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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


black archetype

■オープニング

 火の付いていない紙煙草を銜えた中年男が某ネットカフェの端末の前に座って何やら書き込んでいる。
 一度何処かの掲示板に書き込んではまた次。一応は場所を選んで、あちこち、何度も同じ内容――けれど文脈は少しずつ変えて書き込んでいるようなそんな感じだった。
 書き込んだ記事の投稿者名は御多分に漏れず匿名希望。
 …『彼』は『ゴーストネットOFF』の投稿掲示板にもまた同様の内容を書き込んでいる。
 書き込む前の時点で、同様のネタが既にして何度も振られている事を確認してから。

 そのネタとは――都内某所の鉄道車両倉庫付近で、一気に三人も惨い殺され方をしていた猟奇殺人事件についての事。
 それだけならばゴーストネットの話題としては畑違い。だがそれでもこのゴーストネットでちらほらと話題になっているだけあって、確かにそういう意味でも怪しい情報が垣間見えている事件でもある。

 三人とも、被害者の遺体は人間では有り得ないくらいの物凄い力で無造作に引き千切られたようにバラバラにされていたらしい。…それも、どうやら生きながらだったのではとか。
 足りない部分まで結構多くあったらしい、と言う話もある。
 だが――場所柄有り得なくもなさそうな轢死と言う訳でもないらしい。場所の方にはそれらしい痕跡は何も残っていなかったとの事。レールにも、車両にも。
 だからと言って――猛獣が近場の動物園から逃げ出したとかそういう話も無いそうだ。
 それから、現場の惨状には本来あるべきものが何故か何処にも無かったと言う話もある。
 無かったもの――それは、血液。
 遺体の破損状況を見る限り現場は血の海になっていておかしくないのだが――何故か血の色は無いに等しかったらしい。…まるで被害者の身体から、予め血が一滴残らず抜かれていたような。

 …ここまでは、『彼』が書くまでもない話。誰かが何処かで書いている話の繰り返しになる。
 だから『彼』はその話を織り交ぜつつ、別の新たな情報をそこに追加する。

 現場付近に設置されていた防犯カメラの映像が――それも、被害者が殺されるその時の様子の一部始終が映されている映像が存在する事を。
 けれどその映像は表立って公表される事は決して有り得ないと。…いやそれどころか、防犯カメラがあった事それ自体さえ表向きは否定される事になるだろうと。
 何故なら映されていたその映像は――何処からどう見ても『化物のディナータイム』としか思えないものだったから。そんなものが公的に認められる訳がない。CG、トリック、ツクリモノと思われるのがオチ。
 けれど、そんな映像が何の細工も無い筈の防犯カメラに実際に残されている。更には人間の力で起こすのは無理だろう猟奇殺人事件の痕跡まで、ツクリモノでは無い証拠とでも言うようにそのカメラが見ていた位置にはっきりと残されている。
 だから『彼』は書き込む事しか――情報を伝える事しかできない。

 ――『食事』であるならこの事件だけで終わると思うか?

 最後にこう問い掛けて、『彼』の書いた記事の内容は締められている。



「…誰か気付けよこれで」
 と、『彼』――紙煙草を銜えたままの中年男は某ネットカフェの端末の一つの前でぼそりと呟く。
 その男は普段はこの手の書き込みをする時は、自分を表す記号として『常緑樹』と言うハンドルネームを利用している事が多い。
 が、今回は使わない。
 …記事が何者かに検閲される可能性が高いから。
 こんなところでこの話――事件の話のみならず『防犯カメラの映像の話』まではっきり出せば、その記事はまず消される。
 だが、情報を提供する場所を選べば――例えばここゴーストネットで書くのなら、対応出来るだけの能力を持った上で首を突っ込んでくる奴も記事を見ている可能性が、高い。消される前に伝えたい連中に伝わる可能性も、高い。
 …実は関連各調査機関にも密かに話を通して、衝撃的な防犯カメラ映像のプリントアウトまで一応預けて来てありもする。
 どんな形でもいい、まともな人間が手を出せそうにないこの事件に、出来る限り速く対応して欲しいから。
 だから頼れそうな奴に出来る限り速く話が届くよう、なるべくこまめにあちこちに――この巨大掲示板であるゴーストネットに書き込む事までしている事になる。

 と。
 …「常緑樹」こと成り行きで怪奇系の担当刑事にされてしまっている常磐千歳――が思っていた通り、ほんの数分後、今彼がゴーストネットに書いた書き込みは何者かの手により消去されている。
 勿論、管理人の瀬名雫や彼女に連なる者の手によってでは無く――それ以外の何者かの手で。



■書き込み後

 常磐千歳はゴーストネットOFFに書き込みを終えた時点で手を止めている。ページを移動もリロードも何もしないまま、暫く筐体の前で小休止。火の付いていない紙煙草をカップに付いて来たソーサーに置き、代わりにカップの方を取り上げた。椅子の背凭れにどっかり身体を預け、ネットカフェの一席と言うこの場所を借りるがてら取り敢えずオーダーしていた泥水のような珈琲を啜っている。
 と。
 唐突に声が掛けられた。
 常磐が座っているそこのすぐ背後、斜め上から嫌味な口調の冷たい声が降ってくる。
「…ネットにリークですか。あまり感心出来ませんね」
「…」
 常磐は椅子をそのままくるり。
 椅子ごと半回転させて己の背後を見ると、そこに居たのは上等なスーツ姿の二十代後半と思しき男性が一人。職業ならではの刺すような独特のオーラを持っているのは優秀さの証でもあるだろうか。…要は常磐と同業、警察組織の私服捜査官――刑事である。
 知らない顔でもなかった。
 それを確認するだけしてから、常磐は何も言わずにくるりと筐体に向かって元通りに向き直る。
「無視ですか。常磐警部補」
「………………あー、なんでこんなところに対超二課の来生警部殿がいらっしゃるんでしょうかね?」
 常磐の背後に現れていたのは、来生充。
 所属と階級を言うなら、警視庁超常現象対策部二課――超常犯罪捜査担当の部署――配属になっている警部である。警部であると言う通り、警部補である常磐より年齢は下だが立場は上だ。但し、配属は全然違っていたりするが。…ちなみに常磐は警視庁組織犯罪対策部四課配属になる。とは言え彼の場合、本来業務のままに暴力団事務所を巡るのは片手間で、メインとしては成り行きで押し付けられた怪奇関連の調査機関――要は草間興信所やらアトラス編集部のような場所の事だが――を巡っている事になる為、あまりマル暴らしくはない。
 ともあれ、どちらにしても「一歩間違えれば危険と隣り合わせである場所」をあちこちパトロールしつつ遊軍で動いているのが基本と言う業務内容である為、居場所が捕捉し難い事だけは言える。
 来生は座る常磐の横に来て、これ見よがしに筐体の画面を覗き込み――常磐の書き込んだ文面をじっくり確認して――ふぅん、とばかりにわざとらしく頷く。
 それから改めて常磐を見た。
「貴方を捜してたんですよ。捜査の引き継ぎをしようと思ってね」
「…それでこんなところにまで俺なんかを捜しに来るかなノンキャリの出世頭が」
 ぼそり。
 と、常磐は他には聞こえないような声でひとりごちたつもりだったが、来生の方は聞き逃さない。
「捜査に必要とあらば何処にでも捜しに行きますよ。例え貴方のような面倒な方であってもね」
 すかさず反応され、常磐はうへぇとばかりに嫌そうな顔をする。
 来生の方はと言うと、そんな常磐の態度を全然気にも留めない。
 先を促す。
「で。…捜査の現状を聞かせて頂きたいんですが?」
「…んー、現状ったってな。特に進展無しだなァ。現場近くの『パトロール先』でも何処も目立った動きはしてねぇしよ。軽く聞き込んでもみたが収穫無しの野次馬だらけと来らァ。…そもそも『あの画』の事が出せねぇとなると聞き込み自体が難しいしな? …この調子じゃあまともにやってちゃまず宮入りだ」
 それでコチラに来た訳なんだがね。と常磐は目の前の端末を指し示す。
「…検索したらこのネタ結構あるのな。それも確り『こっち側』な板でもよ?」
 と、端末を操作して検索結果の画面を表示させる。
 そこには犯罪系・社会系のサイトのみならず、ゴーストネットをはじめ怪奇系のサイトも複数検索されていた。常磐は検索されたそのリンクからまた該当のページに跳ぶよう操作する。スクロールをし、事件の話題を取り上げているスレッドの中にある一つの記事――の下半分と、次の記事の頭を表示させると、ちらりと来生を見る。
「ここの間になる位置に、こことは別のネットカフェで約十五分前に書き込んだ。…さっきあんたがその目でじっくり確認して下さったゴーストネットに書いたのと同じ概要のネタをな」
 …が、その時間帯に書き込まれた記事は無い。改めて見直せば、常磐の言を裏付けるように上の記事と下の記事の間の記事番号が一つ抜けている。
 常磐はまた端末を操作し、別のサイトに跳ぶ。
「ちなみにここには約四十分前にまた別のネットカフェで書き込んだ」
 今度は常磐のものらしい匿名の書き込み記事は確りと残っている。…但し、防犯カメラについての話題は避けられた内容での書き込みだが。
「…で、ゴーストネットに戻るとだ」
 言いながら、常磐は来生が来た時点で画面に表示されていたページ――ゴーストネットOFFの掲示板に再び移動する。スクロールして記事の位置を調整。
 と。
 …さっきまであった筈の常磐の書き込み記事が、もう無かった。
「これは…」
「何度か時間計ったが、投稿が反映されてから消されるまでの時間はまず長くて二分てとこだな。今まで俺が『あの画』のネタを書き込んだ全部がそうだ。で、試しに『あの画』の話題を避けた内容で書き込んでもみたんだがその場合は放置。残ってる。どの書き込みも地域をズラして別のネットカフェからした上で、書き込む時間帯やらタイミングも適当に変えてみたんだがどれも結果が変わらねぇんだよな?」
 …つぅ事は、書き込みを消してる何者かは俺の動きを追ってるだけって訳でも無ぇ。『あの画』――『防犯カメラの映像』って内容の書き込みだけを追って消してるって事になる。それだけの事が出来てるって事なんだよな。
 と、あっさりと続けてくる常磐のその科白に、来生は目を険しくする。
 じろりと常磐を見た。
「…貴方も大概狸ですね。ゴンゾウを気取られるのは不快です」
「いやコレ単なる偶然で気付いただけだし。初めっから確認しようと思ってやってた訳じゃねぇっつの」
 それだけ機動力ある誰かが事件の裏に居るかも、って事なんかさ。
「…。…まさか刑部和司元警部に知らせようとか考えてはいないでしょうね?」
 今はIO2に所属している貴方の元相棒の。
「…それ俺がしたら越権になっちまうだろうがよ?」
 即ち、公人としてはIO2に助力を求めた事になってしまうから。実行するならば現場レベルでは無くもっと上の許可が居る。
 が、来生としてはその説明だけで常磐の行動に納得が行く訳でも無い。
「貴方が今ここで行っていた事が権限の内とも思えませんが?」
「あーはいはい。だからこそ来生警部殿がわざわざ俺なんぞのトコロまでいらっしゃった訳で。捜査の引き継ぎでしたね、引き継ぎ引き継ぎ」
「ええ。他にも何か『単なる偶然で気付いた』ような事があったらそれも漏らさず申し送って頂けると」
「…へいへい。…あー、そんじゃ取り敢えずヤバそうな感触のある関連スレッドとか記事伝えとくわ。幾つかピックアップできたから」
 と、常磐はまた端末を操作して複数リンクを選択し、ジャンプ。…知っていてか偶然かは不明だが確りと的を得てしまっている事件の噂やら、怪奇系の板にも拘らず、事件に関するやけに詳しく本気な論考やら色々とある。
 …これでは、防犯カメラの画の件が無くとも、いつ何処で誰が興味本意で調査に乗り出してしまうかわからない。
 来生はまた常磐をじろりと見る。…彼にピックアップされた幾つかの記事を見てしまっては――それを書いた連中に対してならば確かに、むしろ防犯カメラの画について出してしまった方が危険だと注意を促せる事にはなりそうだ。が、そう言った連中以外の目に防犯カメラの画の件が触れれば、逆に不謹慎で考え無しの野次馬が増え兼ねない――例え長くて二分間しか記事が残っておらずとも、時間限定で消されていると言うその事実に気付かれてしまえば、余計に興味を抱かれてしまう可能性すらある。
「…いちいち火消しをしていても間に合いそうにないですね。もうここまで来れば時間の問題です」
 言いながら、来生は常磐の隣の席に――隣の端末の前に座る。
「?」
「…それだけ調べられるくらいなら、このくらいの事は思い付いて下さい」
 常磐警部補。
 わざとらしくそう呼びながら、来生は端末を操作。常磐が無遠慮にその画面を横から覗き込んでいる。来生は全く気にせず続ける。…玉石混淆の情報ながら怪奇系で関東圏最大となればゴーストネットOFFが最適。そこにこの事件を本気で調べる為のスレッドを立てて書き込む。その書き込みを終えると、今度は先程常磐から伝えられた記事がある板やスレッドその他に、今立てたゴーストネットのスレッドへと誘導する書き込みも始めた。
 常磐がへぇとでも言いたそうな意外そうな顔で来生を見る。
 来生はその視線を感じながらも、画面から目を外さない。
 声だけで反応する。
「一度ネットに流れた情報を消す事は至難です。ならばそれを逆に利用するのが賢明でしょう?」
「つっても『あの画』の件は妙に完璧に消されてるがね?」
「なればこそ、事件に関係するだろう裏に居る者にもネットの情報は届いていると言う事になります」
 事件解決に乗り出そうと言う善良な市民のみならず、犯人側が動く指針にもなっているかもしれません。
「…良いのかい?」
 囮にするような真似して。
「…それを貴方が言いますか。まぁ、どちらにしても組対四課の貴方が気にする事ではありません。この案件については後は対超二課で引き継ぎますので、常磐警部補は本来業務にお戻り下さい」
 どうか余計な事は、もうしないで下さいね?



