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<東京怪談ノベル(シングル)>


あの朝に向かって、敬礼

 草間興信所事務所に、ドンドンドン、と乱暴ながらも規則正しいノックの音が響く。
 妹や事務員がいなかったため、草間武彦は渋々自分でドアを開けにいった。何だか嫌な予感を抱えながら。
「どちら様」
 ぶっきらぼうを装ってドアを開けると、目の前には1人の若者がいた。
 銀髪に緑の瞳。やや細身で、一見外国人だ。
 青年は両手をぴしっと体の横につけた姿勢で、
「失礼する! ここは興信所と聞いたのだが、たしかだろうか!」
 そのきびきびとした口調に、草間は心底びびった。あまりにも外見に似つかわしくなかったのだ。
 青年は鼻の上にしわを刻んで、
「貴様、聞こえておらんのか」
「……ああいや、聞こえている」
 こんな凄いのは久しぶりなだけだ、とは言わなかった。
「ならば応えろ。ここは興信所か?」
「……まあそうだな」
「では調べてほしいことがある。調べられるな?」
 ひどく高圧的な言葉に、草間はげんなりしながらも、
「内容によるさ」
「興信所たるもの万人を受け入れぬか!」
「怒鳴らなくてもいいだろう……分かったよ、分かったから、とりあえず中に入ってくれ」
 草間がドアを大きく開くと、青年はぱっと『敬礼』の姿勢を取って、
「失礼する」
 大股で事務所内に入ってきた。
 ドアを閉めながら、草間は嫌な予感が的中したことを半ば確信していた。
 彼は巷で『怪奇探偵』なる非常に不本意な通称を頂いている。
 その怪奇探偵の勘が告げているのだ。

 ――この客人は、普通の人間じゃない。

 ■■■ ■■■

「ここにたどりついたのは偶然なのだがな」
 と、青年は言った。
 草間はソファをすすめたが、中々座ろうとしない。「軍人たるもの、軽々しく椅子に座ってはならぬ!」と訳の分からない理屈を振り回している。
 草間が根気よくお茶を進め――もちろん日本茶で――「座っていてくれないとこっちが落ち着かない」と言い聞かせて、ようやく青年はソファに座った。
 ぴしっと背筋を伸ばし、足は大股に開いているものの、両拳はしっかり膝の上。
 そして青年はきびきびと言った。
「太平洋戦争における大日本帝国陸軍第5師団、第2隊隊長前田八千代についての資料を探し出せ」
「……はあ?」
 草間は間抜けな声を出してしまった。
 青年nは顔を真っ赤にして、
「第2隊隊長前田八千代だ! 殺した人間を見つけ出せ!」
「殺し……って、お前さん」
 そりゃ無理だ、と草間はお手上げのジェスチャーをする。
「第二次世界大戦の資料はほとんど燃えちまってるんじゃないかと思うし」
「そんなに激しい戦いとなったのか。うむ、たしかに俺がいた時も激しかった」
 青年はしみじみと言う。
「しかし資料が残ってないはずはない! 探せ、探すのだ! 日本男児たるもの仕事に手を抜くのではないっ!」
「そう言われてもな。難しい依頼だ。仮に前田八千代氏の資料が見つかっても、彼を殺した人間は誰かを見つけ出すなんて――」
「ええい、情けない」
 青年は嘆くようにテーブルに拳を叩きつける。
「そのようなことで、日本が護れるか!」
「……念のため言っておくが、戦争は終わったからな?」
 む、と青年の眉根が寄る。
「……やはりそうなのか。外を歩いていても戦の気配はなく、何やらちゃらちゃらした者ばかりでけしからんと」
「でお前さんはいったい何をむきになってそんなものを調べているんだ」
 青年の説教じみた言葉が長くなりそうだったので、草間は遮った。
 青年はまっすぐと草間を見て、
「前田八千代は俺だ。俺は一度死んで、蘇ったのだ」
 と言った。
 
