?」
「ん、まぁね。…ただ今の時点で何者かがわからないとなると…嫌な予感がしないでもない…厄介な某集団とか某組織とかが絡んでなきゃいいけど」
 ぼやきながらも風槻はノートパソコンの画面をスクロールさせつつびっしり並んだ文字列を目で追っている。…彼女が今見ているのは自らのデータバンク。要はたまに暴走する自身の遠見の能力で見えたもの――そんな力を持っているのである――を片っ端からぶち込んでいるだけなのだが、結果として主婦の井戸端会議からどっかの企業や政治家が破滅する程の裏情報まで節操無く詰め込まれているとんでもない代物にもなる。…風槻はハッキング等違法手段含め『普通に』辿って目的の情報が出てこない場合はここも使う。…この犯人らしい人物、『普通に』ネットで辿れる名簿やら何やらを確かめた時点では、該当しそうな人物が見当たらなかった。
 だから風槻は今、自らのデータバンクを検索している。が、自分の作ったデータバンクと言っても、ここから情報をピックアップするのもまた手間を食ったりする。…全然整理していない上に量が膨大、ただただ羅列されているだけの混沌状態なので必要な情報を拾い出すのにも慣れが必要なのだ。…恐らくはコレを作成した風槻以外はまともに利用出来そうにない代物でもある。
 一つの情報を見付けると、不意に風槻は手を止めた。
「あー、そういやこんなのもあったなぁ。うん…」
 思わず、ぽつり。
 呟いた途端に同席している面子の視線を集めた。
 その視線に答えるように、風槻は誰にともなく口を開く。
「犯人が何者かってとこだけどね。…外見やら足取りから考えると…どうやら三ヶ月くらい前までは虚無の境界構成員だった男が居るんだけど、タイミングから考える限りはそいつじゃないかって気はする」
 名前は吉住紀久。
 ただ。
 気はする、等といまいちはっきり断言し切れないのには理由がある。
 …この吉住と言う男、能力そのものがどうにも胡散臭いのだ。…そもそも能力者と名乗っていた割にその能力を使用した事が無いようで、本当に能力者なのかすら信用ならない。
 そんな訳で、能力的な面で考えるならこれだけ何人もの霊を襲って食っているような犯人とは俄かに思えない。だが、消されていた霊が消えた時に見た目撃証言やらその証言にあった人物の行動半径を防犯カメラやらで逐一辿ると、この男の特徴を持つ人物しか出て来ない。
 修羅が風槻に確かめる。
「そいつ、何の能力がどのくらいある事になるんだ?」
「んー、方向としては少年――不動の能力と同じみたいだね。虚無っぽく言えばポゼッショナー。…ただ、そう名乗っていた割に、その能力を使って活動していた様子が無い」
「…なのか?」
「うん」
「今は虚無との接触は?」
 三ヶ月くらい前まで虚無の境界構成員だった、と言う事は、それより後についてはどうなのか。
 そう含め、真咲が訊いてくる。
 風槻はすぐに続けた。
「不明。…三ヶ月前から今に至るまで何処かに所属していたような痕跡は特に無し。虚無らしい連中との接触も皆無。三ヶ月前の時点でまず切れてるみたい。細かい足取りとかなら簡単に辿れるから別にこいつの情報が特に隠されてるって訳でも無くて…これでももしまだ虚無と切れてなかったとしたら、明らかに泳がされてる餌ってところになると思うけど」
「…間島さんがこの件に気付いたって言う、一週間前頃にそいつに何かがあったような事はないか?」
 今度は武彦が訊いてくる。
 風槻は肩を竦めた。
「特には何も。…ろくな事してないわよ。通りすがりの人に絡んだり、喧嘩吹っ掛けたり。混雑してるところでちょっと肩がぶつかったとか子供が前に飛び出して来たとかだけの事ですぐ凄んでる。…不規則な生活の中でそんなまるっきりチンピラな行動をずーっと取ってるだけだから」
 ちなみに容姿はこんな感じ。と風槻は操っていたノートパソコンをくるりと回し、皆に画面が見えるようにする。画面は何処かのカメラのものらしい映像。修羅よりは上、風槻よりは下程度の年頃と思しき、ちょっと崩れた印象の一人の若者が写っている。…曰く、対象の写りが良さそうな、客観的に見易そうな映像がこれだとの事。先程修羅が降霊した『消されて』いた霊たちも、そんな感じの人物だったと一様に頷いている。
「でも…その人の能力的な面を考えると、今回の件をやった人なのかどうかって…疑問が残るって事ですよね?」
 ぽつりと零。
 と、あんまり心配すんなって、と修羅があっさり言ってくる。
「そいつがやったかどうか確認するだけなら簡単さ。ほうっときゃいい」
「?」
「そうだろ? これだけの霊を強引に向こうから奪ったんだ」
 …どうせその内、痕跡を辿って敵さんの方からこちらにやってくるさ。
 こういう場合囮捜査がセオリーだろうが、囮捜査をするまでも無く、俺のした行動そのものが敵さんにとって放り出せる訳がねぇ。
 それではっきりすりゃその時点で依頼は解決だろ。
 と。
 修羅が軽く言い放つなり。
 武彦は。
 テーブルに両肘を突いて無造作に両手を組んだ状態で、深刻そうに俯いた。
 修羅はきょとん。
「どうした草間さんよ? 俺が居る限り何が来ようが別に心配するような事ァ無いぜ?」
「…いや。そういう意味じゃ全然心配してないが…」