■消されまくる書き込み

 とあるエレベーター無しな四階建ビルの四階の部屋――ビルオーナーの居住スペースになっている部屋での事。
 ビルオーナー当人でもある男だか女だか微妙な容姿の人物が、ベッドの上でのほほんごろごろと寛いでいる。
 その手許にはノートパソコンが一台。
 …どうやらネットサーフィンをしているらしい。
 枕を両腋の下に置いて体勢を安定させつつ、やっぱりいつでもどこでも持っている材質不明の扇子でぱたぱた自分を扇ぎ――うつ伏せに身体を放り出したまま神妙な顔でノートパソコンの画面を閲覧している。
 暫くそのままで居たかと思うと、はぁと派手に嘆息。
 ネットの中に数多書き込まれている世間様で流れる風説に、思わず文句が出てしまう。
「…まったく、東京とは恐ろしいところだな。魑魅魍魎が跋扈しているではないか」
 と、自分の事を棚に上げて嘆息したその人物――ラン・ファーが見ていたのは、ゴーストネットOFFの記事。…都内某所の鉄道車両倉庫付近で三人惨い殺され方をしていた事件について。
 不審な点が多過ぎるのが、畑違いっぽい怪奇系の掲示板でまでちらほら話題に上っている理由になる。…曰く電車での轢死並みの酷い亡骸状態だったのだがこの事件の場合人体をそう出来る手段が見当たらないので化物がやったと言われた方が納得が行くような状態であるとか、曰く五体満足とは程遠い被害者の亡骸状態にも関わらず血液が一滴も現場に残っていなかっただとか、曰く事件の一部始終を写していた防犯カメラの存在があるらしいのだが御上はそれを隠し通すつもりだとか、曰くそのカメラに残されていた映像は紛う事無き化物のディナータイムだったとか。
 …何にしろ、物騒である。
「そもそもそういうものに対応する組織が存在する事も確かなのだからさっさとどうにかせい。…まったく」
 ひとりごちつつランは身体を起こす。こきこきと肩を回しつつ、おもむろにベッドから下りて台所に向かう――正確には台所の冷蔵庫に向かう。…アイスでも食べつつ、暇潰しがてら様子を見てみようと思った訳で。
 冷蔵庫内冷凍室から目的の物を引っ張り出し、再びベッドに戻る。
 戻ったところで、表示させっぱなしだったゴーストネットの掲示板を何となくリロード。何か新規の書き込みが増えてはいないかと思い。
 と。
「なぬ!?」
 …あろう事か、新規の書き込みが増えているどころか――逆に減っていた。
 何故か、確かに見た筈の新着記事が一つ消えている。
 その記事の内容はと言えば、防犯カメラ絡みの話が具体的に出されていた唯一の書き込み。事件そのものに関係する話である事は同じでも、他の書き込みには異常は無い。
 リロード。
 少し間を置き、またリロードを繰り返す。
 新規の記事が増えていた。
 が、同じ匿名希望の書き込みでも、文脈の違いから考えて別人の書き込みに見える。
 そして――防犯カメラの件には綺麗さっぱり触れていない。
 リロード。
 …防犯カメラ絡みの話を書き込んだ奴が、何か書き直して新たに投稿したならそろそろ表示される頃合である。
 が、そんな感じの書き込みはいつまで経っても増える気配が無い。
 無関係そうな書き込みならば増えていく。
 …何故だ?
 不審に思う。
 で、ランは同じ事件の話題を取り扱っている他のサイトも巡ってみた。
 と、防犯カメラが絡む話題は一つも無い事に気付く。

 …。

 どういう事だコレは。
 思い、ランは試しに自分でも書き込んでみる。
 この事件、犯行の一部始終を撮っていた防犯カメラがあると何処ぞで書いてあったのを見たがその映像を入手出来そうな伝手を知らないか、と。
 あまり成果を期待はしないで、一ヶ所ではなく幾つかの板で同じ事を書いておいてみる。
 それを済ませてからアイスを口に運び始める。冷凍庫から出したばかりのアイスはまだ固いもの。今の間の室温で幾らか軟らかくなり、ちょうど食べ頃になっている。
 …いや、少し軟らかくなり過ぎか。
 そう思い、なるべく急いで食べる。
 食べ終わってから、ランは自分が先程書き込んだ板を取り敢えず回ってみた。
 と。
 …返答があるどころか、ランが書き込んだ筈の記事はどれもこれも綺麗さっぱり消えていた。
「なっ…こっ、これは…! 何者かの妨害があると言う事か!? そうなのか!?」
 大声を上げつつ再び同じ事を――また別の場所に書き込んでみる。
 反応は同じ。
 それどころか確かめてみたら、記事が消されるまでの時間は約二分。
 書く度に消されている。
「…くっ…これは私に対する挑戦か!? そうだな? そうなんだな!? ならば受けて立とう絶対に防犯カメラの映像とやらを入手してやろうではないかっ! このラン・ファーをナメるでないぞっ!!」
 ランは高らかに言い放つと、それまでよりちょっと本気で映像入手の手配を行おうとする。例えばそれっぽい――草間興信所とかの――連中と伝手を付けようとも考え電話を取り出し掛けてみる。
 と。
 携帯で通話相手を呼び出しているそこで、放り出したノートパソコンの方に、何者からかコンタクトがあった。
 小さなウインドウが開いて、勝手に文字列が打たれている。