 言動で大体予想はついた――
 疲れた気分で草間が煙草に火をつけようとする。すると「客人の前で何事か!」と八千代に怒られた。
 仕方なく火がついたばかりの煙草を灰皿でもみ消し、
「それで? 外見は隔世遺伝かなんかか?」
「違う。純然たる日本人だ。外国の血など我が家には通っておらん」
「……その外見は突然変異か?」
「それが分からんのだ」
 八千代は眉根をきりっと寄せた。
「気がついたらこの姿だった。俺は戦場に出ていたはずなのだが――しかし、体に残っている傷痕は、間違いなく以前の俺と同じもの。ひとつだけ違うのは、胸に弾痕があるということだ」
「ああ……」
 草間は腕を組んだ。
「つまり、お前さんは銃で撃たれて死んだんだな」
「そうらしい。そこの辺りは俺にもよく分からん」
 ただひとつ分かっているのは、
「……この胸に憤怒の思いが宿っているのが分かる。俺はこの思いから蘇ったのだ」
「そうか」
 しかし、と八千代は寄せたままの眉をさらに寄せて、
「ここはいつの時代なのだ? 俺が生きていたのは昭和●●年だが」
「今は平成と言うんだ。平成●●年。お前さんは50年前の人間だな」
「なんと! 昭和天皇は崩御なされたのか……!」
 愕然とした様子で八千代は腕を震わせる。
 落ち着いて落ち着いて、と草間は両手を八千代の前に突き出し、
「まあ、蘇っちまったものは仕方がないな。50年前か……お前さんを殺した相手も、生きているかどうか怪しいところだ」
「むう」
 八千代は腕を組んでうなる。
「まあお茶でも飲んで落ち着いてくれ」
 と草間が八千代のまったく中身の減らない湯のみを前に押し出した時、興信所の電話が鳴った。
「失礼」
 草間はデスクに向かい、電話を取る。「はい、草間興信所」
 そこから草間は仕事の顔となり――八千代が相手の時はいまいち気が入らなかったのである――メモ帳につらつらと文字列をメモしていく。
「かしこまりました。人を向かわせます」
 そこから挨拶の一言二言。草間は電話を切った。
 八千代が興味深そうに草間の様子を見ていた。
 草間はパソコンの前に座り、電源を入れるとキーボードを叩き始める。
「何だその機械は」
 八千代は立ち上がって覗きに来て――ディスプレイの細かい文字列と数字に目を回したようだった。
「さて、誰を向かわせるかな……」
 草間はプリントアウトした書類を手に、ぎしっと背もたれに背を預けて考えようとして――
 ふと、傍らでまじまじとパソコンを見ている八千代に目をつけた。
「なあ、前田氏」
「なんだ」
「体が鈍っているんじゃないか? ちょっと動かしてみる気はないか」
「む?」
 草間は書類をぴんと弾いた。
「とある人物の身辺警護の仕事が入ったんだよ」

 ■■■ ■■■

 最初こそ嫌がった八千代だったが――
 他にすぐ手の空きそうな奴がいないんだよ、と草間に頭を下げられ、渋々と了解した。
 頼まれると断れない。この辺り、極めて日本人的な男だ。いや、八千代の内面はどこからどこまでも日本人そのものだったが。
 依頼人は、宝石商とのことだった。先日、海外で大きなブルーダイヤがオークションにかけられ、それを見事競り落とした。
 今日は、そのブルーダイヤを受け取りに空港まで行き、そしてそれを無事に店まで持って帰らなくてはならないとのこと。だから事実上、彼の身辺警護というよりはダイヤの警備のようなものだ。
 宝石商は、警護役としてやってきた銀髪に緑瞳、細身にそれほど背も高くないという頼りなげな風采の八千代を見て、うさんくさそうな顔をした。
 八千代は相変わらずのびしっとした黒スーツ姿で、
「俺を誰だと思っている。太平洋戦争で実際に戦った男だ」
「何のことだか」
 余計にうさんくささが増してしまったが、とにかく、と宝石商は咳払いをした。
「草間興信所のことは信用している。ということで、あんたのことも信用する。いいんだな?」
「当然だ」
 八千代は胸を張る。内心では、まったく宝石などというちゃらちゃらしたもので、と思いながら。
 宝石商は若いエリート風の青年だった。八千代は第一印象から、その青年に「ただものではないな」という雰囲気を感じとっていた。
 眼光が鋭いのだ。生き生きしている。
 実際、宝石商の動きはとてもきびきびしていて、その辺りは八千代にも好印象だった。
 しかし、同時に胸の奥にしこりも残る。
 秘書にてきぱきと指示を与え、自らも動き、その目も耳もフル活動させて、彼は立ち回る。
 ――生きている、とはこういうことだ。
 今の自分には活力がない、などとは八千代は思っていなかった。だが、実際に『生きている』人間を目の前にすると、その輝きがまるで違うことが伝わってくる。
 胸にまっすぐと突き刺さる矢のようで、一度刺さると引っかかって抜けない。
 八千代の心に闇がかかる。
 ――自分もあのように活力にあふれた存在であったはずなのに。
 なぜ今もそうだと言い切れない?
 理由の分からぬ苛立ちが、ぐつぐつと煮え立つように八千代の心を乱す。
 闇の中、足下が分からぬまま歩いているような不安定さを感じて、彼は必死に頭を振った。
 振り切れ。振り切れ。
 自分はこんなに弱くなかったはずだ。
 そう、弱くない。
 ――死んだところで、それは変わらない。

 そう言い聞かせている時点で、自分が気弱になっていることに、薄々気づいてはいても。

 ――生きていれば。
 ふいに襲ってきた思いに、全身が凍りつく。
 戦場で敵襲にあった時でさえ、これほどに弱い感情は抱かなかったというのに――……

「前田さん」
 呼ばれてはっと我に返ると、宝石商が渋い顔でこちらを見ていた。
「さっきから上の空だ。本当に信用できるのか」
「俺をなめるな」
 八千代は表情を引き締めた。
 そうだ、今は仕事が優先だ――