 ――…ここでドンパチやられたらまた散らかるな、とな…。

「…」
 然り。
 誰も何も言わないが、解決するしない以前にひょっとすると一番怖いところはそこかもしれない。…いや散らかるで済めばまだいい。あちこち壊されたりとか…住居として使用不可能になる可能性すら有り得なくは無い。…草間興信所にしてみれば大問題である。
 そして事ここに至れば今更どうこう言っても遅い気がする。…例えば修羅が今から場所を変えて待ち構えるとしても、そこに辿り着くまでの過程で確り草間興信所と言うこの場所が入る。…所長としては非常に不本意ながらもその筋では怪奇探偵の事務所としてとっても有名なこの場所が。…そんな場所が、霊を根こそぎ乱暴に奪い取るような輩から無関係だと思われ見逃される可能性はどのくらいあるだろうか?
 反射的に風槻はノートパソコンをぱたりと畳んでケースに仕舞い込み、帰り支度を始めている。
 それらの様子を見ながら真咲がぽつり。
「早く決着が付いた方がと思ったので特に何も言わなかったんですが」
「…。…気付いてたなら止めないかな…」
「すみません。まぁ、俺の方でも戦闘要員じゃない貴方や草間さんには極力被害が行かないようにと考えてはいますが」
 不動さんの対処能力にもよりますが。
「…不動はな。お前らも見た通り霊媒な訳だ。それも強い。となれば、知らなくても見当付かないか…?」
 深刻そうな探偵さんの答え。
 …つまりそれは霊どころか『神様を降ろす』と言う方が本分なのではと言う訳で。…この狭い場所で神様レベルの何者かが暴れたとしたら、被害状況は更に考えたくない方向になる。いや暴れるまで言わずとも、神霊によってはただ降りただけでも色々と大変な事になるのではと思えなくも無い。
 沈黙が続く。
 一拍置いて、あーっ、と苛立たしげに修羅が声を上げた。
「…わぁったよ。その辺ぶっ壊さないように気ィ付けながらやりゃいいんだろ。んなシケたツラすんなって」
 それを聞いても探偵は何も言わない。
 ただ、妹を見た。
「零」
「…」
「すまんな」
「…」
 と。
 何処か気まずい空気になっていたそこで。
 だん、と何かを殴るような――叩き付けるような、とにかく凄まじい音が響き渡った。
 …その音と同時に。
 案の定と言うか何と言うか…興信所の玄関のドアが部屋の中へと勢い良く吹っ飛ばされてきた。