 ――…『突然不躾に失礼致します。とある映像を探してらっしゃるとの事ですが、宜しければお譲りしますよ』

 ランはすぐ、そのウインドウの中の――文字列の下に点滅するカーソルがある事に気が付いた。
 反射的に電話を切っている。
 打ち込んだ。

 ――…『何者だ? 私の書き込みを消していたのは貴様か? それとも違うかどうなんだ? まずは名を名乗れそして何者であるのかもこの場で私にしかと知らしめてみよ。それからだ』

 反応はすぐ来た。

 ――…『私はセレスティ・カーニンガムと申します。どなたの書き込みも消してはいません。けれど特定内容の記事が消され続けている事に気付いた者の一人ではあります。なので、消されてしまっている記事の書き込みをなさったと思しき方を追いかけて、不躾ながらコンタクトを取らせて頂いている次第です。私の方では件の映像を入手出来ましたので、希望される方にはコピーしてお譲りしたいと』

 ――…『待て。お前はあの時の美形な御主人様と言う事か?』

 ランがすかさず打ち込んだ文字列に、セレスティと名乗った方の反応があるまで少し間が開いた。

 ――…『ひょっとして、あの時の面白い方ですね? お名前はランさん』

 ――…『そうだ。気付いてなかったのかこんな真似をしておいて。まぁいい』

 それより映像を入手したとの事だが。
 はい。…恐らくは一番初めに具体的に防犯カメラの件を具体的に書き込んだ当人さんからの提供なんだと思いますが。それらしいものを入手しました。で、この映像をお求めになると言う事は、ランさんもこの事件に興味がおありと言う事ですよね。宜しければ一緒に調べませんか? ひとまず件の映像は先に送りますので。
 と、そんな文字列の後に、映像添付のメールが届く。
 開いてみた。
「…ほぉ」
 ランは思わず感嘆符を上げる。
 開いた映像ファイルに写っていたのは――…。



■誰だろう

 …自室はいつも、あまり明るくはしていない。
 パソコンの、ディスプレイの光が血の気の無い白い顔を照らす。血の気が無いと言っても別に具合が悪い訳でも無い。この顔色でも彼――宵待クレタと言う少年の場合、いつもの通り元気は元気だ。元々、あまり陽の光の下で生活をしていないだけの話になる。
 ただ、『元気』と言う言葉があまり似合わない少年でもある。
 殆ど他者と接さないせいもあるのか表情は殆ど動かない。感情も、読めない。
 ただ、ガラス玉のような左目の――赤い瞳だけがディスプレイを見つめている。
 ディスプレイに表示されているのは、あちこちで噂になっている事件についてになる。…都内某所の鉄道車両倉庫付近で起きた、被害者三人が一気に殺された惨殺事件。
 それだけならばクレタの場合特に気にする事も無い。が、不審な点が多過ぎる事と怪奇系大手のゴーストネットOFFでまで同じ件が話題になっていた事で、今回のこれの場合は興味が湧いた。
 少し考えてみる。
 一気に三人を殺害した犯人、の事。
 轢死の如き姿を残している被害者の酷い状態。
 そんな酷い状態にも拘らず、被害者の血が残されていない事。
 現場は、ごく限定的な範囲内。
 まだ潜伏している可能性。
 …広範囲の移動が難しい状態か、それ程頭の回る者では無い?

 これ、何かの実験体の…仕業かな。

 殆ど直感で、そんな気もした。
 一度は確かにあった筈の掲示板のログが消されている事で、余計そう思った。…消された記事の内容を広めたくない誰かが居る――それも知識のある者が裏に居る。しかも素早く消去できる程の機動力。殺害犯を泳がせて様子見したい理由がある? …なら、それは何か観察する為で、殺害犯は観察対象に当たるとか――そういう理由を真っ先に思い浮かべてしまう。
 自分も昔、実験体扱いな境遇だった事があるからそう思うのかもしれない。
 興味が湧いた理由はそのせいなのかも。
 …でも。
 どちらにしても、ここまで情報が広まっては、駄目だと思う。
 止めるべきだと思う。
 止めた方が良いと思う。
 悪い事だとか、酷い事だとか思うからじゃなくて。
 …いや、それもあるのかな。
 とにかく、妨害する者が居ると殺害犯側に知らしめた方がいい。
 そんな風に、思う。

 また少し考えてから、書き込みをした。
 消されている記事の共通点。…防犯カメラの映像の話。殺害犯の姿を捉えたどころか、殺害の一部始終すら撮っていたと言う、それ。そこまで具体的に書いてある…内容のみならず文脈からしても多分同一人物がしたのだろうその書き込みが、真っ先に消されている。
 だから。
 …こんな話が書いてあったんですけど、その映像持っている人居ますか、と。
 適当にあちこちに書くだけ書いて、クレタは少し待つ事を選ぶ。

 暫し後、反応があったかどうか見てみた。
 …どの書き込みも削除されていた。
 何となく予想はしていたが、実際にそうされると、その映像とやらが余計見たくなりもする。
 どうしようかな、と思う。
 …思いはするが当ても何も見付からなくてうーんと考え込んでしまう。
 結局、また事件関連の書き込みをあちこち見て回る事にした。
 ひょっとしたら、何処かであの具体的な書き込みをしていた人の手による新しい書き込みにぶつかるかもしれないか、と思い。
 その人と直接情報交換が出来れば一番早いから。

 と。
 今度は、妙な書き込みを見付けた。
 …ゴーストネットOFFで、スレ立ててこの事件について本気で調査に乗り出すみたいだと言う書き込み。
 慣れた感じに――不自然が無い感じ、書き込んだ当人の単なる興味の発露のように偽装してはあったが、ネットと言う環境に慣れている身にしてみれば明らかに意図的な誘導の書き込みに見える。
 とは言え、その意図が看破出来る程慣れている者の行動の常として、避けるより敢えて乗っかって騒ぐ方を選び易いのも確かである。誘導先が不明な訳では無く、ゴーストネットのような有名な巨大掲示板とはっきりしているならば尚更。なら、意図があろうが天然だろうが、結局これを見た者がそちらに集まるだろう事に変わりは無い。
 その書き込みを見て、クレタは誰かが動き出したのかな、と思う。
 …殆ど同じタイミングで、目の前のディスプレイに突然小さなウインドウが表示された。…『突然不躾に失礼致します。とある映像を探してらっしゃるとの事ですが、宜しければお譲りしますよ』。その下、次の行の頭に当たる場所、続きを書けとでも言うように――返事を打てとでも言うようにカーソルが点滅している。
 誰だろうと思う。
 考える前に指の方が動いた。…『情報料を払ってまで探すつもりはないけど』。お譲りしますよと来れば売り付けに来たと言う可能性もあるから。…防犯カメラの映像、見たいとは言ってもそこまでして見たい訳でも無い。
 すぐに返事が続いた。…『情報料など取るつもりはありません。そもそも映像提供者の方が、求める者に流す事を望んでいるようでもありますし。そんな映像を入手した以上は、希望される方にはコピーして無償でお譲りしたいと思っています。私はただ、消されてしまっている記事の書き込みをなさったと思しき方を追いかけて、不躾ながらコンタクトを取らせて頂いているだけなのですから』。…やけに丁寧にそう返って来る。今さっき見付けた誘導の書き込みのような『作っている』感じは、こちらには無い。
 返事を打ち込んだ。
 …そもそも、この相手が何者なのかと言うのがある。それを訊く――それと、このウインドウ。こんなコンタクトの取り方が可能な時点で、特定記事を消す事も映像を送り付ける事も自在ではと言う気がする訳で。
 確認すると、了承を得てから映像は送ろうと思いまして、と返された。ウインドウに関しては勿論勝手な行動、ただただ申し訳無い限りですが一番手っ取り早かったのでとの事。特定記事の消去には関係していない、とは言っている。
 名乗られた名前は、セレスティ・カーニンガム。
 …ちょっと驚いた。
 その名前は確か、何処かの財閥の総帥か何か…とにかくセレブリティな偉い人だったような記憶が頭の何処かにある。勿論名前をこんな場所に打たれただけで本当に本人かどうかなど確認のしようも無いけれど。思っていると、セレスティと名乗った者から映像をお送りして良いですかと改めて文字列が打たれた。
 了承すると、すぐに一本の映像ファイルが送られてくる。
 ウインドウの中に新たな文字列もまた打たれた。…『宜しければ一緒に調査しませんか』、と。
 クレタの手がまた殆ど自動的に動いてキーボードを打つ。

 ――…『なら顔だけは合わせておきたいんだけど』

 ――…『では、我々の待ち合わせに合流しませんか』

 そう書き連ねると、セレスティはあっさり場所と時間に目印を伝えてくる。…曰く他にも数名待ち合わせをしている者が居るとかで、そちらと一緒になる場所と時間になるらしい。先程クレタが見付けたゴーストネットOFFに立っていると言うスレッドもまた、折角だから利用してみようと言う方向になっているとも伝えられた。
 その場所と時間で良いですかとセレスティの方から再確認。クレタの方には特に否やはない。…どうせ時間に拘束されるような事は普段から何もしていない。
 わかった、と返し、忘れていたので名乗るだけ名乗ってからクレタは通信を切る。…と言うか、用が済んだところを見計らったようにウインドウそのものが向こうから消えていた。
 その事を確認して、クレタは、ふぅ、と詰めていた息を吐く。…ネット越しとは言えいきなりの見知らぬ相手との対話だったので緊張していたのかもしれない。
「…………ああ、聞き損ねた……集まるの………………どれくらいの人数なんだろ…」
 軽く途方に暮れつつ、クレタはパソコンデスクに向かってばたりと突っ伏している。
 …こんな事で疲れていてどうかとも思うが――何だか、疲れた。



