|
退魔のアルバイトさせてくださいPert2
喫茶「エピオテレス」の店長、エピオテレスは困っていた。
最近の猛暑で、外食する人間が減って店が店として機能していない。
――というところは、特に問題ないのだ。今までの稼ぎで充分彼女と彼女の兄、そして居候2人は食べていけるのだが、
「……腕がなまるって、言うのよね、みんな……」
店のメンバーは退魔師なのだった。
以前もゴーストネットOFFで退魔のアルバイトを募集したことがある。
腕をなまらせないためにもう一度募集してみようか――
「まあ……しないよりは、いいわよね」
早速ゴーストネットOFFに書き込んだ。
投稿者名:喫茶「エピオテレス」店長
内容:当方、退魔の仕事を請け負っております。ぜひ退魔のお仕事の手伝いをさせてください。
以下の4人がおりますので、お好きな退魔師をお選び下さい。
1人目:2刀流剣士・魔物の浄化等が可能
2人目:符術による式神使い
3人目:四元素魔術師
4人目:退魔的能力はないが、銃の腕前や特殊弾丸で怪魔をも滅すること可能。
ご希望の方はメールでお知らせください。
■■■ ■■■
舞い込んできたメールは奇妙なものだった。
「ええと……『私は玲奈。色々あって今は東京湾で納涼船を営んでます』……」
プリントアウトしたメールの文章を、エピオテレスは家族の前で読み上げる。
「『実は船幽霊を退治して欲しいのです。現在私の船は乗客ごと強力な結界に封じられてます。花火を送り灯と勘違いした霊があの世に連れて帰る魂を寄こせと騒いでます』」
「フナユウレイ?」
クルールが首をかしげた。
ケニーが目を細めて、
「日本の妖怪にそういうのがあるが……それとは違う様子だな」
「『さもなくば明朝までに乗客の魂を貰うそうです。機械の体の私に霊能はありませんが、五輪選手並みの運動力と結界を突破する力があります』」
「どんな依頼主だよ……」
フェレが呆れたようにつぶやく。
「『あと聖水や銀の弾丸など必要な物は船の装置で製造してお渡しする事が出来ます』」
「どんな船だよ……」
フェレが再度つぶやく。
「『数回交渉した結果、人間並みの霊力を満たす魂であれば頭数さえ揃えば良いそうです。作戦としては船内にある生簀の魚を殺し、これの霊力を何らかの手段で増幅出来ればと思いますが……』」
「おさかな?」
クルールが首をかしげた。
「おさかなを人間の代わりにするのか?」
「『それ以外に船幽霊を倒す方法があればお任せします』」
そしてエピオテレスは最後の行を読み上げる。
「『私は霊を切る銀の聖剣を持っており、一度に一体ずつなら何とか倒せます。ただ私一人では多勢に無勢ですので……よろしくおねがいします。頭を下げる』」
「……どうしたものかな」
ケニーが思案するように視線を空中に投げやった。
「船幽霊をすべて倒す? あたしら4人総出なら出来るんじゃない?」
クルールが兄貴分の首に背中から抱きつきながら言うと、「まあそれも不可能じゃないが」とケニーはあまり乗り気ではない様子。
「それじゃ駄目なのかよ」
フェレが腰に手を当てる。
「あまりに非効率的なのでな」
「効率なんか考えてる場合か?」
「――あちらさんの作戦の魚の霊力の増幅……」
霊力、とエピオテレスがつぶやいた。
「わたくしは魔力……クルールは神力……霊力を持っているのはフェレと兄様かしら」
「俺は正しく言えば持っていないがな。弾の効果だ」
ケニーはわざわざ訂正してから、フェレの方を見た。
「フェレ。少しこまごました作業になるが、行くか」
「うえ……なんだよ、魚の霊力増幅ってのやりに行くのか?」
「せっかく依頼主が考えた案だ。無駄にするのもなんだろう」
「……分かったよ」
そんなわけで――
フェレとケニーの出動。
彼らは目的の船がある場所に近い港で小さな船を借り、夜の海上を走った。
――見えた。納涼船がある。
その隣にぼんやりと浮かぶ不気味な船も……
ケニーたちの姿を見つけると、納涼船の甲板に顔を出した少女が「あっちあっち」と言いたげに指を指す。それは船幽霊とは逆の位置だった。
ケニーたちがそちら側へ回ると、納涼船の結界の一部に穴が空く。
「フェレ、素早く入れ」
「うるせ。分かってら」
男2人はするりとそこから体をすべりこませた。結界はすぐに閉じた。
「喫茶『エピオテレス』の方ですね」
目の前にいた少女が、ぺこりと頭を下げた。
「お待ちしておりました。あたしが依頼人、三島玲奈です」
フェレが呆気に取られた。目の前の依頼人――三島玲奈。
……なぜかメイドの格好をしている。
尖った耳、天使の翼、鮫の鰓。
紫の左目と黒の右目のオッドアイ。
あらゆる意味で異質だが、どこか神秘的な少女だ。
「初めまして。俺がケニー……こっちはフェレ。早速だが今回の依頼について」
「はい、どういうお考えでしょう?」
「あなたの案を取り入れたいと思って、この面子で来た」
「あたしの案と言うと……」
「生簀の魚の魂を代替品に使うことだ」
「ああ」
玲奈はこくりとうなずいた。「あの案、使えそうですか?」
「霊力の増幅なら俺たちが行える。……船幽霊を殲滅することも出来なくはなかったが、乱暴すぎると思ってな……」
「殲滅しちまえばまた捕まることもないと思うんだけどなー」
フェレが余計な一言を言ったが、とりあえず無視された。
「生簀の魚は? 急ぎだろう、案内してくれないか」
「はい、こちらです」