■あっさり

 蝶番ごと吹っ飛ばされてきたドアのその後ろ。
 玄関口に、何処か異様な気配を漂わせている人物が居た。
 興信所内に居た面子にしてみれば、先程風槻の操るノートパソコンの画面で見た人物。
 待ち人と言えば待ち人だ。
 …来て欲しくなかったと思う人も居る事は居るが。
 ともあれ、吉住紀久と言うらしいその男は、修羅の想定した通り様子を窺いに来たらしい。
 応接間の中を、睥睨する。
「ここだな」
 その男からほんの一言発されたその声だけでもぞっとするような凄みがある。
 いや、凄みの原因は、声を発した当人でも無いのかもしれない。
 …修羅と零には見えていた。その身を覆っている、邪悪と表現して差し支えないオーラ。纏うその状態からして当人のオーラではあるのだろうが、何処かに違和感も残る姿でもある。
 何か、借り物のようだと言うか。
 歪と言うか。
 そんなオーラが見間違いようのないくらい怒り狂う様を見せている。
 程無く、部屋を巡る男の視線が、修羅で止まった。
「お前かア…ッ」
 叫ぶように呼びながら、男は興信所に足を踏み入れる。
 途端、男の異様なオーラの奔流がぶわりと躍るように部屋の中に流れ込む。
 反射的に零がその荒れ狂うオーラを操ろうと――怨霊使役の力を以って介入しようと試みる。それで介入出来そうだと思ったのだ。そのくらい邪悪な、怨霊と似た手応えに感じたから。…慣れない者が迂闊にこれに触れては拙いと思い。
 それと同時に、叫ぶように呼ぶ。
「修羅さんっ」
 それ自体化物のような、荒れ狂う嵐の如きオーラにその声すらも掻き消されかける。
 聞こえなかったか。
 思うが。
 修羅は何も言われずとも、先に行動に出ていた。
 直前まですぐ側に居た者には聞こえていたかもしれない。…ナウマクサマンダバザラダンカン。慣れた調子でそう唱えると、修羅はソファから立ち上がり、前に出ている。
 次の瞬間。
 天から落ちてきた光が修羅を直撃する。
 光がそのままその身を包んだかと思うと、今度は修羅のシルエットが劇的に変化していた。
 背には激しく燃え上がる大火炎――カルラの炎。
 爛々と光る目を持つ憤怒相。
 右手には降魔の剣、左手には綱を持つ、明王尊。

 ――…『これは力を以って退けるしかあるまいて』

 修羅の口から厳かな重い声が聞こえた気がした、途端。
 右手の剣と左手の綱が、ごくごく無造作に――それでいて凄まじい圧力を周囲に感じさせつつ、男に向かって振るわれた。

 それだけで。
 その男の――吉住紀久の、異様なオーラの一切が、払われた。
 前後して、修羅の身から大いなる存在の――不動明王の気配が消える。
 修羅が元通りの姿に戻るのと、吉住がばたりとその場に倒れ込んでいたのは殆ど同時だった。