■防犯カメラの映像ファイル

 …ラン・ファーと宵待クレタ。
 やっと彼らとコンタクトは取れた。防犯カメラの映像を探す書き込みをしていた二人。…恐らくは今の時点で単独で動いていた――もしくはそう動くつもりで居たのは彼らになるだろう。
 そう思ったから、セレスティ・カーニンガムは彼らとコンタクトを取ってみた事になる。同じ事を調べるのなら――そして可能であるならば、顔は通しておいた方が良いと思うので。
 何と言っても、事が殺人事件である。
 …それは、今時珍しくないとも言える話だが。
 事件に興味を持ってすぐ、セレスティは防犯カメラの件に言及した匿名の書き込みがあちこちバラ撒かれている事に気が付いた。…そしてその書き込みが、投稿されてから長くても約二分と言う物凄く短い間に消されている事にも気が付いた。
 その時点で、セレスティは書き込みにあった話――本来ある筈だと言う防犯カメラの映像、犠牲を出した者が写っているかも知れないと言うその映像入手の手配をしている。…関連する書き込みが随時消されているネットを辿ってではなく、部下に命じて。ネット内のこの様子では、ネットを辿って映像入手の手配をしたのでは埒が開きそうにないから。
 と、案の定と言うか何と言うか、セレスティと言うよりリンスターの方(結局は同じ事になるのだが)で件のカメラ映像を求めていると言う話を出したら、妨害も出し渋りも何も無くあっさり簡単に入手が叶った。…どうやら何者かがそうなるように予め手配していたような節もある。
 …防犯カメラの件の書き込みをした当人さんでしょうか。
 そう思いつつ、入手した映像を早速確認してみる。
 夜。定点カメラが見つめる中、暫し静寂が続く。光量が少ないせいかやや画像は見難い。画面に動きはなく、そのままで秒数が進む。画面隅に入っている時間表示の数字だけがくるくると入れ替わる。人が歩いて来た。格好からして鉄道職員らしいその人物。
 と。
 いきなりその鉄道職員に――何か、黒い影が躍り掛かった。殆ど時差無く鉄道職員をその場に勢い良く押し倒す。それっきり鉄道職員は動かなくなっている――ただ、襲った方の動きに合わせて時々痙攣らしき尋常でない震えだけが断続的に起こっている。派手な血飛沫。地面にまで流れ出し、赤い池になる。写されている地面部分一面に広がっている――が、少しして、その池が時間の逆回しでもしているように何故か面積を減らしていく。…襲った方。気が付けば犠牲者の上からは退いている。地面に四つん這いになっている。
 暫し後、襲った方は『口元を拭いながら』ゆっくりと――ごく普通のさりげない所作と早さで立ち上がる。そしてもう、何事も無かったかのように歩き去って行く。
 そのままカメラの見ている範囲から出た。残された犠牲者の方はもう、明らかに絶命していた。…もう人間の形をしていない。なのに、血の色が無いと言う不自然さを残して。
 スローにしてもう一度見直す。…問題の箇所。襲い掛かったその時から、立ち上がるまでの僅かな間。夜なので定点カメラの撮影位置に入り込む光量が少ないせいか画像が悪く見難かったが、見る者の精神衛生面を考えるならむしろそれで良かったような画になっていた。…まずはいきなり首っ玉に齧りついて――犠牲者を押し倒しつつそのまま腕を引き千切っている。ごくごくと何かを嚥下するよう喉が動いている――血を飲んでいる。首からだけでは無く手当たり次第に犠牲者に噛みついてはそこから食い千切っている。襲っている方の口が確り見える箇所もあった。牙がある。手の先が見える箇所もあった。鋭く長い爪がある。
 犠牲者に対して暴虐の限りを尽くした後、地面に這いつくばって何をしていたのかと思えば――流れ落ち池の如く血溜りになっていた血液を直に舐めていた――吸っていた。一滴残らず。
 セレスティは小さく息を吐く。
 …ひと、だった。
 少なくとも基本となる形は人型だった。
 大きさも、犠牲者との対比で考える限りは大柄な人間と言って通る程度の大きさ。
 服装は――いや、服装と言っていいのだろうか。黒い襤褸をマントの如く纏っていた。
 まるで、人が野性で生きればそんな姿にもなるだろうかと言うような、獣の姿。
 …確かに、これを見た警察や関係者がパニックを起こして隠したがるのもわかる。
 ここまで写っているとなれば、変態の猟奇殺人鬼で押し通すのも難しい。
 牙や爪からして、膂力からして、その仕業からして明らかに人間ではない――字義の通り、吸血鬼――血を吸う鬼だ。
 ただ。
 …これは、人の世界に紛れて生活出来るような個体ではない。
 やり方からして、そう確信出来た。
 記事を消す時の手際と良い、何者かが裏に居る。
 血だけと言う特殊嗜好。…敢えて物珍しいペットか実験動物としての産物なのか。
 …片付けをしていないところからして、躾は完璧ではない。
 わざとなら目立ちたがり屋も良いところ。
 惨劇が最初なのか途中なのか、現場の周囲で同様もしくは近い事が起こっていないかも気に懸かった。…それらは今回の事件について表向きに流れている情報に加え、ネットでの記事消去状況からしても隠されているのが基本と考えていい。まだ誰も見付けられていなかったなら、探して対処する必要もある。
 …人の味を覚えた獣と言う事ですから。
 セレスティが今出来る範囲で調べる限りは、現場の近所でそれらしい事件の情報は――表向き裏向きどちらからも何も見付からなかった。
 となると、現場を直接確認しなければはっきりは言い切れないが――少なくともこの場所では、これが最初の事件になるのだろうとは思う。ただ、この個体の場合『狩りに慣れていない』雰囲気は無い。…幾ら行儀が悪かろうとこれが『初めて自分で成した狩り』だとは思い難い冷静さ――そうするのが当然と思っている様子が垣間見える。その事からして、何者かが何処か別の場所からこの吸血鬼を連れて来たと言う可能性は低くない――否、高いと思う。
 範囲を限定しないで、手口だけを条件にして世界中調べてみる。
 …殆ど、神話・伝説の世界に於ける人食いの幻獣や怪物、都市伝説のようなものばかりが出てきた。
 類似の件は山程あっても、まるっきり同一と言い切れる件は見当たらない。
 今の時点ではここまでが限界か。思いながらセレスティはまた各所を巡り書き込み状態を確認していた。と、そこで画像を欲しがっている書き込み――それも冷やかしではなく本気っぽい――を二つ見付け、その書き込みがすぐに消されている事にも気付いた事になる。
 …この二つの書き込みの主が、ラン・ファーと宵待クレタ。この時点では相手の正体までは知らない。
 ともあれ少し考えた後、セレスティはその二名とコンタクトを取るべく、あまり大きな声では言えない手段で彼らの痕跡を追う事を試みてみる。
 幾らか時間が掛かるので、その間に草間興信所に連絡も付けてみた。…これはひょっとしたら向こうにも同じ事件が持ち込まれているのではないか。そう思ったら案の定、ちょうど明日からその件で動くつもりだったんだ、と探偵からは返ってきた。
 ついでに映像の出所も聞かされた。…常磐千歳と言う怪奇系斥候役のような立場に居る刑事。曰く草間興信所の方には直接訪れて映像やら情報を置いて行っていたらしい。セレスティの方に入手し易い位置に映像を手配したのも恐らくはその常磐と言う刑事だろうとの事。…なら件の匿名書き込みの主も彼ですかねと訊いてみたら、多分なとまで探偵はあっさり肯定。
 それから、こちらからは火宮翔子と言うハンターが対応に現場に出る事になったんだが、とも言って来た。となると自然に待ち合わせの話になる。…バラバラより合流して動いた方が良かろうと言う訳で。
 その段で、セレスティは可能ならゴーストネットOFFをちょっと見て頂けますかと探偵に告げている。先程ネット内の関連各所を見て回っていた時に見付けたとあるスレッドの件を提示する――ゴーストネットの中で立てられた、この事件について本気で調べようとしているスレッド。『白銀の姫』事件の際に奇跡的に導入が叶った興信所唯一最大の新設備ことノートパソコンで探偵側もすぐに――操作で梃子摺ったところはノートパソコンの本来の持ち主こと義妹に頼みつつ――確認した。
 確認した旨探偵に聞いてから、セレスティはぽつり。
「…どう思います?」
「良いんじゃないか? …どうせだから便乗して使わせてもらうか」



■次の日、待ち合わせの時間前

 まだ昼の時間帯。
 草間興信所の応接間に訪れていたのは、黒のバイクスーツ姿――戦闘体勢、きっちりと『仕事』の支度をした状態の火宮翔子。
 夜の時間帯になる待ち合わせの時間まではまだまだあるが、翔子はもう実際に自分の足で動き出している――実際に草間興信所に来て資料関連を改めて一通り見、探偵――草間武彦と軽く打ち合わせをしておこうと考えた為でもある。そして、まだ幾分人出が普通にある――情報が隠されている事から考えても、恐らく敵は姿を現さないだろう昼の内に、要所に術符を設置しておこうとも考えている。
 この二点の為に翔子は今ここに居る。

 …昨晩の内に草間興信所から電話が掛かってきた。都内某所の鉄道車両倉庫付近で三人惨い殺され方をしていた事件について。翔子はちょうどネットを見ていて、当の事件の不審な点の多さに気付いていたところ。書かれている通りに取るなら、この犯人、まともな人間では有り得ない。
 そう、魔物か何かであるなら納得も行くが。
「…遺体に血が一滴も残っていない、って言うのはやっぱり吸血鬼の類の仕業かしらね」
 それもとびっきり悪食な、人間よりも獣側に近いような奴かしら。…被害者の人も可哀想に。どんなに苦しかったか…。
 思わず呟きが口に出る。
 ネットでニュースや書き込みを見た時点で、そのくらい惨い状態と簡単に想像できた。
 そこで、草間興信所からの電話である。…その事件の対応を頼まれたのだが手が空いてはいないか。…願ったりである。翔子はすぐ受け、探偵から色々話を聞いた。