 宝石商にぴったりとくっついて、1日。SPは他にもいたが、八千代は一番近くにいた。
 ブルーダイヤとやらは1度だけ箱を開けて本物であることが確認され、それ以降しまわれて、目にすることはなかった。
 もとより宝石には興味がなかったが。
 ふと――
 肌を突き刺すような視線を感じ、八千代は振り返った。
 建物の陰に、さっと誰かが隠れた。
「曲者だ」
 宝石商の耳元で囁き、八千代は即座に動いた。疾駆する。戦場を駆けていた頃のように。
 やがて建物の曲がり角を曲がったとき、そこには数人の男たちがいた。全員がサングラスをかけている。いかにも怪しい。
「お前たち、今見ていただろう。何者だ」
 八千代は落ち着き払って誰何した。その瞬間、
 目の前の男たちの1人が、拳銃を持ち上げ引き金を引いた。
 ぱしゅっ――
 サイレンサーをつけた拳銃の音は、極限まで抑えられていた。八千代には聞いたこともない音だった。
 衝撃。
 胸をまともに。
 貫かれて。
 弾は背中まで貫通した。今の八千代は細身だ。それが幸いしたというべきか。
 否――
「………」
 八千代はにじみだした血が、すぐに止まったのを感じる。傷痕に手を当てると、まったく痛くなかった。残っていたのは衝撃だけで、まるで豆鉄砲で撃たれたような感覚だ。
 取り乱したのは男たちの方だった。
「ば、ばかなっ」
 八千代は反射的に軍刀を抜いた。――この軍刀は、草間興信所で手に入れたものだった。あの興信所は何かと不思議な物が多い。
 一閃。1人目の手の甲を打ち据えると、ニの太刀で2人目の肘を外側から打つ。
 草間から、「今は戦争中じゃない、人殺しは重大な犯罪だ」と言われていたので、峰打ちで済ませる。
 手の甲も肘も、打たれれば骨折し銃がこぼれた。
「ちくしょう!」
 ぱしゅ、ぱしゅ、ぱしゅ、とまたあの不思議な音がした。
 体のあちこちに衝撃が走った。
 そして少しの間血が流れた後、すぐ止まり――八千代は変わらずそこに立っているのだ。
(ああ、そうか)
 一歩踏み込み、軍刀を振るいながら八千代は思う。
(これが、『死人』ということなのだな)
 男の1人の脇腹に一太刀。
 さらに返す刀でもう1人の首筋を打ち据える。
「化け物……!」
 そううめくように言って、そのまま地面に崩れ落ちる男。
 それを冷たい目で見下ろしながら、八千代は思った。
 ――そう、今の自分は化け物と変わらないのだろうと。

 ■■■ ■■■

 宝石商の報告で他のSPたちもようやくやってきて、軍刀を手にたたずんでいる八千代を見つける。
「どうかしたんですか?」
「……何でもない」
 頭を振って、八千代はSPたちに後始末を頼んだ。

 陽が落ちる頃、ブルーダイヤは無事店のセキュリティの中に安置され、身辺警護の仕事も終わった。
 八千代は他に行くところもなく、草間興信所へと戻ってきた。
「どうだった? 少しは体動かしてすっきりしたか」
 と草間はコーヒーを飲みながら気楽に言ってきたが、八千代の顔色はすぐれない。
「なんだ?」
「……生きていた頃、たとえ死んでも蘇って日本国のために戦うのだと誓っていた」
 草間は黙ってコーヒーカップをテーブルに置く。
 八千代はつぶやいた。
「だが、実際に蘇ってみると――この体は化け物となんら変わりはない。俺は、人間ではなくなってしまった」
 草間が両手の指を組み合わせて、足の上に置く。
「まあ、俺は死んだことがないから分からんが」
 彼は肩をすくめて、微笑した。
「お前さんの『生』に対する厳しい姿勢は、必要なものだと思うぞ。そこに、お前さんが生きているか死んでいるかなんてことは関係ない」
「草間……」
「……『生きて』いけばいいさ。これからもずっと」
 知ってるか? と茶目っけのある口調で、探偵は言った。
「生者にも死者にも、朝は必ずやってくるらしい。埋葬されない限りはな」
「―――」

 その夜、草間興信所に泊まった八千代は考える。
 生に対する姿勢。自分はどう考えて生きていくのか。
(弱気になど、なっていられない)
 体中に駆け巡る傷痕にかけて、この『生』はゆずれない。

 翌朝はよく晴れた青空だった。
 興信所を出た八千代は、太陽に向かって敬礼する。
 ――これからの人生を、誓って。


<了>