■D

 暫し後。
 再び興信所内の空気が落ち着いた――と見えたところで、いつの間に引っ込んでいたのか奥の部屋から風槻に草間、真咲の三人が応接間まで戻ってくる。…男が入って来ようとし、零が咄嗟に反応したそこで真咲が風槻と武彦の二人を奥の部屋に放り込んでそこに自分も飛び込んだような状況だったらしい。
 戻ってきた応接間は、案の定と言うか何と言うか、凄い状態だった。
 ただ、玄関ドアの破損以外は掃除で済みそうだと言う事は不幸中の幸いだったかもしれない。
 …応接間の惨状を訴えようとでもしているのか、何だかやるせない表情で零が戻ってきた皆を振り返っている。
 佇んでいる修羅の足許には、不動明王の霊験で縛られている男が転がされていた。
 その姿には、凄まじかったオーラの名残はまるっきり無い。
「…こいつ、とんでもねぇモン憑けてやがったな」
「何が憑いてた」
「悪霊だよ。波長の合う生き人と同化して、他者の霊的エネルギーを取り込んで力蓄えてくタイプのな」
 …何処で手に入れた――っつか憑かれたかは知らねぇが、それが今回の件の原因だったって事だろうよ。
 虚無の境界所属――元でも――と言う時点で、負の性質とは馴染み易いだろう。そしてポゼッショナーと名乗っていた以上は、本当に霊媒的な素質も無くもなかったのかもしれない。
「…ひとまず祓いはしたが…後はどうするよ?」
「取り敢えず起きるの待たない? …事情を聞くには本人が一番でしょ」



 と、そんな訳で更に暫し後。
 目覚めた男に事情を聞くなり――泣き言と悪態に辟易した。
 取り敢えず男の名前は吉住紀久で間違いないらしいが、やっぱり本来大した力は持っていなかったらしい事が空々しい言葉の端々から垣間見えた。能力面と性格面の頼りなさの問題で、三ヶ月前に虚無の境界から放り出されていたらしい――節操無く人を集めているテロ教団からただ放り捨てられると言うのもある意味妙な話だが。あの組織は一般人だろうが能力者だろうが狂人だろうが何だろうが、手に入れた人的資源は何らかの形で『最後まで使い切る』事を考えるのが常。だが恨み骨髄いつか俺を侮った事を思い知らせてやるとばかりの吉住の様子を見るに、放り捨てられたその事が嘘だとも思えない。…何者かにそう思わされていた可能性はあるかもしれないが。
 こんな筈じゃ、と悔しがる吉住に、あの悪霊はどうしたのかも訊いてみる。
 と。
 …アレは俺の力だ。Dが呼び起こしてくれたんだ、とここぞとばかりに得意げに言い募ってきた。
 聞いた途端、場の空気が止まる。
 武彦が目を細めて吉住を見る。何かに驚いたように零が目を瞬かせる。
 …風槻が片眉を跳ね上げた。
 が、それらに気付きもせず吉住は話し続ける。
 Dはアドバイスをくれたんだ、と。
 …力が足りないと思うなら自分で調達すればいい――食えばいい、と。 
 …俺だけの力があれば出来る筈だ、と。
 言われた途端、自分の身に何かの力が漲るような気がした、と。
 だから半信半疑ながらも言われた通りに実行してみたら、本当に力が増えているのが実感出来たと。
 こうすれば良かったのかと歓喜に震え、それからは、気が向いた時に手当たり次第。
 そこまで言った時点で、吉住は結局自分が目の前のとんでもない力を持つ学生にあっさりやられてしまった事を思い出し、話す語尾がぶつりと消える。
 と、何故か風槻がまた、一度は仕舞ったノートパソコンを取り出して開いていた。
 目線はノートパソコンの画面に向いたまま。ただ、何処か薄ら寒さを感じさせる程淡々とした声だけが吉住に掛けられる。
「ねぇ。そのDだけど。…どんな奴だったか教えてくれない?」