 結果が、今に繋がる。
 …翔子は探偵の(正確にはその義妹の)ノートパソコンを借りて、防犯カメラに撮られていた映像だと言うその映像ファイルを閲覧している。…犠牲者三人の内、一人が殺されているその一部始終の画。
 映像ファイルについては元々、昨晩の内に自宅のパソコンにコピーを送信してもらい何度も見分した。したが、それにしても…スピードがある上に、パワーも尋常じゃない。それは映像に写されている犠牲者の場合、無防備なところを襲われたと言うのもあるだろうが――それにしてもひとたまりもない。
 興信所に赴いてからは、興信所に置かれていた資料内にあった犠牲者三名の身体的特徴や人物像を頭に入れた上で、敵の動きを改めて見直す。照らし合わせる。画面隅に表示されている秒数とそれに伴っての動き。…私では、まともに正面から行ってはまず勝てない。やはり、暗器と符術の方に多くを頼る必要がある。
 頭の中でそれらの使い方を何度かシミュレーション。どうやったら有利に――いやせめて互角に対峙出来るかを考える。ナイフでは明らかに不足だから退魔加工済の日本刀を主武装に用意してはある。けれどこれを効果的に使う場面を予め考えておく必要がある。…考えておかなければ、そもそも使うところまで行けそうにない。
 翔子はまるっきり違法スナッフビデオの如き防犯カメラ映像ファイルの再生を止め、瞼を閉じて軽く瞑想。
 探偵が新しく火を点けた煙草の匂いで瞼を開く。
 凛とした湖水の如き色の瞳が真っ直ぐに前を見た。
「じゃあ、行ってくるわ」
 覚悟を秘めて艶やかに笑い、翔子は興信所を後にする。

 …今回の敵は手強いだろうけど、絶対に退いたりしない。
 ここで倒して、これ以上犠牲者が出るのを止めるわ。

 それが私の生きる意味だから。



■幕間〜ゴーストネットOFF、スレッド状態より

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 件名:調査決行!
 投稿者:Merrow

 と言う訳で、盛り上がったところで現場での調査を決行したいと。

 ×月×日、午後×時に事件現場の最寄駅北口へ集合。
 目印は月刊アトラスの雑誌。
 飛び入り歓迎、同行希望者はここにレス宜しく♪

 勿論私も参ります。
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 件名:よもや私を置いて行くなどとは言うまいな!
 投稿者:ラン・ファー

 このラン・ファー、挑戦ならば受けて立つ。
 皆の者、首を洗って待っておれ!
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 件名:一応
 投稿者:クレタ

 同士討ち避けたいから顔だけは出すつもり。
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 件名:同行希望
 投稿者:K興信所

 うちからも一人行く。
 代理でここに書かせてもらった。
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「…取り敢えず四人ってとこみたいだなァ」
「…何故まだここに居るんです常磐警部補」
「んなカタい事言わんで下さいよ来生警部殿。…誘導の書き込み手伝ったじゃねぇですか」
「…それは貴方が勝手にした事であって、僕は貴方に手伝ってくれと頼んだ記憶はありません。余計な事はしないで下さいと善意の忠告をした記憶はありますが」
「そうだっけ?」
「…。…草間興信所の仲介も入っていますね」
「そりゃそうだろ。俺直接行ったもん」
「…。…それは僕は聞いていませんが」
「言ってなかったっけ?」
「…。…それも捜査の引き継ぎで申し送っておいて然るべき事だとは思わないんでしょうか。…貴方は本当に素直にこちらに案件を上げて来る事は滅多にありませんね。捜しに来て正解でした」



■待ち合わせの時間前、昼間部午後、現場

 ぱたぱたと材質不明な謎の扇子で自分を仰いでいる人物が歩いている。
 とある鉄道車両倉庫付近での事。
 …三人も一度に殺された殺人事件現場とは言え、特別そこを人が避けて歩いている訳ではない。そもそも電車が易々止められるものでもない。何と言っても都民の足である。その運転連絡の為に重要なものの一つが、車両倉庫でもある。…幾らヤバげな殺人事件が起きた現場であろうと、完全に使わないでいられる訳もない。…社会は常に動いている。
 どうやらこの場所、引き込み線が多数ある車両倉庫と言うのみならず、人の乗降がそれなりの数ある駅の近くでもあったりする。扇子で自分を仰いでいる人物――ラン・ファーは待ち合わせの指定で言われた時に初めてその事に気付いた。ならば一応、映像ファイルに写っていたあの吸血鬼の如き獣も、映像の画面隅にあった時間表示からして人気の少ない時間帯を選んでやっていた事になるのだろうと思う。…そうでもなければ外野よりも現場の方でもっと大騒ぎになっていて然るべき。だがむしろ、外野は派手に騒いでいるが現場の方は静かな感じである。
 思いながらランは車両倉庫の方を眺めてみる。…ごく限定的な狭い範囲ながらも、まだ青のビニールシートで覆われている場所がある。それがより具体的な現場であるのだろう。
 近場に何か、常駐していそうな生物――動物でも植物でも――が見当たらないかどうか確かめる。
 ごみ収集場があった。
 それから、その傍らに一本の街路樹。
 …ランはそいつに話を聞いてみる事にした。

 銀髪の麗人が車椅子に乗っている。その車椅子を一人の黒服の男が押している。付き従うようにもう一人、車椅子を押しているのと同じ風体な黒服の男が一緒に歩いている。彼らとは少し毛色の違う者ももう一人同行している。
 まだ幾らかでも安全だろう内に、事前に現場を見ておきたいと思って彼ら――セレスティ・カーニンガムとその部下二人、それと対応を任された鉄道職員はここに来ていた。
 三人――四人は引き込み線が多数ある、当の現場近くまで入って来ている。
 無論、対応の者が同行している通り、無断ででは無く話は通しておいた上での事。
 …セレスティの財閥リンスターに、否と言える企業はあまり無い。
 レールに砂利、と段差が多いので、ある程度まで入ってきた時点でセレスティは車椅子からは降りている。杖を突いて自分の足で歩いて行く。青のビニールシートで覆われた当の場所に向かう。捲り、中に入る。
 …しゃがみ込み直接レールに触れて、何か――例えば犠牲となった方が見ていた何かに対して感じていたもの等が――残っていないか読み取ってみた。

 と、少しして、レールからの声と言う訳ではなく実際に何処からか――何処かで聞き覚えのあるような、おーいと言う呼び声がセレスティの耳に聞こえてきた。

 声の主は、ランだった。



「そうかお前も気になっていたか…」
「ええ。現場に来てみないとわからない事もありますからね」
 待ち合わせの場所である最寄駅、その駅前に見付けた喫茶店。…事件のせいか、通勤時間帯ピークを避けるともうがらんとしている印象がある。
 ランとセレスティはそこに来ていた。
 …今から一旦帰ると言うのも何なので、二人とも待ち合わせの時間までここで時間を潰そうと言う腹である。
「待ち合わせの時間は、犠牲を出した者が直接現れる可能性がありそうな時間にと設定しましたからね」
 それより前に、幾らか現場の情報を拾っておいた方が良いかと思いまして。
「うむ。私も同じだ。やはり主人の器、考える事は同じなのか…まぁ、勝負に出る前にある程度現場のホットな情報を集めて然るべきと思ったのでな。取り敢えず私は現場が見渡せる位置に街路樹を見付けたので話を聞いてみた」
「どうでしたか」
「どうもな、いきなり黒い影が立っていたと言う。…何処から来たのかも何処に去ったかもよくわからなかったようだ。まぁ樹木である時点で時間の概念は我々より相当ゆっくりだろうからな…あの映像ファイルに写されていた吸血鬼の行動スピードから考えるに、樹木の視点ではコマ落とし状態と言うのは仕方無かろう」
 ただな、奴は少なくとも自分の足でこの現場まで歩いて来ている様子ではあったらしい。
「…となると、少なくとも何者かに持ち運ばれている訳ではない…近所に潜伏していると言うところだろうと思うのだが」
「私は、何者かに匿われていると思うのですがね?」
 情報面で――それもあの手際で隠されている時点で、その可能性が高いかと。
「うむ。確かに奴は…人間社会で生きていくには多少の問題があるように見受けられたな。恐らくは匿っている何者かが居るのだろう。うん。…と言うかそもそも私はその匿っているのだろう輩に挑戦状を叩き付けられたのではないか! 私の書き込みを悉く消し去ったそやつの挑戦をこそがっつりと受け、叩き返し、身の程知らずである事を思い知らせてやる為に今私はここに来たのだ! …と。時に人魚姫」
「…それは私の事と受け取って良いんでしょうか?」
「良くわかったな。その通りだ。ゴーストネット掲示板での今回のお前の名乗りにあやかって名付けた。今日はそれで行かせてもらおう。…改めて人魚姫な御主人様よ。現場をピンポイントで見ていたようだったが、そちらでは何かわかったか?」
「そうですね…私の方では主に犠牲者の情報を現場から読んだのですが、犠牲者の方の感覚として、事前に気配を感じたような節は全くありませんでした。相対して初めてそこに居る事がわかったような感じです。…その事からしてもまず人外だとは思いますね」
 後は、とにかくただただ恐怖で。
 反対に襲った方は、満ち足りての歓喜でしょうか。
 物理攻撃以外の異能力も、無いとは言い切れないようです。ひょっとすると催眠のようなものを犠牲者に掛けていたのではと思える節もあるので。
「…だがあの映像ファイルでは何かそれっぽい事をしている様子は無かったが。その目で見ただけで、とかそういう事か?」
「ええ」
 否定はし切れないと。
「…益々何処ぞの小説にある吸血鬼のような話だな。人魚姫まで居る事と言い、世界童話大全か。いや吸血鬼は童話とは言い切れんか…。ともあれ、なかなか厄介な相手である事は確かなようだな…」
 龍化せずに済めば良いが。
 と、口の中だけでランは小さく呟く。
 セレスティは小首を傾げた。
「…何か仰いましたか、ランさん?」
「いや。なんでもない。それよりパフェをもう一つ追加しても良いか? なかなか美味いぞこの喫茶店」
「どうぞ。待ち合わせまでまだ時間はたっぷりありますからね」