玲奈は優雅なしぐさで彼らを案内する。
男たちは船の内部へと足を踏み入れた。
生簀の魚は元気よく泳いでいる。
「いつでも新鮮なお魚を、お客様にご提供できるようにしておりますので……」
そう言った玲奈は、少し悲しそうな顔をした。
「でもこんな風に使うのは……やっぱり少し、かわいそうです」
「どうせ食べるために飼ってるんだろが」
とフェレが実も蓋もないことを言い、ケニーに殴られた。
「船幽霊は何体必要だと言っているのかな?」
「20体です」
「この生簀には30匹……足りるな」
生簀から魚を出そう、とケニーは言った。
「フェレ、霊力の移し変えはできるな?」
「人間並みの霊力があるように見えりゃいいんだろ? 楽勝だ」
「では、お魚を出しますね」
玲奈はたもを使って魚を1匹ずつ捕らえ始めた。
捕まった魚は、わざわざ玲奈が何もしなくても、
「うら!」
フェレが乱暴に力を叩き込むショックで死んでしまう。
魚は死ぬ瞬間に淡く銀色に光って、霊力を帯びた。
ケニーはケニーで、ホルスターから銃を取り出し、
「銀の弾丸の霊力を魚に撃ちこむ――」
玲奈からもらわなくても銀の弾丸は彼が常に持ち歩いているものだ。生簀から上がった魚の首に弾丸を撃ちこむと、ふわりと魚が発光し、霊力がこもる。
玲奈は次々と生簀の魚をあげる。
フェレとケニーは次々と魚に霊力を与えていく。
2人がかりで、20匹は簡単だった。
弾を撃ちこむだけだったケニーはひょうひょうとしていたが、さすがに自分の霊力を使ったフェレには疲れが見えた。玲奈が準備よく、軽い飲み物をフェレに渡す。
「ではお魚さんたちを渡しに行く役目はあたし自身が……」
「護衛をしよう。何が起こるか分からないからな」
ケニーの言葉に、玲奈は意外そうに目をぱちぱちさせたが、それからにっこり笑って、
「ありがとうございます」
と微笑んだ。
玲奈の結界を突破する力――
それに乗じて、ケニーとフェレも結界をすり抜ける。一瞬の行為だが、ぎりぎりセーフで男たちも納涼船から出て幽霊船に乗り移った。
五輪選手並みの力を持つ玲奈は1人で20匹の魚を持っている。その状態のまま、
「20体、持ってきました……!」
『遅かったな』
重い声がして、幽霊がぼうっと目の前に現れる。
玲奈は魚の屍骸を差し出した。
「これで、いいですよね?」
『……ふん』
幽霊は鼻を鳴らして受け取った。『たしかに霊力を帯びているか……つまらん目くらましだが』
「約束は守ったわ」
『分かった』
もういい、と幽霊はあっさり姿を消した。
玲奈がほっとして、胸に手を当てほうと息をついたその瞬間――
ケニーの手が動いた。銃。セミオートの拳銃を連射、5回の銃声。
次いでフェレが符を手にし、雷龍を呼び出して船を揺るがすほどのいかずちを落とした。
闇に隠れていた幽霊たちが次々と姿を現し、苦しそうにうめいて消えていく。
彼らは、揃って玲奈を囲もうとしていた。
「思った通りか……」
ケニーは冷めた目で、一回姿を消したはずの先程の幽霊を見やる。幽霊に顔色があるとは思わなかったが、事実その幽霊は顔を真っ赤にしていた。
「頭数さえ揃っていればいいというのは口実。この子を船から連れ出したかったわけだな。この子さえ始末すれば納涼船の結界は消える――船丸ごと手に入る」
「そんな……!」
玲奈が憤った。「話が違います!」
しかし再び符を手にしたフェレが、
「そうだよなあ……人間の魂を欲しがってるやつが、代替品で満足するわけねえよな」
言って即座に符を振りかざす。炎の鳥が一瞬影を映し、そして消え、次の瞬間船が燃え出した。
おおおお、と幽霊たちの雄たけびが聞こえる。彼らは火に弱い。逃げ惑い、怒り狂い、玲奈たちに向かってくる。
「玲奈さん、逃げるぞ」
ケニーが玲奈の手を引く。玲奈はうなずいて、即座にダッシュした。
幽霊のほとんどは炎に包まれていく。
邪魔な細かい幽霊はケニーの弾丸が貫いた。
燃える船の中を、彼らは疾駆する。納涼船に向かって。
船幽霊が闇の海に崩れ落ちる頃――玲奈、フェレ、ケニーの順にジャンプして、納涼船に飛び移った。
■■■ ■■■
「ありがとうございました」
玲奈は丁寧に頭を下げてきた。
「あたし1人では、どのみちどうしようもなかったみたいです」
「気にするな。そのために依頼されたんだ」
「はい。あ、何かお食事召し上がりますか?」
玲奈はようやく笑顔を取り戻して、にこにこと元気に両手を組み合わせる。
「あー……腹減ったかも」
とフェレが気の抜けた声で言った。
そのまま彼らは、玲奈の自慢の料理をふるまわれた。
納涼船の客たちが、喜んで彼らを囲んで、とても静かな食事とはいかなかったが……
闇の海の上を、納涼船が行く。
海は何事もなかったかのように穏やかに、ゆるやかに波を揺らしていた。
―FIN―
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【7134/三島・玲奈/女/16歳/メイドサーバント】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
三島玲奈様
初めまして、笠城夢斗と申します。
このたびは依頼にご参加くださり、ありがとうございました。
少し悩みどころのご依頼でしたが、このようになりました。いかがでしたでしょうか。
よろしければ、またお会いできますよう……
|
|
|