 風槻が聞き出した結果からして、吉住が言うDと言うのは、端整な顔立ちに眼鏡を掛けた黒衣の子供の事になるらしい。…吉住の足取りの中に確かにそんな子供と遭っている場面――とある店に設置されていた防犯カメラに写り込んでいる映像があった。一週間程前、と今回の件が起こり始めた時期も合う。ただ、肝心の二人はほんの僅かな時間しか話していない上に、二人が遭遇したのは何処かに留まっていた訳でも無い道端、そのDの方が吉住にぶつかりそうになって吉住が怒りつけたと言う、完全に偶然にしか見えない状況で。
 吉住の言う事を、そして修羅の見立てを信じるならば――この少年はその僅かな間に悪霊を憑け、吉住を唆した、と言う事になる。
 他の場面で接点は一切無い。
「…まさか、な」
「いえ。まさかと言うより納得出来ます。…彼ならばこの男の性質を見た時点で気紛れを起こしてやっていてもおかしくありません。彼は、人の心も読めますしね。底の浅い相手ならば、突き崩すのは簡単でしょう」
「………………草間にそこの兄さん。誰か心当たりでもある訳?」
「…ああ。そんな事をしそうな子供を一人、な」
「本当に子供が、ね。…行ってて小学五年くらいの男の子に見えるけど」
「彼は大抵の大人より狡猾ですよ。IO2に捜査官として所属していた俺の義兄も一度殺されてますし、草間さんも以前一度殺されかけてます」
 Dと名乗るのは初めて聞きましたが。
「…ふぅん」
「法条さんだっけ。…こっちの業界、年齢関係無いもんだぜ」
「まぁそれは…それなりにわかってるつもりだけどさ」
「俺は、一見そう見えそうもない悪魔染みたガキが居ても不思議とは思わねぇな。草間さんに、そっちの『慣れてる』っぽい真咲さんまで真顔で話してるような心当たりなんだろ」
「…何でも良いけど名乗る名前は選んで欲しいわね。同じじゃ聞こえが悪いわ」
「同じ?」
「あたし。情報屋としての通り名がDなのよ」
 まぁ、共通点って言えばただのアルファベットの四番目ってだけだけどさ。
 で、そのDって名乗った子供が唆して人を動かしたって事なら、こっちの名前のDも殆ど都市伝説の域だから…罷り間違えば重なり兼ねないかな、ってね。

 はぁ、と風槻は軽く息を吐く。
 それから、誰にも聞こえないくらいの声で呟いた。

 …憶えとこ、と。

【了】



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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業

 ■6235/法条・風槻(のりなが・ふつき)
 女/25歳/情報請負人

 ■2592/不動・修羅(ふどう・しゅら)
 男/17歳/神聖都学園高等部2年生 降霊師

 ※表記は発注の順番になってます

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 …以下、登場NPC(□→公式/■→手前)

 ■間島・崇之/依頼人

 ■真咲・御言/依頼人の代理人
 □草間・武彦/人脈が多い怪奇探偵(…)

 □草間・零/武彦の義妹で探偵見習い

 ■吉住・紀久/犯人(未登録)

■名前と存在のみ登場
 ■紫藤・暁/依頼人のスポンサー
 ■D/犯人を唆したと思しき存在(正体は当方の某登録NPC)

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          ライター通信
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 法条風槻様には初めまして。
 不動修羅様は再びの御参加になりますね。
(とは言え、PL様の方は…不動様のみならず法条様もいつも御世話になっていますな方のような気がしてならないのですが)
 御二方とも今回は発注有難う御座いました。
 不動様もですが特に初めましてになる法条様。PC様の性格・口調・行動・人称等で違和感やこれは有り得ない等の引っ掛かりがあるようでしたら、出来る限り善処しますのでお気軽にリテイクお声掛け下さい。…他にも何かありましたら。些細な点でも御遠慮なく。

 内容ですが。
 これから調査しましょうと言う方向なオープニングにしては…物凄く限定された範囲内で話が終わりました。
 即ち、舞台の場所が全部草間興信所の中だけで済んでます。
 法条様も不動様も御二人共、その場に居るだけで色々情報が集められたり対処が出来る方だったので…そしてそんなプレイングでもあったので、必然的に。
 事件原因の方ですが、若干ですが虚無絡みっぽかったり、法条様の通り名から連想してうちの悪役NPC二大巨頭(…)の片方を密かに絡ませてみたりしました。
 始末が付いたんだか付いてないんだかいまいち微妙な終わり方のような気もしますが、如何だったでしょうか。

 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いなのですが。
 では、また機会がありましたらその時は。

 深海残月 拝