■集合

 …夜の帳が下りて来て、帰宅する人の波も消え始めた頃。
 待ち合わせの時間が近くなる。
 現場最寄駅の北口。ランとセレスティ――とセレスティの部下の黒服二人――は連れ立ってそこに現れる。普段の扇子の代わりに雑誌アトラスでばたばたとこれ見よがしに自分を扇いで見せているラン――時々わざわざ目立つように雑誌を頭上に翳してきょろきょろ辺りを見回したりもしている。セレスティの方は車椅子に座った膝の上に雑誌アトラスを置いていた――一緒に居るランが目立つように雑誌を持っているので、こちらは特に目立つようにとは考えていない。と、二人と同じく雑誌アトラスを持った、黒いバイクスーツを身に纏い、濃い緑のロングストレートヘアを靡かせた若い女性が同じ場所に現れた。
 双方が待ち合わせの場所に到着したのは殆ど同時。
 目印の雑誌に気付いたのも殆ど同時だった。
「…貴方たちが」
「火宮翔子嬢ですね。草間さんから聞いています」
「おお、お前が草間のところから送り込まれたと言うハンターか。私はラン・ファーと言う。この事件の背後に居ると思しき私の書き込みを消しまくった輩に挑戦状を叩き返してやろうと考えている者だ。宜しく頼む」
 不敵にそう告げて、ランは翔子の手を取りぶんぶんと握手。
 その握手を受けつつ翔子は静かに頷いた。
「火宮翔子よ。初めまして。えぇと…そちらは、Merrowさん?」
「はい。あの場では直接私の名を出してしまうと悪目立ちするかと思いましてそう書いたのですが。Merrow改め、セレスティ・カーニンガムと申します」
「! …確か、リンスター財閥の」
「そういう事です」
 だから書かなかったとも言うんですが。
 と、そう告げたタイミング、駅に電車が到着した。雑誌アトラスを持つ面々の意識と視線が何となくそちらに向く。電車がゆっくりと走り去る音がした。少しして、疎らながら駅に下りたと思しき人が出てくる。
 最後に、フード付きパーカーにジーンズ姿の――パーカーに付いているそのフードを目深に被った少年が駅から出てきた。
 その少年は駅の出口に居た三人――と言うか黒服合わせて五人――の元に近付いてきた。…小脇に雑誌アトラスを挟んだ状態で、パーカーの脇ポケットに手を突っ込んでいる。正面からフードの奥を良く見れば、少年は右目部分に黒い眼帯をしていた。
 三人――五人の前で足を止める。
 掠れたような声がした。
「集まったのって………貴方……たち?」
 …最後に合流したのは、宵待クレタ。



「では面子が揃ったところで行くとしようか」
 と、ランがそう言い放つと――不意に翔子が瞠目した。…何者かに見張られているような気配。気付くなり、はっとして周囲を警戒し掛ける。が、セレスティがそんな翔子に対してゆっくりと頭を振って見せた。
「…『あれ』は、気にする事は無いですよ。恐らく、敵ではありません。…むしろ私たち側のバックアップと考えてしまって良いと思いますよ」
 私たちを見張っているような気配の正体。
 はっきり言い切れはしませんが、察しは付きます。
 セレスティはあっさりとそう告げる。
 …そもそも、待ち合わせの時間を今と決めたのは、何となく『彼ら』の影を感じていたからでもある。…恐らくはゴーストネットに件のスレッドを立てた何者かの手の者たち。『たち』と言う通り、それだけ組織立って動ける――けれどIO2の如き超法規的な善悪紙一重の狡猾さまでは感じない程度の、まだまともと言えそうな組織の影。
 例えば、日本警察のその筋の部署だとか。
 考えてみれば防犯カメラの話を持ち出した当人らしいと言う常磐千歳も警察の人間である。…まぁ彼の場合その筋の部署の人間では無いらしいが。
 ともあれ、一気に決着を付けるには『彼ら』の思惑に乗る方が良いだろうとセレスティは見た訳で、何処ぞの探偵と打ち合わせた結果、待ち合わせの時間を『一番物騒だろう』と思えるこの時間帯に決めている。
 …翔子の方でも冷静に観察し直してみれば確かに、周囲に居るのは『訓練された者』である感じはする。…少なくとも、あの防犯カメラの映像ファイルで見たような獣とは結び付かない。
 翔子はセレスティに頷いた。
「そうね。一気に三人も犠牲が出てしまっているようでは――動いていて然るべき組織もあるものね。私たち以外にも…」
 ひとりごちつつ、翔子はさりげなく自らの武装を確認する。…勿論、吸血鬼らしいあの敵を倒す心積もりはある。その為の策も入念に練ってある。だが現実として、自分の力で敵うかはわからない。…それでも、退く気は無い。
 と、そんな己の決意を再確認している翔子の肩を、ランがばむばむと遠慮無く叩いて来た。
「あまり余計な事で思い詰めるな。今からそう張り詰めていては到底持たんぞ。もっと気楽に行かねばいざと言う時に動けまい」
「忠告、有難う。…でも、性分なのよ」
「そうか。…ならば仕方あるまい私が傍でごちゃごちゃ言う事でも無いだろう。きっとその意志を貫き、緑なす豊かな髪が白髪になったり禿げたりしても悔いはせんのだろうな。うむ」
「…ええ勿論、悔いは――って…ええ!? …ちょっとあの、えぇっと…ランさん、今何を…?」
 困惑。
 翔子、冗談なんだか本気なんだかわからないランにいきなり畳み込まれて俄かにうろたえる。
 そんな翔子に、お気になさらない方がとばかりにまたセレスティがゆっくりと頭を振っている。
 にやりとランが唇を歪めた。
「そうそうそんな感じだ。気を張るのはもう少し後で良かろう」
「…っ…あのね」
 何やら一気に脱力する。
 と。
 他の面子が話し込んでいるそこで、クレタだけがふらりと一人で離れるように歩き出した。
 セレスティがまず気付く。
「…クレタ君?」
「僕……顔通しに来た…だけ、だから」
 出来る事は…囮になる事くらいしかないし。
 バイクスーツのお姉さんと、姿は見えないけど周りに居るらしい人たちが…具体的に何とかする気で来てるって事だよね。
 なら…任せる、から。
 ぼそりとそれだけ残すと、クレタはそのままふらふらと歩いて行く。待ちなさいと咄嗟に翔子が呼び止めるが、クレタは一度――ほんの僅かな間だけ足を止めただけで、また元通りに歩き出してしまった。
 少し離れただけで暗色のパーカーが夜に紛れてしまう。…ところどころに付いているシルバーのアクセサリーだけが、僅かな光を受けて時折煌く。
「ちょっと…」
 翔子は焦りクレタを追おうとするが、同時に同行しているセレスティとランの方を見て――自分がここから離れて良いんだろうかと逡巡、結局クレタはその間にも先に進んでしまっている。
「ちょっと貴方…っ」
 呼んでももう、聞いているか――聞こえているかどうかすらよくわからない。
 翔子は、はあ、と重い息を吐く。
 ………………それでも結局、放ってはおけない。



■襲撃

 宵待クレタは一人で歩いている。夜中に若者が一人でうろついているようにしか見えないような状況。…集まった面子から分かれて歩き出したのは、特に一緒に居る必要を感じなかった為でもある。確かに一人で動くのは危ないかもしれない。けれど、今回の話の場合それは初めから承知の事でもある――そのくらいの用心は初めからしている。それに、集合してから他の面子の話――何者かが色々と根回ししているらしい事を聞いたり、自分自身で周囲を見ての何となくの感じからして――あの場面では自分一人が勝手な行動を起こす事で、より『囮』として効果的になるのではと思った為でもある。
 …まず間違いなく、あの人たちは僕を追ってくると思うから。…まぁ、現場の範囲って相当限られてる訳だし…別行動取ったからって…目的が同じ限りは別のところに行きようもないんだけど。
 集まった面子から離れると、しんとした夜の静けさが身に染みて感じられて来る。元々そうなのか事件があったせいかはわからないが、周辺に人気は少ない。閑散としている。何処か寒々しい。…今でも誰かそれっぽい組織の人が何処からかこちらを見ているのなら、その人たちは随分と確り気配を消しているんだな、と思う。それとも振り切ってしまった可能性もあるだろうか。わからない。…少なくとも迷惑を掛けたくはないし、邪魔をする気もないんだけれど。
 元々クレタは気配とかその辺の区別は殆ど付いていなかった。が、さっき集まった面子の話を聞いた時、言われてみれば何となくそんな気がする、くらいの感覚は自分にもあったのだと初めて気付いた。…人と接するのに慣れていないからか、と思う。…だから、姿が見えなくとも人がそこに居るなら、居ると言う事くらいはわかるのかもしれない。誰も居ない方が、慣れてるから。…居るか居ないかの違いくらいは、わかる。
 防犯カメラの映像ファイルを参考に、いざと言う時どう動くか考えてはあるが――あの動きを見る限りは、そもそも初撃に反応し切れるかどうかが不安でもある。まず来るだろう攻撃の方向を考える限りは――間合い的な動きの範囲としては、人間と同じと考えていい姿なのはまだ良かったかもしれないが。…どちらにしろ、反応出来るかどうかは自分の察知能力と反射神経次第になる。
 神経を張り詰めて周囲を探る。何か動きがあればすぐさま『光の護り』を――『壁』を作れるだけの気持ちではいる。特に一人で歩き出してからはそう。現れたらまた別の手段で足止めする事も考えてある――…。
 と。
 不意に、横合いから強い風が吹き付けてきたような気がした。
 …それもそれで今の場合は違和感の一つ。咄嗟にクレタは自分を中心として周囲に『壁』を張っている――張った途端に黒い大きな影が風圧と共に眼前に現れた。現れた事自体はわかったが、片目故に瞬間的に遠近感が掴めない近過ぎて状況が見えない――考えるより先に『光の刺』を発動、とにかく黒い影が居ると思える方向・距離に当たる位置の上に雨の如く複数降らせる事をした。暗い中に現れた、より黒い影を幾筋もの光の刺が貫く――外れた刺も多かったが目的の相手を貫く事も出来た。
 光の刺が影を貫く毎に、串刺しにされた影ががくがくと何度か傾ぐ。クレタはその段で漸く一歩退いた――退く余裕が出来た。影の正体を改めて見る――がくりと前に折られた長身痩躯の上体。ざんばらの長い髪がばさりと前に垂れている。影の顔がゆっくりと上げられた。前に垂れる髪の隙間から奈落の底のような真っ黒な瞳がクレタを見る――そのまま弾かれたように勢い良くずいと前に乗り出して来た。
 舌打ちする暇も無い――確実に串刺しにした筈なのに黒い影は効いた風が無い。動きを止められたのはあくまでほんの僅かな間だけの事。…光の刺は数が増えると威力が落ちる。目的を一つと定めず数を打ち過ぎたか。クレタは改めてまた光の刺を打つ事を考える――考えるが、それより相手の動きの方が早い。大きく開かれた顎がクレタを襲う――映像ファイル通りの姿。その時点で目的の相手と確信する。
 直前。牙が今にも届こうと言うその時、ぼうっと音を立てて黒い影の足許から勢い良く炎が上がる――それこそ獣の如く殆ど反射的に影が退く。退いたところで一陣の風がその影に向かって突っ込んで来た。クレタとは別。長髪を靡かせたバイクスーツ姿の女――翔子。抜き身の日本刀一振りを振り被り、裂帛の気合と共に黒い影に躍り掛かっている。
 一閃。切り込んだ手応えはあった――だが同時に、大したダメージにはなっていないともわかる手応え。黒い影は更に退いた――その時には翔子が切り込んだ傷口は塞がり始めている。じわじわと侵蝕するような様を見せつつ、その傷口は殆ど時を置かず完治。…退魔加工済の刀の刃であっても殆どダメージが無いのか。思いながらも翔子の頭は次に行っている。間合いが離れるなり、殆ど時差の無い内に何処からともなく暗器――術符を付けた小型ナイフ――を取り出し黒い影にすかさず投擲。命中。…途端、またそこから炎が勢い良く燃え上がった。
 唐突に炎に巻かれ、影は獣染みた凄まじい叫び声を上げている――同時に翔子は目を疑った。炎の揺らめきに反射してではなくシルエットそのものが苦悶するように形を変えていく。ぶわりと膨れ、分かたれるように、少なくとも人間と近い形であった姿から崩れようとしている。…それこそ、立体的に具現化した影そのもの、文字通り化物のような姿に変化しようとしている――と。
 朗々たる言霊が高らかに響いた。

 ――――――『留まれ』。

 ラン。
 良く通るその声が響くなり、変化しようとしていた影の変化が止まる――言葉通り、人の形のままに『留まった』。途端、今度こそ天から降って来た光の刺が『留まった』その人型を連続して貫く。前後して、翔子嬢! と語調の強い声がした。今が機。その声に背を押されるように翔子が再び路面を蹴る。黒い影。今度は外さない。心に決めつつ突きの形に刀を構え、突進。影に肉迫する。影の方も唯一明らかな攻撃の意志を見せる翔子を見ている。…今打たれたクレタの光の刺のダメージは先程よりも多い筈。なのにまだ動く。影のその目に怒りの色が見える。咆哮――そして影の方からもまた翔子に向かい突進する。時折影の一部が苛立ったように別の形に揺らいでいる。けれどそれ以上は何も起こらない。すぐ戻る…ランに言霊で『留められた』が故か。
 皆が見ているそこで両者、激突。

 途端。
 ぼすっと低音が黒い影の側頭部で響いた。
 同刻。
 翔子は黒い影の胴を、刀で確りと刺し貫いていた。
 黒い影の爪は、翔子の肩に届いていた。

 両者の動きが瞬間的に止まる。
 激突したその場。
 …一拍置いて迸る、血飛沫。

 直後、翔子の身体が、がくりと傾ぐ。
 黒い影の身体もまた、傾いだ。
 そして――今度こそ傾いだそのまま、黒い影は崩れ落ちる。
 翔子の刀に貫かれた、そのままの姿で。
 …翔子の方は、辛うじて踏み止まっていた。
 敵が先に倒れた事を確認してから、その場に落ちるようにがくりと膝を突く。
 ほんのちょっと爪が掠っただけであるのに、肩は負傷していた。
「誰が…今」
 息荒いままで、ぽつり。
 人に害なす敵を倒せる事は、倒せた。…だが、翔子は自分が止めを刺したのだとは思っていなかった。あの影と激突するほんの僅かだけ前に、脈絡の無い不穏な――狙撃でもされたような音がした。その音と同時に黒い影の能動的な動きが止まっていたのにも気付いていた。黒い影の動きは、それから後は殆ど惰性。だから私の刀の切っ先も黒い影にもろに入ったような気がした。…そうでなければ何らかの方法で防がれていた――もしくは避けられていた可能性が高い。
 いったい誰が、撃った。。
 …私たちを見ていた気配の中の、誰かだろうか。
 と。
 ずるり、と倒れていた黒い影が動いた。手だけで――腕だけで踏ん張って、再び立ち上がろうと試みている――が、できない。足掻くが、それ以上動けない。まだ倒し切れていない。殆ど無力化しているとは思うが、あの映像ファイルと今実際に相対しての動きを見てしまえば油断は出来ない――思い、翔子は追撃の為にまた術符を取り出そうとする。と、そこに、いきなりざっと特殊部隊か何かのような軽装甲服で武装した隊員が駆け寄り、足掻いているその黒い影を盾で取り囲み押さえ込んでいた。確保、と声も聞こえて来る。その隊員の一人が翔子の手を取り助け起こしてさえいた。見渡せば、クレタやラン、セレスティと黒服の側にも同様の連中が付いている。
 気付いた翔子に、セレスティが目配せをしてから斜め上方のとある点を見た。同じくランも自前の扇子でびしりと同じ方向を芝居がかった仕草で指し示している。
 示されたのは、とあるビルの途中の階。そこには、周囲に大挙して現れている連中と同じ軽装甲服――Fastスーツを纏った人物が一人だけ居た。建物の隅、何処かSFめいた外観を感じさせるライフル銃――Fast装備の荷電光霊波ライフル――がこちらに銃口を向けた状態で設置されている。
 最後に翔子も気付いたと見たところで、漸くそのライフルが引っ込められた。
 …まるで翔子に確認されるのを待っていたように――狙撃したのは自分だと知らしめて来るように。
 それから、そこに居た一人のFastスーツを纏った人物もまた、窓の奥に引っ込んだ。



■後日談

 …刑部さーん、例のスレ見るに、なんか終わったっぽいよー?
 …知ってる。直接現場の方で確認したからね。実行犯は件の人たちと日本警察の方で押さえてくれたし、肝心の『奴』も見付けた。うちの正規の連中に知らせておいたから、もう押さえに行ってるだろう。
 …ふーん。んじゃ俺らはもう良い訳だね?
 …世話になったね。有難う。
 …んー、刑部さんならいーよー。ボクたちにとってはただの遊びの延長だしね♪



「…黒幕を匂わせるようなやり方をしていたのが、よりにもよってそちらだとは思いませんでしたが」
(心外だな。こちらはこちらの仕事をしたまでだよ。超常現象を表沙汰にしない、と言うね。そちらで確保したマル被を持って行こうともしないでわざわざこちらから事後の連絡を入れているだけでも礼を言ってもらいたいくらいだと思うけど)
「…随分とIO2の水に馴染みましたね。刑部『元』警部」
(いや? 俺はIO2でも爪弾きの位置だがね。そうでもなかったら初めからそちらの出番は無かったよ)
「…どういう意味ですか」
(怒りを込めてそう訊くって事はお前もわかってるんだろう? 対超二課の来生警部殿)
 …俺如きが手を出して来る事件はIO2の本流じゃないってね。
「その態度こそがIO2らしいと言っているんですよ。…やはり常磐警部補とは連絡を取り合っていたんですね」
(おいおい、今の文脈で何処に常磐が出るかな?)
「疾うに承知でしょうが。ネット内でそちらに喧嘩を売るような書き込みをしていたのは主に常磐警部補です」
(ほう、奴がね)
「しらばっくれても無駄ですよ。貴方が気付かない訳がない。貴方を呼び込む為にこそ常磐警部補はあんな行動を取っていたんじゃないんですか?」
(それは見当違いだと思うがね。俺はコンピュータって物にろくにさわれない)
「それでも画面の文字を読むくらい何の支障も無いと思いますが」
 …貴方自身がコンピュータを使えなくとも、画面を見る事ならば簡単です。その上で操作を誰かに任せる事も簡単でしょう。今の理由は理由になりません。
(疑り深いな。まぁそれも刑事としては必須の資質だがね。…取り敢えずこちらの用件は済んだ。うちみたいなのが目障りな場所にでんと居りゃ色々邪魔だろうが、負けるなよ)



 クレタのパソコンにメールが届いていた。
 届くような覚えが無いので一瞬スパムかと思うが、メールアドレスや変な匿名の宛先表示では無く、『宵待クレタ』と確り名指しになっている。
 件名は『ごめんね』。
 送信者は『SAVANT ORCHESTRA』となっていた。
 内容を見ると、防犯カメラ映像を探す書き込みを悉く消した事についての軽い謝罪と、何が起きていたかの簡単な状況説明だった。…つまりはログを消していた当人からのメールらしい。
 曰く、元IO2なのに暴走して虚無に走ったバカ研究員が、新たに作り上げた実験体を使って派手に花火を打ち上げようとした、のだとか。
 その出鼻を挫く為に、表に出すには致命的な情報――実行犯がまともに写っている防犯カメラについて具体的に話している記事だけは、この『SAVANT ORCHESTRA』――『サヴァン・オーケストラ』と言う送信者が消し去っていたのだと言う。反面、噂レベルの適当な情報については、却って週刊誌の三面記事的に信憑性は減少するだろうとの事で放置。
 彼らは自分たちが――サヴァン・オーケストラと言うのは複数人物であるらしい――記事を消す事によって、新たな動きが起きている事にも気付いていたと言う。
 それで、その新たな動きの方に実行犯――花火を上げる為の実験体については任せる事にして、自分たちはその背後――バカ研究員の方の始末を付ける事にしたらしい。
 で、結果的にキミたちの事利用しちゃった感じなんで、ごめんね、と謝って、メールは締め括られていた。

 それを見てから、クレタはどっかりと椅子の背凭れに身体を預け寄り掛かる。
 あの特殊部隊らしい人たち――警視庁超常現象対策部内にある特殊部隊でFast部隊と言うらしい――に少し話を聞かれた後、帰ってきてから少し休んで、取り敢えずネットに繋いだ時にこのメールを見付けたのだけれど。

 …半分当たりで半分外れ、か。

 あれはやっぱり、実験体。
 間近で見た、黒い影の姿。
 …食い殺す事しか、考えていない目だった。
 他の事を考えた事は、無い目だった。
 何処から来たんだろう。
 そこまでは、あの時点ではわからなかった。
 メールを信じる限りは、IO2、ってところを裏切って虚無、ってところに付いた人? が研究していた対象だって事になる。
 あの時現場に居たのは、警察の人。…また別。
 …随分、翻弄されているんだな、と思う。

 与えられたのは、偽りの自由。

 哀しい?
 嬉しい?
 …夜の静寂に人を襲って、きみはどう思った?



 草間興信所。
 元々ここから情報を得ていた翔子、それと連絡を取ってもいたセレスティに、草間興信所とは何かと縁のあるランの三人は、あのFastと言う特殊部隊――警察の方から少し事情を聞かれた後、取り敢えずここに訪れていた。
 と、三人が到着するより先に、草間興信所の方に事件の顛末についての連絡が入っている事を知らされた。
 曰く、黒幕の方が確保出来たと、警察では無く『IO2の方』から。
 …なんだそれはと思いつつ探偵に説明を求める。
 結果、今回の件はどういう事件だったのかが知らされた。
 元IO2オカルティックサイエンティストで、より強い個体を求めて倫理を逸脱し暴走した研究者が居たのだと言う。そいつは疾うに辞めさせられていて――と言うか確り記憶を消された上で放逐されていたのだが、ひょんな切っ掛けで己に違和感を感じ始めてしまい、しかもそこを虚無の境界に人材として狙われ様々な手で取り込まれ、今は虚無の境界に手を貸している状態になっていたのだとか。
 今回の件は、その研究者が虚無のテロリストとしてど派手にデビューする為の用意、として仕組んだ事らしいと言う。…その為にわざわざ一人分はカメラの前でやらせたらしいとも。
 と、そんな風にそもそも派手に知らしめる為にした筈の事らしいのだが、結果として情報面――それも特に異能者人外絡みと特定出来るような致命的な情報は、IO2のとある工作員のチーム――サヴァン・オーケストラが悉く潰していたのだと言う。
 そしてその致命的な情報だけを消す過程で、逆に興味を持って動いている存在が居る事にサヴァン・オーケストラも気付いたのだとか。…それが今ここに集まっている皆や、もう別れてはいるが現場では同行していたクレタ、日本警察の某氏、と言ったところになるようで。
 更に、実際の黒幕の方でも――その情報の動きに興味を持ち、同じ場所に目を付けていたらしい節があると言う。
 何やらゴーストネットでの集合呼び掛けの書き込みに『あの』K興信所ともあった事で、今回特に狙う事にしたようだったのだとか。
 それで、現場付近でのあの状況に至る。
 そしてその間にそれらの情報を参考に――具体的には黒幕側がしていただろうネット閲覧の逆探知で――サヴァン・オーケストラは黒幕である元研究者の居所までも突き止めていたのだとか。

「…何やら知らないところで俄かに情報戦の様相を呈していたようでもありますね」
「随分ややこしい事になっていたみたいね…どちらにしてもまた同じ惨劇を繰り返さないよう、今度こそ確りとその研究者を捕らえていてくれればいいけど」
「と言うか…ならば私に挑戦して来ていたのはあの吸血鬼の背後ではなくその敵、サヴァン・オーケストラとか言うIO2工作員のチームだった訳か。ふむ。…虚無も根暗で鬱陶しいがIO2と言うのもろくなものではなさそうだな」
「まぁ、そういう話であるならばひとまず解決はしたようではありますから」
 今回はこれで、良しとしましょう。



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 件名:解決しました
 投稿者:Merrow

 件の事件の事ですが。
 皆さんのおかげで無事調査終了しました。
 色々あって、解決もしたようですよ。

 調査結果のレポートは後日投稿したいと思いますので、
 本日はこの辺で。
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 件名:Re:解決しました
 投稿者:365267人目の怪奇を追い求める人

 よかったねーさすがメローさん。
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 件名:Re:解決しました
 投稿者:295568人目の怪奇を追い求める人

 だねー、みんなの力を結集したのだー。
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 件名:Re:解決しました
 投稿者:271356人目の怪奇を追い求める人

 ふぁすとの狙撃がどばすんってねー。
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 件名:Re:解決しました
 投稿者:12345人目の怪奇を追い求める人

 ハンターのおねえさんもカッコよかったー。
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 件名:Re:解決しました
 投稿者:561238人目の怪奇を追い求める人

 ざーって綺麗な光の雨とかー降ってたしー。
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 件名:Re:解決しました
 投稿者:201889人目の怪奇を追い求める人

 言霊も聞こえて来てたよねー。
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 件名:Re:解決しました
 投稿者:46789人目の怪奇を追い求める人

 グリーンアイズの眼鏡に曇りは無かったねー。
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 件名:Re:解決しました
 投稿者:83611人目の怪奇を追い求める人

 そーだね皆さんここ見てたみたいだよねー。
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 件名:Re:解決しました
 投稿者:798765人目の怪奇を追い求める人

 さすがゴーストネットだー。
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 …。

 解決した、とのMerrowの書き込み後。
 そんな調子でいまいち謎かつ意味深な書き込み記事がだーっと凄い勢いで増えていき、画面を覆い尽し――見る見る内にログを流していく。
 火の付いていない紙煙草を銜えた中年男は、そんなゴーストネットOFFの掲示板をぼーっと見ていた。

「…やっぱり俺の記事消したのてめーらか。サヴァン・オーケストラのガキどもよ?」

 ぼそり。
 億劫そうに呟くと、中年男はがさごそと自分のポケットを探る。
 百円ライターを取り出した。
 で。

 …ずっと銜えていた紙煙草の先。
 緑の瞳の中年男は漸く火を付ける事をした。

【了】



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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業

 ■6224/ラン・ファー
 女/18歳/斡旋業

 ■1883/セレスティ・カーニンガム
 男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い

 ■7707/宵待・クレタ(よいまち・-)
 男/16歳/無職

 ■4172/来生・充(きすぎ・みつる)
 男/28歳/警視庁超常現象対策2課警部

 ■3974/火宮・翔子(ひのみや・しょうこ)
 女/23歳/ハンター

 ※表記は発注の順番になってます

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 …以下、登場NPC(□→公式/■→手前)

 ■常磐・千歳/現・警察組織に於ける怪奇系斥候役のような人。以前、警察時代の刑部と共にコンビとしてグリーンアイズと仇名で呼ばれていた事がある。
 □草間・武彦/この件の話を常磐に振られた成り行き仲介者の探偵(指定ありで登場)

 ■刑部・和司/現・IO2捜査官。元・刑事で常磐の相棒。グリーンアイズ片割れ。
 ■サヴァン・オーケストラ(未登録)/常磐の書き込みを消去したIO2工作員集団のコードネーム。

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          ライター通信
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 まずはラン・ファー様とセレスティ・カーニンガム様にはいつも御世話になっております。
 そして…何やら最近は毎度になってしまっているような気がしてなりませんが(汗)、休日絡みで甘えてしまいまたお渡しが御二方の分は納期の一日遅れです。すみません。日数上乗せした上に大変お待たせ致しました。

 改めまして、宵待クレタ様には初めまして。…当方こんな感じで納期ぎりぎりもしくは少し超過したり(汗)&長文になりがちなライターだったりします。それでも宜しければ以後お見知り置きを。
 来生充様と火宮翔子様には再びの御参加になりますね。
 皆様、今回は発注有難う御座いました。
 他の皆様もですが特に初めましてになる宵待クレタ様に、同じ件を伺った事のない来生充様と火宮翔子様。PC様の性格・口調・行動・人称等で違和感やこれは有り得ない等の引っ掛かりがあるようでしたら、出来る限り善処しますのでお気軽にリテイクお声掛け下さい。…他にも何かありましたら。些細な点でも御遠慮なく。

 今回時間のみならず気分の方でも本当にぎりぎりなので(汗)、内容について云々は割愛させて頂きたいと。
 如何だったでしょうか。
 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いなのですが。

 では、また機会がありましたらその時は。

 深海残月 拝